TRPG DX3rdにおける自PCの龍巳クリフのお話です。
喪失と龍と少女( https://privatter.net/p/9550130 )から少し後のクリフの心情描写に焦点を置いたものとなります。
もにゃさんのPC・久方菜乃花さんをお借りしています。
@nariheiheTRPG
目を閉じて、自分に言い聞かせる。これは訓練だと。
どんな時でも平静を保ち、冷静に対処し、動揺しない。
戦場でも焦って精度の低い判断をしてしまえば、その瞬間命を落とす可能性も低くはない。
だからこそ、これは必要な精神修練なのだと心の中で自分自身を納得させる。
腕から伝わってくる暖かさや柔らかさを少しでも意識してしまえば最後、今の心の均衡は崩れ去ってしまうかもしれない。
そうならないよう、そちらをなるべく意識しないように意識する。
なるほど、これはほとんど矛盾しているような所業であり至難の業だ。訓練にはもってこいの内容かも知れない。
「はぁ~~~、あったかぁ~い」
と、傍らから気の抜けたような声が飛んできたことで、自分の考えていたことが馬鹿馬鹿しくなってしまう。
赤髪の青年――龍巳クリフは仏頂面を顔に貼り付けたまま、はぁ、と白い息を吐いた。
「菜乃花、いい加減離れろ」
「やだ! 今日寒いんだもん! 帰り道別れるまではいいでしょ?」
クリフの腕にしがみ付きながら歩いていた亜麻色の髪をした少女――久方菜乃花はますます腕の力を強くして、明らかに不服そうな声を上げる。
菜乃花の身長では頭頂がクリフの肩に達するかどうかという程度で、今の体勢ではクリフからその表情を見ることはできない。
それでも、捨てられそうな子犬のような表情をしている事が容易に想像できて、クリフは溜息をついた。
今は年越しを控えた師走の月。それに加えて今日は日も出ておらず、少し先に迫った新年に向けて一層厳しい寒さを発揮している。
そんな中で、サラマンダーとしての異能の力を持つクリフは、意図的に身体から熱を発することができる寒さ知らずの存在だ。
その暖房機能のお零れに預かろうと菜乃花が身体を密着させてくる事自体はクリフには理解できる。
だが理解できても、それを看過できるかは全く別の問題だ。
「人前であんまくっ付いてくるな。恥と外聞って言葉をどこに置いてきたんだお前は」
普通に考えればこんなところを見られれば仲睦まじいカップルだと思われるのが自然だ。
そんな思考が過ぎったのと同時に、心臓が一際跳ね上がるのを自覚する。
クリフは自分の迂闊さを呪いながら、万が一にも顔が熱を持たないように平静を取り戻そうと意識を集中させる。
「くっ付くことって、別に悪い事じゃないでしょ?」
悪いかどうかではなく、本音を言えば心の平穏のために離れて欲しい。
しかし、そんなことを言えるはずもない。
「……とにかく、離れろ」
「うー……」
理論が通用しないことを悟ったクリフは、しがみ付かれていない方の腕を使ってやんわりと唸る菜乃花を押し返した。
弱い力ではあるが、言葉だけでなく具体的な引き剝がすアクションを見せられれば菜乃花は大人しく従う。クリフを本気で困らせることは菜乃花の本意ではない。
身体を離した菜乃花は、狙ったように吹いてきた寒風にブルリと震えると今度は片手を差し出してきた。
「うぅ~寒いよぉ~! ねぇ、クリフくん、せめて手を繋ぐだけでも……!」
「お前なぁ……」
相変わらず、恋人同士がやるようなスキンシップを平然と要求してくる菜乃花に、クリフは呆れたような表情を向けた。
菜乃花のスキンシップ自体は、今に始まったわけではなくかなり前からされていることだ。
しかし最近は、その頻度が少し増え、同時にクリフ側の拒絶も少し余裕がないようなものとなっている。
切っ掛けは、少し前に二人が参加した対FHテロ防止作戦だ。その最中で、菜乃花はその命を失いかけ、クリフは人の心を失いかけた
あの日を境に、クリフは菜乃花が以前よりも自分を気にかけ、無駄に心配をするようになったと感じていた。
一言で表現するならば、少し過保護になったというのが適切かもしれない。
表に出ている部分では、菜乃花に生じた変化の方が顕著なのが窺える。
しかしその内側では、クリフの心に起きた変革の方が遥かに大きかった。
あの日、菜乃花を失いかけたクリフの心があげた悲鳴と軋みをその身で感じて、菜乃花へと向けていたものがいつの間にか恋心と言われるものに成長を遂げていたと、そうクリフは自覚した。
