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おれはローの恋人になりたい

全体公開 4 41 7236文字
2023-01-12 22:01:16

勘違いをきっかけに恋心を自覚したコラさんと、コラさんに幸せになってほしいローによる記憶あり転生現パロラブコメの最終話です。前半はこれ(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19041664)。

 雪の降る夜だった。
 バイトを終え、家に帰る途中で寄ったコンビニで、ラミが好きそうなアイスがあったと連絡したらすぐさま「買ってきて」と頼まれた。期間限定のアイスを全種類、買うつもりはなかったが自分のアイスもカゴに入れて、こんな寒い日にこれを食うのかと店員に冷ややかな視線を向けられながら店を後にする。
 あの日、——珀鉛病が発症する直前にラミが食べていたのはアイスだったから、出先で見かけるたびに買う癖ができちまった。季節天候にかまわず土産として買って帰るおれに「買う前は必ず連絡して!」と幼い頃に言われた言いつけを、おれはいまでも守ってる。まァ、断られたことなんてないわけだが。
 父様と母様、そしてラミに前世の記憶はない。あんな残酷な記憶なんて、覚えていない方が幸せに決まっているから、おれはそれを口にしたことはなかった。これまでの人生、同じ記憶をもった人間が現れることもなく、おれはこの争いのない平和な世界で、父様の跡を継ぐべく医者を志している。
 ベポもペンギンもシャチも、ヴォルフもこの世界にはいない。この世界のどこかにあいつらがいるかもしれないなんて期待は、歳を重ねるにつれて少しずつ消えていった。
 だからバイト先から家まで、となり町の最寄り駅へと続く橋で、金髪の大男とすれ違ったときもなんとも思わなかったんだ。
「ロー?」
 知っている、声だった。
 知らないはずがない、忘れるはずがない声だ。音が振動として鼓膜を震わせただけなのに、頭の頂点から爪先まで雷が駆け抜けたような衝撃があった。
 その人は、この世のすべてに絶望して、生きる意味をなくしたおれに愛を与えてくれた男だった。
 おれは、この人が大好きだった。
 性格を言語化して並べられ、この人を愛せるかと問われたものなら、おれは迷うことなく首を縦に振る。いまもむかしも変わることなく、おれはその人を心の底から愛していた。会えるものなら会いたかった。ずっと礼が言いたかった。まるで蜘蛛の糸に絡めとられたかのように、心臓がずっとその人にとらわれている。
「コラさん」
 そこに立っていたのは、おれの命の恩人、ドンキホーテ・ロシナンテだった。


 自分に前世の記憶があることは、幼い頃から知っていた。そしてそれはドフィも同じで、互いに自分の意思で言葉を操れる歳になってすぐに記憶の擦り合わせをした。前世のこと、おれがファミリーを裏切っていたことは、記憶が残っていない父上と母上を想い、不問にするとおれらの間で結論を出した。
 だが、どれだけ問うてもドフィは、前世でおれが死んでからその後世界がどうなったかを、頑なに話さなかった。——いや、世界情勢じゃない。そんなことはむしろどうだってよくて、おれが知りたかったのはローのことだった。スワロー島でおれと別れてから、その後ローがどんな人生を送ったのか。珀鉛病は治ったのか、医者にはなれたのか、自分の意思で未来を歩めたのかを、おれが何よりも知りたがったから、ドフィは口を割らなかったんだ。
 けれど、この世界のどこかにローがいるかもしれない。そんな期待は、歳をとるにつれて消えていった。なぜならおれは、父上と母上、そしてドフィ以外の前世の知り合いに会ったことがなかったからだ。この世界にはドフィの真の凶暴性を知るトレーボルもディアマンテも、ヴェルゴもいない。だが学生のときに起業し世界中を飛び回り始めたドフィが、年数回の帰省でやたらと上機嫌だったときがあって、いま思えばあのときにあいつらと再会したんだなと分かる。
 だからおれが初めて再会した、前世の知り合いはローだった。そしてローもおれが初めて再会した前世での知り合いだという。そんな偶然があるのかと思ったが、そんな奇跡とも呼べる再会が、この世界のおれたちの仲を取り持ってくれたんだ。
「それで? あんたはそのあと追いかけるなり何かしたの?」
「何もしてないです……
