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彼を見たとき、それは然も当然の様に思えた。自分の隣に同じ姿をしたものがいる。それは己と同じ顔をして、同じ言葉を話し、同じ動きをする。彼が自分と同じ胎から生まれた兄弟だと言われるまで、ウォルラベンはエデュアルドという片割れを正しく自身の"片割れ"だと認識していた。
それが当然なのだと思った。
二人を生んだ女が自分達に微笑んだ記憶はない。自分達の世話するのはいつだって不愛想に料理を運んでくる年配の女で、丸々とした小さな身体から生えた手は意外なほどに骨ばっており、それでもきちんと手入れがされている柔らかなそれで「お可哀想に」と頬を撫でていた。
自分達が何故お可哀想なのか、七つの歳を迎える頃までわからなかった。濡れた烏のような髪の女を小さな窓から見下ろしていても、誰と会うでもなく見世物のように眺められていても、男は自分達が可哀想だとは思わなかった。ただ漠然と、二人は二人だから"そう"なのだと感じていた。それでよかった。
白い花を持った人々が庭に集まり列を成して頭を下げる。それからあの女と同じ色をした艶やかな箱の中を覗き込むと、彼等はまるで一つの黒い生き物みたいにさわさわと蠢いた。ちらりと見えた箱の中には神経質そうに結ばれた青白い指があるだけで、ああ女が死んだのかと気付く頃には、自分達の居場所も瞳の色もすっかり変わっていたのだ。
皮膚に張り付いた泥と垢が不愉快で血が滲むほどほど擦り続けていれば、不愛想なあの世話人の言う通り、ウォルラベンにも自分達の状況が成程確かにお可哀想だと思えた。心優しい片割れはどこからか濡らした多少清潔そうな布を持ち帰っては、そんな自分の腕をそっと拭う。大丈夫だよウォル、ほら綺麗になった。そう言って今まで通り口の端を上げるので、可哀想だ可哀想だと嘆く記憶の皺に、貴方が言うほど悪くもないよ、などと思ったものだ。
寝床は犬猫の糞尿や誰かの唾が吐き捨てられた街灯のない路地に変わり、食事は虫達のおこぼれを。そんな生活をしていれば大抵誰かは気にするようで、身形の良い老年の女性は何かを囁くと、何が可笑しいかまるで素晴らしい物事に出会ったみたいに笑みを浮かべた。
やはり然程悪くはない。ルーベンス夫妻は、とても変わった老夫婦だった。
エデュアルドはといえば、ウォルラベンにとって彼は自身の片割れであると真実そう思っていたのだが、不思議な事に彼は自分とは全く別の生き物のようで、ともすると、恐らく、自分がエデュアルドの付属品なのではないかと、そう考える事が多くなった。そうであるならば、そうでなければ、この素晴らしい兄弟が"お可哀想"などと憐れまれる筈もないのだ。
真実を知る事は出来ない。ウォルラベンにもエデュアルドにも、何故自分達がこの国に置いて行かれたのかなど知る由もない。その事だけが男にとっては救いだった。同時に不安に包まれ過ごすようになる。彼がいつ真実を知るのかと。
「俺は、エディみたいに上手く生きられないんだ。お前のように誰かと深く繋がろうとも思えない。彼等の事は好きさ、善い人達だ。俺だって無理してるわけじゃない」
「うん」
「ディオネは面白い男だし、ツェツィーリアは誠実な人だ。香やルカは心豊かで可愛くて、霖は気さくで頼もしい。気の置けない後輩だっているし、職員は俺の仲間だ。本当にそう思ってる。それでも、一番はお前なんだ、エデュアルド。俺にはお前しかいないんだ」
「俺だって同じだ兄弟。お前がいなくちゃ俺だって駄目になる」
なあウォル。血の染み込んだ布を当てて眉を下げたあの日の兄弟が笑う。大丈夫だよ、綺麗になった。お前がそう言うから俺は垢に塗れた自分の身体を"綺麗なもの"としたんだ。
「俺達、同じなんだ。お互い勝手で、それが良い事だって一人で突っ走って。俺達は互いを必要としてるのに、一番近いものを見落として、何も知らなかったんだ。馬鹿だよな。双子だからって話さなくてもわかるなんて、そんな事ないのにさ。覚えてるか? 俺達、二人だけの子守歌を作って歌ってただろ。寂しくないようにって」
「……ああ」
「俺はさ、兄弟。兄弟が隣にいてくれたから今の俺があるんだ。大切な兄弟がまた寂しい思いをするなんて、そんな事考えたくもない。大事なんだ、ウォル。お前の事が何よりも」
「ああ。ああ、俺も、俺もそうだ兄弟。お前の事が何よりも大事なんだ」
膜が決壊し、白眼がほんのりと赤く色付き、朝露に濡れた草木のように眩く輝く。この世のどんな賛辞だって、彼の穢れなき言葉を表すには足りないだろう。なあ、エディ。何が言いたいかわかるよ。大丈夫だって言いたいんだろ。わかっているんだ、そんな事。
お前が眠りについたとき、静かに上下する鼓動にどれほど感謝をしているか。朝起きたとき、お前の細かに震える睫毛に乗った雫がころんと離れる様に、俺がどれほどの幸福を感じているか、お前はさっぱり気付かない。
眠れぬ夜、子守歌でも歌えば少しは気が紛れると話すお前に、俺は何と返したのだったか。俺が恐ろしいのは、あの女に棄てられた事でも、この先誰かから棄てられる事でもないというのに。
「話をしよう、兄弟。子供の頃みたいにさ。俺達大人になって、知らない事ばかりが増えたみたいだ」
「そうだな兄弟、お互い話していない事が山程ある。懐かしいあの家で、小さな思い出に浸る時間くらい取れるだろう」
額を合わせ、眼を閉じる。着信を知らせる音が鳴り、外からは複数の足音が石畳を鳴らす。針が刻一刻と自分達を急かし、移動するべき時刻を指し示す。その間、男達は静かに互いの体温だけを感じていた。