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施設にて

全体公開 創作話 4750文字
2023-02-16 08:36:49

柳過去話。暗いです。

Posted by @lianmiso

 鐘が今日の終業を告げた。
 顎から汗がしたたり落ちるのを強引に腕で拭う。
 鉱山で採掘できる石からどんなものが出来るかわからない。わからなくとも素手で触れれば肌を焼いた。
 組み立てている機械が何か気づくものはいない。平和であれば画面の中の物だ。
 育てている草がどんなものかも知る者もいない。路地裏で嗅いだ臭いに近いものを感じる。
 なぜスポーツをやらされているのかも気づいてしまったら終わりだから、みんな気づかないふりをしている。
 組織が肩代わりした借金を真面目に返せば出れる。だというのに、誰もこの施設から出ようとしない。
 衣食住そして運動に飲む打つ買うの三拍子。ここにはすべて揃っていた。
 文句を言わずに労働し、反抗しなければ生きることだけは保証されていた。
 長生きはできないだろう。しかし、同じ苦労をする仲間も揃い、目につく者は私刑が許される暴挙等暗い欲望も満たされる施設。目標も何もない人間にとっては楽園だ。しかし、同時に墓場だ。新しいことを知るきっかけも試すことも奪われていく。
 環境に甘え、ストレス発散に弱い者を虐める奴らを見ると、脛に一撃喰らわせたくなる。
 手の中の食事を見遣る。一見温かい見た目の食事。パサパサとした米、具のない味噌汁に指くらいの束の野菜の塊を周囲の人間は嬉々として口に運んでいる。自分の所属する班の長に食事を笑顔で押し付け、外へ出る。
 鬱蒼と生い茂る森の中で果物をもぎり、魚を焼く。食せる植物を適当に刈り、隠しておいた鍋に放り投げ適当なスープにする。岩塩があるから、味には別に苦労しない。採取するのが面倒だったが、塩がない物足りなさに自分もグルメになったものだと笑ったものだ。ついでに野花も摘んでいき、座り込んでスープを胃に流し込み、少し冷めた魚に齧り付いた。
 「こんなところで何をしているんだい?」
 「人生の先輩にお裾分け。そっちこそ何してんだ。」
 「隣、いいかい?」
 返事も聞かずに、勝手に座った男を睨んだ。手を合わせ、目を閉じるのは同じ野球班の陸道という男だ。反抗心が強い上、無駄に正義感が高く、間抜けで班長に嚙みついてぼこぼこにされている。今日も班長に殴られており、柳から見える頬が青黒く腫れていた。ぐううと陸道の腹が鳴る。最近こっそり茶碗に入った飯を袋に入れているのを柳は目撃していた。
………何を企んでいるか分かんねぇが、そのまま明日ミスされても癪に障んだよ。これでも食え。」
 目の前から果物をひとつ取り、押し付けた。陸道がたじろぐ。
「でも、これは。君が供えた。」
「供えたまんまだと問題になるだろうが。またつるし上げだ。」
 勤務時間以外は施設に居ろとご達しが出ている。前に脱走者が出ているのだ。彼らは成功することもなく海の藻屑だ。反逆を目論んだ者はすぐに制圧され、見せしめに銃殺された。法律も何もないこの場所じゃきまりを破れば面倒臭いことになる。
「花も海に流す予定。果物も腐らせちまう。もったいねぇ。もったいないおばけが出るぞ。俺こそがもったいないおばけになってやろうか。」
「何する気だよ。わかったよ。いただきます。」
 複雑な表情を浮かべながら、陸道は差し出されたマンゴーを手に取った。小さな白い花と果物の盛り合わせの後ろに十字架というのには枝を合わせただけのお粗末な物は無数に立ち、少し離れた施設の光をぼんやりと浴びていた。十字架は日に日に増えていく。
「うまい!こんなにジューシィで濃厚なマンゴ初めて食べたよ!」
 陸道が大きい声を上げた。
「見つかったら、お前が囮な。」
「え"」
 潰れた声が上がる。マンゴーを持ったまま帽子が取れんばかりに辺りを見渡す姿に溜飲が下がる。
