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ディカイオスの天秤 第7話

全体公開 18369文字
2023-01-08 12:57:14

第7話 沢山のエントラスト

Posted by @dika_bal

※本話は暴力的・非倫理的表現を含みますので注意ください。



■1/その背にあるもの

『娘のいのちを吸った分、お前は生きなきゃならない』
『私のぶんまで生きて』
『生きて』
『生きて』
『生きて』





『生まれた事を後悔しないでくれ』
病院のベッドの上、もう起き上がれないその男はゆっくりとそう口にしてから、申し訳なさそうに眉を下げた。
相も変わらず心根の優しい男だ。自分の心配だけしていればいいのに。
『お前が生まれてきてくれたから、俺の人生は随分楽しくなったんだよ』
出会えてよかったと男は屈託なく笑う。
自分だって同じだ。出会うことができてよかった。知り合わないことが想像もつかないのだから。
それほど長い時間顔を合わせ、たくさん語らい、同じ夢を見た。
……だから、生きてほしい。今が辛くてもきっとその先に幸せはあるんだって信じて欲しい』
誰よりも信頼できる男が願ってくれた。
『俺の分とか、考えなくていいから』
男は目を閉じる。もう目を開けていることもしんどいのだろう。
ただただその様子を見下ろしていた。彼の傍で、彼の言葉に耳を傾け、静かに涙をこぼした。
泣いたのはいつぶりだっただろうか。
バレないように、呼吸が震えてしまわないように気を付ける。拭えない雫が頬を流れて、重力に従って落ちていく。
『自分の為に生きてくれよ』
それが親友からの最期の願いであり、託された想いだった。



⚖第7話 沢山のエントラスト




■2/燎原の火

暴れまわる触手めいた腕を制御できているのか否かわからない。ツキナはその両腕で破壊の限りをつくしていた。
「止まりなさい!」
美杜が警告するが、ツキナがそれを聞くはずもなく、返事の代わりに根本からブチ折られた針葉樹を投げられた。
とんでもない力だ。美杜はそれを氷柱で食い止める。
木がぶつかった氷柱は真っ二つにボッキリ折れるが、防御の役目だけは果たした。

目を動かして状況を判断する。
今の状況の鈴丸がアレに正面から攻撃されたらそれこそ死んでしまうだろう。
何としても彼女の目的でもある鈴丸をこの場から逃さなければ。
美杜が頭の中で算段を立てるも虚しく、ツキナの正面へ向かう男が1人。
パッパッ、カッカッと小気味良い音の後、吹き上がる炎。
「燃えろ」
帯状に這う炎がツキナを囲んだ。ツキナは腕で地面を強く押して、その反動で宙へ飛ぶ。
あの炎の渦に囚われれば呼吸が難しくなるだろうことは容易に想像がつく。それを嫌って、ツキナは炎の猛襲を躱し続けていた。
「そげん有様じゃ殺せんぞ」
「──っ」
ツキナは再度大きく飛ぶと、でたらめな腕の力任せに一気に燃々焼との距離を縮める。
燃々焼は、ハッと吐き捨てるように笑ってツキナが繰り出す腕を十手で払った。
殺陣のような大立ち回り。互いに相手の動きを見誤れば破綻する。文字通りの攻防戦。
重い衝撃が十手を握る手にまで伝わってきた。痺れる感覚に燃々焼はまた口角を上げる。

「あのバカ
やってられない、と美杜は鈴丸の元へと走る。
鈴丸は放心しているかのようにその場に座り込んで、繰り広げられている光景を見ていた。いや、この様子なら目に入っていないかもしれない。
何があったのかは知らないが、こうも様子がおかしいと調子が狂う。美杜は眉を寄せた。
「立つ気がなくても早々にここから離脱して」
使用した様子もない投げて寄越した無線を回収して、班員と連絡を取ろうとするも、イヤホンからはノイズが聞こえるばかり。
使い物にはならなそうだ。無線を封じられているのか、はたまたただ単純に電波的な問題か。そこら辺は定かではない。
しかし幸か不幸かあのバカ共の戦闘はかなり騒がしい。木端さんがそれに気が付かないわけがない。多分もうこちらに向かってきているはずだ。
ならば自分のやることは1つ。
この鈴丸 バカを守るだけだ。


■3/珍しい同行者

時は少し遡り、鈴丸が拠点を飛び出したすぐ後。
鳳条と不寝喰から、謝罪とふわっとした報告を受けて木端は重々しくため息をついた。
ひとまず鈴丸確保のためと周辺パトロール名目でそれぞれを外に出す。不寝喰だけは待機してもらい、45班と合同でゴエティアへの先行をお願いした。
その後45班と不寝喰は合流。その間に鈴丸が戻ることはなかった。
不寝喰と45班が先行のため拠点を出ようとした時、奥で作業していた薬師寺がふらっと出てきて「お姉さんも一緒に行くわ」と4人の後に続く。

「どうしたんですか?」
薬師寺の同行を珍しがって運転席の柚葉が落ち着かない感じで尋ねる。
「いつもみんなには苦労かけてるからね~。それに、何か大変そうだしね。問題あるんでしょ? 人手は多いに越したことはないかと、ね」
助手席の薬師寺は足を組み替えながら悪気なくクスクス笑っている。
「ウチのがすみません
後部座席の不寝喰が申し訳なさそうにそう言いながら苦笑いを浮かべる。薬師寺は振り返らずひらひらと軽く手を振って応えた。

