@dika_bal
※本話は暴力的・非倫理的表現を含みますのでご注意ください。全てフィクションとしてお楽しみください。
■1/興味
あれは小学生の頃。小学校に入学してしばらくした頃だった。
蟻の巣を観察する授業があり、教室に1つ ぽつんと観察キットが与えられた。
観察キットは大きめな円柱のプラスチック容器で、それには既に土が満たされており、地面に見立てられたそれの地下はいくつもの小部屋に分かれた1個の大きな巣が形成されていた。
中では無数の蟻が生活をしている。コロニーが既に出来上がっている状態だった。
指先ほどの大きさしかない生命体の"生きている姿"を時間があれば眺め、その生活の様子に何とも効率的な生き物なのだなと感心したものだ。
同時に、蟻たちのコロニーはまるで教室内の人間関係と同じだなとも思った。
人間関係のヒエラルキーや、人間そのものの役割や他者に作用する行動や生活の流れ、そのような概念的なものを感じていた。
でも次第に、その認識は教室内だけではなく周辺へ向かい、最終的には人間社会と似たようなものだと思った。
蟻の社会は女王蟻・働き蟻・兵隊蟻など…役割で分担されている。
しばしば、それら蟻の社会と人間の社会の類似点を見出す人間は他にも存在した。
人間も感情なんて面倒なシステムがなければ、もっと効率的な真社会性を獲得できたのではないだろうか。
しかし、そんなことを考えている当人が一番面倒な"感情"を、"欲求"を抱えてしまったのだ。
人間ってなんだろう、って興味を。
⚖第10話 ソロモンの鍵

■2/再会
「──、」
瞼が重たい。体も怠い。
あぁこれって、ついつい椅子に座ったまま寝てしまった時と同じ感じだ。腰と首がじわりと痛む。
重い瞼を押し上げて、体を伸ばそうと身動ぎするが、腕がギチっと何かに引っかかる。
……いや、そもそも自分は今まで何をしていたのだろうか。
覚醒する頭が急速に回り始める。その日の自分の動きを思い出す。
……そうだ。急に殴られて意識を失ったんだ。
……殴られたって、誰に?
目を開けば自分の両足が見える。椅子に座ったまま、両足の足首を椅子の脚に括り付けられているらしくて、動きはしない。両手も後ろ手で縛られているようで、自由は利かない。
椅子の硬い感触だけが尻と背中と、時折ぶつかる手や足から伝わってきた。
「何でこんな……」
そんな呟きと共に顔を上げれば、目の前にも椅子に座った人間が存在した。
思わずギョッとする。
……しかし、目の前の人は頭を下げたまま動かない。
自分と同じような状況の人間なのだろう。両足首を縛り付けられて、腕も後ろ手に回されている。
よくよく観察してみれば、服や体が若干……本当に僅かに動いているため、息はあるようだ。か細くて弱々しい様に痛々しさを感じた。
「…………あの」
遠慮気味に、柚葉は目の前の人物に声をかける。
服装は…病院着のように感じる。下げられたままの頭は染髪してたのだろうが、地毛の部分が伸びており所謂プリン頭の状態だ。若い男性で……
そこまで観察して、柚葉は頭の中にとある人物が浮かんだ。
「……佐藤くん?」
何ヶ月ぶりだろうか。面会ができなくなり、連絡も途絶え、心配していたが……まさかこんなところで再会するとは。
「佐藤くん、佐藤くん!」
呼びかけても目の前の彼は弱々しい息を繰り返すのみだ。一体何があってこんなことに。
その時、カツカツと優美にも思えるような余裕あるヒールの足音がした。
よく聞く大鷹やGRIMOIREの女性陣たちのものとも違う。……でも、何となく木端に近いようにも柚葉は感じた。
警戒に顔が険しくなる柚葉だが、そんな様子も関係なく、その部屋唯一の扉が開かれると見慣れぬ服装の女性が1人入ってきた。
女性らしい体の曲線美を隠すこともなく、ピタリとフィットした奇抜とも言える衣装を堂々と着こなしている。
ハイブーツ風の義足のヒールで地面を鳴らし、その人は柚葉の方を見る。柚葉もその人を見つめており、互いに目が合ったまま しばし停止した後、その人はふと興味なさそうに顔をそらした。
(なるほど、片足が義足だから左右の足音が若干違って 木端さんっぽく感じたのか…。)
