田舎で教師をしている男と奇妙な僧侶(道間)の記憶。
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「探偵とジョーカーのパソドブレ」という一次創作の話です。
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@lmyonsanl
新学期を間近に控えたある日、校長から仕事を頼まれた。
『封印の管理を《探偵》に依頼したから、案内をしてほしい』
封印というのは校舎裏にある小さな祠のことを指す。そこには昔、偉いお坊さんが何か――校長は『なりかけ』と言っていた――を封じたと伝えられている。
これは僕が子どものころから学校にあり、いたずらに近づくなと祠近くで遊んでいたらよく叱られたものだ。
大人になり教員として学校に戻ってきてからも、校長にいの一番に言われた。子どもたちが祠の周りで遊ばないよう、指導を怠らないようにと。
「そんなに危ないものがあるところに、学校を作ったのがまず間違いだと思うけど……」
ついそう零しながら正門へ向かう。そろそろ《探偵》が来る時間だ。
正門前でぼうっと山と畑しかない景色を眺めていると、いつのまにか坂下に小さな黒い影が見えた。
きっと《探偵》だ。
我が校は小高い丘の上に建っている。学校へ来るには、この坂道を上らなければならない。
春休み中の今、学校を訪ねる人間は少ない。特に今日来訪する予定があるのは、仕事を依頼している《探偵》のみだ。
そんなことを考えているあいだにも人影はずんずん坂を上ってきていた。もうはっきりと姿がわかる。
《探偵》は大柄な男だった。
黒い僧衣を纏い、頭には笠を被っている。
首には赤い大きな数珠と、木の札がさげられている。
「……っ」
彼の持っている錫杖は午後の陽光を跳ね返し、僕は眩しさに目を細めた。
「こんにちは~!」
目の前までやってくると、男は圧倒されるほど上背があった。中肉中背の僕は自然と彼を見上げる形になったが、傘を目深に被っているせいで顔は鼻から下しか見えない。
「お待ちしており……まし……た」
顔が見えないなぁなんてのんきに考えていると、男はおもむろに傘を取り――僕は息を呑んだ。
――異形だ。
現れた男の頭には、ツノが生えていた。
険しい目つきの真上に、ツノが――。
「……あ、えっと! 僕は隅田と言います! ここの教員です。校長から《探偵》さんを案内するよう言われておりまして……! えっと、あの、あなたは」
男に一瞥され我に返った僕は、あたふたしながら自己紹介をした。すると男は「火之だ」と短く言った。
校長から聞いていた名前だ。やはりこの人は――《探偵》なんだ。
「は、はい! 伺っております。早速ですがこちらへ……。祠へご案内します……!」
ぎくしゃく歩き出すと、男は小さく頷き僕のうしろをついてきた。
異形の者をこんなに間近で見るのは初めてだ――。
しかしそう思ってすぐに、「あ」と気がつく。
異形の者は基本的に人間の姿でいないとこの世界では生きていけないはず。つまりこんなにもわかりやすい外見をしている者は、逆に純粋な異形の者ではない。
血筋のどこかに異形の者が存在したのだろう。
僕はついてきているか確認しているふうを装いながら、異形の僧侶をちらりと見やる。
「あ! あ……、もうすぐ、です……!」
彼――火之さんは僕が盗み見たことに当然気づき、視線がぶつかる。僕は彼から目を逸らし、「あそこです」と祠の方向を指さした。
「これ……なんですけど、このあとは火之さんにお任せして大丈夫でしょうか……?」
石で作られたこの祠は、僕の膝丈ほどの大きさだ。扉がついているが、僕は一度も開けたことはない。
代々学校で管理しているらしいが、管理といっても僕たちにできることはたかが知れている。扉を開けるのは禁忌とされているから、できるのはせいぜい祠の周辺の清掃と、線香を焚くことくらいだ。
「すみません、本当は校長がご説明を行う予定だったのですが……。まだ戻らないようで……」
腕時計に目を落とす。急用で出かけた校長が、僕に戻ると言っていた時刻はすでに過ぎている。
――困った。僕が《探偵》を案内する予定ではなかったから、このあとどうすればいいのかわからない。
「……やることはわかっている」
「あ……。そうですか」
ほっと胸をなでおろすと同時に、じゃあ僕は何をすればいいんだ?と疑問が湧いた。
「あの~……。僕はどうすればいいですかね……。何か手伝うこととか……」
素直に尋ねてみると、火之さんは僕に目もくれず「好きにすればいい」と答えた。
「……おれが仕事をしているあいだ、職員室に戻っていてもいいし、邪魔しないならここにいてもいい」
そう言って火之さんは、祠の扉に手をかけた。――あ、祠、開けるんだ。
「じゃ、じゃあ、このまま見学させてもらいます……。へへ……、祠開けるんですね~……」
「……開けずにどうやって仕事するんだ」
火之さんは振り向くことなく言った。彼の太い腕に力が入る。石の扉は引きずられ、重い音を立てた。
そして長年秘されていた祠はついに開かれ――!
