sksyo webオンリー【金剛石と少女】掲載作品。
ショウちゃんがヒスイの皆の力を借りて、偽者のセキさんを倒しながら行方不明になったセキさんを探すお話。
@oboro73672367
目が覚めると、目の前にセキさんの寝顔があった。
(えっ? えええええええ?)
いつもは寝起きの悪い私だけども、今ばかりは目を見開いて飛び起きる。飛び出しかけた悲鳴を口に手を当てて飲み込んで、私はすやすやと眠るセキさんを凝視した。
昨日、私はちゃんと戸締まりをして一人で布団に入った。それは間違いない。それに、セキさんがコトブキムラに来るなんて聞いていない。
どうして彼が布団の中にいるのかわからず、私は困惑するばかりだ。
……にしても、本当に綺麗な顔だよね。
しばらく固まった後少し落ち着いた私は、横になったままセキさんの寝顔を見つめた。
しなやかに流れる瑠璃色の髪が鎖骨に垂れてとても艶めかしい。私の大好きな榛色の瞳は瞼に隠れて今は見えないけれども、その長いまつげやすっと通った鼻筋の造形の美しさは眠っていてもちっとも損なわれることはない。少し乾いた唇から漏れる吐息はしっとりと甘く、まるで精巧な人形のよう。
セキさんが起きている時は彼の表情や所作にドキドキしてしまって、あまり彼のことが直視できない。それにセキさんは勘が鋭いから、すぐに私の視線に気づいてしまうのだ。
だから私は彼が寝ている今がチャンスだと、じっくりとセキさんを鑑賞した。その時だ。
「ショウ、やけにじっくりと見てくれるじゃねぇか。そんなに凝視されると、さすがのオレも照れちまうぜ」
「え?」
その艶を帯びた声に、私は身体を強張らせた。だって、声は私の真後ろから聞こえてきたのだから。
目の前でセキさんはすやすやと眠っている。
私の後ろにいる誰かは、くすくすと含み笑いをこぼしながら、私の髪を救い上げた。
その仕草に、ドクリと心臓が跳ねる。
振り返るのはとても怖かった。でも、目の前にはセキさんがいる。いざとなったら彼を叩き起こせば大丈夫。そう自分を鼓舞して、私は髪に触れる手を振り払って起き上がった。
「だ、誰! ……えええっ!」
私の後ろにいたのは、セキさんだった。夜着ではなく、いつもの服を着込んだセキさんが畳の上に肘をついて、寝ころびながら私を見上げていた。
「えええええええ!」
もう声を抑えることなんかできなかった。私は驚きの悲鳴をあげながら振りかえる。
……うん。間違いなくセキさんが寝ている。……で、後ろにもセキさんがいる、と。
一人で目を白黒させていると、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「ショウ、あんまり騒ぐと近所迷惑だぞ」
セキさんが耳元で甘くたしなめてくるけれども、それに返事をする余裕もない。
……だってセキさんが二人いるんだよ。どういうことなの?
頭の中はぐるぐるで、正直叫び出したかったけれども、セキさんの長い人差し指が唇に触れてきて、私を黙らせる。
そうこうしているうちに、寝ていたセキさんが目を覚ました。半目を開けたセキさんは、気だるそうに起き上がって欠伸を一つ。そして、「ショウ……おはよう」と色香に満ちた挨拶をくれた。
こんなヘンテコな状況じゃなかったら、鼻血を吹いてしまいそうなその色香。
けれども私はそれどころじゃない。どちらが本物のセキさんなのかわからないが、確実にどちらかは偽物なのだ。
「ええと、どっちが本物のセキさんなんですか?」
私を抱きしめたままのセキさんと、欠伸をしながら布団の上で胡座をかいているセキさん。どちらかが、「自分が本物だ」と名乗り出てくれることを期待して、私は彼らに問いかけた。けれども二人のは意味ありげに笑うばかりで、私の質問には答えてくれない。
「まあまあ、細かいことはどうだっていいじゃねぇか」
「そうだぜ。にしても、今日もショウは愛らしいなぁ」
「ああもう。……わかりましたから、離れてください。……着替えます」
言いたいことは色々あるが、ちょっとまずは冷静になろう。
第一に私はまだ夜着姿だ。少し動けば捲れあがってしまうこの格好。寝起きだから当然なのだが、この格好でセキさんの前にいるのは恥ずかしすぎる。だから私は着替えようとしたのだけれども。
「んー。別に着替えは後でもいいじゃん」
「そうそう。そんなことよりも、ちょっと話したいことがあるんだよ」
セキさんは私から離れるどころかより一層強く抱きしめ、もう一人のセキさんも私の前へと距離を詰めてきた。
「や! ちょっと、放してください! ……やだっ! やめて!」
この体制はよろしくない。というか、なんだかセキさんも変だ。……そもそも、二人いる時点でおかしんだけど。
ようやく危機感を覚えた私は、夜着が乱れるのも構わず、暴れ、声を張り上げた。
するとセキさんはうろたえて慌てだした。
「この、暴れるな! 静かにしろ!」
「オレたちは、話があるだけだって、の!」
彼らは私にのしかかり、口をふさぎにかかる。そこでやっと私は悟った。こいつらは二人ともセキさんじゃない。セキさんは絶対にこんな乱暴なことはしないんだから!
「いってぇ!」
そうとわかれば容赦はしない。私は口をふさいでいた手に思いっきり噛みつき、そして叫んだ。
「助けて! バクフーン!」
私の指示が届くかどうかは賭けだった。バクフーンはモンスターボールに入ったまま鞄の中にいるのだ。けれども、私の声は彼に届いた。
「ばぁくぅぅ」
ちょっと間抜けな鳴き声が聞こえて、目の前が一気に紫炎に染まる。どこからともなく勢いよく吹き出した炎は私にも触れたけれど、ちっとも熱くない。けれども。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
二人のセキさん……の偽物は、炎に巻かれて転げまわった。彼らの髪や服に炎が群がっている。
不思議と何かが焼けるような匂いはしなかった。けれども炎が大きくなればなるほど、生臭い獣の匂いが部屋中に充満していく。
そして突然彼らに纏わりついていた炎がふっと消えた。一気に部屋の中が暗くなって、私は慌てて目を凝らす。
けれども、そこには誰もいなかった。
「え?」
まるで夢のような不思議な現象。彼らがいた場所には髪の毛一本残っておらず、床に触れてもそこはひんやり冷たいだけ。
狐につままれた気分でバクフーンを振り返ると、彼は眠そうな欠伸を残してモンスターボールの中へと戻っていった。
そして部屋の中は静寂に包まれる。
本当に夢だったのではないかと疑いたくなるほど、全てはあっさりと消えてしまった。けれども踏み荒らされて吹き飛んだ布団、倒された行灯、そしてボロボロになってた私の夜着が、夢ではなかったことを示していた。
(セキさん……)
いったいあれは何だったのだろう?
全く訳がわからなくて、私は暫く呆然とその場に佇むのであった。
ごんごん、ごんごん、と激しく叩かれる扉の音で、呆けていた私は我に返った。
「ショウ、おはよう! 朝早くから悪いな。でもさ、おまえの部屋からものすごい音がしたからよ。大丈夫か?」
扉の向こうから、私を心配するテル先輩の声が聞こえてきた。私は慌てて声を張り上げる。
「おはようございます! 大丈夫です。ええと……ちょっと寝ぼけて行灯を蹴飛ばしちゃって」
テル先輩は、頼りになる人だけれども、目の前であった出来事に混乱していた私は、咄嗟に本当のことを誤魔化した。
それでも先輩に顔くらいは見せようと立ち上がった私は、自分の姿を見下ろしてぎょっとする。偽セキさんと揉み合ったせいで、夜着の合わせははだけて胸が半分出ているし、左の袖なんて今にもちぎれて落ちそうだ。
駄目だ。こんなボロボロの姿では先輩の前に立てない。
「ごめんなさい。寝起きだから身支度をしますね。少し待っててください!」
「いや。何事もなかったんならいいんだ。すっごい音だったからな。飛び起きたよ。……じゃ、また後で」
扉の向こうで先輩が笑う気配がして、がらがらと隣の長屋の扉が動く音がした。
きっと先輩は「寝ぼけたのかよ、人騒がせだな」とか思いながら家の中へと入ったのだろう。笑いを噛み殺す先輩の顔が目に浮かぶ。
ともかく先輩に声をかけられて、張り詰めていた気持ちが幾分緩るんだ。気を取り直した私は、手早く着替えて部屋の中を片付けていく。布団を畳んで、行灯を直して。びりびりになった夜着は、シャロンさんに直してもらおう。
……シャロンさん、驚くだろうね。どう言い訳をしようかな。
気持ちはちっとも落ち着かないけれども、空腹では考えることもままならない。
しっかりと朝食を取った私は、籠にモモンの実を入れて長屋の外へ出た。朝早くから起こしてしまったテル先輩にお詫びに行くのだ。
「せんぱーい。今朝はすみませんでした!」
隣の長屋の扉を叩くと、出てきたのはテル先輩ではなかった。
「おや、ショウちゃんかい。おはよう。テルなら、早起きしたからって、早めにギンガ団へ出かけていったよ」
テル先輩と同室の、警備隊の人が教えてくれる。
私は彼にモモンの実の入った籠を手渡して、ギンガ団本部へと向かうことにした。
「だからよ。ちょっとデンボクの旦那に会わせてもらうだけでいいんだよ。そんな難しいことじゃねぇだろ?」
「長はまだ食事中です。それに、予定にない面会はお断りしています。……それを知らないあなたではないでしょう?」
「そうですよ、セキさん。こんなことでゴネて無理を通そうなんて、らしくないですよ。どうしたんですか?」
ギンガ団に到着すると、玄関前にちょっとした人集りが出来ていた。背が低い私には人の輪の向こうの景色は見えない。けれども聴こえてくる声はよく知ったものだった。
嫌な予感にげんなりしながらも、私は人並みをかき分け、前へと進む。
「しっかしよ、急用なんだよ」
「急用でも、長の身支度が整うまではお待ち下さい!」
案の定、ギンガ団本部の前で揉めていたのはセキさんと門番のスグルさんだった。そしてその間にはテル先輩がいて、二人を……というかセキさんを、窘めている。
あのセキさんは……本物かな?
