カルみと リクエストより
いちゃいちゃ故の喧嘩もどき
@popo_trpg_ss
「………なにしてるの?」
まだ湯の滴る髪のまま、下着だけを身に付けバスタオルを肩に掛けた状態の縞斑は、目が合ったまま硬直する恋人の姿を呆然と見つめていた。
「あ……えっと、」
風呂場を通り過ぎた廊下の先、玄関へと走ろうとしていた縞斑の恋人…神無は冷や汗を垂らしながらしどろもどろに言葉を探す。
いつも長風呂の癖に、どうしてこんな時に限って早いんだと勝手に恋人に八つ当たりしながら、彼は心の中でそっと呟くのだ。
嗚呼、どうしてこんなことに、と。
始まりは、仕事を終えた縞斑と合流して彼の家を訪れた一時間ほど前のこと。
今日が誕生日である縞斑は、恋人との逢瀬を優先して仕事を早く終えてくれた。仕事を押しつけられたであろうアサギリには申し訳ないが、縞斑の気持ちに応えなければと神無が意気込んだのは必然である。
二週間ほど前からディーノに付き合ってもらって悩みながら選んだのは、誕生日プレゼントのアンクレットだ。縞斑の髪の色と同じ黒の石がはめられており、邪気を払うという意味が込められていた。
縞斑に手渡すタイミングは、お互いが風呂を上がってソファーに座った時を予定していた。
縞斑は髪を洗うため風呂の時間が人より長い。その為、先に風呂を借りた神無はリビングでいよいよ渡す準備をしようと鞄の中身を探っていた。
しかし、そこで神無は漸く重要なことに気付く。
「ない…?!」
無いのだ。誕生日プレゼントにと丁寧に包装してもらった包みが、鞄の中のどこにも見当たらない。
落ち着いて何度鞄を探っても、果てには鞄の中身をひっくり返しても、今朝たしかに見たはずの薄緑色の包みは見つからない。
落としたのだろうか。いいや、そんなはずはない。なぜなら外に出てから神無は一度も包みを鞄から出していないのだから。
そもそも自分は、鞄の中に包みを入れただろうか。神無はそう考え、さっと顔を青くさせる。
最後に包みを見たのは自宅で泊まりの荷物をまとめていた時だ。忘れないようにと鞄の上に置こうとして、直後にディーノから連絡がきて、咄嗟に通信に応えるために手の中のそれを机に。
「……あ…」
置いた。そのまま出掛ける時間になり、ディーノとの通信を切って家を出たことを神無は思い出す。
プレゼントを家に忘れてきたことに気付いた神無は、がたりとソファーから立ち上がり頭を抱えた。
「や、やば……」
恋人の誕生日プレゼントを忘れるなんてあってはならない。ましてや、縞斑はわざわざ自分のために時間を作ってくれたのだから。
こうなったら家に回収に戻ろう。神無はそう思い至り、拳を固める。
幸い縞斑は長風呂だ。今のうちに取りに戻れば、おそらく縞斑が風呂から上がる前に家に戻って来れるだろう。
神無はいそいそと縞斑から借りた寝間着を脱いで簡単に畳むと、私服に着替えて鞄を掴んだ。縞斑に気付かれないようにそそくさと廊下へ足を向けたその時である。
唐突に、風呂場の扉が開かれて縞斑が顔を出したのだ。
「………なにしてるの?」
そして、冒頭に戻る。
縞斑は、あまり神無を待たせてはいけないとその日はたまたま早めに風呂を上がったのだ。火照った体を少しだけ冷ましてから着替えようと扉を開けて、神無と鉢合わせしたのである。
「あ……あの、えっと」
「…ひょっとして、敵前逃亡?」
困ったように視線を彷徨わせる神無に、縞斑はそう問い掛ける。
「そうじゃなくて、その…ちゃんと戻ってくるつもりだったんだけど……」
「…それなら、なんでわざわざ着替えて、俺のいない間に出掛けようとしたの。」
縞斑の声は鋭い。神無はそんな縞斑の顔を見上げ、おずおずと口を開いた。
「……怒らない?」
「…理由によっては、本気で怒る。」
縞斑からしてみれば、風呂を上がったら恋人が着替えを置いて消えていたかもしれないのだ。想像しただけで血の気が失せる。
どうでもいい理由だったら許さないと言外に伝えながら神無を睨めば、益々泣きそうな表情で視線を彷徨わせた彼が口を開いた。
「ご、ごめん、俺、家にプレゼント忘れて、」
「………ん?」
「風呂入ってる間に、取りに戻ろうとしたんだけど、」
「……」
「走って取りに行くつもりだったから、汗で汚しちゃだめだなって着替えて…」
「……はぁ………」
申し訳なさそうに肩を縮めてそう言う神無を見下ろし、縞斑は思わず溜息を漏らす。
それを呆れか怒りと受け取ったらしい神無は、びくりと肩を震わせて身構えた。
「そんなことか……」
「そんなことって…俺、頑張って選んで…わっ」
「あぁごめん、そう言うわけじゃなくて…あはは…そっかそっか、」
