カルみと 死ネタです
シナリオネタバレあり
ロールシャッハシンドロームのネタバレもあり
@popo_trpg_ss
「…う……」
「ッ…マスター!!」
全身を襲う激痛に呻き声を上げて薄目を開けば、そんな縞斑の顔をアサギリが覗き込んだ。
「あさぎ…りちゃ……ん…?」
発した声は随分掠れている。それでも自分の名前が呼ばれたことに気付いたらしいアサギリは、こくりと頷いた。
不安げな表情を浮かべる彼は、確かめるように縞斑の手を取る。その感触に応えるように小さく手を握り返せば、彼は安堵のため息をついた。
「…目を覚まして……よかったです。」
アサギリ越しに見える世界は白い。
清潔なベッドの上で、さまざまな機械に繋がれる縞斑は、ここが病院なのだろうと正しく理解した。
あの日、横転するバスの中から救助された縞斑は、数日生死の間を彷徨っていたらしい。そうしてようやく今日意識を取り戻したのだと、アサギリが震える声で説明をした。
「無理はなさらないで……すぐにお医者様を呼びますから。」
「…あさぎり、ちゃん……」
目覚めたことを医者に知らせようと席を立とうとしたアサギリの手を、縞斑は力無く掴んで引き止める。
慌てて腰を折って耳を傾ける彼に、縞斑は震える唇を開いた。
「………かみなちゃん…は…?」
その言葉を聞いた瞬間、アサギリの表情が引き攣る。その態度が何を意味するか、縞斑は嫌でも理解してしまった。
「…神無さんは、その……」
嗚呼、彼はきっと、もう。
口籠るアサギリが、言葉を探して視線を彷徨わせる。絶望から逃れるように、縞斑がそんな彼の言葉を制止しようとしたときだった。
病室の外が唐突に騒がしくなる。ばたびたと走る誰かの足音と、そんな誰かを宥める医者や看護師たちの声。それらが部屋の前まで近付いた途端、扉が勢いよく開け放たれた。
「だらだら先輩っ!!!」
「でぃーのちゃん……」
部屋に飛び込んできたのは、彼のパートナーアンドロイドのディーノだった。
息切れはしていないが、心底焦った表情を浮かべるディーノは、意識を取り戻した縞斑を視界に収めるとよろよろと歩み寄る。
そんなディーノの姿を見て、アサギリが咄嗟に宥めるような声音で口を開いた。
「…ディーノさん。申し訳ありませんが、マスターは目覚めたばかりなので今は、」
「いないんです。」
アサギリの言葉に構わず、ディーノはただ縞斑だけを見据えてそう口にする。
最後の望みに縋るように、いつもの冗談だと笑う縞斑を期待するように、その中に滲む絶望から目を背けて、ディーノは必死で言葉を紡いだ。
「どこにも、いないんです。」
「…………。」
「どうして…どうして、一緒じゃないんですか。」
神無は、何処ですか。
迷子の子供のような、覇気のない声だった。
アサギリは、そんなディーノの肩を掴んで部屋の外に出そうと動き出す。
例え非情と後で言及されようとも、アサギリにとって最も優先すべきはマスターの心身の健康だった。
「…ディーノさん、どうか今はお引き取りを。」
「だって、すぐ帰ってくるって言ったのに。お土産買ってくるからって、笑って僕の頭を撫でてくれたのに。」
山奥の祠に調査に向かうことが決まった時、日帰りとはいえ遠出になるため、メンテナンスが必要なディーノとアサギリは留守番になったのだ。
出発の朝、パートナーなのに共に行くことができないと膨れるディーノを、彼は笑って宥めていた。そんな可愛らしい後輩たちの姿を、微笑ましく見守った記憶が蘇る。
なのにどうして、彼は隣に居ないのか。
「…ごめん。」
ぽつりと、呟いた言葉にディーノは目を見開いた。
「ごめん、って……なんですか。」
「………。」
「…っ、ごめんって!なんですか!!」
「ディーノさん!!」
縞斑に食ってかかろうとするディーノの肩をアサギリが掴む。力勝負では勝てない彼は、それでも必死で縞斑に向かっていこうともがいた。
そんな彼に、起き上がることもできない体のまま縞斑は目を伏せる。
「おれだけ、もどってきた。」
「ーーーー。」
「つれて…かえれなくて、ごめん。」
その言葉は残酷に、その場にいた全員の心を抉った。
ディーノの体がぐらりと傾き、その場に音を立てて崩れ落ちる。ぼろぼろと零れ落ちる透明な雫を拭うこともできず、彼はその場で大声を上げて泣き出してしまった。
騒ぎを聞いて駆けつけた医者たちが、そんなディーノを抱えて病室を出て行く。抵抗の気力すら失った虚な瞳の彼を見送り、縞斑は目元を両腕で覆った。
「…ごめん、あさぎりちゃん、」
「はい。」
「ひとりに…させて。」
「……分かりました。」
何かを言おうとしたアサギリは、きゅっと唇を噛むと小さく頷く。
扉の前に居た医者と何かを話した後、人の気配が遠ざかっていったことを確かめて、縞斑は細く息を吐いた。
『だらだらせんぱい。』
暗い世界に閉じこもれば、耳の中で彼の声が木霊する。
繰り返した世界の中で、痛む全身を抱きしめて、それでも最後に彼は笑っていた。ブレーキの音が迫るその直前、まるで自分の最期を分かっているかのように彼は呟いたのだ。
「あんたが好き。」
「な…に……」
「ずっと、好きだった。」
愛おしげに頬に触れる彼は、何故か満足そうな表情を浮かべている。
その姿が、あの日別れた親友に重なった。
「…なんで今、そんなこと言うんだよ。」
「だって、たぶん今言わなかったら…一生後悔するから。」
震える両手で、頬に触れる彼の手に自らの手のひらを重ねる。動くたびに軋むような痛みが体を襲うが、それでもその手を手離してはいけないと縞斑は必死で手を握った。
「あの日、約束しただろう。」
「あはは…ごめん、もう守れないかも。」
前を向くために交わしたあの日の約束を振りかざす縞斑だが、神無は困ったように笑うだけだった。
どうしようもない事象を前に、人間が抗うことなどできない。それは二人が誰より知っていることだった。
耳の奥にブレーキの音が響き始める。世界に吐き出されるその音に、縞斑は咄嗟に離れないように神無の体を抱き寄せた。
「行かせない。…絶対に。」
「…先輩、」
「もう、誰も…俺は、」
誰も失いたくないのに、どうしてこの手のひらからは大切なものがこぼれ落ちていってしまうのか。
生意気で身の程知らずの子供だと思っていたが、それでも彼なりに必死に前を向いて戦った。その姿を、最後には好ましいと思ったのだ。
いつの間にか、彼は縞斑の中で大切なものになっていた。
俯く縞斑を見上げて、神無は小さく笑う。背中に手を回して抱き締め返した神無が、言い聞かせるように呟いた。
「これは、あんたのせいじゃないよ。」
「………、」
「だから……忘れて、生きて。幸せになって。」
祈るように、そう呟いた神無の声を最後に、世界は白に包まれて消える。
「………ずるいよ、かみなちゃん。」
覆った腕の隙間から、零れ落ちた涙が頬を濡らす。ぽつりと呟いた声を聞き届ける人間は、誰もいない。
死者は生き返らない。
そんなことは、分かっている。
それでも、この不条理な結末に縞斑は嘆きを叫ばずにはいられなかった。
「…まだ、きみがすきだって……いってないのに。」
終