野次馬に紛れて様子を伺うが、見たところどうにもセキさんらしくない。困惑しているスグルさんを威圧するように睨みつけているし、テル先輩の言葉にも聞く耳を持たないようだ。声と外見はセキさんそっくりだけれども、セキさんがこんな時間にコトブキムラにいることもおかしい。
様子を伺う間にも三人のテンションは上がっていき、少しずつ野次馬も増えてくる。
これは、このままにしておいちゃまずいね。
そう判断した私は左手にモンスターボールを忍ばせて、素知らぬ顔で三人へと歩み寄った。
「おはようございます。どうしたんですか?」
『ショウ!』
セキさんとテル先輩の声が重なって、二人は同時に安堵の表情を見せる。
「ショウからも言ってくれよ。オレはデンボクさんに会いたいだけなのにさ、こいつらが中に入れてくれないんだよ」
「セキさん! 勝手を言っているのはそちらなんですよ!」
被害者ぶるセキさんの言い分に、テル先輩の堪忍袋の緒が切れたようだった。青筋を浮かべて怒鳴る先輩を、慌ててスグルさんが宥める。
興奮しているテル先輩はスグルさんに任せて、私は偽物と思われるセキさんへ提案した。
「まあまあ、セキさん。どの道こんなに早くからはギンガ団には入れません。イモヅル亭で少し待っていてもらえませんか? その間に、デンボクさんへ繋ぎますから」
「しっかしよう、俺には時間が……」
「イモモチ、奢りますよ」
「……仕方ねぇなぁ。少しだけだぜ」
私が通りの反対側のお店へと視線を送ると、セキさんはすぐさま意見を変えて、いそいそとイモヅル亭へと歩いていった。
うーん。セキさんはムベさんのところで修行をしてるから、プライベートでイモヅル亭に行くのは嫌がるはずなんだよね。これはますます怪しいぞ。
そんなセキさんの様子に、テル先輩も何かを感じたのだろう。「俺、ラベンさんを呼んでくる。ショウはあいつを引き止めて」と小声で囁いて、先輩は素早くギンガ団の中へと入っていった。
きっとあのセキさんも偽物なのだろう。状況からそう判断はできるけれども、往来で騒ぎを起こすわけにはいかない。彼はいつ態度を豹変させるかわからないのだ。
今朝のセキさんとのやり取りを思い出しながら、私は警戒を緩めずに、彼の後を追ってイモヅル亭に向かった。
本部前の騒ぎを聞いていたのか、ムベさんは店の前に立って、私達の方をじっと見つめていた。そんなムベさんに挨拶もせずに、セキさんはどすんと店の前の椅子に座る。
師匠のムベさんにこの態度。やっぱり彼は偽物だ!
「ムベさん、実はそいつ……」
ムベさんに彼が偽物である事を伝えて協力を仰ぎ、ここであいつを捕まえる。そう決心した私は、声を張り上げようとした。
けれども、ムベさんは右手を差し出して私の言葉を止めた。そして、冷ややかな視線を目の前のセキさんへと落とす。その冷徹な表情に、私は思わず口をつぐんで足を止めた。
ムベさんは偽物をじろりと睨んだ。
「……食事処に相応しくない者が紛れているな。朝から獣臭くてかなわんわ」
「はっ!」
言葉の意味を察したのか、セキさんの偽物……偽セキさんはムベさんを振り返り、椅子を蹴倒して立ち上がった。それを見計らったかのように、滑るように前に進み出たムベさんが、勢いよく足を振り上げる。
「がっ!」
ムベさんの足は見事偽セキさんの顎に命中して、彼は後ろの机まで吹き飛ばされた。ムベさんはすぐさま追随し、倒れたセキさんの上にのしかかった。
瞬きする間もないほどの、あっという間の出来事だった。全てが終わり、ムベさんがセキさんの腕を捻り上げたところで、ようやく「きゃぁ!」と誰かの悲鳴が響いた。
「お前、何者だ。何故その者の姿を真似ている」
「うっ、ぐぐぐ……」
静かなムベさんの詰問に、セキさんの偽物は苦しそうに顔を歪ませる。
「ショウ! 大丈夫か?」
「ショウさん、どうしたんですか?」
そこにタイミングよく、テル先輩とラベン博士が駆けつけてくれた。
私もようやくそこで我に返り、「ええっと、実はあのセキさんは偽物で、それでムベさんが……」と説明しようとした、その時だ。
突然、セキさんの偽物がにやりと笑った。ちっともセキさんらしくない、気持ちの悪い笑みだった。
「あーあ。ここまでか、もう少しイケると踏んだんだがな」
その変わり用に、セキさんを偽物と知らない先輩とラベン博士が息を飲む。ムベさんは顔を険しくして、偽物を拘束する手に力を入れた。
「……あなた、誰?」
問いかけると、顔を地面に押し付けられている彼は、首を持ち上げて私を見上げた。その目が、薄気味悪く赤赤と光る。
「……はっ。こんな扱いをして、オレが教えるとでも思ってるのか。ま、オレの話を聞かなかったのはあんたらだ。せいぜい後悔するんだな!」
そう吐き捨てると、偽物の身体からもくもくと白い煙が立ちこめ始めた。
驚いた様子のムベさんがあっという間に煙に飲み込まれ、そして「ぼん!」と爆発音が響く。
「ムベ殿!」
ラベン博士の悲鳴が往来にこだました。けれども私も煙に巻かれ、彼を助けるどころではない。
「げほげほっ。ムベさん、大丈夫ですか!」
真っ白な視界の中で手を振り回していると、誰かにぐいと手を引かれた。引かれるがままに少し歩くと、突然視界が開ける。
「ムベさん! 無事だったんですね!」
私の手を引いて煙の外へと連れ出してくれたのはムベさんだった。「ショウさん、大丈夫ですか?」と煙の外にいたラベン博士もすぐに駆け寄ってくる。
「げほっ、げほ……。私は大丈夫ですけど、セキさんの偽物は……」
「残念だけど、もう影も形もなかったよ」
煙の中から、口元を手ぬぐいで覆ったテル先輩が顔を出した。どうやら、偽物の様子を見るために、煙の中へと入っていたみたいだ。
「ムクホーク、煙を吹きとばせ!」
先輩がモンスターボールを掲げると、大きな鳥ポケモンが現れる。彼が大きく羽ばたくと、煙はみるみるうちに空へと流れていった。
先輩の言った通り、煙の晴れた後にはなんの痕跡も残っていなかった。無残に壊れた机と椅子が転がるばかりで、あまりの惨状にムベさんは大きく息を吐く。
「あやつの身体の感触は人間のものではなかったな。……あの肉のつき方と毛並みは、おそらくポケモンのものじゃ」
「それはつまり……ポケモンが、ギンガ団の長に接触しようとしたということですね」
ラベンさんに指摘されて、私たちは息を呑んだ。
確かに、セキさんの偽物は執拗にデンボクさんに会わせてほしいと要求していたことを私も思い出す。それに、私の所に来た偽セキさんも、私に話があるようだった。
ポケモンが、私達になんの用なのか。
「あいつは……話を聞かなかったことを後悔するだろうって言っていました」
私の言葉に、みんなは押し黙って考え込む。
……なんだろう。とてつもなく、嫌な予感がする。
あいつらは皆セキさんの姿をしていた。この件にセキさんが無関係だとは思えない。
本物のセキさんはどこにいて、何をしているのだろうか。無事でいるのだろうか。
私は祈るような気持ちで、セキさんのいるコンゴウの集落のある、東の山を見つめた。
「ふうむ。……ちと、面倒なことになりそうじゃの」
「お、オレ、シマボシさんとデンボクさんに報告に行ってきます!」
「私も行きます! セキさんの偽物は私の長屋にも現れたんですから」
「なんですと!」
「……もしかして、早朝の騒ぎはそれだったのか?」
先輩の苦々しい視線が私に注がれて、私は「あはははは。ま、そんな感じです」と笑ってごまかした。そんな私の頭を、テル先輩はがしっと掴む。
「ったく。あの時の『何でもない』は嘘だったんだな!」
「……はい。すみません。先輩に心配をかけてはいけないと思って……」
「ショウさん、未知の相手に単身で向かってはいけませんよ。我々は組織です。報告、連絡、相談をおろそかにしてはいけません」
先輩とラベンさんの二人に険しい顔で説教されて、私は「ごめんなさい」と小さくなって頭を下げた。
「おい。三人とも本部に行くなら、誰か人員をよこしてくれ。わし一人では、ようようここを片付けられん」
ぐちゃぐちゃになったイモヅル亭の惨状を見渡して、ムベさんはやれやれとため息をつくのであった。
「ショウ、命令だ。コンゴウ団の元に赴き、長の身に何が起こっているかを調査せよ。そしてその原因を排除せよ」
「今回は特定のポケモンの関与が疑われているので、ボクも同行します。よろしくお願いしますね、ショウさん」
本部に戻り、偽セキさんとの一連の出来事をシマボシさんに報告する。するとその出来事はすぐにギンガ団内で共有され、デンボクさんに伝わった。
シマボシさんは、一人で偽セキさんと相対しようとした私にしっかりとお灸を据えて、それから私に新しい任務を命じた。任務にはラベンさんも同行するらしい。無茶をしようとした私へのお目付け役なのではないかと密かに私は考えていた。
すると、なんといつの間にかテル先輩も一緒にコンゴウの集落に行くことになっていた。先輩はコンゴウの集落との連絡役らしい。
「ギンガ団へ侵入しようとした不届き者は、コンゴウ団の長の姿をしていたと聞いている。ならば、コンゴウの集落でも何かが起こっているはずだ。最悪、似たようなトラブルが発生している可能性もある。何かあった場合は、テルは速やかに報告に戻るように。それとショウが無茶をしでかさないように、しっかりと見張るように」
おおっと、私のお目付け役はテル先輩だったか……。
というわけで、私はテル先輩とラベンさん、二人のお目付け役を引きつれて、コンゴウの集落へと向かったのであった。
だだっ広いヒスイ地方の中でも、コトブキムラとコンゴウの里は比較的近い距離にある。任務を受けてすぐに出発した私達は、翌日のお昼を過ぎたころには、コンゴウの里の近くの森へと到着してた。
「……ラベン博士、大丈夫ですか?」
「はぁ、はぁ。だっ、大丈夫……ですぅ……」
ギンガ団のベースキャンプからコンゴウの里までは緩やかな傾斜を登っていくことになる。そのせいだろうか、私の少し後ろを歩くラベン博士は、息が上がって辛そうだ。でも、もう集落はすぐそこ。あと少し、頑張っていただきたい。
「いやいや、ショウ。涼しい顔をしているけど、ラベンさんが疲労困憊なのはおまえのせいだからな。……ったく、セキさんが心配なのはわかるけどさ。急ぎすぎだ」
ラベンさんの後ろを歩くテル先輩に指摘されて、私はなるほど、と手を打った。どうやら先頭の私が、無意識のうちにかなりの速度で歩いていたせいで、ラベンさんはへろへろになってしまったみたいだ。
道理でいつもよりも早く着いたはずだ。
「えへへへ。ごめんさい。わざとじゃないんですけど、つい、うっかり……」
危険なポケモンが闊歩して歩くこの地で無理をすることは、命の危険につながることもある。そのことを身にしみて知っている私は、反省して深々と頭を下げた。
けれどもラベンさんは、疲れを滲ませた顔に笑顔を浮かべて首を振った。
「いいんですよ。ショウさんがセキさんを心配する気持ちもわかります。ボクの方こそ、これくらいのことでへばってしまって申し訳ない」
「ラベンさんは研究者なんですから、仕方ないですよ」
そう、テル先輩がフォローを入れた時だ。木々の向こうから、「おーい! 待ってくれよぅ!」とよく知った声が聞こえてきた。
「ツバキじゃないか? おーい! どうした?」
テル先輩が後ろを振り返って手を振る。木々の合間から姿を現したのは、コンゴウ団のキャプテン、ツバキさんだった。
彼は、長い巻き髪をぶんぶん振りながら駆けてきた。
「珍しいね。ギンガ団が三人そろって集落に来るなんて」
「あー、まあ、そうかもな」
テル先輩は、気まずそうに視線を逸らして頬を掻いた。私達がここに来た経緯をなんと説明しようか考えているようだ。
