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小説② 酔いの夜明け

全体公開 1 68 4732文字
2023-03-05 14:51:18

Webオンリーでの公開作品
※二人が自制心のない飲み方しています
※ノベライズ1巻「アルバートの飲み比べ」ネタ

Posted by @enenaga


 その日も夕食を終え、長い足を放り出しながらソファで寛いでいるシャーロックにウィリアムは「付き合ってくれないかな」とグラスと手渡した。シャーロックが何も言わず受け取るとすかさずワインがそそがれる。同時に広がる深みのある香り。シャーロックはワインに精通しているわけではないがそれが品のいいものであるだろと予測する。
「まさか出会えるとは思わなくてね。つい、奮発しちゃった」
 ボトルに張られたラベルを見つめウィリアムは少し照れたように笑う。その目元は懐かしさを帯びていた。
 グラスをなるべく傾けないようシャーロックはソファから降りて窓際へのテーブルへ向かう。先ほどまで二人分の夕食が並んでいたそこはグラスウィリアム分のグラス一つとボトル一本だけが存在している。
「肴は?」
「僕の思い出話一つでどうかな」
 ワインのボトルを開ける時、ウィリアムは少しだけおしゃべりになる。澄んだ赤を通してシャーロックに聞かせるのはモリアーティ家長男アルバートとその使用人モランによる飲み比べ。幾度も開催されてきたその勝負は二人がワインを嗜む度にウィリアムによって語られてきた。
「またアルバートさんが勝つのか」
「おや、よく分かったね。流石シャーリー」
「聞かなくともわかる」
シャーロックが分かりきった勝敗を言い当てるとウィリアムはわざとらしく賞賛の言葉を贈った。そこそこの数の話をシャーロックは聞いてきたが、今のところアルバートの全勝で終わっている。話を聞く限りアルバートという男はとてつもない酒豪なのだろう。だからこそこの結末の予想を当てるのはたやすかった。
 代わり映えのない試合談には少し辟易してしまうが、ウィリアムの口を通せば不思議といくらでも聞いていられる。それに、愛おしそうに思い出を話すウィリアムの姿を見るとシャーロックはどうしてもグラスとともに耳を傾けてしまうのであった。
 
 今夜ウィリアムが語ったのはMI6が創設された日に行われた飲み比べだった。ちなみに二人が飲んでいるワインはその時に飲まれたものであり、アルバートも非常に気に入っていた逸品だ。その飲み比べは普段と違い、フレッドやルイスも勝負に参加するという一風変わった話となっていた。だが、やはり最後はアルバートの勝利で終わる。三人を打ち負かしたうえさらにワインを嗜むアルバートにシャーロックは若干引きながらも一つだけ疑問がうかびあがった。
「飲み比べにリアムは参加しねぇの?」
「僕じゃ勝負にならないし基本参加しないかな」
 その勝負ではウィリアムは最後まで審判を貫いていた。途中でモランによる参戦の依頼に応えようとしていたがルイスが代わりを申し出たためその話もなくなった。だが、今までにもウィリアムが飲み比べをする機会があったのならぜひ聞いてみたいとシャーロックは思う。
「それにお酒で潰れたくはないしね」
 だがウィリアムの返答はシャーロックの期待を打ち砕く。しかしそれは概ね予想通りの言葉だった。ウィリアムの元来の性格的に自制心のない行為は避けたがるというのはよく知っていた。だからこそ、彼のそういうところを見てみたいと思ってしまうのだが。シャーロックはさらに尋ねる。
「弱いのか?」
「比較対象が彼らだとどうにも……。全く飲めないってわけじゃないけど」
「じゃあやってみねぇ?」
シャーロックの誘いにウィリアムの目は微かに鋭くなる。
「飲み比べはしないよ」
きっぱりと断るウィリアム。だがシャーロックはそれを意に介さない。
「別にいいさ勝負なんて。リアムが限界ってとこまで飲んでみようぜ」
「潰れるほど飲みたくないと言ったはずだけど」
「一度くらいいいだろ」
強情にもひかないシャーロックにウィリアムは呆れる。たが、一度くらいいいだろ。の言葉は少し魅力的に思えた。飲み比べの次の日、大量のアルコールを取ったモランは満身創痍の状態で一日を過ごしている。しかし、何度痛い目を見ようともモランはそれを忘れたかのように勝負を挑む。それどころか酒さえあれば一人でも多量に摂取するのである。そんなモランを見ては翌日の悲惨さを知っているならば少しはセーブすればよいのにと思うが、彼が、彼らが楽しそうであったのは事実だった。体調に異常をきたすほど飲みたくはないと思うが、あの時、自分も羽目を外して共に飲みあう形で混ざるのも確かに楽しかったのかもしれない。ウィリアムはもしもの話にそう思い、視線を落とす。途端、手に持つ緋色が怪しく誘惑してくる。
「それもそうだね」
ウィリアムの言葉に嬉しそうにうなづいたシャーロックはボトルを取りに席を立つ。普段から二人ともワインを嗜むわけではないため本数は少ないが、何でもワインにこだわる必要はない。そうやってシャーロックは家中の酒をかき集めた。次々とテーブルに多種多様なアルコールが並べられていく。こうしてシャーロックが酒の用意をしている間、ウィリアムはキッチンに立ち何かつまめるものを用意した。気持ちは少し高揚しており、かすかに笑みが浮かんでいる。


