@dika_bal
※本話は暴力的・非倫理的表現を含みますのでご注意ください。全てフィクションとしてお楽しみください。
■1/足掻く
『選ばせてあげるよ、お姉さんは優しいからねぇ』
そのふざけた放送は科捜研・薬師寺ビルの地下にまで届いていた。
自分と不寝喰が天秤にかけられている状況を、柚葉は理解する。
先程からずっと絶え間なく続く電子音。佐藤の首に取り付けられたそれから聞こえてくるカウントダウンのようなものは、フィクションなんかでよく見る爆発物なのだろうということだけは察せられた。
早く、何とかしなければ──。
縛られている己の手を強引に引いてみるがびくともしない。恐らく自分が携帯していた手錠を使用されているのだろう。
足の方は両足首が透明な結束バンドで椅子の脚へ固定されている。足首の骨を外すなんて芸当でもできれば一瞬で抜け出せるだろうが、生憎そのような特技を持ち合わせていない。
眼の前の佐藤も両足首を椅子の脚へと固定されているものの、ビニール紐程度のものだ。脱すのならば佐藤の方が可能そうだが、如何せん彼の意識は弱々しい。
「佐藤くん…佐藤くん、聞こえる?」
柚葉が何度も佐藤へと声を掛けると、やがてその懸命な呼びかけに応えるかのように佐藤の頭がじわりと持ち上がる。
「佐藤くんっ」
「……ぁ…」
乾いた唇が若干動く。
「…ゆぅ、は…さ、ん……」
「佐藤くん、よかった。一体何が」
「…っ」
佐藤は力を振り絞り、自身の体を動かす。ギシギシと体からなのか椅子からなのかわからない軋む音が聞こえてくる。
「に…人間の…」
ボソボソと佐藤が呟くように言葉をもらす。柚葉はそれを聞き逃さないよう慎重に耳を傾ける。
「人間、の細胞は…日々、入れ替わっ、てい…て……生ま、れた時と、同じ人間、はいなくて…でも…自己を、認識で、きる、のは…記憶の、連続性が……」
呟く佐藤の言葉は要領を得ず、意識が混濁している可能性もある。
「無能力者 と、異能力者の…違い……異能力者を、故意に、作る方法…実験……血液、を入れ、替え…」
「……佐藤くん」
喋る度に佐藤の顔色が悪くなっていくのを察した柚葉は、佐藤の言葉を遮るように名前を呼んだ。
無理はさせられない。無理をするのならば自分の方だ。
柚葉は意を決して、両足の拘束を解こうともがき始めた。
⚖第11話 戦いのレゾリューション

■2/共に進む
「わー……『みんなにも聞いてみよう』ってそういうことですか」
けったいな放送の直後に丹所の口からこぼれたのはそんな呟きだった。
「…貴方、今までどこにいたのよ」
「鈴丸さんの弟さんの病室、ですかね。薬師寺さんも来てましたよ」
「はぁ? …それで」
「弟さんの部屋はとりあえず鍵掛けといたんですが、病室の扉の鍵なんてあってないようなものですから、気休めですね~」
言いながら丹所は意図的に曲げているだろう一般的なゼムクリップを取り出し、親指と人差し指でつまんでくるくる回す。
変なところでいつも器用なことをこなしてくる。警察より泥棒の才能の方があるのではないだろうかと一瞬思ったが、その言葉は飲み込んだ。
「局長はなんて」
「応援に数名寄越すからそれまで持ちこたえてほしいって言ってましたけど……ところで、あの化け物って後何体いるんですか?」
「私が聞きたいわよ」
美杜の睨みに丹所は「あはは」と緊張感のない笑みを見せて、「困りましたね~」と困った様子もない声音で言う。
こんな悠長な会話のさなかにも建物の何処かからは破壊音が響いてくる。
なるべく多くの人間を避難させなければとも思うが、動けない病人たちのことを思うと、侵入している敵たちそのものの壊滅を目指す方が早いかもしれない。美杜は判断に頭を悩ませていた。
視線を移せば、怯えながら身を寄せ合っている一般人たちの姿が目に入る。心苦しい。
自分の判断に多くの人間の生命がかかっている。重苦しいプレッシャーが背に覆いかぶさっているようで、自然と視線が床へと落ちた。
しかし、そんなものに負けるわけにはいかない。自分ができる最善を信じて進むのだと決めたのだから。
