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Unhory

全体公開 1 8198文字
2023-03-10 22:17:21

再録本の書き下ろし・エンゼラ編。おしみなく見せる方向で。春だからな!

「神の名において我らは戦い、悪魔を倒すのだ」
「勝てなかったらどうなるの?」
「そんなことはありえない」


 香の煙も聖別された油も白墨で描かれた輪も、魔よけの効能がある。とされている、はずだ。
 それらで厳重に防御を固め、さらに術者もついて安全は保障されている。しかし、いざ目の前で悪魔が呻いているとなると、緊張のために手に汗がじっとりと浮かんでくるのだ。
 ぐぐう、という奇妙な音が聞こえる。悪魔に憑りつかれた哀れな犠牲者の、喉から発する声だった。
「さあ言え、お前の名前を!」
 凛と張った聖職者の声が悪魔憑きの女を叱咤する。
 女はむちむちとした腕に縄を食い込ませ、椅子に縛されていた。家庭の幸せを絵に描いたような逞しく太った体は普段、桃色に染まって血色が良いのだろう。広い胸に子供を幾人も抱え、豪快に笑っているのが似合うような女性だった。今はどす黒い顔を歪め、向かい合う聖職者を睨みつけている。
「名を名乗れ!」
 また裂帛の気合が飛ぶ。隣にいたアコライトがビクリと肩を震わせたのがわかった。エンゼラはそれを横目で見ながら、やはり緊張からの息をそっと吐いた。
 女は横を向き、何事かを呟いた。その瞬間、術者は強く神を讃え始める。ついに元凶たる悪魔は名前を吐いたらしい。女の呻きは段々と細り、やがて動かなくなった。縄が解かれ、気付け薬を嗅がされる。
「もう大丈夫だ」
 アイゼック先生の請合う声で、その場に安堵の溜息が漏れた。
「よくやった、アダム」
「ありがとうございます、先生」
 師より肩を叩かれた若いハイプリーストは、ようやく笑顔を見せた。

 冒険者となればある程度オールマイティさを求められるが、専門職としてのプリーストにはいくつかの傾向がある。
 アイゼック先生は退魔師を育てる指導者として、長年その任についている。地位としてはアークビショップ。壮年の貫禄を持ったベテランで、もう何人もの退魔師を世に送り出している。そして、彼に師事しているプリーストの中で今、一番長く弟子でいるのがアダムだ。彼には随分と難しい仕事も任せられるようになった。
 これから退魔師になろうとしている聖堂のヒヨッコたち……アコライトたちは、少しでも早くアダムに倣うようにと、よく言い聞かされている。
 エンゼラはアコライト三年目。同じく、退魔の勉強をしている仲間たちに交じり、毎日、アイゼック先生に怒られないように奮闘中だ。アイゼック先生は厳しいことで有名であり、真面目なエンゼラであってもお小言をいただくことがしばしばあった。
 宿題を忘れたなんて洒落にならない。だから、今日の見学に関してのレポートを出さなければならないアコライトたちは、文字数稼ぎのヒントを貰おうとアダム先輩を囲んで集りに行くのだ。
「今日の相手はどうでしたか?」
「決めの一手はどういうタイミングで?」
 聞き方がヒーローインタビューなんだよな、とアダムは笑う。この気さくさが後輩にも人気の秘密だ。それでもアコライトの質問を浴びながらキチンと考えをまとめて解答していくのは、己の仕事に対する熱心さからに他ならない。
「今回のはそんなに……難しくはなかったな。よくあるタイプの悪魔払いで、悪魔の名前さえ聞き出せば何も困るところがなかった。ああいうのは……憑りつかれた側が落ち着くと消えることが多いんだ」
 エンゼラも質問を加えてみた。
「落ち着く、というか、疲れているように見えましたけど」
「その二つは似ているから慎重に見極めないといけない。疲弊して衰弱すると、媒体にされている人間の魂が持っていかれることがある。そうではなく、体力はまだありそうだけど気持ちが現状に納得した時、悪魔と決別する決心がつくのだと思う。結局、悪魔を呼ぶのは人の悩みからだ」
