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三月、再会、チョコレート

全体公開 1463文字
2023-02-18 08:56:00

アメマチビト 非対称に降る番外。
碧SS

Posted by @11_syzygy


 空気の温まらない三月上旬。碧は金物屋の裏で、金魚たちにエサをやっていた。はじめての冬を越せるか心配していたが、ちろちろと小さな火のように泳ぎ回る二匹は元気そうだ。
「はやくデカくなれよー」
 高校の一般入試が終わった。結果はおそらく大丈夫だろう、というラインは越しているはずだ。
 まだ卒業式や合格発表などは控えているものの、家にいるのは落ち着かない。週間天気予報にずらりと並んだ傘マークと、高い降水確率のパーセンテージを信じることにした。たった数日だけのつもりで、昨日の夕方に雨織町に戻ってきたのだ。
 昨日は鴉の本部まで挨拶に行けなかったが、バス停の出入りチェックの担当とは少し話したから、きっと話は伝わっているだろう。
 紅実が来る時間にしては少し遅い。安物の腕時計に目を落としたときだった。
 勝手口の扉が開く。春物のコートにマフラーをぐるぐる巻きにした紅実が顔をだした。
「久しぶり」
 碧は自然と口元がゆるむ。
……久しぶり」
 紅実は大きな瞳でじっと碧を見つめる。相変わらず表情を変えずに、つかつかとまっすぐに歩み寄ってきた。
「これ」
 ぐいと突きだすように渡されたのは、シンプルなベージュ色をした小さな紙袋。中からは甘い匂いが漂ってきた。
「え、なに?」
「作ったの。よかったら、食べて」
「お、お菓子?」
「うん」
「ありがとう。手作りかぁ、嬉しいや。あとでミナセと一緒に食べるよ」
 こくりと紅実は頷き、なにか自分に言い聞かせるように、もう一度、深々と頷いた。
「紅実?」
「MD、ありがとう。だいぶ聴いたから、返すね」
「あっそうそう。おれも新しいの持ってきたんだ。ラジオを録ったやつもあるよ。前に紅実が好きって言ってた歌手の特集でさ。気づいてから録音したから、頭の方が切れてるけど」
 音楽の話から、雨織町の近況、受験勉強の話。他愛のない内容でも、会話をはじめると少しずつ調子が戻ってきた。会えなかった時間なんて、すぐに埋まっていく。
 高校に入って忙しくなったとしても、この時間は続いてほしい。碧はぼんやりと願った。

「あっ! 紅実ちゃんのお菓子!」
 事務所に戻ると、紙袋を見ただけでミナセが目ざとく走り寄ってきた。
「うん。貰ったんだ。チョコのカップケーキだってさ」
「ボクね、これ大好き!」
「へー。匂いからして売り物みたいだもんな。女の子ってホント器用だよなー」
「紅実ちゃん、いーっぱい練習して、バレンタインのときにみんなにあげてたよ」
「え、バレッ……?!」
 ぎょっとして紙袋に目をやる。心臓が破裂したかと思うくらい大きな音を立てる。そして、さあっと頭から血の気が引いた。
 バレンタイン。そういえば、そんなイベントもあった。
 二月は受験勉強でそれどころじゃなく、クラスでも浮ついた空気がなかったので、すっかり忘却の彼方にあった。
 つまり。碧が戻ってきたのに合わせて、わざわざ新たに作ってくれたのだ。
「それなのに……おれ……ミナセと食うとか言っちゃった……
「えっ、くれるの? ちょーだい!」
「だめー! 前言撤回! 前言撤回!」
 目の色を変えて突撃してくるミナセをかわし、碧は慌てて二階の自室に逃げこんだ。
 改めてのぞいた紙袋の中には、ココア色のカップケーキが二個、ラップで包んであった。
 みんなに渡していた、という話から義理だというのは百も承知。だけど。
「あーもう。おれ、バカすぎる……
 明日、まずは謝らないと。ドアを背に、碧は頭を抱えてうずくまった。


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