「……人命優先。今いる人たちから避難させるわよ」
「はい、了解」
顔を上げた美杜に笑顔を返す丹所。いつの間にやら手にした拳銃のプレスチェックを行い「俺、先行するんで美杜さん後ろお願いします」と言いながら、足の状態を確認するようにトントンとつま先で床を叩く。
「……無理はしないで」
「俺は強くないんで、そんなに無理できないですよ」
へらっと笑う顔は本気か冗談かも判断つき難い。美杜は呆れたようなため息をひとつ返し「任せるから」とだけ手元に落とすように呟いた。
妙に耳ざとくその呟きを捉え、丹所は「は~い」という緩い返事と共に廊下へと向かっていった。
■3/俺はよく知っている
「異能班、対戦闘特化で出られるやつは全員出ろ!」
「たかが異能力者1人だろ、何やってんだ」
「治療班回せ! 1階エントランスと応接広間に救護所の設定!」
「拳銃携帯許可まだ下りねぇのかよ?!」
あちこちから怒号が飛び交い、警察省内は文字通り非常事態となっていた。
課の垣根を越え、連携できる部署は指示系統に従い、事態の沈静化を画策している。
しかしどうにも上の腰が重く、状況は一向に改善へとは向かわなかった。
先程の意味不明な放送も相まって、省内の空気のピリつきは酷くなる一方である。
有象無象の中、白鳥もまた事態に眉を顰めるひとりだった。
「野焼、状況は」
「相変わらず上が一切動かないみたいで、部長が苛つきすぎて血管切れそうになってたっス」
「……上はもう使い物にならないみたいだな。あのGRIMOIREの女狐…」
「どうします?」
「どうもこうも、あの化け物を何とかしなければならないだろう」
「さっき散々むちゃくちゃにされたじゃないっスか……命いくつあっても足んないっスよ、あれの相手は」
エントランスでは数十人単位でかかったが全く歯は立たなかった。認めたくもないがもう数名の死者も出ている。
できれば天野の相手をしてほしくないと考える野焼も珍しく顔を顰める。
だがこの人は、多少痛めつけられたくらいでは止まらないのも知っている。そういう部分を尊敬しているが、どうかとも思う。まるで死に急いでいるような立ち回りに肝を冷やす場面も多々あった。
「白鳥さん、はっきり言っとくんスけど、あれは無能力者 が相手するもんじゃないっス。そも、並の異能力者も近付くべきじゃないっスよ。マジのバケモンっス」
「だからなんだ。それで犯罪者を野放しにしとけと言うのか」
「そうじゃなくて、適材適所ってあるじゃないっスか。そも、無能力者 の戦闘は」
「野焼」
白鳥の低い声に野焼の言葉も止まる。それ以上口を開くなという圧をビリビリに感じる。
機嫌が悪いのかいつも以上に熱を感じ、ざわざわする上に、額から汗が吹き出た。
……いや、それにしたって暑すぎる。
「全員退避──ッ!!」
喧騒の中に上がった叫び声が伝播し、口々に避難を促しながらその場に居る人々が蜘蛛の子を散らすように走り出す。
次の瞬間、フロアの天井が目に見えてひび割れ、巨大な炎の塊が天井をぶち抜いて落ちてきた。
塊が落下すると、そこを中心にして瞬間的にフロアへ円形に炎が燃え広がり、立ち上ると同時に消えていく。
熱風が人々の肌を焼くように撫で、その熱さとは逆にフロアは水を打ったように静まり返っていた。
「あれってGRIMOIREの…」「あいつ……」「なんで…」
呆然と見つめる人々がポツポツと口を開く。ざわざわと困惑が伝染していく中で、白鳥だけがはっきりと声を上げた。
「GRIMOIREではない。ヴィランだ! 総員、戦闘態勢!!」
その声を合図に、燃々焼 十焔によく似た"それ"は顔を上げ、白鳥へと視線を向けた。
感情を全て削ぎ落としたかのような無表情に、白鳥は皮肉な笑みを浮かべた。
■4/嫌な予感
ふざけた放送の後から不寝喰は部屋からの脱出を試みていた。
しかし、ドアも窓もロックされており、どうにもならない。
部屋の中にある物の大半をドアにぶつけてみたが効果はなかった。どうやらドアも窓も特殊加工されているもののようで、戦闘方面に特化していない不寝喰に破壊は難しいようだ。