肩の力がどっと抜けた縞斑は、そう笑いながら神無の頭を撫でる。まさか愛想を尽かされたのではないか、と怯えていた縞斑は安心と安堵の溜息を漏らした。
縞斑の心境を知らない神無は、そんな縞斑の様子に不思議そうな表情を浮かべ首をかしげる。それまでの鋭い雰囲気がなくなったため、もう怒ってはいないのだろうが、神無にはどうして縞斑が怒らないのか分からなかった。
「明日でいいよ。だから今日は一緒にいて。」
「え、でも……」
「君のせいで五年くらい寿命が縮まったんだよ?風呂から上がったら恋人が逃亡図ってた俺の気持ち考えたことある?」
「う……それはごめん、だけど……」
自分の行動を冷静に思い返した神無は、ようやく自分が酷なことをしようとしていたことに気付く。
尚も口籠る神無の頭を撫でると、縞斑は少しだけ呆れた様子で真面目な愛しい恋人の背を軽く叩いた。
「着替える猶予だけあげる。そのお気に入りの服汚したくないなら、はやく部屋着に戻りなさい。」
「…………わかった。」
縞斑の言葉の真意を理解した神無は、俯くと小さく返事を返して頷く。自ら着替えることが、これから縞斑がしようとしている行為を受け入れるということと同意義だと分かっていても、神無に従わない選択肢はなかった。
縞斑の口ぶりから、どんな格好であろうと事に及ぶことは明白だ。それならば気に入っているジャケットを避難させて、縞斑の用意してくれた服に袖を通すに限る。
大人しくリビングに足を向ける神無の背を見送り、縞斑はそれまでのやり取りで少しだけ冷えてしまった体を軽く拭って部屋着へと袖を通した。その時ふと、神無が縞斑の方を振り返る。
「あ…せんぱ……狩魔、誕生日おめでとう。」
「え?あ、そっか、ありがとうね。」
そういえば、神無は合流してから一度も祝いの言葉を言われなかったと縞斑は思い出す。おそらく夜のこのために取っておいたのだろう。
「誕生日プレゼント、明日絶対取りに戻るから……」
「うん、楽しみにしてるよ。」
部屋に戻ろうした足を止めてそう話した神無は、まだ何か言いたそうに視線を彷徨わせる。
どうかしたのかと首を傾げた縞斑が口を開くより先に、一度縞斑の側に戻ってきた神無は軽く背伸びして縞斑の頬に唇を寄せた。
「ーーー。」
それは軽く触れて離れていったが、神無の突然の行動と感触に縞斑は思わず硬直する。
「誕生日プレゼントの代わり……に…ならないよな、こんなのじゃ…」
そんな縞斑の反応をドン引きと受け取った神無は、苦笑いを浮かべリビングに戻ろうとした。
そんな神無の手を縞斑ががっちりと掴む。
「うわっ!?」
縞斑は神無の方を振り返りもせずに、半ば引きずるように手を引いて歩く。
彼の向かう先がリビングではなく寝室であることに気付いた神無は、焦った声を上げた。
「ちょ、ま、まてって!着替える猶予くれるって…!!」
「時間切れ。諦めな。」
「ジャケット!!せめてジャケット脱がせて!!」
そう言って抵抗する神無を、縞斑は無理やり寝室のベッドに放り投げる。顔からベッドに沈み、色気のない叫び声を上げた神無の上に乗り上げれば、涙目の神無は真っ赤な顔で吠えていた。
「ど、童貞みたいなスイッチの入り方すんなよ!!」
「童貞じゃないのは、君が一番知ってるでしょ?」
「そうだな…ってそうじゃない!!」
納得しかけた神無が慌てて首を横に振る。尚もうるさく吠えそうな唇を、縞斑は強引に唇で塞いだ。
「ん…っ、……ぅ」
素直に従うことが嫌なのか唇を固く結ぶ神無に対して、縞斑は柔く唇を噛み、舌で形を確かめるように撫でながら綻ぶことを待つ。
僅かに神無が酸素を求めて作った唇の隙間を狙って、縞斑は強引に神無の口内へ舌を差し入れた。
「っ、ん…!ぁ、ふ……」
普段よりも乱暴なそれに、神無は呼吸をする余裕もなく必死で縞斑の胸を叩いて息苦しさを訴える。胸を叩く手が震え始めた頃に、ようやく縞斑は唇を解放してやった。
「ぷは…っ……キスしつこい…!」
「嫌い?」
「嫌いじゃ…ない、けど……」
茹でだこのような顔で抗議する神無を窘め、縞斑は神無の頬を撫でて笑う。
きっと神無は、自分がどれほど縞斑に大切に思われているかを分かっていない。プレゼント代わりにキスなんて可愛らしいことをされて、縞斑が黙っているわけがないのだ。
分かっていないというのなら今夜たっぷり分からせてやればいい、縞斑はそう考えて笑う。その笑みに嫌な予感を覚えた神無が後退りするより先に、縞斑の手が神無へと伸ばされた。
翌朝、プレゼント忘れるんじゃなかった、と痛む腰を押さえて的外れな反省を呟く神無を労いながら、縞斑は相変わらず鈍感な恋人に思わず笑みを漏らすのだった。
終