なんて悠長に思ってしまったが、柚葉にはその人の顔に見覚えがあった。だがしかし、何故ここにいるのかはわからなかった。
「説明してもらっていいでしょうか、天野さん」
彼女は逮捕勾留後、即日処刑というイレギュラーとなったはずだ。
天野は柚葉の様子も問い掛けも気にする様子もなく、若干乱雑に佐藤の様子…生きているか死んでいるかを確認して、初めて対峙した時と同じようなマイペースさで柚葉の方へと顔を向けた。
「無能」
無表情のまま無感情のまま、柚葉目掛けてそう口を開く。
「これと、今現在 警察省にいる塵芥、どちらを選ぶ」
「……え?」
「無能、二度も同じ話をさせるな。選択権すら与えずとも良いのだぞ」
そうは言うが全く説明不足だ。
柚葉は急いで状況と天野の発言の意味を整理する。
これ……佐藤くんと、今現在 警察省にいる塵芥……警察省にいる人間、どちらを選ぶか……って。
あ……これって……。

「お前に猶予は与えられていない。5秒以内に返答しろ」
「っ、」
この人は、今目の前にいる人間とその他大勢、どちらを優先するのかと聞いているのだ。
しかし、柚葉はゆっくりと口元にいつも通りの笑みを携え、しっかりと前を見据え、天野をしっかりと見つめる。
そして迷うことなくはっきりと答えた。
「佐藤くんです」
警察省内には、GRIMOIREのメンバーも居る。
実力者も多い警察省内の人間たちをいくらなんでもそう簡単に制圧することは困難だろう。
……目の前の異次元のような異能力者がいたとしても。
(荒船さん、及川さん……)
信頼する班員たちの顔を思い出す。
柚葉は彼らを信じているのだ。信じているからこそ、今目の前の人間を迷うことなく救う選択ができる。
目の前に手を伸ばせるのは、今自分しかいないんだ。
「そう」
天野は特段興味もない様子で、またふいっと顔をそらすと、佐藤の方の首に銀に光る輪っかを装着した。
それはまるで首輪のような形状。
輪っかに人差し指を1本かけて、無遠慮に軽く引っ張って取れないことを確認してから、天野はそのまま部屋から退場する。
佐藤の首の、その輪っかからは一定の間隔の電子音が小さく鳴り始めた。
■3/異変
薄暗い照明の中、院内アナウンスが流れてきた。
『ただいま、原因不明の停電に見舞われております。復旧までしばらくお待ち下さい。なお、非常用電源に切り替わっているため何かしらの装置にトラブルがないかスタッフが現在見回りを行っております。問題のある方、介助が必要な方はお近くのスタッフにお声がけください』
状況確認のため病室のドアを開けて廊下を覗くと、人々の困惑の声や病院スタッフの急ぐような足音があちこちから聞こえてきた。
……何だか変な感じがする。
美杜はすぐに病院着を脱ぎ捨て、急いで普段着に着替える。
コートに袖を通し、GRIMOIREの腕章をつけてから……ふと、己の左手の小指にそっと触れた。

『お前はお前の信じることを、やりたいことを全力でやっていい』
あの人の声を思い出す。結んだ小指の熱を思い出す。
いつもどこか曖昧に存在した苦い気持ちが、何となく薄まっているような気さえしていた。
あたたかい気持ちが少し冷えがちな指先をあたためる。
その時だった。
絹を裂くような悲鳴と立て続けに何か物が落ちて砕けるような音。
その後も悲鳴や物音がわんわんと大きく響いてくる。
美杜は慌てて部屋を飛び出すと、そこにはあの離島で対峙した黒い化け物が複数体いた。離島のものよりは2回り程サイズが小さいが、それでも中々に数が多いし、何より……容赦がない。
化け物たちはその辺に居る人間の足を掴んで、でたらめな力でそのまま持ち上げると、容赦なく床へ叩きつけた。何度も、何度も、何度も、何度も。
周囲は赤いまだら模様に染まり、冗談みたいな光景は質の悪い悪夢のようだ。
逃げ惑う人間たちが我先にと走り、周辺に物は散乱しては様々なものが破壊されていく。
息を吸い、細く長く吐く。
落ち着いて。目の前の対処を。人命を優先。
心の中でそう唱えて、しっかりと前を見据えて、美杜は逃げ惑う人間たちとは逆に走り出した。
■4/交戦
彼女、天野は普通のように警察省の正面玄関から入ってきた。
ピンヒールで床をカツカツ鳴らし、誰に見られていようと堂々と歩いている。