異能力があることが判明したものの、目の前にある無機物に対しては完全に無力である。生命にしか通用しないなんて何という皮肉だろうか。不寝喰は自虐気味に息を吐きながら口角を上げた。
「未環子さん、いらっしゃいますか?」
ドアの向こうから聞き慣れた声がして、不寝喰の胸がドキリと跳ねた。
すぐに立ち上がると、不寝喰はドアへと駆け寄って硬いドアをドンドンと叩きながら「います! ここです!」と声を荒げる。
「…あぁよかった。…………危ないので少し扉から距離をとっておいてください」
不寝喰の必死さとは裏腹にドアの向こうにいるだろう鳳条はいつもの微笑みを浮かべている様子が目に浮かぶ。
鳳条の言葉を聞いてから不寝喰はすぐにドアから離れる。すると、数発の発砲音の後、ドアに何かが激しくぶつかる音が聞こえてきた。
尋常じゃない音に不寝喰が声を掛けようとした瞬間、ドアが若干ひしゃげるように歪んで蹴破られた。
不寝喰が口を開けたまま呆然とそれを見ていると、蹴り上げていた足を優雅に床へと戻しながら鳳条が「大丈夫ですか?」と穏やかに声を掛けてくる。
「……無茶、しないでくださいな」
「無茶ではありませんよ。少しやんちゃしてしまっただけです」
いつもの様子に安堵を覚えた。先程まで感じていた不安や緊張が薄れていく。
不寝喰はドアが嵌っていた枠をひょいと越えてくる鳳条を見ながら、はて…と首を傾げた。
「……誓さんでしたら、いらっしゃいませんよ」
「何かあったんですか?」
「被疑者と言いますか、ソロモンの鍵と言いますか、薬師寺さんと言いますか…あちらさんの狙いのひとつに誓さんの弟さんも含まれているようでして、そちらに向かいました」
「弟さんも…?」
「ところで未環子さん、柚葉は来てませんか?」
鳳条が部屋の中を見渡すが、物が散乱しているばかりで他に人は見当たらない。
「柚葉クン? いえ、ここには来てないと思いますケド…」
不寝喰の言葉に鳳条は目を伏せた。先程までの微笑みも消え失せ、思考を巡らせる。

ここに居ないということは別の場所か。どちらを優先するかと聞いていたからには既に何かしらが起こっている可能性もある。急がなければ……。
「……柚葉クンもここに居るんですか?」
「恐らく。未環子さんと別れてからなのですが、柚葉は薬師寺さんの手伝いという形で連れて行かれておりまして」
「そこまで広くないビルです。手分けしましょう」
「わかりました。しかし未環子さんは無理をなさらないように」
「うーん、それはこっちの台詞ですネ?」
「私、無理なんてしたことないですけどね」
鳳条は再びにこやかに微笑みながら、自身が吹っ飛ばしたドアだったものを踏みつけつつ部屋の外へと出て行った。
そんな様子を見て、誓サンがいないと随分とお茶目な行動の目立つ方だな…と思いつつ、不寝喰もその後を追った。
◇
鳳条と別れ、不寝喰は2階フロアをぐるりと巡る。
セキュリティはかなりガバガバでどの部屋の扉にも鍵らしいものはほとんど掛かっていなかった。
念のためと一部屋ずつ確認していくのだが、よく見る器具や機械の類が置かれているだけでそこまで目新しいものも見当たらない。
こちらは空振りかな、と思いながら入った最後の部屋、フロア 一番奥の部屋は異質だった。
大きな水槽のような…培養槽のような物が数本並び立ち、棚に並ぶ標本瓶には人間の臓器らしきものがぎっちり詰められている。不快になるほどの邪悪が詰め込まれているような空気に思わず手で口を覆った。
「何ここ…」
警察省内でどうしてこんなことが許されているのだろうか。そもそも、薬師寺 菫とは何者なのだろうか。
数年一緒に仕事をしてきたにも関わらず、彼女に関することはそういえばほとんど知らない。
不寝喰はデスクの上に無造作に置かれている書類に手を伸ばし、目を通していく。
手書きの流線のような、達筆のようにも感じる癖字が並んでいる。細かな数値や経過観察、様々記載されているが……
1枚、2枚……不寝喰はそれらへ次々に目を通していく内に、嫌な予感へと考えが行き着いた。
