天国に近い花の街を舞台にひとつの物語が始まる。
ツイステ二次創作、シル監ラブストーリー第28話。
※創作女監督生の名前が出ます
※捏造設定あり
※夢主以外のオリキャラが出演します
@natsu_luv
木々の緑が少しずつ赤色に染まっていき、涼しい風の心地良さを感じる秋の季節。
からりとした空気の心地良さを感じるこの季節に、魔法士養成学校の交流会の招待状がナイトレイブンカレッジに届いた。
私とグリムは交流会のアテンド役として、輝石の国の中にある花の街を訪れていた。
今回の交流会の主催校であるノーブルベルカレッジは、正しき判事を讃える清廉な雰囲気の学校だ。
ナイトレイブンカレッジとは随分と雰囲気が違っており、私は少し緊張した面持ちで辺りを見渡していた。
最初に大講堂で私達を迎えてくれたのは、ノーブルベルカレッジの生徒会長であるロロ・フランムさん。
鋭い眼差しと落ち着いた言動が印象的な青年だ。
私達は今回の宿泊部屋へ案内される道のりで、ノーブルベルカレッジの校内を見て回ることになった。
まず案内された場所は、ノーブルベルカレッジのメインストリート。
一番最初に目を引いたのは、この学園の象徴ともいえる『正しき判事』の像だった。
ナイトレイブンカレッジのメインストリートに飾られているグレートセブンの像とよく似ている。
正しき判事の像をじっくりと眺めていると、天空から鐘の音が聞こえてきた。
この音はノーブルベルカレッジに納められている魔法道具である『救いの鐘』によるものだとロロさんが説明してくれた。
今回の引率者であるトレイン先生の希望もあり、私達は貴重な魔法道具である『救いの鐘』を見に行くことになった。
救いの鐘は鐘楼の最上階にある。
息が上がりそうになりながらも、私達は長い階段を一歩ずつ登っていった。
「はぁっ……はぁっ……、思った以上に階段が多いですね」
「ニコル、大丈夫か?」
「ありがとうございます。シルバー先輩たちも大丈夫ですか?」
「俺たちのことならば心配いらない」
ツノ太郎さんの後方にいるシルバー先輩が、そっと私に手を差し伸べてくれた。
階段の上から光が差し込んできた。
地道に階段を登り続けた私達は、ようやく最上階へ辿り着くことができた。
真っ先に大きな金色の鐘が目に飛び込んできた。
この鐘こそがノーブルベルカレッジ所蔵の魔法道具である『救いの鐘』だ。
鐘を眺める私達の近くで、ロロさんが救いの鐘や花の街のことを説明してくれた。
鐘楼の最上階から見える花の街は、ミニチュアで作成されたジオラマの街並みのようだった。
まるで空を飛んでいる鳥になったような気分だ。
そろそろ、初日のフィールドワークが始まる時間だ。
私達は宿泊部屋に荷物を置きに、鐘楼の階段を降りようとしていた。
その時、副会長さんと補佐さんから私達のために衣装のプレゼントを用意していると告げられた。
この時期の花の街はお祭りが行われ、その際に身にまとう晴れ着のようなものだという。
「さぁ、鐘楼を降りよう。時間がもったいないぞ。速やかに着替えてくれたまえ」
「はっ、はい」
「アテンド役の生徒たちの更衣室は別室だから、副会長と補佐の指示に従うように」
「わかりました」
ロロさんに命じられ、私達は即座に鐘楼の階段を降りた。
長い階段を降りて宿泊部屋に荷物を置いた後、私とグリムは補佐さんに更衣室へと案内された。
更衣室の中に入ると、煌びやかな衣装が飾られたトルソーが視界に入った。
紫色の羽根飾りの付いた帽子とマント、黒のフレアースカートのドレスワンピース。
帽子とマントはグリムとお揃いだ。
ドレスをまとい、メイクを施し、帽子とマントを身に付ければ、この時期の花の街に相応しい装いの完成だ。
着替え終わった私達は、集合場所であるメインストリートの広場へと向かった。
広場には既に着替え終わった交流会の参加者たちとトレイン先生とロロさんが集っていた。
