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千紫万紅、千変万化

全体公開 幻塔 5316文字
2023-03-16 19:31:50

ヴェラでKINGと天琅が出会ったらの話。

Posted by @kyono29

 照りつける日差し。纏ったコートを脱ぎ捨ててしまいたくなるほどの気温。己の放つ炎さえも鬱陶しいと思う熱気。巻き起こる砂埃が呼吸を塞ぎ、息苦しい。今まで生きてきた中で様々な苦痛を感じてきたが、これはまた味わったことのない苦しみだと、赤毛の男は歯を食いしばった。これも仕事だと、次から次へと湧いてくるモンスターを焼き尽くしていく。黄金色の砂の大地に真っ赤な火柱が次々に立つ。それに巻き込まれたモンスターはその身を上空へと打ち上げられ、そのまま着地することなく消えていく。日差しを遮るサングラスの奥で、青い瞳が鋭く輝いた。猛る炎の紅蓮を映す青。それが見据える先にあるものは消えゆく炎でも、灰と化したモンスターでも、果てしなく広がる砂漠の景色でもない。何よりも眩く輝く――『報酬』だ。
……こんなところだろ」
 赤毛にサングラスをした男は、落ち着くように一度深呼吸をした。肺の奥まで熱気が入り込み、砂を多少吸って咳き込んでしまう。見知らぬ土地の環境には未だ慣れない。それでも、オムニアム放射線の影響が激しい中で過酷な労働を強いる土地に比べたらマシかと思いながら、端末の画面を開いて仕事の依頼主に仕事の状況を報告した。ミラポリスから銀岸研究センターへの輸送路を阻むモンスターは一掃した、しばらくは大丈夫だろう、と。すぐさま感謝の文章と報酬振り込みの通知が来て、口角が上がる。懐が充分に温まったようだ。どれほど暑くても、この温もりだけはいつだって大歓迎だ。
「あのエクセキューターのおかげで、まあまあいい仕事にありつけてるな」
 ふと、言葉を漏らす。男の脳裏に浮かぶひとりの人間の姿。初めて会ったのは確かアストラ島のメガ闘技場で、それからキリオンで昔馴染みの青毛の女の依頼を受ける際に同行して、そしてこのヴェラの地でも顔を合わせた。何かと関わることが多いが、顔見知りであるおかげでこの地での仕事が得られている。直接本人に言うつもりはない感謝の念を、胸の奥へと突き落とした。
「にしても――
 赤毛の男はサングラスを外すと、一面に広がる砂漠を見渡した。崩壊した道路、以前は人が住んでいたのであろう建物の残骸。かつての繁栄が崩壊しているのはどこも一緒かと、彼は己の生まれ育ったアーシャの地に思いを馳せた。かつては同じ世界だったはずのふたつの大陸。技術者の誤りにより分かたれた時空は別々の道を歩み、それぞれの新たな生活を築いている。アーシャ大陸で生きてきた身からすれば、この地にあるもの何もかもが目新しかった。銀岸研究センターとミラポリス、この土地に佇む大きな現存する建物を一瞥してから、男はサングラスをかけ直した。それから、体にまとわりついた砂埃を払う。
……喉、渇いたな」
 こんな日差しの下でずっと戦っていた。喉は渇くし腹は減る。確かこの付近にオアシスがあっただろうか。軽く顔も洗いたいしミラポリスへ戻る前にオアシスに立ち寄ろうと足を向けた。
 砂に足を取られながら少し歩いたところで、晴れ渡った空には似つかわしくない電撃の音が聞こえてきて、赤毛の男は一瞬足を止めた。音の合間合間には人間の声がする。やや足並みを速めてオアシスへ向かえば、空には赤く禍々しい空間の裂け目が現れていて、そこから無数の小型灰域種が出現していた。そして、それらとひとりで対峙している白髪の男。稲妻をまとった槍を振り回し、一匹、また一匹と灰域種を消している。精悍な顔立ちは苦痛に歪みかけており、苦しそうに吐息が不規則に漏れ出ている。砂漠を生きる人々の癒しであるはずのオアシスを危険に陥れる謎の生物。この場所を守るかのように、その男は前を見据えたまま武器を振るい続けている。
……っ、はああっ!」
――!」
 白髪の男が前方の敵に注意を向けた瞬間のことだった。別の敵が彼の背後に忍び寄ろうとしていることに気づき、赤毛の男は咄嗟に足を踏み出した。手にした大鎌を力強く振り回す。距離があっても、伸びる鎖で素早く獲物を刈り取ることができる。ほんの一呼吸の間に、灰域種は姿を消した。