しばし車を走らせれば問題なくゴエティアまで辿り着く。
その真白い建物は、小高い丘の上に静かに建っている。周囲は林に囲まれているため街灯の類もなく、かなり暗い。
ゴエティア自体も明かりがある部屋が少なく、光源とは成りえず、闇の中でぼんやりと白い輪郭を浮かび上がらせていた。
建物を囲むレンガ造りの塀沿いにぐるりと回ってみると裏口と思われる箇所がある。表の門よりも簡素で質素な印象だ。
あらまぁ、開いてる。不用心ね~」
薬師寺がその裏門を軽く押すと、門は簡単に開いてしまった。
「薬師寺さん、あまり不用意に触らないでください。何があるかわからないので、なるべく先行は俺たちに」
荒船の言葉に「あらあら」と薬師寺はぴょんぴょん跳ねるように後ろへ下がる。
「柚葉は俺のサポート、及川は薬師寺さんと不寝喰から離れないように」
「はい!」「はい!」
柚葉と及川の返事が綺麗に重なった。


■4/静寂の亀裂

昼間の穏やかさが嘘のように、ゴエティア内部は恐ろしいほど静かだ。人が暮らしている気配すら感じない。
いくら夜間だとしてもここまで静かにはならないだろう。何だか不気味にすら感じる。
慎重に歩くが少しの足音、衣擦れの音すら耳によく響く。
まだ何も起こっていないにも関わらず、妙な緊張感が漂っていた。

……漂っていたはずなのだが、そんな様子に疎いのか薬師寺はサクサクと歩いていってしまう。
「や、薬師寺さん! 離れないで、ください~!」
小声の及川が慌てながらその後を追い、不寝喰も「おやおや」と後に続く。
「この部屋は?」
「間取りだと応接室でって勝手に開けちゃダメです~!」
及川がなるべく音を出さないように小声で叫びながら、焦ってわたわたと腕を振っている。
「薬師寺サン、そっちよりあっちの方が」
「なるほど確かに~」
「あぁ~ふ、ふたりともまってまってください……!」
不寝喰も調査スイッチが入ってしまったのか薬師寺と共にサクサク歩きだしてしまった。
及川は半べそであわあわしながら2人を追いかけている。
そんな様子を見て、「大丈夫かなぁ」と苦笑いする柚葉に荒船は首を横に振っていた。

……ふーん?」
しばし歩き回って薬師寺はぴたりと立ち止まる。
「間取りだとかの図は?」
「あ、あります!」
及川がA4サイズほどのコピーを渡すと、薬師寺は小型のライトを口にくわえて紙を眺める。
光がブルーにされた光量の少ないものだが、手元を見るくらいは問題ない。
「ふぁーんふぁ、ふぇんふぇ」(なーんか、変ね)
「え?」
「あ、この辺ですよね。アタシもそう思ってて」
「え?」
人差し指と中指で尺を確認し、薬師寺が首を傾げる。
不寝喰は「この窓からなので」と薬師寺の持つ図の数カ所を指して話を続けるのだが、その間で及川だけが2人を交互に見ては困惑していた。
「ほのへんはな~」(この辺かな~)
「はい」
薬師寺の言葉になっていないだろう指示を聞いて、不寝喰はさっさと壁沿いに歩いて行く。
その中で、所在なさげに立ち尽くす及川に気付いた薬師寺が、片手で「ごめん」のポーズをしてウインクを飛ばした。
「薬師寺サン」
「はいは~い」
くわえていたライトをさっさと仕舞って、薬師寺はぴょこぴょこと不寝喰の元へと小走りに駆け寄る。
指された先にあるのはナンバー式の電子ロック。
「ふむ、だいぶ古い型だ~……
数字部分を指でなぞり、無遠慮に適当な数字を入力してみる。
『****』
反応はないが、モニター部分に表示される文字列は4つ。
薬師寺は再度入力部の数字をなぞる。
「30秒待ってね」
そう言いながら連続して数字を入力していく。まるででたらめに打っているかと思えば、一定の数字の組み合わせを入力しているようだ。
そのうちに「ピッ」と短い電子音がして、カチャンと鍵が開くような音がした。
「どうして開いたんですか?」
及川の純粋な疑問に、薬師寺は「簡単だよ」と再度入力部を指でなぞる。
「古い型でしかできないけど、よく押されてるボタンって劣化がわかりやすいからねぇ。その数字で組み合わせたのを全パターン入力してただけ」
デジタル錠なのにアナログ~♪と薬師寺が笑うが、及川は「すごいです!」と素直に感動している。
その横で、壁かと思っていた箇所を不寝喰が慎重に押すと、扉状にキィっと開き、下へと伸びる階段が姿を現した。



荒船・薬師寺・不寝喰・及川・柚葉の順で、5人は慎重に階段を降りていく。
石造りの壁がひやりと冷たい。先の見えない暗闇が5人を迎える。
どのくらい降りるのだろうか、それすらもわからないまま降りていく5人は徐々に異変を感じる。
鼻をつく異臭。微かな硫化水素のような腐った卵に似たニオイと強烈なチーズ臭が入り混じった吐き気を誘う刺激臭。
各々がそれに眉を寄せ、口元を手で抑えた。
ぐっ……
「及川チャン大丈夫かい?」
……は、はい、大丈夫です」
そうは言うが、あまり大丈夫そうではない。狭い階段だが、不寝喰は及川の隣に移動してその背を撫でてやる。
及川からは弱々しい「ありがとうございます」が聞こえてきた。
「う~ん、死体の5,6個はありそうな感じだねぇ。換気くらいすればいいのに」
「そういう問題でもないと思うが」
薬師寺の素かボケかもわからない発言を聞き流しつつ、荒船は銃を手にして前方を警戒する。

