烏島野球編最初の話/柳視点
@lianmiso
「稲見旅館の問題を野球で解決するようになったから。」
「野球。」
「柳くんも手伝ってよ。野球やってきたんでしょ?」
「あァ、命懸けでやりましたよ。」
茹だるような暑さの中、削られていく体力に沈んでいく気力、体を蝕んでいく薬物と戦いながら野球をしていたのは、つい最近のことだ。
「地区と戦うって若女将が名声出したら、従業員逃げちゃったのよ。代理見つかるまで別館の管理よろしくね。」
湯治も兼ねて!と親指を立てる秋成の言葉を断ることはできず、柳は別館に移動した。
時間が来るまでゆっくりするつもりだ。
帰って来て数日後、所長直々体を休めるように言われていたが、そんな柄ではなく故郷の烏島を飛び回っていた。老舗である稲見旅館の復活に快く思わない地区の連中が陰湿な妨害をしていることはすぐに柳の耳に入る。真布津の儀式に必要なための温泉であるし、美烏神社のある居墨は稲見旅館のある仲墨東区の道しかない。稲見旅館が復活すれば、美烏神社の参拝客も復活するだろう。暇だし、憂さ晴らしにはちょうどいいから暴れてやろうか。
練習開始。
監督の稲見早苗(いなみさなえ)が次々メンバーを紹介し、とうとう柳の番だ。
奇異の視線8割、怯えた目が1割。自己紹介の最中に向けられた。前者は余所者、後者は地元民。
面倒臭い。纏わりつく視線が鬱陶しい。
早々ばっくれようと考えた。試合だけ出ればいいだろう。
少しずつチームから離れようとしていたが、1人だけこちらにやってきた。剪定をされていない夏の植木の葉が風もないのにザワザワと揺れている。いや、肩よりちょっと長いくらいの緑の髪が手を振りながら、暑苦しく熱意が燃えている目で柳の背中を叩く。
「柳じゃねーか!オメーが仲間になってくれるたぁ心強い!あの1番星に向かって一緒に頑張ろうぜ!!!」
「今、昼なんだが」
柳の肩を抱き、虚空を指差す。声が煩くて片耳を指で塞ぎ、うんざりしていたが、柳の様子に気づかず杉並一樹(すぎなみかずき)は大声で笑うだけだった。
「杉並、おめぇ。アイツがなんで呼ばれてんのか知らんのか。」
土産物屋の上古(かみふる)が一樹の後ろに隠れてながら、低い声で唸る。
「上古こそ知らねーの?アイツ、俺の妹や弟に料理教わりにきてんだぜ。」
「礼樹さんに!?」
上古の視線が強い嫉妬に変わった。わかりやすい奴だ。そんなことお構いなしに一樹に話を続ける。
「家族のために努力できる奴にわりぃ奴はいねーって!」
力説する一樹に脱力し、柳は諦めてされるがままにされていた。
ポジションは遊撃手。
前は外野手であったが、野球を少しでも知っている人間が細かい動きをするポジションに行った方がいいというキャプテンの判断だ。
練習というよりただしいやきゅうのやりかた。
ルールの再確認だ。
あまりにも野球未経験者が多い。投手含めて4人程。次の試合に間に合うのか怪しいところだ。
夕暮れはあっという間。太陽は沈んでいき、手元のボールすらもう見えない。
着替えていると、一樹が勝手に自分の姉や弟の話をペラペラと話す。ついでに何故手を貸しているのか聞いてみると、一樹が不思議そうに瞬きをした。
「困ってる人は見過ごせない。ただそれだけじゃわりーのか?」
「とはいっても、オメーも仕事があるだろう。家族はどうした。」
「仕事終わりに無料で風呂貸してくれんのはここしかねーから、カラシナロックもこの旅館がなくなるのは困んだよ。工場長も許してくれてる。壱樹(いつき)もしっかりしてきたし、俺が家を空けても問題ねぇ。」
「ちょっといいかい。」
一樹との会話に割って入ってきたのは神本義人(かみもとよしと)。野球チーム【稲見スプリングサンズ】のキャプテンにして、稲見旅館の新入社員にしてたった1人の従業員。大学卒業後にこの旅館に入ってきた物好きだ野球の実力は確かなのに、なぜこんなさびれた温泉宿に入ってきたのか。
「君は真布津柳だね。山の麓の神社に住んでいるそうだが、今の時間は通行止めだろ?帰れるのか。」
「ご心配なく。今日から旅館別館の管理を任されています。しばらくは泊まり込みですよ。」
「一樹くんみたいにもっと砕けた感じでいいんだけど…一緒に行かない?俺も温泉に泊まり込みなんだ。」
「その前に寄るところがあるので、俺はこれで。」
「待て待て待て。お前、外に出ようとしてるが、そっちは窓でしかも崖だぞ?」
近くにいた上古が柳の肩を掴んだ。にこやかに振り払う。
「ご心配いただき、どうも」
「スーパーのタイムセールに間に合わねーんだろ。出来れば壱樹の様子も見てくれるとありがてぇぜ。」
「テメーんとこのちっこい奴か。タイムセールの猪に潰されてなきゃな。」
「壱樹はそんなやわな男じゃねーよ。何しろ俺の弟だからな!」
「いや、スーパーまで車で1時間!しかも今の時期は…」
「気をつけろよー!」
上古の静止の声を一樹が遮った。
振り向かずに柳は飛び出す。
別に野球で勝てばいい。慣れ合いなんて御免だ。
柳は知る由もない。
このチームが野球のみならず稲見温泉、烏島の秘密に踏み入れることを。