@akirenge
【ボウルタウンで朝食を 2】
その衝撃を、今も覚えている。
エステルのいたガラル地方はポケモンリーグが一大イベントとなっていた。ガラル地方はポケモンバトルが発展していて、一大興行と化している。
チャンピオンリーグはテレビで放映されているし、各町や市にはスタジアムがある。
「やっぱりよ。VIP席よりこっちの方がいいだろ」
年子の弟であるディートの後ろに隠れながら、エステルは前を歩いている彼を見上げた。
数日前のこと、ガラル粒子の研究をしている父親に会いに行ったらナックルシティで事故に会い、母親が大けがを負い、旅をしているポケモントレーナーの女性に助けられた。
父は現在、母についている。母はしばらく入院が必要だと言われた。その間、女性がエステルとディートの面倒を見てくれることになった。
その人がポケモンリーグの偉い人……メガネをかけた女性だった……と交渉をしてくれて、
姉弟はシュートスタジアムでこれから行われるポケモンバトルを見られるようになったのだ。
「あるけど、誰も使わないって言ってた」
「オレ様たちジムリーダーにも与えられはするんだが……」
ディートの声もたどたどしい。それはそうだろうとなってしまう。
弟が憧れているガラル地方最強のジムリーダーが案内をしてくれているのだ。キバナ、ドラゴンタイプの使い手である。
VIP席が空いているから使えとポケモンリーグの偉い人が案内をしてくれていたのだが、そこでキバナと会い、話していたらこっちがいいと言ってくれたのだ。
「キバナ君」
「まだ始まってないな。試合。この二人はエステルとディートっていう……」
キバナ君と声をかけたのは初老の男だ。彼のことも知っている。カブ。ジムチャレンジの登竜門を司るジムリーダーだ。
観客席にはテレビで見たジムリーダーたちがいた。かくとうタイプのジムリーダーであるサイトウ、ゴーストタイプのジムリーダーであるオニオン、
くさタイプのジムリーダーであるヤロー、あくタイプのジムリーダーであるキバナ、こおりタイプのジムリーダーであるメロンにいわタイプのジムリーダーであるマクワ、
サイトウとオニオン、メロンとマクワはそれぞれスタジアムを切り替えてジムリーダーをやっている。
「見るならこっちがいいわよ」
席を作ってくれたのはみずタイプのジムリーダーであるルリナだ。エステルとディートは見やすい位置に移動する。
「あの人は」
「試合は見てるだろうが裏方だ。まずはこれが無事に終わってくれないかしら、だと」
「これが終われば、こっちも動かないと。どちらが勝つか」
「そうですね。ネズさんはジムリーダー交代があるみたいですが、ダンデさんとユウリさんの決勝戦、楽しみです」
ネズが話す。あの人とはポケモンリーグ副理事長のことだ。ポケモンリーグは大変らしい。
「もしかしたら、チャンピオンが交代するかもしれないって……」
「これから、ダンデ君もユウリ君も全力を出すだろうね。――始まるよ」
もしかしたら、とオニオンが言う。
ダンデ。
ガラルポケモンリーグのチャンピオンにして、エステルとディートが物心ついた時からずっとチャンピオンだった男だ。
彼は圧倒的に強い。ディートの憧れているキバナだってダンデには勝てないのだ。
だが、もしかしたら今回は違うかもしれない。
カブが促す。
(ユウリ……)
三日前の騒動を沈静化した人物の一人、チャンピオンリーグを勝ち進んだ存在。彼女とダンデがスタジアムの真ん中で向かい合う。
ポケモンバトルが始まって。
「凄い……」
「……うん」
エステルとディートは、繰り広げられるポケモンバトルに圧巻され、見とれた。
コルサの家の冷蔵庫には何もなかった。
まずはスーパーでコルサと買い物をすることにした。何日かは世話になるのだ。エステルは家事は一通りこなせるため、やれることはする。
「ジムチャレンジ。何日ぐらい休んで」
「やる気になるまでは休む」
――いつ?
