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1.メリー・バッドエンド/メリー・ハッピーエンド

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2015-08-25 23:26:42

 あたしの人生は終わったのか始まったのか、あるいはどっちでもないのか、物語でいうと起承転結のどのあたりに立っているのか、いまいち分からない。
12年間毎日まいにちそうしてきたように、今日だって大勢のかわいそうな孤児たちとともに目覚め、礼拝やお勉強やお外遊びをしながらクソみたいな時間をむさぼり、無事に過ごせたことを神様に感謝してベッドに潜りこむ、そういう一日を過ごすはずだった。

「アメリだ」
 郊外の町デタラメ・リトル・ヨーロッパ。アホづらの市民や観光客がへらへらしながら歩く大通りを眺めることができる喫茶店の窓際、革張りソファの席。向かい合って座るちょび髭オールバックのおっさんが、出し抜けにそう言った。

「はあ?」
 あたしはスペシャルに不機嫌な声で対抗する。何でも好きなものを頼んでいいと言うから、娑婆デビューの記念に食べたことも聞いたこともない、ブリュレとかいうデザートを注文してみた。出てきたのは半生プリンの表面を飴になるまで焦がした妙ちくりんな食べ物だった。上手くは言えないけれど、もっとキラキラでゴージャスなお菓子を期待していたあたしはがっかりした。

 思いっきり不貞腐れ、頬杖をついてスプーンでざくざくと飴のコーティングを砕いていたら、超ちっさいカップでちびちびコーヒーを飲んでるおっさんが、それはもうキラキラでゴージャスなお菓子を出されたような顔をした。

「フランス映画の『アメリ』だよ、主人公のアメリがそうやってブリュレの焦げ目を割るのが好きなんだ。ああ、孤児院で映画は観られないかな。失敬」
 おっさんはフフッとか言って口の端をニヤリともち上げる。ああもうなんかすっごいむずがゆい。孤児院の職員にはいなかったタイプの大人だ。

 黒目がちの垂れ目につり気味の眉毛、鷲鼻、そしてちょび髭オールバックとかいう落書きしやすそうなパーツが結集している。襟のとんがったシャツに縞模様の紫色のスーツを着ていて、いくら世間知らずのあたしでもこいつは堅気じゃなさそうだなと思った。手品師? 詐欺師? マフィア? それとも子供攫い? これからお腹を切られて臓器を売り捌かれるの?
「院でも映画ぐらい観れるわ、ばかにしないで」スプーンの先でブリュレを軽くつつく。ぱき、と焦げ目にひびが入る。「映画屋さんがフィルムを持ってきて、上映するの。報われない子供たちのためにね」
「へえ、興味深いな。なにか好きな映画はある?」
「フランスのやつなら『ベルヴィル・ランデブー』」
「なかなかヘンな趣味のお嬢さんだな、悪くない。うちにサントラがあるよ」




 おっさんが孤児院に現れ、あたしを養女にしたいと言い出したのは今日の午前のことだ。ふつうはいろいろな段取りがあって、たくさんの時間をかけた上で養子に出されることをあたしは知っていた。12年間もその様子を飽きるほど眺めてきたんだから。それをこのおっさんと孤児院のえらい人たちは、ものの数十分で手続きを済ませ、あたしを院から追い出したのだ。
 孤児院の庭では、同じ髪型で同じワンピースを着た、さまざまな年齢の女の子たちが遊びまわっていた。あたしはなるべく他人に興味を持たないようにしていたし、っていうか興味無いし、縄跳びとかボール遊びとか幼稚なことにはしゃげるほど子供じゃないから、花壇の縁に座ってひたすらアリの触覚を抜いていた。そこへどう見ても堅気じゃないおっさんがおもむろに近付いてきて、あたしの両肩をぽんと叩いたのだ。

「やあ、待ちくたびれたかな。帰るぞ」とか言って。
 あたしは足元でうろうろしてる触覚の無いアリを掴み、おっさんの描きやすそうな顔面にぶつけようとした。だって、ほんとうのお父さんが現れたのかと思った。院長があたしの腕を掴んで「違うわ、いや、これから違くなくなるけど、違うわ」とわざとらしい笑顔を浮かべたので、おっさんは里親であることを察した。

 あたしに拒否権は無かった。多くの孤児たちはやさしい里親にもらわれる日を夢見て良い子になろうと努力し、やがて院を去る。けれどあたしにはそんな目標無かったし、このまま大人になって院の用務員にでもなって味気無い一生を過ごして死ぬんだと思ってた。不幸な映画の主人公みたいにね。

 意地っ張りでひねくれてて、心を開かないクソガキに職員たちもうんざりしていたみたい。孤児は歳を重ねれば重ねるほど、もらわれにくくなる。自分で言っちゃうけどあたしって美少女で、目はくりくりだし髪の毛はさらさらだし、肌は白くてまるで白雪姫だから、養子候補に指名されることも少なくなかった。まあ、そんな申し出をしてくる大人たちは全員蹴散らしてきたんだけど。そんなんだから、院での生活年数は孤児たちの中でもあたしがいちばんだった。
 職員たちは厄介払いをしたくて仕方なかったに違いない。「もういい歳なんだから、わかるでしょ?」と院長はあたしに耳打ちした。おっさんはすごく丈夫そうなアタッシェケースを持っていた。だいたいわかった。



