了遊(ほんのり)。いつもの本編後の平和などっか。
偶然会ったふたりが一緒にラーメン食べるだけの話。
@d9_bond
強い寒波がデンシティ含めた一帯を覆っている非常に寒い日だった。余りに寒いので少し風が吹いただけでも刺すように感じられる、そのくらい寒かった。
その日、了見は所用のため市内にいたのだがこの気温には辟易した。人と会ったりちょっとした調査をしたりと大半の時間は屋内にいたのだが、あまりに急に寒くなったせいか暖房が効いている場所にいても終始どこか肌寒かった。
ともあれ冬の弱い日差しがかなり傾いた頃には予定通り所用を済ませ、了見はデンシティの繁華街の端を歩いていた。
その、通りの端近くの店の前に見知った姿──藤木遊作がいた。
遊作は学校帰りらしくスクールバックを下げマフラーに半ば顔を埋めるようにして歩いていたのだが、向こうもほぼ同時にこちらに気がついた。
「了見」
遊作はその大きな目を瞬いて、呼んだ。足を止める。
「戻っていたのか」
「所用で来ているだけだ。すぐに船に戻る」
言いながら了見は遊作の前で足を止めた。
そうして二人が向かい合った時、あの刺すような風が通りを吹き抜けた。思わず二人して小さく身を竦める。
「……寒いな」
「……ああ」
遊作は再度マフラーに顔を埋めるようにしながら、すぐそばの店を指した。
「なあ了見、ラーメン食べないか?」
ということで了見は、小さなラーメン屋のカウンターに遊作と並んで座ることとなった。
個人の店で、店内はカウンター席が十ばかりL字型に並んでいる。背もたれのないイスの後ろは人一人やっと通れる程度の隙間しかないこぢんまりとした店だ。コートを後ろの壁に掛けるとますます狭く感じてしまう。
店内はその大きさと調理の際の熱のせいか、古びているが隙間風もなく温かい。二人そろってほっと息をつく。今日は本当に寒い。
了見はカウンターに置かれた小さなメニューを眺めた。
「ここの店は背脂醤油が看板だが味噌も美味い」
「そうか」
とくにこだわりもないので了見は味噌ネギラーメンに決めた。
「足りなくないか? チャーシュー丼も美味いが」
「必要ならば追加する」
「それもそうだな」
頷いて遊作は「味噌ネギと背脂のチャーシュー麺半チャーハンセットで味玉追加、麺かためで」と召喚口上のごとく滞りなく注文した。次いでカウンターの上段に用意されているセルフサービスの水を入れると了見と自分の前に置く。手慣れている。
「この店にはよく来ているようだな」
「ああ、たまにな。尊が好きで、あいつがいた時は結構来ていた」
その光景は簡単に想像できた。値段も繁華街の店にしては抑えめと思われるため、学生の放課後の寄り道先として良い場所だろう。
そこで遊作は、ふ、と小さく笑った。
「誘っておいてこう言うのも何だが、おまえが来るとは思わなかった」
「……」
正直なところ了見は、自分でもなぜ頷いてしまったのか分からないでいた。こうして並んだところで話すべきことなど何もないとわかりきっているのに。
「……寒かったからな」
「そうだな。今日は本当に寒い」
苦し紛れの答えに同意を返してきた遊作は、なぜか嬉しげに目を細めた。
そのまま会話は途切れる。
夕飯にはやや早い時刻ながら、店内には他に友人同士らしい二人組とスーツ姿の男性が一人。二人組はなにやらずっと話をしているがカウンター内の調理の音に紛れて内容は全く届かない。スーツ男は携帯を見ながら黙々と食べている。
二人いる店員は声を掛け合うでもなく、切ったり炒めたり茹でたりと忙しくカウンター内を動いている。
了見は手持ち無沙汰のまま店内を見るともなしに眺めていたが、ふと視線を感じて隣を見ると遊作がその大きな目でじっとこちらを見ていた。
「……そんなに私がここにいるのが珍しいか」
「ああ。おまえ、いつも店に来たってテイクアウトか顔を見せるだけだったろう。こうやって近くで顔を見るのもゆっくりしているのも珍しい」
珍獣扱いかと了見は少しだけ眉を寄せた。お返しというわけではないが遊作を見つめ返す。
遊作は見てわかる程度に機嫌が良さそうだった。隣に珍しい人間がいるだけでご機嫌とは案外かわいらしい面がある。単純にラーメンが楽しみなだけかもしれないが。
さほどたたずしてラーメン二つと半チャーハンがカウンター上に並ぶ。器をめいめい下ろして、いただきます、とふたり揃って手を合わせた。
遊作の頼んだ背脂醤油ラーメンは、その名の通り醤油スープの上にたっぷり脂が浮いている、そのせいであまり湯気が上がっていないようだ。
器の半分には薄切りながら大きなチャーシューが何枚も重なっていて、その隣にしっかり味がしみていそうな色の味付け卵が浮いている。濃い色の黄身はとろりと半生で見るからにおいしそうだ。あれなら自分も追加して良かったかもしれないと了見は思った。