当然のように目立つ存在だったが、そんなのは天野にとって日常であり、注目を集めることなど さも当たり前のことであった。
その辺の地味な刑事が「あの…」など声をかけたところでフルシカトだ。
どんな兵器や異能力者が出てこようが、関係ない。邪魔なものは全て排除するだけだ。
「おい、痴女。止まれ」
前方、金髪で高そうなスーツの男が立っている。
だが、天野がそんなことを気にするわけもなく。前方の男性──白鳥の言葉を無視してどんどんと近づいてくる。
「……止まれと言っているのが理解できないか?」
冷たく目を細めながら、彼は拳銃を構えた。
そこまでしても天野からの反応はない。むしろ周囲からどよめきが広がる。
他の人間たちが「おい白鳥…?」と困惑の様子を見せても、白鳥の視線は真っ直ぐ天野を見ていたし、天野は相変わらずフルシカトでモデルばりのウォーキングを披露しながら警察省の廊下を闊歩していた。
ダン、と冗談みたいな銃声が響くと周囲のざわめきは増した。
白鳥が発砲したことは明確だった。
天野の足元、数センチの位置の床に弾丸がめり込んでいる。
動揺や怒声の飛び交う中、天野は無感情に歩みを止めない。撃たれようが気にしている様子はない。
「白鳥、お前何やってるんだ?! 省内での対人発砲なんて…!」
「…チッ、化け物が」
白鳥も天野同様、周囲の声を一切無視したまま、拳銃を構え直す。
……構え直そうと前を見据えた時、唐突に天野が距離を詰めてきた。それまでリズミカルにヒールの音を響かせていたというのに、音もなく瞬きの間にその距離を一瞬で詰めてきて、何でもないかのように腕を振りかぶった。
白鳥の喉がヒュッと鳴る。瞬間的に理解する。実力の違いというものを。
バチッと天野の手が稲妻のように光って、当然のように振り下ろされる。
瞬間、白鳥はその場から消え、斜めの軌道を描く天野の腕は、白鳥の横で怒号を飛ばしていた男性刑事の首を横から捉え、おおよそ理解ができない吹っ飛び方をした。
弾き飛ばされたと言っても過言ではない男性刑事は、為す術もなく首の骨の折れる音をダイレクトに聞くこととなった。
天野の腕が振り切られると、ひしゃげたそれは空気の抜けたバスケットボールくらい弾むこともなく、床を勢いよく転がされる。
一拍遅れての悲鳴とどよめき。
「なに、やってんっスか…」
「想像以上だな」
野焼の背に冷や汗が流れた。一瞬でも遅れていたら自分のバディがあんな無惨な姿にされていたのかと思うとゾッとする。
瞬間移動──自分の異能力で無理やりにその場から距離を取っただけだが、未だ数メートル先の規格外は表情1つ変えない。
本当に人を人とも思っていないかもしれない。攻撃することについて、躊躇がなさすぎる。
「……このまま攫っていいっスか? あんなのの相手したら死んじゃいますよ」
あんなもの相手にしたら命がいくつあっても足りないのは明白だ。1人の異能力者として、嫌でもわかる。
「くだらないことを言うな。確保するぞ」
周囲にいる一部の刑事たちも天野に対して臨戦態勢をとる。
普通の人間であれば敗北は必至だろう場面だが、相変わらず天野は眉1つ動かさず、無表情のままこちらを見据えていた。
■5/変事
「?」
木端が視線を動かすと、同じタイミングで及川と鈴丸も顔を上げていた。
「……どうかされましたか?」
3人の何とも言えない顔を見て、鳳条がやんわりと尋ねる。
「あぁいえ……」
そう言いながらも木端はデスクから立ち上がり、何となく落ち着かない様子で周囲を見渡す。
「…木端さん」
困惑したように眉を寄せて、及川が木端を見つめる。きっと同じようなものを感じているのだろう。
よくはわからないが、胸の中にじわりと不安じみた何かが広がっていた。
何なのだろうか、何かが……
似たような感覚を抱いたことがある気もするが、と考えたところでけたたましい緊急を報せるサイレンが鳴る。
点検作業の際にしか聞いたことのない。だが今日にそんな作業があるなどとの伝達はない。
オフィス内にいる全員の顔が険しさを滲ませる。
「全員、無線を装備してくれ。状況確認を行う」
木端は許可を得るように局長の方へと顔を向ける。
局長──風守は「お任せします」といった様子で1つ頷いた。
