ミュージカル座さんの『スター誕生』(2023ver)の感想と考察です。
⚠︎内容に関するネタバレ・深読みを含みます。
@0723_hrk
*観劇録*『スター誕生』(2023ver.)感想と考察。
⚠︎内容に関するネタバレ・深読みを含みます
ミュージカル座さんの代表作『スター誕生』。
1970年代、オーディション番組「スター誕生」を軸に、昭和歌謡の黄金時代を駆け抜ける歌手たちや音楽プロデューサーたちの奔走を描いた作品だ。
ひと目見た瞬間その煌びやかさに心を奪われ、魅力的な登場人物たちや曲の数々にすっかりこの作品のファンになってしまった昨年2月。
楽しすぎてまた観たくてずっと心待ちにしていたし、なんならホームページもよく見に行っていたのでキャスト解禁前に上演されることには気づいていた。どれだけ楽しみだったんだ私。
そんなわけでスター誕生2023、観に行ってきました。
しかも今回は念願叶って月組星組どちらも観ることができ、ダブルキャストの面白さに触れてよりこの作品が好きになった気がする。
とはいえ作品自体の考察は実は去年の感想でだいぶ書いてしまった。
去年の感想はこちら↓
*観劇録*『スター誕生』感想と考察。 https://privatter.net/p/9336914
なので今回は、前回の観劇と違う印象を受けたところや新たな発見、月組星組で違ったところを中心に書いていこうと思う。
◆二人のぎっちゃん
今回、主人公であるぎっちゃんを演じたのは月組が西村ヒロチョさん、星組が髙畑岬さん。
昨年もぎっちゃんだった二人がそのまま続投、ヒロチョさんに関しては三度目という形だった。
いや、両班観て本当に良かった。
全然違う、それでいて両者の魅力がそれぞれ詰まった素敵な二人のぎっちゃんを観ることができた。
Twitterでも書いたのだけど、ヒロチョさんと岬さんではぎっちゃんという人間の根底にあるものがそもそも違った気がしている。
ヒロチョさんはいろいろ考えているけれど、無意識にすべてを陽気さで覆ってしまうぎっちゃん。
基本的にどの場面でもとても明るくて、セリフの言い方やちょっとした仕草がどれもどこか道化っぽい。Twitterにはストーリーテラーというよりも主役でありながら狂言回し、と書いたけれど、物語を進めていくセリフの抑揚が踊るように軽快で聞いていて心地よかった。そして番組の司会役を担う場面での盛り上げ方や声の張りがさすがという他なくて、本当にテレビの前にいるような気持ちになった。
ぎっちゃんとしても常に人を笑わせようというか、場を明るくしようとしている感じがした。努めてそうしようと振る舞っているというよりは、癖のように自然とそう行動しているように見えた。
ヒロチョさんの芸人という本職、つまり人を笑顔にする仕事についている方であると考えると、このスタンスはすごく納得がいくなぁと思う。ヒロチョさん演じるぎっちゃんの根底にあるものは「笑って欲しい」という気持ちだった気がしていて、特に百合子に対してはその姿勢が顕著だった。最初に百合子と会話する時の「君はスターになるよ」の冗談めかした、けれど本気で応援しているのがしっかり伝わる言い方にヒロチョさんのぎっちゃんの魅力がわかりやすく詰まっていたと思う。相手役だった花房さんがどこか揺らぎのある放っておけない百合子だったこともあって、百合子と対峙する時は他の人と話している時よりも余計明るく振る舞っていたように感じた。そんな姿が健気で、だからこそ最後の場面のヒロチョさんのお芝居がぐっと際立ったというか…この話はまた後述。
一方岬さんは不器用な優しさを持った、真面目で歌へのこだわりが強い悩めるぎっちゃん。