「お待たせしました!」
「おっ、ニコルとグリムも決まってるじゃないか!」
「ありがとう、デュースくん」
「オレ様の方がニコルよりもバッチリ決まってるんだゾ!」
「そっ、そうだね……」
私とエペルくんは自分の装いを自慢するグリムの話をさらりと受け流した。
まだ姿を現していないのは、アズール先輩とイデア先輩とツノ太郎さんだけだ。
三人の登場を待ちながら、私達は今回の交流会のために用意されたマスカレードドレスを着た姿を見せ合った。
しばらくすると、三人も煌びやかな装いになって現れた。
イデア先輩は副会長さんに引っ張り出されての登場だったけど、無事に全員揃った。
セベクくんが感動のあまり、早口でツノ太郎さんの御姿を褒め出した。
その騒がしい様子を眺めていると、ツノ太郎さんが私に声を掛けてきた。
「リリアにも僕らの姿を見せたい。僕の携帯電話は壊れているから、ニコルが写真を撮ってくれないか?」
「はい、お任せください! それでは、三人ともこちらに並んでください」
スマホの画面の中にツノ太郎さんたちの勇姿を捉え、良いタイミングでシャッターを切った。
マスカレードドレスをまとったツノ太郎さんの姿は、茨の谷の次期国王に相応しい、勇壮でありながらも気品溢れる御姿だ。
シルバー先輩とセベクくんのシンメトリーを取り入れられた装いは、ドラゴンの双翼のようであり、一国の近衛兵であるようにも見える。
リリア先輩が華やかな装いの三人を見たら、きっと花のような笑顔で喜ぶことだろう。
トレイン先生がフィールドワークの概要について説明を始めた。
あらかじめ決められていた班に分かれ、交流会の参加者たちはフィールドワークの一環として花の街へ繰り出した。
花の街はその名に相応しく、雲ひとつない蒼天の下にある、彩り豊かな花々の息吹を感じられる街。
街中は人々の明るい笑い声が聞こえて賑やかだった。
三つの班に分かれた交流会の参加者たちは、それぞれの目的の場所へ向かって歩き出した。
どの班にも属していない私とグリムは、引率役のトレイン先生と共に美しい街並みを見て廻ることとなった。
「ニコル、グリム、君達の知らない世界はこの世に沢山ある。今日の交流会で有意義な時間を過ごすように」
「はい!」
「わからないことがあれば私に聞きなさい。では、私達も三つの班の見回りをしながら街を歩こう」
厳しさの中に優しさを感じられる声で、トレイン先生が私達に語りかけた。
トレイン先生がいらっしゃれば、知らない街で路頭に迷うこともないだろう。
正しき判事の像の前でツノ太郎さんたちが何か話している。
どうやら、ツノ太郎さんたちの班は花の街の歴史を学びたいらしい。
ガイドブックに載っていない歴史を学べる特別な場所がある、そうトレイン先生が言い出した。
私達はトレイン先生の案内で、ソレイユ川の橋の近くまで歩いて行った。
橋の階段を降りると、川の流れる音が微かに聞こえるほど静かな場所へたどり着いた。
この場所は地下水路の入り口であり、水路は川の水を運ぶだけでなく隠れ家のような役割も果たしていたらしい。
魔法史の校外学習のような時間を過ごした後、私達は地上へ戻った。
街中にたどり着いてツノ太郎さんたちと少し話をした後、私達は次の班の様子を見に行くことにした。
甘い果実の香りが辺りを漂っている。
葡萄がずらりと並ぶお店の近くでシルバー先輩たちを見つけた。
ちょうどイデア先輩が葡萄ジュースを買っていたらしく、班のメンバー全員がお店の前で宝石のような葡萄を眺めていた。
葡萄は花の街の名産品のひとつであるとトレイン先生が教えてくれた。
このお店ではジュースだけでなく、生の葡萄も売っているらしい。
どちらも食べたいと悩んでいるグリムを見かねたルーク先輩とイデア先輩が、私達下級生のジュースと生の葡萄を奢ってくれた。
「甘くて喉越しが爽やかで美味しいですね」
