カルみと SSのつもり
エロくないけどスケベあり
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
その日の事件は、トラブルこそあれど無事に解決まで辿り着くことができた。
アンドロイドに重労働を課して非合法の研究を行う組織の制圧は、アンドロイド保護のために動いたスパローと研究施設の取り締まりのために動いたドロ課の共同捜査になったのだ。
制圧途中に、研究成果らしい催涙ガスが散布された時は肝が冷えたが、縞斑の機転により神無と縞斑は最低限の吸収で済んだ。
そうして二人は、念のために待機していたレミの元に運ばれて、処置を受けて解放されたのだった。
「いやー、久しぶりに催涙吸ったなぁ。」
救護テントの外に出た縞斑は、からからと笑いながら未だ若干涙の滲む視界で瞬きを繰り返す。
公安警察として活動していた縞斑は、訓練の一環で催涙ガスを浴びる体験をしたことがあった。強制的に涙腺が刺激され、涙に視界を邪魔される感覚は想像以上に不快で、肌を刺すような刺激に数日苦しめられたことを思い出す。
今日散布されたガスはおそらく、訓練時に浴びたものより強力だろう。もうしばらく続く後遺症を思えば、憂鬱な気持ちが拭えない。
「神無ちゃんもお疲れ。慣れない体験だったでしょ。」
同じように手当てを受けた神無に向かって、縞斑は振り返らないまま労いの声を掛ける。
彼も警察学校で一度は体験したことかもしれないが、肌を刺す痛みと止まらない涙に困惑している様子だった。
咄嗟に縞斑が口元に手を押し当てて呼吸を塞いだだけで、薬品の正体に察しがついたらしくすぐに対応したあたり、やはり神無三十一という男は優秀なのだろう。縞斑は内心そう感心していた。
「しばらく薬が抜けないだろうから、家でゆっくり休んだほうがいいよ。」
とはいえ、例え薬品による強制的なものだとしても、涙を流す神無の姿を施設の人間やドロ課の同僚たちに見られたことは、縞斑にとって面白いものではなかった。
赤く目を腫らして溢れる大粒の涙を必死に拭う神無の姿は、不謹慎ながら煽情的で、息を呑んだ元同僚たちに思わず睨みを効かせてしまったのだ。
見るな、減るから、とでも言いたげな縞斑の凄みに彼らは蜘蛛の子を散らし、隣のアサギリからは心底呆れた視線を向けられた。
おそらくアジトに戻ったら、余裕のない独占欲の塊である振る舞いについて小言を言われることだろう。ますます気が重い縞斑はふと、神無が黙ったままであることに疑問を抱く。
「……神無ちゃん?」
「………。」
声を掛けて背後を振り返れば、神無はレミに渡されたタオルを肩から羽織ったまま俯いていた。
体調でも悪いのだろうか、怪我を負っていたのかもしれない、そんな心配が押し寄せた縞斑は、慌てて彼の元に歩み寄る。
「神無ちゃん、大丈夫?」
状況次第ではレミの元に戻った方がいいかもしれない、そう考えて縞斑が神無の顔を覗き込もうと腰を折ったときだった。
「………せよ。」
「ん、ごめん。なんて?」
俯いていた神無が、ぽつりと呟く。
事後処理を行う刑事たちの喧騒にかき消されてしまった彼の声を聞き取ろうと、縞斑は彼の口元に耳を寄せた。
次の瞬間、神無は両手を伸ばすと縞斑の胸倉を掴んだ。油断していたため、そのまま強引に引き寄せられた縞斑は、至近距離で怒りに燃える紫の瞳と視線が絡む。
「…ちょっと、ツラ貸せよ。」
地の底から響くような聞き馴染みのない低音でそう唸った神無に、縞斑は表情を変えないまま脳内でパニックを起こした。
見たことのない大激怒だが、ここまで怒らせるような言動を取った記憶が縞斑には全くない、とも言い切れないことが何よりの問題である。
緊急事態とはいえ、相棒たちがいる前で強引に手で口を塞いだし、神無のことを下心ありきとはいえ気遣う同僚たちを露骨に牽制した。他にも神無が知らないあれやそれや、数える罪が多すぎる事実に縞斑は目眩を覚える。
今この場で怒りの理由を聞くことは、おそらく得策ではない。怒らせた理由が分からないなどと白状すれば、火に油を注ぐ結果となることは明白だ。
