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花束

全体公開 創作話 2909文字
2023-03-01 08:59:38

とある依頼の話。秋成と壱樹、湊、霧凍

Posted by @lianmiso

 ある昼下がり、壱樹は図鑑と睨めっこをしていた。
 たくさん花を咲かせて欲しいという依頼には驚いたものだったが、最後の住民が長年住んでいた島を離れ、島への別れのために花を贈りたいためと聞いてやる気が出て、意気揚々と図鑑を引っ張り出してきたものの、美しい花々の写真を長時間眺めていると瞼が降りてくる。
「珍しいですねぇ。貴方が図鑑を開いているなんて。雨でも振るんじゃないですかぁ?」
 眠気に侵食された頭に意地悪い声が降ってくる。
 疲れた首を上に向けると予想通り霧凍と隣に湊がいた。
「雨は雨でも1週間後に花びらの雨を降らせなきゃなんねーんだ。」
 壱樹の能力は植物を操る力である。
「あぁ、副所長からの依頼ですか。あの人も酔狂ですねぇ。いつもは儲けを重視するのに今回は利益が全然無いんですよぉ。」
「昔世話になったんじゃねーの?」
「貴方もおかしいですよ。貴方、勉強不得意でしょう。そこまでする必要ありますかぁ。適当に花出して撒けば良いじゃないですか。」
「せっかくなら島に咲いた花を出してやりてぇ。お前は花に思い出とかねーの?」
 霧凍の瞳を覗きこむが、硝子越しの瞳は変わりなく眉間の皺はいつも通りだ。思い出などないと目で語っていた。
「烏島では身近ですよね、花。」
「湊はわかってくれるか。」
「よく、柳くんと、花冠を作っていました。」
「あいつ器用なのか不器用なのかよくわからねーな。」
「壱樹さんも花というか植物好きですよね。」
「おう!好きだぜ!送るのも貰うのも大好きだ!」
 故郷の烏島の海岸沿いでは色とりどりに咲く花が有名だ。育てられている花はもちろん、野生に咲く花も目に美しい。高所に行けば、高山植物はもちろん珍しい固有種もあり、最近では観光客で賑わっている。花に関わる風習も多くあり、花は生活の一部だった。
 壱樹の手元にあるノートを霧凍は取り上げる。
「字が汚いですねぇ。」
「筆跡が強いだけだ。」
「調べてからどうするんですか。」
「能力ばかりじゃ消費が大きいし、種を集める。山育ちの人だから、その島の固有種のハヤウスユキソウの種か情報が欲しいな。」
「せいぜい頑張ってくださいね。」
「待てよ。」
 くるりと背を向けた霧凍に壱樹は声掛ける。想像通りの顔で振り向いた霧凍のシャツの胸ポケットに一輪薔薇を刺した。淡い藤色の上品な色の薔薇は微かに華やかで甘い香りがする。
「お疲れさん。」
 壱樹と薔薇を何度か見遣り、霧凍は奥の部屋に引っ込んでいく。壱樹は自身の能力で花を何種か出すと、みるみるうちに花冠が完成した。淡い紫、ピンクの野花や瑞々しい緑が鮮やかな花冠は湊の頭に被せられる。
「え、なんで。」
「なんとなく。こういうのは気楽でいいんだ。でも、押し付けがましかったか?」
「僕、すごく嬉しいです!あの頃を思い出すようで………霧凍さんも嫌なことははっきり言います。嬉しかったと思いますよ。」
 にこにこと湊が図鑑を捲った。
「おっ!手伝ってくれんの?でも、霧凍との仕事帰りだろ?悪いって。」
「いいんです。手伝わせてください。壱樹さんのお話、聞きたいんです。」
 花言葉なども十分調べ、話し合うことで考えも纏まり、種もウスユキソウ以外は手に入れることができた。
 当日。
 依頼人の家から船着場まで徒歩30分。車は通れないくらいの細い道で歩く依頼人はずっと後ろを気にしている。生まれてからずっと住んでいた島を離れるのだ。当然だろう。