まあ、「あなたのところのリーダーの偽物がコトブキムラで大暴れをしたので、調査に来ました」なんて馬鹿正直に言えるわけがない。
「ギンガ団のデンボクから、セキ殿に内々の伝言を預かっているのですよ。調査隊の二人は、ボクの護衛です」
言い淀んだ私たちの代わりに、ラベンさんが上手く説明してくれた。さすがラベンさん。この説明ならば、あながち嘘をついているわけでもない。
ツバキさんもラベンさんの説明に違和感は感じなかったようで、「ふーん。そうなのか」と呟いて、私たちに並んで歩き出した。
「ツバキさんは、天冠の山麓から戻ってきたんですか?」
そう問いかけると、ツバキさんははっとした顔をこちらに向けた。
「そうなのだよ! アニキを見なかったかい?」
慌てたようなツバキさんの素振りに、私たちは顔を見合わせた。
「俺たち、これからセキさんに会いに行くんだぜ。セキさんがどこにいるかなんて、知らないよ」
代表してテル先輩が答えると、ツバキさんは「そうだよねぇ」とため息を吐いた。
「セキさんがどうかしたんですか?」
ツバキさんの反応が気になって問いかける。するとツバキさんは、「ツバキもよくわからないのだがね。アニキの偽物がいたんだよ」と言ってきた。思わぬ偽セキさんの情報に、私は思わずツバキさんに掴みかかった。
「ええっ! どういうことですか? 偽セキさん、ツバキさんのところにも現れたんですか? 偽セキさん、どこに行きました?」
「ひょぇっ!」
「ショウ! 気持ちはわかるけど、落ち着け。ツバキが驚いている」
「あ……ごめんなさい」
ついツバキさんに詰め寄ってしまった私は、慌てて彼の腕を離す。
でも、だって偽セキさんの話だよ。気になるじゃん。
テル先輩に睨まれてしまったので、私は少し離れて無言でツバキさんの言葉を待った。……早く教えてー。詳しく教えてー。とツバキさんに念を送りながら。
「あれは昨日のことだったのだけれども、ツバキはヨネ姉に黒曜の原野に呼び出されてね。アヤシシさまの好物を集めさせられていたのだよ」
昨日……私やテル先輩が、偽セキさんと会ったのも昨日だった。
「それって昼ごろ?」
テル先輩も同じことを考えたのだろう。ツバキさんに問いかける。
コトブキムラから逃げた偽セキさんが黒曜の原野に向かったのなら、ツバキさんに会ったのは昼すぎから夕方にかけてになるはずだ。
「ええと……ヨネ姉が、昼過ぎに差し入れを持ってきてくれた後だから……」
「偽セキさんは、イモヅル亭から逃げた後、コトブキムラから黒曜の原野に入ったと考えて間違いなさそうですね」
ラベンさんの小さな囁きに、私とテル先輩は視線を合わせて頷き合う。これは貴重な情報だ。
「でも、どうして偽物ってわかったんですか? 偽セキさんと会話をしたんですか?」
先輩には黙っていろと示されたけれども、セキさんのことが心配でついつい口を挟んでしまう。睨む先輩を無視して、私はツバキさんに問いかけた。
「そりゃ、わかるよぅ。だってアニキには耳が生えていたからね」
「……耳って……誰にでもありますよね……」
こっちは真剣に聞いているのに、自慢気に告げるその内容に、思わず阿保かと言いたくなる。その言葉を飲み込んで突っ込むと、ツバキさんは「違うよぅ!」と両手を振った。
「そのアニキには、こう、頭のてっぺんから、スカタンクみたいな獣の耳がにょきっと生えていたんだよぅ。だからすぐに偽物だとわかったんだよぅ」
「……なるほど。それはとても興味深いですね」
人間ではない耳が生えていた、となると、そのセキさんは明らかに怪しい。ポケモンが化けていた可能性も、大いに考えられる。
話しに興味を引かれたのか、今度はラベンさんがツバキさんの前にずいと身を乗り出した。
「すみません。もう少し詳しく聞いてもいいですか? まず、その耳の色は……」
私とテル先輩はそんなラベンさんの後ろでこそこそと意見を交わし合った。
「おれたちが会った偽セキさんには耳なんてなかったよな」
「そうですね。……彼の頭を撫ぜましたけど、その時は耳なんてなかったです」
「……おまえ、偽セキさんと何をしてたんだよ」
「……っ! 内緒です」
……偽セキさん二人に、布団の上で抑え込まれていたなんて、外聞が悪すぎて言えるわけがない。シマボシさんへの報告でも、そこの部分は端折らせてもらったのだ。
ジト目で見てくる先輩を無理やり誤魔化して、私は言葉を続けた。
「とにかく、偽セキさんには獣の耳は生えていませんでした! ……あ、でも、そういえば、何か獣のような匂いはしたかもしれません」
「ふーん。……ムベさんも獣臭いって言ってたから、関係があるのかな。……くそ、もう少し情報が欲しいな」
「ともあれ、偽セキさんは人間じゃない可能性が濃厚です。用心しましょう」
「だな」
私とテル先輩が話をしている間に、ラベンさんはツバキ君から情報を引き出し終えたようだった。
要約すると、ツバキさんはシシの高台近くにいる時に、黒鉄トンネル方面へと向かう偽セキさんを見つけたらしい。でも、少し距離があったから声はかけられず、偽セキさんもツバキさんには気づかなかったみたいだ。
「ただよぅ、アニキがしきりと頭近くをぽりぽりと掻いていたんだよ。それをよくよく見たら、耳だったってわけさ」
ツバキさんはスカタンクみたいな耳と言ったけれど、正しくは白い毛並みに差し色で朱が混じった、長細い耳だったらしい。
そのあとツバキさんは天冠の山麓に戻る予定だったけれども、セキさんのことが気になってコンゴウの集落へとやってきた。そこで私達と出会ったらしい。
ツバキさん、グッジョブ。ナイスな判断だ。
「セキさんのことが気になるからって、コンゴウ団の中に突っ込んでいくなよ。まずは情報を集めるからな」
「はい。わかっています」
ツバキさんの話を聞いているうちに、私達はコンゴウの集落の入り口までやってきていた。……本当は、今すぐにでもセキさんのところへ駆けていきたいけれども、ぐっと我慢する。
集落の中はいつもと特段変わりがない。……と思ったら、広場の方から誰かが言い争う声が聞こえてきた。この声はヒナツちゃん……と、セキさんだ!
「だから、むやみやたらとポケモンを傷つけないためだって言ってるだろ!」
「だからってギンガ団との合同調査を取りやめるなんておかしいよ。調査は必要だってリーダーも言っていたじゃん!」
「あの時とは状況が変わったんだよ!」
二人が言い争う声は、どんどん大きくなり、離れたところにいる私達にもしっかりと届いた。
急いで駆け付けると、コンゴウ団の人々が、不安そうな表情で二人を遠巻きに眺めている光景が見えてくる。
「ギンガ団との合同調査とは、来週の大規模調査のことでしょうか?」
首を傾げるラベンさんに「おそらく」とテル先輩が頷き返した。
人口が急激に増えつつあるコトブキムラでは、新しいムラの開村が検討されていた。候補地は今のところ、黒曜の原野と紅蓮の湿地。黒曜の原野の調査は先週に終わっていて、紅蓮の湿地の調査は、来週、コンゴウ団の協力を受ける形で予定されていた。
それをセキさんが中止にしようとして、ヒナツちゃんが反発しているのか。
状況を予測していると、テル先輩が小声で告げた。
「セキさんの頭に耳がある。あれは偽セキさんだぜ」
「えっ!」
私とラベンさんに緊張が走った。
最悪の事態として、コンゴウの集落に偽セキさんがいることは想定していた。けれども、こんなに堂々とキャプテンと会話をしているなんて思ってもみなかった。
彼はまるで自分が長であるかのように、ヒナツちゃんに指示を出している。……まあ、ヒナツちゃんはそれに反発しているみたいだけれども。
何も知らないコンゴウの民の前でどうやって偽セキさんを捕まえるか。私達が目配せをしあっていると、一人、場の空気を読めない男が動いてしまった。
「アニキー! 何、ヒナツと喧嘩してるんだよぅ。ツバキも入れてくれよぅ」
「あ、馬鹿! ツバキ!」
テル先輩が事前に偽物だと忠告していたのに、何を考えたのか、彼は広場に向かって駆けだした。慌てたテル先輩が掴まえようと手を伸ばすが間に合わない。
ツバキさんの声に、ヒナツちゃんと偽セキさんが振り返り、偽セキさんの視線が私達にとまった。
「げっ! あいつら!」
偽セキさんは驚き、明らかにうろたえていた。そして、彼は私達に背中を向けて駆けだした。
「やばい! あいつ逃げるぞ!」
テル先輩が叫んだ時には、私はもうモンスターボールを投げていた。あいつがセキさんに扮しているならば、本物のセキさんはどこにいるのか。絶対に捕まえて、吐かせなければならない。
「逃がさないで、レントラー!」
モンスターボールから出てきたレントラーは、ツバキさんを軽やかに追い越し、偽セキさんに肉薄した。そしてそのまま偽セキさんに体当たりをしようとした。その時だ。
「ぎゃうっ!」
突然偽セキさんから黒い炎が噴き出して、レントラーへと襲いかかった。油断していたレントラーは、あっという間に地面へと叩きつけられる。偽セキさんはこちらを振り返り、手をレントラーへとかざした。
「リーダー!」
「アニキ!」
何も知らないヒナツちゃんとツバキさんが悲鳴を上げる。そして、コンゴウの民は突然の攻撃を見て一目散に逃げ出した。
うっ。レントラーに攻撃を指示したいけれども、このままでは逃げる人に攻撃が当たる可能性がある。
私達が躊躇する間に、偽セキさんは空を見上げ、自分の周りを黒い炎で囲んだ。
「待って! セキさんはどこにいるの!」
私の必死の詰問も虚しく、偽セキさんは黒い炎に紛れてその姿を消してしまった。
「……コトブキムラで、そんなことが起こっていたなんて」
偽セキさんを見失った私達は、それぞれの理由で暫く呆然としていたけれども、ひとまずツバキさんの天幕に移動して、お互いの情報交換をすることになった。
コトブキムラでの出来事とツバキさんの証言を聞いたヒナツちゃんは、青ざめた顔をして唇を噛みしめていた。
「偽セキ君が現れた経緯を聞かせてもらってもいいでしょうか? 今回の事件はポケモンが絡んでいると思われますが、セキ君の居場所も含め、まだわからないことばかりなのです」
ラベンさんに促されて、ヒナツちゃんは記憶を探るようにゆっくりと語り始めた。
「ええと、確かリーダーは一昨日は里にいて、普通に過ごしていたと思う。……うん。来週の合同調査の班割を考えていたから、あの時は偽物じゃなかったはずだよ。……それで、その日の夕方くらいから姿が見えなくなって、そのままリーダーは昨日と今日の朝礼をすっぽかしたの。で、ようやく今日になって姿を見せたと思ったら、やけに偉そうだし、朝礼をすっぽかしたことは謝らないし、突然合同調査を中止するなんて言い出すし、いい加減にしてって言い争っていたら……」
「ぼくたちが里にやってきたのですね」
「……うん。ねぇ、本物のアニキはどこに行っちゃったのかな?」
ヒナツちゃんは縋るような視線をラベンさんに向けた。けれどもラベンさんは「それは、今のところわかっていません」と沈痛に首を振る。
静まり返った部屋の中、ヒナツちゃんは「実はね、ヨネ姉も帰ってきていないの」と泣きそうな声で呟いた。それを聞いて、黙っていたツバキさんが眉を跳ね上げる。
「ヨネ姉もか?」
「うん。本当は今日のお昼に帰ってくる予定だったんはずなのにさ。ね、ツバキは何か知らない?」
「ツバキはヨネ姉にあごで使われて腹が立ち、アヤシシさまのお世話だけしてとっとと帰ったから知らないね」
「胸を張ってそんなことを言わないでよね。……役立たず」
「何! このツバキを捕まえて、役立たずとは!」
「はいはいはいはい。喧嘩するなら外でやってくれよ。今のおれたちには、そんな暇はないんだからな」
