大丈夫じゃないお兄さんとアンドロイドが、俺たちの明日はどっちだと彷徨う夜散歩。2023.1.15文学フリマ京都にて販売する『君は夜に似てわずか』収録作品の冒頭部分試し読みです。
@IHATOV1933
オニイサン、大丈夫? とお前に聞かれて、もっと大丈夫じゃなくなったわ。顔を覆っていた両手をのけると、見るからに柄が悪そうな知らない男がいた。脱色した髪にピアス、派手なTシャツの胸元に引っかけられた遮光グラス。にっこり笑顔だが、目つきが蛇っぽくてジリジリとにじり寄られている気分になる。
じっとり。自分をふくむ空気が重く、湿る、感じがする。なんでだ。そうか。梅雨、始まるんだっけ。雨、傘。ぐっと膨らむ嫌悪感。傘にまつわる嫌なことを思い出した。止まらない負の連想ゲーム。
ただでさえ気が狂いそうだったのに、不安要素がさらに増えて俺は喚きだしたくなる。そうだ。全部俺のせいだ。どうしてそんなこというの。許して。ごめんなさいごめんなさい。
***
深夜、ひとりで家にいると無音で、クーラーは効きすぎで、気が狂いそうになった。ワッと湧きあがった根拠のない不安が俺を取り囲んでダンス。ワルツのテンポで責めたてられる。一、二、三、お前が悪い。一、二、三、この役立たず。
俺は、ここではないどこかに行かねばならない。どこかは分からないが。どうにかなりそうなので、しかたない。とりあえず、いつもの路地を目指す。
居住区画から徒歩十分、その場しのぎの目的地。適度に希薄な人の気配を感じられる場所。すぐそばに有人観測所があって、一本、道に入れば明るい。最近では明るくない場所を探す方が大変だ。道自体が光る路面灯が採用された区画も多い。そんなところにいられるか。全部、さらけだされるようで無理だ。薄暗い空間で誰にも、自分にすら存在を意識されずに過ごしたい。
時刻は二十五時台に突入。学生のころは親から二十二時までに帰ってなきゃいけないと叱られていたのに、悪いことだ。でも、これ以上、俺がおかしくなっていいのか? よくないよな、じゃあ許せ。叩きつけるように解錠センサーに手をかざし、蹴るように歩きだした。
***
「ごめんなさい」
思ったままが口から飛び出る。頼りなさそうなのに、きっぱりと何かを拒絶する響き。謝ろうとする意思がない、現実から逃亡するときのただの捨て台詞だった。
「いや、謝んなくていいよ」
ぬっと後ろから覗きこむようにして現れた男は、とてもマトモそうには見えなかった。でも、言っていることは俺よりもマトモで、だから俺は駄目なんだと思う。大丈夫って聞かれてごめんなさいじゃ答えになってない。おかしいだろ。質問の意図が汲めてない。トンチンカン。こんなんばっかり。
意味が分からないことを言ってしまう。自分でも自分が何を言っているのか分からない。思考がバラバラにほどけていく。あとから相手の意図や生んだであろう誤解。色んなことに気づいて、さっきの話し相手に駆け寄って違うんです。そういう意味じゃないんです。ごめんなさい、こういうことだったんです。と、弁解したくなる。できなくて、その場でかたまったまま心が泣き崩れている。今までも今もそう。何も言えない。
ここにいては、今のままではいけない。とりあえず走りださなくては。こういう気持ちのとき、行動しても状況は一切好転しないって、何度もやって分かってるのに、我慢できない。頭がぐるぐる掻き混ぜられてる感覚。怖くない大丈夫だって、自分をなんとかなだめすかして現実と向き合う。いつまでも足下のコンクリートのざらつきを眺めているわけにもいかなくて、相手の顔を見てみる。
男の目は、ぼんやりと光って見えた。見逃しそうな違和感。よく見れば、男の眼球は蛍光イエローに淡く光る電子義眼だった。アンドロイドは人体ではありえない色を、素体のどこかに使用するよう義務付けられている。
俺は安心した。アンドロイドなら怖くない。人間を傷つけられないもの。持ち主は変わった趣味だな。危ない男が好きなのか。どちらにせよ、この時間に所有者の同伴もなくほっつき歩いているのは変だ。ポジティブな理由が何も思いつかない。
(to be continued…)