@saeki_f
第1回 学院祭
「蓮巳くん、学院祭で演劇をやるそうじゃな」
3年A組の教室を出てすぐ、敬人は嫌な予感と共に振り返った。予想通り、そこは隣のクラスの吸血鬼が立っていた。「無駄に」と形容したくなるほどの笑顔を携えて。
演劇をやることになったのは敬人の事情あってのことなので、隠すつもりは特にない。しかしあえて自分から吹聴したい案件でもなく、生徒会役員でもない生徒はまだ自分以外のユニットがどんな出し物をするかあまり知られていないこの時期、朔間零の情報経路として一番可能性の高いものは……
「日々樹か……!」
「ご名答。意地悪な義姉とは、これまた名キャスティングじゃのう」
「なんだと貴様!」
大声を出したところで、敬人はここが廊下だということを思い出した。冷静に、冷静に。自分に何度か言い聞かせ、大きく深呼吸をしてから零に向き直った。
「で、それが何だと言うのだ」
「我輩、ぜひとも観に行きたいんじゃけど、休憩時間があまり取れなそうでのう。もしステージの演目順が決まっておらんのなら、時間の調整がきかんかと思ってな」
なかなか豪快な要求をしてくる零に、敬人は黒い笑顔で応える。
「貴様のところは執事喫茶だったな。安心しろ、絶対に来れないように組んでおいてやる」
「なんと殺生な! 日々樹くんが斎宮くんの衣装を着て舞台に立つんじゃよ!? 氷鷹くんも王子様役というし、そこに紅月が加わった演劇なぞ二度と観られるものではないというに!」
「何度もこんな機会があってたまるか! いいか、あんたは絶対に観に来るなよ」
「ええ~、それは聞けん話じゃ~」
問答は敬人が鬼龍に、零が羽風に連行されるまで続き、結局どちらも譲ることなく終わりを迎えた。
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「やれやれ、やっと抜け出せたわい」
喫茶は常時開店とはいえ、UNDEADのメンバーも交代で休むことが決められている。零の接客は評判が高かったもので、休憩の時間になっても中々教室を出られず、貴重な30分のうち5分近くを消費してしまった。
(しかも舞台は教室から遠いしのう……我輩の近道を使っても、10分観られるかどうか)
まだ日も高い上、執事喫茶での疲労もある。本来は休むべき時間を使って舞台へ走っているのだから、零もつい苦笑する。
(これでは灰かぶりというより、ジュリエットに会いに行くロミオじゃの。まあ、我輩のジュリエットはこっちを見つけた瞬間に殴りかかってくるタイプじゃけど)
体調は良くないが、舞台を目指してひた走る。入口に辿り着いた時にはもう汗だくだった。
暗幕をそっと開き、外界と切り離された演劇の世界へ。
『ど、どなたか存じませんが、私に何か用でしょうか?』
(おお、なんとか終了前に滑り込めたのう)
既に観客席は満員で、立ち見も出ているほどだ。零も出入り口の程近くに立ち止まり舞台を眺める。ステージまでの距離こそ遠いが、視界は良好だ。
『姉上、王子さまと……』
(日々樹くんは本当に何でもこなしてしまうのう。氷鷹くんはもちろん、鬼龍くんも想像以上に王子の姿がぴったりじゃ。灰かぶりは日々樹くんが目にかけておる子じゃな。神崎くんは意外とそのままでもそれっぽくなっておる)
場面は舞踏会。多くの役者が舞台に上がっている。全員の顔を確認できたことに零は安堵した。休みもせず走ってきた甲斐があったというものだ。
(して、我がジュリエットのご機嫌は……まあ最高とは言い難いが、なかなか様になっておるではないか。ああ、やはり舞台はこの目で見るのが一番じゃ)
女装して遠目から見ても体格はやはり男だ。しかし扇子を口元に開き、いつものように美しい姿勢で佇む姿は百合の花を思わせるものがあった。
零は満足感に微笑んだ。見たかったものは全て見られた。まだ汗も引いていないが、そろそろ戻らなければ自分の出し物に差し障る。最後まで見られないことを名残惜しみつつ、零は再び暗幕に手をかけ、暖かな日差しの中へ駆け出していった。
