両片想い了遊がくっつくだけのやつ。
いつもの本編後、それなりに友達面で過ごしていたパターンのふたり
@d9_bond
遊作が玄関のドアを開けると了見が立っていた。
「久しいな」
「──!!」
訪問者が了見と認識するやいなや遊作は開けたばかりのドアを閉じようとしたが、遅かった。がっ、と遠慮無く靴先がドアの間にねじ込まれ、足を挟んでしまうと怯んだところを強引に突破された。
「邪魔をする」
「待て、了見──その、今はだめだ。帰ってくれ」
「用が済めば言われずとも」
了見はそのままさっさと奥へ行ってしまう。遊作は狼狽しながら後を追う。
しつこいチャイム連打に根負けして相手も確かめずドアを開けたのは大失敗だった、と臍を噛む。遊作の住むような古い単身者用アパートの訪問者なんてほぼセールスなんだから、チャイムを切っていつも通り無視しておけば良かったのだ。
「客に茶のひとつも出さないのか、この家の主は」
「……」
呼んでいないし客じゃない、とか、居座るつもりか、とか言いたいことは色々あるが遊作は飲み込んだ。何せ分が悪い。
鴻上了見は元来礼儀を弁えた青年である。つまりこうして遊作の家に強引に上がり込み、ひとつしか無いイスに勝手にかけて茶を請求するなど普段は絶対にしない行動だ。機嫌が悪いし、それを非常に分かりやすく遊作に示している。
「……茶を飲みに来たのか」
「そんなわけがあるか」
了見の下でイスがぎしりと軋む。
お前もそこに座れ、とそばを示された。イスならもう一つ、パソコンデスクのものがあるが遊作は無視して了見から少し離れたところに立つ。腰を据えて長々話されても困る、と思っての行動だったが更に機嫌を損ねたようだった。あまり彼の顔を見たくなくて、遊作は目を伏せた。先生に叱られる小学生みたいだ、と頭の隅で思う。怒って、そのまま帰ってくれたら都合は良い。
(ああ、でも嫌われるのは嫌だな)
いや既に嫌われているかもしれない。そう思うだけで心臓の辺りが落ち着かなくなる。こんな状況のうまい処理の仕方が遊作には分からない。
一方の了見はそんな遊作をじっと見ていたが、やがて大きくため息をついた。
「分かった、お前は私に早く帰って欲しいようだから単刀直入に訊こう。──なぜ、私を避けている」
遊作は小さく肩を揺らした。
「そんなことは」
「無い、と言い抜けるつもりか? こうして顔を合わせるのはいつぶりだか覚えていないのか?」
覚えている。ひと月ぶりだ。
「今月に入ってからはこちらの連絡すら無視している。カフェナギのバイトもずっと休みにしているな」
「ひと月前に、しばらく連絡できないとは、言ったはずだ」
「理由は試験があるから、だったな。だがとうに終わっているだろう」
「……ああ」
「草薙翔一をはじめ他の連中とは常と変わらず交流していることも把握している」
「ハノイの情報網をつまらないことに使うのはよくない」
「システムを使うまでもなく分かる事だ」
「……」
「あれだけ分かりやすい行動をしていて、どうしてこちらが不審に思わないと判断したのかそこも説明が聞きたいくらいだ」
とげのある語調に、うう、と遊作は小さく呻く。
実際、了見の指摘の通り遊作は彼をひと月前から避けていた。
それまでは週一で会ったり出かけたりしていたし、会えずとも頻繁にやりとりをしていた。それをいきなりゼロにしたのだから了見が不審に思ったり不愉快と感じるのは当たり前であり、原因もすべて自分にあるのは分かっている。
だが理由を知られるわけにいかなかった。絶対に。
「なぜだ?」
「……」
「言えないことか」
「……すまない」
かすれた声でそれだけ何とか口にする。
了見はたっぷり一分ほど間を置いてから、そうか、とだけ呟いた。それから立ち上がり、おもむろに遊作との距離を一歩詰めた。
遊作は反射的に一歩下がる。
(しまった)
明らかに物理的に避ける行動だ。火に油を注いだかと了見の顔を見ると、しかし意外にもその顔には怒りは少しも無かった。
──むしろ寂しそうな、ひどく傷ついた顔をしていた。初めて見るような。
