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乙女ゲーの世界に転生したジナコさんがカルナさんルートを攻略する話

全体公開 1 10 12899文字
2022-12-15 23:03:32

ジナコさんお誕生日おめでとう!!!!!!!!!!!!!!!

 ボク、ジナコ=カリギリ二十九歳高二!性格は人よりピコッと怠け者、ピコ〜っと流されやすいってとこかな。
 あるとき、ヘンテコな象の神様から不思議な契約を一方的に押し付けられて乙女ゲー世界に異世界転生したんだけど、顔面キラキラのイケメン陽キャ攻略を言い渡されて不満たらたら〜ってカンジ!
 でもま、欧州ゲームチャンプまで上り詰めたボクにかかればなんとかなるか! フヒヒ!
 ハイそこ、引かない。ドン引かない。
 二十九歳の限界アラサー引きこもりニートが花の女子高生に転生して乙女ゲーの世界で無双するなんて百億番煎じすぎて滑稽を通り越して哀れみさえ浮かんでくるとかも言わない。
 だってそんなことはジナコ自身が痛すぎるくらいに理解しているのだから。
 だって詳しく説明しようにも、本当に冒頭の気が狂ったとしか表現しようのない自己紹介がすべてなのだ。
 この話はこれでおしまい、よい子も悪い子もさっさとスマホの電源を切ってふかふかのお布団でよい夢を。
 もしそれでも詳しい事情が知りたいという危篤な人物がいるのだとしたら、まったく気は進まないけれど話すだけはしておこう。
 
 毎日愉快に楽しく引きこもりライフを送っていたジナコにはとあるコンプレックスがあった。
 それは、とある事情により十四歳の冬から社会と隔絶しネットの海にズッポリと潜り続ける生活を十数年続けた結果、大多数の人々が普通に通過する人生のイベント、特に青春に関わることを経験しなかったということだ。
 別に、クラスでお揃いのTシャツを作って文化祭に参加したりだとか、『ウチら十年後もズッ友!』とか黒板に書いて写真を撮るだとか、気になる彼が体育祭で活躍してる姿を見てキャーキャー騒ぐだとか、そんなことがしたいわけじゃナイ。
 普通に学校に通って、普通に友達と遊んで、普通に勉強したりイベントに参加したりして、時たま笑ったり困ったり泣いたりして、平凡なまま学校を卒業する。そんなありきたりの青春が欲しかった。
 もしあの時、友達や先生、お金に目の眩んでないマトモな親戚の声にちゃんと耳を傾けていたら。そうしたら、夢で普通に高校生活を送っている自分を見て叫びながら飛び起きる大人になんてならなかったかもしれない。
 あの日もそうだった。数えるのも億劫になる一人きりの誕生日に見た同じような夢。
 レトロなデザインのセーラー服を着た高校生のジナコが、これまたレトロな雰囲気の校舎にいる。隣にはクラスで三番目くらいに可愛い女の子が座っていて、顔に見合わない辛口な言葉でジナコの生活態度を叱っている。
 その隣にはオレンジの髪をした女の子がいて、困ったような顔で仲裁をしつつやっぱりジナコの生活態度を嗜めている。
 そんな二人の言葉をムスッとした表情で聞き流している自分はよくよく見なくてもとても楽しそうで、ジナコはこれが夢だということも忘れて叫んでいた。
「違う違う違う! こんなのウソ! だってホントのアタシはアラサーのヒキニートで! 学校なんかいってないし、友達だっていないただのボッチで! やめてよぉ……! こんな、こんな夢、惨めな気持ちになるだけじゃんか……!」
 気がつけばあたりは真っ暗闇で、校舎も友達も、高校生の自分も消え失せていた。
 これでようやく安心できる。そう虚勢を張ったけれど、胸にポッカリと空いた風穴にひゅうひゅうと吹き込む寂しさの前ではなんの役にも立たなかった。
……ウソ。ホントは羨ましい。アタシも、あんな風に普通の青春がしたかったよ。いまさら無理だって知ってるけど、いいじゃん。叶わない願いくらい、夢に見させてよ……!」