 そのうち一人が、ふと思いついたことを口にした。
「そういえば、負けそうになったら、どうしたらいいですか?」 
「負けそう?」
「その、媒体の人の魂を持っていかれそうになるとか。あるいは敵が強くて敵わないような……
「罰当たりな!」
 不意に降ってきた怒鳴り声に、一同は首を竦めた。
 大股でこちらにやってくるのはアイゼック先生だ。あの鬼の形相は完全にお説教モードである。アコライトたちは絶望的な気分で顔を見合わせた。
「一体誰だ、自分の勉強不足を棚に上げて神を貶める発言をしたのは!」
 まさか素直に手を上げる者はいない。一斉に口を噤んだアコライトたちに、アイゼック先生はさらに雷を落とした。
「神の威光は世を照らし、全ての悪を駆逐する。神の正義は絶対だ。まず、神が悪魔を作ったのだぞ。ヤツらとて神の道具にすぎん。神に敵う悪魔など居ようはずがない」
 アダムは苦笑して、アコライトらと一緒に俯いてみせている。どこまでもいい先輩である。
「我らの力は何だ。神の威光ではないか。悪魔に負けることを前提とした話など、神の力を疑うことでもあるのだと知れ! ……アダム、あまりカンニングに手を貸すんじゃないぞ」
「はい先生」
「それからキイカ。お前はレポート五枚追加だ、わかったな」
 発言者を見逃してはいなかったらしい、アイゼック先生はそれだけ言い残し、また大股に去っていった。
 神の看板を掲げはするもののまだヒールも弱きアコライトらには、差し当たって、勤勉さが求められているのだ……

 実践を間近で見学させるのは勉強にはなるが危険を伴う。
 事前に背景を洗い、比較的安全だと思われる案件があればアコライトに招集がかけられることになっている。
 今日のチョイスはまだ五つにもならないという幼女だった。大人しかった彼女がヒステリックに叫び、暴れるようになったというのだ。その時の言葉は割れた男声に聞こえ、知らない国の言葉を流暢に喋るという。まずは典型的な悪魔憑きだと思われた。幼女の体力もある。短時間で決着をつけねばなるまい。
 幼女の家は郊外に群れる集落の一つだった。腰の曲がった小さな老女が、ひたすら恐縮しながら悪魔払いの一団を迎え入れた。
「よろしくお願いします、うちのミカを助けてください」
 老女には近隣の家に避難してもらい、一同はてきぱきと支度を整えた。今日はアコライトが三人ほどいるので、悪魔から身を守るための輪も床に描く。「この外には出るなよ」と言い含められ、アコライトらは額に香油を塗られた。
「さ、今日はどんなもんかな」
 少しだけ垂れた香油を気にするエンゼラに、隣にいたスミータが挑戦的な声で囁いた。
「私はこの後のレポートがめんどくさいけど」
 反対隣のマルチーヌも溜息交じりに呟く。エンゼラは何も言わなかった。お喋りがバレると怖いので。
 幸い、アイゼック先生はこれらを聞きとがめなかったようだ、用意してきた蝋燭に次々と火をつけて回っている。芯の燃える匂いが広がり、狭い部屋の中はむっと暑くなった。
 アイゼック先生とアダムは頷きあい、椅子に縛り付けた少女に向き直った。
「では、始めよう……悪魔よ、神の光に溶けてなくなる前に、名前を名乗るがいい」
 最初は名乗らない。さらに自白を促し、悪魔は黙秘する。あるいは抵抗する。ならばと悪魔を苦しめるための聖句を唱える……
 手順通りに始まり進む今日の儀式が、いつもより平淡に進むのに、どこか不穏な香りがするのは何故だろうか。
 エンゼラはじっと縛されている少女を眺めた。静かすぎるのだ。この少女、町娘らしい質素な服に洗いざらしの髪を顎までの長さでプッツリ切っただけの、何の変哲ない見た目の子だ。町ですれ違っても何も感じるところはあるまい。細い手足も頑是なく、誰の脅威にもなりそうになかった……悪魔払いの儀式で、顔色一つ変えない様子でさえなければ。
 エンゼラが感づく事なら、術者も解っているだろう。アイゼック先生が何か呟き、アダムが聖水を手に取った。