遊作は小さく息をのんだ。
「これは、違うんだ了見」
「理由も聞かされずにこれは正直堪える」
「……その、すまない」
「謝罪はいらない。むしろ私が何か不愉快な事をしていたなら謝るのはこちらのほうだ。だが心当たりがない──直せるものなら努力するし、必要なら幾らでも詫びよう。しかしお前が話してくれなければ何も分からない」
「話して分かるとかそういうのでないんだ」
状況を収める方向性すら見失って遊作は言葉に詰まる。
了見を傷つけてしまった、とそれで頭がいっぱいになってしまって、まるで頭が働かない。嫌われたくないからと変な行動に出て傷つけてしまった。今から理由を告げたところで──いや、それはそれで困る。
動揺している遊作へ了見が追い打ちをかける。
「……私が、きみにとって本来忌むべき存在であることは承知している」
「!」
は、と遊作は息をのんだ。
了見は悄然とした様子で顔を伏せる。
「やはり事件のことを思い出さずにはいられないだろうし──」
「違う!」
遊作は急いで了見の手をとり、両手で包むようにして強く握った。
酷いことを言わせてしまって泣きたいくらいだ。顔を伏せたままの了見の、握った手に刻まれている赤を親指で撫でて遊作は必死で声を上げる。
「そのことは関係ない! おまえは何も悪くないんだ……!! 今のこれは、俺の気持ちの問題で」
「……本当か?」
「本当だ。だから、」
了見を宥めようと必死だった遊作は──そこで失言に気がついた。
あ、と漏らした声にかぶせるように、握っていたはずの了見の手が逆にがしりと遊作をつかまえる。
「それなら良かった」
同時にゆっくりと顔を上げる、その美貌には薄い笑みが浮かんでいて。
「では、お前のどういう感情による物か詳しく話して貰おうか」
「……っ!!」
そこでようやく遊作はまんまと嵌められたことを悟った。
圧をかけて、次いで殊勝な顔をして人を動揺させて秘密を聞きだす──最初からそのつもりだったのだこの男は。普段の優しげな顔ですっかり忘れていたが、彼はハノイの狡猾なるリーダーでもある。この程度の誘導などお手の物というわけだ。
だが気づいたところで手遅れだった。
こういう時口の回るAiにでも助けを求めたいところだが、あいにく遊作の代理で絶賛カフェナギバイト中だ。逃げるにも家の中にがっつり入り込まれている。ついでに確証も取られている。絶望的な状況に青ざめる遊作と対照的に了見はいつもと変わらぬ美貌に笑みをたたえて、遊作が折れる様をじっと見つめている。
たぶん最初から、遊作が思っていた以上に怒っていた。
「話す、から。手を放してく」
「断る」
言い切る前に断られる。
「頼む――このままだと話しづらい」
一歩下がって手を引くのだが了見はそれが気に入らなかったらしい。同じだけ踏み込んできて、指を絡めるようにして捕まえている遊作の手をますます強く握りこむ。少し低い指先の温度に遊作は小さく身震いした。
「了見」
「これ以上逃げられてはかなわない」
「……逃げようがないだろう」
「まだ信用があると思っているのか?」
そんな風に言われてしまえば返しようがない。
「放して欲しければ、さっさと話してもらおうか」
「しかし心の準備が」
「準備はいい。覚悟だけしろ」
詰め寄られて遊作はまた反射的に下がろうとして、パソコンデスクに阻まれた。文字通り後がない。
「遊作」
呼ばれて、遊作は恐る恐る口を開いた。
「……分からなく、なって」
と、出した声は情けないほどかすれている。
「何がだ」
「おまえとの、距離の取り方が」
意味が分からないと咎められるかと思ったが、了見はひとまず話を聞くつもりらしかった。それで、と続きを促され遊作はもう一度深呼吸する。
「それで少し、距離を置きたかった。そうしたらきっと──元通り、普通に出来ると思って。だから、すまない」
「……」
了見はしばし黙っていたが、遊作がそれ以上話さないと見て取ると伏せた顔を覗き込んできた。
切れ長の美しい空色から逃れたくて遊作は距離をとろうとしたが、先と同じくデスクに阻まれる。その間にも了見は鼻先が触れそうなほど近くまで顔を寄せ、遊作の目を覗き込む。