やがて階段を降りきると、1つの大きな部屋に出た。
……呼吸音。誰かいる。複数」
荒船は端的に小さくそう呟くと銃を構えながら慎重に部屋へ踏み入る。
後続のメンバーもそれに倣って慎重に周囲を探った。
檻?」
壁際にはいくつもケージのような物が積み重なっている。ケージ1個は大体大型犬が2匹入る程度の大きさだろうか。
何か動物でもいるのかと思ったが、そんな甘っちょろいものではなかった。

中に入っているのは横たわった子供だ。

柚葉は目を見開き、思わず後退った。
その時、何か柔らかくも固い何かを踏んだ感触が靴の裏から伝わってくる。反射で足をどけて、そこを見れば落ちていたのは人間の腕。肘から下の小さな、女子供の手だ。
柚葉は唇を噛み締めて悲鳴を押し殺す。
「柚葉クン
「っ、……だ、大丈夫、です」
不寝喰は柚葉の肩をポンと軽く叩いて、その後ろを通って部屋の中央へと向かう。
簡素な手術台の脇には女の子が1人倒れていた。
「!」
不寝喰がその子に駆け寄ろうとした瞬間だった。

「あぁああぁぁぁあああ!!!」
「いたい、いたいいたいいあいあいああああ!!!」
「や、い、いやああ、あぁぁぁああぁぁぁぁ!!!」

周囲の檻から悲鳴が複数上がる。悶え苦しんでいる咆哮があちこちから上がる。
檻の外も、よくわからないものと一部をくっつけられた子供、投薬されているのか管で繋がれている子供、精神が崩壊しているのか焦点の合わない子供、がんじがらめに縛られている子供……酷い状態のそんな子供たちが苦しみながら床をのたうち回っている。
── 一体何が起こっているのか。
不寝喰の目の前の少女は悲鳴も上げられないのか体をバタつかせるだけバタつかせて、すぐにその動きを止めた。
呆然とその光景を不寝喰は見下ろしていた。指先が震える。けれども、腕も足も動かない。
それは恐怖にも似た感覚。ドッドッドッと心臓がうるさく動く。

「あぁ、素晴らしい。聞いていたとおりだ」

その声は5人が降りてきた階段の方から聞こえてきた。
声の主、ゴエティアの代表・聖架輪 ひじりかわは暗闇の中嬉しそうに微笑んでいる。

「まさかとは思っていたのですが、本当に貴方のような異能力が実在するのですね。面白い。実に面白い。貴方でどれほどのことができるのか考えただけで身震いしますよ」
「貴方のような異能力?」
この場にいる異能力者は及川だけだ。だが、彼女にそんな異能力はない。
だとすれば、一体誰のことを言っているのだ?
柚葉は聖架輪 ひじりかわの視線の先をゆっくりと追う。

……その先に立っていたのは、不寝喰 未環子だった。


■5/暴食

「人体のあらゆる悪性を増幅させる……本当に面白いです。でも、お陰様で実験途中のサンプル達はほぼほぼ死んじゃいましたね」
あはは、と笑いながら聖架輪 ひじりかわは床に落ちている資料やら部位しかない人間の体を邪魔だとばかりに蹴り飛ばす。
「まるで命を食い荒らす暴食ですね。貴方が居ると誰も彼も怪我も治らず、病気も治らず、果ては死んでいったのでしょう。人殺しにはうってつけの異能力ですが、いかんせん制御は難し……あぁ、貴方そういえば知らないんでしたっけ、自分が異能力者だって」
男が何を喋っているのか理解が追いつかないのだが、不寝喰の中では点と点がゆっくりと結ばれていった。

『人体のあらゆる悪性を増幅させる』
顔も知らない両親。
親代わりに育ててくれた祖父母。
学校の友人。
唯一無二の、親友。
みんな、病で亡くなった。

それは全て──アタシのせいだったんだ。


「ふふふ、貴方 今まで何人殺してきたんですか? その様子なら結構な数でしょうし、気付いてないのも含めれば大量殺人犯ですね」
優秀ですねと言わんばかりの聖架輪 ひじりかわの声が不寝喰の足元から侵蝕していく。

アタシが居ると、みんな死ぬ?

定まらない瞳で周囲へ視線を配れば、それぞれ驚愕やら不安の色をした目を不寝喰に向けていた。
己を掻き抱き頭を垂れる。言い様のない不安と恐怖が溢れて足の爪先から、肩の先から体温がなくなっていくみたい。
鼓動がドクドク鳴って、妙にスーッとした寒さで鳩尾辺りがギュッと縮こまるようだ。
「あぁ、気になる気になる。どうしてそんなことができるのでしょう。原理は? 原因は? 貴方の細胞は、血は、脳は、中身はどうなっているのでしょう。大変に興味があります。あぁ、気になる気になる。今すぐにでも胸郭を前正中線を切り開きたい」
「不寝喰! 聞くな!」
荒船が聖架輪 ひじりかわへ銃を向ける。
「おやまぁ、物騒ですね。そんな物向けていると……
聖架輪 ひじりかわの言葉の途中に何かが荒船へと飛んでくる。
「荒船さん!!」
咄嗟に柚葉が荒船の前に飛び出す。サッカーボールくらいの大きさの何かが柚葉の腕へぶつかった。否、噛みついていた。
それは子供の頭部で首から下はない。それが柚葉の腕に噛みついてぶら下がっていた。
「っ、柚葉!」「柚葉さん!」
荒船と及川の悲鳴めいた叫び声。
同時にまた子供の頭部が跳ねて飛んでくる。鼻から上はなく、かろうじて首と片方の肩がくっついているだけの明らかに動くはずもない形の存在。
及川はそれに向かって電撃を繰り出そうとするのだが、手を翳すと同時に激しい吐き気に襲われて胃の内容物を吐き出してしまう。彼女の体から電気がバチンッと弾けて一瞬部屋の中をフラッシュのように照らし出した。
光景が映画の演出のように、コマ送りみたいに見える。荒船が柚葉を突き飛ばして、跳ねてくる頭部を避けさせるところ。及川が口元を抑えて座り込むところ。近くの薬師寺が及川へと駆け寄るところ。
「あらあら、お仲間さんは体調がよろしくないようですね。ふふふ、誰のせいでしょう」
聖架輪 ひじりかわがゆったりと笑う。