「ニコルが幸せそうで俺も嬉しい」
「出たよ、リア充……」
「また始まっちゃったッスね」
私はシルバー先輩と肩を並べて、芳醇な甘さがぎゅっと詰まった葡萄ジュースを飲み干した。
近くでイデア先輩とラギー先輩の囁きが聞こえたけれど、知らないふりをしておいた。
一方で、グリムは生の葡萄とジュースを交互に味わいながらご満悦といった様子だった。
グリムの隣でルーク先輩がにっこりと微笑んでいる。
心ゆくまで葡萄を堪能した後、次の班の様子を見に行くために私達はお店の近くを後にした。
ふわりと風が街中に吹いた。
ナイトレイブンカレッジの中や賢者の島では見られない、色鮮やかな花の花弁が空を舞う。
道中でトレイン先生が自分の昔話を語り始めた。
新婚旅行で花の街を訪れたこと、救いの鐘の音を聞いた時に感じたこと、この街の歴史を肌で感じながら奥様と過ごしたことなど、思い出話を楽しそうに話してくれた。
トレイン先生のお話に耳を傾けながら街の通りを歩いていると、ロロさんとばったり会った。
「フランムくん、君も花の街を散策しているのかい?」
「はい、今回の交流会の参加者たちの様子を見て廻っているところです」
「そうか、よろしく頼む」
リドル先輩も仰っていたとおり、まるでトレイン先生が二人いらっしゃるみたいだ。
トレイン先生とお話しされているロロさんの姿は品が良く、受け答えのひとつひとつに知性を感じられる。
話に一区切りついたのか、ロロさんが私とグリムの方へ歩いてきた。
「君達は確か、ニコルくんとグリムくんだったね」
「はっ、はい」
「まさか、女子生徒と魔獣が交流会に来るとは思わなかったよ」
「そう……ですよね」
「魔法士たちに囲まれて生活するのは大変だろう。今回の交流会の間だけは、平穏に過ごしてほしい」
「お気遣いありがとうございます」
確かに、ナイトレイブンカレッジでの生活は大変な面も多い。
だけど、私には味方もそれなりにいるし、元の世界の人格から受け継いでいる処世術もある。
さすがに、ロロさんにはそこまで話さなかったけれど。
ロロさんとはお祭り会場で落ち合うことを約束し、私達はトレイン先生との街歩きを再開した。
ちょうどお土産探しをしているアズール先輩、デュースくん、エペルくんの姿を見つけた。
私達も三人に合流し、花の街の名産品を見ながらお土産探しをした。
ひと通りお土産を買い回った後、トレイン先生からお祭りの時間の三十分前まで自由に過ごしていいと言い渡された。
トレイン先生いわく、他の班も各自で自由時間を過ごしているという。
私はグリムを連れて噴水の近くまで歩いていった。
二羽の青い小鳥が並んで噴水の方へと羽ばたいている。
その先にいたのは、小鳥たちと戯れるシルバー先輩だった。
「あぁ、ニコルとグリムか。どうだ、花の街を楽しんでいるか?」
「はい、私達の知らない世界が広がっていて楽しいです」
「オレ様、腹が減ったんだゾ! 美味いものが食いたいんだゾ!」
「グリム、あまり遠くに行っちゃダメだよ! すみません、シルバー先輩。ちょっとグリムに付き合ってきますね」
私は食べ物の屋台へまっしぐらなグリムを追いかけた。
グリムは美味しそうな焼き菓子に夢中になっている。
私も焼き菓子と紅茶を買い、グリムと一緒にシルバー先輩の待つ噴水の近くのベンチへ向かった。
「お待たせしました! よろしければ、ご一緒にお茶でもしませんか?」
「ああ、構わない」
「フィナンシェとアップルティーを買ってきたんです。シルバー先輩もどうぞ」
「ありがとう」
フィナンシェとアップルティーの入ったカップをシルバー先輩に手渡し、花の街での小さなお茶会を始めた。
シルバー先輩の肩に留まった小鳥たちが歓びの歌を歌っている。
リスの親子と街で飼われているヤギもシルバー先輩の方へと集まってきた。
動物たちの温かい歓迎に、シルバー先輩も眉尻を下げて微笑んでいる。
