カルみと リクエストより
🎃さんが人質に取られる話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「動くなァッ!!!!!」
ドラマや映画で聞くような陳腐でありふれた怒鳴り声はしかし、縞斑の動きを止めるには十分な効力を発揮していた。
男のひとりが乱暴に倒れ伏していた神無の髪を掴む。傷ついた彼は、目を閉じたまま苦しげな呻き声を上げた。
「ぅ…あ……」
「神無ッ!!!!」
縞斑の側で応戦していたディーノが声を上げる。傷つく相棒の姿を視界に収めた彼の瞳が、真っ赤に染まった。
彼の手が迷わずショットガンを握り、男に向けられる様子に気が付いた縞斑はその銃身を掴む。
「待って、ディーノちゃん。」
「ッ離してください…!!神無が、神無を、よくも……っ!!!」
怒りに体をわなわなと震わせるディーノが、攻撃を止めようとする縞斑を睨んだ。あと一歩でも縞斑の制止が遅ければ、彼は迷いなく男へと発砲していたことだろう。
男への怒りは縞斑や、隣に立つアサギリも同じだ。しかしその攻撃は得策ではない。縞斑は言い聞かせるようにゆっくりと口を開く。
「今の君の心理状態で、絶対に外さない自信ある?」
「それは…!!」
「疲弊した今の彼に掠ったら、助からないかもしれない。落ち着いて。」
怒りに我を忘れた彼が放つ弾丸が僅かにでも逸れたら、その弾が運悪く捕われた神無に当たったら。
本来のアンドロイドならば、狙った的を外すなど有り得ない。しかし、感情を抱き人と並ぶ今の彼らに100%は存在しないのだ。
ディーノをディーノとして見た上でそう諭す縞斑の言葉に、彼は小さく息を呑むと唇をきつく噛み締める。こくりと頷いた彼の手から、ショットガンが取り落とされた。
断腸の決断を下した彼の頭を撫でた縞斑は、自身が手に持つサブマシンガンを床に落としながらアサギリを見やる。
「アサギリちゃんも、お願い。」
「…かしこまりました。」
頷いたアサギリも、両手の拳銃を床へと落とした。がしゃん、とコンクリートの地面にいくつもの銃火器がぶつかる音が響く。
「…それで、何が目的なのかな?」
薄く瞳を開いた縞斑は、明確な敵意を隠さずに男たちを見据える。その眼光に動じない彼らは、武器を捨てた3人に向けて勝ち誇った笑みを向けた。
神無が自宅に帰る途中に誘拐されたのは、数日前のことだ。
監視カメラの映像や乏しい目撃情報を頼りに、この場所に辿り着いた縞斑たちが目にしたのは、男たちに暴行を加えられ傷だらけで倒れる神無の姿だった。
怒りのままに制圧を行おうとした3人だったが、その勢いに危険を感じた男が咄嗟に神無を人質にしたのだ。
「目的は…彼じゃないだろう?」
捕われたまま苦しげに目を閉じる神無の頬には、殴られた痕がいくつもあった。
服が暴かれた形跡はないが、土に汚れていることから服の下にも痣が広がっているのだろうことが推測できる。
神無そのものが目的なのだとしたら、考えられないほどの暴力だ。彼が訓練を積んだ刑事でなければ、死んでいてもおかしくない。
神無をドロ課の刑事としてでもなく、天才科学者天城圭一の息子でもなく、誘拐して暴力を振るう理由。心当たりがひとつしかない縞斑は、表情を更に険しくする。
そんな縞斑の前で、汚く笑う男は彼の予想通りの言葉を口にした。
「俺たちの目的は、スパローのリーダーの首だ!!!」
男たちの会社は、アンドロイドを従業員として雇い、劣悪な環境で今まで扱ってきた。
しかし先日、一体のアンドロイドの変異を皮切りに、彼らが暴走して会社を逃げ出したのだ。
そんな彼らを保護したのは、スパローのリーダーである縞斑だった。アンドロイドたちを返せと声を上げた男たちに、縞斑は決して応じなかったのだ。
「お前のせいで、俺たちは路頭に迷うことになったんだ…!!」
アンドロイドが逃げ出したことによって経営が回らなくなった男たちの会社は、間も無く倒産した。
アンドロイドに対して法の改案が検討されている現在、アンドロイドに暴力を振るって変異させた男たちは同情を得ることもできなかった。
それどころかネットでは更にバッシングを受けて、男たちの怒りの矛先は逃げ出したアンドロイドたちから、それを手助けした縞斑へと向けられたのだ。
縞斑への復讐のために情報を集めていた男たちは、そんなスパローに時々足を運ぶ神無の姿を見つけた。