「う……ごめんだよぅ」
「はぁ……悪かった」
テル先輩に窘められて、ツバキさんとヒナツちゃんはうなだれて頭を下げた。そして、天幕の中はまた重い沈黙に包まれる。
あれからコンゴウ団総掛かりで、セキさんに繋がる手掛かりはないかと里中を探し回った。けれども何も出てこない。私達は途方にくれるしかなかった。
「大丈夫ですか? ショウさん、酷い顔をしていますよ」
「……大丈夫です。ありがとうございます」
ラベンさんへ無理をして笑みを浮かべがながらも、私は今にも泣きだしそうだった。危険と隣り合わせのヒスイの地で、セキさんの行方がわからない。どうしても最悪の可能性が頭にちらつく。
……どうか、どうか、無事でいて欲しい。
震える手を組み合わせて、私がそう願った時だ。
お通夜のように暗い天幕の中に、トントン、と扉をノックする音が響いた。
「誰だい? ツバキは取り込み中だよ!」
ツバキさんが苛立ち紛れに声を張り上げると、扉の外からくぐもった声が聞こえてきた。
「突然、連絡もせずに申し訳ございません。私、シンジュ団キャプテンのノボリと申します。この度は、シンジュ団の長の代理として……」
『ノボリさん?』
その声はコトブキムラの訓練所でお世話になっている人のものだった。
彼をよく知る私とテル先輩は、ツバキさんを押しのけて天幕の扉を開く。すると見慣れたコート姿の人が、「おや、テルさまにショウさまもいらっしゃったのですか」と小さな目を見開いた。
「ノボリさん! ちょうどいいところに!」
「どうぞ中に入ってください。……あ、今お茶を淹れますね」
「……ここはツバキの家なのだが」
私とテル先輩がノボリさんを招き入れたことが不満なのか、ツバキさんは不貞腐れて拗ねている。けれども、ノボリさんは何でも知っているし、知恵も回る、とても頼りになる人なのだ。
そのことを知っているテル先輩も、ツバキさんを無視して、ノボリさんに笑顔を向けた。
けれども招き入れられたノボリさんは挨拶もそこそこに、膝を抱えて拗ねているツバキさんの方へと身体を向けた。
「実は、コンゴウ団の長と思しき方がシンジュの里を訪れているのです」
『えええええええええ!』
喉から手が出るほど欲しかったセキさんの居場所があっさりと告げられて、天幕の中に驚きの声が響き渡った。誰もがみんな、あんぐりと口を開けてノボリさんを凝視している。
けれども、ノボリさんは言いにくそうに視線を下げたまま言葉を続けた。
「ただ、その、少々トラブルがありまして、そちらの長を集落から出すわけにはいかないのです。大変申し訳ないのですが、コンゴウ団の代表の方に、シンジュの集落に来ていただきたく、お願いに参りました」
そう言ってノボリさんは深々と頭を下げた。
お願いの内容と煮え切らないノボリさんの口調に、ツバキさんとヒナツちゃんは怪訝な表情で顔を見合わせる。
そんな中で、口を開いたのはラベンさんだった。
「あの、僕は部外者ですが少々よろしいでしょうか?」
「はい。何でございましょうか?」
「今シンジュの集落にいるセキ君の頭には、白い獣の耳が付いているんじゃないですか?」
「……なぜそれをご存じで?」
不思議そうに首を傾げるノボリさんの前で、皆は「あーっ……」とため息を吐いた。シンジュの集落に現れたセキさんも、偽物だ。
「偽セキさん、そっちにも行ったのかよ……」
「予想以上に行動範囲が広いですね。偽セキ君は何人いるのでしょうか?」
「ともあれ、まずはシンジュの里に移動ですね! こんどこそ偽物を逃さないために、早く向かわないと!」
のんびり話し込んでなんていられない。シンジュの集落はヒスイの北端にあるのだから早く出発しないと。
私は立ち上がり、意気揚々と外へと向かおうとした。けれども。
「はいはい。気持ちはわかったから、ちょっとは頭を使おうな。……ってか、一人で突っ走るなって、何度言ったらわかるんだよ」
「そうですね。人数も増えてきましたし、きちんと情報を整理する必要がありますね」
テル先輩とラベンさんに怒られて、私は渋々天幕の中に座るのであった。
「……ラベンさん、大丈夫ですか?」
「はい、らいじょう、ぶ、です……うっぷ……」
飛び跳ねるアヤシシの揺れで酔ってしまったのか、ラベンさんは青白い顔をしてしきりと口元を抑えていた。
すっかり冷えてしまった水筒のお茶を差し出すと、ラベンさんは「ありがとうございます」と力なくお礼を言って、ぐっとお茶を飲み干した。
私とラベンさん、そしてノボリさんにツバキさんは、偽セキさんに会うために純白の凍土にあるシンジュの集落を目指していた。
テル先輩は、シマボシさんへの報告のためにコトブキムラへと帰って行った。もし今後の事態に進展があったら、伝書ムクホークを飛ばす手はずになっている。
ヒナツちゃんは護りのために、コンゴウの集落に留まることになった。セキさんがいなくてかなり不安そうにしていたけれども、ススキさんやワサビちゃんにも召集をかけたみたいだからきっと大丈夫だろう。
それに、行方不明だったヨネさんも見つかった。ヨネさんは、黒曜の原野のポケモンたちが騒いでいたから、帰還を一日遅らせてポケモンの様子を見ていたらしい。けれども、ヨネさんもセキさんの行方は知らなかった。
まあ、ヨネさんの無事がわかっただけでも一安心だ。
私たちは、コンゴウの集落で一夜を明かすとすぐさまシンジュの集落へと出発した。雪道を歩くことに慣れていないラベンさんをアヤシシに括り付けて、シンジュの集落への道を急ぐ。
「……ショウ、ちょっと待ってくれよぅ。さすがのツバキも、疲れたよう」
「常々調査に歩いているショウさまは、やはり基礎体力が違いますね」
雪原の強行軍を強いたせいか、ツバキさんとノボリさんも少しお疲れ気味のようだった。
ポケモンを追いかけたり、追いかけられたりする時の移動速度はこんなもんじゃないから、私にはまだまだ余裕があった。
でも、ここらへんで休憩を挟もうかな。いやでも、早くセキさんを見つけないと、命に係わるかもしれないし……。
焦ってはいけないとわかっているけれども、なかなか感情が追い付かない。どうしても早く、早くと気が急いてしまう。
目の前の坂を登れば、シンジュの集落はすぐそこだ。けれども疲れた様子の三人が気になる。どうしようかと迷っていた私の背中をラベンさんがポンと押した。
「私なら大丈夫です。さあ、行きましょう」
「はぁ、あと一息でございますね」
「偽アニキはどんな奴なんだろうね」
ノボリさんとツバキさんも歩みを再開する。
「みなさん、ありがとうございます!」
「勘違いするんじゃないよ。ショウのためじゃない。アニキのためさ」
「はい!」
こうして私達は、シンジュの集落へと入って行くのであった。
「ツバキ殿、突然の呼び出しに応じていただき感謝します。……あら、ショウさんに博士もいるのね? ようこそ、シンジュの集落へ」
「おや、これまたえらく早く到着したのですね。……え? 不眠不休で歩いてきた? あらあら、いけませんよ。そう言った無茶が、事故を招くのですからね」
シンジュの集落に到着した私達を待っていたのは、シンジュ団の長であるカイちゃんと、キャプテンのユウガオさんだった。
どちらも見知った顔で、個人的にも仲良くさせてもらっている。堅苦しい挨拶は抜きにして、私達はすぐに偽セキさんの元へ案内してもらった。
「……つまり、偽セキ君は突然集落に現れたのですね」
「ええ。そして、今からギンガ団の所へ談判に行こうと無茶をふっかけてきたんです」
歩きながらカイちゃんにこれまでの経緯を聞くと、今までの偽セキさんの出現と同じような状況だった。
つまり、突然現れていきなり自分の主張を語り始め、周りの人が驚くのもいっさいお構いなしという感じだ。
「それにしてもよく偽物だってわかりましたね。捕獲出来たのも驚きです。私たちの時は、黒い炎で攻撃してきたり、煙に紛れたりして、すぐに逃げてしまったんですよ」
私がそう告げると、カイちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「偽者だと見破ったのはユウガオさんだし、捕まえたのはハマ先生だけれど、そんなに苦労はなかったよ。……まあ、ハマ先生があっという間に偽セキを締め落としたから、あっちも抵抗する暇もなかったんだろうけどね」
わぁお。さすがハマレンゲさん、容赦がない。偽物とはいえ、知り合いに化けた者を躊躇なく締め落とせる人って中々いないと思うよ。
「ほっ、ほっ、ほ。まあ、可愛らしい耳が生えていた上に、口調も変でしたし、何より目の色が赤かったですからね。彼が偽物だと見破るのは簡単でしたよ」
和やかに話をするうちに、私たちは集落の外れにある古びた小屋の前に着いた。
扉の前ではハマレンゲさんが腕を組んで仁王立ちしている。
ここに、偽セキさんがいるのだ。私はごくりと唾を飲み込んだ。
「先生、失礼するよ」
カイちゃんが挨拶すると、ハマレンゲさんは黙礼をして扉を開けた。
窓も塞がれているのか、小屋の中は真っ暗だった。ユウガオさんが慣れた手付きで中にある燭台に火を点す。
仄かなオレンジ色の光に照らされて、部屋の中央に転がされていた人物が眩しそうに身じろぎした。覚えのある青い羽織がくしゃりと揺れて、私は思わず息を呑む。
「……ゆっくりと休めたでしょうか。尋問の再開です」
低いノボリさんの声が冷たく響き、部屋の中に緊張が走った。
私達がここに来るまでにも、尋問を受けていたのだろうか。手足を縛られ、芋虫のように転がっている偽セキさんは、顔をこわばらせて涙混じりの声で叫んだ。
「ちゃんと喋ったじゃないっすか! もう、怖いことは止めてくれっす! 痛いことも、嫌っすよ!」
姿も声もそっくりなのに、その口調はセキさんとは全く違った。どこか幼稚な印象を受けるその口調に、私はラベンさんと顔を見合わせた。
目に涙を浮かべて怯えるその幼い顔つきはとても可愛らしかった。確かに、彼をセキさんだと受け取るには無理があるかもしれない。ツバキさんなんか、「幼いアニキだと?」って、わかりやすく動揺している。
けれどもシンジュ団の人たちは、幼い偽セキさんに対しても眉毛一つ動かさなかった。剣呑な視線を向けたまま、ノボリさんが偽セキさんを近くにあった椅子に座らせる。
そしてカイちゃんは偽セキさんを見据えて、冷徹に笑った。
「キミの情報を求める人たちが到着したんだ。悪いが、もう一度知っていることを話してもらうよ。……ああ、我々と違ってこの人たちは優しいからね。ちゃんと話せばきっと痛いことはしないよ」
彼女が見せた長の威厳と風格に、私は思わず佇まいを正す。
けれども私を振り返ったカイちゃんは、いつもの可愛らしい笑顔を私に向けて、パチリとウインクをした。そしてユウガオさんを伴って、部屋から退出していく。去り際の彼女の唇が、「がんばってね」と音を出さずに動いて、私を激励してくれた。
……凄い。カイちゃん、めちゃくちゃカッコいい。
以前、尋問の基本はアメとムチだとシマボシさんが教えてくれたことを思い出す。
私達が尋問しやすいように、カイちゃんは敢えてムチの役割を担って偽セキさんを脅してくれたのだ。さすが、シンジュ団をまとめ上げる長。頼りになる。
椅子に座らされた偽セキさんの隣にノボリさんが立ち、その前に置かれた椅子にはラベンさんが座った。
尋問の始まりだ。
私は余計なことを口走らないように、少し後ろからツバキさんと一緒に彼らを見守ることにした。
ラベンさんは偽セキさんの瞳を覗き込むように顔を近づけてゆっくりと告げた。
「では、少し話を聞かせてくださいね。まず、キミたちの正体はゾロアーク。ですね?」
「あ……まあ、……そうっすね」
(えええええええええ!)
