【修学旅行で仲良くないグループに入りました:日常編】
とある休日の話です。
本編読了済みの方向け。
【登場人物】…渡会紬嵩、紡希、日置
@RcNfe37
重い。
体の上に伸し掛かる何かが無理矢理眠りから意識を引っ張り上げた。
寝返りを打って重さを振り落とすがすぐに戻ってくる。それだけでなく、布団の上からバシバシと叩いてきた。
諦めるまで待とうかと思ったが、段々と行動が大きくなってきたので重い瞼を上げる。何度か瞬きをして仰向けに寝返ると体に乗っていた重りをガシッと掴み、勢いよく起き上がった。
「わっ!」
「こら、お兄ちゃんまだ寝てただろ」
「あはは!ママが起こして来てって〜!」
柔い頬を両手で包んでグリグリと動かすと、紡希は声を上げて笑った。
休日くらいゆっくり寝かせてほしいと思いつつ、片手でスマホを探るとロック画面を表示させた。
「あぁ……もう昼なんだ」
「うん、僕とママとパパはもう食べちゃったよ」
そう言って紡希は少し寂しそうに眉を下げた。おそらく、一緒に食べたかったとかそんなところだろう。中高生になったら一人で食べたいと思うようになるのに、まだまだ可愛い弟である。
笑いを溢しながら紡希を抱き上げると名残惜しくベッドから抜け出した。
「紡希も重くなったな」
「……デブじゃないよ」
「ははっ、違うよ。成長したって意味」
不貞腐れた弟を宥めつつ階段を降りる。
リビングで紡希を下ろすと、テーブルの方へ目を向けた。散らばっているパズルを見る限り俺を起こしに来るまであれで遊んでいたのだろう。
「おはよう、お昼用意してあるからね」
「はよ」
後ろから声を掛けきた母に返事をしつつ、足は洗面所の方へ向けた。とりあえず顔を洗ってスッキリしたい。
廊下を歩くと今度は父とすれ違った。
「おはよう」
「はよ」
「買い物行ってくるけど、一緒に行くか?」
「いや、行かない」
「そうか。じゃあ留守番頼むぞ」
「ん」
洗面所に入って水を出すとお湯になるまで洗顔フォームやドライヤーを準備して待つ。
父さんが買い物に行くなら母さんも行くはずで、そうなると紡希も着いて行くだろうな。
休日に一人になることはほとんど無いので少しテンションが上がった。なんでかと言うと、普段できないことができるから。
お湯になったのを確認すると洗顔フォームを泡立てた。
「つかさー!お母さん達出かけてくるねー!」
「はーい」
洗顔をしながら返事をしたが、聞こえたかは分からない。
玄関のドアが開く音と鍵の閉まる音が聞こえると家の中は急に静かになった。お湯の出る音と外を走る車の音が耳に届く。
洗顔を終えて、髪をドライヤーでブローすると軽く整える。特に出掛ける予定もないのでテキトーでいいか。
気持ち軽く洗面所を後にすると一旦自室へ戻った。着替えるのは面倒なので、部屋着のままスマホだけ持って一階へ降りた。
鼻歌交じりにリビングのドアを開けると思わず声が漏れた。
「え……紡希、買い物行かなかったの?」
「うん」
「なんで?」
「つかさくん待ってたから」
そう言って紡希は完成したパズルを眺めてから立ち上がると俺の所へ駆け寄ってきた。
頭にハテナを浮かべながら紡希を見つめると、スッと腕が伸びてきた。
「昨日の動画の続き見たいからスマホ貸して?」
「あぁ……そういうことか」
ミスったな。
昨日リビングで動画を見ていたら紡希が覗き込んできて一緒に見ただけだが、どうやらその配信者が気に入ったようで夜中までまだ見るとごねていた。なかなか寝ようとしないので、「明日見せる」と約束したのは俺だったか。
チラッと紡希を窺うと片手だった手が両手に増えていた。完全にスマホを受け取る姿勢だ。
「ご飯食べ終わったらでいい?」
「えー……なんで?ご飯の時は使わないでしょ?」
「使う」
「ご飯の時はダメだよ!ママに言っちゃうよ!」
あー……小学生。すぐ誰かに言い付ける。
別に言われても何でもいいけど、母の小言は面倒だ。
"食事中にスマホをいじる"という普段できないことを打ち砕かれながら溜め息を吐くと、スマホを取り出してロックを解除した。
動画アプリを開いて昨日見ていた動画を再生させると小さい両手に乗せた。
「俺が食べ終わるまでな」
「はーい!」
紡希は嬉しそうに頷くとソファの方へ駆けて行った。
小さい背中がソファの背もたれに見えなくなるとキッチンに入って冷蔵庫を開ける。ラップのかかった皿を見つけると取り出し、レンジに直行。昨日の余りもので作った炒め物か何かだと思う。
レンジで温めている間に卵を一つ取り出す。
「(このあと何しよっかなー……)」
フライパンに油を敷きながら残り少ない今日の予定を考え始めた。
───
皿を洗って歯磨きを済ませると動画を見ている紡希の元へ向かった。けれど不思議なことに、聞こえてきたのは動画内の声ではなく紡希の声だけだった。
急におままごとを始めたのかと呆れながら覗き込むと会話や相槌が妙にリアルだった。
「うん、元気だよ〜!それでね、今日遊びたいんだけどダメ?」
誰と会話しているのか分からないがそろそろ返してほしい。
会話に夢中になっている紡希の隣に腰掛けながら話をしているのもお構いなしにスマホを取り上げる。
「もうおままごと終わりな」
「あー!まだ待ってよ!まだお話してるの!」
「誰と?宇宙人とかそういう設定?」
なぜか真剣な紡希に笑ってしまう。
おままごとが学校で流行っているのだろうか。さすがにそれはないか。
