「涙一粒分くらい」(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19081784)の、女主であるナツト側の話。
先に上記の作品を読むことをおすすめします。
ただの自機主人公小説でしかないのでご了承ください。
@pp_mf___
何事かと思った、というのが最初の感想。
「もしもし、ペパー?」
電話の向こうが話し出す気配はない。空白を埋めるみたいに、こんな遅くにどうしたの、珍しいね、と続けるけれど、波の中では聞こえないほどの物音しか向こうからは聞こえてこない。
いつもの四人の中では一番と言っていいほど生活リズムが安定している彼が、日付が変わりそうな時間に、それもメッセージじゃなく電話を掛けてくるなんて、初めてだった。宝探し期間中ヌシの居場所に近付いた時は夜中でも連絡してくれたが、それ以来の彼を見ている限り普段そんなことをする子だとは思えない。何かあったのだろうと思って出たけれど、どうにも緊急の用事ってわけではなさそうだった。
『……あー、急にかけてごめんな、ナツト』
それはまあ、別にいいんだけど。でもなんだか声がいつもよりくぐもっている気がする。元気ハツラツちゃん! って感じではない。
夜中だから声抑えてるだけかな。でもそこから本題に入る感じでもなさそうだったから、こっちから少し話してみようか。
「……むしろ嬉しいねえ。色違い探してる間って暇なんよ」
『……へ?』
「目と身体は使うけどそれ以外めちゃくちゃ暇でさ~普段ラジオとか聞きながらやってるけど、通話繋ぐのはこれはこれでいいね」
『……』
……電話の向こう、キョトンとしてるんだろうな〜! 深夜の電話先がまさか海の上で色違い探してるとは思わないだろうな〜! 目を点にしてあの大きな口が半開きになってるのが目に見えるよう。
『オマエ今なにしてんの?』と(これは結構いつも通りっぽい声で)電話の向こうが尋ねるので「シェルダーの色違い探してる!」と答えた。そっか……とだけ呆気に取られたように呟く声を聞きながら、乗っているドンちゃ(これはニックネーム)に、一旦離れて他の個体の出現を待つのを伝える。ドンちゃは素直に「アギャス」と頷いて崖の方へ向かう。ここは海とは言っても白い砂浜や船が行き交う港ではなく、断崖絶壁の下で波打つ岩場だ。こんなところで大量発生する方が悪い。ドンちゃが水陸崖空両用で助かった。
登っていると、電話の向こうから吐き出すような大きなため息。そして『こんな夜中にどこいんだよ……』と呆れたような声。……そういえば、地図的に言えばここはどこになるんだっけ? 崖と海! と視界のあるがままを伝えたら『ざっくりしてんなあ』とまた呆れ声。……悪かったね。
『いつからいるんだ?』
「夕方くらい? から……授業終わってマップ見たら大量発生してたからすぐ来た」
『飯とか、ちゃんと食ってんのか?』
「食ってる食ってる、かがやきパワーつくやつ」
……よく考えたらキュウリスライスのサンドしか食べてないのか。後でまた何か食べようかな……さすがに深夜飯すぎるかな。まあ、崖登り終えて伸びをしてるこの子にあげる時にでも、ちょっとつまむくらいはしようか。
ご飯ちゃんと作ってるペパーのことだから、バランスの悪すぎる食事に小言を言われるんじゃとも思ったけど、そんなことは無かった。あっそ……と諦めたように言ったきり、何か物音がしてるだけだ。まあお咎めなしというか、匙を投げられたのか……
てゆーか、結局これなんの電話だ?
そう聞いたら電話の向こうが苦いところを突かれたみたいに呻いた。急用とかではないんだね? と確認する。すぐに返事は無い。
……さっきまでの物音、ポケモンフーズ的なものを皿に入れる音にも聞こえた。マフィティフのものかな。でも電話といい、こんな時間にどうして? という疑問が浮かぶ。『えと、』と電話口から聞こえたので耳をすます。
『……ちょっと聞きたいことあったんだけど、やっぱいいや。悪いな』
「……えー? なんだろ、そうなると気になるけど……まあええか。ほなまたいつでも聞いてー」
『おう、よろしくな』
……はぐらかされたな。これは、間違いなく。
なんでもない感じに流せたかな。そっか、話してはくれないみたいだ。そりゃあるもんね、話したくないことくらい。あるよ。
誤魔化したいなら、って思って合わせて流したけど、流して良かったかな。やっぱり元気いっぱいいつも通りの電話の向こうには思えない。ちょっと心配だからまだ繋いでいたいけど、会話も途切れて用事も済んでしまった。色違い探しのラジオ代わりになって、とか改めて頼んでみるべきかな。
そう考えていたら、マイクが向こうの僅かな息の音を拾う。かすかに、しかしワフガフと聞こえなくもないそれはひょっとして。
「もしかして、マフィティフ近くにいる?」
「ん? いるけど」
これだ! マフィティフお願い、今一瞬だけ時間の架け橋になって! そんでそのキュートフェイスもついでに見せて!! そう思いを込めてカメラオンをお願いしたら、『待ってろ』と短めの返事。ようしビデオ通話だ。スマホロトムを操作して自分も映像を繋ぐ。自撮りは(下手くそだけど)慣れてはいる。多少とは言えないくらいびしょ濡れだけど、まあそこは許してほしい。