「男ってやつはなあ、ある日とつぜん冒険したくなるんだよ」おっさんは煙草に火を付ける。「別に寂しいとか、報われない子供のためにとか、ロリコンとかそういうんじゃない。ただ、朝食のガレットを焼いている時に、養子もらったら面白いかもしれないって思ったんだ」
「まさか院長にも同じこと言ったんじゃないでしょうね」
「ああ、言ったよ」
マジかよ。もう何も信じられないわ。好きなだけ内臓もっていきなさいよ。
「まあ、こうして君は粗末な孤児院から卒業できた訳だよ。おめでとう。感謝しろ」

 おっさんはお手本のように綺麗な歯並びに煙草を挟み、目を細めて笑った。店内のうす暗い照明のせいでおっさんの顔面の造形が無駄に立体的になり、どう頑張っても悪役にしか見えなかった。
「恩着せがましいにも程があるんじゃない? その高圧的態度をへし折って差し上げたいわ、アリの触覚みたいに」
 こっちだって皮肉とつくり笑顔のプロだ、舐めてもらっちゃ困るとばかりに応える。おっさんは煙草を歯に挟んだまま眉間に人差し指と中指を当て、可笑しいのを必死で堪えるようにうつむいて笑い出した。おっさんの身体の震えと呼吸に合わせて、煙草のけむりが歪む。
「ああもう、お嬢さん最高にイカしてるよ、そのユーモアセンス大好き」

 かゆい、全身がかゆい。ぞわぞわする。どうしようもなくなって両手の拳をテーブルに叩きつける。ブリュレに突っ込んでたスプーンが皿から落ちた。
「全くどいつもこいつも、これ以上あたしをおちょくるなら舌を噛み切って死ぬわよ」
「その歳で狂言自殺をモノにしてるとは先が思いやられるな」
「おっさん、あんたねえ」立ち上がろうしたところで、おっさんはあたしを制した。
「悪かった、ゆるせ。もういっこブリュレ頼んでもいいぞ」
「ところでアメリちゃん、君は自分のことが好きか?」
「アメリじゃないわよ。そんなこと考えたこと無いし、説法ならやめて。耳が腐るわ」
「なるほど。じゃあ単刀直入に言うけど、俺はこの世にあまねく存在する人間の中で俺がいちばん好きだ」

 なに言ってんだこいつ、と頬杖をついたままおっさんを見やる。おっさんは小指を立ててカップを持ち上げ、コーヒーを飲み干す。何もかもが芝居がかって見えて仕方ない。
「俺はべつに刺激されたら嫌なこととか、他人のこういう行動が気に食わない、とかいうのはほとんど無い。自分で言っちゃうけど大らかだからね。でも俺は俺が大好きだから、他人からも好かれれば素晴らしいと思う。しかしだ、君は若いし、お年頃だし、とびきりひねくれてる。だからこんなおじさんと生活するのには、何かと不満が付き纏うかもしれない。悪いようにはしない。努力しよう。いや、ていうか、絶対俺と生活するの超面白いぞ。期待して良いよ」
 おっさんの喋る言葉は、胸焼けしそうなぐらいギトギトした自信に塗れていた。無駄に整った髪の毛先から、量の多いまつ毛から、刺さりそうな襟の先端から、スーツの縞模様から、自信が滲み出して、あたしの頭のてっぺんまでひたひたに漬かっているような気がした。

「それでだけど、アメリじゃないならなんて呼べばいいかな」
 おっさんは煙草をふかしながら、間の抜けた調子で問いかけてくる。完全におっさんのペースに乗せられている。臓器売買業者というより、なんかもうワンダーランドの住人ってかんじ。とか言ったらアリスって命名されるに違いないから言わない。
「マリーとかメアリーとか、適当な名前で呼ばれてたわ」
「じゃあ、アメリとかマリーとかメアリーとかの間を取ろう。君は今日からメリーだ」
「ぜんぜん代わり映えしてないじゃない」
「甘いなメリー」おっさんはハッ、とか言って落ちてもいない前髪をかき上げる。
「マリーとかメアリーとかいうのはmaryだろ、でもメリーはmerryだ。一緒じゃない」
「なんでもいいわ。好きにして」
「あと俺はおっさんじゃないぞ、ギュスターヴだ。ギュスターヴ・ベルナールだ。ギュスターヴは“神様の助け”という意味を持つギリシャの男性名グスタフが由来で、苗字のベルナールは聖人名だぞ、めっちゃ神々しいだろ」
「知らねえわよ」

 煙草を歯に挟むのはおっさんの癖らしかった。その笑顔はやっぱり悪どいんだけど、あたしみたいな作り笑いじゃないのがねたましかった。べつにあたしは上手く笑えない可愛そうな女の子を気取りたいわけじゃない、って思ってたけど、このおっさん見てたらそんな気がしてきた。絶対俺との生活は面白い? ずいぶんな自信をお持ちのようね、つまんなかったらぶっ飛ばすわよこの野郎。
 おっさんをにらみながら、ブリュレをひとくち食べる。見た目よりはおいしかった。


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鬼殺大五郎 @srxxxgrgr
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