──いまになって思う。なんでこの時、普通の定義についてもっと要件をつけて叫ばなかったのだろうかと

『き〜い〜た〜ぞ〜』
「だ、誰っスか!? 直接脳内に話しかけてくるなんて、まさかフライドチキン購入希望のお客様?!」
『期間限定のレモンペッパー味ください、ではなく、聞いた、聞いたぞ。嘆き惑う者よ。其方の願い、しかと我が聞き届けたぞよ……ぞよ……
「えっなにこれ怖い。象の頭したメタボリックなおっさんがゲーミングに光りながら語りかけてくるとかボク相当追い詰められてるのでは?」
『喜べしょうじ、いや、娘よ。其方の願いはようやく叶う。具体的には今から其方を乙女ゲーの世界に異世界転生させる』
「いやいやいや、情報が渋滞しすぎてどこから突っ込めばいいんスかねぇ!?」
『安心するが良い。レーティングは全年齢、バッドエンドなし、追課金によるシナリオ分岐やスチル差分もないぞよ』
「あっ、ハイ。それはリビングでプレイしててもギリセーフなジャンルの乙女ゲーっスね助かるってんなわけあるかぁ!」
『全てのルートを攻略し、思う存分青春を謳歌するがよい……よい……
「はぁ〜!? 人の話聞けこのメタボ象!!! ボクは絶対そんな青春謳歌しないんスからね〜!!!!!!!!」

 そんなやりとりがあったのは数時間前か、それとも数年前か。
 生来の流されやすさと諦めの良さとゲーマーとしての好奇心に負けたジナコはなんやかんやでゲームを順調に攻略し、既に六人のトゥルーエンドと友情エンド、そしてハーレムエンドをクリアしていた。
「いや〜、赤髪のヤンキーくんルートの雨の日の猫ちゃんイベントを出すのとツンデレ生徒会長が藤丸くんと友達になるルートを出すのに苦労したけどなんとかあと一人になったっスよ〜!」
 ジナコが通っている学校は世界各国の超お金持ちの令息令嬢が集うウルトラスーパーセレブリティスクールで、そこに偶然編入することになった一般ピーポーのヒロインが攻略対象たちと運命の出会いをし、交流を深める内に恋や友情を育んでいくという設定だ。
 攻略対象は全部で七名。
 前述の赤髪ヤンキーくんと黒髪の生徒会長、生徒会長の双子の弟と、不運体質のクラスメイトと母性溢れる後輩ちゃん。なお後ろ二人は同性なのでトゥルーエンドは姉妹か親子になるという謎展開なのだがそこはまぁ置いておこう。
 ミニゲームやらサブシナリオのコンプで少々寄り道をしすぎてしまったが、ここまで来れば残すところはあと一人。RTAも真っ青の最速クリアでこんな馬鹿げた青春とはオサラバしてやる。
 そうジナコは意気込んでいる。いや、いた、といった方がいいだろうか。