――っ、君は……?」
 突如として現れた者に、訝しげな表情。
「ボサッとしてんじゃねえ! 敵はまだピンピンしてやがるぞ!」
「おっと、そうだった。助太刀感謝するよ!」
 怒声にも近い大声に対し、柔らかな声色が返される。そんな中でも、会話をする隙など与えぬとでも言うように、またしても灰域種が現れる。今度は中型の、獅子のような風貌をした相手。それも、ざっと見積もって五体ほど。
「チッ……
 わざわざ面倒なことに首を突っ込んでしまったと思いながら、赤毛の男は大鎌を振り炎を巻き上げる。背後では雷鳴が轟き、時折視界の端で閃光が走る。ふいに白髪の男が息切れするような声を漏らしたので、赤毛の男は踵を返し白髪の男の前に出て敵の視線を引きつけた。一呼吸置いて白髪の男は素早く敵の側面に周り、手にした槍で敵を貫く。それに呼応するように赤毛の男もまた、幾度となく上げた火柱を見舞う。紅蓮の炎と紫電の稲妻が敵を包み、一網打尽にする。周囲の気温が一気に上がり、汗が噴き出す。カラカラに渇いた喉の奥、これでとっとと終わりにしてくれと、うんざりした本音が漏れ出そうになる。だがそんな声を漏らしたところで、灰域種の断末魔によってかき消されるだけ。ほんの数秒前まで、二人に向けて牙を剥いていた獣たちは、塵一つ残らず消え去っていく。
 炎と雷が止み、敵の姿も見当たらなくなってから、ふたりの男は裂け目の浮かぶ空中を見上げる。これ以上敵が出てくる様子はなく、静かに消えて、晴天の空だけがそこに残った。
「ああ、クソッ」
 舌打ちをしながら赤毛の男はサングラスを外すと、すぐ目の前のオアシスの水に手を付け、顔を洗った。汗でじっとりした肌を洗い流す冷感。そのまま水をひとすくいして喉を潤す。戦いで高まった熱が一気に冷えていく。
「やあ、お疲れ様。助かったよ」
 水を飲んで一息ついた様子を確認してから、白髪の男が語り掛けた。赤毛の男はゆっくりと立ち上がって、目の前の男のほうへと向き直る。あらためてじっくりとその姿を目の当たりにしたとき、まず目についたのは清潔感のある真っ白な衣服と、異なる色を持った双眸だった。
「見慣れない人だな。ひょっとしてアーシャからのお客さんかい?」
 ああ、と頷けば少しほっとしたような声色が返ってくる。明るく軽快な喋り。飄々とした笑顔。向こうがこちらを知らないように、こちらも向こうが誰なのか全くわからない。が、ひとつだけ推測できることがある。
「いやあ、手を煩わせてしまってすまない」
「別に、仕事のついでだ。それよりお前――
 エクセキューターか? 推測した質問を投げかけようとしたときだった。
「店長~! お待たせしました!」
「はは、焦らなくても大丈夫。俺も今着いたところだからさ」
 数名の、戦闘員とは思えない者たちが駆け寄ってくる。それらに手を振りながら笑顔で応える白髪の男。
「さっき、このあたりで灰域種の目撃情報があったって聞いたんですが、店長大丈夫でした?」
「ああ、御覧の通り俺には何も無かったよ。どうやらこちらの方が敵を全部倒してくれたみたいでね」
……は?」
 思わぬ言葉に間の抜けた声を上げる。すると白髪の男は横目で見遣りながら小さな声で「話、合わせてくれると助かる」と困ったように眉尻を下げ、囁いた。先ほどまで敵に見せていた気迫が嘘のように穏やかな姿。
…………ああ、まあ」
 思わず頷いてしまえば、目の前の人々は晴れやかな笑顔を見せる。その姿に面食らう。
「そうですか、ありがとうございます! お陰様でゆっくり調査ができます!」
「良かったですね、店長!」
「ああ本当に。それじゃ、俺たちはこれから調査があるから、これにて失礼! このお礼はまた今度させてもらうから――
「いらねえ」
 なんだか面倒なことになりそうだ。一刻も早くこの場から立ち去りたい。腹も減ったし、報酬で遊びたい。そう思った赤毛の男はそれ以上の言葉は何も告げず何も聞かず、転送システムを起動させる。向かう先は空調が整って娯楽が立ち並ぶミラポリス。何を食べて何を飲んでどう遊ぶか。そんな思考に切り替えて、彼の体は砂漠から綺麗に消え去った。


