@Alpha_arpA
──空から火山が落ちてきた。
嗚呼、それは絶望の象徴。
我らヒトが畏れてやまない、やまなかったものたちの原型。
我らは畏れ、ゆえにこそそれらを解き明かそうと知識を接ぎ、継ぎ、注ぎ足してここまで来た。
神秘という名の死。決して逆らうことのできない死の波。太刀打ちできないもの。
それは海。
それは雷。
それは飢え。
それは……火。
無限の時を積み重ね、培った技術で克服したはずのもの。
そうだ。
これこそが、きっと──。
≪隊長、指示を!≫
煤と粉塵、泥や血で汚れた無線機のスピーカーから、少し離れた地域で行動している筈の部下の声が出力された。ざらつくノイズと戦闘音のせいで、安物の通信機は殆ど怒鳴りつけるように話をしなければろくに聞き取れもしない。
だが今、辺りは無音だ。
トランシーバーと同じくらい煤と泥と血にまみれた、壮年の男……その顔を覆うマスクすら半分以上砕け、素顔を晒したレユニオン・ムーヴメントの男は、痛む足に力を込めて「どっこらせ」と立ち上がり、口元にマイクを近付ける。
怒鳴る必要も無い。突如として敵が散り散りに逃げ出していった戦場は、異様なほどに静かだ。
そしてどこからか輸送機のプロペラ音が響き、空の色が変わった。察しの良い男はそれだけで、相手方の指揮官が自分たちを如何にして料理しようとしているのかを理解してしまった。
「……諸君、状況は見ての通りだ。私たちは敵の術中に嵌まり敗北した。現時刻をもって作戦内容を破棄、フォックス・タンゴ・ウィスキー、ポイントナイナー」
「今まで付いてきてくれたことに、感謝する。ありがとう」
「運が良ければ、生きて会おう。健闘を祈る」
そこまで話して息を吐き、通信機の電源を落としてそこらに放る。撤退位置を指示はしたが、そこにたどり着いたとて彼らの命運は変わらない。逃げ場など、無い。
せめて若い構成員が最期まで希望を捨てずに戦い抜けるならそれでよし。たどり着いてしまった愚か者には……仕方ない、とっておいた煙草でも奢ってやるとしよう。
自嘲気味に笑みながら空を見上げる。波濤の如く打ち寄せる熱と光に、瞳がひりつくのを感じる。
空が赤い。太陽は火山灰に隠され、薄闇の中を照らすのは病んでしまったかのようなカーディナル・レッド。
焼け付くマグマが発する、まるで質量を持つかのようにべっとりとした熱量と赤だけだった。
“カトラの火よ。”
耳元でごうごうと風鳴りが爆ぜている。
体中を剛風が打ち付け、ゴーグルをしていても目元に風を感じるかのようだ。
“エルドギャゥを割り、ヨークトルを割り、その姿を現そう。”
彼女──栗色の髪のキャプリニー。若き研究者は落ちていた。
乾いた空から、廃ビル群が立ち並ぶ地上へ向かって墜ちていた。上空にはVTOL輸送機。視線の先には明かりの消え、黒くいびつなシルエットだけが立ち並ぶ廃墟群。
各地点で戦うロドスのオペレーターの姿は、彼女の弱った視力では捉えきれない。
だが、彼女はその記憶に叩き込んだデータを思い出した。味方と敵の戦闘地域、その移動予測線。それを信用していれば、絶対に大丈夫。
それは世界でいちばんか、二番目くらいには信頼できる情報だと断言できる。
“土を割り、氷を割り、その姿を現そう──。”
降下装備もつけていない彼女では、十秒も経たないうちに地面に激突してしまうだろう。それでもキャプリニーは言葉を紡ぐ。彼女にとってその詠唱は、精神を集中させ、アーツの収束効率を高めるためのおまじないだった。何かの呪文というわけでもない、何ら無害な彼女の精神安定のためのルーチンワーク。
彼女は近づく地面に構うことすらなく、自らが移動都市に轢かれてぺしゃんこになったオリジムシのようになるかも、という危機も厭わず、父の研究室で読んだ旧い詩編に見たリターニアの自然の叙景詩、お気に入りの一篇の朗読を優先する。
なぜなら彼女──エイヤフィヤトラは。
「いきますっ。アンジェさん!」
≪降下地点に反重力展開中! エフィ、安心して飛んで!!≫
すさまじい圧迫感をもって近づいてきていた地表が、ふと遠くなる。吹き付ける風が弱まる。
ふわり、暖かなアーツのにおいに包まれる。
身体が軽くなったような感覚。気を抜くと空中で宙返りしてしまいそうな軽さで、けれどきっとそんなことはない。エイヤフィヤトラは、彼女の友人のアーツのことも信頼していた。
──彼女は落ちているのではなく、これから飛ぶのだ。
空から火山が落ちてくる。
それはレユニオン残党との突発的な戦闘だった。地上要員は非戦闘員を護送中であり、また行動地域はリターニアとウルサスの国境付近であるため、外交問題への発展を避け戦闘オペレーターは最小限の随伴。
そこを狙い澄ました敵の標的は、こちらの保有している医薬品だ。リターニア辺境の廃棄された移動都市残骸。ここに追い込まれたロドスの部隊は、あわや掠奪の目に遭おうというところ。
≪地上部隊の退避を確認。エイヤフィヤトラ。頼む、彼らを護ってくれ≫
「……はいっ、先輩!」
耳に装備したヘッドセット型の補聴機能付き高性能通信機が、彼女の上司からの指示を届けた。
戦闘エリアの中心への、広範囲殲滅に特化した戦術要員・準エリートオペレーターのヘイロー投下。
隠密状態でのアーツ砲撃実現のために一般的な降下装備は使用せず、重力操作アーツを得意とするオペレーターを作戦に組み込んでの無装備投下である。
事前に投与された神経伝達物質の効用もあり、エイヤフィヤトラのアーツはごく短時間で装填され、空中で完成し、凝縮し解放された。
身の裡で暖かく、暖炉の火のようにたゆたう熱を。
アデル、と呼びかける記憶の中の声を。
彼女は内から外へと、導かれるようにして析出させる。それは爆発的なエネルギーを持った灼熱の火山弾となって降り注ぎ、空を灼き地を砕き、あらかじめ指定地点に避難していた味方だけを避け、廃棄都市の全域をレンジに捉えて着弾する。
──そこに、神話の再誕があった。
抗えぬ死。かつてヒトが、カミと畏れて祈った自然現象。
その神秘を科学と技術によって打ち破ったはずのヒトが、今こうしてまた赤く染まった焼尽の空にカミを見出すのなら。
「……はは、はあ。クソ」
結局、残った煙草は自分で吸うことになった男は。
皮膚を焼き、目の水分を蒸発させる熱を見上げ、感嘆の声を漏らした。
「綺麗だ……──」
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