「ひとまず二手に分かれようか。鳳条さんと誓、それから荒船くんと及川くんと私」

「良いと思います。あぁそうだ、桐野さんと大鷹さんに連絡入れておきます」
「そうですね、お願いします」
鳳条がスマホ片手に連絡を入れつつ、鈴丸が差し出す無線を受け取る。
既に準備を終えた荒船は風守に「銃は」と尋ねると風守もすぐにそれに答える。
「私の権限で携帯を許可します。オフィス内金庫から緊急用を持ち出してもらって構いません」
「承知しました」
風守が手元のパネルを操作すると、オフィスの一角から大きめの金庫が現れる。金庫は電子錠が外れると、その重々しい扉を開いた。
中の銃を丁寧に取り出し、弾を装填していく荒船。
「状況は不明だが、緊急事態であることは確かだ。皆、注意してくれ」
「木端さん、桐野さんたちも現場処理と諸々が完了次第動けるようです。再度連絡を入れてもらえるようお伝えしました」
「ありがとうございます。私たちは下の方へ向かいますので、鳳条さんたちは上階をお願いしていいですか?」
「はい、何かあればすぐ連絡をお願いしますね」
鳳条も荒船の横に並び、金庫内から銃を取り出して装填作業を行う。
「こちら、先に出ます。鳳条さん、科捜研の薬師寺さんたちにも…」
「薬師寺くんたちには私から連絡を入れておきますよ。私はGRIMOIRE内で待機しておりますので、何かあれば報告ください」
「わかりました。…荒船くん、及川くん、出られるかい?」
「あぁ」「は、はい…!」
2人の返事を確認し、木端は先行してGRIMOIREのオフィスから外へ出た。
廊下は人々の行き交いやざわめきでいつもよりも騒がしく慌ただしい気がする。
そして胸の中に広がる不安じみたなにかも色濃くなっていった。
■6/提案
結構やばいかもしれないと、背中に若干冷たいものを感じたまま、未だ相手と対峙している丹所。
「あのー……とりあえず」
「トロッコ問題って知ってる?」
「へ?」
相手からの急な問い掛けに丹所は思わず、素のリアクションを見せる。
「トロッコ問題。1を取るか5を取るか……とある人を助けるために他者を犠牲にするのは許されるのかという、アレだよ」
「まぁ…何となくは知ってます。詳しくはないですが」
「じゃあキミはどう考える?」
「え~?」
剣呑な様子は変わらないのだが、丹所はついいつも通りのフラットなテンションに戻ってしまう。
腕を組みながら首を傾げて、うーんと考えてから「数字の問題じゃないんじゃないですかねぇ」と呟いた。
相手は「フーン」と相槌をしつつ、続きをどうぞといった感じに促す。
「1と5って聞くと、大勢の方を取った方がいいような感じがするんですが、それが誰なのかってのも重要なんじゃないのかなと思って」
「なるほど。主観の問題だね。じゃあ、一般市民が1、犯罪者が5だったらどうなんだい?」
「それもそれで判断つかないですね。だって、罪を犯したからと言って、根っからの悪人ってあんまりいないと思うんですよ」
「そうかな?」
「俺はそう思いますけどね。みんな生きていれば色々あるだろうし、何かしら理由を持っているかもしれないし」
「しかしそのような中にも根っからの悪人というものは存在するじゃないか」
相手は面白そうにそう言いながら己を指さしている。からかっているのだろう。
でも丹所のマイペースさの前ではあまり作用はない。
「だから言ってるじゃないですか"あんまり"って。そりゃあ、根っからの悪い人は根っから悪い人ですよ」
「悪い人ねぇ……それってなに?」
「人や物を大切にしない人、じゃないですかね」
「……キミって本当、シンプルだよね」
「あまり考えるのは得意ではないので」
「面白くていいと思うよ。興味深い」
「はぁ…」
結局いつもの雑談のような流れになっているが大丈夫なのだろうか、と少々思う。
でも平和が一番なので、何もないに越したことはない。
「そうだ、いいこと思いついた」
その人がそう言うのと同じようなタイミングで大きな破壊音や悲鳴が聞こえてきた。
「みんなにも聞いてみよう。じゃあ、ちょっと先に失礼するよ」
それらが聞こえていないのか、目の前の人は楽しそうに笑っていた。
■7/地獄
最悪だ。
