成立済みのΔドラヒナでホワイトデーのお話です。色々お菓子の意味を調べていて、3/14はπの日でもあってアップルパイを縁起物に食べる事もあるそうですね。
アップルパイには「永遠の愛」の意味があるそうでして、ジョンを置いていく前にドラルクさんが、アップルパイを焼こうとしていたのと関係するのかなあ、と思ったりしますね。
ヒナイチくんを送っていく途中で、理性で耐える隊長のシーンを追加しました。誕生日云々の経緯はこちらで書いた話(貴女の虜 https://privatter.net/p/9892017)になります。
2023/03/15に上げました。
@kw42431393
「え、えーと、お邪魔しま…す。」
誰もいないのだから、言う必要もないのだが、私はそっと玄関を開けた。
つき合い出してから、何度となく訪れた隊長のマンション。いつも小綺麗に片付けられた部屋。
『いらっしゃい。上がってくれ給え。』
『ヌヌイヌヌン、ヌヌッヌヌイ!』
『よお、ヒナイチ!待ってたぜ!』
いつもと違うのは、迎えてくれるにっぴきの声がない事だろう。
「初めて使ったな。この鍵。」
この前、私の誕生日にくれた部屋の合鍵。鍵にはジョンを乗せた隊長のぬいぐるみがぶら下がっている。
『合鍵だ。お兄さんのギルドマスターの許しも得てつき合っているし…そ、その…いつでも来てくれ給え。』
頬を染めて、目をそらしながらこれを渡してくれた隊長は、私より一回りも年上と思えない程…その、惚れた欲目だな。可愛い…と思った。
「それにしても、自分をキーホルダーって…ウフフ。」
手の中の隊長とジョンを指でつつく。
私もチームΔの一員で、よく吸対には報告書の提出に足を運ぶ。中間管理職の忙しい体なのに、以前から自ら対応してくれて、お手製クッキーと紅茶をご馳走してくれる。それでも、職場が違うので一緒にいれる時間は限られてしまう。
だから、手持ち無沙汰な時はこのキーホルダーを手のひらに乗せたり、軽くつついたりしている。いつも貴方を感じられる気がして。
「さてと、隊長達が帰ってくるまでに簡単なものを作っておこう。」
今日は、ホワイトデーなんだ。先月、料理が趣味の隊長は、バレンタインにギルドや吸対、最近は協力関係を結んでいる吸血鬼達にも吸血鬼用のクッキーを振る舞っていた。
勿論、私も貰ったんだぞ。忙しいのは知っているんだから、クッキーでもよかったのに…本命だからってマカロンを作ってくれたんだ。おいしかったなぁ、あれをあの激務の間を縫って作ってくれたんだ。
ん?私か?私は知っていると思うが、料理はそんなに得意じゃなくてな。でも、前日に隊長に教えて貰って、カップケーキを作って渡せたんだ。
だって、どちらにとっても「あなたは特別な人」だぞ?
ん?味か?隊長は、美味しいと言ってくれたんだ。ただ、ちょっと大変だったんだ。
美味しそう。ヌンにもくれないの?