「──ちょっと、カリギリさん。貴女、私たちの話を聞いていまして?」
「これだから外部生は嫌ですわ。マナーがなっていない野蛮な方ばかり」
「あら、それはかわいそうよ。庶民に上流階級のマナーは難しすぎますもの」
 オホホ、と上品な笑い声を上げる少女たちを見ながら、ジナコはピ、と空中に浮かんだテキストモードという表記を選択した。
 攻略に必要なステータスや情報を整理するには視覚化させたほうがいい、というのが主な理由だが、ぶっちゃけていうと彼女たちの見分けが一切つかないというのが最大の理由だ。
 ジナコもオタクの端くれなのでキャラの見分けに関してはそこそこの解像度を持っているつもりではいるのだが、さすがに全く同じ見た目をコピペしただけのモブキャラの区別をつけろというのは非常に厳しい、というか無理ゲーにも程がある。
 制服はともかくとして髪型とか髪色とかアクセサリーで差別化すれば同じアバターでも数種類くらいのバリエーションができそうものなのに、なんでみんながみんなクルクルの縦ロールに赤のカチューシャをした金髪お嬢様の見た目で統一されているのだろうか。
 おそらくきっと開発段階で予算が尽きたか、同一アバターになっているバグを見落としたか目を瞑ったかでこうなってしまっているのだろう。
 まぁそこはいい。攻略にそこまで重要でもないキャラに割くリソースがないのは理解ができる。だが、いくら重要でないからといって開発をケチるとそこが妙な引っ掛かりになってシナリオが頭に入ってこないとか、最悪世界観そのものをぶち壊すことになりかねないということは、いつの時代のどの運営側の皆様におかれましても固く肝に銘じておいてもらいたいものだ。
 ジナコは敢えて目を逸らしていたテキスト部分、もっと細かにいうならば豪奢な飾り枠で囲まれた部分の下に目線を向けた。
【──こちらは開発段階のものです。βテスト前に適宜正当名称に変更してください。要望のあった一括変更プログラムについてはC班にて対応検討中です。ていうかなんでこの段階で正式シナリオが書けてないんだふざけんなこちとら社泊十五日目だぞ大体あの安請け合いしかしてこない営業が──】
 これ以上はいけない。主にジナコの精神衛生的な意味において。
 おそらくきっと多分、このゲームはβテストどころかデバックすらされない状態でお蔵入りしたのだろう。そうだといってほしい。じゃなきゃこの怨嗟溢れる担当者メモが残されたままのバグだらけの乙女ゲーが世に放たれてしまったということになる。
 いやでもここまで来たら伝説のクソゲーとして歴史に名を刻むかもしれないな、と現実逃避を決めているヒロインを尻目に、担当者がヤケクソで名付けたのであろう縦ロール集団は定石通りの詰り展開を繰り広げ出した。

親衛隊A:みっくすさぶれ院嬢「大体、あの方のお心の広さにつけいるようなことばかりして恥ずかしくありませんの?」
親衛隊B:サバ缶寺嬢「そうですわ。いくら厚顔無恥な庶民といえども最低限の礼儀くらいはご存じでしょう?」
親衛隊C:みっちゃん堂嬢「これは貴女の為を思っての忠告でもありますのよ? 今後あの方に一切近寄らないとおっしゃるなら、私達も貴方に関わらないと誓いましょう」
 ピコン、と表示された選択肢は【分かりました、あの人とはもう……】と【それ、カルナさんが望んでいるんですか?】だ。
 カルナというのは最後に残った攻略対象で、眉目秀麗文武両道公明正大その他あらゆるスペックが大渋滞、学内でも指折りの名家の子息でありながら庶民であるヒロインにも分け隔てなく接し、CVも落ち着いた深い響きのあるイケメンボイス。
 新雪を思わせる白髪と冬空のような澄み切った青い瞳から彼を慕う乙女たちは密やかに【冬の君】と呼んでいるが心の底には燃えるような情熱を隠しており──というのがゲーム開始時のキャラ紹介文だ。
 攻略難易度は五段階中の星一つ。ゲーム的にはチュートリアルに近い立ち位置で、本来ならば最初に攻略していくべきキャラなのだが、とある理由でダラダラと優先順位を後回しにしてしまっていた。
 別にこれといった深い理由はないのだけれど、なんというか、身も蓋もなくぶっちゃけてしまうとカルナの外見がジナコの好みじゃなかった、ということに尽きる。
 具体的にどこがどうダメなんだと問われると答えづらいのだが、こういうのは当人の感性なので許してほしい。もし彼の見た目があと十歳ほど若くて膝だし短パンにハイソックスというショタだったら光の速さでスチルとボイスを全回収していたことだろう。
 そんなしょうもない理由で後回しにしていたのだが、どうせ星一の楽勝ルートなんだからいつやってもいいやというゲーマー的トリアージがあったということも言い訳の一つに上げておこう。
 しかして、実際プレイしてみての感想は『これ、星詐欺じゃね?』の連続であった。
 どこがどう星詐欺であるのかは、これから彼女たちが詳にしてくれるのでお任せすることにしよう。