となってしまう。エステルはボウルタウンのスーパーで籠を入れたカートを押していた。アカデミーの制服は目立つので服をかえた。
着替えとして持ち歩いていたシャツと長ズボンだ。シャツはボウルタウンで売られていた風車の柄が入ったTシャツである。
前にガラル地方から持ってきた『ガラルとイッシュ交流記念』と書かれたマッギョとガラルマッギョとオタマロとガマガルとガマゲロゲが
プリントされたTシャツは着替えたときに側にいたディートがエステルそれはどうかと想うよで没収された。
個性のあるシャツだとは思うのだが。
コルサが全額出してくれるというが、エステルとしては出来る限り安いものは買いたかったし、メインのメニューはカレーにするつもりだった。
カレーは好きだ。三日はカレーで行ける。弟はそうではないけれども。
ジャガイモやニンジンや玉ねぎをスーパーの籠に入れて、カレールーも入れる。
「休んでリーグに何か言われたりは」
「ナンジャモのところが休みでワタシも休む。そうであっても他のところに行くだろう」
「……ハッコウジム……」
「ジムテストはジムリーダーが好きに……そこそこに好きに決められるがあのジムテストはどうなんだと苦情が来たらしい」
好きに……からそこそこが着いたのは余りにもひどいテストだとポケモンリーグから苦情が来るのだろうなとはなる。
ポケモンリーグは元々、ポケモンバトルの腕前を鍛えるための施設だ。
「人を探すのに、苦情?」
「生配信の方だ。出たくない奴もいるからな。それで出たくないからジムが受けられないんだがと」
エステルが好きなスナック菓子、厚切りにされて黒コショウが振ってあるポテトチップスを手に取ろうとして遠慮しておくことにしたがコルサが入れた。
ハッコウジムのジムリーダー、ナンジャモは動画配信者だ。ナンジャモの番組を盛り上げるというのがジムテストの内容であるが、その配信は生配信される。
見ようとすれば世界中から見られるのだ。
「私のは、配信停止になったって」
「啖呵を切ったのだ。配信停止とは勿体ない」
なった、というよりもしたの方が正しいだろう。動画の内容はナンジャモのポケモンをエステルがポケモンバトルで淡々と倒していったものだ。
「日用雑貨で必要なものは」
「……なにかあったか?」
「聞かないでください」
ついでだから日用品も買っておこうとしたのだが当のコルサが覚えていなかった。チェックしておこうとはなる。
「家事をこなすな」
「やれると便利だと教わりました」
幼少期からエステルも、ディートも家事の手伝いをしていたが、母が入院している間に世話になった者たちから様々なことを教わった。家事もその一つだ。
スーパー内のパン売り場で焼きたてのピザが売られていたのでコルサがホールを二つ分買う。昼食はこれでいいだろうと言われ、エステルは頷く。
買い物を終えてマスカーニャを出して袋をもってもらう。
「午後からはキサマをモデルに作品を作るか。チュリネの作品を」
「私、チュリネ……?」
「チュリネだ」
顔の白い、黄緑を基調とした頭のてっぺんに緑の葉がはえているポケモン、チュリネ。
コルサはエステルをチュリネに例えた。コルサとのジムバトルで最初に出てきたねむりごなを使ってきたのでヒノヤコマによけてもらって急いで倒した。
(クマデみたいな作品を作ったりしていたような)
ボウルタウンにはコルサの作品がいくつもある。その中に『収穫』があるのだが、まっすぐに伸びた棒に丸いわっかがついていて棒には枝のように
緑や青が伸びている。エステルの印章はクマデだった。ホウエン地方やカントー地方などに伝わる縁起物で正月に飾る。
カブの家で見たことがあった。ちなみにエステルはカブにも世話になっている。
「ポケモンをよく育てているな」
「ありがとうございます」
コルサに褒められた。エステルは礼を言う。ポケモンを育てるというのは難しい人には難しいらしい。マスカーニャは誇らしげに胸を張っていた。
『お昼ご飯はピザを食べました。夕ご飯はカレーにします』