「……クローン?」
異能力者クローン生成実験、GRIMOIREで見慣れた顔写真が5つ、書類に並んで貼られていた。
■5/鏡合わせ
病院内は凄惨な光景が広がっていた。
噎せ返る血のニオイと、廃墟の如く舞う埃。ぐちゃぐちゃに弄ばれている元人間の一部のようなもの。
何で自分はこんなところに来てしまったのだろうか……鈴丸 誓は思わず眉を顰めた。
『貴方は、どうしたいのですか』
そう尋ねられて自然と思い浮かんだのは『行かなければ』という答えだった。
自分でも不思議だった、そんな答えが出るなんて。
いい加減精算しなければならないのかもしれないが、物心ついてから今までの年月分のあれそれは流石に大きすぎる。
……でも、もしも弟が目覚めることがあれば、以前とは違う向き合い方ができるかもしれない。……かもしれない、だ。
結局何もわからない。わからないけれども、それでもここまで来てしまったんだ。
道中遭遇するあの離島の化け物の弱体版みたいな黒い塊はそんなに苦労するものでもない。数が多いのが厄介だが…問題はない。
水の刃で細切れにしてやりながら、生存者などいないか注意深く周囲を見渡す。
途中、美杜が応戦していたであろう痕跡を見つけつつ、鈴丸は先を急ぐ。通い慣れた弟の病室、そこを真っ直ぐ目指した。
◆
弟の病室前も酷い状態だ。病室特有の引き戸もめちゃくちゃに破壊され、かなり開放感のある出入り口となってしまっている。このままではプライバシーも何もあったもんじゃない。
鈴丸は死角がないよう五感を研ぎ澄ませながら、病室へと足を踏み入れる。
するとすぐに目に入ったのは、病室のベッドのそばに立って弟を見下ろしている人物。
白のワイシャツに黒のスラックス。後ろ姿のシルエットは男性。栗色の色素が薄めな髪は肩口くらいまである。パッと見で武器の所持はなし。
警戒してその人物を見つめていた鈴丸だったが、相手が振り向くと、その警戒の表情は驚愕に染まる。
その人は、"自分自身"だった。
それはどこからどう見ても"鈴丸 誓"だった。

「……は?」
思わず困惑のひと単語が口からまろび出た。
驚愕のこちらをよそに目の前のそっくりさんは無表情のまま鈴丸を見つめている。
同じ顔の人間が室内に3人も存在するのは若干滑稽とすら感じるが、目の前の現実を受け入れ難いがための現実逃避だ。
「…お前は誰だ」
その問いに目の前の人物は答えることなく、じっとこちらを見つめている。
そんな彼の周囲に水の玉が集まってきたのを見て、余計に困惑するしかない。異能力まで同系統。
集まる水の玉が一斉にその姿を鋭利に変え、真っ直ぐこちらへと飛んでくるのを反射的に水の壁を張って防ぐ。
鈴丸は一歩下がって、警戒態勢のまま異能力へ意識を集中させた。
■6/おはよう
「もうこれ見た目 廃病院みたいになってるね」
「…冗談じゃねぇぞ」
裏手の緊急車両用の入り口から中を覗けば、某ゾンビもののサバイバルホラーゲームも真っ青な荒れ放題。
「調子は?」
「絶好調って言うと思ってんのか?」
「全く」
「じゃあ聞くな」
不機嫌そうな大鷹の軽口に、こんな時になんなのだが学生時代を少し思い出し、桐野の唇の端がほんの僅か上がる。

「俺先行、大鷹後方、OK?」
「はいはい、仰せのままに」
互いに銃を再度構え直して、目配せの合図と共に病院内へと侵入した。
荒れ放題の室内は暗く、耳を澄ませばそこかしこから何かを引きずるような音や、並の人間よりも質量を持っているだろう足音が聞こえてきた。周囲警戒している中、噎せ返る血や埃のニオイに2人の表情は曇る。
嫌な感じだ。両親が物言わぬ肉塊と化してしまったあの時の記憶を無理に引っ張り出されている気がして、桐野は余計に顔を歪める。妙に刺激されてしまう。
「…大丈夫か?」
「問題ないよ。……クリア。進もう」
「後方、クリア。OK。進める」
じりじりと慎重に歩を進めるのだが、そんな2人の前にふらりと人影が現れる。
