Δドラヒナでバレンタインのお話です。16歳のヒナイチくんと28歳のドラルク隊長の両片思い時代になります。
ヒナイチくんが子供の頃に下等吸血鬼に襲われた所を、新米隊員だったドラルクさんが助けたのが馴れ初め。そして、彼女が高校生ぐらいにシンヨコに赴任、ギルドで再会してからという、捏造設定です。その辺りの経緯は、こちらの話で書いています。膝で眠る貴方(前編) https://privatter.net/p/9806596
後日談を追加しました。
2023/02/10に上げました。
@kw42431393
「おーい、妹よ。夜中に何して…」
「うわっ!に、兄さん!?何でもない、何でもない!」
何でもない、ねえ…。俺はキッチンの惨状を見て、苦笑いをした。苦笑いをしつつ…
「フフフ、甘いな!」
ヒナイチが隠したお菓子を取ると、口に放り込んだ。怒りながら脛を蹴ってくるが、動揺している妹の攻撃などお見通しだ。俺は華麗に避けてみせた。
「もう…兄さん!」
「ん~?これは…マカロンのつもりか?泡立てが足りなかったな?サクサクどころか、固くなってるぞ。焦げてるしな。」
悔しそうなヒナイチを見下ろしつつ、俺はカレンダーを確認する。来週のバレンタインデーに向けて、練習していたのは誉めてやろう。しかし、お前にはそれはまだ早い。
料理の腕も、女としても…だ。
「もっと簡単なのにしとけ。クッキーとかな。」
「う、うるさい!」
怒りながら、ヒナイチが片付けを始めた。アンテナが不機嫌に、ブンブン揺れている。
クッキーじゃダメだよなぁ…ど本命なんだから。
「ちょっと前まで、男みたいなんて言われてたのにな。もう16歳か、早いもんだ。」
ガキの頃の初恋泥棒が、自分の街に赴任してきたんだ。時々、仕事で奴もうちのギルドに顔を見せに来る。お前を覚えてるのかは…覚えてるんだろうな。お前にとって思い出深いクッキーを土産に持ってくる。そりゃ、仕方ないか。
しかし、相手はお前より一回りも年上で、あの強大な竜の血族の血を引いたダンピールだ。しかも、今や吸血鬼対策課の隊長さんときた。兄として退治人として、お前の恋を簡単に応援しにくい所はあるんだよ。
「どうした?カズサ、ヒナイチと喧嘩でもしたのか?」
「あー、バレたか。熱烈キッス、ちょっとな…。」
新横浜ハイボール…吸血鬼退治人ギルドで、グラスを磨いていた俺は、待機待ちのキッスに声をかけられた。
ギルドマスターの親父は、近隣のギルド同士の会合に出掛けている。だから、今の俺はマスター代理って所だ。さっきまで、高校から帰ってきたヒナイチも店を手伝っていたが、食材を買いに出払っている。それで、声をかけてくれたのだろう。
「気づかない訳がないだろう。私の次に美人で、妹の様なものだ。」
なんなら相談に乗るぞ、とトロピカルジュースを啜りながら、真ん中の口で柿ピーをボリボリ齧っている。毎度ながら、退治人でありながら吸血鬼なのか宇宙人なのかも分からん奴だ…まあ、普通ではないだろう。
「そうさな、俺より女(?)のお前の方が適任かもな。」
「おや、妹のコイバナか?なら、大船に乗った気でいるがいい。今まで、どれだけイケメンを狂わせてきた事か…。」
自己肯定の塊みたいな奴だ、毎度恐れ入るな。まあ、かいつまんで昨夜の話をした。俺からしても、喧嘩という程のものでもない。
正直、完全反対という訳ではないのだ。『まだ早い、もう少し待て。』という程度だ。世の兄貴達のだいたいが、そう言うと思う。
吸血鬼対策課のドラルク隊隊長であるドラルクは、老け顔なのでピンとこないが、俺と年はそう変わらない。ヒナイチと一回り違うので、現在28歳。16歳の高校生と28歳の公務員…まあ、ちょっと賛成しかねるだろ?