「…………はい。」
僅か数瞬の間、思考を巡らせた縞斑が口にできたのは、そんな震える返事だけだった。
※
黙ったままの神無に腕を引かれて、縞斑はスパローのアジトへと帰り着いた。
途中薬局に寄ったが、そこで神無が買ったものも明かされず、袋を持つとも言ったが無言で制された。
ツラを貸せと言うからには神無の自宅に連れて行かれるものだと考えていた縞斑は、その理由すら尋ねることができず後に続く。
そんな二人の帰還に気付いたアサギリが、ふと部屋から顔を出した。
「おかえりなさい、マスター…と……神無さん…?」
縞斑の帰還はともかく、神無が一緒であることに不思議そうな表情を浮かべたアサギリは、説明を求めるように縞斑を見上げる。
こっちが聞きたい、と言わんばかりに視線を向ければ、意思を汲み取ったらしいアサギリはこくりと頷いた。
「神無さん、行き先はマスターの部屋でいいですか?」
「あぁ。」
「人払い、いたします?」
「頼む。」
どうやら自分は、人を払うような内容で怒らせているらしい。
縞斑と神無が恋人であることは、互いの相棒のアンドロイドたちしか知らないことだ。そのため、スパローで二人が会う時はアサギリが気を遣って周囲からアンドロイドたちを遠ざけてくれる。
そもそも、集音機能を持つアンドロイドたちで溢れるスパローで、神無が恋人の時間を望む機会は極端に少ない。神無の自宅に誘われることが殆どだ。
なぜあえてこの場所で、ますます困惑する縞斑を庇うことを諦めたアサギリは、再び頷くと神無に道を譲る。
「どうぞ、ごゆっくり。」
それは嫌味か裏切り者め、そう恨みがましくアサギリを見つめれば、そんな視線もどこ吹く風で彼は部屋へと戻っていく。
一方神無はずんずんと歩みを進めると、勝手知ったる縞斑の自室の扉を開けて中に入った。
縞斑が大人しく後に続いた途端、彼は何も言わずにその体を近くのベッドへと押す。
「っと、なになに」
まさか、抱かれる?ここにきて?
これまで神無が受け身側であることに不満を漏らしたことはなかったが、言わないだけで溜め込んでいたのだろうか。
大きな抗争の後に興奮を冷ますために行為に及ぶことは、今までに無かったことではない。
だとしても、何故この部屋で?薬局で調達したのはまさかゴム?あまりにも大胆過ぎないか天才君?
いい加減神無の真意を知りたいと考えた縞斑が顔を上げれば、彼は縞斑の手を一度解放するとゆらりと部屋の中を見回した。
「神無ちゃん……?」
「……し、」
そうして神無は、ぷるぷると小さく肩を揺らす。怒りが爆発する、そう縞斑が身構えた瞬間、案の定神無は大声を張り上げた。
「信じらんねぇ!!あんた化粧水も持ってないのかよ!!!」
「…………ん?」
しかし、その内容は縞斑が予想していたものとは全く様相の異なるものだった。
会話の流れが理解できず、首を傾げて固まる縞斑の前に立った神無は、薬局の袋を探りながら言葉を続ける。
「念のために買ってきてよかった……ったく、あんたもいい歳なんだから風呂上がりのケアくらいしないと後悔するぞ。」
「…ええと、神無ちゃん?何する気?」
状況が把握できないまま、恐る恐る訪ねた縞斑の前で神無は、袋からいくつものボトルを取り出した。
「何って……スキンケア。」
「………スキンケア????」
サイドテーブルに並ぶ見慣れない品と神無の顔を交互に見た縞斑は、ますます首を捻って呆然と声を上げるだけとなったのだ。
※
「だー!!なんでこんな白い肌赤くかぶれてんのに気にしないんだよあんた!!!」
「えっと…ごめんなさい…?」
珍しく勢いに押されたまま謝る縞斑に優越感を感じる余裕もなく、神無は怒っていた。
今日の制圧では強力な催涙ガスを浴びることとなり、目や肌を刺す痛みに犯されて散々な目にあった。
レミの救護テントに運ばれた神無は、手当てを終えると縞斑を待つ間に真っ直ぐ警視庁のシャワー室へと急いだ。
途中に寄ったドロ課本部の自分の机の引き出しから夜勤時の風呂上がりセットを抱えて、辿り着いた鏡の前で神無は顔を顰める。