岬さんのお芝居の魅力は「うれしい」とか「かなしい」とか、そういう名前のついていない感情をセリフや歌や表情に乗せられるところだと思っているのだけど、ぎっちゃん役はその魅力が溢れ出るので本当に好き。役柄上舞台の隅っこで中央を見守る場面やスポットライトを浴びない場面も多い中、百合子へのあこがれや歌への葛藤などがしっかり伝わってくる。それを演じている感なく表現できるのが本当にすごいと思う。"役を生きる"という表現があるけれど、岬さんの場合舞台上にいる時はあたかもこれまでもこの先もその人として人生を送るかのように感じる。ぎっちゃんについても同様で、ぎっちゃんという役が作品の中だけで完結せず、あくまで彼の人生の一場面を切り取ったに過ぎないんだなと思ってしまうのだ。とにかく表現のひとつひとつがこれでもかというほど繊細で、そういうところが"演じる"にとどまらないお芝居を生み出しているのかな…と思ったりする。
歌に対しても百合子に対しても、いっそせつなくなるくらいひたむきな岬さんのぎっちゃん。歌に対してはとくらはなみの歌を聴きに行った後「本物の歌はどっちにあるんだ」と真剣に頭を抱える姿が微笑ましかった。自分の書いた曲を松沼先生の名前で出している現実(もっとも岬さん演じるぎっちゃんはそれを当然のことのように受け入れている節があったけれど)や、業界の人たちに辟易していたこともあって余計頭を抱えてしまったのだろう。真剣に歌と取り組みたい、と文字通り真剣な眼差しで言い切った後「今日はそう思った」と付け加えちゃうところが彼の真面目さだと思う。この場面で"本物の歌"について話をしたからこそ、岬さん演じるぎっちゃんは百合子に惹かれたんだろうな。もちろん一目見て心奪われ、声をかけてもらえてとても嬉しかったのは彼の表情を見ていればすぐにわかるのだけど、百合子に対するかけがえのなさが揺るぎないものになったというか。しかし同志のように感じていた百合子は遠い人になっていく。寂しさを感じつつもいつも優しく、眩しそうに百合子を見守るぎっちゃんの在り方は「君へ」に込められた想いの具現化だったと思う。彼女の幸せをただ願い、それさえ叶ってくれれば報われなくてもいい。岬さんのぎっちゃんは、誰にも、当事者である百合子にすら気づかれなくともずっと百合子の騎士だった。
◆二人の百合子
そしてヒロイン・小川百合子役は、月組に昨年岬さんと同じ班で同役を演じた花房里枝さん、星組に新キャストとして敷村珠夕さんが演じていた。
こちらも全く違う…清純派アイドル、という百合子の根幹の部分はきっちりそのままなのに、里枝さん敷村さんそれぞれとてもチャーミングな百合子だった。
里枝さんの圧倒的ヒロイン力と敷村さんの天真爛漫さ、どちらも清純派アイドルと呼ぶに有り余るほどの魅力だったと思う。
今回月組を観に行った大きな理由は「里枝さんの百合子がまた観たい」だった。(もちろんヒロチョさんのぎっちゃんが観てみたい、も大きな理由だったけれど)
昨年観た里枝さん演じる百合子のあのきらきらした感じ、儚く咲き誇るあの感じが大好きで。相変わらず中央に立った瞬間に心を奪われ惹きつけられる百合子で、本当に何度も書くけれどまさにスター誕生なのだ。