 猟師をやっていたと言っていた割によたよたと歩き、思わず壱樹が支える。顔合わせの時より体は細く、軽い。積み重ねてきた歳なのか、それとも重荷を下ろしたからなのか。
「そこの川でよく魚釣りをしたものです。」
「ここの湧水は小さな頃からありましてね。友人たちと飲みましたね。」
「今はもう潰れてしまいましたが、そこに商店街があって、コロッケとか良く買ったんですよ。揚げたてが美味くて………
 段々と思い出話に勢いは無くなっていき、依頼人は黙り込んだ。船着場に着く。依頼人が今まで歩いて来た道を眺めているのを見守っていると副所長にポンと背を叩かれた。
「そろそろ船が来る。その前に。」
 壱樹が籠の中の花を宙にばら撒く。ただでさえ強い潮風の流れを副所長が操る。どこまでも青い空に、太陽を反射し煌めく海に、赤、紫、黄、桃の色鮮やかな花びらが風に乗り、島中に散る。中には星の形をした白い花弁が混じっていた。
「うまくいってよかったですね。」
「あぁ、依頼人も満足してくれた。よくやったね、壱樹くん。」
「湊に助けてもらったんです。あいつにも依頼料、払ってやってください。それにしても、ハヤウスユキソウの種なんてよく手に入りましたね。高山植物ブームで売り切れだったのに。」
 湊と都内、他県を回ってどこにもなかった。近年は観葉植物どころか野花、高山植物ブームでただでさえ手に入りにくいのを壱樹は知らなかったのだ。
「水に浸けて発芽しなかった種なんだよ。君なら発芽できるだろうと渡してくれた人がいたんだ。」
「誰ですか?」
「匿名希望でね。銀髪で眼鏡を掛けていた人だったよ。」
 外見の特徴は伝えるなと言われてない。と悪戯っぽく翠の目が笑った。
「素直じゃねーんだから。」
 東響から船で1時間。自分の故郷とは変わらない距離だが、長時間揺られ続けると、地上に降りた時も波に揉まれているかのようにぐらぐらと揺れている。いつになっても船は慣れない。船着場で家族と合流する依頼人を見届けると、壱樹は副所長に声掛けた。
「副所長はこれからどうするんですか?」
「私?替えのこれ、取りに行くよ。ちょうどいい機会だ。」
 左人差し指でモノクルを指差した。モノクルはよく見れば罅が入っている。副所長は左目だけ視力が悪い。忙しくて取りに行けなかったのだろう。未来を見通したという左目はもはや視力がないらしい。
「今日は多喜に後を任せてきたからね。慣れない仕事だと大変だろうし、早く帰らないと。お土産も物色しつつ。」
 壱樹の一緒に行くという申し出に「たまには1人、気楽にね。」と断る。じゃね、とひらひらと副所長は去っていった。
「壱樹、さん。」
「湊じゃねーか。」
「お仕事、うまくいきましたか?」
「おぉ、大成功だ!依頼人の人も喜んでくれたよ。」
 Vサインで答えると、湊は嬉しそうに笑った。
「はい、これ。お疲れ様です。」
 後ろ手で何か隠していると思ったら、花束だった。
「俺に?」
 はい、と湊が頷いた。
「どこぞの小学生が煩くてねぇ。」
「いたのかよ。」
 建物の影から現れたのは霧凍だ。忙しなく眼鏡を上げ下げしながら、鼻先に突きつけたのは花束だった。
 故郷、烏島に咲く花々で作られた花。
 2束、壱樹は受け取る。
「あれ?」
 壱樹の目の端から涙が溢れた。
「壱樹さん!?」
 湊からハンカチを受け取り、涙を拭う。
「泣く要素が何処にあるか理解できません。」
「家族以外から花束貰うのは初めてなんだよ。ありがとうな!!」
 両手の中の花束を抱きしめ、壱樹は晴れやかに笑った。


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