「人の世もそろそろ終わりかな」
 その時、唐突に少女が口をきいた。杯の縁に指をかけた状態でアダムは手を止める。そんな聖職者をギョロリと目だけで睨め上げた少女は、世間話をするように淡々と話しかけた。
「どんなものかと思ったが。その程度の力では、地底に眠る悪魔の阻止など敵うまい」
「何」
「一撃のもとに吹き飛ばせばいいものを迂遠な。死にたいのか? 単に力不足なだけか?」
 舌の足らない声だけは、なんと少女らしいことか。アイゼック先生が鋭く声を発した。
「耳を貸すな! やるべきことをやるんだ!」
 少女はせせら笑った。
「何もできていないではないか。おままごとなら他所でやってほしいものだ」
「黙れ悪魔め! 人には愛がある! ゆえに神に愛された魂のひとつも取り零すわけにはいかんのだ」
 今度はアダムは毅然と言い返す。少し首を傾げた少女は、ああ、と納得した様子を見せた。
「この娘か。ご心配、いたみいる。無用だが」
 少女は立ち上がった。するりと。
 アダムは思わず身を引き、エンゼラも遅れて息を飲んだ。マルチーヌは口に手を当て、スミータはエンゼラの肩を強く掴んだ。
 少女を戒めていた縄はどこも切れていない。椅子の背もたれから三重に回されたままの状態で、力なく垂れている。少女の体は物理の法則を超えて、何の抵抗もなく瞬間的にすり抜けたということになる……人ならざる能力で。
「いいから、かかってきたらどうだ。無能というわけではないのだろう?」
 言われるまでもなく。
 無邪気そうな姿の悪魔にひたと目を合わせ、アダムは祈りを紡いでいた。後方ではアイゼック先生の呼び出した神の名が、幻の剣と成って悪魔に降り注ぐ。そこに間髪いれず完成する「偉大なる神の御名において、退け」マグヌスエクソシズム。
 狭い部屋いっぱいに光が溢れた。青い炎もチロチロと巻き起こり、悪魔の体を舐めるように焼く。
 一同は固唾を飲んだ。悪魔は眩しそうに、腕で顔を覆っていた。が、隠されていない口元が、不気味に吊り上がって笑いの形を取った。
 軽い、羽音のような風を切る音が聞こえた。続いて空中に、リボンのように散った黒きもの。
 ぱたぱたと床に落ちたそれは、落ち着いた光の中では赤に見えた。血だった。取り落とされた杖がその上に転がる。杖を握る手も一緒に。半端な位置で切り取られた腕の断面を晒しながら。
「アダム!」
 駆け寄ろうとしたアイゼック先生に冷たい視線を投げ、悪魔はハエを追うように手を振った。
「うるさい」
 閉じた室内に突風が生じ、アイゼック先生を壁まで吹き飛ばして打ち据える。
 光が消えた。部屋はまた薄暗い灯の中に沈んだ。
「つまらんなぁ。これだと、いざ地上に出ても面白くもなんともない。もう少し楽しませててくれないと……
 手先の無くなった腕を抱いて呻くアダムを見下し、身を寄せ合うアコライトを眺めてから、悪魔は溜息をついた。
「何しろ地獄は退屈で」
 途端に、蝋燭の明かりすら見えなくなった。暗闇の中、蠢く影があちこちにいる。なんだろう。
 目を凝らして見たものは、何と狭い部屋の中とは違う光景。だだっ広いがどこにも光の射さない、焼けた鉄と死の臭いに満ちた荒れた野が広がっていた。何かいると思っていたものは、二本足で歩く、汚らわしい獣の角や蹄を有した異形らだ。
 そのうちの一匹が瞬きをして、唐突に邂逅したアコライトらを眺めて笑う。まるで美味そうな丸鶏を前にしたように。実に嬉しそうに、ニンマリと。
 向けられた邪悪な笑みに、ついにマルチーヌが悲鳴を上げた。止める間もなく踵を返して逃げ出す。ほんの一歩、聖別の輪を超えた瞬間に、彼女は甲高い笑い声と共に横ざまに攫われた。彼女を抱えて飛び去って行くのは、先ほど無害そうな姿で挨拶をしていた老婆ではないか。その背中に生じたひねこびた羽を一打ちし、笑い声を残してどこかに消えた。残されたアコライトたちはもう何も言えず、震えるしかなかった。