その想い自体は以前からそこにあったはずなのに、恋であると意識した途端、それはクリフの中でどうしようもなく存在を主張し始めた。
今までは何気なくしていた菜乃花との挨拶をすれば心は必要以上に喜びの感情を吐き出し、油断をしている時に笑顔を向けられれば心臓が跳ね、帰路で別れれば寂寥感が沸き上がる。
そんな調子で毎日暴れまわる自分の内側を、上から理性で押さえつける日々をクリフは送っている。
そのような状態で菜乃花からベタベタと触られてしまっては、保てる平静も保てなくなるのは簡単に想像がつく。
今まで先輩として、頼れる仲間としてそのスタンスを菜乃花に見せてきたクリフにとって、自分の照れたところや動揺した様子を見せてしまうのは気恥ずかしく、とても抵抗を感じる事柄だった。
今のクリフには、手を繋ぐ事すら平静を保てる自信がない。
「手を繋ぐのもくっ付くのと大して変わらないだろ」
「えぇっ!? 全然違うよ! 手しか暖かくならないもん!」
「とにかくダメだ。寒いならそれこそ早く帰るぞ」
少し突き放すような言い方になったのではないかと心配になってしまったが、今更吐いた言葉を飲み込めるわけもない。
「むぅー……」
菜乃花は不満そうにむくれているのにも関わらず、そんな顔を見ていても胸に暖かい感情が溢れてしまう。
まったく困ったものだと自分自身思いながら、口元が少し緩んだのを自覚しつつクリフはまた歩き出した。
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寝支度を整えて、クリフは自室のデスクの前に座って時計を見上げる。
今すぐに寝ることはできるが、就寝まではまだ時間がある。
読みかけの本を読んだり、テレビを点けたり、はたまたUGNの資料に目を通したりなど、やる事が無い訳でもないが、今はどれもいまいちやる気にならない。
ふと、今菜乃花は何をしているのだろうかという思考がよぎる。
普段からラブロマンスに憧れているような事を言っていたので、今もそういうものを見たり読んだりしているのだろうか。
それとも、大切な両親と団欒の時を過ごしているのだろうか。
無意識にデスクに置かれたスマホへ視線が向く。菜乃花は暇な時自分にメッセージを送ってくることは少なくない。
そして今この時も、このスマホが彼女からの着信を知らせてくれないかと期待してしまっている自分がいる事に気が付いた。
「……なんで四六時中あいつのこと考えてんだ」
クリフは一言呟くと、参ったと言わんばかりに片手で額を押さえる。
最近はずっとこんな調子である。自分の感情を自覚してからというもの、ついつい菜乃花の事を考えては我に返る行為を繰り返している。
そして、なんだか恰好がつかないとは思いつつも、それを嫌だとは感じていないのだからもう手に負えない。
先刻での帰り道であれほど菜乃花に振り回されていたのにも関わらず、もう既にあの騒がしさが少し恋しくなってしまっている。
持て余すとは行かないまでも、日々菜乃花に対して過剰に反応する自分の心を平静に保つのにクリフは苦労していた。
もっとも、その平静に保つという行為もクリフの意地でしかないのだが。
と、物思いに耽っていると本当にスマホから着信を知らせる電子音が短く鳴り響いた。
反射的に手に取ってスマホの画面を開くと、そこには期待通りの名前があり、少しだけ心拍数が上がってしまう。
『今日の晩ご飯はハンバーグだったよ!』
そんなメッセージと共に、夕食の写真が添付されてきていた。
何の変哲もない、報告する意味があるのかも分からない内容であるのに、菜乃花からメッセージが送られてきたことに心がやたらと喜びの感情を吐き出し始める。
一人で自室にいるお陰で気を張る必要もないが、菜乃花へ送る返事は間違っても自分の変に浮ついた感情が伝わらないように気を付けなければと思ってしまう。
「……」
クリフは返信するために指を液晶の前まで持っていき、どう返すべきかしばらく悩んだ後、最終的に『そうか』とだけ入力して送信した。
送ってから、すこし冷たい対応になってしまったかも知れないと無駄な心配が押し寄せてくる。
今までもこういう返しをした事があったはずなのに、自分の内心が変化しただけでそんな杞憂までしてしまう。
クリフ自身、まさか自らの恋心にここまで振り回される事になるとは思ってもみなかった。
『おいしかった!!』
返事を貰ったことに勢いづいたのか、すぐさま菜乃花から続きが送られてくる。
そこからはクリフの返しを待たずに、色々な内容が文字となってクリフのスマホに届き始めた。