周囲を一切警戒せずに、のんびりした散歩のような歩調でゆらゆらふわふわ歩いている。要救護者かとも思ったが、こんな中でゆったり歩いているような人間は流石にどうかと思う。
念のためにと前方に銃を構えつつ「そこの人、止まって」と静止をかけるが、声は一切聞いていないようで、その歩みが止まることはない。
薄暗い中、割れた窓から差し込む光と、辛うじてまだ光源と成り得ている蛍光灯の光でその姿は明らかになる。
「……及川?」
大鷹が怪訝そうにその名を呼ぶ。
連絡によると病院側に居るのは美杜と丹所のはずだ。何故及川がここに居るのだろうか、近付こうと一歩踏み出した瞬間、大鷹の足元が一瞬強く輝いた。それは目で追うのがギリギリの電撃の通過。床を抉り取り、弾けて消えた。
反応が遅れて、光が通過しきった後に大鷹も桐野も目を見開く。
バッとそのまま及川の方へと顔を向けるが、彼女はただ無表情にこちらを見据えており、電撃でバチバチと発光する右腕をゆっくり持ち上げてこちらに向けきた。
背筋がゾッと粟立つ。
彼女の名前を呼ぶより前に、危険察知能力の反射で2人は左右に分かれて飛んだ。
元いたところに太い電気の帯が真っ直ぐ通過し、背後にあっただろう出入り口の扉を破壊した音が響いた。
電磁加速砲めいた電撃が廊下を焼き、黒い筋がストレートに伸びて、細い煙が立ち上っている。
改めて異能力者の強大さを思い知る。これが上位の異能力者。
──しかし、何故彼女が自分たちへと攻撃してくるのか。
裏切り、精神感応系異能力による洗脳、暴走、理由は判然としないが、ここで防衛戦なんて勝ち目はない。
反対側の柱の陰に居る相方を見れば、同じことを考えているらしくて、同じタイミングで目が合う。
傷つけたくないなんて言っていられない。全力で行かないとこちらがただ蹂躙されるだけだ。
大鷹と桐野は目配せの合図の後に、左右から同時に飛び込む。
荒船ほど正確な射撃に自信はない。互いに互いの射線を避けて挟み、先に大鷹の方から発砲した。
拳銃より体術の方がまだマシだが、下手に近付けない。
いつも自信なさげに謙虚に立ち振る舞う後輩だから強く意識したことはなかったが、彼女も上位の異能力者なのだ。
Sランクと直接ぶつかったのも彼女だということは聞いていたが、伝え聞いていた話ではここまでの想像をしていなかった。
大鷹が連射した弾丸は彼女が腕を振るうだけで、電撃により阻まれてしまう。
駄目か──大鷹は姿勢を低くし足を狙いに行く。その間に対角の桐野も照準を定めて引き金を引いた。
桐野の方の弾丸も電撃の帯により阻まれ、その上スライディング気味に蹴りを入れる大鷹の足を及川も足で受け流し、絡め取る。
マズイと頭の中の警報が鳴り、絡め取られた足を無理矢理に回転させて、相手の足を巻き込んで転倒を狙う。両手を床について、上半身の捻りも加えて絡む足を折る勢いで回す。
及川の体勢が崩れ、倒れるかと思いきや、彼女は気にせず手を伸ばしてきた。掴まれたら、終わる。しかし、この体勢では避けようもない。
「大鷹!!」
一か八か、桐野が拳銃を構えるが、瞬間の緊張で指がトリガーに掛かるのが遅れる。
「てめぇら、お遊戯会もええ加減にしとけや」
真っ赤な炎が大砲の弾かと思うくらいの質量で、空気を焼きながら龍のように突き進み、彼女の上半身を捉えた。
炎の渦が意思を持っているように絡みつき、容赦なく人間の体を焼いていく。
炎の出どころを目で追えば、そこには不機嫌そうな男が己の腕の可動域を確認するようにぐりぐり動かし回していた。
「燃々焼」「燃々焼さん」
「邪魔じゃ、引っ込んどれ」
肩に掛けた上着を翻しながら、彼は威風堂々と歩み寄る。
「お前…っ! 相手は及川だぞ!もう少し…」
「あァ?」
地を這うような低音を不快そうに響かせ、燃々焼は眉間のシワを深める。
「あんなもんがそう見えとんのか、そりゃ傑作じゃあ。ハッ」
燃々焼は吐き捨てるように笑うと、焼き爛れているにも関わらず未だ燃える体を起こしてこちらを見据えてくる"それ"を見て、再度不快に歪む眉間のまま口元に笑みを浮かべた。
「こんなもんは及川やない。ただの敵じゃ」
燃々焼の周囲の空気が熱を帯びて歪み揺らめく。