遊作は耳に横髪をかけると、レンゲと箸を手にさっそくラーメンに挑みかかる。了見も真似るように箸を手にした。ラーメンは冷めてものびてもいただけない。
目の前のネギ味噌ラーメンは白髪ネギが山になっていて、彩りのようにラー油がぐるりとかかっている。その山の下にチャーシューとメンマとキクラゲ他野菜が埋まっている。
レンゲで具を寄せてまずはスープを口にする。やや濃厚なスープは見た目通り普通に美味しい味噌だが、今はその温度が何よりありがたかった。身体の奥が温まる感覚に、身体の芯が案外冷えていたのだと気づく。
続いて麺をすする。太めの緩い縮れ麺はほどよくスープが絡み、もっちりとしていて食べ応えがある。
チャーシューはラーメンによって切り方を変えているらしい。こちらは厚切りながらやわらかく、口の中でほろりとほどけていく。ネギの下の野菜は炒めてあったが、火が通りながらもシャキシャキとした歯ごたえは残してあって食感が良く、スープとの相性も良い。
隣で遊作が、はふ、とすっかり温まった息を吐く。
「美味しいだろ」
「ああ」
頷いて見やれば遊作は大きく口をあけてチャーハンを食べようとしていて、了見と目が合って動きを止めた。
「おまえもチャーハンが食べたいのか?」
「違う」
首を振ると、そうかと遊作はあっさり動きを再開した。一口にはやや多めに思われるチャーハンをレンゲですくってはぱくぱく食べる。たまごとサイコロ状のチャーシューたっぷりのチャーハンはパラパラで、遊作の食べっぷりから味も良いのだろうと見て取れる。
これまで藤木遊作に対し了見は物を食べるイメージを持っていなかった。
了見がただの常連としてカフェナギに通っていた際、数度遊作が店の前にいるのを見かけたものの肝心のホットドッグを食べている場面に遭遇したことがなかった。実際は目にしていたのかもしれないが、タブレット相手に難しい顔をしている様の方が記憶に残っている。加えて生活感を想像させない空気や平均よりやや細身の体躯による印象もある。
それだけに見ていて気持ちがいいとさえいえる遊作の食べ様は、了見へ安堵に似た気持ちを抱かせた。
あっという間にチャーハン皿を空にして遊作はラーメンに戻ったが、半分ほどに減らしたチャーシューの一枚をつまんで口にしたところで自分を眺めている了見に気づいたようだった。むぐむぐごくんと飲み込んで、ついでに水をひと口飲んでから訝しげに問うてくる。
「やはり食べたかったんじゃないのか?」
「おまえを見ていただけだ」
そんなに物欲しげな顔をしていたかと眉を寄せつつ言えば、遊作はまたしても動きを止めた。
大きな目をぱちりと瞬く。
「……俺を?」
「案外な健啖家だと思ってな」
「……」
はあ、と小さく息をついて遊作は了見のラーメンを指した。
「のびるぞ」
「分かっている」
了見は箸を持ち直し、食事を再開する。
食べ終えて店の外に出ると、日は落ちて空はすっかり暗くなっていた。といっても繁華街だけに街灯と店の明かりのおかげで通りは明るいままだ。気温も下がっているはずなのだが、体の内から温まっているおかげかさほど苦にならない。
ふたりは店を出たところですぐに足を止めた。
了見は何を言ったものか浮かばず、それは遊作も同じだったようで二人は互いに顔を見合わせる。宵の風がふわりと行き過ぎ遊作のマフラーの端を緩く翻した。
「……送ってはやれないから、気を付けて帰れ」
了見の言葉に遊作はいくらか目を伏せた。
「それはいいが……」
少しだけ間をおいて、尋ねてくる。
「また会えるか?」
了見は心中で呻いた。できない約束だ。
自身の立場を考えれば、用もないのに会うべきではない。そもそも先刻の並んで食事をとるという事態そのものがイレギュラーなのだ。
だが──
「了見」
こちらの返答をじっと窺う大きな翡翠の目を前にして否とただ切り捨てるのは何故だか憚られた。
「──機会があればな」
結局、曖昧に過ぎる物言いになってしまう。
どんな機会があるというのか。何の想定もない言葉だったが遊作は目元を緩めた。
「分かった。……またな」
微笑する。
コートを着ていてなお細身の後ろ姿が雑踏に紛れていくのを了見はなんとなく見送っていたが、再度通り抜けた風が頬を撫でた冷たさに我に返った。
「また、か」
呟いて了見は眉を寄せた。遊作と顔を合わせていた終始、調子を狂わされていた感がある。
それからため息をつくと踵を返し、歩き出す。
冴え冴えとした空気はどこまでも続いている。予報ではこの寒さはさほど続かないようだったが、寒波が去ったところで春が来るのはもう少し先だろう、と了見はぼんやり思った。