「安心しろ。しばらく見張りはこねぇよ。」
「君は職員とも仲が良かったっけ。意地が悪いなぁ。」
「利害が一致しただけだ。」
 十字の下に目をやる。
 職員の1人が亡くなった時に立ち会った。冥福を祈る言葉を捧げたのは、死んでも職員は故郷に帰れないことを聞き、衝動的に呟いた時。以来職員に呼ばれることが多くなった。  
 呼ばれるままに黄泉の国に向かう者の旅路を祈る。最近では生活に組み込まれていた。
 夜は見張りのいない時間を知らされ、出来れば冥福を祈ることを頼まれている。掃除されていない鶏小屋のような寮に1分たりとも居たくなく頼みを聞いてやるのは、苦ではなかった。
「聞いていたよ。あれは祝詞と祈りの言葉の一節だね。神主さんか何か?でも、祈りの言葉は職員に向けてかい?英語だけど内容はーーー。」
「自由時間の対価だ。契約みたいなもん。」
 無造作に立てられた十字架の下には同僚も職員も一緒に眠っている。
 柳は今この瞬間があれば十分だった。どこにいたって死ぬ可能性があるならば、後も先も関係ない。
 死だけが誰しも平等だ。死んでしまえば生きる上でのわずわらしさもなくなる。
 しかし、墓の下にいる者が柳と同じ考えだとは限らない。譫言に故郷の名を呟く職員は帰りたかっただろう。不幸にも借金を背負いながらも、返した後の未来を思う奴もいたのを知ってしまったからには、安らぎくらいは願ってやりたかった。
 ずけずけと入り込んでくる男がむかつく。施設からのぼんやりとした明かりのみの薄暗闇の中でも柳の目が鋭く陸道を射抜いた。
「楽しいか?」
「楽しいね。」
 陸道は柳の目をまっすぐと見返した。
「チームメイトだろ。俺はもっと君のことを知りたいんだ。」
「親切、丁寧に見えて、自分のことは話さない。そんな奴に誰が何を話すってんだ。どうせいつかいなくなるんだろ。」
「どうして。」
「潰れた工場を再建するってのは聞いていた。だが、誰か一度再建した後の話、迷ったろ。」
 よく覚えている。
 その時は周りの連中が「再建した工場にずっといるはずだ。」と陸道のことを笑っていたが、本人はバツが悪そうに笑っていた。
「工場を建て直すのは嘘じゃねぇ。従業員を思う気持ちも本物だ。しかしだ、入社して2年目の社員が背負うには不自然だ。喧嘩が弱いふりをしてんのもな。」
「借金が嘘の君のようにね。」
「借金はしているさ。自分を売った金もそっちに当ててる。」
 以前勤務している会社が借金を一本化してくれている。今も休職扱いではあるが、帰ればどういうことになるやら。
「なんで悪ぶっているんだ?俺だけでなく周りの人間に本当は親切にしてるじゃないか。」
「は?」
「小競り合いがあると最近すぐ職員が飛んでくる。さっき班長に殴られた時もそうだ。機嫌悪そうな職員がいれば、君は間に入るだろ。」
 別に答えなくてもいいが、答えなきゃ答えなきゃで面倒くさそうだった。
「恩は売っておいた方が後々得だ。負ければ帰れる日は遠のく。波風立てたくはねぇから職員にもな。空気が悪くなりゃ目立たないようにしても八つ当たりが来る。俺はその可能性を低くしているだけ。せっかく働くならリスクも少ない方がいい。班長とか帰りたくねぇ奴は沢山いるが、巻き込まんで欲しいね。」
 個人競技なら問題ない。勝手にすればいい。しかし、野球はどうか。個人戦であり、集団戦でもある。点を取れなかったら、誰か1人わざとエラーでもしてみたら終わる。勝ったら賞金が出るが、負ければ現在の財産が没収されてしまう。シンプルにふざけた仕組みだ。
 負ければ班長が結果をこじつけにして班員に当たり散らすのも気に食わなかった。
 班員の努力を認めないのも苛立つ原因だ。心を騒がせる横の男は自分より少し先に施設に来ていた。誰しも目先の快楽に走る中、寮の環境向上に努め、チームメイトに声掛け、班員からは慕われていたが、努力は必ずしも報われるという訳ではない。しかし、否定すれば何処ぞの怠慢な路地裏の連中や余所者を認めようとしない親戚連中、自堕落している施設の連中と一緒だ。そいつらとは同類になりたくなかった。
