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【Web再録】きみに酔う(カイオエ)

全体公開 4 25 6500文字
2022-12-22 14:27:40

11日に発行した宅飲みをテーマにした合同無配本『SAKE PARTY!!』のWeb再録です。
オーエンの家で宅飲みをすることになった2人。しかしカインがバイトから帰ると、既にオーエンは出来上がっており……。(※現パロ)

「お先に失礼しまーす!」
 いつものように五時間のシフトを終えたカインは、いつもより五倍大きな声で今し方出勤したばかりの先輩へと呼び掛けた。元気だなあ、とぼやく気怠げな声音を小耳に挟みながら歩く速度を上げて、そそくさと店を後にする。外に出れば冷たい夜風が頬を撫でるけれど、そんな寒さなんて全くと言っていいほど気にならないくらいにカインは浮き足立っていた。
 カインのバイト先であるコンビニは自宅から徒歩十分程度と、休みの日でも通いやすい場所にある。
しかし、今向かっているのはその真逆に位置する駅方面。自身が借りている質素なワンルームのアパートとは天と地ほどの差がある高層マンションに、カインは家主である恋人から招待を受けていたのである。


「たまには宅飲みでもする?」
 件の高級物件で暮らす恋人──オーエンからそんな連絡が届いたのは、一週間前のことであった。
 デートの提案はカインから言い出すことがほとんどであったため、まずはそんなふうに連絡をもらえただけで飛び上がりそうになるくらい嬉しかった。
 次に、その内容だ。カイン自身もオーエンも味の好みの違いこそあれども、お酒は好きな方である。しかし安い居酒屋で何杯も飲み続けるカインと、敷居の高い落ち着いたバーで嗜む程度に飲むオーエンとでは飲酒の楽しみ方ががらりと違ったのだ。
 理由はそれだけではなく、オーエンの仕事が大いに関わってくる。彼は誰もがその名を知るような、超が付くほど有名なモデルなのである。雑誌の表紙に、駅中の大きな広告看板等々、街に出れば至る所でオーエンを見掛けるくらいだ。
 彼の綺麗な顔立ちに、もちろんファンも相当多くて。そんなオーエンと落ち着いた夜を過ごすには、自ずと個室のある飲み屋や落ち着いたバーに行くしかない。
自身に付き合わせてチェーン店の居酒屋にでも行けば騒ぎになってしまうし、場の雰囲気に呑まれて互いにペースが上がって、そのまま酔い潰れる可能性だってある。そうなればオーエンのイメージダウンにも繋がってくるため、何としても避けなければならなかった。
だがオーエンに合わせてばかりだと、バイト暮らしの大学生には少々苦しい。限界までシフトを入れているが、学生と社会人では毎月使える額に大きな差がある。だからといって奢られるのはフェアではないし、それならばわざわざ夜に不健全さを匂わせるデートはしなくてもいいと、ふたりで飲みに行く機会はさほど多くはなかった。
それゆえに、カインはまだオーエンが酔ったところも見たことがなく、今回のように事前に『飲もう』という名目で会うのも初めてだったのだ。
 しかし次の日休みだからとオーエンが提案した日は運悪くカインにバイトのシフトが入っている日であったため、当日はオーエンが酒やつまみを見繕って、彼の家で待っているということになった。
 本音を言うとふたりで買い物に行ったりつまみを作ったりしたかったのだが、こればっかりは仕方がない。
「家にお酒全然ないから、適当に買っておく」
 待ってるから、と絵文字もスタンプもないシンプルな文面を見返して、カインは堪えきれない笑みを浮かべた。こうして恋人のことを考えていると時間はあっという間に進む。危うく電車を乗り過ごしてしまいそうになったカインは、慌てて車内から飛び出した。
 オーエンの住むマンションは駅から近く、幼い頃から足の速さに自信があるカインは一瞬で辿り着くことが出来る。
 使い古したキーケースから鍵を取り出して、自動ドアの扉を開く。ここを通るたびに初めて合鍵を使ったときのことを思い出してしまう。