「やっぱかぶれてる……」
催涙ガスを浴びた神無の肌は、ところどころかぶれて赤みがさしていた。以前警察学校で体験のために浴びた時も、数日肌が荒れて悩まされたのだ。
荒れた肌では変装時に最大限の効果を発揮できない。そうでなくとも美しくない肌など自分が許せない。そんなプライドのままに、神無は慌てて自身の肌をケアしたのだ。
その後手当てを終えた縞斑と合流してみれば、想定はしていたが彼はかぶれた肌などお構い無しだった。一度は縞斑の自由だと思った神無だったが、結局抑えられず部屋に押しかけてスキンケアに乗り出すことになった次第だ。
「催涙ガスは肌が荒れんの!!!熱持ったら治るまでめちゃくちゃ時間かかるし、痛いんだからな!!!!」
「はぁ…」
「いいから顔出せ!!軟膏塗らせろ!!!ったく…あいつらよりにもよって催涙ガス使いやがって……」
ぶつぶつと文句を言いながらチューブを取り出す神無の姿を眺め、ひとまず自分に対して怒っていたわけではないことに縞斑は内心安堵する。
肌について、縞斑は今まで気にしたことなど殆どなかった。元々弱くない肌だったらしく、多少の環境では荒れることもないそれを手入れする機会など一切ない。
そもそも荒れた肌を特に気にしない縞斑は、ここまで神無が自身の肌のケアをして気にしているということに驚いたのだ。
「…スキンケア、考えもしなかったな。」
「肌って、荒れてから元に戻すのは大変なんだよ。日々の積み重ねが大事なの。」
「さいで。」
言いながら神無は、持っていたらしいヘアピンを使って手際よく縞斑の顔に掛かる髪を止めていく。
「上向いて、目閉じて。」
「ん。」
大人しく縞斑が従って目を閉じれば、部屋の明かりに照らされた縞斑の白い肌に神無が手を伸ばす。
「…っ、」
額に触れた指とその指先に乗せられたぬるりとした感触に、思わず目を見開いた縞斑は背後へと飛び退った。
「えっ…なに?」
「………急に、直で触られたから、」
首を傾げる神無を見上げて、ベッドの淵に逃げた縞斑は、その感触に動揺を隠せなかった。
軟膏を纏った神無の指が、自身の顔の上を柔らかく撫でた。慣れない感触に未だばくばくと心臓の鼓動が止まない。
もちろん縞斑も、愛した相手である神無に抵抗があるわけではない。甘え上手の彼からは、情事ではない時でも触れ合いはある。
だとしても、慈しむようなその指は気恥ずかしさと、神無に全くその気がないからこその罪悪感が胸を占めた。
彼はきょとんと目を瞬かせると、縞斑がなぜここまで驚いているのか全く分からない様子で口を開く。
「いや触るだろ、ケアしてんだから。」
「それは…そう、なんだけど……うーん」
「はい、動かないで。目に入るから。」
ベッドの奥に逃げた縞斑を追って、神無はベッドに片膝をついて身を乗り上げた。観念した縞斑は、深呼吸をすると再び目を閉じて神無に身を任せる。
再び軟膏をつけた指先が頬に触れた。一瞬ぴくりと肩が震えたが、落ち着けと言い聞かせて触れる指の感触から意識を引き剥がす。
「全部さっきの薬局で買ったの?」
「そうだよ。ちょっと前にレミから、荒れたときに効きますよーって教えてもらった。」
「買ったもの見せてくれなかったから、何かと思った。」
「だって、どうせあんた肌の手入れとか興味ないだろ。いらないって言われそうだったから。」
今こうしてるのも、俺のわがままだし。そう呟きながら、神無の指が赤くなっているらしい縞斑の肌を撫でた。
荒れているという神無の言葉は本当らしく、彼が触れたところに時々刺すような痛みが走る。それを覆うように軟膏を塗り込んだ神無は、一度体を離すとサイドテーブルに手を伸ばした。
「次は化粧水。」
「まだ塗るの?」
「そのあとはクリームで蓋するからな。」
「へぇ……」
未知の世界に感心する縞斑の様子を横目に、神無は袋の中を漁って小さく声を漏らす。目当ての品が、ひとつだけ入っていない。
「やべ…コットン買い忘れた。」
「コットン?」
「……あるわけないよな。まぁいいや。」