「それだけでは足りないだろう。肝心の理由を言っていない」
ひゅ、と息をのんで遊作は顔を背けた。近すぎる。
「了──」
「全て話せ」
耳元で囁かれ、かかった吐息に遊作は小さく悲鳴を上げる。本当に逃げ場も逃げようもない。
「遊作」
低く名を呼ばれてたまらず遊作は強く目を閉じた。
握られた手は今はすっかり同じ温度になっている。こんな状況でなければ繋がれることはなかっただろう。
(本当を話したら、この手は離されるんだろう。ずっと)
その覚悟をしろと言われている。
遊作は大きく息を吸って、吐いた。
そしてなおもしばしの躊躇の後──ようやく告げた。
「俺は、おまえのことが好きなんだ」
友人になったと思っていたのだ。
元より特別だった。十年前、手を差し伸べてくれた優しさも、敵対していた時見せた強さも、共闘の折に見せた矜持も好ましく思っていた。
とりもどせた日常の延長上で穏やかに会話出来て、たまに出かけたりデュエルをしたり、他愛のない理由で遠くに行ったり、本や映像を貸し借りしたり。軽口を叩いたり、示し合わせてちょっとした悪巧みをしたり、それら全てがただ楽しく愛おしかった。親しくなれて嬉しいと、そんな日々を積み重ねる間ずっとそう思っていた。
それなのに──ひと月前のあの日。
何の変哲もない会話の中だった。
自分の言葉に了見がやわらかく笑って──それが、なぜだかとてもきれいで。
胸の奥の何かを掴まれたみたいだった。愛おしい気持ちでいっぱいになって、その笑みに触れたい、独り占めしたいとそしてごく自然に思ってしまった。
あるいはその時恋に落ちたのだろうか。
そして、そうと自覚したその瞬間から色々なことが分からなくなってしまった。
向こうは自分を友人と思っている。こんな感情は裏切りでしかない。だからせめて表面上だけでもいつも通りでいたいのに、了見と自分はいつもどんな距離で、どんな風に接していたのか、どんな顔をしていたかなにもかもが分からなくなってしまったのだ。
どうしたらこの気持ちが元の友人のそれに戻るのかも。
──近づきすぎたそのせいだと思ったから、離れていたかったのに。
すぐに離されると思っていた手はそのままだった。
遊作は怖くて了見の顔を見られなかった。強く目を閉じたまま掴まれたままの手で、そっと了見の胸を押す。早く離れて欲しかった。
「遊作」
呼ばれて、恐る恐る目を開ける。
了見はもう笑っていなかった。真っ直ぐに遊作を見ている。
「それは友人としての好意ではないと――そういう話で間違いないか」
「……、ああ」
口の中がカラカラで、うまくしゃべれない。ゆっくりと、遊作は囁くような声でせめても言い訳を並べる。
「時間が、欲しかったんだ。距離を置いて落ち着いたら、そうしたら」
「そうしたら元に戻れると?」
かぶせるように言われて、遊作は口をつぐんだ。
「それでひと月もの間一方的に私を無視した、と」
「――すまない」
そう言うと、了見は目を細めた。
「本当だ」
呟いて目を閉じる。そして捕まえたままの遊作の手を額に押し当てた。はあ、と大きくため息をつく。
「そういうことか……」
呟いて手を下ろし、ゆっくりと目を開ける。
「それで、どうだった」
「え?」
「戻れそうなのか」
「……芳しくないな」
そうでなければとうに隣に戻っていた。意地の悪い質問だ。
遊作は目を伏せた。すぐ解放されるかと思っていた手はそのままだ。
「それで?」
了見は重ねて問う。
「次はどうするつもりだ? 現状維持で効果はないと分かっただろう」
「……おまえが許してくれるのなら、もう少し時間をくれないか」
恐る恐る申し出を了見は鼻で笑った。
「ひと月置いて何の進展もなかったというのに、まだあがく気か? 何か月だ? それとも何年か?」
「それは、分からないが」
だがそんなにも会わずにいたら、了見の方から存在を忘れられそうだ。考えただけで目眩がする。
「取り繕ってないで本音を言ってみろ」
「さっき言った」
「あれは理由だろう。本音というのはお前が私に望んでいることだ」