病院内の防火扉などを駆使して何とか時間稼ぎはしているが避難誘導が間に合わない。
病院故に動けない人間も数多く居る。それら全てまで何とかするのに1人というのはあまりに無謀。
まずは応援を呼ばなければ。現状を報告して対応の手を増やさなければ話にならない。
さすがに誰かが外部へと連絡を取っている可能性もあるが、全く確実ではない。
ジャミングされているのか携帯端末は役に立たない。こんな状況で確実でないものを信じられるほど愚かではなかった。
美杜はできる限りの人間を逃しつつ、確実に外部との連絡手段、電話があるであろうスタッフステーションを目指していた。
敵全体を氷漬けにでもできればいいのだが、いかんせん数が多い。しかも、どれだけ湧いているのかも把握しきれていない。
目に見える範囲での被害者はまだ少数だが、数の問題ではない。無意味に、理不尽に命が失われる様は、それを守れないのは、ただただつらいのだ。
唇をぐっと噛みしめる。
自分なんてと思っている暇などない。最善を……自分ができる最善を信じて、進むんだ。そうじゃないと、きっと真っ直ぐ立っていられない。真っ直ぐ立っている人の隣には立っていられない。
動ける看護師や医師と患者や一般市民たちを誘導し、盾になりながら美杜は進んでいく。
院内の配置は働いている者たちの方が詳しく、そちら側の意見を聞きながら、じわじわと後退するように、前後から敵に挟まれてしまわないよう慎重に道を選ぶ。
しばし耐え続けながらも確実に進み、遂にはスタッフステーションまで辿り着くことに成功した。
電話の受話器を手に、GRIMOIREのオフィス直通へと番号を押す。
数度のコール音の後に繋がったかと思えば、背後から悲鳴が上がった。
しまったと美杜が振り返ると、そこにはあの黒い化け物がおり、腕らしきものを振り上げている姿がそこにあった。
助けなければと手にしていた受話器を投げ捨てようとした時、大きめの質量をもった何かが化け物にぶつかって吹っ飛んでいった。
「意外と飛んだなぁ~」
ぶつけたそれ……車椅子はひしゃげてしまい、もう役には立たないだろう。スリッパをペタペタいわせながら、廊下を丹所がゆっくり歩いてきた。
「貴方……!」
「すみません、合流が遅くなっちゃって」
「足……」
「あ、大丈夫です!くっついてはいるから、あんまりすごい無茶とかしない限りはいけると思います!」
何を言っているんだ…と、美杜がいつもの調子で丹所を睨む傍ら、受話器からはこちらを心配する声がもれていた。
丹所は美杜から受話器をひょいっと奪い取ると、「もしも~し」とのんきに声をかける。
「すみません、局長。ちょっと大変なことになっちゃって。実は病院内なんですが……」
■8/心緒
誰もが忙しなくしている。一体何があったのだろうか。
周囲の喧騒から情報を得るが、混乱のせいか錯綜しているようにも感じる。
警察省内でこのようなパニックが起こっているのを初めて見た。
及川はまだ踏ん切りがつかないままでいる。それでも、この場に立っているのだから先輩たちの役に立つために頑張らなければならない。
ポケットに手を入れるとアレがある。右手でギュッと握ると、溶けてしまいそうにも思う。
貰ったはいいけど、今は美味しく食べられる気がしなくてそのままにしてしまっている。
もっと強くなったら食べてもいいような気がしていた。
強くなるためにも……頑張らなきゃいけない。あんなに強い人が腕まで失って戦っていたんだ。何かを守るためには、己の正義を通すためには、1人でもやらなきゃいけない。もっと、もっと頑張らなきゃいけない。

◆
『GRIMOIRE各位、聞こえますか?』
無線から局長の声が聞こえてくる。
『入院組の方から連絡、病院内にてヴィラン発生、現在応戦中とのこと。また、狙いの一部に鈴丸 祈が含まれている可能性有り』
「病院内って…」
及川の顔がまた不安の色を強くする。
「あちらには暁ちゃ…美杜くんと丹所くんしかいない。燃々焼くんは目覚めていてもまだ本調子でもないだろうし、何より腕や目の調整が……」
「お、応援に行った方が…」
2人のやり取りのそばで、荒船は心に留めている約束を思い起こす。