「歓迎してくれているのか。ありがとう」
「シルバー先輩、相変わらず動物たちにモテモテですね」
「ニコルも楽しそうで何よりだ」
「ふなっ、オレ様も忘れるななんだゾ!」
ちょっぴり拗ね顔のグリムが、私とシルバー先輩の間に入り込んできた。
私達はグリムも交えて、紅茶とお菓子を堪能した。
バターの風味を味わえるフィナンシェと爽やかな味わいのアップルティーが、この空間に彩りを与えてくれる。
しばらくすると、グリムが動物たちと遊び始めた。
私とシルバー先輩はその様子を眺めながら、のどかな花の街の空気に触れた。
「花の街は素敵な場所ですね」
「そういえば、トレイン先生が新婚旅行でこの街を訪れたと言っていたな……」
「私も先生からその話を聞きました! 憧れちゃいますね」
「ニコル、いつかの未来で一緒に旅行に行けるといいな」
未来への願いごとを囁きながら、シルバー先輩が私をそっと抱き寄せた。
ドラゴンの翼のようなマントで私を包み込み、唇にキスをしてくれた。
時間の許すまでシルバー先輩と過ごした後、私とグリムはトレイン先生に指示されていた待ち合わせ場所へと向かった。
無事にトレイン先生と合流し、私達はそのままお祭りの会場へと足を運んだ。
初日のフィールドワークの最後に、交流会の参加者たちはこの時期にだけ見られる逆さま祭りの会場に集った。
色とりどりのパレットのようなテントの中では、興味深い出し物が行われている。
目の前のテントで楽器の演奏が行われていた。
軽快なメロディを聴いていると、思わず歌いたくなってくる。
旋律に合わせ、私はグリムと声のハーモニーを奏でた。
「ニコルたち、楽しそうだな。他にも面白そうなものがあったら、僕にも教えてくれ」
「うん、わかったよ。デュースくん」
「ふななっ〜、楽しいんだゾ〜」
「グリム、本当に楽しそうだね。ここに来られて良かったね」
私はすっかり上機嫌なグリムを連れ、お祭り会場のテントを見て廻った。
そろそろお祭りが始まる時間だ。
席についてステージを眺めていると、おどけたメイクの道化師が姿を現した。
道化師は正しき判事に師事した『優しき鐘撞き男』の物語を雄弁に語り出した。
語りが終わった後、華やかな装いの踊り子たちがステージに舞い降りた。
踊り子たちがタンバリンやスカーフを用いて魅惑的な舞踊を披露している。
タンバリンから飛び出した火花が、さらに踊りを華麗に魅せている。
「さぁ、皆さん踊りましょう!」
「ふなっ、オレ様の自慢のダンスを見せてやるんだゾ!」
踊り子の誘いに乗り、グリムは一目散にステージの方へと駆けて行った。
私達もグリムの後について行き、踊り子たちの待つステージの地に足を踏み入れた。
私は踊り子たちの振りに倣い、軽やかに身体を動かしてみた。
こうしているだけで段々と楽しい気分になっていく。
「ニコル、俺と踊ってくれないか?」
「はい、シルバー先輩!」
麗しい仮面の騎士のような出立ちのシルバー先輩が、そっと私に手を差し出してくれた。
躊躇うことなくシルバー先輩の手を取り、私は流れてくる音楽に身を任せて踊った。
「相変わらず懲りないリア充たちですな……」
「この二人は何処へ行っても変わりませんねぇ」
「良いではないか。僕は見ていて楽しいと思えるぞ」
近くにいるイデア先輩の囁きが微かに聞こえた。
アズール先輩とツノ太郎さんの語らいも耳に入ってくる。
そんなこともお構いなしに、シルバー先輩は私を優しく先導してくれる。
私達は見つめ合い、手を取り合い、時間が許すまで踊り続けた。
二人で踊っていると、ぐるぐるとステージ上を踊り回るグリムが近くにやってきた。
「ニコル、オレ様の隣で歌うんだゾ!」
「わかったから、ちょっと待ってて!」
グリムが私のマントの裾を引っ張り、いつものように歌をおねだりしてきた。
ちょうど会場では歌い出したくなるようなメロディが流れている。