生まれつき虚弱体質とかで、ガリヒョロだがその若さで隊を任されているだけあって、なかなかの曲者だと聞いている。
『私の片思いだ、隊長をとやかく言わないでくれ。』
妹はそう言うがな。いやいや、男の俺の目から言うと、奴さんも満更じゃないんだよ。相手も社会的立場があるから、積極的には動けないけどな。
「ほう?ヒナイチがバレンタインにマカロンを焼いていた、と。あの隊長にな…驚く事でもないが。」
バレバレなんだよなあ、妹よ。ギルドで、隊長さんにコーヒー出す時のあの顔とか。頬を染めて、憧れのキラキラした上目遣いで見てんだ、これが。
「まあ、失敗してたがな。つまみ食いした上で、『色々とお前には早い。もっと簡単なのにしとけ』って言ってから、あの調子だ。」
軽く肩を竦めてみせると、ホホホとキッスは笑った。
「可愛いではないか。私から見ても、あの隊長の方も気があると思うぞ。私から助言してやろうか?」
飲み終わったジュースを、キッスはこちらに押しやった。もう一杯くれという…相談に乗ってやってるんだから奢れ、という事だろう。
ため息をついて、俺はもう一杯作って彼女の前に置いた。
「私の次に美しいのだ、堂々と押し倒して…」
「はいはい、知ってた。その上で責任を取れと迫るんだろう?」
変わらんなあ…と呆れていると、ヒナイチが帰ってきた。やれやれ、また面白くなる様な事を言わなければいいけど。
「ただいま。卵とパスタと、野菜類を買ってきたぞ。」
「おう、ご苦労。」
買い物袋を受け取ると、キッスがちょっと向こうへ行ってろ、と合図をしてきた。
おいおい、内緒話か?いや~、お兄ちゃん聞きたかったなあ。
「ヒナイチ、お前何が作れる?」
「や、藪から棒に何だ?キッスさん。」
まあ、妹の性格から言っていきなり押し倒すはないだろ。俺は、女性達に任せておく事にした。狙ってたかは知らんが、次に奴さんが来るのは14日だ。丁度よかったな。
「コーヒーとココアです、隊長さん。」
「ありがとう、ヒナイチくん。」
「ヌヌイヌヌ!」
ああ、やっとギルドマスターとの打ち合わせも終わった。明日は、やっと突き止めたメチャデカイ蚊の越冬場所の駆除がある。我々だけで駆除するのは大変なので、退治人達と合同で行う事に決まったのだ。
明日は、明るい内からの修羅場になる。少しぐらいここで羽を伸ばしたっていいだろう。
ボチャッボチャッと音を立てて、ジョンが砂糖を入れてくれる。私は頭脳労働だから、糖分は必須なんだ。熱いコーヒーの香りを楽しんでいると、目の前にドーナツが置かれた。シンプルなチョコをかけたオールドファッションという奴だ。
ジョンの方にも一つ、こちらにはグラニュー糖がまぶされている。側には、小さなトリュフも添えられていた。生クリームが多すぎたのか、形が崩れている。
「た、隊長さん。よかったら…コーヒーのお供にどうぞ。」
見上げると頬を染めたヒナイチくんが、お盆で半分顔を隠しながら勧めてくる。いやはや、日に日に綺麗になってきて…初めてあったヤンチャな頃と比べるからかもしれないが。
「か、形は悪いけど…味は悪くないと、思う。」
うん、見た時から知っていたよ。手作りだね、バレンタインだからと考えるのは思い上がりかな…高校生から見たらおじさんだしね。
「ありがとう、頂くよ。」
「ヌヌンヌヌ。」
横でジョンが、ほっぺを膨らませて食べている。彼の口を拭いてやりながら、私もドーナツを口にした。
うん、コーヒーともよく合うし、おかげて疲れも取れた気がするよ。これなら、明日の激務もこなせるだろう。
「ごちそうさま、おいしかったよ。」
「そ、そうか!よかった!」
ホッとした顔をして、ヒナイチくんが背後を見やった。後ろの席の客が食べ終えて、席を立ったのだ。
「あっ。それじゃあ、私はこれで…。」
「あ、ちょっと待ってくれ給え。」
皿を片付けに行こうとする彼女を引き留める。
「ギルドの皆には、今回もクッキーを差し入れてあるからね。あとで、君もゆっくりお食べ。」
「クッキー!勿論、頂きます!」
いつものクッキーモンスターに戻ってしまった少女に苦笑しながら、私はラッピングしたお菓子を取り出した。そのまま彼女の手に握らせる。
「これは君に…マドレーヌはお好きかな?」
「隊長さんの作ったものは、何でも美味しいぞ。貰ってもいいの…か?」
「勿論だとも。でも、皆には内緒だよ?」
口元に人差し指をあてながら、私はウインクして見せた。袋を抱き締めながら、俯いてしまったヒナイチくんを置いて、私はカウンターに向かう。
打ち合わせにかこつけて、ギルドに来た目的は果たしたのだ。さすがに、そろそろ署に戻らなければミカエラくんがキレてくるかもしれない。
「た、隊長さん…その…。」
「ん?」
「…ぃ……き…」
パクパクと彼女の口が動いた。でも、声は小さすぎてよく聞こえなかった。
「なあに?」
笑いかけながら、俯いた顔を覗き込む。顔を上げた彼女は、何故か泣きそうな顔をしていた。
「ううん…隊長さん。」
「うん。」
無理に笑った顔…どうしてそんな顔をするのかね?
