カルみと バレンタイン
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「ごめん。」
昼過ぎからの約束に遅刻してやってきた恋人は、待ち合わせの喫茶店に到着するなり机の上にカラフルな包みを置いて深く頭を下げた。
端末を手に神無の到着をぼんやり待っていた縞斑は、予想外の行動に端末を弄る手を止めてぽかんと彼のことを見やる。
小箱に記されている文字は、縞斑でも知っている有名なチョコレート店の名前だった。
今日は2月14日、世間はバレンタインで賑わっている。ネットやニュースでも取り上げられていたこの店のチョコレートを買うのは至難だっただろうと、縞斑は思わず感心してしまった。
「チョコレート…だよね?」
「そうだよ。」
恐る恐る包みを突く縞斑だが、神無はいつまで経っても頭を上げようとしない。
「え、なに?毒でも入ってるの?」
「んなわけあるか!!!」
半笑いの縞斑のコメントに、漸く神無は顔を上げた。そうして縞斑は、神無の目元に色濃いクマがあることに気付く。
その上、普段ならばデートの日はどれだけ忙しくても身支度を整えるはずの彼の髪はぼさぼさで、衣服も適当だった。
ひょっとすると、彼は眠っていないのではないか、そう考えながら縞斑は神無の髪を撫でようと手を伸ばす。
「や、だめ、今汗臭いから触んないで」
「汗とか今更でしょ。」
「そうだけど…朝シャワー浴びてないし、」
縞斑の手を頑なに拒む神無は、やはり案の定眠っていないのだろう。ただの寝坊にしては深刻な様子の神無に、縞斑は何があったのかを聞く姿勢を示した。
すると神無は、あー、うー、と言葉に悩むように視線を彷徨わせた末、観念したようにぽそりと口を開く。
「手作りチョコ…」
「え?」
「手作りチョコ作りたかったんだけど、昨日の夜大失敗して…何回やってもだめで…結構買ったやつになって。」
悲しげにそう言って、神無は俯いた。
昨晩、神無は翌日の縞斑とのデートでチョコレートを渡そうと手作りチョコに意気込んだのだ。菓子作りは得意だからと高を括っていた神無だったが、久しぶりの料理の結果は目も当てられないものだった。
失敗するとは思っていなかったため、深夜慌てて追加の材料を購入に走り再チャレンジするも、焦りのあまり手元が狂いまたも失敗してしまった。
明け方まで頭を抱えていた神無は、結局手作りを諦めて始発に飛び乗り、せめてと有名チョコレート店のチョコを買いに向かったのだ。
「始発から並んだら待ち合わせには間に合うと思ったんだけど、思いのほか並んでて。」
「なるほど、すごいなバレンタイン。」
言いながら縞斑は腕時計で時間を確認する。現在は昼過ぎ、開店時間が10時だったとしても始発から6時間は優に並んでいたのだろう。
赤い頬は緊張ではなく冷えによるものだったのだと納得した縞斑は、手元のチョコレートに視線を戻した。
「……呆れただろ、ごめん。チョコ一つもまともに作れなくて。その上遅刻して。」
手料理楽しみだって言ってくれたのに。消え入りそうな声でそう呟く神無に、縞斑は以前チョコを作る宣言をした彼に対してそう言葉を掛けたことを思い出した。
無理をしてまで手作りに拘ろうとした理由に納得した縞斑は、思わず笑みをこぼす。その笑いを呆れ笑いと捉えてますます落ち込む神無に向かって、縞斑は包装を丁寧に解きながら口を開いた。
「そりゃあ、手作りが嬉しいとは言ったけどね?」
「……。」
言いながら縞斑がリボンを引けば、神無はやはりと言いたげにしょぼんと肩を落とす。
今にもチョコレート箱を取り上げて仕切り直しを希望しそうな様子に、彼は包装を解く手を止めないまま言葉も続けた。
「…俺としては、俺のこと考えてくれた時間っていうのが嬉しいんだよ。」
シールやテープを丁寧に剥がし、色鮮やかな包装を解くと現れたのは可愛らしい鳥のデザインが施された小箱だった。そっと中身を開けば、中にも鳥をモチーフにした小振りのチョコレートがいくつも散りばめられている。
「これも、俺のこと考えて選んでくれたんでしょ?これなんか、スズメっぽいね。」
「…………安直、だけど…買うならこれがいいって、なんとなく思って。」
鳥をモチーフにしたバレンタイン限定のチョコレートを神無が選択したことからは、手作りを諦めた中でも縞斑がせめてどんなチョコなら喜んでくれるか悩んだということが伝わった。
髪を整えることも、シャワーを浴びることも忘れて、コートを引っ掛けただけで早朝に家を飛び出しチョコレートを買ってきた恋人の、どこに呆れる要素があるだろうか。
「それなら十分……いや、十二分に嬉しいよ。」
縞斑は神無の頭を撫でて笑う。さらさらと指の隙間を流れる金髪は、普段よりも柔らかく小動物のような手触りだ。
笑顔の縞斑を目にした神無は、笑われると身構えていたのか目を丸くして口をぽかんと開ける。そんな彼の手を取ると、縞斑は席を立ってチョコレートを鞄にしまった。
「よし、今日のデートは予定を変更しよう。」
「えっ?映画行くんじゃ…」
「気が変わったから今度にする。今日は帰って昼寝しよう。」
「え!?」
会計レジへと歩いていく縞斑の背を神無は慌てて追い掛ける。繋いでいない方の手で神無がなんとか財布を取り出そうとしているうちに、縞斑は喫茶店での支払いをさっさと済ませた。
店員の見送りを背に、店を出た途端神無は慌てて財布から千円札を取り出す。
「待たせたんだから!せめて飲み物代っ!」
「いいって。その代わり、今日一日俺に付き合って。」
「つ、付き合うって……」
「俺の家に帰って昼寝する。起きたら晩御飯食べて、その後ゆっくりこれ食べよう。」
言いながら縞斑は鞄の中の小箱を手にとって笑った。その変更されたデートプランが、寝不足の神無を気遣ってのものだということに気付かないほど神無も鈍くない。
神無が何かを言う暇を与えずに、縞斑はその手を掴み駅へと歩いて行く。普段なら振り解いてしまうその手を握り返し、彼はせめてと礼の代わりに口を開いた。
「…来年は頑張るから。」
「わかった、じゃあそれまでに胃を丈夫にしておこうかな。」
「なっ…!!馬鹿!!!」
戯けてみせる縞斑の背中を軽く叩き、二人は肩を並べて元来た道を引き返す。
当たり前のように口にされる来年の予定に、縞斑は擽ったい心を抱えて笑みを漏らすのだった。
終
(来年こそは頑張ります)