取り出した小さなチューブから透明の液体を手のひらに出した神無は、両手で体温に馴染ませるように重ねると再び縞斑に向き合う。
伸ばされた両手に身構えて目を閉じれば、顎や頬、鼻筋から額に掛けて彼の両手が縞斑の顔を覆った。
液体を肌に押し込むように触れる手のひらは、液体に僅かに冷やされたためか冷たくて心地が良い。小さく息を吐く縞斑を見て、神無は様子を伺った。
「大丈夫?」
「んー…冷たくて気持ちいいね。」
「肌が熱持ってる証拠だな…」
君が触るからだろうと口にしかけた言葉を、縞斑は咄嗟に飲み込む。
両手で手当てを行う今の神無は、縞斑の肌を気に掛ける優しさのみで、決して縞斑を誘う意図はないのだ。
そんな彼の善意を俗世的なものとして受け取りかけた自身に、罪悪感を覚えた縞斑は小さく唸り声を上げる。その声を聞いた神無は、驚いた様子で一度両手を引っ込めた。
「ごめん、痛かった?」
「いや……痛い…もういい歳したおっさんなのに………痛すぎる……」
「痛みに歳は関係ないだろ…そんな落ち込むなよ。」
ベクトルの違う痛みに苦しむ縞斑の様子に、当然気が付かない神無は的外れのフォローをしながら先ほどよりもそっと頬に触れる。
痛みがないように、という気遣いなのだろうが、現在煩悩と戦う縞斑にとっては非常に良くない。嫌でも思い出した情事の時の甘い指先に、縞斑は強く自身の手のひらを抓る。
そうしている間に化粧水を塗り終えた神無は、袋から取り出したクリームを手のひらに落として仕上げに掛かった。
「赤みが消えるまでは、風呂上がりに毎日やってほしいんだけど……アサギリに頼んでおいたほうがいい?」
「……えっ、アサギリちゃんにまでこれされるの?」
まめなアサギリならば、おそらく完璧に毎日ケアを行ってくれるだろう。一式を預けたところで縞斑が自分で手入れを行うとは思えなかった神無は、相棒の彼に任せようと提案した。
しかし一方、恋人の神無に触れられてここまで動揺した縞斑は、同じ触れ合いを相棒にまでされるという未来に打ち震える。
「自分でちゃんと毎日できる?やらないだろ絶対。」
「…やらな……いや、やる、やります。自分でやるから、アサギリちゃんに頼むのだけは本当に勘弁して。」
毎日の手入れという面倒と、相棒の手のひらを恋人に重ねて抱えるに違いない罪悪感は、天秤に掛けるまでもなく後者に傾いた。
ところが、そんな懇願を聞いた神無は眉を下げると申し訳なさそうに縮こまる。そんな彼の姿を見て、縞斑は羞恥のあまり語感を強めてしまったことに気がついた。
「…ひょっとして、触られんの嫌だった?」
「いや、ちが」
「さっきから様子変だったし…ごめん、そこまで気が回らなくて」
かつては公安警察として、現在は犯罪組織のリーダーとして動いている縞斑ならば、過度な接触はいくら恋人だとしても落ち着かないのかもしれない。
触れた時の反応を思い出した神無は、縞斑にとっては迷惑なことだったのではないかと体を離す。
「待った。」
引き止めなければ勘違いしてそのままこの場を出て行きかねない恋人の腕を、縞斑は慌てて掴んだ。
驚いて足を止めた神無の手をやんわりと引いて、ベッドの隣に腰掛けさせる。尚も申し訳なさそうに肩を落とす彼の姿を見下ろして、縞斑は額に手を当てて大きなため息を吐いた。
「……神無ちゃんさぁ、人にこうしてもらったことある?」
「…ない、けど……」
縞斑を怒らせてしまったと勘違いしているらしい神無は、ため息に大きく肩を震わせながら恐る恐る首を横に振る。
神無が肌の手入れを覚えたのは見よう見まねのことらしい、その言葉に納得と安心を覚えた縞斑は、再び息を吐くと神無の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、試してみよっか。」
呟いた縞斑は、神無の手を離すと自身の中指に手を伸ばす。はめていた手袋からするりと白い手を抜いて、もう片方の手も取り払った。
シーツに落ちる手袋を目で追った神無の肩を掴んで、身を寄せると至近距離で口を開く。
「目、閉じて。」
