クラージィさんの転化の話を見て、以前書いたものより救いのある死ネタが浮かんだので、書いた話です。今まで失敗=グールだと思っていたので、あの話は色んな可能性の残してくれましたよね。
ヒナイチくんの死後100年以上経ったドラルクさんとノース師匠のお話。
2022/12/13に上げました。
@kw42431393
おはよう、ヒナイチくん。いい夜だね、今晩もとても美しいよ。
あぁ、起きなくていいよ。横になっていて、そのままで…気にしないで。君が寝たきりになってから、ずっとやっていたんだから慣れたものだよ。
お風呂も入れないから気持ち悪いよね?拭いてあげよう、ジョン、彼女を起こすのを手伝ってくれるかい?
服も取り換えようか。毎回、ハサミで切るから勿体ない?気にしないで、そんなのまた縫えばいい。裁縫も私の趣味だからね。君を美しく彩ってくれると思うと、苦ではないさ。
さてと、新しいクッキーも持ってきたよ。こればっかりは…仕方ないね。だって、君はもう食べられないんだから。それでも、匂いだけでも嬉しいよね?
ねぇ…ヒナイチくん。
そこまで言った時、私の背後でヒュウと冷気が漂ってきた。急に冷えたので、後ろで結わえていた髪の一部が塵になる。
「いつまでこんな事を続ける気だ?不肖の弟子よ。」
「さあ?何百年でも何千年でも。たいした事ではありませんよ。」
振り返ると、仏頂面のノースディン師匠が立っていた。
「師匠も無粋な人ですね。折角の夫婦と一匹の団欒を邪魔するなんて。」
「ヌヌヌイ。」
「いい加減諦めたらどうだ?彼女は天寿を全うしたんだ。それを亡くなる直前に吸血鬼化させようとするなんて、何を考えていたんだ?」
「そうですね、どうかしていましたよ。それまで、見送るつもりだったんです。心電図のフラット音を聞くまでは…。」
ロナルドくんを見送った時、心臓が欠けていく気がした。70年近く引き籠っていた私に、外の世界に出るチャンスをくれた昼の子。暴力的でお人よしで、一緒にいて退屈しなかった相棒。
『人間の友人を大切にな。』
そう言ったお祖父様の言葉が身にしみた。ヘルシングを失った貴方もそうだったのでしょうね。
それでも、まだ塵から戻る事ができたのは、ヒナイチくんも彼女との間に出来た娘もいたからだ。
娘は結婚して外に出ているが、年老いて、寝たきりになった彼女の世話は私がしてやらなければいけなかった。というより、誰にも触らせたくなかった。むしろ、完全に私の庇護下にある彼女が、尚更可愛くて仕方がなかった。
だから、ヘルパーも頼まず、たまに娘夫婦が手伝いに来る以外は、私とジョンだけでやったのだ。
シンヨコに来たばかりの私と比べて、少しは体力がついていたのが幸いした。まぁ、あんまり無理をすると死んでしまうのは変わらないが。
やがて、それも終わりの時がやって来る。病院で延命措置はしないと言った傍から、「ピー」という無機質な音を聞いた時…私は彼女の血を吸った。
「この子は私の物だ。死神なんぞに渡してたまるか!」
突発的にやってきた衝動のままに、私の血を打ち込んで吸血鬼化を図った。
実をいうと、その間の記憶はない。我に返った時、彼女が寝たきりになってから長らく吸っていなかった血の味が口内を満たしていた。初めて吸ったあの味と、最後に吸った味は、生涯忘れられないだろう。
あれから、100年以上経ったはずだ。
「ご真祖様に頼んで、死体を腐敗しない様にしたのはまぁいい。夜な夜な彼女を入れた棺桶に通って、こんな真似を…初めは気が触れたかと思ったぞ。」
「仕方ないでしょう、師匠が凍らせてくれなかったんじゃないですか。それに、まだ死体ではないですよ。200年近く経って転化に成功した例もある…師匠が一番よく知っているはずですよ?」
本来、人間は吸血鬼化しにくい生き物だ。失敗するとグールになる可能性がある。だから、人として彼女を見送るつもりだったのだ。
しかし、師匠が吸血鬼化を図って、失敗したと思われていたクラージィの例は、あの土壇場で私に希望を持たせたのだと思う。
ノースディンには悪いが、お祖父様の血を直接受け継ぎ、母方からも強大な血を受け継ぐ私の方が…そして、何度となく彼女の血を吸っている事実から、私の方が成功率は高いのだ。問題は、彼女の適性だけだ。
「…。」
「だから、凍らせるのを断ったんでしょう?知っているんですよ、時々、クラージィの棺を置いた廃協会に行っていたのを。」
「お前…」
「確認するたび、あなたは辛かったんでしょう?だから、断った。だから、私にもやめろと言う。この可愛いドラドラちゃんにも同じ想いはさせまいと…。」
訳もなく上機嫌に喋る私に対し、彼は不機嫌になる。部屋の温度も少し下がった。
「勝手な妄想を…。」
「でも、大丈夫。私が、辛い訳がない。バグだらけの攻略不可のクソゲーみたいなものですよ。そして、成功の暁にはまたあの日々が戻ってくるんです。」
本当はロナルドくんもそうしたかったんだけど、彼の遺族の意向を無視する訳にはいかなかったからね。
ねぇ、ヘルシングみたいに君も戻っておいで。体は変わってしまっても、またみっぴきで楽しくやろうではないか?