「んで……それはジェシーが
「ジェシー……? 彼は確か死んだはずじゃ……
「ああ、ジェシーは被害者の名前か。えっと、あいつは、ジョンだっけ」
「ジョンは君の友人だろう……。恐らくだけど君が言いたいのは……
 あれから時がたち、シャーロックとウィリアムはすっかり出来上がっていた。「今度は俺が」とシャーロックは昔解決した事件などを話していたが、今では被害者と友人と犯人の名前も分からないほど酔いどれとなっている。聡明な頭脳も過度なアルコールには太刀打ち出来ないようで、彼らの目に映る世界は全てが「わからない」で完成していた。

「うぅ、こんなにも飲んだのは初めてだ」
「どこ行くんだ」
「水だよ……。ああ揺れる」
うめき声をあげながらウィリアムは背もたれからゆっくり身体を起こし、テーブルの水差しをとる。既に空になっていたと思っていたが少量残っていたらしく、注ぎ口から水がこぼれ床を濡らした。それを見たウィリアムはどこか冷静な頭で「やってしまった」と思ったが、すぐ億劫という思考にながされカーペットから視線を逸らしキッチンへ向かった。
「シャーリー?」
ウィリアムが戻ると先程まで椅子に座っていたいたはずのシャーリーの姿が見えなかった。呼びかけるが返事がない。とりあえずウィリアムは水差しを机に置くべく慎重に進むが、揺れる視界ではまっすぐ歩くことさえ叶わなかった。それでも歩を進めると、ソファに横になって目を閉じているシャーロックが見えてきた。どうやら先に限界を迎えたのはシャーロックの方だったらしい。
「寝てるの? 僕より先に?」
あれだけウィリアムに対して強気でいたシャーロックが幼い子のように寝ていることがなんとも滑稽で、ウィリアムから意味のわからない笑みがこぼれる。最初は肩を揺らすものだったがだんだんヒートアップして、息が出来ないほどの声が出る。さぞかし耳障りだろうと思うがそれでもシャーロックは起きない。それがさらに面白くてウィリアムはまた笑ってしまう。
人を遠慮なく見定める鋭い目が今は穏やかに閉じられている。しゃべりたがりの口も静かなままで、常日頃から粗雑な動きを披露するシャーロックが大人しいが妙にかわいらしく、酔ったウィリアムはちょっかいをかけたくなった。
「シャーリー、シャーリー」
「んぁ?」
「座りたいのでどいてください」
……あぁ。うん」
 シャーロックはウィリアムに肩を揺さぶられいったん目を開けるが、問いかけに意味の無い声を漏らすとまた眠りについた。今度は揺さぶっても起きない。それに少し機嫌を損ねたウィリアムはシャーロックの肩を掴むと、ゆっくりとソファから地面へと引きずり下ろした。なんでそんなことをしたかと聞かれても意味が無いため答えようがない。ただ、ウィリアムはソファに座りたかったし、シャーロックに悪戯をしたかったのだ。
頭は打たぬよう支えたが体に衝撃はあっただろう。それでもシャーロックは目を覚ますことはなかった。深い深い呼吸を繰り返すシャーロックが愛おしくなり、ウィリアムは気まぐれに癖づくシャーロックの髪を撫でた。
シャーロックを弄ったことで気を良くしたウィリアムはもう一度ボトルと空のグラスを持ってきた。記憶の中のアルバートを真似してグラスにワインを大量にそそぐ。特段意識したことはなかったが、几帳面な兄がたまに見せるこんな横着がウィリアムは好きであった。