 おれが俯きながら答えると、ベルメールは深い溜め息を吐いた。そしてその光景を傍で見ているナミちゃんとノジコちゃんも、まったく同じような反応をしている。
 『ナミがあんたに話したいことがあるんだって』。それが久しぶりにベルメールから送られてきたメッセージだった。前世の記憶があるおれとナミちゃんの共通の話題といえば、ローのことしかない。だから「話したいこと」がローのことなのはすぐに分かって、おれはその日のうちに約束を取りつけた。今日がその二日後だ。
 そしておれは今、ベルメールの家で女子三人に囲まれてお説教を受けている。
「トラ男君もトラ男君だけど……。ったく、前世から何も変わってないのね」
……
「そんな面倒くさい男、すぐに追いかけないのはまずいわよ」
「はい……
「なんでさっきから敬語なの?」
 眉間に皺を寄せたノジコちゃんが紅茶を啜りながら問う。この空間じゃおれの立場はあまりにも弱いし、おそらくそれが覆ることはない。覆す気なんて毛頭ないが。
 ナミちゃんの話をまとめるとこうだ。二週間ほど前、タトゥーショップで偶然ローと会ったナミちゃんはそこで、ローが前世と同じタトゥーを間もなく入れ終わることを知ったという。そしてそれをおれに見せたのかと問えば「見せてないし見せるつもりもない」と答えたらしい。やたらと含みのある言い方や、そのときの神妙な顔といい、これはろくなことを考えていないと悟ったナミちゃんは、こうしておれとの情報交換の場を設けたわけだ。
 おれは正直に話した。突然家を訪れたローが、これまで一度もしたことがなかった恋愛の話、それも恋人の有無を聞いてきたこと。答える間もなく「おれがいるから作れねェのか」と問うて、自分にはそんな話をする価値もないんだと話を進め出したこと。自分の存在がおれの未来を邪魔してると思い込んでいるローが、もう会わないと言ってその場を去ったこと。そしておれはそんなローの後を追えなかったこと。包み隠さず全て話せば、待っていたのは罵詈雑言の嵐で、おれはただただその通りだと頷くことしかできなかった。
「で、あんたはどうするつもりなの? 正直、関係ないって突き放したいところだけど、数少ない同期がこんなしょげた顔してるのなんて見たくないし、話ぐらいは聞いたげる」
 吸いさしの煙草の火を消したベルメールが、仕方ないとでも言ったようにおれと向き合う。ナミちゃんとノジコちゃんを育てるために、学校を卒業して間もなく前線から退くことを選んだベルメールだが、こういった隠しきれない優しさと直面するたびにこいつも警官で、前世ではおれと同じ海兵だったのだと実感する。
 あれから思い出すのはいつだって、おれの未来を邪魔していると言って家から出て行ったローの背中と、ひとりで抱え込ませちまったおれ自身への憤りだ。
「どうするも何も、謝りてェよ。だけどローに合わせる顔が、」
「バカ!」
 瞬間、おれの右頬めがけて飛んできた平手、じゃねェ思いっきりグーだ! ベルメールの拳を避けることができなかったおれは、目の前に置かれたティーカップを引っくり返す勢いで床へと倒れ込んだ。
「合わせる顔がないから何!? そうやっていつかいつかって、争いも何もないこの世界に、いつまでも甘えてるからこんなことになってるんでしょうが!」
 ベルメールさん、とナミちゃんが呟く声がする。なんだか頭がボーッとして、もしやと思って鼻の下を拭うと真っ赤な血がべっとりとついていた。たぶん鼻の骨が軽く逝った。けれどもベルメールはそんなおれに構わず胸ぐらを掴んでくる。
「あんたも私も、前世じゃ自分の大切な子たちとずっと一緒にいれなかった! あの時の人生に悔いも後悔もないけど……でもやっぱり、一緒にいたかったに決まってるでしょ!?」
 ベルメールのその言葉に、いつかローに言った言葉を思い出した。二人で世界中を旅しようって、おれから言ったんだ。オペオペの実を盗んで、口にしたからにはおれたちは世界を敵に回したも同然で、でもおれはローがいるなら大丈夫だって思ったし、それ以前に、あのときは病気が治ったローとこれからずっと一緒にいれるんだって、心から思ってたから。なのにおれがあいつにしてやれたことといったら、何もない。三年後に死ぬって「運命」に勝ってオペオペの実を手に入れられたのも、ドフィから逃げられたのも、あいつが「生かされていた」からで、そのどれもおれがしてやれたことじゃない。
 だけどローは、この世界で再会したおれに「ずっと礼が言いたかった」って言ってくれたんだ。