「すみません、シルバー先輩。グリムのおねだりを聞いてもいいですか……?」
「構わない。俺もニコルの歌を聴きたい」
シルバー先輩が真っ直ぐな眼差しで私にそう言った。
流れる旋律に歌声を乗せ、私は上機嫌で踊るグリムに華を添えた。
歌っている途中、デュースくんやエペルくんが私達の方へと歩み寄ってきた。
さらに、リドル先輩とルーク先輩も華麗な踊りを見せながら近付いてきた。
「まさか、ここでもニコルの歌声を聴くことが出来るとは思わなかったな!」
「嬉しいね」
「ふふっ、楽しそうで何よりだよ」
「華やかな装いで踊る人々、奏でられる美しい旋律と歌声、実にボーテ!」
気付けば、私達は周りを今回の交流会の参加者たちに囲まれていた。
空が段々と茜色に染まっている。
楽しいお祭りの時間も終わりを告げようとしていた。
荘厳な鐘の音が夜の花の街に鳴り響く。
多くの魔法士が集った逆さま祭りは、大盛況の中で幕を閉じた。
私達は夜の色に染まった会場でお祭りの余韻に浸っていた。
「楽しかったですね!」
「俺も皆と祭りを楽しめて良かった」
「私、交流会に来ることが出来て幸運でした。グリムのおかげですね」
「そうだな。ニコル、明日も良い日になるといいな」
シルバー先輩が私を端の方へと誘った。
左側にあるマントで私をそっと包み込み、抱きしめて口付けをしてくれた。
こうして愛する人と一緒に楽しい時間を過ごせたことが何より嬉しい。
ほんの一瞬だけ他の生徒たちに見られそうになったけれど、ルーク先輩が彼らの視線を逸らしてくれた。
私とシルバー先輩はルーク先輩に軽く会釈をし、肩を並べてノーブルベルカレッジへと歩き出した。
この街は美しく華やかで、まるで天国のような場所だ。
きっと私達は充実した交流会の時間を過ごせる、そう信じて止まなかった。
氷のように冷たい視線で私達を刺すロロさんの姿を見るまでは。
彼の温かな歓迎が紅蓮の花園への招待状であるとは、誰にも知る由が無かったのだ。
ノーブルベルカレッジに着いた後、私達はロロさんから大講堂に集まるように指示された。
逆さま祭りではしゃいでいたグリムは、小さな子供のようにぐったりとした表情を浮かべている。
外はすっかり夜の帳に包み込まれている。
なんとかグリムを連れ出し、私達は交流会の参加者たちの集う大講堂へと足を踏み入れた。
きっと、明日の行程の説明が行われるのだろう。
だけど、肝心のロロさんはまだやって来ない。
また遠くから鐘の音が聞こえてきた。
もう夜の鐘は鳴ったはずだ。
何かがおかしいと思ったその瞬間、小さな紅い花が咲き始めた。
「あれ、こんなところに綺麗な花が……うっ!」
紅い花に触れたロイヤルソードアカデミーの生徒たちが倒れた。
花は燃え盛る炎のようにあっという間に広がっていく。
花の大群がツノ太郎さんを襲い始めた。
すぐにシルバー先輩とセベクくんが駆け寄り、ツノ太郎さん自身は事なきを得た。
鞭のようにしなった花の蔦が私の方へ飛び掛かってきた。
だけど、私自身には何も起こらなかった。
「この花はもしかして『紅蓮の花』か!?」
「何だって!?」
私達は魔法史の授業で習っていない花の存在に驚きを隠せなかった。
おびただしい量の紅い花々の正体は、はるか昔に絶滅したはずの『紅蓮の花』という名の恐ろしい植物だったのだ。
どうしてそんな植物がこの場所にあるのか。
慌てふためく私達をよそに、ロロさんがようやく大講堂に姿を現した。
「諸君たちは無事だったのかね。腐っても名門校と言うべきかな?」
「まさか、あなたがこの花を……?」
「左様。やはり、貴様たち魔法士は許し難い存在だ。私はこの紅蓮の花でこの世界の魔力を全て吸い尽くしてやるのだ!」
大講堂の高台から私達を見下ろすロロさんの姿は、終末の日を待ちに待っていた滅びの神のようだった。
歪んだ笑みを浮かべ、ロロさんは魔力を吸われそうになる私達を眺めている。