▶︎【それ、カルナさんが望んでいるんですか?】



▼【それ、カルナさんが望んでいるんですか?】

 ピ、という軽快な電子音に続いて緊迫感を煽るアップテンポなBGMが流れ始める。
 全ルート共通のピンチテーマなのだが、新たなバグかそもそものシナリオ通りなのか画面いっぱいにずらりと並んだ金髪縦ロールお嬢様軍団のせいでちっともピンチを感じられない。
 一応ここは人気のない旧校舎裏なのだが、金髪縦ロールお嬢様軍団が一個小隊規模で集合しているせいでちょっとしたフェスティバル会場のような様相を醸し出していた。
 いったいなんの騒ぎですか、知らないのかい今日は金髪縦ロールお嬢様フェスなんだよ、老いも若きも男も女もみんなお嬢様になれる素敵な祭りさ、私たちは今からこの異聞帯を……
 突如脳内にポップしてきた妙なフレーズに気を取られている内に、お嬢様達は意気揚々とジナコがこれまで犯してきた【罪深き行い】を非難し始めてしまう。
親衛隊D:라라라路嬢「まぁ! この後に及んでもまだ自覚がありませんでしたの? いいですわ、それなら私達がこれまでの貴女の罪深き行いの全てをお教えして差し上げます」
親衛隊E:イモ園嬢「先に忠告をして差し上げますが、言い逃れなんて見苦しい真似はよしなさいな? 私達カルナ様親衛隊の情報網は学内はおろか学外にも及んでいましてよ」
 その言葉とともに、ちょっとした図鑑ほどの分厚さをした真っ赤な本のイラストが右下に表示される。ピカピカと明滅するエクスクラメーションマークが付いているので、どうやらこれがこのルートの攻略アイテムらしい。
 気は乗らないが一応説明だけは見ておくかとアイテム詳細をタップする。
『カルジナの書:カルナ様親衛隊メンバーが収集した情報がぎっしりと詰められているとても分厚い本。毎日5ページ以上更新されているので近々二冊目ができる予定だ!』
 いやいやいや、これ以上厚くしてどうするんだ。しかも二冊目って。どういう熱意で動いてるんだこのお嬢様軍団は。
 とにかくこの暴挙を止めるためには一刻も早くルートを攻略しなければいけない。
 ジナコは決意を新たにすると、Aボタン(概念)を己が持てる最高速度で連続タップをし始めた。
親衛隊①:夕碕シュタイン嬢「まずは入学式のお話からですわね。あぁ、思えばあの日からですわ、私達親衛隊の受難が始まったのは……
親衛隊②:うららブルグ嬢「カルナ様が校舎の中で迷子になった庶民を慈悲深いお心で声をかけられたというのに、貴女ときたら無礼な態度と粗野な言葉で跳ね除けて……
親衛隊③:佐竹リンゲン嬢「あぁ、あの時のカルナ様の悲しげな横顔……。表紙に採用された会報四七五号は過去最高の発行部数を誇りましたけどそれはそれ、これはこれですわ!」
親衛隊④:矢島クーゲルシュライバー嬢「私あの号がもう擦り切れそうで……。よろしければもう一冊頂けないかしら?」
親衛隊⑤:にゃんぱやリッター嬢「来週には第五版が出来上がるそうですわよ。あ、私もあと一冊、いいえ、十冊いただけるかしら?」
 途中から妙な展開になっていたがどうせシナリオの添削ミスなにかだろう。それよりも、彼女達が言っているカルナルート最初のイベントの話をしよう。
 内容は至ってシンプルというかテンプレ化しすぎてむしろお約束を通り越して古典芸能の域にまで達している【迷子になった主人公を助ける】というものである。
 優しく声をかけてきたカルナにヒロインが虚勢を張って断り互いの第一印象が最悪で始まり、その後の交流イベントで誤解が解けて好感度が上がっていくという王道パターンなのだが、シナリオの内容は彼女達の証言とはまったく逆の内容だった。
 だったのだが、まず優しく声をかけてきた、というのが大きな間違いである。
『このような場所で何をしている。……迷子、だと? ……正気か?』
 初手でヒロインの正気度を確かめてくる攻略対象の方が正気度を疑った方がいいと思う。
 ちなみにこのシーンにはスチルがあるのだが、薄暗い柱の影で半分顔が隠れた無表情の美形が棒立ちでこちらを見つめているというホラーゲームも真っ青の絵だ。
 一番疑うべきは開発陣の正気度だという正論はさておいて、その後も目を覆いたくなるような台詞が止まることはなかった。
『オレについて来るがいい。そのアザラシが如き歩みでは大講堂に着く頃には月が天高く登っているだろう』