私は叫びそうになる口を慌てて抑えた。いきなりラベンさんが偽セキさんの正体を当てるなんて思ってもみなかったのだ。
ツバキさんの顔を見上げると、彼も目を見開いてぽかんと口を開けている。
『あいつの正体、知ってました?』
『知るわけないよぅ。なんでわかるんだよぅ。博士はエスパーか何かなのか?』
ひそひそと小声で会話を交わしながら、ツバキさんと驚きを共有する。その間にも、ラベンさんは次々と偽セキさんに質問を投げかけていた。
「キミたちの繰り出した黒い炎は『うらみつらみ』。白い煙は『あやしいかぜ』と幻覚の混ぜ合わせ。……合っていますか?」
「……たぶん。オレはまだ未熟だからどっちの技も使えないけれど、きっとそうだと思うっす」
「キミたちは、ヒスイの大地に人間が進出するのが嫌なのですか?」
「うん。おじじ様はそう言っていたっす。人間が来るとオヤブンが怒って、大地が荒れる。……実際、オレたちも住処を追われたっすからね。だから、これ以上ヒスイの地を荒らすなって、人間に警告しろって言われたっす」
……そうだったのか。
ラベンさんの質問形式の尋問に上手く誘導されたのか、正解を当てられて観念したのかはわからないが、偽セキさんはとても素直に真相を話してくれた。
思い返すと、偽セキさん達はいつも何かを伝えようとしていた。その伝え方が強引すぎてセキさんらしくなく、警戒した私達は全く聞く耳をもたなかったけれど、彼らは人間に警告をしたかったのか。
「最終的にはヒスイから人間を排除するつもりなのですか? 人間を害する……殺すつもりですか?」
「そうは言われなかったっす。むしろ人間は殺すなって言われたっす。血が流れると人間は凶暴になって手が付けられなくなるから、殺しちゃダメなんす。」
「なるほど」
そこで質問の区切りがついたようで、ラベンさんは腕を組んで考え込んだ。
私も何か役に立てればと思っていたけれども、知りたいことの殆どはラベンさんが聞いて、呆気なく答えを得てしまった。
……さすがラベンさん。頭の回転が違うね。私も必死に頭を働かせるけれども、もうこれ以上何を問いかければいいのかわからないや。
とにかく混乱するばかりだったこの事件。けれども冷静に考えてみれば、何が起こっているかを示すヒントはそこかしこにあった。
偽セキさんの耳はゾロアークにそっくりだったし、『うらみつらみ』『あやしいかぜ』も何度も見たことのある技だ。
……私はラベンさんに指摘されるまで気づかなかったけどさ。
「ラベン殿の観察眼は見事なものだな」
感心したように呟くツバキさんに、私は大きく首を振って同意する。
その時、ラベンさんが偽セキさんに向かって身を乗り出した。
「それでは最後の質問です。セキ君……キミのその姿の持ち主は、今は黒曜の原野、黒鉄トンネルにいますね。……彼は元気にしていますか?」
私達はツバキさん達の目撃情報から、偽セキさんたちの本拠地は黒曜の原野ではないかと予想していた。でも、そこにセキさんがいる確信はなかった。
けれども、息を呑んだ偽セキさんの表情が、全てを雄弁に物語っていた。
「よっしゃぁ! 早く行きましょう。すぐ行きましょう。セキさんを助けに行きましょう!」
「こ、こら、ショウ! ちょっと落ち着きたまえ!」
落ち着いてなんていられる訳がない。セキさんの居場所が確定したのだ。早く迎えに行かないと。
私は黒曜の原野へ出発しようと、扉に向かった。けれども、そんな私をツバキさんが後ろから羽交い締めにする。
どうして邪魔をするのか。腹が立ってポケモンをけしかけようとポーチに手を伸ばした私に、ラベンさんは静かに告げた。
「ありがとうございます、ツバキ君。ちょっとそのままショウさんを捕まえていて下さいね。大丈夫です。ショウさんはすぐに落ちつきを取り戻しますよ」
「あ……」
ラベンさんに穏やかな口調で諭されて、私ははっと我に返った。そうだった。私は今は一人じゃない。私達は、チームで動いているんだ。熱くなって、一人で突っ走っちゃいけない。そう、テル先輩にも言われていたのに。
「全く、アニキを心配してくれるのはありがたいけれども、ショウはもう少し冷静になるべきだよ」
ツバキさんに言われるのは心外だったけれども、素直に「ごめんなさい」と謝る。身体の力を抜くと、ツバキさんは手を離して私を解放してくれた。
頭が冷えて、項垂れる私の肩を、ポンとラベンさんが労わるように叩く。
「安心してくださいショウさん。セキ君は丁重に扱われているようです。急いでギンガ団、コンゴウ団と連絡を取り合って、救出に向かいましょう。みんなの力を合わせれば、セキ君はすぐに助け出せますよ」
「はい……そうですね」
「微力ながら、シュンジュ団も協力させていただきます。そのように長から指示を受けておりますので」
「ノボリさん……。ありがとうございます。あとで、カイちゃんにもお礼を言わせてください」
「おい、このツバキを無視するんじゃないよぅ! ツバキがいれば、百人力なんだぜ! もちろんコンゴウ団もアニキの救出に全力を尽くすさ!」
「そうだね。……ツバキさん、頼りにしています」
「今からムクホークを飛ばせば、ギンガ団も救出作戦に協力できるでしょう。なにせ、黒曜の原野はコトブキムラのすぐ近くですからね」
「はい! すぐに、シマボシ隊長宛に報告書を書きます!」
ギンガ団、コンゴウ団、シンジュ団の面々が、これほど頼もしいと思ったことはなかった。彼らがいれば大丈夫。きっとセキさんを救い出せる。そんな希望が沸き上がってくる。感極まった私は、ついつい目から涙を零してしまった。
……セキさんがいたら、「あんたに涙は似合わねえぜ」なんてきざなことを言って、指で涙を拭ってくるんだろうね。
そんなセキさんの姿が、ありありと思い浮かんでくる。
でも、ここにセキさんはいない。ヒスイのみんなが一つの目的のために団結しているのに、いつも中心にいるはずのセキさんがいないのだ。
そのことがたまらなく悲しくて、私の涙は暫く止まらなかった。
翌日、私たちはシンジュの集落を出発した。目指すは黒曜の原野の高台ベース。
先頭はラベンさんと、どうしてもついてくると言い張ったカイちゃん。その後ろに私、ゾロアーク、ツバキさんが並んで、最後にノボリさんが、ゾロアークを監視しながら着いてくる。
いつまでもゾロアークがセキさんの姿をしているのも嫌なので、彼には他の人間に化けてもらった。「人間に化け続けるのも、疲れるんすよ」と愚痴っていたけれど、人間の姿でいてもらわないと会話もままならない。無言のノボリさんに睨まれて、彼は私より少し年下の少年へと変化した。
それから偽セキさんと呼ぶのも言いにくいので、私は彼のことを「コンノスケ」と呼ぶことにした。
ツバキさんに「センスが悪いよぅ」と言われたけれど、こういうのは早い者勝ちだよね。
名前をつけたことで、コンノスケは少し私に懐いたようだった。そうでなくても野良ポケモンとは思えない気安さを感じさせる彼は、今もひくひくと耳を動かしながら私の方へと近づいてきた。
「人間の姿だと歩きにくいっす。ポケモンの格好に戻っちゃダメっすか?」
「歩きにくいくらいが丁度いいのです。化け狐に戻ると、逃げ出ることも容易になってしまいますからね。……まあ、今すぐに毛皮になりたいのでしたら、逃げ出しても構いませんが」
間髪入れずにノボリさんに告げられて、コンノスケは「怖っ。そんな、逃げるつもりなんてないっすよ!」と、目に涙を浮かべて首を振った。と同時に、お尻のあたりから大きな尻尾が生えてくる。
ノボリさんは剣呑な表情でコンノスケを睨みつけていたけれども、コンノスケがそれ以上变化することはなかったせいか、何も言わずにそのまま雪道を歩き続けた。
と思ったら、コンノスケはまたまた私の方へと寄ってきた。
「なあ、ショウは荒ぶるキングを鎮めたヒスイの英雄……ヒトとポケモンの救世主なんすよね?」
「そう……なのかな」
一部の人が私のことを「英雄」と呼ぶことは確かだ。でも救世主だなんてたいそうな存在になったつもりはない。
戸惑いながらも頷いて曖昧に肯定すると、コンノスケはこてりと首を傾げて私を見上げた。
「救世主のあんたは、ポケモンを助けてはくれないんすか? 今、人間たちがポケモンのねぐらを壊していて、俺たちももう帰る場所がないっす。あんたは、俺たちを救ってはくれないんすか?」
コンノスケがそう言うと、前を歩くカイちゃんの肩がぴくりと震えたのが見えた。後ろを歩くノボリさんからも、剣呑な空気が膨れ上がる。
シンジュ団の人たちは、ポケモンとコンゴウ団に住処を追われて、あの過酷な場所で暮らし始めた。その末裔の彼らが、コンノスケの言葉に気を悪くする気配を感じ、私は焦った。
ここで私が返答を間違えると、セキさんを救出する前に話が拗れる可能性がある。私は慎重に言葉を探した。
「私は荒ぶるキャプテンを鎮めることができただけの、ただの人間だよ。私に全ての人間とポケモンを救う力なんてないから」
「でも、あんたはアルセウスの加護を得たって聞いたっす。その力で、俺たちを助けて欲しいっす」
「キミたちの長に、私をそう説得しろって言われたの?」
「うん。そのお役目は俺じゃなくて、アニキたちだったけど……」
その言葉を聞いて、私は納得した。だから一番最初に私のところにゾロアークの偽セキさんが現れたのか。そう得心がいくと同時に、あの乱暴な態度で説得するつもりだったのか、と呆れてしまう。
「私は人間だから、ポケモンよりも人間の味方だよ。だから、人間を害するポケモンを見過ごすことは出来ない。……セキさんになにかあったら、キミもただじゃおかないからね」
「……わかったっす」
コンノスケはもっと言い募るかとも思っていたけれども、意外とあっさりと引き下がった。そしてそれからは無言で大人しく歩いていく。
私とコンノスケの会話に満足したのか、ノボリさんもコンノスケへの警戒を緩めたようだった。緊張に張り詰めていた空気が緩んで、私はほうと息を吐く。
……そりゃ私だって、鬼じゃない。住処を追われ、流れ着いた黒鉄トンネルに人間が立ち入って欲しくないと考えるコンノスケたちゾロアークの気持ちもわかる。
けれども、私はヒスイに来て野生のポケモンの恐ろしさを身をもって知ってしまった。