小さな機械音が聞こえたとラギー先輩が言い出した。
その時、床がぽっかりと開き、私達は奈落の底へと突き落とされた。
ロロさんの邪悪な高笑いだけが、大講堂の中に鳴り響いていた。
私達は昼間に訪れた地下水路まで落とされてしまった。
ジャミル先輩が言っていたとおり、街中が紅蓮の花の大群に覆われている。
この地下水路にも数多の花々が咲き乱れていた。
魔法が使えない私はともかく、他の生徒たちやトレイン先生とグリムは八方塞がりの状態だろう。
地道に花をむしり取ろうとするけれど、花を摘むだけで体力があっという間に奪われてしまう。
「招待されたと思っていたのに……。許さん、絶対に許さんぞ! ロロ・フランム!!」
「マレウス様!」
「ツノ太郎さん、落ち着いてください!」
ツノ太郎さんの怒りの咆哮が地下水路に響き渡った。
溢れんばかりの魔力が放出され、辺りは電撃が走ったかのようにピリピリとしている。
シルバー先輩とセベクくんが私と一緒にツノ太郎さんを抑えてくれ、その場を落ち着かせることが出来た。
ツノ太郎さんはカレンダーに印をつける程に交流会を楽しみにしていた、そうセベクくんが話してくれた。
高揚した気持ちを裏切られ、ツノ太郎さんはさぞかし辛い思いをしたことだろう。
トレイン先生がツノ太郎さんの周りを見るように私達に告げた。
さっきまで咲いていた紅蓮の花が色を無くして枯れている。
どうやら、紅蓮の花は魔力を吸い過ぎると枯れてしまうようだ。
肥料焼けと同じ現象が起きたのだろうとエペルくんが言った。
イデア先輩が何か思いついたような顔を浮かべている。
紅蓮の花を滅ぼす鍵は『救いの鐘』にある。
その結論に至った交流会の参加者たちは、ロロさんが待ち構えているであろう鐘楼へと向かうこととなった。
勇敢なナイトレイブンカレッジの魔法士の卵たちを送り出し、私とグリムはトレイン先生と共に街中へと向かった。
天国のような場所だと思っていた花の街が地獄の業火に焼かれている。
目の前に広がる紅蓮の世界に私は恐ろしさを感じていた。
紅蓮の花の魔の手が容赦なく襲いかかってくる。
グリムが素早い動きで鞭のように伸びてくる蔦を避け、トレイン先生を援護してくれた。
花を枯らしつつ、倒れている人々を救出していく。
このまま紅蓮の花が広がってしまえば、この世界が死んだ世界になってしまう。
息が上がりそうになりながらも、紅蓮の花の影響を受けない私はひたすら花を摘み取っていった。
「はぁっ……、はぁっ……。このままだと、花を枯らす前に力尽きちゃう……」
「ふなっ、思った以上に大変なんだゾ……!」
「あっ、グリム! 危ない!」
「ふなぁぁっ!!」
ローブを纏った紅蓮の花の大群がグリムに一斉に襲いかかってきた。
私はとっさにグリムを庇おうとしたけれど、あと一歩のところで手が届かない。
必死にグリムへと手を伸ばしたその時、花々が灰のように散っていった。
私とグリムの目の前に元の世界から来た万象の魔導師の背中があった。
「良かった、なんとか間に合ったね」
「イーリス、どうしてここに!?」
「君達が大変な目に遭っているのを見てしまったからね。遠隔魔法でこの地に降り立ったんだよ」
「君は一体誰なんだ? ニコルの知り合いか……?」
「僕はニコル・イーリス。そこにいる監督生、ニコル・シャーロンの保護者のような存在です」
イーリスが手短にトレイン先生の問いに答えた。
諸悪の根源であるロロ・フランムを止めに行くことは出来ないけれど、トレイン先生や私達を守ることは出来る。
そう言ってイーリスは遠隔魔法が切れるまでトレイン先生に同行することを申し出た。
トレイン先生は二つ返事で了承してくれた。
こうして、私達にニコル・イーリスという心強い味方が出来た。
夜が明ける頃には紅蓮の花が花の街の外に出てしまう。
鐘楼へと向かった皆の安全を祈りつつ、私は街中にいる皆と力を合わせて花々を枯らしていった。