「う…うん……」
縞斑の意図が分からず、不安げに揺れる紫の瞳がおずおずと伏せられた。近くで見た神無の頬や額は、確かに彼の言う通り赤くなっている。
縞斑は痛みを伴わないよう慎重に、肌へと手を伸ばした。
「っ…!」
咄嗟に息を詰めた神無に構わず、輪郭を辿るように頬を滑った指は頬や鼻先をくるくると弄ぶ。赤くかぶれてしまった肌を労るように撫で、その指に神無が意識を奪われたことを確かめると手のひらを離した。
「ま、って」
慌てて目を開いた神無が声を上げるが、それより早く縞斑の両手が神無の頬を包む。額、顎、鼻筋、ゆっくりと触れて、熱を奪うように自身の冷えた手のひらを押し付ければ、見開かれた神無の瞳がゆらりと揺れた。
ふと、縞斑の小指が神無の唇の端を掠める。途端にびくりと身を震わせた彼が、悩ましげな吐息を漏らした。
一通り堪能した縞斑は、再び神無の頬を両手で包んで視線を交わらせる。
「…分かってもらえた?」
真っ赤な顔で唾を飲んだ神無が、こくりと小さく頷く。そんな彼と額を重ねて、縞斑は言葉を続けた。
「君にその気がなくても、触られてそういう気持ちになるのは君に失礼だし……アサギリちゃんに触れられて君の指を思い出すのは、君にもアサギリちゃんにも申し訳ないから。」
一回り以上も歳上にも関わらず余裕のない姿を正直に打ち明けるのは気が引けたが、言わないことで神無を不安にさせてしまうのであれば、そんなプライドは犬に食わせてしまおう。
そっと額を離した縞斑は、神無の顔を覗き込む。
「あ、の…おれ…えっと、」
真っ赤な顔でぱくぱくと口を開く彼は、自身の行為があまりにも大胆であったことに気付いた様子だった。
中途半端に燻ってしまったらしい熱を持て余す潤んだ瞳で縞斑を見上げる様に、魔が差した。
頬を包んだままの両手に緩く力を込めて上を向いて固定させる。その動きだけで縞斑の意図を汲み取ったらしい神無が、期待と焦りに目を瞬いた。
半開きのままの彼の唇に、自らの唇を重ねるために縞斑は身を屈める。
「〜〜っ!!」
「っわ、」
しかし、触れ合うより早く神無の両手が縞斑の手を掴んで押し返した。
驚いて身を引いた縞斑の拘束が緩んだ隙をついて、神無はベッドから立ち上がる。
ここがスパローのアジトであり、人払いを頼んだとはいえ、近くにアンドロイドや子供たちがいることを思い出した彼は、しどろもどろと視線を彷徨わせながら扉へと後ずさった。
「…その、つまり…えっと」
「か、神無ちゃん?落ち着いて…」
「お、おお、お互いお大事にってことで!!!じゃっ!!!!」
後ろ手にドアノブを掴んだ神無は、そう声を上げると縞斑が止める間も無く扉を開けて部屋を飛び出していく。
途中すれ違ったアサギリに声を掛ける余裕もなく、催涙ガスによるものか、先ほどまでの行為によるものか分からない真っ赤な顔を押さえて、彼はスパローのアジトから逃げ帰るのだった。
「…………。」
一方、部屋に取り残された縞斑は神無を引き止めようと手を上げたまま固まる。
確かに魔は差した。ここがアジトであることも一瞬頭の隅に適当に追いやった。とはいえまさか、あそこまで熱烈な瞳を向けた彼に逃げられるとは思っていなかった。
呆然とする縞斑の耳に、扉をノックする音が響く。返事もできないままベッドに腰掛けていると、扉が開いてアサギリが顔を出した。
「失礼します。先ほど神無さんとすれ違いましたが……見送りはよろしいのですか?」
「………。」
「……マスター?」
応えない縞斑を、アサギリが訝しむ。
伸ばしたままだった手のひらで前髪を掻き混ぜた縞斑は、背後のベッドに倒れ込むと深く息を吐いた。
「……あー…」
「どうしたんです。怒られたのですか?」
廊下ですれ違った神無の顔は赤く、体温が高かった。叫んで興奮状態にあったのかもしれない。そう考えたアサギリは、見送りを断られるほど縞斑は叱られたのだろうと呆れた視線を送る。
そんなアサギリに訂正するでもなく、ベッドに身を沈めた縞斑はぽつりと口を開くのだった。
「……やり逃げされた。」
「……………は?」
終