「及川くん」
「わ、わたし……
体の調子がおかしい。しかしただおかしいだけではない。
電気が、出ないのだ。

「やく、薬師寺さんっ、わた、し!」
パニクる及川の背を薬師寺は冷静に撫でている。
(どうして、それぐらいしか役に立てないのに、このままじゃ何もできない、役立たずに)
浅い呼吸を繰り返す及川に「落ち着いて、息を吸ってゆっくり吐け」と声をかけながら、薬師寺は背を撫でる手でリズムをとる。

襲いかかってきた2体目に2発の銃弾を撃ち込み、動かなくなったことを確認してから荒船は柚葉の肩を掴む。
「柚葉、腕は」
見ればまだ噛みつかれたままだ。荒船は眉間に皺を寄せ、柚葉に噛みついている頭の側頭部を0距離で撃ち抜く。
衝撃と共に口が開かれ、頭部は床に転がった。
柚葉の腕からは鋭利な歯型がくっきりその痕をつけており、鮮血が溢れ出していく。
「すまん」
そう言って荒船は患部を見るためにも、柚葉の左袖をビッと引き千切り、応急処置を行う。傷口は浅くはないが肉を持っていかれてはいない。不幸中の幸いだ。

事態は待ってはくれない。
ズドン──と地面が揺れた。地震かと思えば、再度同じように地面が衝撃を伝えるように揺れる。
聖架輪 ひじりかわが室内から ふいと視線をそらす。窓のない壁、天井付近を少し見上げて「……行かないと」と呟いた。
さて、といった様子で何ともなしに聖架輪 ひじりかわが踵を返す。階段の一段目を上がったところで、「そうだ」と首だけ振り向く。
「ミワコさん、貴方はここにいない方がいいんじゃないでしょうか。お仲間の怪我も体調不良も悪化しないといいですね」
にこやかにそう言うと聖架輪 ひじりかわはさっさと階段をのぼっていく。

地獄の中、5人だけが取り残された。


■6/乱打戦

派手な火柱を目印にGRIMOIREのメンバーがようやく現場に集まってきた。
桐野・大鷹・木端・丹所・鳳条の5人はその壮絶とも言える光景に唖然とする。
尋常ならざる戦闘は常識の範囲外で、炎は全てを燃やし、力は全てをなぎ倒す。離れた位置に居るにも関わらず、その業火の熱が肌を焼くようだった。

そんな中、丹所は目ざとく美杜を見つけると、おもむろに木端を抱えてそちらへと走り出した。突然の行動に木端は驚き、反射的に暴れる。
木端の足を思っての行動だったのだろうが、あまりに唐突すぎてその意図は全く伝わってはいない。
美杜の前に置かれた時に木端はようやく丹所の意図に気付いて、なんとも言えない顔で咳払いを1つした。
「美杜さん、大丈夫ですか?」
「問題ないわ」
美杜がついと顔をそらすと、かなりの近距離に鳳条が立っていた。美杜の体がびくりと跳ねる。
木端と丹所しかこちらに向かってきてないと思っていたのに。どこから現れたのだろうか。
「うちの捕まえてくださったんですね。ありがとうございます」
美杜の様子を気にもせず鳳条は礼を述べると、座り込んでいる鈴丸にあわせてその場にしゃがみ込む。
「随分男前が上がっていらっしゃいますが」
「あのシスターにボコボコにされてたのよ」
鳳条をジトリと睨みながら美杜が答える。
なるほど、と鳳条が返事をするよりも早く「あ!」と丹所の大きな声が響く。
一同一斉にそちらを向けば、半身が爆ぜたような、黒い化け物としか形容し難い存在に丹所が蹴りを入れていた。
しかし丹所の蹴りも虚しく、足を捕まれ逆さ吊りにされている。
「ちょっ!」
焦る美杜が丹所の足を掴んでいる化け物へ大量の血液を飛ばす。
化け物は腕を振り上げて、丹所を地面へと叩きつけようとするが、その瞬間に化け物の腕を残して本体が氷へと包まれた。
同じく焦る木端が、周辺で倒れている木々の葉を異能力ですぐさま集めて、丹所が地面に叩きつけられる前にその体を木々のハンモックで受け止めた。
どちらも間一髪である。
「おふたりとも、ありがとうございます」
当の本人はいつもどおりの気の抜けた笑顔を浮かべており、美杜と木端は重々しいため息をついた。
気が抜けたのか、美杜の片膝ががくりと抜ける。一気に血液を撒きすぎた……
何とか体勢を整えるのだが、その顔色はよろしいとは言い難い。