あのときはなんだか自分がいるのが場違いなような気がして、きょろきょろと不審者みたいな挙動をしてしまった。緊張で息を切らしながら足早に彼の部屋へ入れば、「階段で来たの?」と笑われたものだ。
 未だにオーエンの家へ訪問する際はちょっぴりドキドキしてしまうけれど、周囲を伺いながらエレベーターに乗り込むことはもうなくなった。
 こうしてちょっとずつ彼の隣に並んでも恥ずかしくない立派な男に成長していきたいと思っているが、オーエンから見たら学生である自身は子ども同然。
 そうは分かっているが、少しでもかっこよく思われたいのは男として当たり前のことだろう。カインは浮き足立つ心を隠そうとひとつ深呼吸をして、オーエンの部屋のドアノブへと手を掛けた。
「オーエン、ただいま。遅くなってごめんな」
 バイトの後にこうして彼の家で『ただいま』を言うと、一緒に暮らしているみたいで笑みが零れる。最も、実際に彼と同棲を始めるとしてもこんないいところには住めないけれど。
 しかしカインの呼び掛けに、オーエンからの返答は聞こえてこない。それは今日に限ったことではないが、思い返してみればバイト先から出る前に彼に送ったメッセージにも既読の文字は付けられていなかった。
 一体何かあったのではないかと駆け足で長い廊下を進んで、リビングへと繋がる扉を開け放つ。ばたん、と想像以上に大きな音を立ててしまい、ソファーに座っていた華奢な背中がぴくんと微かに跳ねた。
「うるさいな。帰ってたんだ」
 ゆるりとこちらへ振り向く恋人の姿に、カインは安堵の息を漏らした。けれどほっとしたのも束の間、カインはオーエンのその端正な顔を見て、思わず眉を顰めた。
 雪のように真っ白な彼の頬が、ほんのりと赤く色付いているのである。彼が身に纏うのはまだほんのちょっぴり見慣れない、見るからに上質なシルクの寝巻き。風呂に入った後なのかと考えたが、その髪はすっかり乾き切っているので、上がりたてではないように伺える。
「あ、あぁ。ただいま」
 どうにか笑顔を浮かべてもう一度彼に挨拶をすれば、オーエンはふわりと眦を細める。滅多に目にすることがない彼の柔らかいその表情に、カインはぱちんと瞬きをした。やっぱり、なにかおかしい。でも心配する反面、穏やかな恋人の姿にぐっと来てしまうのも確か。
 カインは今すぐにハグとキスの雨を降らせてやりたい気持ちをどうにか堪えて、彼の元へ歩み寄る。まずはこうなっている原因を突き止めてからだ。
 が、一歩踏み出したところで彼の様子をおかしくしているその犯人を暴くこととなった。
「うわっ!」
 恋人に意識が向いたせいで注意が疎かになっていた足元に、何か硬いものが当たる。転びそうになるのを持ち前の体感で耐えて、反射的に床へと視線を落とした。ごろ、と鈍い音を立ててフローリングの上を焦茶色の大きな瓶が転がり落ちている。
 拾い上げてそのラベルを見ると、カインもよく知った有名なコーヒーリキュールであった。重たい瓶を立てたところで、カインはその入口を塞ぐキャップが閉まっていないことに気が付いた。それが横になっていたにも関わらず一滴たりとも零れていなかったということは──。
 瞬時に全てを悟ったカインは、ぎょっと目を見開く。
「きみの帰りが遅いから先に少し飲んでただけ」
「そうだよな、少しだよな」
 まさか丸々一本開けたのかと思ったが、流石にこれは元々家にあったものだろう。だからきっとテーブルの上に放置されている牛乳パックだって、使い掛け、あるいはまだ中身が残っているはず。
 カインは鞄を置くと手を洗うべく洗面台へと向かった。外で彼と飲むときは毎回数杯しか飲まないので知らなかったが、オーエンは意外とアルコールに弱いのかもしれない。
 女性が特に好む甘いお酒で酔っている年上の恋人が愛おしくて、ついだらしなく表情が緩んでしまう。