『自分でなんとかする、だと? フッ、時間の無駄だな』
『そこまでいうのならば己の意志を貫くがいい。……どうやら図太いのは見た目だけではないようだな』
 もし彼女達がこのセリフの内容までしっかりと聞き届けても尚、カルナのことを慈悲深いと言うのであればそれはそれで天晴れである。きっと彼女達ならばあの乙女心理解度マイナス五億男の永久凍土のような心を溶かしてくれるだろう。
 散漫になりつつある思考とは別に、廃ゲーマーとしての無意識は【ご、誤解です!】という選択肢を高速タップ(概念)する。
親衛隊い:トリスキー・ダイヤモンド嬢「オホホ、そういうと思っていましてよ! みなさま、カルナ様親衛隊の真の恐ろしさを教えて差し上げましょう!」
親衛隊ろ:ぬぬ・ラピスラズリ嬢「ウフフ、ではとっておきの情報をお出しいたしますわ! ──六月某日、カルデア記念水族館の出来事を覚えておいでかしら? 偶然水族館で居合わせたカルナ様にアザラシショーにお誘いを受けていらっしゃいましたわね?」
親衛隊は:かじきマグロ・ガーネット嬢「親衛隊鉄の掟第五四条、プライベート時のカルナ様への接近は十メートルまでにより詳細は聞き取れませんでしたが、随分と親密なご様子でしたわ! おまけに最後には手まで繋いで……! あっ、眩暈が……
親衛隊に:無理寝・アクアマリン嬢「続いて、八月某日、駅前の生花店での目撃証言。庶民の生活を学ぶためご身分を隠して働いていらっしゃるカルナ様の元へ偶々通り掛かった貴女は、数分の会話の後退店」
親衛隊ほ:みど・サファイア嬢「その際、ひまわりの花束を手にしていたと報告を受けております。カルナ様手ずからお造りになられた花束、しかも、本数は三本……! あっ、眩暈が……
親衛隊へ:ひさかた・アメジスト嬢「次は私の番ですわね。十二月某日、河川敷にて。日課のロードワーク中のカルナ様と偶然コンビニ帰りに鉢合わせた貴女は数言言葉を交わしたのち、購入していたスポーツドリンクを手渡したそうですね?」
親衛隊と:トーヤ・エメラルド嬢「カルナ様はどのような些細な施しにも礼儀を尽くされる方。ですが、ですが! ご自宅の大掃除をカルナ様にさせるだなんて、不敬にもほどがありすぎますわ! あっ、眩暈が……
親衛隊ち:マキ・パール嬢「まだまだございますわ。二月某日、バレンタインデーの前日の夕方。そう、アレこそ私達親衛隊にとって最も恐ろしい、悪夢のような──」
 どうしてこのゲームにはスキップ機能が搭載されていないんだろうか。
 ジナコは延々と続く金髪お嬢様軍団の気絶コントを他人事のように眺めながら、彼女達がいうところの【言い逃れのできない出来事】を思い出していく。
 水族館デート、といえば鉄板中の鉄板。他のキャラでは場所が遊園地や美術館、闘技場などで、どれもこれも中々にニクい演出だった。しかしてカルナルートではどうした訳か終始ほぼ無言かつ無表情。やっと口を開いたかと思えばアザラシの生態についてやたら詳しく熱弁を振るわれて終了。回収したスチルタイトルは『そういえば、お前はアザラシに酷似しているな』であった。
 次に花屋だが、これはキャラ達の学外での意外な一面に触れて親交を深めるというイベントだ。この出会いにより実はカルナが庶民出身だということが発覚する重要イベントなのだが、キャラの深掘りは一切されずひまわりの花束を渡されて強制終了。回収したスチルタイトルは『お前とオレを一緒にするな』だ。
 続いて掃除の件だが、これは親密度が上がった後半に出てくる自宅招待イベで、ここでの選択肢を誤ると友情エンドに行ってしまうという気の抜けないシナリオである。けれど、やはりというか案の定というか、カルナは甘い言葉や熱っぽい表情で愛を囁くわけでもなくひたすら黙々と掃除をして帰っていった。回収したスチルタイトルは『三日、いや、二日おきに清掃に来るぞ』である。
 どれもこれも、思い返すだけでどっと精神的に疲れる最悪のシナリオだった。ライターはきっと過労死一歩手前か、さもなくば食べてはいけない緑色をしたキノコをキメているに違いない。 
 ここまで聞けば、良識的なプレイヤーならばこんなトンチキシナリオでどうやって攻略していけばいいのだろうかと頭を抱えることだろう。だが、安心してほしい。このゲームの破綻っぷりはシナリオだけではないのだから。
 チラリ、を感覚的には画面右上に該当する中空を見上げる。そこには自己主張が強めの真っ赤なハートがぷかぷかと浮かんでいた。