「最終的にはまあ、喰らうとしても。人間らの抵抗する姿が、何より余興になるのに。仕方ない。せめて酒のツマミになりそうな魂だけでも、貰っていくとするか」
 チラリと視線を投げられ、エンゼラは思わず気が遠くなった。声も出ない。
「させるか……! 悪魔め!」
 歯を食いしばり、アダムは地面に落とした杖を拾った。己が手の残るそれを床に突き、飾りのようにくっついていたものを落とす。
 そう、杖が立てたのは床を叩く音だった。木板の打ち鳴らされる音。その瞬間に荒野は消え、蝋燭の揺れる部屋の中が戻ってきた。痛みに汗しながらもアダムは果敢に叫ぶ。
「神に盾突く者! お前の思う通りにはさせないぞ!」
「そのような大言は、少しでも満足な力を揮ってから言うがいい……だが」
 深手にもかかわらず闘気を失わないアダムの姿に、悪魔は興が乗ったらしい。楽しそうに笑って、若いハイプリーストに向き直った。
「いいだろう、ならば簡単に力比べといこうじゃないか。私はちょっと、ほんのちょっとだけ姿を現してやろう。止めてみるか?」
 止められなければ、今日が世界の終わる日だな、と悪魔は嘯いた。
 それから何気ない動作で軽く手を差し伸べる。アダムの胸先に届く距離、触れそうになるその前に、指先にパチリと青白い火花が散った。かと思ったら、悪魔の姿が一瞬にしてかき消えた。
「ぅあ!」
 声を上げてアダムが膝をつく。何か不自然に背を丸めている、と思ったらその胸に、赤子でも抱えるように真っ白な髑髏を抱いていた。髑髏はカチカチと歯を合わせて喋りかける。
「そうそう。私は『災厄』だ。名前を知りたかったのだろう? 落とすなよ? 取り落とすと、あっという間に広がる」
 たかが髑髏一つの荷物であるのに、それが黄金で出来ているかのように、抱く人もろとも重く沈もうとしている。アダムは顔を真っ赤にして時折苦しそうに息を吐いていた。両腕と片手を使って必死で抱きしめているが、汗にぬめりそうで怖い。
「アダム! アダム!」
 やっと駆け付けたアイゼック先生は早速手を貸そうと髑髏を持ち上げてみたが、ぴくりとも動く気配はない。
「神に祈れ!」
 アイゼック先生が叫んだ。「神よ力を与え給え!」
 食いしばった歯の隙間から、アダムはそれに倣った。祈りは徐々に大きくなり、音吐朗々、神の徳を讃えはじめる。
 アコライトたちも、微力ながら祈りに加わった。目を閉じ指を組んで、必死に福音を願う。神様。どうか悪に打ち勝つ力をください。
 神は偉大なり。祈りはやがて唱和となり、統一された心は胸を熱くした。聖なる力の完全な勝利さえ確信できた……アダムの声が揺らめくまでは。
「アダム! しっかりしろ! 気を強く持て!」
 励ましの声に、エンゼラはそっと目を開けた。目の前の光景が理解できず、思わず目を瞬かせる。
 アダムは髑髏を落とすまいとするあまり、床に座り込んで体で包み込むように胸に抱いていた。が、信じがたいことに悪魔の化身たるそれは今、抱かれている胸の中に、半ば埋没していた。無理にめり込んでいるようには見えず、血が出ているわけでもない。すっぱりと切ったような顔半分を胸に張り付けたよう。髑髏は歯を鳴らして音もなく笑い、アダムは蒼白な顔で涙を流していた。
「先生……悪魔が、中に」
「神を信じるんだ、アダム! 神を讃えよ!」
「怖い……怖いんです、先生……
「迷うな! しっかりしろ、負けてはならん!」
 アイゼック先生は髑髏をはがそうと渾身の力で引っ張ったが、やはり少しも動くものではなかった。
「祈れアダム! 休んではならん! お前がやるんだ! 誰かがやらなければならないことなのだ!」
 アダムはか細い嗚咽を漏らし、また聖句を唱えはじめた。髑髏はにじるように、ズッ、ズッ、とまた胸に埋もれていく。丸い形がほぼ無くなりかけたあたりで、アダムの背中から細い煙が立ち上り始めた。アイゼック先生は必死になって祈り続ける。
「ああ……地獄の歌が聞こえる……
 アダムは呟いた。背中を丸め、膝に頭を付けて小さく蹲る。
「おかあさん……