ドラルク様、もうこんな時間だヌ。
ジョンの声で、時計を見る。もう、朝の5時だ。夜が明ける前に私も棺桶に戻らなければ。
「あぁ、ごめんね。あのクソヒゲのせいで、折角の時間がなくなってしまったよ。また、今夜。おやすみ、私のお嬢さん。」
そっと、白髪混りの赤毛に口づけを落とす。毛布を整えて、蓋を閉めた。
「クソヒゲ…な。そういえば、久しぶりに聞いたな。」
クスリと後ろで忍び笑いがする。彼も懐かしかったのだろう。
「あ、つい昔の癖が。」
そう、娘が生まれてからノースディンの事を「ヒゲヒゲ」とか「ケツホバ卿」とか言うのをやめていたのだった。
「嫌っているのは知っているが、子供の教育に良くはないだろう。」と、彼女に注意されたのはいつの事だったか。
「それでは、師匠。これでお暇します。」
「クラージィが、おそらく吸血鬼に転化出来たのは…」
階段に足を乗せた私を、ノースディンが呼び止める。
「この世に未練があったからだ。」
「『私達を見逃した事が正しかったか、確かめたかった』でしたか?それとも…フフフ。『シスターの胸に抱かれるまで死ねない』でしたか。」
ジョンを撫でながら振り返るが、彼は棺桶を見つめたままだ。
「彼女は満足して死んだはずだ。初恋の相手と結ばれ、一生を通じた友人に恵まれ、子を成し、お前に見守られて天寿を全うしたのだ。未練など…」
「どうでしょうね?」
ずっとお前といたいんだ!
当時の少女の声が脳裏に響く。
分かってないね、師匠。ない訳がないんだよ。だから、私には帰って来る自信があるのさ。
ドラルクが去った後、ノースディンは溜息をついて、ヒナイチが入っている棺桶を見つめた。
弟子の言う通り、彼も何度も確認に廃教会に足を運んだのだ。何も変化がないたびに、胸につかえた様な想いを抱えて居城に戻った。
まさか、彼もあんなに経って転化に成功し、シンヨコで再開するとは思っていなかった。今も、クラージィはシンヨコで第2の吸血鬼生を歩んでいる。
ドラウスに血を与えられて満足している、吸血鬼生を彼にも与えられたと知った時の心を、どう現したらいいのか。
それだけに、弟子に失敗した時の絶望を味わってほしくない。諦めろ、と何度も注意してきた。年を取って、少々煽ってもヘラヘラ笑いながら返してくる。
彼が理解しがたいのは、死体に話しかける弟子に悲しみが見えない事だ。本気で気が触れてしまったのでは…。
ガタガタ、ゴソゴソ
微かな物音が棺桶から聞こえる。慌てて弟子の携帯に電話をかけた。
「おい!ドラルク!もう、棺桶に入ったところだと?戻って来い!今すぐだ!」
ゴトリと重い音が鳴って、中から蓋が開かれた。そこから出てきたのは…
「うぅ…なんだ?ここ…は?」
慌てて駆け下りて来る足音が聞こえてきた。相変わらず、寝る時は邪悪な妖精と揶揄されるネグリジェらしく、そのままの恰好で飛び出して来たらしい。
「ヒナイチくん!」
階段を踏み外して、塵の塊になった弟子を呆れた顔でノースディンは見下ろした。後ろで呑気な声が聞こえてくる。
「お腹空いたな…。あっ!ドラルクのクッキーだ!おいしい、おいしい…。」