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「零、約束のものですよ」
「ありがとう、やはり持つべきものは友達じゃな」
日々樹から差し出されたのは一枚のDVDだった。言うまでもなく、あの演劇を学院祭の記録物として残すためのもの。本来は生徒会や演劇部の外の人間に渡るものではないが、友人の特権を使いコピーしてもらったのだ。
生で観られたとはいえ、全て観たいと思うのが人の心というもの。零は受け取ったディスクを大事に鞄に仕舞った。
(絶対に怒るから言わんけど、なかなかの美人じゃったぞ。蓮巳くん)
第2回 雨音
六弦の声に導かれた、そう例えるのが適切だろう。
S1とS2の書類地獄がようやく終わり、やっと敬人が紅月のレッスンに時間を割けるようになった矢先、鬼龍と神崎の都合が合わず敬人の予定だけ急に浮いてしまった。
梅雨の季節で屋外施設が使えず、更にS2開催前のこの時期。当然レッスン室は連日予約でいっぱいだ。そんなときに一人で部屋を取って練習するのは流石に憚られ、足を向けたのがこの弓道場だった。ここなら雨の日は誰も来ないし、敬人が自由に使うことができる。雨が降って空気は重いが、気温は低く不快ではない。敬人は制服のまま、目を閉じて精神統一を始めた。
十分ほどそうしていただろうか。静寂と雨音だけが満ちているはずの空間に、わずかなノイズが混じっていることに気付いた。
弓道場は正門から一番遠い場所で、校内では防音室の次に静かな場所だと言えるだろう。それ故にただの教室の喧騒が聞こえてくることはない。なんとなく気になって耳を澄ませてみると、どうやら音楽のようだった。何の楽器か、何の曲かは判別できないほどかすかなものだ。だが断片的に、敬人の記憶の深層をくすぐるような感覚が沸き起こる。
(これは聞いたことがあるような……しかし途切れ途切れで分からないな)
一度気になってしまうと、落ち着けたはずの精神もそちらに向かってしまう。先ほどまで心地よかったはずの雨音でさえ、今はもう邪魔でしかなかった。
(どうせ時間はある。確かめに行くか)
決めるや否や、敬人は荷物を持って弓道場を後にした。
音を辿るのはそう難しいことではなかった。教室棟に入ればそれがギターの音だと分かったし、曲も途切れることなく聞こえるようになった。敬人はこの曲を知っていると確信を持つこともできたが、未だそれが何だったのか、またどこで聞いたのか思い出せないでいる。
(ギターということは軽音学部か。大神だろうか?)
そこからは真っ直ぐに軽音楽部の部室を目指す。音は大きくなり、それが敬人の記憶を呼び起こそうと語りかける。この音も、心臓を揺さぶられるようなこの感覚も。絶対に知っているはずなのに、決定的な何かが欠けていた。
遂に部室の前に着いた。音は止まない。きっと敬人がこの扉を開ければ音は止まってしまうだろう。だから開けることはせず、小窓からそっと中を覗く。
懐かしいわけだ、と敬人の心は踊った。
予想に反し、そこでギターを鳴らしていたのは軽音楽部の部長だった。他に生徒は居ない。たった一人でも楽しそうに演奏しているのは、その背中を見るだけでも明らかだ。
これは零がかつてよく弾いていた曲だ。バンドの名前も曲名も知らないが、それだけは覚えている。同じユニットで活動していた期間は特によく聞いた。敬人の記憶に呼びかけるのも当然のことだ。あの時代の思い出が同時に引き出されて、敬人の動きが止まった。
生き生きと演奏に没頭する姿は、在りし日の零と何も変わっていない。敬人が強烈に憧れた、あの朔間零。魔王の再来を感じ全身に鳥肌が立った瞬間、零と敬人の目が合った。
音は止み、魔王は鳴りを潜める。
「えっ恥ずかしい! 見とるんじゃったら声くらいかけてくれんか」