彼女を守ると約束をした。確かにそうだが、無条件でそばに行くことは約束を守ることにはならないと荒船は思う。
彼女がやりたいことを通すためにも、守るべき人たちを守らなければならない。
常にそばにべったりついて何ものからも守るなんて依存的なことは彼女の望むものでもない。
彼女が守りたいとしている仲間を守り、そしてその上で彼女を守ることが、自分の成すべきことではないだろうか。

盲目になってはいけない。短絡的になってはいけない。考えて選択をしなければならない。
荒船は静かに口を開く。
「しかし、警察省内の問題を鎮圧することも重要だ」
「荒船さん、心配じゃないんですか…?」
「そんなことはない」
「じゃあ……」
「及川、落ち着け。連絡が入ったということは現状無事だ。問題は人数の割り振りをどうするかということだ」
「そうだな。警察省内の問題が何かはっきりしていない以上、むやみに人員を割くのは得策ではない…かもしれない」
「……鳳条さんと鈴丸に回ってもらうのはどうだろうか。こちらには桐野と大鷹も戻ってくるのだろう」
「…それが一番良いかもしれない」
木端は無線を指先でコツコツ叩く。
「鳳条さん、そちらは現状どうでしょうか」
『はいはい、どうやら異能力持ちの犯罪者がいらっしゃってるらしいですよ、お話を伺う限り』
こちらも異能力者なのか、と木端は眉を顰める。
「……局長から連絡があった通り、病院側にも問題が発生しているようです。鳳条さんと誓にはそちらをあたっていただこうかと思うのですが…どうでしょう」
◇
「だそうですよ?」
鳳条は鈴丸の方へと目線を送る。
「……………………。」
鈴丸はその目線を避けるように、目を伏せた。
「先にお伝えしておきますが、私は早急な救援へは向かわないつもりです」
意外な言葉に鈴丸は顔を上げる。
「柚葉と薬師寺さん、未環子さんもいらっしゃいますし、そちらとも合流すべきかと考えています。なので、病院側には木端さんたちに向かっていただこうかと。それに警察省内には他にも人材は一応いますし、数だけなら相手が一個中隊とかでない限り問題ないかとは思います」
「……あの、これはよくわからない感覚的な話なのであまり言う気はなかったんですが」
"感覚的な話"が嫌なのか鈴丸は眉間にシワを寄せる。
「警察省内に入り込んだって異能力者は……かなり強いと思います。何かずっと気持ち悪いんだよな…」
「……あぁ、皆さんが急にソワソワしだしたのはそういった感覚的なお話だったんですか」
「多分そう」
なるほどですね、と言い鳳条は少し考えてからまた口を開く。
「桐野さんと大鷹さんに再度連絡を取って、病院側にはお2人に向かってもらいましょう。ただ…」
言葉を区切って、鳳条は鈴丸に向き合う。
「貴方が弟さんの方に行くかどうかは貴方が決めなさい」

「……は? 何言って…」
「私は貴方にはもう、誰かに言われたから、命令だったからで身の振り方を決めて、後悔してほしくないのです」
「そんなこと」
そんなことしていない。捏造やもみ消しだといった行為も、あれも…自分にとっては正義の延長だったんだ。
後悔なんか、していない。していないはずだ。しているわけがない。
あれだって自分で選択した結果だったんだから。
「……………。」
「確かにこちらに侵入しているだろう異能力者はお強いのかもしれませんが、現状病院側で戦闘が可能なのは美杜さんとまだ完治していないだろう丹所くんです。燃々焼さんを無理に動かすわけにはいかないでしょうし。それにこれから依頼して向かっていただくお二人は無能力者 。つまり、異能力者は美杜さん1人となります。危険な状況なのはきっとどちらも同じでしょう。だからこそ、どちらにしろ異能力者である貴方は戦闘の要に成り得るのです」
鳳条はまっすぐに鈴丸を見据える。
「どう答えていただいても問題ありません。貴方は、どうしたいのですか」
■9/強敵
ビリっと静電気を感じ、3人ともが無意識に身を竦めた。
続けて派手な倒壊音。壁か床か天井が破壊されたのか、異常なほど土埃が舞う。
……何故だか3人ともが嫌な予感を感じていた。
そんな中、コツコツと堂々としたヒールの音が、何かを引きずる音と共に耳に届いてくる。