ポケモンが本気を出せば、人間なんて呆気なく死ぬ。ポケモンが近づいてきただけでも、時と場合によっては簡単に死んでしまう。悲しいくらい人間は脆弱だ。
だから、私はおいそれとポケモンを守ろうなんて考えられない。まずは人間の安全を確保してから。ポケモンは二の次だ。
いつか私も結婚して、子供が生まれたりするのだろう。その時、子供がポケモンによって傷つけられるなんて耐えられないし、そもそも子供には、人が傷つく様子を見てほしくもない。
今のヒスイも嫌いじゃないけれども、やっぱり私が望む世界は、私が生まれたシンオウ地方。人とポケモンの共存を謳った、ポケモンの脅威がない世界。
でも今ならわかる。あの世界を創るために、人はポケモンを退けたのだ。人を傷つける凶暴なポケモンを。そして、人間の暮らすエリアをどんどん拡張していった。だから、未来の私たちはポケモンの驚異を感じずに平和に暮らせていた。
私の知るシンオウ地方に、ゾロアークはいなかった。おそらく彼らは、人間によって絶滅させられたのだ。
ひょっとすると、彼らが滅ぶタイミングは今なのかもしれない。
……私が、彼らを滅ぼすんだろうか。
そう考えると、鉛を飲み込んだみたいに胃が重たくなった。だって自分の目的のためにポケモンを滅ぼすなんて、そんな非道なことはしたくない。
けれどもセキさんは救いたい。例えそのせいで、ゾロアークが滅亡することになっても、セキさんは絶対に救ってみせる。その決意はどうしても譲れなくて。
……セキさん、私はどうしたらいいんでしょう。
途方に暮れた私の視界の端で、前方を歩くコンノスケの白い耳がひくひくと動いた。どうやら、考え事をするうちに少し遅れてしまったようだ。私は足を速めて、またコンノスケの隣に並んだ。
そこでふと、とある可能性に思い至った。私は、隣を歩くコンノスケを見下ろす。
ずっと気にはなっていたのだ。人間を追い出したいと言いながらも、コンノスケ自身からは私達への敵意は全く感じられなかった。
「ね、コンノスケって、人間のことが嫌いなの?」
「え? 人間っすか? 人間は……思ったよりもいい奴っすね。捕まえた俺にも、たらふくご飯をくれたし」
「ご飯をくれればいい人なんだ……」
コンノスケがお気楽なのか、それともポケモンの思考自体が単純なのか。
私が少し呆れて苦笑いを浮かべると、コンノスケは力強く語りだした。
「ご飯は大事っすよ。俺、住処を追われてから、こんなに満腹になったの初めてっす。普通、捕まえた奴に餌なんてやらないっすよ」
あくまで呑気なコンノスケの言葉に、さすがの私もイラっとする。私はドスを利かせてコンノスケを恫喝した。
「……セキさんが飲まず食わずだったら、あんたを狐汁にしてやるからね」
「やっぱ捕虜は丁重に扱わなきゃ駄目っすよね! 大丈夫、俺たちも捕虜は大切にしているっすよ……たぶん」
私に殺気を感じ取ったのか、コンノスケは慌てて自分の発言を撤回した。
全く、調子のいい奴だ。
セキさんの今の状況が凄く不安になったけれども、明日にはセキさんは救出できる。冷静になれ、と自分に言い聞かせて、私は大きく深呼吸をした。
……それにしても、やっぱりポケモン達は自分の食を満たすことが第一なんだね。
単純明快なコンノスケを見ていると、ゾロアークを滅ぼす可能性についてうじうじと悩んでいた自分がなんだか馬鹿みたいに思えてくる。
……もっとシンプルに考えよう。ゾロアークたちのことは、きっとみんなが上手く取り計らってくれる。だから私はセキさんを助ける。そのことに集中しなくっちゃ。
その時、頭の中にとある考えが浮かんだ。そうだ。こうすれば、痛めつけるよりももっと確実にコンノスケから協力を得られる。
「ねえ、コンノスケ。ちょっと相談があるんだけれど……あなた、これからもずっとお腹いっぱいのご飯を食べたくはない?」
歩きながら相談事を口にすると、コンノスケはキラキラと目を輝かせて、すぐさま首を縦に振ってくれるのであった。
私達は特にトラブルもなく、無事に黒曜の原野の高台ベースに到着した。
予定よりも早く到着出来たので、休憩も兼ねてそこで一夜を明かすことにする。明日の朝には、ギンガ団とコンゴウ団の応援部隊もここに集結するだろう。
期待と興奮で、どうしても気分が高揚してしまう。眠れるかな、と心配したのだけれども、連日歩き詰めで疲れ切っていた私はベースキャンプのテントに潜り込むと、あっという間に夢の世界へと落ちていった。
しっかりと休んで、朝食をとった私たちは、応援に駆けつけてくれたシマボシ隊長、テル先輩、そしてギンガ団の警備隊、医療隊のメンバーと合流し、黒鉄トンネルの見える場所に移動した。
そこにはコンゴウ団のヨネさんとススキさんが待機していた。彼らは、私達が到着するまで黒鉄トンネルの出入り口を見張っていてくれたらしい。
合流した私達は、作戦会議をするために車座に座った。
その場に並んだメンバーは、補助要員を除いても十数名の大人数だった。その一人一人を見回して、シマボシ隊長は重々しく口を開いた。
「ではこれからの作戦について確認する」
シマボシ隊長まで派遣するなんて、ギンガ団としては異例の対応だ。それだけ、デンボクさんもこの事件を重く受け止めているということか。それに加えて、ここでコンゴウ団に恩を売っておいて、その後のヒスイ地方の開拓を有利に進めようという思惑もあるのだろう。
セキさんの身の安全が、駆け引きの材料にされているようで気に入らないけれども、セキさんを救出に万全の体制で臨めるのはありがたい。
シマボシ隊長がこの場を取り仕切ることが面白くなさそうなツバキさんの背中を無言で叩いて押し留め、私は隊長の作戦に耳を傾けた。
「まず、黒鉄トンネルに侵入するのはショウ。その後十分な距離を取って、ノボリ殿とツバキ殿に続いてもらう。ショウがゾロアークへの切り込み役。そして、ノボリどのがその補佐。ツバキ殿には、退路の確保を担っていただきたい。トンネル内は狭いため、基本的にトンネルに入るのはこの三名とする」
「ショウさんが一人でゾロアークに立ち向かうの? 危険すぎるよ!」
真っ先にシマボシさんの案に反対したのはカイちゃんだった。彼女の表情は険しく強張っていた。
けれども、シマボシさんは静かに首を横に振った。
「そもそも黒鉄トンネルに侵入すること自体が非常に危険だ。詳しい地図もなく、中は薄暗いため、相手がどこにいるかもわからない。その上、逃げ場はほぼない」
「だから、そんなところに……」
「けれども危険を冒して誰かが侵入しなければ、セキ殿を救出することはできない」
きっぱりと告げられた隊長の言葉に、カイちゃんは口を戦慄かせながらもそれ以上反論することはなかった。他の皆もそのことをわかっているのか、苦々しい表情をしながらもシマボシさんの言葉に異を唱える人はいない。
シマボシさんは、それでも幾分柔らかい口調になって話を続けた。
「私は勝てない戦はしない主義だ。ここにいるメンバーの中で、黒鉄トンネルの中を一番よく知っているのはショウだ」
力強く言い切った隊長の言葉に、皆の視線が私に集まった。
……そう言えば、トンネルの中は涼しいから、夏の暑い日はポケモンの調査をサボって涼みに行ってたね。シマボシさんにバレていたのか。
そして隊長は言葉を続ける。
「ここにいるメンバーの中で、ポケモンと相対したときに一番臨機応変に立ち回れるのも、ショウだ」
「それは……」
「確かに……」
「そして、このメンバーの中で一番暴走しやすく無茶をするのもショウである。後方支援を任せて無茶をされるくらいなら、最初から一番前に出して無茶をさせたほうが良いと判断した」
そんな暴走列車みたいな扱いをされるのは心外だ。けれども皆はシマボシさんの説明を聞いて、「なるほど」と頷き合っている。……ホント、心外だ。
話し合いの結果、シマボシさんの作戦以上の案は出ず、私が単独で黒鉄トンネルへと突入することに決まった。
もちろん私も異存はない。早くセキさんを助けたくてうずうずしているのは本当だし、危険な任務を引き受ける覚悟も気合も、誰にも負けない自信はある。
「ショウさん、気をつけてね。いざとなったらセキなんか放ってもいいから、無事に帰ってきてね」
「そうならないように、微力ながらも全力を尽くすつもりでございます。ショウさま、遠慮せずにわたくしを頼ってくださいませ」
「仕方ないから、アニキを助ける一番槍はショウに譲ってやるよぅ。でも、すぐ後ろにはこのツバキがついているのだからね。そのことをゆめゆめ、忘れるではないよ」
みんなの激励に頷き応えて、私は黒鉄トンネルの中へと入っていった。まずは暗がりに目を慣らすためにゆっくりと進む。そしてある程度目が慣れた私は、トンネルの中を静かに駆け抜けた。
トンネルに入ってすぐに、私は何者かが洞窟内を走り回る気配を感じていた。それに、普段は洞窟内を歩き回っている野良ポケモンが一匹もいない。この洞窟で何かが起こっているのは明らかだった。
トンネルの細道を通り抜け、少し開けた場所へとたどり着く。以前はオヤブンイワークが住処にしていた場所。ラベンさんの見立てでは、ここにゾロアークたちがいるだろうとのことだった。
岩陰から中を伺うと、ラベンさんの読み通り、そこには五匹のゾロアークがいた。
「こんにちは。ヒスイの英雄殿。そんな所に隠れておらず、出てきていただきたい。我々は、あなたを歓迎こそすれ、危害を加えるつもりはありませんぞ」
そうしゃがれた声で語ったのは、真ん中にいる、一際大きく赤味の強いゾロアークだった。目は赤く輝いていて、小ぶりだけれども、オヤブンに近い個体だ。
(あいつは二百年近く生きているゾロアークで、力も強く、変化しなくても人間の言葉が喋れるっす。俺たちゾロアークを集めて群れを作ったのもあいつっすよ。あいつの言う通りにすれば、腹いっぱい飯があたるって聞いていたんすけど、俺は腹ぺこのままだったっす。嘘つき野郎だったっすね)
そう言っていたコンノスケの言葉を思い出す。
……ま、危険は元から承知の上。それに、ここからじゃセキさんがどこにいるのかもわからないからね。
私はゆっくりと岩陰から出て、彼らの前に姿を見せた。
……あっ!