僕は「なんだ」と呟いた。
祠のなかに鎮座していたのは、掌に乗る程度の大きさの質素な木箱だった。
「いや~……。子どものころから……、あ、僕はここの卒業生なんですけどね。在学中から祠は開けちゃいけない、イタズラするなって口を酸っぱくして言われていて……。ここに戻ってきても児童にそう指導するよう言われていまして。だからもっとこうお札がいっぱい貼られてたり、仏像みたいなのがあったりなんてのを想像してたんですけど……」
「…………」
「はは……」
実はさっきから薄々感じていたのだが、火之さんはおれに話しかけてくれるなという空気を醸し出している。しかし僕は気になったことを口に出さずにはいられない性分で、こんな物珍しい状況だとどうしても饒舌になってしまう。
「あの~……。この箱のなかに『なりかけ』? ですっけ? それが入っているんですか?」
「ああ……」
「な、なるほど……」
火之さんは余計なことは口にしないが、訊けば答えてくれた。
調子をよくした僕はこのあともいくつか質問をしたが、それに腹を立てている様子はなかった。顔と態度こそ近寄りがたいが、どうやら悪い人では無さそうだ。
それから火之さんは錫杖を鳴らしたり、お経のような呪文のようなものを呟いたりしたあと、祠を覗き込んで造りを確認していた。それが終わると持っていた風呂敷を開き、金属製の小箱を取り出した。
そして古い木箱を開け――その瞬間ばかりは何か飛び出してきたらと恐ろしく、心臓が痛かった――色褪せた布で包まれた丸いものを金属製の小箱に入れ替え、丁寧に祠に安置した。
「終わりだ」
祠の扉を閉め、火之さんが低い声で呟く。
「はー……」
終わってみるとあっというまだったが、どうやら僕は緊張していたらしい。吐息と共に肩の力が抜けた。無意識のうちに体がこわばっていたようだ。
「ありがとうござ――」
荷物をしまい立ち上がった火之さんに頭を下げた。そのとき、背後からしわがれた声が聞こえてきた。
「――やぁ、お待たせしてどうもすみません!」
「校長!」
「おお、隅田先生すまないね。封印のほうは?」
「終わりましたよ。――火之さん、こちらうちの校長で……」
小走りで駆け寄ってきた校長を火之さんに紹介しようとして――僕はギョッとした。
火之さんを前にした校長の瞳が潤んでいる。何かをこらえるように、眉間に皺まで寄せているじゃないか。
何事だと驚いていると、校長は声を震わせながら話し出した。
「本当に変わらないんだなぁ……。兄ちゃん……」
「に、兄ちゃん?」
僕は校長と火之さんを交互に見比べた。火之さんはどう見ても僕と同年代――いや、もっと若いかもしれない。定年間近の校長に『兄ちゃん』と呼ばれるような年ではない。
火之さんも同じように思ったのだろう。怪訝な顔で校長を観察し――ハッと目を見開いた。
「……マサ坊か……?」
校長は大きく頷く。そして置いてきぼりだった僕に説明してくれた――――。
校長は子どものころ、好奇心から祠を開けてしまったことがあるそうだ。
そして木箱を見つけ、中に入っていた包みを解き――その先の記憶は無いという。
のちに校長が聞いた話によると、子どものころの校長は封印されていた『なりかけ』に心を喰われかけたらしい。
心を喰う――。その言葉の意味は教えられなかった。ただ周りの大人によると急に暴れだし、顔つきも尋常じゃなかったそうだ。
大人数人がかりでないと校長を抑え込むことはできず、やっとの思いで縛りつけたはいいものの、その後大人たちは途方に暮れた。このままではいけないことはわかるが、どうすればいいのかわからない。
――そんなときに現れたのが、火之さんだった。
状況を把握した火之さんはすぐに校長から『なりかけ』を取り出し、再び木箱に封印を施したのだそうだ。
「……もともとあれはおれの師匠が封じたものだ。一定期間ごとに封印の確認をしなければならないと生前言っていた……。それが記憶にあったから……あのときここに来た」
校長は運がよかったのだ。
事故が起こったのが、たまたま封印の確認の時期だったから、火之さんに助けてもらうことができた。もしそうじゃなければ――……。
「あのときは親や集落の大人にこっぴどく叱られたよ。もちろん兄ちゃん……火之さんにも。子どもからすると火之さんはものすごく大きくて顔も怖いし、そりゃあもう震えあがったね。もうね、周りの誰よりも怖かった!」