「言いたいこともしてあげたいこともたくさんあった! だから私は、またこの子達の母親になれたこの人生で、絶対に悔いのないようにしようって思ってるのに、あんたときたら……!」
「ベルメール」
 胸ぐらを掴んだ手は怒りのあまりわなわなと震えていて、だけど今にもおれの襟から離れてしまいそうな脆さがある。おれはそっとその手に自分の手を重ねると、ようやくベルメールと正面から向き合った。
「分かってる、全部」
 おれがそう言うとやっぱりまた拳が飛んできて、だけどその拳は、おれの顔を殴る寸前でぴたりと止まった。襟を掴んでいた手は次第に力が抜けていって、ベルメールはそれから、自分の顔を覆うようにその場に座り込む。ナミちゃんとノジコちゃんがそっと傍に寄り添って、同時に血塗れになったおれを前に一体どっちを見ればいいのか分からないといったような顔をしていた。
「ごめん、私がカッとなりすぎた」
「あァ」
「分かってるならさァ、行きなさいよ。早く」
「そうだな」
「あっ! ロシナンテさん、待って!」
 椅子にかけていたコートを手にとったおれをナミちゃんが呼び止める。
「これから雪が降る、というかもう降ってる! この気圧の感じだと、今日はもう止まないと思う。電車が動いてるかも分からない」
「えっ」
 前世では海賊王が率いる一味の航海士だったというナミちゃんの天気予報が外れたことはない。慌ててカーテンを開けた先の景色は、銀世界とまではいかないものの、薄らと雪が積り始めている。携帯で運行情報を見れば、ナミちゃんの言う通り最寄りの電車も止まっていた。
「ロシナンテさん、泊まったら? この惨状と、床で寝るのが大丈夫なら」
 窓の前で立ち尽くしているおれの顔を、ノジコちゃんが覗き込む。けれどこのときのおれは、この後の自分の予定なんて微塵も考えていなかった。
「いや、帰る」
「えっ、冗談でしょ!? もっと降り強くなるよ!?」
「タクシーで帰る気? お金足りんの?」
「それは……大丈夫だ、たぶん。いざとなったら歩いて帰る」
 早々に身支度を整えて玄関で靴を履くおれを、壁に寄りかかって眺めているベルメールは、おそらくおれが何を考えているのか分かってる。危ないからやめろと心配してくれる娘二人に対して、引き止める様子もない。
「それじゃ、紅茶とティーカップのお金はあとで請求するから」
「う、面目ねェ……
 恨めしそうな顔で詰め寄るベルメールを、おれはまともに見つめ返せなかった。傷心気味のおれを気遣ってか、ベルメールが出してくれた紅茶は立ちのぼる香りからして高級なやつだったんだろうが、ローのことで頭がいっぱいで上の空になって、正直味は全然わからなかった。あそこまで怒らせたおれが悪いのは百も承知だが、想定外の家計への打撃に思わず顔を顰めちまう。
「あぁでも、」
「ん?」
「今度ここに彼を連れてきてくれるんだったら、チャラにしてもいいわ。もちろん、仲直りしたうえでね」
 女手ひとつで子どもふたり育てるのは辛いこともあった、と二人きりのときだけ零すことがあるベルメールは、そのためか多少金に執着を感じるところもあるが、やはりこういうところが憎めなくて、それが今でも交流が続いている由縁だと思う。「それだとおれが金目当てみてェだろ」と呟くと、軽口叩く余裕があるなら早く行けと喝を入れられたから、おれは早々にベルメールの家を後にした。
 それからおれはある場所へと迷わず向かう。すれ違う人がおれを見るなり嘘だろって顔で二度見してくるから、たぶん今のおれの顔はベルメールに殴られた痕でひでェことになっていて、これじゃますますあの日、——スワロー島でローと別れたときみてェだって思った。あの日も雪が降っていた。だからローは、再会したときにおれの顔を見るなりわんわん泣いたのかもしれないと思うと、おれはつくづくあいつを傷つけてばかりだって自分で自分が嫌になる。
 だけどローは、そんなおれがこの世界で幸せになることを願ってくれた。おれはそれに礼すら言えずに、挙句の果てに謝罪の機会すら求めていた。合わせる顔がないってのは本当だが、一番は、ローに嫌われたかもしれないと思うと怖くて仕方なくて、自分でまねいた現実と直面する勇気すらなかったんだ。
「ロー!」
 そしておれは、ようやく辿り着いた、この世界でローと再会した場所にめがけて名前を叫んだ。
 突然名前を呼ばれたことに驚いたのか、それともおれだと分かったから驚いたのか。そんなことは本人にしか分からねェけど、ローは弾かれたように振り返る。
……コラさん」