 毎度お馴染み恋愛ゲーにはなくてはならない存在、好感度バロメータくんだ。
 このゲームでは好感度に応じてハートの色が白からピンク、赤へと変化していき、マックスに達すると各キャラ個別の色になる仕様である。
 ではここでもう一度右上を確認してみよう。ピカピカ光る若干どころではないくらいにうざったいエフェクト。バケツツールで塗りつぶしたんだろうなというのが丸わかりの雑っぷり。
 そして色はきっとおそらく絶対に#ff0000。この色は何色かと問われたら十人中百人が同じ色を答えるであろうというくらいに純粋な赤である。
 ここまで事実を突きつけられたらもう認めるより他がない。本当に、ほんっと〜〜〜に信じ難い事ながら、カルナの好感度は四段階あるうちの三番目、しかもトゥルーエンド秒読み間近の九十九%なのだ。
 他のキャラならばこの時点でなんらかの明確なデレ、それこそ「ハッ、おもしれー女じゃねぇか!」だの「まったく、貴女は面白い人ですね」だの「貴殿は面白いな」だの「うふふ、さすが私の娘、とっても面白いですね!」とか言ったイベントが発生しているというのに、どうしたことでしょう。
 カルナとのイベントはすべて先ほど述べたようなトンチキ極まる好感度爆下げ展開しかないのである。
 もしかしたらジナコが気が付かないうちに砂糖を吐くような甘い台詞が出ていたのかもしれないが、ログを見返してもそこにあるのは失礼ぶっこきまくりのディス発言のデスパレードだ。
 おそらく肝心のデレパートを差し込む前に期限が到来してそのままリリースになってしまったのだろう。きっとそう。そうに違いない。
 でなきゃデートの途中になんの前触れもなく『帰っていいぞ』と宣ったり、誕生日イベに『お前と同じ重量だ』と馬鹿でかいあざらしのぬいぐるみをプレゼントしてきたり、バレンタインの夜に説明もなく極寒の海辺に連れ出されで無言のお散歩をするのが彼のデレ行動ということになる。
「いやいや、ないない。ありえないっしょ」
 湧き上がってきたもしもの可能性を打ち消しているうちにシナリオはとうとう佳境に突入したらしい。
 緊迫感溢れるピンチのテーマが突然途切れたかと思ったら、画面にみっしりと展開されていた金髪縦ロールお嬢様軍団の中に一人だけ雰囲気の違うキャラクターが現れる。
親衛隊長:月光院=ゴールデンバウム・フォン・安田号ティーヌ嬢「ふふふ、聞いていた通り一筋縄ではいかない方のようですわね」
 どうやら彼女がこのルートのライバルキャラのようだ。明らかに他のキャラクターと差別化されているし、彼女が登場した途端他の令嬢達にまったく目がいかなくなってしまった。
 というか、物理的に視界に入らなくなったというのが正解だ。何せ彼女の肩が画面の右から左までを支配してしまっている。広い。とにかく広い。多分十メートルはあるんじゃなかろうか。
 なんでライバル令嬢の肩幅が十メートルもあるんだという疑問は彼女の右下あたりに表記されている【遅れてごめんなさ〜い! ご依頼の修正終わりました、これで完璧なはずです!】【ふざけんな何が完璧だ五回目のリテイクに期限超過三日のフルコンボ決めといてどうして何も変わってないんだよこれも私が修正しろってかもう無理まじ無理d】というコメントが全てを物語っている。
 ジナコは溢れそうになる嗚咽をそっと堪えると、せめてもの供養としてきちんとこのライバル令嬢に向き合ってゲームをクリアしようと固く心に誓った。
親衛隊長「本当は私達もこんなことなどしたくないのですけど、話し合いが通じない野蛮な相手にはそれ相応の手段というものがありますわ。──皆様、よろしくて?」
 そのセリフと共に、金髪縦ロールお嬢様軍団の手に様々な獲物が握られる。
 扇子にスティック、チェーンにロープ、ウサミミカチューシャに網タイツ、ホットパンツにタンクトップ、よく見ればウェディングドレスや際どいビキニ、魔法少女なんてものまである。
 明らかにラインナップがおかしい。なんだ、どういうことだ。これから昭和の少女漫画よろしくヤキを入れられるのではないのか。
親衛隊長「おほほ、今から貴女にはあられもないあ〜んな格好やこ〜んな格好をしてもらいますわ! 恥ずかしい写真をばら撒かれたくなかったら……、わかりますわよね?」
 お嬢様にしては結構姑息な手だ。いや、脅迫手段がコスプレ写真とはある意味お上品なのかもしれないが、大ピンチに変わりはない。