言って校長は声を上げて笑った。僕は校長の子ども時代を知らないが、大人になった現在でもお調子者なところがあるから、子ども時代はそりゃあ問題児だったのだろう。
「……はは」
笑う校長を前に火之さんの表情は変わらなかったが、内心呆れているだろうと察し僕は苦笑した。
「いやぁ、それにしてもよかった。火之さんが協会に所属していて。そろそろ封印の確認の時期だから、《探偵》さんに依頼をしないとなぁとは思っていたんですよ。だったら全部知っている火之さんにお願いするのが一番だとは思っていたんだけども……。なんせあれから時間もかなり経っているし……。何より連絡先を知らなかったからね。とりあえず協会に連絡したんだ。そうしたら事情を聞いた担当の方が、火之さんの在籍と派遣を約束してくれて! 本当に助かった!」
校長は興奮した様子で火之さんに手を差し出した。火之さんはその手を凝視したのち、ゆっくりと自分の手を伸ばす。
「ありがとう……!」
校長は彼の手を両手で握りしめ、噛みしめるように言った。
「……大きくなったな」
ぽつりと火之さんが零す。すると校長の両目はみるみるうちに潤みだし、校長は「失礼……」とハンカチを顔に当てた。
「今から東京に戻るのは大変だし、どうです? 今夜はうちに泊まっていきませんか? いや、ぜひ泊っていってください!」
火之さんを見送りに正門まで向かう途中、校長はそう提案した。しかし火之さんは首を横に振り――東京に帰っていった。
彼が誘いを断ったあと、本当に小さな声で――反応からして多分校長は聞き取れていない――「眠れないんだ」と呟いたのがやけに印象に残っている。
火之さんが帰ってから、僕は校長に彼のことを少し聞いた。
もともと彼には偉いお坊さんの師匠がいて、その人が祠に『なりかけ』を封じたこと。
それは校長のおじいさんの世代の出来事であること。
事件があって、偉いお坊さんは亡くなってしまったこと。
そしてそのとき、《異形の者》を弟子の青年の体に封じ、以来青年は姿が変貌したうえ、年を取らなくなったこと。
「子どもの頃は昔話だと思っていたんだよ。だけど自分が馬鹿をしたおかげで、現実だと知った。……今日、あの日と変わらない姿の兄ちゃんを見て……確信したよ」
「校長のおじいさんの頃の話……ですか……」
僕は火之さんの顔を思い返す。人を拒絶するような険しい顔を。
最初僕が勘違いしたように、異形に近い姿となって永い時を生きる――。
きっと僕には考えもつかないような苦労があるのだろう。彼の眉間の皺がそれを物語っている。
少しでも――。
散々質問を投げかける僕に、嫌な顔をせず真摯に応えてくれたあの青年が、この先の時間で少しでも思い悩む時間が減ればいいが――。
僕は自然にそう願っていた。
◇◆◇
祠の前で待っていると、離れたところから「えー!!!!」と大きな声が聞こえてきた。
案内を頼んだ少年の声だ。何かあったのか、と声のするほうに目をやると、ここの卒業生である見知った少年と、錫杖を手にした大柄な男が歩いてくるのが見える。
「まじで!? 高校生でそんなバリバリ仕事してんの!?」
少年の質問に、男が何か答えている。内容は聞こえない。まだ距離があるから――というのもあるが、今質問が聞こえているのは少年の声が大きすぎるからだ。
あの子は将来《探偵》になりたいと常々周囲に話している。今回も封印の確認に《探偵》がやってくると知り、進んで手伝いに名乗りを上げた。
「うわー! 悔しい! 同級生かよ! クソ~……! 俺も負けてらんねぇ!! ……あ、校長!」
僕がふたりの様子を眺めていることに気づき、少年が手を振った。僕は彼に向かって「ありがとうね!」と声をかけ、隣にいる男に目をやる。
黒い僧衣の男は、あのときと変わらない顔をしていた。
違うのは何やら洒落たスニーカーを履いていることだ。
首にかけられた赤い大きな数珠と木の札、そして手にしている錫杖は記憶のままだ。
ただ笠は被っておらず、額のツノが露わになっている。
そのわずかな変化が彼の心境を表しているようで、私はなんだか温かい気持ちになった。違いがわかりづらい彼にも、僕と同じように時は確かに流れたのだ。
「遠いところ、ようこそお越しくださいました。……こんにちは、隅田です」
あの日、校長もこんな気分だったのだろうか。
昔に体験した奇妙な思い出が目の前に現れ――薄れていた記憶が濁流のように押し寄せる。
そのせいだろうか、胸が詰まって仕方がない。
「老けたな」
彼は微笑を浮かべ言った。その微笑みは僕に目頭を抑えさせる、柔らかな笑みだった。