「最低でも二日はカレーを続ける気だね。エステル」
カラフシティにてスマホロトムの画面を眺め、エステルの年子の弟であるディートはため息をついた。エステルはカレーが好きである。
ディートもカレーは嫌いではないが三日は続けられると飽きてしまう。返信に二日ぐらいにしておくんだよとは書いておいた。
会話アプリはスマホロトムに入れている。カラフシティのベンチに座りながらディートは休んでいた。
伸びをするとミライドンが身体を摺り寄せる。買ってきたサンドウィッチを与えた。パルデアのサンドウィッチはバケットに各種具材を挟む。
ディートとしては食パンに挟んだサンドウィッチも好きだ。ガラル地方にいたころは良く食べた。
「コルサさんがいてくれたから良かったけれど……」
姉のことが心配だが、ディートは姉からは離れている。エステルは現ガラルチャンピオンユウリに追いつくと宣言したのだ。
そこにたどり着くといった。チャンピオンたちがいる場所に。
ポケモンバトルが好きではないエステルがだ。この好きではないの理由をディートはきちんと知っているが、そっとしておいた。
ディートは一度たりともポケモンバトルでエステルに勝ったことはない。才能ではエステルの方が上だ。
上なのだが、才能があるからと言って、上にたどり着けるとは限らない。とはいえ姉ならばチャンピオンになれるだろうとは確信があるし、
ディートもチャンピオンにはなる。なってみせるとは想っている。
そのために必要なのはジムバッジでディートは三つ持っているが四つ目はチャンプルタウンのものにするつもりだった。
ハッコウシティのジムは今休みだし、仮に開いていたとしてもディートもディートで怒りながらナンジャモを倒す気がする。
寮の部屋や家に引きこもらないだけ、課外授業を続ける気はあるし、なくす姉ではない。
必要な授業の単位はとっているし、スマホロトムもエステルはごく一部以外はシャットダウンしている。連絡はそう貰うものではない。
何かあればディートの方にかかってくる。ので、ネモは大変申し訳ないがディートもきっていた。
自分たちについて話すのは好きではないのだ。
スター団のアジトをつぶすのもペパーの手伝いもエステルと合流してからだ。
コルサについては前よりも慣れてきたと書いてあった。慣れてきたならば対応は出来るだろう。
ディートは自分の分のサンドウィッチを食べようとしたのだが、なくなっていた。
「ミライドン……」
ミライドンが食べてしまったらしい。ミライドンは落ち込んでいる。ディートは食事をどうするかと考えていたら、
「お前さん。ディートかい」
「貴方は」
知り合いに声を掛けられた。
ジムリーダーの仕事は創作の意欲が尽きるまで休むと通達したら受理された。彼の自宅兼アトリエでエステルと共にピザを食べてから彫刻を作ることにする。
アトリエの一室にエステルを連れてきた。
「カービングで作るか」
「……かーびんぐ?」
「立体彫刻にはいくつか作り方があるがカービングは大理石や木を彫って作る」
エステルが問い返した。
コルサはモンスターボールを取り出すと開閉スイッチを次々と押していき、ポケモンを出す。出したのはドレディア、オリーヴァ、キノガッサ、アマージョ、ウソッキーだ。
「本気ポケモン」
「ジム戦ではほぼ出さないポケモンだ」
ほぼとついたのは出す機会がもしかしたらあるかもしれない。コルサの鍛えたくさタイプのポケモンたちだ。コルサはジム戦の時は挑戦者のポケモンに合わせて
力加減をする。ウソッキーが入っているのはテラスタルでくさタイプに変化させて切り札として使うためだ。他の地方ならば全てくさポケモンで統一するだろうが、
パルデア地方ではテラスタルがあるため、ジムリーダーたちは一名を除き、違うタイプのポケモンを自分の専門タイプにする。
エステルの目が輝いていた。
「ドレディア可愛い。キノガッサは強い。オリーヴァ……アレはクマデじゃなかったんだ」
「クマデとは何だ」
「気にしないでください」