コツコツ、ずるずる……それらが近付いてくる。
そして、その姿があらわになった。
しなやかで長い手足に、女性らしい曲線美を携えた身体。
以前より短く切りそろえられた髪。
奇抜な服装ではあるが、違和感を感じさせず、端正な顔の一部には真新しい傷が一線。
でたらめな美貌を持つその人は、でたらめな力をもって片手で人間の頭を引っ掴んで引きずって歩いている。
表情は『無』そのものだが、それがまた彼女の異常さを際立たせていた。

「天野……カゴメ………」
及川は無意識にその名前を口からこぼす。
何故、という感情の前に、恐怖が先走った。
歯の根が合わず、寒くもないのに口がガクガクと勝手に震える。
存在自体に気圧され、足が一歩、後ろへと追いやられた。
木端、荒船、及川の姿を認めると、天野は一度立ち止まった。
しかしその感情は全く読めない。無表情のままだ。
数秒、そうやって立ち止まっていた面々だったが、やはり天野から動き出した。
手に掴んでいた人間を片手の下投げでこちらへと投げて寄越してくる。
「っ、避け…!」
木端が言い終わる前に、天野がぐっと距離を詰めてきた。投げられた人間が目くらましになって、その速さに目が追いつかない。
天野が片手を振ると、その軌道に沿って雷の帯が発生する。
先頭の木端は間一髪のところでそれを避けて、体勢を整えるために後退。すかさず、間に及川が飛び込む。
天野の雷と及川の電撃がぶつかりあって、その場に居る全員の視界が一瞬白く弾けた。
無意識に飛び込んでしまった及川はその攻撃を受けるのだけで精一杯で、至近距離で見る天野の圧に精神的に押されている。膝が震えそうになるのを必至にこらえて、立ち向かう。
あの日の恐怖が腹の底から湧いてくるようだ。
「及川…!」
及川越しに天野へと照準をあわせる荒船。だが、下手に撃つと及川に当たる可能性が高い。慎重に隙きを窺う。
ここでは木端の異能力は存分に発揮することは難しく、また相手が天野であることから並大抵の人間では居るだけ邪魔になってしまう可能性すらある。
及川と天野は鍔迫り合いのようなやり取りの結果、及川が押されてふっ飛ばされた。咄嗟に受け身を取って、床を転がる。
すぐに起き上がって、片膝立ちで前を見据えれば、天野が無表情でこちらを見ていた。
再度の恐怖が、死闘が始まるのだと、及川の胸がぐっと痛んだ。
■10/ソロモンの鍵
「はろはろ~。聞こえてるかな~?」
館内スピーカーから場違いなほど明るい声音が流れてきた。
「多分大丈夫かな。うん、きっと大丈夫。ってわけで、こんにちは~」
病院内と警察省、どちらにも流れている同一の音声。
「一応自己紹介しておきましょうか。特に名前はないのだけど、みんなが呼んでいるから『ソロモンの鍵』って名称になっている者ですよ~」
全員、この声に心当たりがあった。
薬師寺 菫、その人の声である。
「今日、人間と少しお話をして何となく気になっちゃったので、思い切って聞いちゃおうかなぁって思います」
薬師寺は普段どおりの明るい声音で、明るいテンションで話をしている。
「私の手元には現在、不寝喰 未環子、柚葉 優という2つの駒があるんだけどね。キミたちは、この2人のうち、どっちが必要?」
(以下、TL上の参加者壁打ちとの会話となります)
「選ばせてあげるよ、お姉さんは優しいからねぇ」
「こらこら、帰んないでよぉ」
「あらまぁ、泣かせちゃった? あはは」
「え~、カレー? じゃあ要らない子もカレーにしちゃう?」
「なーんて冗談だよ。でも、不要な方はどうなるんだろうねぇ。でも要らないんでしょう? お姉さんが好きに使っちゃうね!」
「え? どっちも必要? そんなわがままはダメだよ? 必要なら、手元にずーっと置いとかないと」
「大事なものは手の届くところにないと、こういうことになっちゃうんだよぉ?」
「あはっ、あはは、どっちかな。楽しみにしてるね!」
【ルート分岐】
選択や運命の結果により物語のルートが分岐いたします。
参加外からの投票も反映させていきますため、皆様どうぞ
お気軽に手軽に、慎重に、ご選択ください。
皆様からのたくさんの"ご興味"をお待ちしております。
【選択】
どちらが必要?
・柚葉 優
・不寝喰 未環子