以前に書いた話。
@lianmiso
あっ、あっーーー………
ありがとうございます。どうしてもこういう場は慣れていなくて。そうですね、深呼吸ですね。肩の力を抜いて。
はいーーーそれでは、改めまして。
東風八百万事務所の雨辻湊、と申します。よろしくお願いいたします。
ヤオヨロズ事務所って聞くと何をしているのかわからないと思いますが、主にスタントです。誰かの代わりに離れ業や危険な演技をする仕事で、小さな事務所ではありますが、うちの事務所って海外からも依頼が来るんです。今はスタント以外の依頼もありますが………
今日は世界中を飛び回っているそのうちの1人のお話をします。
その人は他にも作詞作曲等音楽活動をやっていて、悩むと合間の時間で観光名所を巡ることが多いんです。
真布津柳っていうんですけど。
海外に行ったことはありますか?
柳くんは各国を回っているんです。
その中で、伊国の観光地に側面を歩いて降りられる石井戸があるって聞いて、息詰まった柳くんは迷わずその井戸に行ったそうです。その井戸は両側に階段があるので、降りて行く人と登る人がすれ違わない、所謂二重階段になっているんです。おもしろいでしょう?
白っぽい岩に囲まれ、上からは地上からの光が差し込み、石に反射してぼんやり明るく、カツンカツンと自分の靴裏が石を叩く音しか聞こえません。
ちょっとした冒険気分だったそうですよ。僕も調べましたが、RPGに出てくるダンジョンみたいでした。ぐるぐる降りて行くと、不思議な気分になったそうです。いつまで経っても終わらないようなそんな………そんなわけ、ないんですけどね。物事はいずれ終わるものです。
井戸の直径は直径13m、深さ53.15mで階段は248段あります。窓は70個。
よく覚えているって?
柳くんの話が印象的だったからです。
井戸の底は大きくて、深い。地の底のようで、窓から覗くと、青く澄んだ水面が見えて、日が差し込むと、煌めいて美しかったそうですよ。
僕も一度見てみたいですね。
46番目の窓に着いたところでした。
ふと反対側を見れば、美しい人が窓枠に腰を掛け、ぼんやりとこちらを眺めていたそうです。差し込む光と洞窟特有の張り詰めた空気と相まり、神聖な感じがしたそうですよ。
天から遣わされた天使かはたまた女神か人ならざぬ美しさって言ってました。柳くんはそんなに褒める人ではありませんから、よっぽど神々しかったんでしょうね。
何が思いつきそうで、しばらく自分もここにいよう、と思った時、彼は宙に浮くような感覚がして、強い衝撃を受け、柳くんの意識は沈みました。
目が覚めた時、驚いたそうですよ。
何故なら、知らない建物に寝かされていたんですから。
そうです。井戸から落ちたんです。
水面に叩きつけられ、井戸の底に沈んでいたそうです。
軽い打撲で済んで本当によかった………
あいつ、泳げないし………
警察が彼に事情聴取をしに来ました。単に事故ではなかったのです。警察に一枚の写真を差し出され、その人が背を押したと言われました。向かい側にいた人間が何故自分の背を押せますか。
押せるわけがない。
柳くんは怒ったそうですよ。
警察はいいました。目撃者がいる、と。
身を乗り出した柳くんの背を突き落とし、薄く笑みを浮かべ、見下ろしていたのだ!下り側から見たのだから、間違いない!と。
目撃者は井戸の下り階段にいた掃除夫さんだそうです。46番目の窓から見ると、上の窓とか。同じ数え方をして、40番目くらいの位置だそうです。
そんなことありえませんよね。だって、柳くんは向かいに彼を見てみましたから。瞬間移動ができれば別ですよ?
………え、うちの会社の人間だったら?
柳くんが言うには、当時は考えられないって。それに現場には向かい側の彼と柳くん、掃除夫さんしかいませんでした。救急車を呼んだのは、向かい側の彼です。
御察しの通り、犯人は掃除夫さん。
でも、下り側にいたのは本当で井戸に入る際の受付の人の証言がありました。こういった事故があった時のための受付なのでしっかりしていたそうです。水の底に沈んで見つからないのは嫌ですよね。
では、どうやって上がり側の階段に行ったのか。
ロープ?
ロープではありませんでしたが、彼は自転車で出勤しており、荷綱をいつも職場に持ってきていました。
そうです。流石ですね。
螺旋階段の構造を利用して、荷綱を使い、対岸に渡り、柳くんの背を押した。
それが真相です。海外なのに忍者みたいですよね。
犯人の掃除夫さんは腰を抜かし、へたり込んだそうです。そして、震える指で美しい人を指差してこう言ったそうです。
悪魔ーーーと。
理解できないモノは全て悪魔なんでしょうか。だから、野放しにできない。でも、傷つけるとバチが当たる。なので、柳くんの背を押したと。
向かい側の彼は犯人として警察に捕まり、身動きできなくなる。
自分の手を汚さずに悪魔を遠ざけることができる。何も関係ない人間の背を押しておいて、どちらが悪魔なんでしょうかね。
怒ってるかって?そりゃ怒りますよ。
対岸に居た彼は大層46番目の上がり段の窓を気に入っていましてね。ここ数日、窓辺でぼんやりしていたそうです。異国の人間が窓辺で何日もそこにいると、得体の知れないモノを感じるでしょう。しかも、人離れした美貌の彼が窓辺に座れば、井戸に引き込む悪魔に見えたんでしょうかね。
地元の人間には理解できない。少なくとも自分にとって珍しくもない井戸でしたから殊更そう感じるでしょうね。
え、柳くんですか?
彼は地面から立ち上がれない犯人の手を取りました。
なんて言ったと思います?
「あなたが神か!」と。
落ちている最中にいいアイディアが思い付いたとかで。
柳くんにとって自分を突き落とした犯人は神になりました。
結局のところ、見え方あるいは捉え方次第なんでしょうね。でも、こうも思うのです。人は自分の思ってもいない反応をされると恐怖を覚えることがあるものです。
掃除夫さんにめちゃくちゃ怒っていたのではないでしょうか。
手を振り回された掃除夫さん、泡吹いて救急車で運ばれたそうですし。
僕の話はこれで終わりです。