その輝かしいデビューの裏で、里枝さんの百合子は最初からどこか暗さを抱えている。一瞬でも目を離せば崩れてしまいそうな危うさがあって、"年齢を偽ってキャバレーで働いていた"という百合子の経緯がとても納得できてしまうのだ。昨年里枝さんの百合子を見た時に百合子が松沼先生に感じていたのは父性なのではないかと書いたのだけれど、今年もまたそんな気がした。お母さんと妹を助けるために働いていたということはきっと長女なのだろうし、それだけ泣きたくても泣けないことだってあっただろう。心の穴と寂しさをずつと堪えていたからこその暗い影と脆さを抱えた里枝さんの百合子が、松沼先生に出会ったときに寄りかかりたくなってしまう気持ちはすごくよくわかるなぁと思う。それでもやっていることは不倫なわけで、ぼろぼろになっていく百合子の姿が本当につらかった。ぎっちゃんとのラストシーンで里枝さんの百合子が流した涙は、溢れ出す、という言葉がしっくりくる。もうプラカードは上がらないと自覚するまでにぼろぼろになった自分に向けられた優しい歌声とぎっちゃんの願いに、不倫に走っても埋まることがなかった心の穴がようやく満たされ、そして溢れたのかなと。最後の「スター誕生」の歌唱で晴れやかな笑顔でぎっちゃんと踊る姿に心からよかったねと思う。本当に幸せになってほしい。
そういう意味では星組で百合子を演じた敷村さんは、里枝さんとは180度異なる印象を残していった。里枝さんの百合子が花のような儚さと可憐さが魅力なら、敷村さんの百合子は陽だまりのようなあたたかさと無邪気さが魅力。歌うことを心の底から楽しんでいるのが伝わってきて観ていて明るい気持ちになった。特に「生まれたわけ」の歌唱シーンは敷村さんにすごくぴったりだった気がしている。観ている時にあれ?と思ったのだけれどパンフレットを確認したらやはりアレンジが変わっていたらしい。松任谷由美さんの「やさしさに包まれたなら」をモチーフにアレンジされていたそうで、敷村さんの百合子にこの場面がぴったりだと感じたことにすごく納得がいった。あの明るさとほんの少し切なさを感じるメロディは敷村さんの明るさに通ずるものがある。この場面の百合子は希望に満ち溢れていて、百合子が歌を愛するのと同様歌に愛されているんだなと思わされた場面だった。
敷村さんの百合子は物語が進むにつれてどんどん表情が翳っていく。彼女のつらさは魅力である天真爛漫さや明るさが蝕まれていくところだった。コンサートのトークについてぎっちゃんに相談する場面の「だめよ。…清純じゃなくなってしまうから」というセリフを言う時の表情がものすごく暗くて、自分のことを後ろめたく思っているのがすごく伝わってきた。あんなに明るかった彼女だからこそ、その暗さがぐっと際立っていたと思う。「明るい日差しほど影が濃く、深くなるように」というぎっちゃんの言葉がそっくりそのまま百合子に落とし込まれている気がした。
敷村さんの百合子はラストシーンでは言葉通り泣きじゃくっていたのが印象的だった。その前の「ぎっちゃん、ごめんね」あたりから声が潤んでいて薬を飲む場面ですでに泣いているように見えたのだけど、それだけに彼女がどれほど自分を追い詰めてしまっていたかが伝わってくるようだった。明るく朗らかな少女であり、心から歌を愛してスターになったからこそ、自分の置かれている状況がずっと苦しかったんじゃないだろうか。きっとこの時百合子は松沼先生に裏切られた悲しみもさることながら、自分を愛してくれた百万人を裏切ってしまったことへの申し訳なさや、その百万人が一気に敵に回ってしまった恐怖を感じていたのだと思う。これまでよりももっとずっと強い孤独感を包んでくれたのが、自身のデビュー曲に隠されたメッセージであり、ぎっちゃんの優しくあたたかい歌声と眼差しだったんだろうな。
◆つまりダブルキャスト大変おもしろい
両班観て、やはりダブルキャストってめちゃくちゃ面白いなと感じた。
役者さんごとの感想もあるのだけど、それにプラスして演じる役者さんの組み合わせ次第で関係性の見え方にも違いがあるのが楽しい。