「望みって……俺が言っている好きというのはそもそも」
「理解している」
「なら、」
何を言っているのだと、訝る遊作へ了見は目を細める。
「その上で言っている。──お前が望むならこちらにかなえるつもりはあるが、どうだ」
遊作は息をのんだ。
聞き間違いかと了見を見るのだが、向こうは真っ直ぐに、真摯にこちらを見つめている。
「了見、自分を大切にしないのはよくないことだ」
まだ掴まれたままの手を見て、遊作は言った。
「俺に気を使ってくれるのはありがたいが、これは俺の気持ちの問題だしおまえの気持ちを曲げて付き合うようなことじゃない。だが想いを許してくれてありがとう。すぐには無理でも、いつかは元に戻るよう努力する。だからこの手は離してくれ」
やわく笑みを浮かべようとする遊作へ、了見は重ねて問う。
「私の気持ちはいらないと?」
「ああ」
だから、と続けようとするのを制して、了見が言う。
「本当に?」
顔を覗きこみ、じっと目を合わせてくる。遊作は息をのんだ。近い。もうさっきからずっと。
「りょ……」
「本当にそれで良いというなら、この手を振り払え。お前が本当に拒むなら私もそれを汲む」
「……」
何を言われているのか理解するのに少しタイムラグがあった。
質問に続いて意地の悪い提案だ、と遊作は歯噛みする。望んでる物をぶら下げておいて、受け取るも受け取らないもお前の自由だ、などと。献身を袖にしたから八つ当たりのつもりだろうか。
しかし本当に──本当に了見が自分を受け入れてくれるならどんなに嬉しいだろう、という想像は止められなかった。
許されるなら触れて、抱きしめてみたかったし、彼が身内に与えるであろう愛情をこの身にうけられればどれだけ幸福だろうと想像しなかったわけじゃない。
それでも。
(それでも、おまえの優しさのために、おまえを俺の欲望の犠牲にするのは駄目だ)
唇を引き結び、遊作はその手を振りほどいた。
──決死の覚悟で振りほどこうと、した。
だが──その手は振りほどくどころか一層に強く掴まれた。
「な、んで……?!」
遊作は目を見開く。
何が起きているのかよく分からないでいる間にも了見は、
「振り払えなかったな」
そう言って笑みを見せる。
「いや、俺はそんな」
言いかけて、了見のひどく楽しそうな笑みにようやくわざとなのだと気が付いた。
「まさかおまえ、最初からそのつもりで……!」
「先程私は言っただろう。お前が望むならこちらにかなえるつもりはある、と。それともお前は、私が同情や贖いでこういうことをすると思うのか?」
「──……」
するんじゃないかと思っていたのだが、それを告げればへそを曲げて追加で何か仕掛けて来かねない。遊作は回答を避けた。
「……つまり、これは俺を試したわけか?」
「そのまま受け入れるようであれば、お前の罪悪感に付け込んで好きにさせてもらおうと思っていたのだがな。そこだけが残念だ」
「おまえ……」
遊作は絶句した。この男は本当に油断がならない。
了見は悪びれもせず、何も言えずにいる遊作の様子に目を細めて笑みを深くした。
「こちらも密かに想う相手から突然一方的に距離をとられ、連絡も断たれ、このひと月ほどよく休めなかった。この程度の意趣返しは甘んじて受けてくれ」
「それは」
「誤解させているようだからはっきり言っておこう。──私もお前が好きだ」
「な……」
人があれだけ躊躇したことをあっさり言われて再度絶句する遊作へ、了見はもう一度、問う。
「さて、今度こそ本当を話してくれるだろうか。それともこのままお前が素直になるまでもう少し話をした方が良いか?」
「──十分だ」
遊作は緩く首を振る。
「なあ了見、今度こそこの手を離してくれないか? 許されるなら、お前に触れたいんだ」
告げた次の瞬間、遊作は手を解放された代わりに了見に抱きすくめられていた。
あまりに急で声も出なかった。
その力は思いの他強く、一方で少し手が震えていて。
(……俺がお前に触れたかったんだが)
そう思いながらも口にせず、遊作はそろそろとその背に手を回したのだった。