「くっ、思った以上に花の数が多い……。僕の遠隔魔法が何処まで持つだろうか……」
「そんな、イーリスまでもが押されてる……!」
「皆、もう少しだけ耐えてくれ……!」
「トレイン先生、大丈夫ですか!? ご無理はなさらないでください」
「そうだな……。おや?」
天空から鐘の音が聞こえてきた。
真っ赤に燃え上がった炎の海が消えていく。
花の街を覆い尽くしていた紅蓮の花が消え去り、灰の雪が舞っていた。
どうやら、鐘楼へと向かったナイトレイブンカレッジの生徒たちが救いの鐘を鳴らしたようだ。
私達は皆の無事を確かめるため、急いでノーブルベルカレッジへと向かった。
そろそろ、イーリスの遠隔魔法が切れようとしている。
私はトレイン先生たちを援護してくれたイーリスに感謝の気持ちを述べ、紺色のテディベアを差し出した。
イーリスは平穏を取り戻した花の街をぐるりと見渡した後、同行を了承してくれたトレイン先生にお礼を言った。
「トレイン先生。このようなご無礼をお許しいただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、本当に助かった。ありがとう」
「シャーロン、部外者の僕はそろそろ失礼するよ」
「うん、わかったよ。ありがとう、イーリス」
紺色のテディベアに吸い込まれるように、イーリスは花の街から姿を消した。
ノーブルベルカレッジのメインストリートにたどり着くと、満身創痍の生徒たちの姿が見えた。
救いの鐘を鳴らしたであろうツノ太郎さんとアズール先輩とイデア先輩は、縄で身体を括りつけられたロロさんを連行していた。
ロロさんの罪状がどのように裁かれるかは、これから取り決められることだろう。
「ニコル……。グリムとトレイン先生も無事だったみたいだな」
「シルバー先輩……、皆も無事で本当に良かったです」
シルバー先輩がゆっくりと歩み寄り、安堵の気持ちで胸が一杯になった私をぎゅっと抱きしめてくれた。
もうすぐ夜が明ける。
交流会のプログラムのひとつである仮面舞踏会も開催されるそうだ。
部屋に戻った私とグリムは、ひどく疲れていたのか直ぐに眠り込んでしまった。
目を覚ました私は、真っ先にシャワーを浴び、髪型とメイクを整え直した。
陽が沈むまで眠り込んでいたのか、時差ボケのような感覚が身体に残っている。
だけど、疲れた顔で舞踏会に出ることは失礼に当たってしまう。
私達は部屋を出て、待ち合わせ場所であるメインストリートの広場へと足を運んだ。
広場には同じく身なりを整え直したナイトレイブンカレッジの生徒たちが勢揃いしていた。
身を挺して助けてくれたチェーニャさんとネージュさんとも言葉を交わし、私達は舞踏会の会場へ向かった。
事の顛末はツノ太郎さんから聞いた。
かつて、ロロさんには幼くして魔法が使えるようになった弟さんがいた。
その弟さんが魔法による不幸な事故で亡くなったことが、ロロさんの魔法や魔法士に対する復讐心を駆り立ててしまったという。
一方で、他のノーブルベルカレッジの生徒たちはロロさんの犯した罪を知らない。
良心の呵責に苛まれることがロロさんへの罰だ、そうツノ太郎さんは私に語った。
舞踏会の会場である大講堂のホールは、まるで何事もなかったかのように整然としていた。
舞踏会の開催を強く要望したツノ太郎さんの話を聞いたロロさんが、たった一人で掃除をしたそうだ。
副会長さんと補佐さんがハンドベルを鳴らした。
平然とした表情のロロさんが壇上に現れ、開会の挨拶をし始めた。
挨拶の途中でナイトレイブンカレッジの生徒たちにスポットライトが当たった。
ツノ太郎さんがロロさんの待つ壇上へと歩いていく。
その姿は次期国王に相応しく、悠然とした美しいものだった。
「どうぞ、お隣へ」
「ありがとう、フランム」