わさびの二人は、二人がわさびになるまでの関係性が月組星組で違って見えた。
梶尾綾さん・小林祐貴さん演じる月組のわさびは、どことなく幼馴染感のあるわさびだった。梶尾さんのしっかり者長女気質のミーちゃんと小林さんの天然ほわほわ末っ子気質のハーちゃんは、女の子の二人組としての相性が抜群だったと思う。ミーちゃんはハーちゃんが心配で、ハーちゃんはミーちゃんに甘える。気心知れた仲だからこそ、スターになってから訪れた衝突の"本気さ"が苛烈だったのかなと思った。そして気心知れた仲だからこそ、お互いの方針が違うとわかりあったときにお互いを尊重しつつも寂しそうに相手を見守っていたのかなと思うととても切なくて。時を経てコンビ復活していると語られた時の二人の弾けるような笑顔にこっちまで嬉しくなってしまった。
廣岡真帆さん・豊田由佳乃さん演じる星組のわさびは、共通の趣味を通してめちゃくちゃ仲良くなった親友二人組、という感じがした。序盤、まだ二人が岩手からやってきた垢抜けない女子高生だった場面で「本当はトムジョーンズみたいな歌が好き」「セクシーな感じのやつ!」と語る二人が楽しそうで。きっと二人で音楽を聴いて真似したりして、そしてスターを目指そうと思ったんだろうなと想像できるようだった。星組わさびは今回舞台ならではのトラブルに見舞われることが多かったけれど、その度にお互いを励まし、鼓舞しあいながら乗り切っていた。何が起きてもどんまい!と相手を励まし笑顔で背中を押してくれる、そんな二人の信頼感と仲の良さを感じられて余計にわさびが好きになった。
ゆうやとオリちゃんの「ファンレター」のシーンは誰もが大好きな場面だと思うけれど、こちらも月組星組で少し印象が違った。主にオリちゃんの歌い方と手紙を読むゆうやの反応の違いがそのコンビ特有の「ファンレター」を生み出していたのだと思う。
月組のゆうやとオリちゃんは、その場に一緒にいるわけではないはずの二人のやり取りがあまりにも必死で切なくなった。「ぜったいに一人じゃない」と歌う森川華子さん演じるオリちゃんの気持ちの溢れ方が尋常じゃなくて。どれだけ言葉を選ぼうと、これだけは伝えたいたった一言。それが一番シンプルな言葉になって溢れ出てしまったのがよくわかる歌唱にすごく胸打たれてしまって、それを古川雅達さんのゆうやが噛み締めるように丁寧に読み進めているのがわかって余計涙が止まらなかった。古川さんのゆうやが本当に泣きそうな顔で、オリちゃんの必死の想いがゆうやにしっかり伝わってるなって。苦しい時期を乗り越えての、ラブちゃんへの「ついていくわよ!」とゆうやの嬉しそうな顔、そしてオリちゃんへのファンサとそれに撃ち抜かれるオリちゃん…二人を取り巻くなにもかもがあたたかくて幸せな気持ちになった。
一方星組オリちゃんを演じた香本真梨奈さんは、オリちゃんとしては大ベテランということもありどんな場面でもすごく安定感があった。そしてそんなスタンスが"テレビ"という媒体をシンプルに楽しんでいるオリちゃんにぴったりだなと思っていたのだけど、だからこそファンレターの場面でこれまでテレビをどこか傍観者的に楽しんでいたオリちゃんがゆうやを応援するべく気持ちをぐっと込めて手紙を書く説得力が半端じゃなかった。揺れの少ない聞いていて心地いい歌声なのは変わらずでも、そこに並々ならぬ想いがある。優しく語りかけるように歌う香本さんのオリちゃんに対し、神澤直也さんのゆうやはずっと照れくさそうでかわいかった。照れくさそうなんだけどオリちゃんの言葉が確かにその胸に響いていて、顔もわからない自分のファンのことを思い空を見上げた時にはとても清々しい顔をしているのだ。オリちゃんの気持ちはしっかりゆうやに届いているんだなぁと感じられてとても好きなペアだった。