ギターを下げたまま、零は部室の扉を開いた。熱狂的なショーもここまでだ。
「あんたが楽しそうだったからな」
「それを見られるのが恥ずかしいんじゃよ……まあ、廊下に立ってないでお入り」
敬人は促されるまま部室へ入った。いつもは双子や大神が居ることの方が多いため、零一人しか部員の居ない軽音学部はどこか物珍しい。
「さっきの曲、久し振りに聞いたな」
「そうじゃな。我輩も最後に弾いたのはいつじゃったか思い出せんほどじゃ」
「昔はあんなに弾いていたのに?」
そこでふと零の顔が曇った。何かまずいことを言ったか、いやそもそも俺達の過去の話といえばあまり良いものでは……と敬人は一瞬のうちに色々と考えを巡らせる。
「……蓮巳くんや、さっきのことは秘密にしておいてくれんか」
「は?」
唐突な言葉に、敬人は目を丸くする。その程度、何もわざわざ頼むようなことではないと思っていたからだ。それでつい間抜けな声を上げてしまった。
呆気にとられる敬人に向け、零が続ける。
「あれを弾くと、晃……わんこが昔を思い出してしまうじゃろうからな。我輩としても昔のことを掘り起こされるのは本望ではない。幸い、曲のことを知っておるのは蓮巳くんだけじゃから、年寄りを助けると思って。な?」
語尾に合わせて零は片目を瞑る。そんな可愛いことをしても通用せんぞと思いつつ、敬人は仕方ないなと了承した。
もともと口は堅い方だ。大した頼みではないし、敬人としてもあの時代をあえて何度も掘り起こそうとは思っていない。忘れたいものも、大事に取っておきたいものもあるのだ。
(それに、あんたと秘密を共有するのも悪くない)
二人はそういう、特別な関係。
第4回 夕涼み
日が沈んで、七夕祭は終わりを迎えた。
敬人は疲労に耐えかねて、衣装もちゃんと脱がぬまま庭園のベンチに転がっていた。目から上は濡れたタオルで覆われている。眼鏡は当然、頭のすぐ傍に。
(冷えたタオルを用意してくれるとは、本当に気が利くようになった……感謝する、転校生)
生徒会も仕事を終え、校舎に残っている生徒もまばらだ。日の長い季節だから忘れがちだが、もうそれなりに良い時間になっていた。敬人も後は着替えて帰るだけなのだが、自分のライブと生徒会の仕事に加え、英智の暴挙に対する説教にたっぷりと時間と体力を使ってしまった。少し休もうと横になった結果、敬人は今このような状態になっているのだ。
裃は脱いだがそれ以外はそのままだ。汗だくの衣装について心中で鬼龍に謝罪しつつ、しかしまだ起き上がれそうにはない。燦々と照り付けていた太陽は鳴りを潜め、夜風が髪を揺らす。その心地よさにもう少しだけとタオルを掛け直したとき、控えめな足音が近付いてきた。
「敬人ちん、起きてる?」
「? 仁兎か」
声を掛けられ敬人は起き上がろうとしたが、なずなはそれを制した。
「疲れてるんだろ? 長話するわけじゃないから、そのままでいいよ」
「そうか、すまない」
やはり疲れているのだろう。優しい言葉に甘え、タオルを外さないまま会話を続けた。
「今日のこと、改めてお礼を言いたくてさ。結果的には天翔院とお師さんにステージを取られちゃったけど、子供たちに機会をくれようとしたことに変わりはないし」
「礼などやめてくれ」
「俺が言いたいから言ってるんだよ。それにこれはあの子たちからの言葉でもあるんだぞ。ありがたく受け取れよ」
「……」
「俺からはそれだけ。また明日な」
風が吹いて、校内の緑がさわさわと揺れる。足音は離れていく。清々しい心地だ。
なずなはもう離れたと思っていたが、敬人はまた自分の横に人の気配を感じた。
「仁兎? まだ何かあるのか」
「そろそろ着替えた方がいいぞ。その格好で家に帰りたくないならな」
瞬間、敬人のこめかみに青筋が立った。勢いよく起き上がるとともに、声のする方向にタオルを思い切り投げつける。
「はずれ~」