 ローの表情が驚愕に揺れる。唇がわなないて、薄墨色のひとみが大きく見開かれた。
「よかった、ここにいると思ったんだ」
 頬が熱い。曖昧になる視界を拒むように目元を拭う。すると、視界を遮る原因のひとつであった雪が突如止んだ。正確には、おれの頭上に降る雪が。そこでおれはようやくローが手に持った傘を差し出してくれてるんだって気づく。
「ありがとな」
「なんで、」
「ん?」
 ローの声は震えていた。声が詰まって、それから噛み締めた唇にはじわりと血が滲んでいた。
……あんたは、おれを見つけるのが上手いな」
 そう言ってローはすぐに俯いちまったから、それが一体どういう意味が込められたものなのか分からなかった。だけどあの日、おれたちが再会した日を指しているのは分かる。あの日も雪が降っていた。突然の雪だったから、お互い傘も差さずに肩に雪を積らせて歩いていたところを偶然すれ違った。おれの記憶にあるローは十三歳の姿で止まっていて、こうして正面で捉えると珀鉛病を患っていた頃とは全然違うってのに、おれは何故かあのときすれ違った男がローだと確信したんだ。
「お前がどんな姿になっても、見つけられる自信があるぜ。たとえば、全身タトゥーだらけになってもな」
 おれはローに詰め寄った。それから、もうすっかり肌に馴染んでいる「DEATH」と刻まれた指を、今度は痛くないようにそっと握る。
「あ、」
「前世も同じのが入ってたって、お前の意思で入れたんだよな? よく似合ってる」
「こらさ、」
「悪かった。お前にあんなことを言わせちまったのは、おれがこの平和な世界に、いつまでも甘えてたからだ」
 な、と小さく息を呑む音がした。
「成長して、いずれ医者になるお前の傍に、この世界ならずっといれると思うと嬉しくて、今まで何も言わなかった。……でも違うよな。言わなくていい言葉なんて、どの世界にだってあるはずねェんだ」
 この言葉を伝えたら、今にも泣き出しそうな顔をしてるお前を笑顔にできんのかな。普段は気難しそうな顔してるけど実は表情豊かで、年相応に笑う顔が好きだった。ずっと笑っていてほしい。お前が苦しそうな顔をしているところはもう見たくない。
「ローが好きだ。愛してる。だから、おれをローの恋人にしてくれ」
 おれがそう言うとローは目を大きく見開いて、黙り込んだ。そしてしばらくしてひとみから大粒の涙をぼろぼろとこぼす。
 やばい、泣かせた。泣くぐらい嫌だったのかと思ったけど、まだローの口からは何も聞いてない。握った手は振り払われていないから、ローから全部聞くまではそのままでいる。
「コラさん」
 俯いた拍子に、涙がぼろぼろとこぼれていく。
「おれはずっと、あんたに幸せになってほしかった。ガキ一人のために全部敵に回して、命かけてくれるようなあんただから、争いのないこの世界で、今度こそ生きて幸せになってほしかったんだ」
「あぁ」
「だけどおれは、自分がどうなりたいのかを考えてなかった。あんたの傍にいれりゃいいって、それ以上を考えたことがなかった」
……あぁ」
「もしもあんたが思う幸せが、おれの幸せだったとしたら、おれは、」
「うん」
「おれはコラさんの恋人になりたい」
 もはや言い終わるよりも先に、おれはローを抱き締めていた。それを返事だと受け取ったのか、手に持っていた傘すらも手放して、おれの肩口に顔を埋めて抱き返すなりローは「ごめん」と「悪かった」を何度も繰り返す。最初から怒ってないって言おうにも、気づいたらおれもローを抱いたままバカみてェに泣いてたからそれどころじゃなかった。


 ——ちなみに。
 この日から程なくして、いつからおれのことが好きだったんだって、面倒くさい酔い方をしたローに聞かれるわけだが、酔って覚えてねェだろうと思ったおれは「とつぜん付き合いが悪くなって、久々に連絡が来たかと思えば紹介したい奴がいるって言われたとき」だってのと「実際存在しなかった架空の恋人に嫉妬してたときがあった」ってことを明かして、結果一言一句覚えていたローにかなりの赤っ恥をかくことになる。だけど、そんな未来も受け入れたいと思うのは、ローがおれの傍にいるからだ。
 ローはなかなか前世のことを話したがらないから、知らないことは山ほどあるし、してやりたいことも増えていくばかりだ。だから、——どうか、これからも。
 ローと共に生きる未来を、おれは望まずにはいられない。


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