楽しげに縞斑の隣を歩く彼の姿と、愛おしげな表情を浮かべる縞斑の姿を目にした男たちは、彼を捕らえれば必ず縞斑を有利な状況で炙り出すことができると考えたのである。
「…なるほどね。」
呟いた縞斑は浅く息を吐く。
神無との逢瀬には、細心の注意を払っていたつもりだった。
犯罪組織のリーダーである自分と、刑事である神無では、この関係が公にされたとき不利な立場に陥るのは神無だ。
自分の油断が、神無の身の危険を招いた。自身の手のひらを強く握りしめた縞斑は、今は悔やむことよりも彼を助け出すことを優先しなければならないと思い直す。
「…何をすればいい。従うから、彼を離してくれ。」
「やけに素直だなぁ?そんなにこいつが大事か?」
大人しく男たちの指示に応じる縞斑の姿に気を良くしたらしい男は、神無の顔を縞斑へと見せつけた。
額から流れる血が彼の形の良い顎を伝い、コンクリートの地面をぱたりと叩く。浅い呼吸を繰り返すその姿に、時間がないことは明白だった。
彼に触れるな、今すぐにでもそう怒鳴り声を上げて手を伸ばしそうになる体を必死に抑え、縞斑は笑みを浮かべる。
「…何より、大事だよ。だから彼に万が一のことがあったら、俺は何をするか分からない。」
早く指示を寄越せと言外に伝えれば、その威圧に僅かに押されたらしい男が身構えた。
腕の中の神無は衰弱しており、これ以上暴力を働けば命を落とすかもしれない。もしも彼が死ねば、縞斑を留める手段を失うことになる。
神無が死ぬ前に縞斑を始末するべきだと考えた男は、手の中の拳銃を縞斑の足下へと滑らせた。
「その拳銃で、お前の頭を撃ち抜け。」
その言葉に反応を示したのはアサギリだった。
ぴくりと肩を揺らした彼から発せられるのは、膨大な殺気だ。赤く染まった瞳で男たちを睨みつけるその姿には、もう二度と主人を失いたくないという強い意志が見てとれた。
「アサギリちゃん、大丈夫。」
そんな彼に声を掛けながら、縞斑は左手で拳銃を手に取る。弾が一発込められていることを確認すると、縞斑はゆっくりとした仕草で銃口をこめかみに押し当てた。
ディーノが息を飲み、アサギリが目を見開く。仲間たちからの視線を受けたまま、縞斑は口を開いた。
「あとは頼んだからね、アサギリちゃん。」
翡翠の瞳に、大切な相棒の姿を捉える。
彼の瞳に映る怒りに染まった自分を目にしたアサギリは、深く息を吐いて瞳の色を戻した。
「…かしこまりました。」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとやれ!!!!!!」
縞斑とアサギリのやり取りに危険信号が鳴り響いたのか、男は鋭い声を上げる。
縞斑は安全装置を外すと、引き金に指を掛けて目を閉じた。
その指を引こうとした、その時だ。
「神無ッ!!!」
ディーノの鋭い叫び声が聞こえた縞斑が目を開く。そこには、朦朧とした意識の中で男の胸に強烈な肘鉄を繰り出した神無の姿があった。
「ぐ、ッ?!」
悲鳴を上げた男は、痛みのあまり拘束を緩める。その一瞬の隙をついて、神無は男の手を振り解くとその場を駆け出した。
押し当てられていたナイフの切っ先が、神無の首を掠める。じわりと滲んだ血と痛みに小さく唸った神無は、体力と気力の限界を迎えてがくりと足がもつれた。
「ぁ…」
「三十一!!!!」
縞斑は拳銃をその場に投げると、伸ばされた神無の手を迷わず掴み取った。強く引き寄せて、腕の中に弱ったその体を抱える。
取り戻したことへの安堵を覚えるも束の間、神無に振り解かれた男が青筋を浮かべてナイフを振り上げた。意味不明に喚きながら、その切っ先が神無へと向けられる。
「っ…!!」
咄嗟に神無を抱き寄せて、攻撃から庇うように身構えた縞斑が目を閉じた。
しかし、衝撃は訪れることがなく、代わりに響いたのは何かが砕ける金属音だけだ。
目を開けた縞斑の前には、腕でナイフを受け止めて怒りの形相で仁王立ちをするアサギリの姿があった。
ナイフが突き刺さったことにより零れ落ちる部品とブルーブラッドに構わず、拳を固めたアサギリが男の顎を殴る。ぐらりと脳を揺らした男は、声もなくその場に昏倒した。
「マスター、神無さんを。」
「…わかった、ありがとう。」
喚き声を上げる男たちが、神無と縞斑に銃口を向ける。立ち塞がったディーノとアサギリに頷くと、縞斑は神無の体を抱えて身を低くした。
頭上で始まった銃弾の応酬を聞きながら、縞斑は神無の傷の手当てを行おうと顔を覗き込む。
「三十一…?」
「ぁ…あ……ゃ…っ」