するとゾロアークたちの斜め後ろ。崩れかけた岩の向こうに、見慣れた青い羽織が見えた。
……っ! セキさん!
今にも駆け寄りたい衝動を押し殺して、私はゾロアークに視線を向ける。
大丈夫、セキさんは無事。ただ意識が無いだけ。そういう術をかけてあるとコンノスケが言っていた。
今ここで無茶をして、私まで彼らの術を受けたら全てが台無しになる。
私は深呼吸をして、一歩彼らへと歩み寄った。
「こんにちは、ゾロアークの方々。はじめまして。それで……うん。まどろっこしい話は止めておくね。私の要求は一つだけ。……そこの男の人を返して下さい」
ゾロアークと問答をするつもりなんて最初からない。言いたいことだけを言い切ると、ゾロアークたちは何を思ったのか、顔を見合わせてカラカラと笑いだした。
「英雄殿はかなりのせっかちとお見受けした。……まあいいでしょう。こちらの望みも一つですから。この黒曜の原野で始まった村づくりとやらを中止して、即刻出て行ってもらいたい。あなた方には既に居場所があるでしょう。これ以上、我々の住処を奪わないでいただきたい」
「それは出来ない。私には村づくりを止める権限なんてないから」
「それは重々承知しております。しかし、英雄殿には村づくりを主導している者たちを説得してもらいたいのです」
彼にもそのように頼んだのだけれども、頑なに断られてしまったのですよ、とゾロアークは意味ありげな視線をセキさんへと向けた。私がここで断れば、セキさんと同じような術をかけると脅しているのだろうか。
下手に出ているように話しながらも、自分たちの優位を確信してにやにやと笑う彼らの元へ、私は一歩足を踏み出した。彼らは笑みを消して、警戒するように私を見据える。
「まどろっこしい話はしないと言ったよね。村づくりは止めません。説得もしません。私は、セキさんを返してもらいに来ただけだから!」
ゾロアークたちを睨みつけて宣言すると、彼らの体毛がぶわりと逆立った。どうやら逆鱗に触れたみたいだ。……というか、偽セキさんの態度からも薄々感じてはいたけれども、彼らは気が短すぎやしないだろうか。人間を舐めるのも大概にしてほしい。
「たかだか数年しか生きていない小娘が! こちらが下手に出ていれば、調子に乗りおって!」
オヤブンゾロアークがぶんと勢いよく右手を振り下ろす。すると勢いよく何かが飛んできた。ドラゴンクロー、ゾロアークの攻撃だ。
それを確認すると同時に、私は手にしていた木製の盾を前へと構えた。けれども、ゾロアークの攻撃はすさまじかった。辛うじて盾は壊れなかったけれども、勢いまでは殺しきれず、私は近くの岩場へと吹き飛ばされた。
「あうっ!」
身体がバラバラになりそうな衝撃に、思わず苦悶の声が漏れる。口腔内が切れたのか、口の中に血の味が広がった。
痛い。けれども、この状況は想定内だ。
軋む身体に活を入れて立ち上がろうとした時、「ショウさま! 大丈夫ですか?」と大きな声が洞窟内に響いた。ノボリさんだ。おそらく激しい物音を聞きつけてここまでやってきたのだ。隠密行動なんてする気もない彼の行動に、思わず苦笑いが浮かぶ。けれども、これはチャンスだ。
「ん? 他にも人間がいるのか?」
ゾロアークたちの注意が一瞬だけノボリさんの方へと向いた。
注意一秒、怪我一生。この一秒間が、私の命運を分けた。
私は素早くモンスターボールのスイッチを押す。そして特大の瓶に詰めてきたヨクアタラーヌを、力いっぱい辺りへとぶちまけた。
「小娘、あの攻撃を食らってまだ動けるのか?」
ゾロアークたちが浮足立つが、私が何の手立ても取らずにポケモンに立ち向かうはずがない。
「ノボリさん! 下がってください! 今からそちらに向かいます!」
大声で叫んで、今度はケムリダマを投げつける。こちらも特別品で、洞窟内はあっという間に真っ白な煙に包まれた。
その瞬間に、私はセキさんの元へと全力で走った。視界はゼロに等しいけれど、セキさんまでの道のりはしっかりと目に焼き付けた。問題はない。
「小賢しい人間め! この程度の煙で我々の目を欺こうとしても無駄だ!」
後ろでゾロアークの笑う声がして、ガン、ガン、と攻撃が壁に当たる音が聴こえてくる。けれども音の震源は、被弾の可能性を全く心配しなくてもいいほどの遥か後方だ。私は誰にも邪魔をされることなく、セキさんの元へとたどり着いた。
(セキさん!)
声を出すわけには行かなくて、私は心のなかで呼びかける。抱き起こしたセキさんはぐったりとしていて、まるで人形のようだった。けれども、首筋に手を当てるとはっきりとした脈拍を感じる。
……よかった。生きている!
一滴だけ溢れた涙を乱暴に拭って、私は呼び出したレントラーの後ろにセキさんを括り付けた。そして残っていたヨクアタラーヌを振りかける。
ケムリダマの煙幕が大分薄くなってきた。ゾロアークたちがこちらに気づくのも時間の問題だ。
……その前に、こちらから、仕掛ける!
「セキさんをよろしくね、レントラー。トンネルの出口まで、全力で駆け抜けて」
小声で指示を出し、私はモンスターボールを握りしめた。ここからが、私の腕の見せ所だ。
「行けっ! ムクホーク! はかいこうせん!」
アルセウス戦でも活躍したムクホークの全力の一撃は、充満していたケムリダマの残滓を吹き飛ばし、ゾロアークたちをまとめて弾き飛ばした。
「ぐあぁっ!」
倒れ込んだゾロアークを軽々と飛び越えて、レントラーが洞窟を駆け抜けていく。それを追いかけるように、私達も出口へ向かう通路へと走った。
「セキ殿!」
レントラーと共に駆けていくノボリさんの背中を見送って、私はゾロアークたちの方を振り返る。
セキさんは無事に助けた。ならば、今度はゾロアークたちをなんとかしなければならない。
「コンノスケ、ありがと」
「なんのなんの。おやすいごようっすよ」
私の隣には、私そっくりに化けたコンノスケが立っていた。彼が囮役を勤めてゾロアークの注意を引いてくれたから、私は無傷でセキさんを助けることができたのだ。
私がコンノスケと合流する頃には、吹き飛ばされたゾロアークたちがゆっくりと立ち上がり始めていた。
「オマエ……裏切ったのか!」
コンノスケの存在に気づいたゾロアークから、怒りを伴った禍々しい気配が溢れ出す。その気迫に圧されて、私は一歩後ろに下がった。
けれども、コンノスケはちっとも怯んではいなかった。彼は、むしろ前のめりになって大声で叫ぶ。
「嘘をついて、先に裏切ったのはそっちじゃないっすか! あんたについても俺は腹ペコだったっす! それならば、オレは腹いっぱいの飯をくれたショウに付くっすよ!」
……まあ、食べ物の恨みは恐ろしいってことかな。コンノスケが単純な性格で、本当に良かった。
洞窟の出口の方からは、「アニキぃ! 無事でよかったよぅ!」という大声が聞こえてきて、私はほっと胸を撫でおろした。よかった。これでセキさんは大丈夫だ。
洞窟の出口への通路を塞ぐように立ち、私はオヤブンゾロアークと対峙する。取り巻きのゾロアークたちも体制を立てなおしたようで、彼らは獰猛な唸り声を上げながら、私達を威嚇した。
「おのれ。矮小でちっぽけな人間が、我らに立てついて無事に帰れると思うなよ!」
その言葉に込められていたのは、住処を追われたことへの妄念か。それとも、繁栄しようとしている人間への羨望か。
オヤブンゾロアークが叫ぶと、彼らの周りが紫色に光って揺らめきだした。「あいつら、攻撃のために力を溜めているっすよ」とコンノスケが教えてくれる。
私は両手にモンスターボールを握りしめた。
「あなたたちは、そんなにも人間が憎いの?」
私は変化を解いたコンノスケを睨みつけている彼らへと問いかけた。
セキさんを助けた今、ゾロアークと敵対するのは本意ではない。ゾロアークを絶滅させることは、可能ならば避けたいというのが私の本音だった。
コンノスケのように人間を敵視せず、平和に生きてくれるならば、共に生きる道だってあるはずだ。
けれども、帰ってきたのは憎悪の籠った絶叫だった。
「ああ、憎くて憎くてかなわんわ! なぜ、人間ごときがヒスイの地を闊歩するようになった。ヒスイはポケモンのものなのに! なぜ、アルセウスは人間を認めるのだ。あいつもポケモンの癖に、どうして我々を助けない? なぜ、我々を見殺しにするのだ!」
言葉と共に、ゾロアークの周りがちかちかと瞬いた。攻撃が来る。そう判断して、私はモンスターボールを投げた。
「迎え撃て! バクフーン! ディアルガ!」
悠然と佇むディアルガの姿を見た瞬間、オヤブンゾロアークの顔が憎々し気に歪んだ。
「なぜだ! なぜなのだ! ディアルガよ、アルセウスの右腕よ!」
そして紫紺の波動が放たれる。ゾロアークの得意とする攻撃、うらみつらみだ。
「バクフーン、シャドーボール! ディアルガ、ラスターカノン!」
一瞬、防御技を使うことも考えたけれども、反射的に私は彼らに攻撃技を指示していた。
ゾロアークたちの攻撃と、バクフーン、ディアルガの攻撃は、両者の中間地点でぶつかり合い、激しい衝撃波を辺りにまき散らした。私は吹き飛ばされないように、懸命にディアルガにしがみつく。
洞窟内に、すさまじい爆音が反響して響いた。
ゾロアークたちがよほどのうらみを込めたのか、彼らの攻撃は途切れることなく続いていた。ディアルガもラスターカノンを打ち続け、バクフーンも何度もシャドーボールを放つが押され気味だ。
セキさんを助けるためだから、とディアルガに助力を頼んでおいて本当に良かった。中途半端な強さのポケモンだったら、ゾロアークたちの攻撃に押し負けていただろう。