 なにしろ異世界転生したくせにどういうわけかアバターがそのまま残念なアラサーのままなのだ、解せぬ。このままではジナコさん(都内在住/高校二年生/29)の太バニーやマフィントップや夢かわ花嫁さんのスチルが爆誕してしまうではないか。
 嫌だ、嫌すぎる。それだけはなんとしてでも阻止しなければ。
 けれど無常なことにキャンセルボタンもスキップボタンも、いくら連打しようとちっとも反応しない。こんなところまでバグ仕様とか本当にクソゲーだ。
 いよいよお嬢様軍団の魔の手がジナコに襲い掛かる、その瞬間だった。
「──何をしている」
「そ、その声は⁉︎」
 チャララーチャラーという安っぽい挿入音と共に、一人の影が画面に現れる。
「多勢に無勢か。関心しないな」
「か、カルナ様! 違うんですこれは……!」
「私達は、貴方のためを思って……!」
「頼んだ覚えはない。時間の無駄だ」
「そ、そんな……
 先ほどまであれ程勢いづいていたお嬢様軍団がみるみるうちにしょぼくれていく。
 王道といえば王道すぎる展開だが、どうやらジナコのピンチは免れたらしい。たまにはこうやって乙女ゲーのヒーローっぽいこともできるんじゃないか。カルナさんはやればできる子。ジナコさん知ってた。
 心の中のカルナ評をピコッと修正してもいいかもしれない。と思った矢先、ほんの僅かに芽生えていた乙女心ゲージは無神経極まりない一言によって粉微塵に破砕されてしまった。
「まだそこにいたのか。さっさと自宅へ帰り日課の電脳ゲームで無為な時間を浪費するがいい」
 なんというディスコミュニケーション。そんな気はしていたけれど、まさか上げて落としてをこんな短期スパンでやられるとはインド人もびっくりだ。
 もうここまで来れば卒業式での告白イベントですら『では息災でな』とスルーされる可能性すら見えてきた。それはそれでいっそ面白いかもしれないなと悟りの境地に立ち入りかけたとき、ふと、ジナコの脳裏に妙な引っ掛かりが生まれる。
──もしかして、もしかすると、ボク、庇われているのでは?
 言い回しはチクチク言葉を通り過ぎてトゲトゲだが、要は『この場は自分が引き受けるから早く家に帰って好きに過ごせ』ということだ。
 精一杯、これでもかと好意的な曲解をすれば、の話ではあるけれど、そう思えばこれまでのアレヤソレも根っこの部分には彼なりの思いやりや優しさが潜んでいたのではないだろうか。
 だとすれば、なんと損な人物だろう。あと少し、ピコッとばかり踏み込んで自分の気持ちを素直に言えば、こんな誤解を受けずに済むのに。
 そう考えた瞬間、目の前にピコン、と一つしかない選択肢がポップアップする。
【カルナさんは一言足りない】
 パンパカパーン! リンゴーン、リンゴーン。
「は、え、ちょ、何これ⁈」
 突如として空から花が降り注ぎ、画面枠が黄金色のリボンで縁取られる。
 これまで見たことのない演出に困惑している間にも、シナリオは次の展開に向けて容赦なくギアを上げていく。
「そう、か。そうか。……そうだったのか。ありがとう、ジナコ=カリギリ。キミはオレの人生の光だ。どうかこの先もオレと共にいてくれないだろうか」
【はい! よろこんで〜!】
【新婚旅行は月面がいいな、ダーリン♡】
 ガガガガガガガガ、とキャンセルボタン(概念)を高速連打するが画面は真っ暗になるどころかますます光り輝いてキラキラギラギラのエフェクトで埋め尽くされていく。
 待て待て待て待て待ってほしい。結婚エンドとか今までのルートではなかったじゃないか。ていうかなんでいつの間に左手の薬指にゴールドのリングが嵌っているんだ。【アイテム:永遠の黄金/結婚おめでとう】ってどういうことだ。
「おめでとうございますですわ」「おめでとうございますですわ」「おめでとうございますですわ」「おめでとうございますですわ」「おめでとうございますですわ」「おめでとうございますですわ」
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。
 某世紀末系ロボアニメの伝説の最終回よろしくカルナとジナコの周りをぐるりと取り囲んだ金髪お嬢様軍団が拍手をしながら口々にお祝いの言葉を述べていく。
 バックでは一昔前の甘ったるいラブソングが響き、スタッフロールが流れてお約束の文言がスゥッと表示された。