「野球班は誰かさんのおかげで全員やる気があるこって。是非ともそのままでいて欲しいね」
「俺、反乱しようと思ってる。」
 ぽつんと陸道が言葉を漏らした。いつもうるさい男が静かに。柳は目を上にやった。星は工場のぼんやりした明かりに阻まれて見えない。
「そうか。」
「君はここで何を作られているのか知ってるんじゃないか?」
「だが、これらがなきゃ生きてけねぇ奴もいる。違法なもんでも巡り巡って人のためになる。」
 草から作られるのは身体向上能力がある物だろう。普及させようとしているのか、スポーツでテストをしている。鉱石から取れる物は世界中で枯渇するエネルギーの代わりになる。実際この島での電力は新エネルギーだった。そして、ここまで情報があるのならここまでの規模ではないだろうが、どこかの国だってやっている。実際対戦相手は海外の選手ばかりだった。技術は腐れ縁の体を助ける可能性があるのでは?と思い至る。
 残るなら残れ。そして、世のために犠牲になれ。別に止めやしない。
「君は柳としか名乗っていない。スパイじゃないかって思っていた。」
「そうかもしれんぞ。今言ったこと全部職員に話すかもな。」
「だけど、君はそのままにしておかない。そのつもりだろ。」
 陸道の言葉に愉快に笑っていた柳の口がひん曲がった。
「今、これらがないと生きていけねえ奴がいるって口にしたばかりなんだが。」
「何もかも気に食わないって目だ。機械に細工をするのを見た。薬草畑に撒く貯水槽に何か入れたのも君だろう。」
 大量の塩を入れた。もちろん細工して疑いの目は機械の老朽化に見せている。
 目敏い男だ。柳は舌打ちを飲み込み、あえて胸を張り、不敵に笑って見せた。
「そう思うならそう思っておけよ。見透かして決めつけてそれでもって自分のいいように使う気か?」
 遠くからの波の音が2人の空白を埋めていく。
「わかった。じゃあ、俺もきちんと話す。だから、君も話してくれ。」
「真布津柳。」
 波や遠くで作動する機械の音に紛れてしまいそうな声だった。
………え?」
 ぽかんとこっちを見る男の胸倉を掴んで引き寄せる。どんどん作業着の襟が閉まっていく。
「てめぇのしつこさと努力に銘じて教えてやる。俺の名前は真布津柳だ。その代わり、本当にきちんと話してくれるんだよなぁ?」
「わかった。話す。話すから、離してくれ。」
「名前以外話すか。おめーがなんか話したらな。」
「そうじゃなくて!?手を放せ………!くるしい………!」
 パッと柳は手を離した。陸道が咳き込む。
「しかし、真布津なぁ。実際に会えると思わなかったよ。」
「没落した神社の一族がそんなに有名か?」
「少なくとも俺の中ではね。続きは今度。島を出たらにしよう。」
「もう夜も更ける。流石に長く外にいたらうるせぇだろう。」
「みんなのこと?みんなだって君の事心配しているさ。」
「そんな余裕あるんなら、まず自分の事を考えろってんだ。」
 果物と花を片付け始めた柳を陸道は「手伝う」と言って聞かない。
 1人になりたかったのにどうしてこうなった。
「しかし、一生名字を知らないまんまだと思っていたよ。」
『君はなんだかんだ世話焼きだ!認めてしまえ!おせっかい焼きだと!』
『僕のように誤解されたままだと、目的を達成するのに支障が出ますよ。たまには素直になってみるのもいいのでは?』
 陸道の姿に頭に同僚たちの姿がよぎったと言っても、この男には意味が通じないだろう。言う必要はない。
「柳君は島を出たら何をしたいんだい?」
「元同僚をぶん殴りに行く。」
 柳の手を離れた花は波に揉まれていった。


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