松みどりとヤスシ夫妻は、関係性という意味では一番月組星組のギャップがあったかもしれない。この夫妻は作中でゆうややとくらはなみと並ぶコメディシーンの担い手でありながら、各々が抱えた葛藤に胸を締め付けられるという見どころ満載すぎる役どころ。
星組の三宅文子さん・越前屋由隆さんのお芝居はこれでもかというほどメリハリがついていて楽しかった。面白いシーンはものすごく面白く、そこにみどりさんが抱える演歌へのプライドがあることはわかっていても面白いが勝つ。そこがお二人が演じる松みどり・ヤスシ夫妻のすごさだったと思うし、本当にたくさん笑わせていただいて。そこにヤスシさんの歌唱シーンが来る衝撃がこの役の一番の見どころだと思う。越前屋さんのヤスシさんはずっと優しくて、「なにより大切なのは君なんだ」と歌い妻を抱きしめる想いの強さが素敵。歌うと決めたみどりさんが立ち上がった瞬間の「大丈夫なのかい、」に越前屋さんのヤスシさんの優しさがいっぱい詰まっていた。三宅さんのみどりさんの表情も素敵で…ヤスシさんの言葉を涙ぐみながら聞いて微笑み、そして決意を固めて歌いにいく。夫の優しさと愛がなによりも彼女にとって力だったんだと思わせる一連のお芝居が本当に好き。
月組の夫妻はこれまでの夫妻の印象が変わった。もちろん面白い場面はちゃんと面白いのだが、なにがすごいって面白いのに切ないところ。面白い所作、セリフ、どれひとつとってもその裏に夫妻の葛藤が滲む。黒瀬千鶴子さんの凛とした美しさも相まって、みどりさんこういう役作りもあるのか!と新発見かつ納得だった。特に番組でパンダのマーチを歌うことになった時にどれほど酷なことかを力説するセリフ「その後に私がぱっぱぱっぱ…」のお芝居が私に取っては衝撃的で。星組の三宅さんや昨年拝見した福島桂子さんは、ここは直前まで必死に訴えつつ、パンダのマーチの出だしを歌うときは全力で茶化す、というお芝居で、シリアスな場面なのにそれが面白いというみどりさんらしいギャップがあった。けれど黒瀬さんのみどりさんは、茶化そうとして茶化せない。わざと明るく歌い出し踊り出そうとするも、やっていることの惨めさに唇が震えて動きと声が止まってしまう。胸が締め付けられるような苦しさがありありと伝わってくるお芝居だった。清水廉さん演じるヤスシさんはここまであくまでマネージャーに徹してきた印象だったので、「そんなに嫌なら行かなくていいんだ」と伝える時の優しくも断固とした声音にみどりさんへの愛を感じた。曲中の「きみとなら裸一貫」のところのきっぱり言い切る歌い方にもそれを感じて、妻を守るためならこれまでの努力をまっさらにすることも厭わない姿勢がみどりさんに勇気を与えたのだと思う。
役者さんの感想になってしまうので今回詳細には触れないけれど、ミキちゃん、とくらはなみ、千寿先生も月組星組で全然違って魅力的だった。ミキちゃんは「一番好きなこと」で松沼先生の話を聞いている時の表情がお二人それぞれチャーミングだったし、とくらはなみは言わずもがな役者さん各々の個性と役柄の融合が絶妙だったし、千寿先生の「ニッポン歌謡曲ブギ」は踊り方の違いにときめきつつどちらもかっこよくて美しくて素敵だった。
そしてシングルキャストだった岡ピーと秋先生も、相手の役者さんが変わるとちょっとだけお芝居のニュアンスが変わるように見えて役者さんってすごい…とあらためて感じた。きっとそれが月組・星組それぞれのカラーとなって作品に滲んでいたから、同じ物語なのにセリフや場面の捉え方がちょっとずつ変わるんだろうな。