だがしかし、化け物は他にもまだこちらへ向かってきていた。
……困りましたね」
あまり困ったように聞こえない声音で鳳条が呟いた。
桐野と大鷹の方に視線を向けてみれば、あちらはあちらで同じような化け物と応戦中となっている。
「一旦引きましょう。戦闘のラインを桐野さんと大鷹さんの方にあわせて
「あのー」
困ったように笑う丹所が手を挙げる。
「すみません、片足折れちゃったみたいで立てないです」
「君は!だったらもう少し痛そうにしなさい!!」
「いや、痛いですよ。過去トップ10くらい痛いです!」
「ツッコミ不在気味なのでお二人共お手柔らかに
鳳条が珍しく苦笑いを浮かべる。
「木端さん、この地面でもゴーレムというのは作れるのでしょうか?」
……多分いけると思います。あまり大きなものは無理そうですが」
こちらに向かってくる化け物を木の枝や蔦で引き止めながら、木端は地面の様子を確認する。
「丹所くんと美杜さんを運べれば十分です。ひとまず引いて体制を整えましょう。離れていてはどちらも危険です」
無能力者 ボーダーの攻撃、あまり通らなそうですしね~」
足が損傷するほどの蹴りを躊躇なく入れたにも関わらず、化け物には効果が薄かったようだ。
銃の類も桐野・大鷹ペアを見る限りそんなに効果はなさそうである。
あちらもこちらと同じ考えのようで、応戦しつつじりじりとこちらへと移動してきている様子だ。
とにかく、急がなければ。


■7/決断

無線はノイズが走るばかりで役に立たない。
地獄めいた部屋の中、取り残された5人。
柚葉の出血も及川の不調も何故か治まることがない。
床や檻の中で弱々しく動いていたものたちも、次第にうめき声すら聞こえなくなってきた。
……ともかく、ここを離脱する。柚葉と及川は拠点待機。薬師寺さん、任せていいか?」
「勿論」
「感謝する」
「ま、ってください! 私は大丈夫です! 戦えます!」
暗闇の中はっきりとは見えないが、青い顔しているだろう及川が必死に訴えかけてくる。
……ならば、負傷している柚葉や非戦闘員である薬師寺さんのそばにいて守ってやってくれ」
及川が無茶をしているのは荒船にはありありとわかっていた。だがしかし、それを否定すればきっと彼女は余計に落ち込むだろう。負傷者と非戦闘員の護衛、そう言わざるを得なかった。これなら彼女もまだ納得はできるだろう。
荒船が柚葉に目を向けると、大丈夫と言った様子で小さく頷いた。荒船の意図はきちんと汲んでくれているようだった。
「不寝喰、俺たちは」
「ごめんなさい」
その一言だけ残して不寝喰は駆け出す。
「不寝喰!」
追うべきか瞬間躊躇ってしまったが、それと同時に「荒船くん、行って!」と薬師寺が声を上げる。
「大丈夫。大事な班員ちゃんたちは、お姉さんがちゃーんと送り届けてあげるから」
すまない」
薬師寺の配慮に甘え、荒船は不寝喰の後を追った。



今までたくさんの死を看取ってきた。
改善することなく悪化する病に苦しみながら、みんな闘っていた。
アタシはそんな姿を見ているだけしかできなかった。
でもそれがいけなかったんだ。
アタシが居るから、誰も治らなかったんだ。
アタシが傍にいたから、みんな死んでしまったんだ。
アタシが生まれたから────

命に対する贖罪とは何だろうか。
アタシは、奪った命の分、何をしなければならないのだろうか。

ポケットの中、いつもそこにある健康祈願のお守りを握りしめる。
ねぇ、親友。もしもキミが今ここに立ってたらどんな決断をするんだろう。


■8/延焼する焔

ツキナの執念は本物だった。
何ふり構わず、その身は目的を果たすためだけに燃々焼へと向かっている。
腕の再生能力も衰えてきたのか、随分と攻撃は大人しくなってきた。
距離を取ってツキナは目の前の男、燃々焼を睨みつける。
傲慢で好戦的で、警察の人間とは思えない。だが、こいつを倒さなければ己の復讐は果たされることはないだろう。
「先生!!いるんでしょ!?撃って!!」
掠れた声でツキナは必死に叫びを上げる。
燃々焼は視界を広く保ち、どこから弾が飛んでくるかを確認しようとするが……無駄だった。
弾は、目の前のツキナの肩に命中した。
ドサリ、とツキナがその場に倒れ伏す。仲間割れか、はたまた銃のセンスが最悪なのか。
つまらない結末に燃々焼は靴底で地面を擦った。
……しかし燃々焼は違和感を覚える。倒れ伏した少女から、いわゆる血溜まりが広がらないのだ。
弾はたしかに彼女の後方肩口に命中し、そのまま前のめりに倒れてしまったのだが……
その時、ビクリと少女の体が大きく跳ねた。
人体とは思えないくらい体が波打ち、ずるりと触手の腕がそれぞれ二股に分かれ合計4本になると、重力を無視しているかのようにその腕の力だけで、腕の先にくっついている付属物みたいに思える体を立たせた。
ツキナの頭はもたげたまま、意思とは関係なくその場に立たされているようになっている。

──先手を取らせるべきではない。

燃々焼は本能的に思った。
十手を持ち直して、距離を詰めながらガッと勢いよくそれを腕に押し当てと炎が立ち上る。
「燃えろて──!!」
激しい炎がツキナの肩で爆ぜる。半身がぐらりと揺れるが倒れはしない。
燃々焼はツキナの頭部目掛けて十手を振りかぶるが、それは目にも留まらぬ速さで弾かれる。
十手の3分の2が折れて、円を描くようにぐるぐる回って、地面へとぶっ刺さった。
……ハッ」
思わず鼻で笑うように口から息が出た。
次の瞬間には、十手を弾いた触手が往復して燃々焼の右腕を叩き、その体ごと吹き飛ばす。ツキナの暴走する腕が当たった燃々焼の右腕が嫌な音を立ててひしゃげた。
最低限の受け身を取り、燃々焼が地面を転がる。こんなに土にまみれたのは何年ぶりだろうか。
体勢を整えようと燃々焼が顔を上げると、すでに物凄いスピードで触手が迫っていた。十手をぶち折ったくらいだ、受けるのは悪手だろう。
両手で地面を押して、後方へとバク転の要領で飛ぶ。距離を離してもなお、触手はこちらへと迫っていた。