「これはわしが燃やしたる。邪魔じゃけェ、てめぇらは先 行きゃあ。一緒くたに燃えとうなきゃあなァ」

煉獄の炎がその手の中で渦巻いて燃え盛る。
腕を、目を、何かを失おうが、彼は今までと変わらず、ただ真っ直ぐぶつかっていくだけだった。
■7/一緒に行こう
片足を犠牲に両足の拘束を抜け出し、残るはパイプ椅子を絡めて留められた手錠のみ。
足と腕の力のみで無理矢理にパイプ椅子の破壊を試みてみるが、半壊までしかもっていけず。
体力的に少し危うく感じた柚葉は周囲に何か使えるものがないかを探し回る。
やがて隠すように置かれた結束バンドを見つけ、それを一本手に取ると、慎重に手錠の隙間へと差し込んでいく。
実践の経験はなく、知識のみの行動だったが、何とか想定通りに手錠を開くことに成功。
擦れて血の滲む両手首を軽く擦ってから、佐藤の拘束を解いてやる。
「佐藤くん、痛いところとかある?」
「…、………ぁ…」
佐藤は弱々しい反応のみ返す。見た目でもわかっていたが、だいぶ衰弱している様子だ。
腕の注射痕が特に痛々しい。かなりの頻度で刺されていたのだろう、腕の一部の皮膚が硬くなってしまっている。
柚葉は佐藤を気遣うように肩や背中をさすりながら、その首についている異物を観察する。
やっぱり何かしらの爆発物なのだろうけど…これ系の知識は流石に持ち合わせていない。
口惜しさに奥歯を噛みしめるが、悔しがるより先にできることを探そうと、柚葉は再び顔を上げる。
足を引きずりながら出入り口の扉まで行ってみるが、意外と扉の鍵はかかっていない。呆気にとられるが、好都合だ。
すぐにここから出て佐藤の首のものも何とかしてもらおう。
柚葉は佐藤に優しく声を掛けつつ、肩を貸しながら立ち上がれるようサポートする。己の片足が悲鳴を上げるが、気にしている場合ではない。痛みを押し殺し、佐藤の体勢を優先させる。
何とか2人で立ち上がって、ゆっくりと扉に近付くと異変は唐突に起こった。
佐藤の首のそれからの電子音の間隔が確実に狭まったのだ。
速まる電子音に合わせて心臓の音も速まる。落ち着けるようになるべく深く長く息を吸ってゆっくり吐く。
頭の中に『どうしよう』が湧いてくるけど、それを端に追いやりながら、佐藤を元々座っていた椅子へと戻した。
室内にセンサーがあって遠ざかると早まってしまうのか、それとも扉自体に何かしらのセンサーがあってくぐると爆発するのか……どちらの可能性も捨てきれないし、それらを何とかしない限り佐藤を外に出すことができない。
頭の中に湧くどうしようを再度処理し始める。
その時、柚葉の服の裾を佐藤が握りしめた。そちらに顔を向ければ、佐藤が震える唇で言葉を紡ぐ。
「…置いて、いって…いい」
「何言って…」
「た、た…たすけ…を、よびに……いけば」
確かに自分1人なら、もしかしたらそのまま外に出られるかもしれない。
しかしそれでいいのだろうか。
自分が1人で出た時に爆発しない保証はない。また、出られたとしてもその後の保証はない。離れるということは状況が全く把握できないということだ、それでは佐藤を守ることもできない。
なるべく2人で同時に行動したい。なにより、自分は目の前の人間を置いて行きたくはない。
今まで1人でずっと耐えていたのだと思う。そんな彼を置いていくことは、効率などを度返しにして己の感情が許せなかった。
柚葉はすっかりと冷たい佐藤の腕をゆっくりと擦る。
もっとたくさん話したいと思っていた。それにこんなにつらい目にあっている人間を1人にしたくない。
放送での薬師寺さんの話は全然理解できなかったけど『大事なものは手の届くところにないと』というフレーズだけは理解できた。
「俺は、君を置いていきたくないよ」
「…で、も…それじゃ…ぁ……柚葉さ…んも……」
虚ろになってた佐藤の目に少しずつ涙が溜まっていく。
こんなになっても目の前の人間の心配をしているのかと思うと、柚葉は余計に佐藤を置いていくなんて選択はできなくなった。
「大丈夫。絶対に、俺は君のことを見捨てないから」