「き、今日も…お、お疲れさ…ま。」
「やれやれ、ヒナイチにもキッスの半分ぐらい自信があればよかったのにな。」
キッチンで洗い物をしていると、兄さんが話しかけてきた。今、退治から帰ってきたところなのだろう。
「仕事着でキッチンに入らないでくれ。父さんに怒られるぞ。」
図星なので、振り返らずに返す。情けなくて泣きそうになった顔は、見せたくない。
分かってる、でも、私はまだ子供なんだ。
『お前は可愛いのだ、自信を持つがいいぞ。それに、好きな事を伝えるのに、年齢が関係するのか?』
キッスさんはああ言ってくれたけど、やっぱり言えなかった。
本当は、「あなたは特別な人」を意味するマカロンかカップケーキを渡したかった。でも、高校生からそれを言われるのは重いんじゃないか、途中からそう思ってやめたのだ。それに、結局焦がして失敗してしまったからだ。
彼女が簡単だからと教えてくれたドーナツの意味は、「あなたが大好き」と「お疲れ様」。これなら、フランクに渡せるのではないか…そう言ってくれた。
『そこから、脈があると思えば告白すればいいのだ。なんなら、お前から唇を奪ってだな…』
うん、やっぱり無理だ。だから、せめて「隊長さんが、大好きだ。」ぐらい言いたかった…なのに、胸がいっぱいになって「お疲れ様」で逃げたのだ。
「おっ、マドレーヌか。」
「あーっ、ダメだ!隊長に貰ったんだ!」
私は必死になって、兄からマドレーヌを取り返した。全く油断も隙もない。
「マドレーヌ…ねえ。」
兄が苦笑いをしながら、マドレーヌの袋を覗き込んでいる。なんなんだ?
「マドレーヌがどうかしたか?」
「んー、言っていいのかね?これ…。」
腕を組んで上を見上げている。焦らさないでくれ、気になるじゃないか。
「お前があの隊長さんの気持ちに答える気があるのなら…ホワイトデーにチョコレートをあげる事だな。今度は、配分と湯煎の温度を間違うなよ。」
「な、何を言ってるんだ?」
ヒラヒラと手を振りながら、兄はキッチンから出ていく。
「明日は、俺達も朝から合同駆除があるから早く休むわ。ま、調べてみろ。」
チョコレートの意味は、「あなたと同じ気持ち」だ。だから、バレンタインデーで色んな意図で、贈り合いが可能なのだ。だけど、マドレーヌは…?
「マドレーヌ、意味…っと。」
スマホを立ち上げて、調べてみる。マドレーヌの意味は…あなたと仲良くなりたい、親密な関係になりたい…?あの人が…本当に?