──防戦、そんなものは知らない。
守るものなどない。ただ強く、どこまででも強く、全てを燃やし尽くす、それだけだ。
自分を貫くためには強くあらねばならない。力こそが全てで、己を表す形だった。
紅蓮の炎は飲み込む。勝手な評価、見下す人間共、自分と相容れないもの。
「来えや、てめぇの全力で」
己の欲を、主張を、正しさを通せるのは勝者だけだ。
己が生き続ける限り、負けることは許されない。否、負けることなどない。
才能や性能で貼られた出来損ないのレッテル、勝手に嘆くクソッタレ、家の決まり、知ったこっちゃない。
努力という火種を積み重ね、強さという業火を手に入れ、全て燃やしてきた。

負けるわけがない。燃々焼 十焔は"強い"のだから。
燃々焼はもう一本の十手を取り出し、力の限り、全身全霊で右腕へと着火した。
右手の指先から今までと比べ物にならないほどのエネルギーで次々と焔が渦巻き、立ち上る。
足りない、まだ足りない。"燃々焼 十焔"が勝つためには、まだ、足りない!
強さを求め、燃え盛る右腕を左腕へと容赦なく叩きつけた。
黒化した腕がミシミシと音を立て、右腕が粉砕する。腕のかけらさえ巻き上げて焔の勢いは更に増していった。
キラキラと鉱石のような欠片が宙を舞う。
気炎万丈、不撓不屈、勇住邁進。
昇り龍か如き紅焔は衰えを知らず、大きく激しく、何より強く、何より熱く燃え盛る。
「わしに燃やせんもんはない。」


独裁者か、暴君か、王か──……
その酷く傲慢で、何よりも強い信念の闘志は絶えず彼の中で燃えている。


■9/信念の決着

向かってくる触手が燃々焼の焔に触れた瞬間、ジュッと雪が溶けるように腕の形が崩れていく。
しかし触手達は痛みを感じないのか、お構いなしに次々腕を伸ばしてきた。
もうこうなってしまえば数の問題ではない。燃々焼は己すらも燃やす焔を十手に纏わせ、ギザつく炎の刃を生み出すと、目の前の腕を切り刻んでいく。
速さではあちらが上だろうが関係ない。それらはもう燃々焼の焔に触れることすら出来ていないのだから。
左腕だけで十手を自由に操りつつ、ツキナとの距離を詰めていく。
燃々焼の周囲を巡る焔が爆ぜ、触れるものを次々飲み込んでいった。
しまいじゃ」
そのわずか2撃後、十手を振るった後、ツキナの変形した両腕が肩口からすっぱりと切り落とされた。
地面に落ちるそれらはしばし痙攣しているかのようだったが、やがて動きを止める。
両腕を落とされたツキナはそのまま膝から崩れ落ち、座り込んでしまった。

「──ス、───、───」
ツキナは意識があるのかないのか、特定の単語だけを口からこぼしている。
そんなツキナの様子を上から見下ろしながら、燃々焼は十手を振るった。纏っていた焔は陽炎のように揺らめいて消えていく。
十手を鞘に収め、一度深く息を吸い込んだ。
「ワッパかける腕も のうなったな」
燃々焼の言葉に反応はない。ただ先程から同じ単語を繰り返している。
『コロス』と。
「ハッ」と燃々焼が声を上げて笑う。この強情は、嫌いではない。
「てめぇに やろごたっこっが あんなら、生きろ。曲げんで生きれ」

それだけ強い何かがあるんなら、どこからでだって這い上がってくるだろう。
その先でまた衝突するのならば、勝つ方が正しいのだ。
「わしに勝ったや、てめぇの正しさが正しかとじゃろ」
ふつりと、糸が切れたようにツキナの体が倒れた。
しばらく動くこともないだろう。それを見届けてから、燃々焼も膝から崩れ落ち、煤のにおいがする地面に倒れ伏した。
焼尽されたそこには、勝者と敗者だけが存在し、勝者に燃々焼 十焔の文字が刻み込まれるのだった。


■10/覚悟

「燃々焼さん!」「燃々焼!」
桐野と大鷹が同時に声を上げた。
2人が目にしたのは燃々焼が地面に倒れ伏す瞬間。
目の前の化け物に木端のゴーレムが組み付いた。
「2人共、行け!」
木端の声を合図に2人は燃々焼の元へと走る。辿り着いた先で倒れている燃々焼は酷い状況だった。
右腕は肘から下が粉々に欠けており、左手の指はいくつか足りない。それから、右目が特に酷い。周辺の火傷もそうだが、この様子なら眼球は破裂しているだろう。すぐにでも専門機関での治療が必要だ。
「大鷹、救急車」
「わかってる」
桐野は他に損傷箇所がないか、出血箇所がないかをざっと確認して、首筋に指を当てる。
……脈拍を感じた瞬間、ドッと疲れがその肩にのしかかった。緊張の糸が少し緩んでしまったのだろう。ふぅと一息ついて再度唇を結び直す。
その時だった。桐野の頬を何かが掠めていった。ぷつっと皮膚が切れて、血が溢れ出す。じくじくとした痛みが後から遅れてやってきた。
痛みを感じてようやく撃たれたのだと理解が及んだ。
「藍!!」
大鷹の顔がサッと青くなる。
「大丈夫、落ち着いて!」
銃を前方に構えた。射程は勝てていないが、と思っていたがあっさりと相手が姿を現してくれた。
「すみません、ライフルは弾切れでして」
白い神父服のような服装の男はそう言いながらにこやかにショットガンに弾を入れている。
「ツキナさんを返してください。それはまだ使えるので」
男──聖架輪 ひじりかわはショットガンを小脇に構えながら躊躇なく発砲した。
弾はでたらめな位置に着弾したが、当たればたまったものではない。
嫌な汗が頬伝う。
一か八か、桐野が引き金を引こうとした瞬間、聖架輪 ひじりかわの背後から人が飛び出し、彼に組み付いた。