つまりスタ誕、どの役も魅力的で語り尽くせない。そんなところがより一層、役者さんお一人お一人がかけがえのないスターであることを感じさせて好きだったりする。
◆松沼先生とぎっちゃん
去年と印象が180度変わったのが松沼先生。
昨年、私は松沼先生をとんでもなく食えない男だと思っていた。
ぎっちゃんとの間にたしかな信頼関係や師弟関係を感じるからこそ、そして秋先生の作詞家の抵抗を「支持するよ」と言う作曲家としてのプライドがあるからこそ、本当はぎっちゃんが書いている曲ばかりがヒットするのが妬ましかったのではないかと。
ぎっちゃんが百合子とのことを自分との恋愛関係のもつれだと言うこともできると言った時の「そういうストーリーにしよう」に、スキャンダルからの保身以外に「自分の地位を脅かしかねない若い芽を摘んでおく」保身の意図があったらどうしようと。
そんなことを考察して震えていたのだが。
今回の松沼先生、月組で演じた萬谷法英さんも星組で演じた奈良坂潤紀さんも、大物の貫禄はあるものの昨年のような食えなさは感じなかった。
むしろ大物作曲家の冠に似つかわしくない親しみやすささえ感じる…どことなく親戚にいるめちゃくちゃダンディな叔父さん、のような雰囲気があった。そしてどちらの松沼先生も結局は人の子なのだと感じさせる小心者な一面が見え隠れする。
「そういうストーリーにしよう」も「親指にしてもらおうかと思っている」もなんやかんや理由をつけてぎっちゃんとの対話を避けているわけではなく、本気でそう思っているんだろうなと感じさせる憎めないダメ男っぷり。とにかく良くも悪くも人間味のある松沼先生だった。むしろその頼り甲斐のないところが数多の女性たちの目にかわいげに映るからモテるのでは…。いわゆる"母性本能をくすぐる"というやつの典型例なのかもしれない。
萬谷さんの松沼先生とヒロチョさんのぎっちゃんは、あくまで大先生とアシスタントという関係なのだろうと感じた。松沼先生からぎっちゃんへは特に有能なアシスタント、ぎっちゃんから松沼先生へは師事している先生。それ以上でも以下でもない。二人の間のちょっとした距離感や会話の温度感が、松沼先生もまたぎっちゃんが大嫌いだと言う「業界の人」なんだなと思った。
奈良坂さんの松沼先生と岬さんのぎっちゃんはより師弟関係を感じるコンビだったと思う。(岬さんの子役時代に共演経験のあるお二人なので、そこも影響しているんだろうか)
岬さんのぎっちゃんは奈良坂さんの松沼先生を師匠として慕っている感じがしたし、奈良坂さんの松沼先生も岬さんのぎっちゃんをかわいがっている感じがして二人のやり取りはどこか微笑ましかった。
もしかするとこの些細に見えて決定的な違いが、クライマックスの場面でのぎっちゃんのお芝居の違いに繋がっていたのかもしれない。
◆ぎっちゃんの優しい嘘
最後に、私が一番好きなぎっちゃんのお芝居から。
松沼先生と百合子の不倫が公になり、ぎっちゃんは電話で松沼先生と連絡をとりながら百合子を匿うことになる。
しかしぎっちゃんが来客の対応に追われているうちに百合子は睡眠薬を飲んで自殺を図り、ぎっちゃんは松沼先生の合意の下「百合子は自分との恋愛関係が拗れて睡眠薬を飲んだ」とマスコミに嘘をついて百合子のために救急車を呼ぶ。
このあたりのお芝居、作品のクライマックスということもあって全体的に好きで。
昨年の観劇でも一番印象に残った場面だったけれど、今回ヒロチョさんのぎっちゃんも見た上でこの場面のお芝居でお二人が演じるぎっちゃんの明確な違いを感じることができ、より一層大好きな場面になった。