話したい事が溢れそうなほどあるのか、学校であったことや、家族と話したこと、自分が気になっていることなど、次々と話題が切り替わる。
正直、これほど大量にメッセージを送りつけられると少し食傷気味になってくる。
相槌や簡単な返事をしているクリフは、今までであれば適当なところで『長い』『多い』と打って一方的に会話を終わらせていた。
だが、今はそうしたいとは思えない。この会話が終わってしまうのが、何だか名残惜しい。
流れていくメッセージ群を眺めながら、クリフはどうしたものかと思案を巡らせる。
「……そうだな。どうせなら」
そう呟くと、クリフはメッセージアプリの「通話」と表示されているボタンをタップした。
向こうも今スマホの画面に齧り付いているはずで、一瞬の呼び出し音の後通話が繋がる。
『はいっ! ど、どうしたのクリフくん!?』
開幕一番に困惑気味の菜乃花の声が聞こえてきて、口元が緩んでしまうのを自覚した。
「そんなに話したい事があるなら一々文字打たずに、こうやって直接話した方がいいだろ」
『…………ほんとだ!』
本当は、少し話がしたかったという自分の下心を建前の裏に押し隠しながら言ってやると、少しの沈黙の後にあっけらかんとした答えが返ってきた。
『クリフくん、お話聞いてくれるんだ!?』
「あぁ、それくらい別にどうってことないだろ」
『そっか、よかったぁ~』
「よかった?」
前後の繋がりがいまいち分からない言葉に、クリフが疑問の声をあげる。
何かしらに安心したような言葉選びだが、一体どういうことなのか。
『あ、えっと……。クリフくん、最近ちょっと素っ気なかったから。怒らせたり嫌われるような事したのかなって、少しだけ心配してたんだぁ』
クリフの心臓が跳ねる。心当たりが無い訳ではなかったからだ。
最近は自分が動揺したところを見せないようにするために、少しぶっきらぼうな対応をしてしまう事は確かにあった。
「そ、そうだったか?」
『うん。でも、こうやって電話かけてきてくれたから勘違いだったんだなって思って』
高鳴っていた自分の内側が、逆に消沈してしまったような感覚に陥る。
自分の行動が招いた結果だとはいえ、そのような誤解をされることは不本意極まりない。
「……俺が、お前を嫌うわけないだろ。絶対にない」
『えへへ、そうなんだ。ありがとう、クリフくん』
真剣な意志を伝えようと、自然とトーンが落ちる。すると、菜乃花から安心したような声色が返ってきた。
もう、本心を言ってしまおうかと一瞬思考が過ぎる。
自分の感情と真逆の勘違いをさせてしまうくらいなら、いっそこの気持ちを菜乃花に打ち明けた方が良いのではないか。
そんな風に悩んでいる内に、菜乃花の方から話が振られてくる。
『ほんとに良かったぁ。クリフくんにはこれからの私を見てて欲しかったから、嫌われたら本当に落ち込んじゃう』
「これからの?」
『うん、クリフくんが言ってくれたから。私が生きてる事は、間違いじゃないって。私が上を向いて世界を歩いて行けるって』
嬉しそうな声が、端末越しに届く。その声に自分への信頼や親愛、色々な正の感情が感じられて、それだけで満足だと思えてしまう。
『だから、私がちゃんと心の底からそう思えるようになるの、クリフくんに見てて欲しいんだ』
心が暖かくなるというのは、まさにこんな感覚なんだろうとクリフは思った。
自然と笑みが浮かぶのを自覚する。
「そうか。言われなくても目離したりはしないからな。俺が菜乃花にそうしろって言ったんだから」
そうだ、自分が菜乃花に今の考え方を変えるよう言葉をかけた。
今は間違いなく、菜乃花にとって大切な時期なのだろう。
菜乃花が自分のことを卑下したりせず、彼女の中に残ったわだかまりを解消できるようになると信じている。そして、それを見守っていきたいとも思っている。
今そのために前向きになっている菜乃花へ、自分からこの気持ちを伝えて考えることを増やして混乱させるのは本意じゃない。
『うん! 見ててね! あ、そうだ。この前学校であったことなんだけどね』
菜乃花の話が日常的な雑談に切り替わるのを穏やかな表情で聞きながら、クリフは密かにさきほど浮かんだ考えを心の奥底にしまいこんだ。
少なくとも今は、この想いを伝えるようなことはしないでおこう。
この世界で生きていく菜乃花が、自分なりの答えを出せるようになるまで待っていよう。
都合のいい事に、自分の中の想いを抱え続けたまま生きていく事は、得意になってしまったのだから。
終わり