「逃げてっ!」
「不寝喰さん!?」
身長差も性別の差もある不寝喰がそう長く押さえ込めるはずもない。
振りほどかれる度に、何度も聖架輪 ひじりかわへと突っ込んでいく。彼女らしくもない。
「早くっ!!」
ぐずぐずはしていられない。大鷹と桐野は倒れている被疑者の少女と燃々焼を抱えて移動する。せめて射程範囲外まで出ることができればいい。

「罪滅ぼしというやつでしょうか」
聖架輪 ひじりかわがグリップ部分で不寝喰の腹を殴打する。
「人助けがお好きなんですね」
「─ぐっ……
痛みに一瞬視界が白むが、唇を噛み締めて持ちこたえる。息をするたび勝手に呻きが口からまろび出てくるが、そんなもの気にしている余裕もない。
不寝喰は再度、聖架輪 ひじりかわへと手を伸ばす。
自分はもうどうなってもいい。今生きている人間を助けたい。
「アタシは、皆に、生きててほしいっ、から!」

「だから自分はどうなってもいいと?」
「アタシも、仲間の命を繋ぐもうアタシにはそんくらいしか、できないから、ネ」
貰った『生きて』のバトンを繋ごう。
アタシは存在するとマズイみたいだから。ひと様の命を脅かす。
長生きしてほしいと思っている仲間の命すら危なくしてしまう。
「あぁ、勿体無い。貴方は実に面白い検体なのに。そんな風に命を粗末にされますと、貴方が殺したであろうご両親が悲しみますよ。ふふふ」
「っ、」
「出来れば生きたまま開きたかったのですが
掴みかかってくる不寝喰の腹に蹴りを入れれば、軽い彼女はすぐに地面へと転がった。
「手を噛む実験動物は好きではないんです」
そんな彼女に向かって聖架輪 ひじりかわはにこやかに銃口を向けた。


■11/三人で

鈴丸は揉み合う不寝喰を視界に捉えていた。
周りの音はくぐもってよく聞こえない。ただぼんやりと目の前で不寝喰未環子が、必死に抗っている姿だけが見えている。
突然襟首を掴み上げられた。
「───ん、──さん」
……鳳条が何か言っている。
「──誓さん!!」
ビリっと名前が耳をつんざいた。鈴丸の瞳が動揺で揺れる。
敵と揉み合う不寝喰、自分を掴み上げてる鳳条、戦闘中のGRIMOIREメンバー。一気に視界の情報が正常に認識されていく。
「アタシは、皆に、生きててほしいっ、から!」
不寝喰の叫びが聞こえる。
救急車のサイレンが近づいてくる。
銃の発砲音がする。何度も、何度も。

「行きますよ。ほら、ダッシュ」
鳳条が鈴丸の背を強く押す。つんのめって、足がもつれるけど、鈴丸は自分の足で立って、駆け出す。
先では「アタシも、仲間の命を繋ぐもうアタシにはそんくらいしか、できないから、ネ」と不寝喰の苦しげな声が聞こえてくる。

あぁ──

あぁもう

全力で走る。間に合え、間に合え、間に合え──!!
手を伸ばすがこんな時に限って全然水が集まらない。どこまで出来損ないなんだ。
自分に腹が立つ!
必死に足を動かして、動かして、鈴丸は不寝喰へ銃口を向ける男に向かって真っ直ぐ突っ込んで……文字通り突っ込んでそのまま巻き込んで倒れ込んだ。



「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
急に突っ込んできた男──鈴丸が奇声を発する。
しかしそんな鈴丸の様子に動じる様子もなく、聖架輪 ひじりかわは己の上に陣取る男の顔をぶん殴った。
「す、鈴丸サン?!」
「馬鹿とか散々言われるし、勝手になんか肯定してきたり一緒に考えたいとか言ってくるし、でも選んでくれるんならもう殺されてもいいんじゃないかって思ったし、鳳条は急に名前呼ぶし、未環子もめちゃくちゃだし」
めちゃくちゃなのは鈴丸の発言の方なのだが、不寝喰は口を挟まずにいてやる。
「何なんだよ、あんだけ散々言ってて未環子死ぬ気なのかよ?! 3人で一緒に考えるって何だったんだよ!これからも一緒に居るって」
散々殴られた傷口が今頃になってどんどんと痛みを増していく。
でもそれよりも叫び出したい衝動に駆られた喉がカラカラに乾いていて、息を吸う度に痛い。
「もうみんなわけわかんねぇーーー!!!」