『うまそうじゃん。俺もも~らいっと!』
カップケーキもマカロンと同じ意味だから、悪いけどあげられなかったんだ。
ロナルドもジョンも大切なチームΔの仲間で、家族みたいに大事な一人と一玉だ。だけど、隊長とは…うん、違う。違うんだ、ごめんな。
だから、同時進行で焼いていたチョコバナナケーキを…それは当日渡す前に、彼らのお腹に納まってしまった。
楽しかったな。このマンションで、みっぴきでこうして一緒に食事をして、映画鑑賞会をして、ゲームをして…ただ何でもない時間が幸せなんだと思う。永遠に続けられたら…そう思ったんだ。
『そうかね。じゃあ、来月のホワイトデーも皆一緒に過ごそう。腕を振るわせて貰うよ。』
『うん、そうしよう。楽しみだな。』
そのはずだったんだけどな。
早めに仕事を上がらせて貰って、私服に着替えていた時だった。隊長からRINEが来た。
『クソったれ本部長から急遽、プレゼン資料の追加を申し渡された。遅くなってしまうけど、すまない。先に、家で待ってて欲しい。』
よくある事だ。それにそのプレゼンというのも、吸対・退治人・吸血鬼の連合が如何に問題のスピード解決に貢献しているか、という実例を広める意図のものだ。
ここでは、上手くいっているのは実証済みなのだ。そして、それは人間と吸血鬼の共生を推進するに違いない。
『大丈夫だ。私は平気だから、無理をしないで。』
ここまで打って考えた。隊長は、帰ってから私達のご馳走を作るつもりだったのだ。疲れている上に、さらに無理はさせたくない。
『隊長ほどじゃないけど、簡単なものを作って待ってる。』
すぐに既読がついて、『ありがとう』のスタンプが送られてきた。
私は、店の厨房からいつも手伝いで使っているエプロンと、唐揚げとサラダとスープの材料、店で出しているバゲット、軽いおつまみをタッパに詰めて家を出た。
まあ、隊長の家に誰もいないのはこういう経緯だ。隊長と反りの悪いノースディン本部長は、お父上の友人でやり手だと聞いているが、所謂「自分達の頃はこれが普通だったから、お前も出来る」的な所があるらしい。
まだお会いした事はないが、いつか会ったら脛を蹴って…いや、失礼。私達の働きでそんな事も言われないくらい、街の治安を良くしてやればいいだけなんだ。
そんな事を考えている内に、ほとんど出来上がってしまった。まぁ、私も店で手伝っているから、多少はな。
あとは…いい匂いがしてきた。オーブンを覗く。中では、アップルパイがいい色に焼けていた。もう少しだ。
日本では3月14日といえばホワイトデーだが、πの日でもある。だから、お返しにアップルパイを渡す人もいる。
アメリカでは、割り切れない数字という事で「永遠」を連想させて、この日に縁起物のパイを食べたりするそうだ。
生地は冷凍のパイシートだが、リンゴのコンポートとカスタードクリームは隊長に教えて貰ったレシピだから、割と上手に出来たと思う。
『ヌヌイヌ?ヌヌイヌ?』
「まだだぞ、ジョン。あと…」
横に話しかけたけど、誰もいない。
ああ、つい。いつも、ジョンとオーブンを覗いているので、そんな錯覚を覚えてしまったらしい。私は思わず苦笑する。
『なあ?ちょっとぐらい早くてもよくね?』
このタイミングで、待つのに飽きてきたロナルドも、私の後ろからオーブンを覗き込んできたりする。後ろを振り返っても、勿論ロナルドもいない。
さらに、向こうのソファを見やる。いつもならこのやり取りを、ソファで持ち帰った資料に目を通している隊長が、呆れた顔でこちらを見ている。
「もう、11時か…。」
ソファに腰を下ろす。そろそろ、終わったかな。胸元の血赤珊瑚を握りしめる。寂しい…な。
私は懐から合鍵を取り出して、ぬいぐるみを撫でた。誰もいないし…ぬいぐるみの隊長にキスをする。
「隊長ぉ…早く帰ってきて。さみしい…よ。」
「おーい。今帰ったぞ、ヒナイチ。あれ?ドラ公、呼んでるぞ。お前何で黙ってんだ?」
いきなり、降ってきた呑気な声に思わず我に返る。み、見られ…た?
「ろ、ロナルド!?えっ、えっと…た、隊長にジョンも!お、おかえりなさい!」
背後にぬいぐるみを隠しながら、取り繕うが…遅かった。あぁ、穴があったら入りたい!
「ん、ん゛ん゛…。そ、その遅くなってすまなかったね。気に入って貰えて…あー、その。」
「ヌフフ。」
照れた隊長は顔を隠してるし、肩のジョンはニコニコしてるし…あぁ、もうどうすれば。
「こ、これは…その!って、ロナルド!勝手に唐揚げ食べるんじゃない!皆で食べるのに待ってたんだぞ!」
「んー、うまいじゃん。こっちのオーブンは…アップルパイか。なあ、もう食っていい?」
うぅ、デリカシーが無さ過ぎる。エーン、この状況もうどうしたらいいんだ?