「僕も未来ある魔法士のひとりだ。この素晴らしい招待に感謝し、お前たちに贈り物を用意してきた」
「贈り物とは何だね?」
戸惑いを隠せないでいるロロさんを差し置いて、ツノ太郎さんは壇上で話を続けている。
アズール先輩とイデア先輩もやって来て、疑いの目で見るロロさんを宥め始めた。
ツノ太郎さんたちが用意した贈り物とは何だろうか。
私も心待ちにしながら、ツノ太郎さんの話に耳を傾けた。
「さぁ、忘れられない夜にしよう。皆で楽しもう」
ツノ太郎さんの言葉を合図に楽曲のイントロが流れた。
この楽曲は昨日の逆さま祭りでも流れていたものだ。
旋律に身を任せ、ツノ太郎さんたちが歌い出した。
アズール先輩とイデア先輩も歌声を奏で、ツノ太郎さんの美しい歌声に寄り添っていく。
メインボーカルの三人の歌声が、温かい空気のようにノーブルベルカレッジの大講堂を包み込んでいる。
私はナイトレイブンカレッジの生徒たちが織りなす歌にじっくりと耳を傾けていた。
「素晴らしい贈り物を届けてくれたナイトレイブンカレッジの生徒たちに、どうぞ盛大なる拍手を」
見事に歌の贈り物を届けたツノ太郎さんたちにたくさんの拍手が贈られた。
ツノ太郎さんたちが歌った『願いよ響け』という題の楽曲は、花の街に古くから伝わるものだとロロさんは語った。
テレビで放送されていた男声合唱のコンサートで何度か歌われていたことがあったから、楽曲自体は耳馴染みのあるものだった。
だけど、花の街が由来であったとは知らなかった。
私はツノ太郎さんたちに歌の贈り物の感想を届けに行った。
一方で、グリムは仲間外れにされたと拗ねた様子だった。
「ツノ太郎さん、皆さん、お疲れ様でした。素晴らしい贈り物をありがとうございます」
「ニコルにも気に入ってもらえて何よりだ。せっかくだ。一曲、僕と踊ってくれないか?」
「はい!」
「ニコル、僕とも一緒に踊ろう!」
「僕も一緒に踊っていい……かな?」
「もちろんだよ!」
ツノ太郎さんと私の周りにデュースくんとエペルくんもやって来た。
グリムが自慢の高速スピンを駆使しながら、ダンスフロアを踊り回っている。
私達も一緒になってフロアを巡りながら身体を動かした。
途中で曲調ががらりと変わった。
私はリドル先輩たちの近くにいたシルバー先輩の方へと向かった。
「ニコル、俺と踊ろう。さぁ、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
「恋人たちの舞踊が始まったね! このボーテな光景をじっくり堪能しなくては!」
「やはり、二人は恋人同士だったんですね」
「鐘楼を登った時に手を繋いでいたから、もしかしてって思ってたんですよ」
ルーク先輩の声を聞いたのか、副会長さんと補佐さんも私達の方へとやって来た。
少し周りの視線が刺さるけれど、私はシルバー先輩と手を取り合って踊り始めた。
昨日の逆さま祭りの時のように、私達は自由にダンスフロアを踊り回った。
相変わらず、グリムは元気に踊り続けている。
少し離れた場所で、ツノ太郎さんとロロさんが踊っていた。
その様子を見ているセベクくんの目が感動の涙で潤んでいる。
ダンスフロアに流れていた楽曲が鳴り止んだ。
少し休憩するために、私とシルバー先輩はフロアの端の方へと歩み寄った。
「色々あったが、交流会に参加できて良かったな」
「そうですね。一時はどうなるかと思いましたけど、皆さん無事で安心しました」
「花の街もすっかり元通りだな」
「夜の街も綺麗ですね。月も輝いてます」
大講堂の窓から見る花の街の夜空に、きらきら光る星と青白く輝く月が浮かんでいる。
平穏な花の街の景色が戻って来た証のように思えた。
シルバー先輩がマスカレードドレスのマントで私を包み込んでくれた。
窓から見える景色を背景にし、私達はこっそりと口付けを交わした。
仮面舞踏会はまだまだ終わらない。
踊り続けよう、救いの鐘の下で時間の許す限り。