そう叫びながら、鈴丸が一番わからないのは自分自身だった。
何でこんなことを言って、何でこんなことをしているのだろう。ご自慢の異能力は、今まで価値を感じていた、比べていたそれはどこにいった。
ただ丸腰のまま銃持った相手に体当りしている。こんなの死ぬ。
鈴丸は聖架輪 ひじりかわの銃を持つ方の手に掴みかかる。続けて不寝喰も反対側の腕に掴みかかる。
全く、前線には立たせないでください。専門外ですよ」

鳳条が銃を構え、狙いを定める。
だが、2人がくっついた状態で、しかも暴れている相手を撃ち抜けるほど銃の腕はない。
揉み合っているうちに、鈴丸と不寝喰は2人がかりで聖架輪 ひじりかわを巻き込んで地面へと押し倒した。絶対に離さない。2人は男を抑え込む。
好都合だ。鳳条は団子状態になっている3人のそばまで寄ると、聖架輪の大腿部に銃を押し付ける。
「痛いのは我慢してください」
そう言うと右と左に一発ずつ容赦なく発砲。あまりの容赦のなさに鈴丸も不寝喰も思わず眉を寄せる。
それから聖架輪 ひじりかわの手にあるショットガンを回収すると、弾を回収したいのかしばし弄くりまわすのだが、最終的には空に向けて全弾発砲してしまった。
「雑……
思わず鈴丸の口から見たままの状況が端的に述べられる。
……貴方のお口の中に全弾ぶち込まれたかったんですか?」
鳳条はにこやかに手で作った銃の形を鈴丸へと向けた。


■12/顛末

救急車が到着したのはいいのだが、怪我人の数に対して台数が足りていない。
救急隊員が応援を要請している中、一目で重傷だとわかるツキナと燃々焼が優先的に運ばれることとなった。

「荒船くん、助かったよ」
「いえ」
いつの間にか合流していた荒船は化け物応戦組に加勢していた。
あまりの激戦だったせいなのか、木端のゴーレムも途中からほぼ機能しなくなり、美杜の方も同様に異能力がほぼ使えなくなっていた。
銃と肉体のみで応戦するにも限界がある。片足を折ってる丹所すら銃撃戦に参加し、かなり無理をさせた。
「誓が飛び込んだ辺りで、もう丹所くんも限界だったみたいでね」
気絶してしまい伸びている丹所の頭を木端が柔く撫でる。
「間に合ってよかっ!」
荒船がフラつく人影を抱きとめる。
青い顔した美杜はぐったりとしており、動かない。

「美杜くん
……。」
抱きとめた体が氷のように冷たい。またかなり無茶をしたのだろう。
荒船はその小さな体が少しでも温まればいいと抱きしめた。
……本当に、みんな生きててよかった」
木端は心底そう思った。緊張と不安で腹の奥がじくじく痛む。早く全員で顔を突き合わせて、無事だったのだと確認したいと、痛む腹を軽く押さえた。

「木端さん、どこか負傷を?」
大鷹が不安そうに覗き込んでくる。
「いや、大丈夫だ。緊張と緩和で体が追いついていないだけだ。大鷹くんこそ平気かい? 桐野くんは?」
「はい。桐野は先に付き添いで乗せました」
「そうか。……うん、大きな怪我がなくて何よりだ」
落ちている肩をポンポンと軽く叩き、木端は労いの言葉をかけるが、大鷹の表情は暗いままだ。
今の夜空と一緒だな、と木端は空を見上げ、分厚い雲の隙間から見える月の形はどんなだっただろうかとぼんやり考えた。



計画は失敗だ。
まぁまぁ満たされた人生だった。まだ気になるものもあるが、それでも他の人間よりはその知的好奇心を満たせる環境にあったのだろうと思う。
それはとても幸福なことだ。
人と生り得る最後のチャンスを失った子供たちと過ごす日々は、面白かった。
切って貼って繋げてバラして、何をしても許されていた。そう、赦されていたんだ『あの人』に。
『あの人』への恩返しのためにも……
「誰が捕まってやるか」
聖架輪 ひじりかわは懐からサイレンサー付きの小型拳銃を取り出し、
「仲良しごっこには付き合ってられないな」
頭に押しつけて、トリガーを引いた。
「ざまぁみろ」


■13/これからの話

「どうしましょうか」
「ノープランで話し始めるのやめてください」
「アタシは警察を辞めようかと」
「待って未環子、どこでどうなったらそうなっちゃうの」
「実はアタシ、異能力者だったらしくて」
「おや、そうだったんですか」
「かなーり危険ですよ?」
「誓さんの女癖の悪さとどっちが危険でしょうか」
「そんなのない!!」
「んもー、鈴丸サンってば」
「未環子、誤解だからね」
「はーい、でも不寝喰チャン、割りかし本当に危ないですよ」
「じゃあそれも議題に加えますか」
「議題?」
「これから3人で話していくことですよ」
「それは、どんどん増えちゃいそうですにゃ~」
………………。」

不安もわからないことも、まだ聞いていない話、知らない話。
それらは数え切れないほどあって、そのひとつひとつにたくさんの選択肢があって、人はみんな何かを選んで生きている。
起こってしまった過去の話、現在進行系で起こっていること、まだわからない未来の話。
話そうと思えばキリはない。話し相手は人生のその時々で違うのかもしれない。
それでも今この瞬間、この時は
この3人で一緒に話していくのだと、ただそう思えた。

帰ろう、3人で。これからの話をするために。




⚖第7話 沢山のエントラスト 了


【裏CS】傲慢

【裏CS/HO内容】暴食


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5963様 @5963_29

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※この物語はフィクションです。作中に登場する事象・思想・個人名・団体名などは全て架空のものであり、現実のものとは一切の関係がございません。フィクションとしてお楽しみください。


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