「こら、デリカシー無しルドくん。手を洗ってきなさい。あと、その汚れた服も着替えてこい。」
「へいへい。あれ?ジョンも一緒にくる?」
「ヌヌヌン!」
チラッとジョンがこちらを振り返った。すまない、助かった。
これで隊長と二人…いや、助かってない!
「た、隊長。その…お、おかえりなさい。」
「う、うん。本当に。あの歯ブラシ髭の本部長のせいで…寂しい思いをさせてすまなかったね。」
赤面して俯いた顔を上げられない。それはそうだ。一人でぬいぐるみにキスをしていたんだ。その本人が帰ってきているのも気づかずに。
「う、ううん!だ、大丈…夫。」
「フフフ、ちゃんと私の代わりをしてくれてたんだね。プレゼントした珊瑚のネックレスも大事にしてくれて。」
隊長が、ぬいぐるみと首元に揺れる珊瑚をを撫でる。
「作っておいてなんだけど、気持ち悪がられるかなぁって心配してね。」
「わっ!?き、気持ち悪い訳…隊長なんだぞ?ん…っ?」
チュッとリップ音を立てて、頬にキスをされた。
「慌てて帰ってきたから、花束の一つもなしで、すまないね。冷蔵庫に君用にバームクーヘンを作ってあるから、帰ってからお食べ。ここだと、ロナルドくんに食べられてしまう。他は、後で埋め合わせをするから許してくれる?」
「う、埋め合わせなんて…。」
一緒にいれるだけでいいんだ、今はそれで十分だ。
あ、そうだ。ロナルドがいない今の内だから、私も渡しておかなければ。
「た、隊長。ホワイトデーに渡したいものがあるんだ。」
「ん?気を遣わなくてよかったのに…こんなに豪華な食事の用意をしてくれて、一足早く新婚さん気分が味わえて私は嬉しい。それに…この後皆で分けるパイは一番のおかえしだよ。だって…」
私達みっぴきは、永遠だろう?
耳元でさらに囁かれる一番の殺し文句。私も…たぶん、ロナルドもジョンも言いたい一番の言葉。それをこの人の口から聞けて嬉しかった。
「うん、でもやっぱり渡したい。その…貴方にいつも私を感じて欲しいから。」
名残惜しいが、細い腕から抜けると机に置いていた紙袋を渡す。
「開けていいかね?」
「う、うん…いつも着けててほ、欲しい、んだ。」
子供っぽい我が儘だ。仕事柄、必需品だから迷惑には…ならないよな?
「これは…いいネクタイだね。ありがとう。朝焼けの様な君の髪と同じ色だ。」
疲れて帰ってきた顔が輝いているのを見て、安心した。抱きついてもっと安心したいけど…背後でオーブンの音が鳴った。アップルパイのいい匂いもする。
「あっ、ヒナイチ!焼き終わったみたいだな。なあ、早く食べようぜ!」
ジョンの時間稼ぎもここまでか。無邪気なロナルドに苦笑いをしながら、隊長を見上げる。
「どうかね?」
「早速着けてくれるのか?うん、隊長は何を着けても格好いいな。」
いつもの紫のネクタイもいいが、たまには…うん。私も独占欲が強いのかな、私の色も着けて欲しい。
「明日からこれで出勤させて貰うよ。今度これにあったネクタイピンも買ってこよう…君の綺麗な目と同じ緑の飾りがついたやつをね。」
「そ、そこまでしなくても…。」
そこまですると、何か気恥ずかしい。
「あ、そうそう。帰りは送っていくよ。だから、二人きりになったらしてくれるかね?」
「何をだ?」
?マークになっている、私のアンテナを隊長は掬って口づけた。
「フフフ、何って…」
さっきしてたじゃないか。ぬいぐるみにしてくれて、本人にはしてくれないのかね?
