事務所に入ったばかりの湊と霧凍
過去作です。
@lianmiso
霧凍が溜息を吐いて、鏡を見ながら眼鏡を磨くふりをして後ろを見やる。
暗くとも暗視モニター付きの眼鏡には湊が背後の影からこちらを伺っているのがばっちりとわかる。
最近入った雨辻湊と今日は2人だけで仕事だ。
背後に2、3発。
腰に下げた短銃を抜くと、撃ち込む。弾丸は湊の足元に数発分の穴を残した。
「ありがとう、ございます。」
触手の切れ端だけ湊の足元でビチビチ跳ねた。
「別にあなたのためではないですよぉ。」
放っておいても湊は片付けていただろう。
銃弾が一発くらい当たれば良かった。
自分の腕からして当然である。
臆することなく一定の距離を保ち、湊がついてくる。次第に霧凍の足が早くなる。一拍遅れて水音が立つ。派手な水音は自分でも後続でもない。遠くから反響した。
人間とは違う重量が水が叩く音とは反対側に霧凍は向かおうとするが、後ろ側からの気配は音の方向に体を向けた。
「片付けたってどうせ数は都合のいいように改竄されてしまいますよぉ。残しておいた方がまた仕事が入ります。今は稼げても今後の儲けが少なくなりますからねぇ。」
「でも、放っておいたら、誰かが、犠牲になります。」
「どうせ処理しきれませんよぉ。」
一呼吸置いて、鳥を絞め殺すような悲鳴が反響する。鳥ではなく人間である。声からして成人男性だ。下水道に生えた水棲テンタクル/触手に捕まったのか。
大量発生した今回の討伐対象だ。行政機関が処理を怠らなかったら、こうならなかっただろう。殲滅したとしても、生態系は崩れる。どうせ捕まったのは、国側の人間だ。三十木の奴らだろう。給金をケチり、現場の実力差も知らない奴らが犠牲になるのは自業自得と霧凍は嗤った。
「じゃあ、ついてこないで、くださいね。僕1人で、いきます。」
静かにそう言うと、湊は駆け出した。
苛立ち混じりのため息を吐く。
濁りきった排水の中では単体であっても水棲テンタクルを見つけるのは至難の技である。その中で複数に絡み合う核を突くのは格段に難易度は跳ね上がり、玄人でも生き残るのは難しい。パワードスーツ越しに毒針を突き刺すのだ。それだけでも呼吸器官は腫れ上がり、窒息する。
変異体ならば目も当てられないだろう。刺された後の症状がわからない。
舌打ちをして霧凍は眼鏡を掛け直し、後を追った。
ーーーまったく。
作られた世界を抜け出せない凡人共を助けるために敵に匹敵する実力を持った奴を犠牲にするのは惜しい。
敵の敵は使える。今後の利益のため。
そして、師匠の頼み。
霧凍は汚水の中の若い触手を踏み散らしながら、湊の背中に迫る紐状の小突起というには肥大したものを氷の塊で撃ち落とした。
的確に核を砕かれた触手は水の中に沈む。
「あ、ありがとう、ございます?」
「貴重な氷魔法を………まったく貸しですよ貸し。後できっちり返してもらいます。ぶら下がった彼にもねぇ。」
天井から垂れ下がった触手に足首を掴まれ、みるも無残に痩せ細った男か女か最早判断に迷うボロ切れを纏ったミイラを指差す。
「間に合う、んですか!」
足に絡みつきそうになる触手を切り落としながら、叫ぶ湊に余裕たっぷりに霧凍はウィンクをして見せた。