リ探な夜ロナ※モブが死ぬ要素があります
@hirop573
夜の公演が終わり、劇場入口のもはや名物となりつつある重たい扉が軋みゆっくりと閉まっていく。
完全に閉じられた音の後静寂が訪れ、外の客も中の役者達も各々の居場所へと帰って行った。
しかし例外はいる。
役者の一人、ロナードは未だ劇場内にいた。
現劇団長故に多忙であり後始末もあるだろう。だがロナードに限ってはそれだけではなかった。
「今宵はまだ。さぁ、ようこそいらっしゃいました」
一部の者にしか知られていない秘密のショー。
この秘密の夜、ロナードは役者ではなく歌手となる。台詞ではなく、歌を紡ぐ。そんなイベントは瞬く間に噂となり、客の間で大いに盛り上がった。
ただ、このソングショーには条件がある。
一定の大金を積み、勝手な同行者を許さず、ただ一人身一つで来場すること。
劇場はそもそもの料金が高い。故にこの噂を知っていたとしても、庶民に足の生えた程度の身分では足を踏み入れる事はできない。それだけの犠牲を伴うものの、客足が途切れることがなく続いているのは、ロナードの歌に魅了される者が跡を絶たないからだろう。
現にとある扉を開けばぞろぞろと席に着いていく富豪達。舞台袖からロナードは冷ややかな目でそれを見ていた。
(こいつも、あいつも。あれもこれも!)
父を貶めた原因の塊が、ここに集まっている。
正直虫唾が走る。本来ならそんな空気の場から真っ先に退場する所だが、恨みの方が優って燃えたぎっている。
だからまずは歌を歌う。恨みの歌をつらつらと。
上辺だけならさぞ人を魅了することだろう。このショーの醍醐味はそこにあった。だがロナードの過去を知ればそれはただ地獄へ誘う呪詛のよう。
今この場に集まっている人々はそんな事は露知らず。
舞台に立ったロナードはマイクを掴み、ゆっくりと息を吸う。瞳を閉じた姿は俳優の時とはまるで違う艶やかさ。感嘆の声が溢れるのが聞こえ、ロナードは失笑したい気持ちで一杯になった。そして、この瞬間だけの多幸感も。
そのすぐ傍の舞台袖ではとある男の視線がロナードを突き刺している。正確には邪な視線から守っている、とも。
歌い終わればスタンディングオベーションの嵐。
この一時だけは好きな瞬間だ。ロナードは深くお辞儀をし、立ち上がった客の中から一人の男と目線を交わらせる。男が狼狽るのを確認し微笑む。
それが、この後の特別なショータイムの合図であった。
「ようこそ。お応えいただき感謝いたします」
とある一室に連れられた男は未だ夢心地なのか、足もとが覚束ないようだ。どうか落ち着いて、貴方は幸運なのだから。と座るように促せばようやっとこちらを見た。そうだ、それでいい。
この夜のショーではロナードが度々一人を選び個室に招き、その一人に歌を振る舞う。抽選ではなくただロナードが選び歌を送るのだ。不思議とそのルールに不満は出ないのは、選ばれる事に悦を見出す客がほとんどだからだ。
そして目の前のこの男もニヤついた顔を抑えられず、息を荒くしてこちらを見つめている。
「…何か?」
手を握らせてはくれないか。興奮冷めやらぬ顔で椅子から立ち上がり掴みかかるようにこちらに手を伸ばす。
「お客様」
伸ばした手は空を切る。カーテンの奥の何かに引き寄せられたロナードを見た男は、はたと己の腕の空虚を感じて辿った。
腕が、ない。
理解した途端に血が吹き出で絶叫してのたうちまわる。返り血をものともせず、床に伏せる男の元にロナードが数歩ブーツを響かせて進み見下ろした。
「まだ意識があるのか」
かろうじて意識のある男が見たロナードは酷く冷ややかな目をしていたことだろう。しかしその冷めた瞳ながらも美しいと思えてしまうのは魔性だ。
そしてその冷ややかな瞳の奥に潜む熱量をかつての死んだ人物の面影と重ねてしまい、そこで男はようやっと思い出すのだ。
あの男の息子かと。
ロナードの後ろからもう一人の黒服の男が顔を出す。片手には刃を数本携え、腕を切り落としたのはこの男かと滲む景色の中睨む。
そんな視線を感じた黒服の男は小さく笑い、ロナードを守るように刃のない手を腰に添える。それはまるで見せつけるように、上機嫌に鼻歌を歌い撫でていた。顔を顰めているロナードに気づかぬふりをして。
「どうするのですこの男。まだ息はありますよ」
「…さて、どうするか。これ以上はオプションかな?」
「ん〜。いえ、貴方の脅威が減るのなら無料でお受けいたしましょう」
「なら頼もう」
「タダほど怖いものはないとご存知ないのですか」
「知っているさ。どうせ後で揚げ足をとるのだろう」
物騒な言葉を交わし、しかしいつもの会話のように男の前で繰り広げられるその光景に、消えつつある意識も相まって目眩がした。
ロナードは黒服の男の手を払い、伏せる男に目線を合わせるようにしゃがみ近づく。血溜まりで服が濡れようがお構い無しで、男の胸倉を掴み静かな怒りを込めて吐き出す。
「私の父が受けた屈辱はこんなものじゃない。何故見捨てた。何故庇わなかった。思うことは色々ある。だが…これで」
お相子だ。
捨てるように男から手を離し立ち上がる。
待て、待ってくれ、とか細い声が聞こえるが構いやしない。そんな慈悲があるならこんな行為に及んでいないのだ。
そして黒服の男が伏せた男に近づき小言を零す。
「災難でしたねぇ」
たった一言そう零すのを聞くと男は小さく悲鳴をあげ絶命した。
動かなくなった死体を見向きもせず、黒服の男はロナードの前に向かい顔を拭う。返り血に塗れた顔を拭った所で余計に広がるだけだが、黒服の男はそれが良いのだという。
「やめてくれないか」
「何を言います。今の貴方はとても綺麗だ」
「……本当につらつらと…よくそんな言葉が浮かぶな、貴方は」
うっとりとした声色で告げながら頬を撫でてくる男にロナードは困惑を隠せないでいた。
処理はどうするのだとか考えることは色々あったが、機嫌の良い男のことだ。何とかしてくれるのだろう。
そう思えば今は為されるがまま、終わるまで甘んじて受けるしかないのだ。
狩る対象はまだまだあるのだから。