 ミラポリス、鏡花堂ホテルの中にあるバーにて。赤毛の男は酒を飲んで一息つきながら、この場所に集められた仕事を吟味していた。以前ここにある仕事を全て受けて相当な忙しさに見舞われたことがある。これもまた、見慣れたエクセキューターの計らいによるものだった。一度はバーテンダーの仕事も提示されたが、無理に決まっているだろうと一蹴したし、仕事を見つけてきたエクセキューターもそう思っていたようで納得したように頷いたことを覚えている。
 エクセキューターか、と、赤毛の男は先ほど遭遇した白髪の男のことを思い出す。結局エクセキューターであるかどうかを聞くことはできなかった。別に、名も知らぬ初対面の相手の立場がなんであれ、彼には何の関係もないのだが。
 なんにせよ、一度にいくつも仕事を受けるのは良くないと悟り、なるべく短い時間で効率よく稼げるものだけを受けようと考えながら、所狭しと並ぶ依頼の数々に目をやる。モンスターの掃討は楽だから確保するとして、あと手早く終わりそうなものを――と考え、とある配達の仕事が目についた。
「生態緑化センターからの花の配達の依頼? へえ……
 花に興味は無いが、配達の仕事程度ならすぐに終わるだろう。その割に報酬の実入りも悪くない。グラスに残った酒を一気に煽ってからその仕事を受注し、代金を置いて足早にその場を後にした。

 訪れたのは、隅々まで掃除が行き渡って清潔感のある施設。ヴェラの環境改善を掲げ、日々植物についての研究を重ねる場所。アーシャでは当たり前のように広がっている緑は、この地では貴重なもの。久々に目の当たりにした新緑に少しだけ心を落ち着かされた赤毛の男は、依頼主を探して周囲を見渡した。見れば見るほどそこには植物が溢れている。懸命に、人々の手で育てられた生命たち。生きている証である新緑の葉の香りが鼻腔を掠める。アーシャではなんとも思っていなかった香りが、この地ではずいぶんと懐かしいもののように思えた。瑞々しく懸命に土に根を張るその姿は、どれも丁寧に手入れされているようだ。
「いらっしゃい、何かお探しですか?」
 背後から、新緑に吹き付ける風のような声がして、引き寄せられるようにして振り向く。聞き覚えのある声色だった。
「お前……
……おっと」
 視線を重ねて、互いに目を見開く。白に染まったその長身。つい先ほど見たばかりの姿。雷をまとっていた白髪の男は、ほんの少し前までの荒ぶる狼のような姿が嘘のように、今は緑に囲まれて穏やかに佇んでいる。よく似た他人かと一瞬考えながらも、青と金の異なる色をした瞳はそうそう無いし、向こうもこちらを見て何かを察している。それでもどちらも、本質は口にしなかった。
……仕事の依頼で来た」
「ああ、配達の! 受けてくれて助かります」
 柔らかな笑みを浮かべながら白髪の男は少々お待ちくださいと言い、配達の品を取りに向かう。その背中を見据えながら、確かに見たばかりの後ろ姿だ、と思う。
「こちらのお花を、こちらの住所までお願いします」
 渡された花束から甘く芳醇な香りが漂ってきて、受け取った男は眉根を寄せた。真っ白で大きな花弁が、室内の明かりに照らされて瑞々しく輝いている。それと同時に、指定の住所が端末に表示された。
「もしお花に興味があるなら、お兄さんにも素敵な花束をお作りしますよ」
「いらねえ」
「はは、そうですか、それは失礼。ですがもし誰かへのプレゼントなどでお花が必要になったときは、いつでもお気軽に生態緑化センターへとお越しください」
 そう言って白髪の男は、赤毛の男の端末にこの場所の情報を送信した。そこで初めて、赤毛の男は目の前の男の名を知る。生態緑化センター、依頼発注責任者、天琅。
……それに、さっきのお礼もできてないしな」
 ふいに、低い声が囁いてくる。その表情は、少し前に見た姿と同じもの。
「君、名前は? お礼をしたいから連絡先を教えてくれると助かるんだけど」
「いらねえっつったろ。てめえに名乗るような名前もねえ」
「ふうむ……そうかい? なら無理にとは言わないけど……
「無駄話は嫌いだ。俺はもう行くぞ」
 有無を言わさず、赤毛の男は花束を手にその場を後にする。天琅は、困ったように笑いながらもその背を見送り、「また機会があったら依頼受けてくれると助かります」と朗らかな声でしゃべりかけた。そんな言葉は聞こえないふりをした。
 生態緑化センターを出れば、飛び込んでくるのは眩いネオン。瞬く間に変わる色とりどりの明かりを眺めながら、この街に慣れるのは難しそうだと彼は思った。染みついた花の香りは、しばらく取れそうにない。


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