でもディアルガがいてようやくゾロアークたちの攻撃とこちらの攻撃が拮抗するという状況だ。なんならバクフーンには疲労の色が伺える。このままではまずい。けれども両者の攻撃の余波が荒れ狂う中、私はディアルガにしがみつくだけで精いっぱいだ。モンスターボールを取り出す余裕もない。
多少の危険は覚悟して、新しいポケモンを繰り出そうか……と考えたその時、私の目の前でふわりと紫色のエネルギーが揺れて輝いた。それは、新しく私の仲間になったゾロアークのエネルギーだった。
……あ、すっかりコンノスケの存在を忘れていた。ちょっとレベルが低かったから、戦力に数えていなかったんだよね。ごめん。
コンノスケは暴風によろめきながらも、懸命に腕を前に突き出す。この構えは……シャドーボールだ。
レベルは低くても、コンノスケはやる気。だったら、ポケモントレーナーがすることは一つだ。
「いっけー! コンノスケ、シャドーボール!」
暴風に飛ばされそうなコンノスケの背中を支えて、私は精一杯の大声で叫んだ。バクフーンのものよりも一回り小さいその攻撃は、それでも勢いよく飛んでいき、僅かにヒスイゾロアークの攻撃を押しのけた。
その一瞬を見逃す私ではない。
「ディアルガ! 力を込めて……ときのほうこう!」
コンノスケが作った一瞬の隙で十分だった。ラスターカノンを消して、大きく息を吸い込んだディアルガが放った攻撃は、まばゆく光り輝きながらゾロアークたちのうらみつらみを弾き飛ばした。
何度目になるかわからない轟音が、洞窟の中で爆ぜて揺れる。粉々になった岩石の粉塵が巻き上がり、そしてゆっくりと地面へ落ちていく。
ゾロアークたちの猛攻も止まっていた。
突如訪れた静寂の中、私はディアルガの股下から這い出す。
ゾロアークたちがいた場所に視線を向けると、もうそこには白い毛並みが美しいポケモンはいなかった。
代わりにいたのは、漆黒の体毛に深紅の毛髪を持つ、見たこともないポケモン……いや、あれは、ゾロアークだ! シンオウ地方で、幻と言われていたポケモン、ゾロアーク。
五匹のゾロアークは小さな目をぱちくりと瞬かせ、不安そうにきょときょとと辺りを見渡した。よく見ると、オヤブンゾロアークは他のゾロアークと同じサイズにまで縮んでいる。うらみの力を使い果たしたのか、もう人の言葉も話せないようだった。
ゾロアークたちは顔を見合わせると、すたこらさっさとその場から逃げ出した。
「えっと、これは、私たちの勝ち……でいいのかな?」
逃げ行く彼らを見送って、ただ一匹残ったヒスイゾロアーク、コンノスケに問いかける。けれどもコンノスケはにやりと笑うばかりで、もう人間の姿に化けてはくれなかった。
そこで、ようやく私は悟った。全ては終わったのだ。ヒスイゾロアークたちの妄念に、私は打ち勝ったのだ。
「人を呪うことなんかやめて、元気に生きるんだよ、ゾロアーク。もう、あんた達はのろいぎつねじゃないんだから」
シンオウの図鑑で見た彼らは……そう、たしか「のろいぎつね」ではなく「ばけぎつねポケモン」と記されていた。
ヒスイゾロアークは、呪いから解放されて生きていくんだ。
それが、私の知る未来のゾロアークだったんだ。
……ここに、まだ一匹だけヒスイゾロアークはいるけれど、彼もいつかは黒い姿に変わるのかな?
そんなことを考えながら、私は頑張ってくれたポケモン達をモンスターボールへと戻していく。コトブキムラへ戻ったら、いっぱいマフィンを食べさせてあげるからね。
(やったぁ! 楽しみっす!)
聞こえるはずのないコンノスケの声が頭に響いた気がして、私は思わず微笑んだ。
「うん。帰って、いっぱいご飯を食べよう」
それに、セキさんのことも心配だ。
私達が大暴れしたせいで、ずいぶんぐちゃぐちゃになったトンネル内に深々とお辞儀をして、私は急いで外へと向かうのであった。
トンネルの暗がりに慣れた目には、外の陽光は眩しすぎた。目を眩ませて出入り口で立ちすくんでいた私は、ギュッと誰かに抱きしめられる。
「ショウさん、大丈夫? ……ああ、もう、傷だらけじゃない!」
声の主はカイちゃんだった。彼女は戸惑う私に触れ、怪我の確認をしていく。
「あ、待って。痛い、そこ、痛いから!」
「傷口の確認をしているんだから、そりゃ痛いよ。もう、ショウさんは女の子なんだよ! もっと自分を大切にしないと! キネさん! ちょっと来て! ショウさんが大変!」
カイちゃんの悲鳴を受けてやってきた医療隊の人たちに私は取り囲まれる。
服をめくりあげられ、消毒液をかけられ、ガーゼを当てられ、包帯を巻かれ、散々だ。
もうどうにでもなれ、と身をゆだねていると、突然からからと快活に笑う声が耳に届いた。それはここ数日、私がもう一度聞きたいと切に願った声。
「はははは。これじゃぁ、誰のために医療隊を準備していたのか、わからねえな」
「セキさん!」
声の主を一目見たいと顔を動かすと、気を利かせたキネさんが私の前からどいてくれた。
そこにあったのは、鮮やかな青の髪をなびかせながら腕を組み、堂々と立つセキさんの姿。もっとその顔をよく見たいのに、どうしてだか、彼の姿は滲んでぼやけていく。
「元気そうで何よりです。……身体は何ともないんですか?」
「応よ。むしろ、ぐっすり寝た後みたいにすっきりしているくらいだ。……心配かけたな。ありがとよ」
元気そうなセキさんの言葉に、今までの苦労が報われる思いだ。
治療の終わった手でぐしぐしっと涙を拭うと、セキさんは近寄ってきて、私の頭をそっと撫ぜた。
「大活躍だったらしいじゃねえか。……ちいとばかり無茶もしたようだが、頑張ったな」
そう告げるセキさんの声は微かに震えていた。
……あ、ずるい。そんな風に言われたら、せっかく収めた涙がまた零れちゃうじゃない。
「うっ……セキさん、よかっつ……ぐす……無事、でっ……」
「ああ、ショウのおかげだ。それと、ショウが無事で……よかったぜ……」
安心したせいで、身体の力が一気に抜けて、私は崩れ落ちそうになる。そんな私を素早くセキさんは支えてくれた。
暖かく、セキさんの良い匂いがする。私は遠慮なくセキさんの腕に縋って、彼の服に涙を吸わせた。
「おい、感動の再開は結構だが、そろそろ日も暮れる。私たちは一足先に帰らせてもらうぞ」
呆れた様子のシマボシさんにそう声をかけられるまで、私たちはずっとずっと抱き合っていたのであった。
ヒスイゾロアークたちを退けたその日、セキさんはコトブキムラの私の家に泊まった。
彼らはとびきり上等な術をかけていたせいか、セキさんはとても元気で、どこも身体に異常はないと診断された。結局、一番医療隊のお世話になったのは私だった。
それでも身体に無理がかかっていたようで、セキさんは鍋一杯の雑炊を食べきると、器を手にしたままあっという間に眠ってしまった。
そんな彼をポケモンの力を借りて布団に寝かせ、私も彼の隣で眠りについた。
そして、朝が来た。
セキさんはとても早起きだ。けれども、今日のセキさんはぐっすりと眠っている。
このまま起きないのではないかと心配になったけれども、肌の血色はいいし、呼吸も落ち着いている。だから私は布団に横になったまま、彼の端正な寝顔を眺めていた。
本当は彼に抱き着きたい。抱き着いて、彼の匂いを、温もりを、そして息遣いを感じたい。でも彼を起こすわけにもいかなくて、私はぐっと我慢する。
……でも、ちょっとくらいならいいかな。
そんな邪な思いを持って、私がセキさんの髪の毛に手を触れた、その時だ。
「なんだ。口づけでもしてくれるのかと思ったのによ」
そう言って、榛色の瞳がぱっちりと開いた。その瞳に宿る溌剌とした光は、どう見ても今起きたばかりのものではない。
「せ、セキさん、起きてたんですか?」
「応、ちょっと前にな。あんたが先に起きるってのも珍しいから、どんな反応をするのか見てたのよ」
「もう! このまま起きないんじゃないかって、心配したんですからね!」
ちょっと大げさに怒ると、セキさんはほんの少し眉尻を下げた。私はそんなセキさんの腕の中へ潜り込む。
「そりゃ悪かったな……っと、どうしたんだ? ずいぶんと甘えてくるじゃないか」
「昨日の今日ですよ。今甘えなくて、いつ甘えるんですか」
「……そうか。それなら、心配をかけた詫びにたんと甘えさせてやるよ」
そう言って、セキさんはぎゅうっと私を抱きしめてくれた。懐かしい匂いに、ぽかぽか心が暖かくなる。でも、まだ足りない。もっとセキさんを感じたい。
「ね、セキさん。キスしてもいい?」
普段、私からは絶対にしないおねだりに、セキさんは一瞬だけ目を見開いてふわりと笑った。
「応、いいぜ」
触れるだけの優しいキスを交わして離れると、セキさんも「ショウ、俺から口づけていいか?」と言ってきた。
普段、セキさんはそんなことを聞いてこないのに、今日はどうしたのだろうか。
その殊勝な態度を笑いながら「いいですよ」と答えると、セキさんは私があげたものよりもずっと大人のキスを落としてきた。舌が絡んで、吐息が混じって、彼の呼吸がどんどん荒くなってくる。
「な、ショウ、あんたに触れてもいいか? あんたを抱きたい。心ゆくまで、ショウを感じていたいんだ」
セキさんは、私の首筋に熱っぽい顔を埋めて、哀願するように聞いてきた。そんな甘えん坊の恋人に、「いいですよ。私も同じことを考えていましたから」と囁いて。
私とセキさんは、昼近くまでずっと布団の中で仲良く過ごすのであった。