翼を持つ少女の精神的身投げの話。ミハヤは同級生の少女に「お前の羽根が欲しい」と言われ、拒絶する。私の羽根は飾りじゃない――。
2023.1.15文学フリマ京都にて販売する『君は夜に似てわずか』収録作品の冒頭部分試し読みです。
@IHATOV1933
お前の羽根が欲しいと言われた。ふざけているのかと思う。
「本気で言ってる?」
真剣でも冗談でも不快だけれど。
私は両翼を一度、大きく広げる。教室の窓から射しこむ陽が遮られて暗くなる。外は嫌になるほどの秋晴れだ。視界の端を青灰色の羽が掠め、わずか数秒の寿命しか持たない哀れな風もどきが生まれた。そよ風に翻弄される野花のように、私と彼女のプリーツスカートがゆれる。
風切羽が減ったら、飛べなくなるじゃないか。そんなの御免だ。
私は学院の他の娘たちとは違う。翼だって大きいし目つきも悪い。歌だって上手くない。そして何より、私は飛ぶ。
私の羽は飾りじゃない。一本だって要らないものはない。だから、彼女の誘いを断ったのは当然の結論だった。
「悪いけど私、飛ぶから」
小石を蹴っ飛ばすように言う。悪いとは全く思ってない。
「ああ、知ってる」
同級生、雨宮ヒカリは大して悔しそうでもない。猫目が三日月型に鋭く細まる。なにがうれしいのか、薄気味悪くにやにやにやにや、と。恐ろしい目に遭わせてやりたくなる。必要以上に音をたてて翼をたたむ。
彼女の背中には私と違って翼がない。セーラーカラーの下に翼のための切りこみもない。だから、想像力が欠如しているのだろうか。知っているなら頼むなよ。
相手をするのをやめて背をむけた。
***
「瀬尾さん。毎日、飛んじゃ駄目だよ。体にも負担になるし、何かあったら取り返しがつかないんだからね。体重も。あれから増えてる? ちゃんと食べてる? 素人がやることじゃないの。ちゃんとした人が、ちゃんと勉強してやることなの。帰りも遅いでしょ。おうちの人も心配してるんじゃない?」
いつも保健の先生は、ためらいがちにしゃべる。腹の前で組まれた指が力んでいるのが簡単にわかった。
理論上、飛べるとされる猛禽種は、学院では私しかいない。街ではふたり。私とアタカだけ。だから、こんなふうに腫れ物じみた扱いを受ける。
帰りのホームルームが終わったあと、東西にのびる三階の渡り廊下で捕まった。保健室が遠いからって油断していた自分に腹が立つ。飛行練習のために急いでいるのに、長々と話されてしまう。不満が泡のように浮かぶ。こんなところで、おっぱじめないで欲しい。嫌味かよ。あんなのは飛べているとは言わない。
真の意味で飛ぶことができるのは、一握りの厳しい訓練を積んだ者だけ。翼が風を掴み損ね、為す術なく無様に空から引き剥がされていく感覚がよみがえる。下へ、下へ。
足を踏みにじるように動かせば、床が死にかけの生き物みたいにきゅっと鳴いた。履きつぶしたスニーカーが薄汚れている。
「毎日やらないといけないんです。日があけばあくほどわからなくなるんです」
切りたった岸壁すれすれにいると思える焦燥感。先生ごしに遠くで輝く海が見える。はやく、海に行きたいのに。
「飛び方?」
先生の尋ねているくせに自分が正しいと確信している顔に、自分が閉じていくのを感じる。
「いいえ、」もっと、みんなが普通にしていることです。私が私であることです。
言わない。でも、私は言わせて欲しいとも感じているらしい。でなければ、頭のなかで唱えたりしない。よく他人にすべてを伝える想像だけして、心に生じた引っかかりをならしている。こうして私は自分を慰めているのかもしれない。
「最近は日が落ちるのもはやくなってきてるから、本当に気をつけてね。海に落ちたら、本当に命に関わるんだからね」
「はい、わかってます」
危険があるのはわかってる。それでも飛ぶと私は決めている。
「本当にわかってる?」
「はい」
「そう。本当に、気をつけてね」
先生は憂鬱そうな顔で『本当』を繰り返す。誰かになにか言われているのかもしれない。
「もういいよ。気をつけて帰ってね。さようなら」
なにがもういいのか聞いたら、この人は答えられんのかな。あなたがわかってもらうのを諦めただけではないですか。通学鞄を握り直す。握りっぱなしだったから、少し痛い。
(to be continued…)