しかし、その顔はひどい怯えの色を映していた。これまでの男たちに与えられた行為からではない、今この状態が神無には耐えられないのだろう。
かつて赤星に、同じように庇われたことのある神無が、震える両手で縞斑を退かそうと押した。
「やだ…っ……いで、しなない、で…」
「…大丈夫、俺たちは死なないよ。」
胸を押そうとする手を掴んで握り返せば、焦点の定まっていなかった瞳が僅かに凪いだ。
ゆるゆると縞斑を見上げた神無は、切れてしまった赤の滲む唇を小さく開く。
「かる、ま……?」
「そうだよ。みんなで迎えにきた。」
遅くなってごめん、呟いた縞斑は神無の腫れてしまった頬にそっと触れた。全身がひどく痛むらしい神無は、それでも頬に触れる大切な人の体温に安堵の溜息を零す。
「もう少しだけ、我慢できる?」
息をするたびに苦しげな様子から察するに、おそらく肋骨が折れているのだろう。
応急処置にも限界がある。はやくここを離れて、外で待機しているレミたちに預けなければならない。
首筋に刻まれた怪我に圧迫止血を行いながら、縞斑は神無に話しかける。幸いこちらの傷は掠っただけのようだ。
神無がこくりと頷いたことを確認すると、縞斑は神無の傷に障らないよう細心の注意を払いながら彼へと覆い被さった。
人質を失った男たちとの銃撃戦は、ディーノとアサギリの圧倒的有利で決着がついた。
縞斑たちへ向けて放たれる弾丸を長い尾で弾きながら、男たちの足を的確に撃ち抜いたディーノと、男たちの構える拳銃を次々に撃ち落としていくアサギリによって、数分もせずに男たちは倒れたのだ。
主人を傷つける存在がこの場に誰もいないことを改めて確認したディーノとアサギリは、ようやく瞳の色を戻すと二人の元に駆け寄る。
「マスター!!」
「神無!!!」
声と止んだ銃声に気が付いた縞斑が、ゆっくりと体を起こす。神無に怪我がないことを確かめると、縞斑はパートナーたちに笑みを返した。
「二人ともありがとう。」
「……でぃ、の………ぁ…さぎ…り」
縞斑に抱えられた神無が弱々しく声を上げる。そんな彼を安心させるように顔を覗き込んだディーノとアサギリの体は、縞斑たちを庇ったことによって所々が破損していた。
ブルーブラッドを流しながら、それでも神無の様子に安心した表情を浮かべる彼らの姿を見上げて、神無は苦しげに眉を寄せる。
「ご、め…ん……けが、して…」
「っこれぐらい!どうということはありません!!」
「そうですよ、我々はアンドロイドです。どうかご自分の心配をなさってください。」
自分のせいで二人が傷ついたと悔やむ神無の手のひらをディーノとアサギリが握った。
アンドロイドである彼らはスタックさえ破損しなければ、部品を替えることですぐに回復ができる。
しかし、人間はそうではない。傷つけば治るまでには相応の時間を要するし、重傷を負えば命を落とす。
それでも神無は、二人が傷つくことに耐えられないのだ。アンドロイドも人間も、変わらない生き物だと思っているから。
「ごめ…ん、な……」
「謝るのは俺の方だよ。」
それまでパートナーたちの会話を黙って聞いていた縞斑は、そう呟くと腕の中の存在を確かめるように抱きしめる。
神無の胸に顔を埋めて、ようやく呼吸を思い出したらしい体が深く酸素を吸い込んだ。情けない濡れた声を必死に飲み込んで、ぽつりと縞斑は口を開く。
「…また、失うかと思った。」
傷ついた神無を目にした時、縞斑は絶望し目の前が真っ暗になったのだ。大切なものが自分の手のひらの上からこぼれ落ちていく恐怖を、縞斑は誰より良く知っている。
また、間に合わないかもしれない。救えないかもしれない。そんな恐怖に震え続けていた手のひらを握りしめて、縞斑は浅く息を吐いた。
「とても……こわかった。」
神無の手がふらりと伸びて、縞斑の髪をかき混ぜる。ここにいると、口に出すことすらままならないほど疲弊しているのに、彼は不安に犯されていた縞斑の心を溶かした。
「……ありがと、」
呟いた神無が意識を手放す。
穏やかとは言い難いが、目を閉じて体を休める彼を今度こそ抱え上げると、縞斑はディーノとアサギリを連れてその場を後にするのだった。
終
補足
こめかみの射撃は、直前に銃口を逸らすことで即死を免れることができるそうです。
縞斑さんは重症こそ覚悟していたものの、死ぬつもりはないです。倒れている間にアサギリちゃんに制圧を任せようとしていました。
それより早く、縞斑さんが撃たれると思った神無君が動いた感じです。