〜HAPPY END〜
 カルナルートは削除が決定したので切り離し作業を願います。
 β版でも削除がされていませんでしたので切り離し作業を願います。
 テスト版でも削除されていません、前任者からの引き継ぎはどうなっていますか?
 無理でしたごめんなさい



「──開発スタッフ出てこーい!!!!!!!!!」
 そう叫んだジナコの目に飛び込んできたのは金髪縦ロールのお嬢様軍団でもなければウェディングドレス姿の自分でもなく、見慣れた自室の天井だった。
「ゆ、夢……?」
 つけっぱなしのパソコンの画面を見れば、時刻は十一月三日の午前四時七分。どうやらネサフ中に寝落ちしてしまっていたらしい。
「なんの、ゆめ、見てたんだっけ」
 詳細はまったく思い出せないが、悪夢であるのは確実だ。でも、普段見ている悪夢とはちょっとばかり毛色が違っていた、様な気がする。
 誕生日だからと妙にナーバスな気分になっていたからだろうかとぼんやりしていると、ポーン、と軽快な音が響いた。発信源である画面を見れば、新着メールが一件ありますという表記が目につく。
 惰性でクリックすれば、おめでとうございますという文頭のあいさつ文が飛び込んできた。誕生日のDMかと削除しようとしたが、差出人欄に記された奇妙な名前に右手の人差し指がピタリと止まる。
「ムー、ンセル……?」
 そうだ、思い出した。寝落ちする前、眉唾な噂を耳にして興味本位で申し込んだんだ。
──優勝すれば、なんでも願いの叶うゲームがある
 最初は子供っぽい絵空事だと思ったけれど、ナーバスになっていた精神はそれを冗談だと笑い飛ばすことができずにいた。
 本当、なんだろうか。なんでも願い事が叶うなら、やり直せるんだろうか。
 パパとママがいて、普通に学校に行って、友達と遊んで、青春して、それで、普通の大人になる。
 そんな人生が。本当に、手に入れられるのなら。
 ジナコはずり落ちていたメガネをかけ直すと、【聖杯戦争にエントリーしますか?】というボタンを静かにクリックしたのだった。


──彼女が月で運命の相手に出会うまで、あと■■■


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