特に百合子が目を覚ましたあと松沼先生に電話をかけるぎっちゃんのお芝居がとんでもなく好き。
百合子が目を覚ましたことを伝え、お見舞いに来るかと尋ねるぎっちゃん。しかし松沼先生から返ってきたのは、百合子を案ずるどころか自身の行く末について語る、言わばまさにその瞬間のぎっちゃんにとって一ミリも重要ではない言葉。
ヒロチョさんのぎっちゃんは、ただ怒りと悲しみを湛えていた。前述の通りヒロチョさんのぎっちゃんにとって百合子はただ笑っていてほしい人。その人がこんなに追い詰められているこの瞬間に、元凶である松沼先生は一切彼女を気にかけてくれない。そんな怒りと悲しみが溢れ出ていた。いまそんなことはどうでもいいとか、百合子ちゃんのことは心配じゃないのかとか、きっと松沼先生に言ってやりたいことはたくさんあったはず。けれどどれも言葉にならなくて、わかりました、と電話を切る。
ところが岬さんのぎっちゃんは違う。岬さん演じるぎっちゃんが松沼先生の言葉を聞いて抱いたのは、明確な失望だった。あれだけ表情豊かだった彼の顔からその瞬間ふっと表情が抜け落ちる。それまでかろうじて保たれていた松沼先生への尊敬の念、というものが、ここでぷつっと切れたように見えた。思えば怒りや悲しみといったものは、百合子を匿ってほしいと言われた電話の最後「僕ら芸術家は不幸なほうがいい」と宣う松沼先生の言葉を聞いた段階で溢れ出ていた。と考えると、ヒロチョさんのぎっちゃんがどこか藁にもすがる思いで口にした「お見舞いに来られますか」という言葉は、岬さんのぎっちゃんにとっては松沼泰世という人間を判断する最後のボーダーラインだったのかもしれない。松沼先生を慕っていたからこそ、その一瞬で失望した。岬さんのぎっちゃんはもうこれ以上この人に言えることはないと判断したかのように、わかりました、と電話を切る。
そしてぎっちゃんは百合子の元へ戻る。
ヒロチョさんのぎっちゃんは、怒りや悲しみなんて最初から存在しなかったかのように。
岬さんのぎっちゃんは、病室に戻る前に大きく深呼吸をし、沈んだ心に蓋をして。
それは呼吸のように場を明るくしようと動くヒロチョさんのぎっちゃんと、百合子の前ではせめて穏やかでいたい岬さんのぎっちゃん、それぞれのやり方だった。穏やかな表情で百合子の元に戻ったぎっちゃんは彼女を覗き込み、そして優しい嘘をつくのだ。
「君が目を覚ましたと伝えたら、松沼先生はとても喜んでいたよ」
そんな言葉はひとつだって松沼先生から出ては来なかった。それなのにぎっちゃんがこんな嘘をついたのは、傷だらけの心を抱えて横たわる大切な人をもうこれ以上傷つけたくはなかったからだろう。
そして百合子の願いに応え、ぎっちゃんはこれまで自分のものとして伝えることができなかったメッセージを伝えることになる。
「君へ」。
百合子が最後に「この歌の意味がわかった」と微笑みながら呟くけれど、ぎっちゃんが歌うとこの曲の歌詞がすとんと心に落ちてくる。百合子のデビュー曲としてヒットし、きっとこの時代誰もが歌えた曲なのだろう。けれど誰が口ずさむよりも、百合子だけが聴いているぎっちゃんの歌がきっと、一番想いが詰まった"本物の歌"だったと思う。
曲に込めた思いの伝え方もお二人それぞれで。
誰よりも笑っていてほしい人の笑顔が翳ってしまった時、敢えて彼女の方を見ずにその涙を受け止めてくれるヒロチョさんのぎっちゃん。
傷ついた彼女の心に届くようにと、彼女をしっかり見つめて語りかけるように歌う岬さんのぎっちゃん。