クマデ……? となるが、エステルはコルサから視線を外した。オリーヴァに触れている。エステルはポケモンと触れ合っているときはとても楽しそうだ。
「ポケモンは好きなのだな」
「好きですよ」
「ポケモンバトルは好きではないというが」
「……嫌いではないですが、大好きかというとそうでもないです。乗り気になったら戦いますけど」
乗り気になるということはそうないのだろうとはなる。コルサはカービングのための木を別の部屋から持ってきた。
ポケモンバトルが大好きなものと言えば真っ先に浮かぶのはチャンピオンクラスの一人であるネモだろうとなる。奴はまた余裕で勝利した。
「ネモとは」
「……ディートに押し付……任せました」
ああいうタイプは苦手であるようだ。
「やる気になる相手が苦手ということか」
「平気な人は、平気です」
「モデルをしていろ」
「夕飯は作りたいので。それまではやります」
コルサは椅子に座る。エステルがモデル……? となっていたので、ポケモンたちと遊んでいろと言っておいた。
「このドレディアはワタシが口説いて手持ちにしたのだ!」
「やっぱり変わっていますね」
「キサマ、やっぱりと断言したな」
「しますよ」
エステルは相手に対しては怯えているようでも言うべきことは告げる。
ドレディアを羨ましそうに見ていたので教えたら変わっていると返された。
『カレーが消えました。暫く食べるつもりだったのに』
パルデア・ポケモンリーグの一室にて、スマホロトムに来たメールをチェックしていたのは外見が二十代前半の女性だった。
メールにはコルサのところで世話になっていること、モデルをやってみたこと、夕ご飯にカレーを作ったらコルサのポケモンや
エステルのポケモンたちも食べてコルサとエステルも食べたら鍋が空になってしまったことが書かれていた。
「セリスさん。仕事の方は」
「終わっている。パルデア・ポケモンリーグ、人手不足すぎないか」
「あなたが来てマシになりました」
「人手がいないんだな」
ええ、と言われる。彼女の名はセリス。一年と半年前にガラル地方のナックルシティにてエステルとディート、二人の母親を助けた者だ。
パルデア地方が故郷であり、そろそろ久しぶりに帰ろうとしていたら二人の母親にアカデミーに関する相談を受けた。
アカデミーはこの世界有数の学校だ。沢山のことを学ぶならいいだろうと話したら、アカデミーに通わせることを母親は決めた。
エステルとディートにとっては姉のようなものだ。
現在は帰郷したらアカデミーの国語教員をやることになったりさらにはリーグで働くことにもなってしまっていた。
セリスに話しかけたのはアオキだ。アオキはチャンプルタウンのジムリーダーであり、ポケモンリーグの営業部所属でありさらにもう一つやっていることがあり、
非常に多忙だ。
「ノー残業デーですので帰りましょう。食事はどうしますか」
「カレーにするかな。エステルがカレーを作ったら完食されたらしくて落ち込んでいた」
「落ち込むものですか」
「何日かカレーを食べるからな」
カレーは便利である。作って保存をきちんとすれば数日はもつ。二人の母親が入院していたころはセリスが二人の面倒を見ていたが、良くカレーは出していた。
特にエステルはカレーが大好きだ。スマホロトムがメールの着信を知らせる。ガラル地方からだ。
「ガラルポケモンリーグが手を貸してくれるとは」
「エステルの宣言を見た者がいるし、ジムリーダー達も二人を可愛がってくれた」
メールの内容を読んでいく。
「内容は」
「ナンジャモの信者に注意を……」
「コルサさんのところにいれば安全です。カレーにしましょう。いい店を知っています」
「連れて行ってもらおうか」
食事を優先したが、エステルに関してはコルサに任せておくことにした。こちらも動いている。動いてはいるが、休みは必要なのだ。
そのころ、ボウルタウンのエステルとコルサは、
「カレーは美味かったぞ」
「朝ご飯用のカレーもない……」
「朝のことは朝に考えるか」
前よりは打ち解けていた。
【続く】