 それにサークル仲間と行く飲み会のようにわいわい騒ぎながらどんどんジョッキを傾けるみたいなのではなく、ふたりでまったり過ごす夜は大人の時間のようで、なんだか背伸びした気分になる。そう考えていること自体、子どもっぽいといえばその通りではあるが。わくわくした心境になってしまうのはどう足掻いても止められない。
 スキップをしたくなる気持ちを抑えこんで、恋人の元へと舞い戻る。
「なあ、もしかしてだいぶ酔ってるか?」
 いつもよりとろんとした雰囲気のオーエンに笑みを浮かべながら、彼の隣に腰を掛けた。カインの問いに、彼はふるふると首を横に振る。
「まだそれ一本しか飲んでないし、全然酔ってない」
「え、それ一本?」
 オーエンは細い指で床に置かれた瓶を指差した。カインが先程起こして、蓋を閉めた、その大きな瓶。まさか一番初めに一瞬だけ脳裏を過った通りのことを、オーエンはしていたというのか。
「丸々一本飲んだのか⁉ このでかいのを⁉」
 突如喉から飛び出した大声に、オーエンはうるさいと言うように眉を寄せる。しかしカインはそれどころではないのだ。こんな大きな瓶をひとりで一晩で飲み切ってしまうなんて。彼の腹は甘いものに関しては底なしだということはとっくに知っていたけれど、それは甘い酒も含まれていたというのか。
だが酒は例えどんなに胃袋が強くても、幾らでも飲めるわけではないのである。スイーツを食べるのと同じペースで飲んでいたとしたら、多分大丈夫ではない。
 オーエンは心配するカインを他所に、次はワインの瓶へと手を伸ばす。慌てて手首を掴んでその動きを止めれば、彼はぎろりとこちらを睨み付けた。
「おい、何するんだよ。今日は宅飲みするんだろ?」
「でもおまえ、相当酔ってないか? 顔も真っ赤だし……
「赤くなりやすいんだよ。行きたくもない飲み会で無理矢理飲まされたりはしないのは楽だからいいけど」
 彼の言葉は酔っ払いの常套句ではあるものの、変わっているのは確かに顔色くらいで言動もしっかりしている。いや、なんというかいつもに増して可愛く見えるときがあるにはあるが、せいぜいほろ酔い程度なのかもしれない。
「それなら構わないが……
 カインは熱いオーエンの手首をそっと離してやる。すると彼はすぐさまにボトルを手に取り、くるくるとワインを開けていく。
 スマートな所作に、元々よくひとりで飲んでいたのかと安易に想像がついた。今日はたまたま酒を切らしていただけで、家では一切飲まないから置いていないというわけではなかったのだろう。
 遠くのグラスを手繰り寄せるオーエンに、カインはそっとワインボトルを受け取って注ぐ。ワイングラスも恐らく家にあったもの。オフの日にこの部屋でひとりグラスを傾ける彼の姿を脳裏に思い浮かべて、似合うなぁとつい笑ってしまった。そんなカインの思考を遮るように、オーエンが「もういい」と口を開く。
「これだけでいいのか?」
 半分も満たされないところで止められて、カインは首を傾げる。不思議そうなカインに、オーエンはふんと鼻を鳴らす。
「ワインは香りを楽しむためにあるんだよ。いっぱい入れたら逃げちゃうだろ」
 ここに香りを溜めるの、とオーエンはグラスの空洞部分を指差した。なるほど、そういう意味があったのか。言われてみるとドラマや漫画でワインを飲んでいるシーンでなみなみと注がれていることはなかった気がする。
「それから」
 オーエンは付け足して、空のグラスをカインの前に置く。そうしてボトルを片手でひょいと持ち上げた。静かに赤い液体がグラスの底に溜まっていき、三分の一程度で止まった。
「注ぐときのラベルは上向き。わかった?」
「ああ、次は気を付ける」
 オーエンは満足げに頷くと、自身のグラスを僅かにこちらへ傾ける。慌ててカインも彼と同じように持ち手を摘み上げた。
「乾杯のマナーは知ってる?」
「ええと、多分。もし違ったら教えてくれないか?」
「仕方ないな。それじゃあ、乾杯」
「乾杯!」
 居酒屋でしているみたいな派手な音は鳴らさずに、カインは少しだけグラスを掲げるだけに止めた。オーエンも同じようにしているのでこれで正しいとは思うけれど、彼の評価を求めてちらりと視線を向けてみる。