 涙ながらの声は、それで最後だった。何かの割れるような乾いた音がいくつか響いたかと思うと、アダムだったものは徐々に黒く変化して、石になった。
 それきり、悪魔の気配はなくなった。魔法にかかっていた家の中も。
 残された聖職者たちは屋根を無くした廃屋の中で、星空の下、石となったアダムを囲んで悄然とするしかなかった。

 トランクの中に荷物を詰め込むキイカの背中を、エンゼラは見守るしかなかった。
「スミータから全部聞いた」
 荷造りの手は止めず、キイカは怒ったように言う。
「何が神は全能だ、俺は間違ってなかった。結局、マルチーヌも帰って来ないままじゃんか」
 トランクの口を乱暴に閉めて、キイカはエンゼラに向き直った。彼だって解っているのだろう、これがただの八つ当たりだということは。それでも言わずにはいられない気分は、エンゼラにも理解できる。お互いに。
「炭鉱掘りのほうがまだマシだ。お前も早く逃げた方がいいぞ、エンゼラ」
 キイカを見送った後、エンゼラは萎れた気持ちを抱えてアイゼック先生の部屋へと向かった。ドアを開けると、先生は机に向かって書き物をしている最中だった。
 どう声を掛けていいかわからず、しばらく立ちおどんでいると、先生の方から言葉を発してきた。
「次の退寮希望者か?」
 常と何ら変わりない声ではあるが振り返りもしない先生からは、少しばかりの拒絶を感じる。エンゼラは静かにドアを閉め、そっと歩み寄った。
「先生。質問があります」
 アイゼック先生はようやくこちらに向き直った。
「何かね」
「悪魔が強くて負けそうな時は、どうしたらいいですか」
 数日前、したたかに怒られた質問に対し、今度は即座には一喝されなかった。ただ、先生は眉を険しくし、叱責するための顔は作った。
「エンゼラ」
「ウサギはライオンに勝てません」
……その通りだ」
 持っていた羽ペンをいささか手荒く、ペン立てに突き立てる。
「確かにお前たちならウサギ程度だろう。反撃の手段がほぼなく。そして捕食者にとっては美味だ」
「では、どうすれば」
「神を信じよ」
 アイゼック先生はあくまできっぱりと言った。
「それしかない」
「悪魔は神が作ったからですか。しかし、人も神が作りました。そして人は神ではありません」
「そこに気づき、なおこの仕事を出来る者が強くなるのだ」
 身を乗り出し、言葉に熱を込めてアイゼック先生は呼びかけた。
「いいかエンゼラ。綺麗ごとで信心せよと言っているわけではない。それしかないからだ。神を信じる心が退魔の力を強くするのだ。悪魔を退かせるためにはどうする。まず自分が退かないことだ。そうだろう? 譲れば押される。そこに立ち続ける気力はどこから来るのか。信心からだ」
 信じよ。アコライトになれば何度も繰り返し聞かされる言葉だった。勉強中の身には前提すぎて漠然と捉えるだけだったのだが、実は基礎やヒントではなく、最終的かつ模範的な解答であったらしいとこの時気が付いた。
「悪魔は人の世を狙っているのだろう。いずれ地上を平らげんとしている者も居よう。それはある程度、この道に身を置いていれば知ることになる事実だ……であるならば、我々こそがまずは退いてはならんのだ。わかるか。自分の、たかが人間一人の命を惜しんで、世界の危機を招いてはならんのだ」
 わかるか、とアイゼック先生は繰り返した。
「それが責務だ」
 求められる覚悟は、実に重い。が、実際にそれを責務と肚に決め、長年やってきた先人を前にして、エンゼラは何も言えなかった。
 了承の証に一つ頷き、礼にともう一つお辞儀をして退室しようとしたところ、ドアを開ける前に意思を確認された。
「続けるのか。この道を」
 エンゼラは振り返る。
……それ以外は、父が……きっと許さないだろうから」
「そうか」
 アイゼック先生は一瞬だけ慰謝の表情に面を緩めたが、話は終わったとばかり、またフイと机に向かった。
「強くなれ」





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