で、リアルタイムマフィティフを見せてもらったわけだけど、そこでの話は割愛する。話し出すと止まらなくなっちゃうので。ずっと見ていたい気持ちをグッとこらえて、向こうのカメラ接続を終えてもらったという経緯だけは書いておこう。「ありがと〜」とお礼を言えば、『まだカメラ点いてるけどいいのか?』とペパーは心配してくれた。こっちはまあ別にいいよ。あ、でも。
「今からまた降りるから画面酔いするかも。カメラ切っとく?」
『あー……いいぜ、このままで。オレも今からちょっと作業するし』
「おお、何すんの?」
『……夜食つくる』
いいね、と口に出しながらも、ホッとした。自然に作業通話的な流れになったから、もうしばらくは通話をつないでいられるだろう。
あの大きな冷蔵庫を開ける音、鍋かフライパンかコンロに置く音、電子レンジも使ってる? 作業してるってことは、よっぽど何か心配するようなことがあるわけじゃないらしい。自分も本題に戻ろうかと、ドンちゃに再び降りることを指示する。スマホの水没を気にするペパーの声がした気がするけど、多分大丈夫でしょう。たぶん。
こちらの風と水と波の音に混ざって、ペパーの料理音が聞こえてくる。今日は静かだ。いつもならずりゃあだのおりゃあだの、豪快な掛け声が入りまくるのに。自分の分しか作ってないからかな? 静かに料理もするんだ、と思ってたらフライパンを振るいでもしたのか、その拍子に『うりゃっ』と控えめな声。なあんだ、やっぱり声は出すんだ。おかしくて思わず笑っちゃったけど、『なんだ?』と不思議そうな彼には「思い出し笑い!」と言っておく。料理中やかましいのだって、うるさいとか変だとかではなく、そういうあなたが愛しいからついつい笑ってしまうのだ。テンション上がってはしゃいでじゃれるマフィティフに笑っちゃうのとおんなじ。けどそれを直接言うのも、なんだか照れくさいからな。
料理のいい音が止んで、『うし、』と電話の向こうが満足そうに終了を知らせる。『どうしたよマフィティフ、ちょっといるか?』とも聞こえたから、分けてあげたらしい。……いいな! 自分も一口欲しいな。ペパーの料理、宝探し期間中以来食べてないかも。久々に作ってもらいたいな……ペパーも色々忙しいだろうけどさ。
「めちゃくちゃいい音してたね。何作ったの?」
『いや、適当なトルティージャもどき』
「ペパ先が作ったらテキトーでもなんでも美味いよ、またご馳走してね」
『なんでもってことはねえだろ』
苦笑交じりなその否定は、らしくない謙遜だけど声の雰囲気はかなりいつも通りのものに聞こえた。最初通話が始まった時の声音は、今思うとやっぱりどこか沈んだようなものだった気がする。いつも通りに戻ってよかった。そんなことを思いつつ揺れる水面の中に目を向けていたら、不意に『ナツトー』と名前を呼ばれる。
「何ー?」
『トマトと野菜、クリーム系、チキンスープならどれがいいかな』
「スープ?」
いきなりなんだろう。今から作るとか? よく分からないけど「トマトと野菜」って答えたら、どうやら単に自分が飲むインスタントスープを選ばせただけらしい。なーんじゃそりゃ! 飲みたくなっちゃったじゃん、と口を尖らせたら『へへ、わりいな』と電話越し。
控えめにだけど、笑ってる。じゃあ、やっぱりもう大丈夫かな。
安堵した視界が、急に目立つ色をふと捉えた。急いでザバンと方向転換して凝視する、あれは、間違いなくお目当ての色違いだ!! 急いで一旦カメラもマイクもミュートにして、突進して、パーモットのパモもちを繰り出す。でんじはで麻痺させて、ダイブボールを構えて、エイヤッ! と投げた。幸いにも捕獲は一発成功。喜びに飛び上がりそうだけど、ここは海上なので下手したら海の底で喜び死ぬ。陸に上がってからにしよう、とドンちゃに指示をした。上がったらいてもたってもいられなくて、水を振るって落とすドンちゃから降りてオレンジのかわいいシェルダーを出して、急いでミュートを解除する。スマホに向かって、シェルダーを掲げて見せた。シェルダーは何がなんだかわかってない様子でキョトンとしているけれど、どのレベルのポケモンも一応指示を聞いてくれるため抵抗はしない。文字通り目が点になってるシェルダーを、ペパーも見てくれたらしい。『おめでとちゃんだぜ!』と言ってくれたので「ありがとちゃーん!」と返した。
「紫のシェルダーももちろん好きだけど、この色のシェルダーめちゃくちゃかわいいよね! 色違いの姿知ってからずっと捕まえたかったんだよねぇ」
『ほんとに出会えちゃうのがオマエのすごいところだよな……なんだっけ、生まれる確率がそもそもすげー低いんだろ?』
「普通はだいたい……四千分の一だっけ? 今日の大量発生とか、かがやきパワーとかでいくつか確率上がってるはずだから、それよりは見つけやすいみたいだけど」
『にしたってすげーよ、よくやったな!』
喜びを共有できるのが嬉しくて、にやけ顔が止まらない。そうしたらふといいことを思いついた。我ながら名案ではなかろうか? 指を立ててペパーにその提案を伝えてみる。
「明日か明後日か、ていうかもう今日か明日? どっか近いうちにさ、ペパーにこの子直接見せたい! 昼とかに海辺でピクニックしない?」
『お? おお、いいな!』
「やったあ! 今日にする? 明日にしとく?」
『んー、そうだな。明日でもいいか? せっかく二人でのピクニックなんだ、とびきり美味い飯作っていきたくてさ』
「えー! ペパーの飯結構久々だ! 楽しみ!!」
『へへ、腕によりかけて作らせてもらうぜ』
やったやった、ペパーの飯だ! ちょうどさっき食べたくなってたんだ! こんなに早くありつけるとは思わなかった!