――これを飲み切ったらもうお開きにしよう。


体が震えシャーロックの意識が浮上する。アルコールを大量に摂取した体は熱さを通り越して冷えきっていた。目を開けることすら億劫に思える気だるさを押しのけて布団を手繰り寄せようとシャーロックは手を動し近く布をつかむ。だが、それは何かに引っ張られ上手くいかない。煩わしさに唸っていると隣になにか熱を持つ物体があることに気づき、シャーロックは暖を求めてそれを抱きしめた。
腕の中に収めるには少し大きいものに覚醒しかけている脳が勝手に正体を突き詰めようと動く。しかし、霞む思考ではうまくまとまらない。シャーロックは観念し、弱々しく目を開けた。最初に映ったのは目と鼻の先にあるウィリアムの顔。暗闇でも認識できるほどの近さに驚いたシャーロックは思わず仰け反る。相変わらず見事に端正な顔だが、乱れた金の髪がそれを隠していた。シャーロックは現状を把握すべく体を起こそうと地面に手をつく。ひんやりとした固い感触にここがベッドの上ではなく床の上であることにようやく気付いた。
被ってる毛布の経路も床で仲良く寝てる経緯もシャーロックは知らないが、遠くで転がるボトルにシャーロックはなんとなくの状況を察した。情けないことに自分はウィリアムより先に潰れたんだな。シャーロックはそう考える。恐らくウィリアムはシャーロックのために寝室から毛布を持ってきたがそこで力尽きたのか何を思っていたのか自分も床で寝ることを選択したらしい。
シャーロックは眼帯をつけたまま横になっているウィリアムを見る。常に完璧を纏ってきた男が床に寝転ぶだなんて想像出来ず、そのミスマッチっぷりに奇妙さを覚えた。
……床じゃ体痛めるだろ」
そう呟いて、シャーロックは気合いを入れるように息を吐くとゆっくりと立ち上がった。上手く分解されない毒素が頭痛を引き起こす。
シャーロックは規則正しい呼吸を繰り返すウィリアムを仰向けに動かして頭側から脇の下へ腕を差し入れウィリアムの体を引き上げた。そのまま近くのソファへと転がす。硬い床よりは多少マシであろう。
少々雑な扱いであったが、深く寝入っているウィリアムは眉ひとつ動かさなかった。シャーロックはここまで飲ませてしまったことに罪悪感は抱くが、それと同時にあの完璧で仲間たちに守られてきたウィリアムを隙だらけの状態にさせたことの優越感もあった。
シャーロックはウィリアムに毛布をかけると今度は自身の寝室へいき、毛布を手にしてまたリビングへと戻ってきた。折角なら二人でここで共に過ごそう。
「おやすみリアム」
ウィリアムの足元に位置する床に座り、ソファによりかかって目を閉じる。冷えた空気は夜明けが来ることを示唆している。いずれ陽がのぼり、そのうち目覚めるであろうウィリアムがこの堕落しきった朝に何を思うのか、そんなことを考えながらシャーロックはまた微睡みへと沈んでいった。


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