「貴様、それで仁兎の真似をしているつもりか」
夜闇の王がそこにいた。敬人の投げつけたタオルを拾って、にこにこと穏やかに笑っている。敬人にとって、無防備な状態ではあまり会いたくない相手だ。タオルが当たらなかったことも、気の抜けた声にも苛々が募る。眼鏡をかけながら赤い目を睨みつけた。
「こんな時間まで何をしている」
「祭の熱気にあてられ起きてきたは良いが、年寄りにはちと暑すぎてな。夕涼みに来たのじゃ」
「もう夜だぞ。さっさと帰れ」
「冷たいのう……可愛いウサギさんには優しいくせに」
先刻の話を聞いていたのか今日のライブを見ていたのか。どちらにせよ零の地獄耳が及ばぬ場所など学院内には存在しない。
それよりも、ただの夕涼みに来たという明らかに嘘っぽい言葉に、敬人は一層目を細める。
「なぜ俺があんたに優しくしてやらねばならん」
「そりゃ恋人じゃもの」
零はしれっと言ってのけるが、これは他人に知られてもいなければ敬人が必死に隠していることだ。敬人は焦って外聞がないか周りを確認した。幸い、ここには二人しか居ないようだ。
「まあその恋人がぐったり倒れとるのが見えたから、様子を見に来たんじゃよ。仁兎くんがおったのは想定外じゃけど」
「……学院内ではあまり構わないでくれと言っただろう」
「おぬしが元気ならそうしておるよ」
恋人から気遣われて、誰が嫌な気分になどなろうか? 毒気を抜かれてしまった敬人は零から視線を外し、自分の服を握った。
確かに着替えるのも億劫なほど疲れている。こんな姿を見られれば、英智にだって心配されてしまうかもしれない。それは絶対に避けたい事態ではあるが。
「教室が開いておる内に着替えておしまい。良い子は早く寝てしまうことじゃ」
「良い子なんかじゃない……だからあんたの言うことは素直に聞かんぞ」
抵抗しても別に意味はないと分かっている。子供扱いが気に入らない敬人の、せめてもの抵抗だ。こんな態度を取れる相手は零以外にない。
零はそれでも笑顔を崩さず敬人に歩み寄った。風に消されてしまわぬよう、耳元で低く囁く。
「言うことを聞いてくれたら、ご褒美をやるぞ?」
眼前でにこりと笑えば、勝敗は決したも同然。
第5回 衣装交換
「うむ、よくお似合いであるぞあどにす殿! やはり我の見立てに狂いは無かった!」
「そうか、こういう服は初めて着るから新鮮だ」
和装のUNDEADに、黒い衣装を纏った紅月。そして無言でシャッターを切り続ける転校生。なぜこのような状況になっているかというと、話は二時間ほど前に遡る。
事の発端は颯馬だった。敬人が日々樹と衣装を交換してレッスンを行っていたのを先日見かけ、それが羨ましくなったのだとか。それで友人であるアドニスに声をかけてみたのは良いのだが、思いのほか二人には体格差があった。ならば他のメンバーの協力を仰げば良いのではという話になり、颯馬は鬼龍に、アドニスは晃牙に頼むことにした。するとたまたま柔道場に居た転校生がその話を聞き、何か閃いたとばかりに両ユニットのメンバーを集め、あれよあれよという間に全員で衣装を交換することになっていたのだ。
当の転校生はといえば、どこからか借りてきた大層なカメラを構えてひたすら写真を撮っている。新しいアイデアが浮かんだのか大変生き生きとしているので、男たちは特に邪魔もせず好きなようにさせていた。
颯馬とアドニスの次に着替え終わったのは晃牙と鬼龍だった。
「鬼龍殿の迫力が三割増しであるな……」
「紅月も大概だが、こういう厳つい衣装は割としっくりくるぜ」
「大神は少し露出のある衣装も似合っているぞ」
「ふん! ロックとは程遠いが、まあ着心地は悪くねえ」
晃牙は颯馬の、鬼龍はアドニスの衣装を着ている。身長で言えば零の方が高いのだが、アドニスの方が鬼龍に体格が近いためだ。
敬人は薫と衣装を交換しているところだ。零は人数の都合で薫の後に敬人の衣装を借りることになっている。しかし薫と敬人は出てくるのがやけに遅い。痺れを切らした晃牙を筆頭に、男たちは更衣エリアに乗り込んだ。
