ストリーマーグラセフの救急隊隊長・命田守視点のSSです。思いっきりネタバレが含まれています。
少なくとも1/9以降の配信を見てから読んでいただきたいです。
彼の中にいる、2人の会話。
@pan_doraneko
目の前で起こっている問題に、以前の“俺”ならどう対処していただろう?
どうしたらいいのか分からない。
だから俺は、全てを観察することにした。静観と言った方が正しいかもしれない。
経験をして、理解をして。そこからまた対処を考えていけばいい。
俺は“命田守”でなければならないから。
記憶に穴があっても、それでも俺はこの街の救急隊隊長でいなければならないから。
「なあ、やっぱり無理がないか?」
そんなことは分かっている。
勘のいい人間はすぐに違和感に気付いたようだが、それでも。
皆の望む男を演じなければ。
心に底があるのなら、箱があるとしたら、今“あいつ”は閉じている状態なんだろう。
眠っているという表現が正しいのかもしれないが、今の俺には眺めていることしかできないと思っていた。
最後にあいつは、何をしようとしていたのか。
あの子が言うように、すべてを忘れようとしていたのか?
この街にかかる霧のように、はっきりとは見えない記憶と想い。
過去に向き合うことを怯えていた男の心を、ひたすらに守ろうとした存在を眺める。
『これで君は、本当にいいのか』
『私にはこうすることしかできないから』
『…二度と戻ってこないかもしれないぞ』
『それでも私は』
――――生きていて欲しい。
それは彼女の我侭でもあり、心残りを昇華するための行為だったんだろう。
誰かを思う心を持っていたのは、眠っている“俺”の方だ。
SMILEと名付けられた俺ではなく、レーサーとして暴れていた俺でもない。
“命田守”という男の方なんだ。
…正直、うらやましいと、思う。
でも俺は、それを口にすることを躊躇った。
言ったところでいずれ消える存在なんだ。命田守から欠け落ちた一部だとしても、それは変わらないだろう。
「あなたも大事な、命田守の一部っていうことは忘れないでね」
偶然の産物のような俺に、“彼”の想い人はそう言った。
意識の底から、さざ波が生まれる。
“彼”が目覚めようとしているんだろう。
眠る子供のように体を丸めている男の胸元に、強く光るものが見えた。
光の洪水が周囲に広がって、巨大なシアターのようなものがいくつも浮かんでくる。
出会い、言葉を交わし、時には衝突だってした仲間との記憶。
想いを伝えた大切な人との記憶。
意識を失う直前に手を伸ばして、自分の想いごと手放さないように抱えたままだったとは。
『…やっぱり敵わないなあ』
近くで聞いているであろう彼女を見る。何とも言えない、照れたようにも困ったようにも見える笑み。
消える、という覚悟はあった。何とか持たせようという気持ちだってあった。
でも、それすらも抱えていていいのだとあの子は言ってくれた。
まさか俺までも掬い上げてくれるとは。
『ああ、完敗だ』
心から笑うとは、こういうことなんだ。
後生大事に抱えているんじゃなくて、今こそ覚悟を見せるときだろう。
目覚めたら、言うつもりだったんだろう?
“そろそろ起きて、おねぼうさん”
“大事な人が待ってるぞ”
「…ありがとう」
すれ違いざまに、男の背中を軽く押した。
108本の花束に、俺と彼女からの祝福も乗せるよ。
今度こそ、幸せを掴め。手放すなよ、命田守!!