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2023ホワイトデー後日談

全体公開 創作話 2045文字
2023-04-01 20:26:44

柳と湊の話

Posted by @lianmiso

 今日は事務所に誰もいない。
 ケースからトランペットを出す。
 不便な立地だが、好き勝手に大きい音を出せるのはよかった。何を吹こうか考えて、3月の一番印象の強い日を頭に浮かべる。構えたトランペットが太陽光を反射した。
「ほう、砂漠の女王かい。」
 ある曲のファンファーレを吹き切り、満足していたところ屋上の淵から声が掛かる。
 青い瞳がこちらを覗いていた。
 柳だ。
 足場もないのに壁に張り付いている。いもりかやもりか?こいつは猫だった。猫でも足場は必要だろう。いや、柳だからか。
「どこから聞いてるの。他の人は?」
「安心しろ。俺しか聞いちゃいねぇ。」
 柳が昇ってくると、湊はトランペットの構えを解いた。
「宴の最中に厳かに王と女王の結婚を発表する場面だな。御触れを知らせるトランペット。」
「バンダからソロ吹くのかっこいいよね。遠くから聞こえる感じがさ。王と女王の威光はどこまでも届くってことじゃない?イイよね。」
「さて、なーんで湊くんはその曲を吹いていたのかなぁ?」
 あまり触れられたくなかった。湊が「別にいいでしょ。」と顔を背けたところに柳が回り込む。にやにやと嫌な笑みだ。
「バレエ音楽だよな。どう始まるっけ?。」
 わかっているくせに、と湊が唇を尖らせる。
「王の予知夢の中、女王が船でやってくる。船首で向かう国を真っすぐに見つめてるところ。」
「あー、そうそう、そうだった。で、お前の中の女王の瞳は何色よ。当ててやろう。砂漠に沈む夕陽を集めて固めたような紅だ!そうだろう!そうだろう!」
 う、湊が口中で呻く。その通りだった。海を割って進む女王の瞳は透き通る紅玉を嵌め込んだような瞳で光り輝いていた。
「イメージを固めると、演奏はぐっと良くなることもあるからな。情景が浮かぶようだった。」
 にやけた表情を引き締め、柳は湊に向き合った。真剣に湊を見つめる柳に感情はあっちへ行ったりこっちへ行ったりで迷子だ。
「君の熱情篭った歌があの人らに当てられているように?」
「おっと、今はお前の話をしているんだぜ湊。」
 苦し紛れの言葉を放つが、畳みかけられる。それでも抵抗しようと湊は声を上げる。
「いや、僕は。」
「お前、ホワイトデーどうしたよ。」
「ちゃんと返したよ。クッキー」
 壱樹と一緒に作ったクッキーを渡したことは記憶に新しい。受け取った彼女の笑顔は翳りもない笑顔で思い出すだけでも顔が赤くなる。
「そういうことだと思ったよ。霧凍は知らんが、みんなクッキー渡してたじゃねーか。」
「だって………恥ずかしいよ。」
「あいつのこと好きか?」
………
 びゅうびゅうと吹く海風や潮騒に消されそうな声だった。
「支えたいと思うか?」
 俯いた首が微かに上下する。
「あいつを助けたいか?」
「勿論!」
 湊は大声で答える。
「大サービス!」
 柳は上着を投げ捨てた。Tシャツになった。瞬間海から風が吹き、柳は自分の体を抱きしめた。暖かくなってきたとはいえ、潮風は冷たい。すぐに上着を拾って着た。
「寒いなら脱ぐなって。上着飛ばされなくて良かったよ。」
「条件がある。仕事手伝って♡」
「いいよ。」
 即答だった。あまりの早さに柳が「仕事の内容を聞いてから答えろ」と湊を軽く蹴飛ばす。仕返しに湊が柳を小突いた。
「君が持ってくる仕事だし、君も心配だし。」
「俺の事はいいんだよ、俺は。」
 柳は懐から2枚のチケットを出した。ピラピラと見せびらかす。
「ここにバレエのチケットがありまーす。砂漠の女王でーす。ロヤル・バレエがやりまーす。」
「嘘。」
 チケットを受け取った手が震える。
 砂漠の女王は金、木、弦楽器、民族楽器等多様な楽器を使い、舞台裏まで使用する。雄々しい武器や煌びやかで豪華な衣装も揃えなくてはならず、なかなか公演されない。しかも、世界一と言っていい有名バレエだ。チケットは瞬殺で手に入らないと聞いた。ごくりと喉が動く。
「しかも、衣装展示会入場券付きでーす。あいつ喜びそうだろ。このチケットは報酬。お前の物。いい刺激になるぜ。お前にも、あいつにもな」
 チケットを掲げ、湊はにまにまと笑みが止まらなかった。しかし、嫌な予感がする。ふと柳を見た。
「どこでこれを?」
「疑うな。うちの事務所、元は何の事務所よ。湊くん。じゃあな。ちゃんと雪花誘えよ。」
「柳!」
 柵を越えた柳の頭に湊の音色がリピートされる。
 オメーが吹いた砂漠の女王三幕・狂乱の宴でのトランペットソロ、女王に叶わぬ恋愛感情を押し殺し、遠くから吹く奴にも聞こえるんだよな。
 諦めんなとは面と向かって言えないが、奴ならきっちり受け取ってくれるだろう。
「ありがとう!頑張るよ!」
 湊の礼を地面で受け、ニッと笑う。
 後は恋ノ邪魔者共を遠ざけるだけ。
 その前に。
「デートの予定もきっちり立てろよぉぉぉ!」
 怒りと照れの混じる外れた音が距離を取った柳の鼓膜を破らんばかりに鳴った。


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