いきなり幼稚な遊びに興味を示した弟に疑問を抱いていると、紡希は俺の服を引っ張ってスマホに手を伸ばしてきた。
「違うよ!あさひくんだよ!」
「あさ…………あさひ君って学校の友達?」
「あさひくんはあさひくん!ねー、返してー!」
意味が分からない。
俺の知っている限り紡希の友達にあさひ君はいなかった気がする。
となると、日置ということになるが……どうして? 日置と遊びたい気持ちは分かる、俺だって遊びたい。電話だってしたい。
けど、なんで紡希が日置と話してるんだ? 連絡先知ってるっけ…………あ。
おままごとに気を取られて、今手に持っているスマホがおもちゃではなく自分のスマホだということを思い出す。
そっと画面を窺うと通話画面に日置の名前が表示されていた。血の気が引くのを感じながら紡希にスマホを取られないように慌てて立ち上がった。
「ひ……日置、聞こえてる?聞こえてた?」
『うん、全部聞こえてた』
「あ、ごめん、紡希が」
『全然大丈夫、てか宇宙人じゃなくてごめんね』
「いや、あれはその、おままごとしてんのかと思って……」
恥ずかしさに顔が熱くなる。多分湯気出てる。
恥ずかしさの反面、休日も日置の声が聞けて嬉しさも込み上がってきた。
色んな感情を噛み締めているとまた服を引っ張られた。
「ねー!つかさくん!返してよー……ぼくが、あさひ君と……」
返すも何も俺のスマホだけど、紡希は俺の服を引っ張りながら目に涙を浮かべ始めた。
電話の相手が日置以外だったら全然貸すけど、今は無理。だって相手が日置だし。俺が話していたい。
10個も下の弟相手に意地を張っていると、紡希の声を拾ったのか通話口から心配そうな日置の声が聞こえてきた。
『あー……ちょっと紡希君に代わってくれない?』
「…………俺じゃ嫌?」
『ううん、そうじゃなくて。話の途中だったから』
「あぁ……分かった」
スマホを下げてしゃがむと今にも涙が溢れそうな紡希にスマホを渡す。
紡希は俺からスマホを受け取ると耳に画面を当てた。紡希の目元を拭いながら会話に集中する。
てか、さっきの俺めちゃくちゃ面倒なやつだったな。
「もしもし、あさひくん、それでね……さっきのだけど」
『うん、今日遊ぼうって話だよね』
「そう、公園で遊ぼ?」
『公園……って紡希君の家の近くだよね?』
「うん、大きい公園があるの」
『分かった……ちょっと待ってね』
そう言い残すと日置の声が小さくなった。おそらく誰かと会話しているのだろうけど。
いや、そんなことより。
「紡希いきなり遊ぼうはダメだろ、約束してないのに」
「だって遊びたくなったんだもん……」
「紡希の気持ちだけで決めちゃダメだって、日置にも家の用事が──」
そこまで言って言葉を区切るしかなかった。紡希が泣き出しだから。
自分勝手なお願いだと自覚しているのか、大声は出していないもののポロポロと涙を落としている。
震えている両手からスマホを抜き取ると紡希を抱き上げてソファに座り直す。背中や頭を撫でつつ日置に謝罪を入れようと口を開きかけたところで先に相手から声が掛かった。
『もしもし?』
「日置、その話だけど無理言ってごめん。また違う日に」
『え、全然いいのに。この後暇だったしちょうど車乗ってるから場所送ってくれれば向かうよ』
「本当に予定無いの?マジで無理に合わせなくて大丈夫だよ」
『あはは!本当だって』
「けど……」
日置を信じないわけではないけど、正直疑わしい。日置は優しいから、仮に予定があったとしてもこちらを優先してくるだろう。
気持ちは嬉しいけど、また日を改めて約束しよう。そう思って再度断りの言葉を掛けようとしたらまた日置から先に切り出した。
『てか会いたいから会いに行ってもいい?』
え。
紡希を撫でていた手と断りの言葉を伝えようとした口が止まる。
アイタイ……あいたい……会いたい。
少しずつ先程の日置の言葉を咀嚼していく。
なんて言葉を返そうか役に立たない頭で絞り出そうとすると通話先の日置が笑いを溢した。
『ダメ?』
「ダメじゃない」
そう言って即答すると、通話画面から日置とのトーク画面に切り替えて公園の場所のURLを送信した。
「今公園の場所送った」
『うん、分かった。1時間くらいかかるけど大丈夫?』
「全然大丈夫。着いたら連絡して」
『おけ』
「ありがとう」
『どういたしまして、じゃあ一旦切るね』
「うん」
そう言って緩む口角に力を入れながら紡希に向き直る。
「紡希、朝陽君来てくれるって」
「ほんと?」
「うん、ほら準備して来な」
「……うん!」
ポンポンと背中を叩くと紡希は嬉しそうに笑みを浮かべて荷物を取りに二階へ上がって行った。
紡希がリビングから出て行った後にホッと息を吐いて胸を撫で下ろす。緩む頬をそのままに先程の日置の言葉を思い返した。
平日は学校で会っているけどそれだけでは足りない。俺も早く会いたい。日置も同じ気持ちで嬉しい。
「あ〜……好きすぎてつらい」
『ははっ!俺も』
「え、切ってなかったの」
『うん、ごめん』
ポソッと呟いた言葉は切れたと思った通話相手が拾ってくれた。少し焦ったが、口にした言葉は嘘では無いので別にいいかとそのままにしておく。
キッカケをくれた紡希には感謝しかないな。今日は紡希の好物を夕食にしてもらおう。
紡希が戻ってくるまで日置と通話しながら買い物に行っている両親にメッセージを送った。