楽しみだなぁと思っていたら、また腹が減ってくる。そして夜風が流石に寒い。全身ずぶ濡れだしそりゃそうか……せめて髪の水は絞ろうかと思って触れたら、僅かに乾いてる場所もゴワゴワになっていた。……何も考えずドタバタしてたけど、これは流石に身体を痛めつけすぎたか? とりあえずシェルダーをボールに戻し、焼け石に水ながら我が身を抱える。
「うええ、髪ゴワゴワだし寒……」
『今更かよ!? 気にしてないのかと思ったぜ』
「思ったよりヤバかったってだけー! 普段はもっとガサツですぅ」
『何に張り合ってんだよ……ちゃんとしっかり洗って、あったかくして寝ろよ。あんだけ水に浸かってたんだ、身体冷やして風邪ひかねーようにな』
「やさし~、ありがと。風邪ひいたらせっかくのペパーの飯食べ損ねるかもだし、ちゃんとあったかくするよ」
ジブンも! ジブンもお手入れしてゴハン食べて温まります! とでも言いたげに隣のドンちゃも「アギャギャ!」と鳴いた。『おう、オマエもな』と声をかけてくれるペパ先。声を聞いて満足気なその首を撫でたら気持ちよさそうに目を細めた。いつもドタバタに付き合ってくれてありがとね。
『そうだ、明日って他に誰か来るか? 飯作る量考えねえと』
「んにゃ、今んとこペパーと私だけの予定。ネモには勝負でお披露目しようと思っててさ。ボタンは……最近ちょっとまた忙しいらしいし、会場が砂浜だったら来ない気がする……」
そう言ったらペパーも『あー……』と納得の声を漏らす。『行けたら行く、とか言いそうだよな』と言うペパー。わかる、ほんとに言いそう。
「今聞いてみよっか、メッセージだけ送っとくね」
『おう、頼んだ』
「……えっ、秒で既読ついた」
『いやボタちゃん起きてんのかよ、夜更かし三人組じゃねえか』
「……んっふふ、『行けたら行く』って!」
『ほんとにそう返すのかよ!』
ボタンの返信に二人で笑って、笑って、落ち着いた頃に「んじゃあ帰ろうかな」と豆粒くらいのアカデミーの方を見た。遠目にもポツポツと見える部屋の明かりの中に、彼の部屋もあるんだろうか。
『ん、じゃあ切るか。……ありがとな』
「こちらこそありがと〜、じゃ明日のお昼、楽しみにしてるね」
『おう! 期待してくれていいぜ』
「する〜! ほなまた明日〜おやすみ〜」
『……おやすみ! ゆっくり寝ろよ』
カメラこそ繋いでいなかったけど、穏やかに笑んだ表情が見えるような声音で、通話は切れた。夜風の中、ただのホーム画面になったスマホを見つめる。
不意に寒さを思い出して、急いでドンちゃに乗った。ダッシュで帰ろ、と指示を出す。
ときどきこうやって、彼は抱えてるものを教えてくれない時がある。
あっちが秘匿主義なのかもしれない。私が力不足なのかもしれない。時間が解決する話なのかもしれない。考えたところで、その正解にはきっとたどり着けない。彼が言い淀む理由を隠すなら、私にそれを知る手段は無いし、余程の事じゃない限り暴く資格もない。私にできることは、あまりに少ない。
けれど。
こんな夜中にあんな声で、電話をかける先が私だということ。
通話の最後には穏やかな笑みが見えそうなくらい、いつも通りの声をしていたこと。
明日、きっと選りすぐりの材料で作ったとびきり美味しい料理……ひょっとするとトマトと野菜のスープかもしれない。それをおあがりよ! と持ってきて、オレンジのシェルダーと楽しく遊んでくれること。
ペパーがそうすることの意味を、素直に受け止めたい。
くしゃみがひとつ出た。風邪ひくのだけは勘弁願いたい、とっとと自室で温まろう。ドンちゃを走らせながら、星空に明日の海辺を夢想した。