「おい、何もたもたしてんだ!」
仕切りのカーテンを開くと、そこにはまだパンツとインナーしか身に着けていない二人が頭を抱えていた。
「屈辱的……」
「ああ?」
薫に至っては悲観的に顔を覆っている。後ろに続いていたメンバーも、流石に何事かと様子を窺う。
「何してんだよ羽風、先輩」
声をかけられ、薫は観念したように呟く。
「……きついんだよね、蓮巳君のパンツ」
敬人も青い顔をして、腰から手を放そうとしない。おそらくそちらは余裕がありすぎるのだと表情から読み取れた。
「羽風先輩、それは先輩の方が太っ……」
「言っとくけど! これは断じて筋肉だから! サーフィンには体幹が必要なんだから!」
こうして薄着の状態で見比べれば分かるが、敬人は肉が少ないし薫は筋肉質だ。身長が同じでも筋肉の方が重く、体格もがっしりするのは当然のこと。しかしアイドル羽風薫としては、他人のパンツがきついなどという事態は屈辱以外の何物でもなかったのだ。
そんな薫に、鬼龍が救いの手を差し伸べた。
「羽風の旦那。俺が衣装を作ったとき、自分の分だけ試作で一着余分に作ったのがある。お前はそっちにしな」
「悔しい……」
渋々ではあったが薫は敬人の衣装を脱ぎ、零にそれを渡した。やっと順番の回ってきた零だったが、すぐに着替えることはせず敬人に歩み寄る。
「蓮巳君には我輩の衣装ならどうかの?」
零はするりと敬人の腰に手を回し、隙間に手を差し入れた。敬人はぎょっとするが、パンツから手を放すわけにはいかない。両手が塞がり、零のなすがままだ。
「蓮巳君は腰周りが細いからのう」
「おい、貴様!」
「ちょっとちょっと朔間さん! イエローカード! あんずちゃんの前でセクハラ禁止!」
鬼龍によってすっかり目を覆われているが、いつの間にか転校生が様子を見に来ていた。くっついていた二人も我に返る。
彼女を安全な場所まで避難させ、零と敬人には晃牙と鬼龍から一発ずつ拳骨が落とされた上で、二人は薫に見張られながら真面目に着替えることになった。
鬼龍の予備のお陰で、全員が衣装を着た状態で写真を撮れると転校生は大いに喜んだ。
零は髪を結ってみたり扇子を構えてみたり、かなり乗り気で撮影されている。日が短くなったのも一因だろうが、敬人の衣装ということが彼のテンションを上げたに違いない。
「どうじゃ? 我輩の和装は」
「正直、腹が立つほど似合っている」
「嬉しいのう。蓮巳君も似合っておるよ。昔を思い出すようじゃな」
「勘弁してくれ」
UNDEADと似たコンセプトの、過去のユニット。一時は敬人もそこに居たためか、零の衣装は意外にもよく馴染んでいた。晃牙も口にこそ出さなかったが心中では同じことを思っただろう。
恥ずかしいような、懐かしいような。しかし零の衣装を着た敬人は決して背筋を曲げず、不敵に笑ってファインダーの前に立った。
「昔は昔として、時々UNDEADのライブにゲスト出演せんか? 絶対に人気が出ると思うんじゃ」
「あんたが紅月のライブで演舞のパフォーマンスをするなら考えてやっても良い」
軽口なのか本気なのか、おそらくは前者だろうが。ユニットのリーダーとして見てもなかなか似合っている。二人とも、後で転校生に写真のデータを貰っておこうとこっそり思っているのは決して口には出さなかった。
言い出した下級生たちも巻き込まれた上級生たちも、思いがけず楽しいイベントになって僥倖だ。あれだけ対立した二つのユニットがここまで打ち解けるのだから不思議なものだ。
それにしても妙に仲の良いリーダー二人、鈍い颯馬でさえ何かを疑わずにはいられない。これ以上何か起きる前にと、鬼龍が一喝。
「お前ら、嬢ちゃんの前でイチャつくのやめろ」
第6回 生徒会室