もう随分前にも感じるし、昨日のことのようにも感じる。
あの時知ってしまった、自分自身を見てくれる他者の存在。それがどれほど──救われるのか。
「絶対に、君を助けるよ」
その時と同じ、瑞々しい新緑のような色をした柚葉の瞳が佐藤を見つめていた。
「では、手伝わないとね」
柔らかい声と共に、開かれた扉。
「優、迎えに来たよ」
扉にもたれかかるように立つ柔和な笑みを携えた従兄弟がいつも通り、心底頼もしく思えた。
■8/私が強く
恐怖が胸を侵食し、じわりと広がっていく。
手足が縮こまりそうになるのを必死に堪えて、及川は歯を食いしばる。
天野は相変わらずの出鱈目な身体能力で距離を詰めてきては首を狙って手を伸ばしてくる。
既のところでそれを避けつつ、距離を取るようにバックステップで後退しながら電撃の矢を飛ばす。
天野は自身が発する雷をしならせ、鞭のような形状をとり、及川からの電撃をはたき落としていく。生まれながらの戦闘民族かと思わざるをえない身軽さ……あのヒールの高さで何故そんな動きができるのか全く理解ができない。
及川が下がる度に天野は進んでくるため、もはやイタチごっこだ。
雷が派手に飛び交い、弾くのや避けるのに精一杯である。そんなはちゃめちゃな状況で、何の原理かもわからないが、廊下の窓が次々に割れていく。あの人の威圧や覇気等の類が質量でも持っているのだろうか。
ダメだ。もっと出力を上げないと…でも……建物は? 周りは? そもそも私は己の力をちゃんと制御できるの?
怖い。目の前の恐ろしい存在も怖いけど、自分がちゃんとできるのかも怖い。
あの日あの時、やるんだってがむしゃらに向かっていけたのに。
あの日あの時、異能力も制御できずに役立たずになって、もっと頑張らなきゃって思ったのに。
何かを守るためには、己の正義を通すためには、1人でもやらなきゃいけない。もっと、もっと頑張らなきゃいけない。
躊躇うな。
強くなるんだ。

「荒船さん! 木端さん! この周辺の人、全員退避させてください!!」
背後で荒船さんや木端さんが何か言おうとしているのがわかり、及川は続けざまに言葉を吐き出す。
「大丈夫です! むしろ誰か居ると邪魔です、自分も相手も、加減はできません…!!」
及川からの言葉に荒船と木端は内心で驚いていた。
しかし彼女が本気だということも重々理解していた。普段の彼女のことを考えれば、覚悟を持っての発言だろう。
木端が荒船の方を見れば、荒船の方もちゃんと理解しているのだろう、木端の視線に頷きを返した。
「総員、周辺より退避! そこの君たちはそれぞれ上階と下階の人間たちの避難誘導を頼む。緊急事態だ、全員いそ…」
木端の指示の途中、建物自体がズシンと揺れた。それから轟音が何度か響き渡る。
……激しく嫌な予感がする。木端の胸がざわざわ騒いでいた。
「総員急げッ!!」
木端の号令に周囲がバタつき始める。その間も雷と電撃の激しい攻防戦が繰り広げられ、周囲は激烈とも表現できる光の瞬きが起こり、壁や窓は呆気なくヒビが入り、乾いた紙粘土のようにボロボロと崩れていた。
「及川!!」
避難する人間たちを見送り、防衛ラインを守りながら荒船が及川を呼ぶ。返事をする余裕はないだろうことは察せられるので、荒船はそのまま言葉を続けた。
「己を含めた人命優先!! 信じているが命を賭すな!! 必ず生きろ!!」
フロアから人々を追いやり、木端と荒船もそのまま移動した。
その場には、天野と及川だけが残された。
■9/次から次へと
「よかったのかい」
「及川ですか」
「あぁ、心配だろう」と言う木端の言葉に荒船は「そうですが、及川が言ったので。俺は自分の班員を信じています」と返す。
「同感だ」と呟く木端も今はそばに居ない班員たちの安否を思った。
フロアを走る2人の足元を再度の轟音が襲う。立て続けの地震ではないだろうから、天野以外でも何かしらが起こっているのではないだろうかと思い当たる。
情報不足や錯綜具合いが歯がゆい。もしも意図的に行われているのだとすれば、敵対相手有利に事が進んでしまっているのではないだろうか。