表現は違えど同じようにかけがえのない相手に想いを歌う二人のぎっちゃんのお芝居がどちらもすごく素敵だった。これまでヒロチョさんと岬さん、それぞれのぎっちゃんのお芝居の違いを書いてきたけれど、ここのお芝居でその違いの理由が一気に回収されたような気がした。同じぎっちゃんを演じていても、同じ場面の同じセリフでも、ぎっちゃんが感じたことや考えたことは変わってくる。「君へ」に込めたメッセージは同じでも、その裏にあるぎっちゃんから百合子への想いはまったく同じものではないのだろう。「君へ」はぎっちゃんの心そのものだから、ここまでの演じ方があるからこそ強く聞こえる箇所が違ったのだと思う。
百合子に「いつも笑顔で」と願ったヒロチョさんのぎっちゃん。
たとえ自分が報われなくても「君の幸せ」を願った岬さんのぎっちゃん。
そのあたりの違いはきっと、両者の役作りの他、人間としてのお二人の感じ方や考え方のの違いが影響しているんだろうなと思った。
再三書くけれどどちらがいいとか悪いとかではなくて、それぞれのぎっちゃんの在り方がお二人が今回出した答えなのだと思う。
私はどちらのぎっちゃんもすごく納得できて大好きだった。
◆まとめ
他のどこにもない、他の誰でもない。
スターとはそんなかけがえのない存在であるとこの作品は定義する。
だとするならば、私にとってはこの『スター誕生』という作品そのものがスターだと言えるかもしれない。
こんなに物語に胸を高鳴らせ、その都度出ている役者さんのお芝居に惹き込まれる作品はきっと数えるほどしかない。
これまで観てきた作品の中で三本の指に入るほど大好きな『スター誕生』を、今年も素敵な役者さんのお芝居で観ることができ、とても幸せな時間だった。
こと今回は月組星組どちらも観たことで、役に対しての解釈が深まったり新たな一面が見えたりして、昨年とは違う楽しみ方で作品に没頭できた。
キャストが変わることで同じ場面でもニュアンスが変わる面白さを、同じ公演期間で感じられるのはすごく贅沢だと思う。こうしていろいろ書いてみればそれぞれの組で好きな場面や印象に残った場面が違うのも納得できるというか。どちらも観たからこそ、双方で好きな場面やお芝居が際立ったのかもしれない。ありふれた言葉にはなるけれど舞台はなまもの、という言葉がぴったりの作品。本当は劇場に来られないいろんな人に観せたいし何度も見返したいので映像が欲しいんだけど、きっと劇場で観ることでスター誕生の世界が完成するんだろうな…ううんでもやっぱりほしい…なんとかなりませんか…。
そして最後にちょっとだけ岬さんのことを私情だらけに書かせてもらうと、やっぱり岬さんの繊細なお芝居が大好きだなと思った。
あの繊細さは唯一無二というか、ぎっちゃんパートでも書いたけれど岬さんのお芝居からは言葉にできない感情までしっかり伝わってくるから好き。眼差しや声や、とにかくお芝居すべてに感情が滲むから、"役を生きる"というよりも"役そのものとして生きている"という感覚を私に与えるのかもしれない。
これからも岬さんのいろんなお芝居が観たいと思ったし、今回の『スター誕生』を通して、これまでも好きだった彼のお芝居や歌がより一層好きになって、またひとつ自分の中で岬さんがかけがえのない存在になった。
『スター誕生』、今年も最高でした。
明日も続くの!?とまたわくわくしたいので。
次の上演も心待ちにしています。
〈『ミュージカル スター誕生』※2023年ver 公演情報〉
※敬称略
制作:ミュージカル座
公演期間:2023年1月25日〜1月29日
会場:中目黒キンケロ・シアター
脚本・作詞:ハマナカトオル
作曲・編曲・音楽監督:久田菜美
演出:中本吉成
振付:隼海惺