夜の生徒会室に一人、期限の近い業務を終わらせるために残った。それほど遅い時間ではないが、下校時間は過ぎているし、季節柄日の入りも早い。夕方からデスクライトだけを点けて過ごしたままにしていたから、ふと顔を上げると机の周り以外はすっかり暗くなっていた。
こんな時は最後の夜を思い出してしまう。あの人が最後のチャンスをくれておきながら、計画が失敗すると予言したあの日を。そんな場合ではない、早く仕事を終わらせて帰らなければならないのに、一度蘇った記憶はあっという間に思考を支配していく。
今でもあの夜を夢に見る。生徒会室の扉を開けると英智ではなくあの人がいて、真っ暗な中で書類を破っているのだ。俺は未熟だった頃の自分に戻っていて、助けてくれと手を伸ばす。大体その辺りで目が覚めて、胸の奥から苦い何かがこみ上げる。その夢を見た日は終日気分が悪くなるほどだ。だが、自業自得なのだ。あんなに頼って、利用するだけしておいて、あの人の大事なものをいくつも傷付けた。それは俺が背負っていかなければならない事実だから。
結局、一年前の俺は一年前の朔間零に敵わなかった。縋るように伸ばした手は空を切って、あの人は俺から離れた。それでも俺は立ち上がり、今度は凡人の力で改革を成し遂げた……そうするように言ってくれたあの人を悪者にして。
恨んでいるだろうか? 退屈で死にそうだったあんたがせっかく手に入れた稀有な友達をも巻き込んで、有象無象の責任を押し付けて、あらゆる恩を仇で返したことを。直接聞くまでもない。あの人はそんな矮小な人間じゃない。だから辛いんだ。いっそ俺のことを恨んで、叩きのめしてくれた方がどんなに楽か。
……思い返せば一度だけしてやられたことはあったが。
Trickstarによる革命もあの人が助力していた。S1の舞台上以外で何をしていたかは知らないが、きっと直接間接問わず助言して彼らを鍛えたのだろう。それによって今が、俺と英智が描いた理想以上の学院があるのだから、俺達は結局みんなあの人の力を借りていたんだ。Trickstarの才能と転校生という存在が出会ったからこその成果ではあるが、おそらくあの人がいなければあのS1で紅月が負けることはなかったはずだ。あの人が革命の中心に限りなく近かったことは明らかで、その力を思い知る。
革命を経て、当時のあの人と同じ年齢になった今なら、かつて言われたことも少しは分かる。ずっと俺個人のためになるよう立ち回ってくれていたのに、俺は頑なに英智の夢を優先した。最初から同じ方向など向いていなかったんだ。二人が歩みを進めれば、離れていくのは当然のことだった。
自由になったあの人は厄介で、何度も手を焼かされた。しかし心のどこかではそれを喜ばしく思う部分もあり、それがあんたのやりたいことならばと正面を切って対立することもできた。俺の立つべき場所はあの人の隣ではなく、正面だったのかもしれない。全て今更のことだが。
真面目にやっている人間が報われない世界だけが悪いと信じて、いつの間にか行き過ぎた枷に変わっていた。今の学院の方が、多くの人間にチャンスを与えられる。それは認めよう。俺には推し測ることしかできないが、きっとあの人にとっても望ましい結果になったのだろう。
今も昔も「みんな」が大事で、より多くを守ろうとするのは変わらない。本当に、あんたはこの学院を愛しているんだな。
果たしてあんたは、俺のことも愛してくれていたか?
俺は不義理で、実に出来の悪い友人だっただろう。それでもあんたが愛した学院の生徒達と同じように、俺も大事なものの一部になれていただろうか?
自分勝手で、もう手遅れなのも分かっている。しかしそうであったら嬉しいと思わずにはいられない。
信じないかもしれないが、あんたの近くで過ごした日々を、俺は確かに楽しいと感じていたんだ。
もしまだ俺を友と呼んでくれるのなら、もう一度道を交えることができるのなら。どうか今度こそ対等な友でありたい。心の中でそう願うくらいは許してくれないか。朔間さん。