「おいGRIMOIRE!!」
その辺の刑事からの怒号に2人は歩幅を緩める。
その刑事は荒船の方に掴みかかると「どうなってんだお前たちのところは!!」と怒りを顕に怒鳴りつけてくる。
「…どう、とは」
「お前達ンとこのメンバーが暴れまわってんだよ!! これだから問題児の掃き溜めは」
そこまで言うと、唐突に刑事の姿が目の前から消えた。
何が起こって、と視線を動かせば刑事の足が植物のツルでぐるぐる絡め取られて床を引きずられていた。
荒船は銃を抜いて植物を狙って発砲。引きずられていた刑事は勢いのままフロアを転がり、壁に背中を強打する。
植物、ということは木端と似た能力……と出どころへ目を向けてみれば、そこに立っていたのは、木端と美杜だった。
「……は?」
思わず木端から困惑の声が漏れる。
「似てますね。双子の姉妹が?」
「誓だけさ、そんなの」
「じゃあ……」
「偽物だな。異能力だろうか…複製系なんて聞いたことはないが」
木端と荒船は冷静に前方の2人を見据え、先程の刑事が言っていたのはこの偽物達のことかと納得がいった。

「やりにくいな…」
「同感です」
ぼやきつつも2人、戦闘態勢へと移行する。事態の沈静化にはまだまだかかりそうだ。
■10/あれ…?
ようやく出口というところで、美杜と丹所は最悪な状況とバッティングした。
「あ、丹所さん、美杜さん。無事でしたか」
桐野は銃へ弾を装填しつつのんびりとした口調で話しかけてくる。
その後ろでは燃え盛る炎が建物ごと焼かん勢いで応戦していた。
「って、及川さんでは?」
「あぁ、燃々焼曰く偽物だから大丈夫だそうだ」
「偽物?」
「警察省の方でも刑が執行されたはずの天野が暴れまわってるらしい。複製系の異能力者か…あるいは他の…だな」
「薬師寺さんならクローンとか平気で作ってそうですけどね」
笑いながらとんでもないことを言う丹所を美杜は睨めつけてから、前方の戦闘の様子を見る。
戦況は燃々焼有利だろう。
「……あのバカ、動いていいの?」
「邪魔だから下がっててほしいと心配されました」
「いや、心配っていうか……」
そんな軽口を叩き合っている最中、ざぁ…と水が床を濡らしていく。どこかで水道管でも破裂したのだろうか、どんどんと水位が上がってきている。
足首に届かないくらいまで水が溜まってきてようやく、大鷹・桐野・美杜・丹所は事の重大さに気が付いた。
──水はまずい。
全員の視線は燃々焼と戦う及川の偽物へと注がれる。
この状況で電気なんて流されたら、この場にいる全員、一般人まで含めてとんでもないことになる。
何を悠長にしていたのだろうかと、心臓が冷える。
この量全てを凍らせる訳にはいかない。燃々焼に説明している時間はない。
1秒を争う。
美杜は少しでもマシになればと避難誘導してきた人間たちの足元だけでも凍らせていく。
だが根本的解決は難しいだろう。
偽及川をせめて外まで出せればまだマシかもしれないが、問題は燃々焼の炎の猛攻を躱しながらそれを行わなければならないということだ。
どうすべきか、頭を回す人々の横を丹所がすり抜けていく。
「丹所っ!!」
考えるよりも先に体が動いた。
丹所は燃え盛る炎が飛び交うその場に飛び込んでいき、被疑者確保の要領で偽及川へと飛びかかった。
誰もがただでは済まないだろうと思った。いくらなんでも無謀だった。
バシャーンと激しく水飛沫が上がる。
そして数秒の無音。
「……あァ?」
一番最初に声を上げたのは燃々焼だった。
その不可解を一番に感じたからだ。
指を擦り合わせても、ファイヤースターターの十手に腕を押し付けようとも、炎が出ないのだ。
同時に美杜の生成した氷もゆるやかに溶けていっている。
そして、一番危惧していた電撃が流れてこない。
びしょ濡れの丹所が上体を起こし、メンバー達の方へと振り返る。
メンバー達も丹所へと視線を向けていた。
「……あれ、俺、何かやっちゃいました?」
⚖第11話 戦いのレゾリューション 了
※今話にEDはございません
【HO内容】強欲