逆光に金色の瞳が妙に映えた。魅了にでもかかった様になって…私はただ頷くしかなかった。
「…った、たいちょっ…。」
彼女自身は、約束通り軽く口づけするだけのつもりだったのだろう。でも…虚弱な体だけど、私も男性なのだよ。
「っく!ふっ…ぁ…。」
後頭部に手を添えて、逃げられない様にする。舌を無理矢理こじ入れようとすると、ヒナイチくんは少し驚いた様だが…おずおずと舌を差し出してきた。
結婚を前提につき合っている男性が、深夜にやっと二人きりになれて、狼にならない訳がないんだよ。
ヒナイチくんを家に送る頃、もうとっくに深夜2時を回っていた。いくら魔都シンヨコといえど…と言いたいが、ここは吸血鬼にとって住みやすい土地柄である。深夜でも大抵人通りはある。
だが、私にしても彼女にしてもパトロールでどの時間帯でどの地域に、人目がないかは把握している。別に悪い事ではないが…ムードの問題というか、こういうのは人に見られたくないものだ。何より…
「あぅ…ふっ…。」
ああ、なんて可愛らしい声を漏らしているんだ。これは、他の奴には聞かせられない。さっき、私は『みっぴきは永遠』だと言った。それは、間違いない。でも、譲れないものもある。
期待のルーキーとして颯爽とデビューし、先の大侵攻で大手柄を立てた、勇敢な彼女。それが、爪先だって虚弱な私にしがみついて、目を潤ませて喘いでいる。
手を滑らせて、肩から背中、腰を撫でる。ビクビクと飛び上がる姿に、劣情をそそられる。そのままさらに下まで探りたいが、そこは耐えた。触れると、この場で耐えるのが苦しくなってくるだろうから。
「…っぷはっ!はぁ、はぁ…んくっ!」
苦しげにしていたから一度息継ぎをさせて、もう一度お互いを貪る様に舌を絡め合う。口内に残っているアップルパイの香りと甘さが、さらに心を掻き立てる。
このまま食べてしまおうか。彼女だって拒否はしないだろう。
悪魔が囁く声を、私は無視した。
急遽ホテルに連れ込む事も考えたが、同居している家族の事も考えなくてはならない。
何より彼女は、私を初恋の相手に選んでくれた。そして、ずっと憧れの眼差しで見上げてくれていたのだ。一時の感情で、合意になると分かっていても、想いを遂げるべきではない。
お互いに都合があって、思い出になるタイミングを…そう考えている間に時間は過ぎていく。我ながら優柔不断な事だ。
クチュリ、と音を立てて舌を抜く。名残惜しそうに糸を引く唾液が、私自身の様に未練がましかった。
「たい…ちょう…わた、し。」
トロンのした甘えた声に、息苦しさに潤んだ翡翠の瞳、上気した顔…この場で押し倒したくなる。
「ありがとう、大丈夫かね?」
「う、うん。」
「じゃあ、帰ろうか。」
なんとか理性が勝った。次こそ、ちゃんと約束を取り付けよう。二人きりになれて、二人の都合が合う日を決めて…。
「隊長…本当は、私。」
「ん?」
「この前の誕生日に、その…隊長が欲しいって言いたかったんだけど…。」
「ん゛ん゛っ!?」
爆弾発言に心臓が飛び出しそうになるが、耐えた。そ、そう…この前の誕生日にね。
考えなかった訳じゃないけど、君が白酒で酔っぱらっちゃって。それに成人したその日に処女を貰うなんて、ただでさえコナかけてるって言われてたのに『狙ってた』感半端ないでしょ?
私もね、我慢したんだよ。
「だから、ホワイトデーの今日に話そうかとも…考えて。でも、ロナルドやジョンもいるし、遅くなっちゃったし、だから。」
う、うん。若い子は積極的だね。
「こ、こほん…考える事は同じだね。私も…仕事のタイミングが合わなくて…もう少しだけ、待っててくれるかね。」
「隊長の都合なら…何年でも待つぞ。」
「何年は無理、ずっと待たせてきたんだ。それに、無理!…私もキツイ。」
何が?とばかり、ヒナイチくんのアンテナが?マークになる。
厚手のロングコートで隠れているけど、私『自身』は嘘をつけないんだよ。キスの間の喘ぎ声、その濡れた表情…それだけで自己主張してるんだ。君がその辺り鈍くて助かった。全然気づいてない。
本当は、さっきの台詞を聞いてこの場で喰らい尽くしたいと思ってしまった。ガツガツと無作法な狼みたいに…そうでなくても君に幻滅されると辛いから、この先に踏み出すのが恐ろしい。
それに…私は体がこんなだからね。若い君を満足させてあげられるか、そこの自信があまりないんだよ。