「二十点」
「五十点満点で?」
「どっちだと思う?」
「そうだといいが……いや、それでも低い方だしな……
 ううん、と唸るカインに、オーエンは小さく息を吐く。
「カイン、僕を見て」
「え」
 不意に潜められた彼の声音に、カインは言葉の意味を理解するより先にオーエンへと振り向いた。鏡合わせの揺れる瞳が、じっとこちらを見つめている。
 どくんと彼にも聞こえそうなくらい、心臓が大きく跳ねる。その眼差しに吸い込まれるように、カインはオーエンの手にそっと触れた。抵抗するような素振りは一切見られない。彼が一体何でスイッチが入ったのかは分からないが、これはそういうことでいいのだろうか。
「なあ、オーエン……
 彼の掌をぎゅっと包み込んで、徐々に彼との距離を詰めていく。鼻先と鼻先が触れそうな位置まで彼に迫ったそのとき、オーエンが口を開いた。
「乾杯するときは目を合わせて、だよ」
 ふわりと花が咲くみたいに頬を綻ばせるオーエンに、カインは慌てて後退りをした。オーエンは教えるためにカインの視線を誘導させただけだったのだ。自分だけ邪な感情を抱いていたことに申し訳なさが募る。
 カインが触れるつもりでいた彼の唇が、グラスの縁に付けられる。
 カインは火照った体を冷まそうと小さく息を吐いて、自身もワインを一口口内に流し込んだ。
 彼の選んだものだからてっきり甘いものだと思ったが、存外渋味が強くて少々重めだと感じた。けれど舌触りは滑らかで、口を離すオーエンを他所につい続けてそれを飲んでしまう。
 案の定盃は一瞬で空っぽになり、彼に言われた『香りを楽しむ』という行為も碌にしていないと漸く気が付いた。
 すぐにもう一杯飲んでもいいだろうかとグラス片手に落ち着かない様子のカインに、オーエンの微笑が鼓膜を揺する。
「やっぱり似合わないね。だからおまえは二十点なんだよ」
「もしかしなくても百点満点だよな……
「さぁね」
 その配点には不満を覚えてしまうが、上機嫌そうなオーエンを見ていたらまぁいいかと思ってしまった。彼の笑顔を見ているだけで百点を貰った気持ちになったからだ。
「冷蔵庫にビール入ってるよ」
 オーエンはくるくると液体をかき混ぜながら、カインへと告げる。ここにあるものが全てではなかったのか。それも、きちんと自身の好みを覚えていて用意してくれていたなんて。
「なんだ、そうだったのか!」
 思わず弾んだ声で返せば、「本当、好きだね」と笑われてしまった。俺が一番好きなのはビールではなくて、俺のことが好きなオーエンなんだが。そう考えて、実際に口にしたら怒られるだろうとカインは寸前のところで踏みとどまった。
「それじゃあ、ちょっと取ってくるよ」
 ゆるりと立ち上がって、キッチンへと足を向ける。しかしカインが一歩踏み出すのと同時に、オーエンの熱い手が不意にカインの手首を掴んだ。
「オーエン?」
 振り向けば、顔を真っ赤にした年上の恋人が上目遣いでこちらを見つめていた。
「ねえ、カイン」
 甘い甘い吐息混じりの囁きに、熱を帯びた眼差し。ごくりと喉を鳴らすカインに、オーエンは誘うみたいな蠱惑的な笑みを広げた。
「冷たいビールと、温かい僕。どっちがいい?」
「っ!」
 するりと指先を絡められ、逃さないとでも言うかのようにきつくカインの掌を握り締める。
 二択を用意されているはずなのに、こんなのこちらには一切決定権なんてないではないか。そもそも、前者を選ぶつもりなんて毛頭なかったけれど。
「ああ、クソ……!」
 さっきのもカインをそういう気分にさせると分かっていて、さっと身を引いたのか。ずるい恋人に、カインは誘われるがまま彼の上へと覆い被さる。
 思い通りにことが進んで満足げな彼の微笑みに、やっぱりこの男には敵わないなぁと顔を顰める。だがやられた分は、この後ベッドできっちりお返ししてやろう。そう誓いを立てたカインは、己の欲望に従って薄い唇に齧り付いたのであった。


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