『隊長は、素敵な人だ。きっと、もっと大人っぽい人が似合うと思うし。私みたいな子供なんて相手にして貰える…訳が。』
『惚れた欲目とは、よく言ったものだな。少なくとも、私の好みではない…が、まあ今回はいいだろう。あの男、浮いた噂は全くない。そんな男が、何故ギルドに来るたびにクッキーを持ってくるのだ?わざわざ、お前の分は別に包んで、な?』

設立されたばかりの吸血鬼対策課は、ブラック企業並みの激務だと聞いている。クッキーを焼いてる時間などあるのだろうか…。
期待…してもいいのだろうか?今度こそ、ちゃんとしたチョコレートのお菓子を作って…あの人に渡して。
私もあなたともっと親密になりたい、と伝えてもいいだろうか…。
後日談
「隊長さん、こんばんは。」
「おや、ヒナイチくん。こんばんは。今、帰りかね?」
「ああ、部活から帰る所だ。」
良心が痛むな、嘘なんだ。本当は、隊長さんを待ってたんだ。今日はホワイトデーだし、マドレーヌを貰ったからお返しを…という大義名分は成り立つから。
うん、前のリベンジっていうか…。兄さんの前だとからかわれそうで、帰り道なら二人きりになれるかなって思ったんだ。
「あれ?ジョンは?」
肩にいつも一緒のマジロの姿はなかった。
「フフフ、彼は人気者だからね。ホワイトデーのお返しに、皆に撫でられているんだよ。整理券まで発行される事態で、一時はどうなる事かと。」
そういえば、先月のバレンタインでジョンは、チョコレートを大量に貰っていたと聞いている。可愛いし、ふかふかだし…それがお返しか。まぁ、分からなくもない。
「丁度よかった。私は、ギルドに寄る所なのだよ。一緒に行こう。」
「うん。」
ギルドに向かう間、私達はたわいもない話をする。隊長さんは大学、警察学校と飛び級で卒業した人だから、私の話は興味深いらしい。
「おやおや、結構ヤンチャしてたんだね。私も君ぐらいの時にやっておけば、よかったな。」
「どうかな?子供っぽいイタズラだし、誉められた事ではないだろう。」
首を傾げて見上げると、あの人は優しい笑顔を返してくれた。
「社会に出れば、そんな羽目は外せない。責任もしがらみもある。だから、今の内に心残りのない様にしておきなさいよ。」
何だか心にくる言い方だ。それに、何か寂しそうに見える。
「後悔…してるのか?」
「まさか。」
そっと頭を撫でられた。やっぱり、私はまだ子供なのかな。
「心残りと後悔は違うよ。やっと、自分の能力を使って市民を守れる場所に来たんだ。それは本当だ…後悔はしていない。」
なんだろう、自分に言い聞かせる様な…そんな言い方だ。胸元に目をやる。ポケットに収まっている煙草が、握りつぶした様にグシャグシャだった。後悔してなくても、嫌な事はいっぱいあるんだと思う。
そうこうしている内に、ギルドが見えてきた。早く渡さなくては…渡すチャンスを失ってしまう。
「隊長さん、あの…。」
「ん?何かね?」
鞄から、作ったトリュフを取り出した。今度は、味も形もいいと思う。先月、あなたは私にマドレーヌをくれた。「あなたと親密になりたい」という意味を込めてくれたのなら、私も「同じ気持ち」だ。
「先月貰ったマドレーヌのお返し…今度はちゃんと出来た、から。」
どうもこういうのは慣れないので、声が小さくなる。受け取ってくれた隊長さんは、クスッと笑った。
「ありがとう。後で、ゆっくり頂くよ。私もね、持ってきたんだ。先月のドーナツのお返しをね。勉強の間にでもお食べ。」
袋の模様の間から、鮮やかな赤いリンゴが見える。
「リンゴ飴だよ。あの時はご馳走さま。」
「いつもこんなにしてもらって…いいのかな。」
「勿論だとも。だって、君は私にとって…」
『partener de soartă』
そこから先に言った言葉は、よく分からなかった。英語ではないと思う。隊長は、ルーマニア育ちの日系ハーフだから、ルーマニア語かもしれない。
「なんて言ったんだ?」
「内緒。それじゃあ、おやすみ。」
家の玄関は、店の裏手にある。ギルドで打ち合わせがある隊長とは、ここでお別れになる。もっと、お話ししたかったな。
「うん、おやすみなさい。」
私は細長い影が、店に入っていくのをただ見送る事しかできなかった。
翌日登校した私は友達との雑談で、りんご飴をくれた意味を知って驚いた。そして、キッスさんの言葉ではないが、少し自信を持つ事にしたんだ。
りんご味の飴には、「運命の相手」という意味があると聞いたから。勘違いでなければ、私は貴方のそれになりたい。