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喜びとは目的を暖め続け、知性を輝かせ続ける神聖な炎である。2

全体公開 アークナイツ 5509文字
2023-08-07 03:53:48

アークナイツ エイヤフィヤトラ二次創作その2
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Posted by @Alpha_arpA

「あ゛ー……いやまてアーミヤ、そこはキツぐええ!」

 ロドス・アイランド内部、ドクター執務室の一角。

 殺風景な部屋の一角にあつらえられた、ふわふわラグと暖かなこたつ。天板上には蜜柑かご。若干くたびれた様子の雑誌が何冊か。
 そこから、ロドス最高権力者の情けない悲鳴が響き渡った。
「ドクター。やっぱり私のマッサージなんかより、フィリオプシスさんやサイレンスさんにお願いして遠赤外線治療とか、手配していただきませんか?」
「まあ待ってくれアーミヤ。考えてみるんだ、彼女たちは生粋の医者だろ。一度罹ろうものなら絶対に継続的な通院を要求される。そうなればどれだけの業務時間が犠牲になることか! 『腰をイワして仕事が終わりませんでした』などとケルシーに報告してみろ、腰どころか全身それはもうポッキンポッキン!」
「それは報告内容ではなくて、報告態度の問題なような……

 はあ、とため息をひとつ。うつ伏せで横たわる黒服の男に跨がったアーミヤは眉を下げて、「続けますよ」と断ってからその腰に両手を当てた。ふッ、と力を込めて押し込む。
「んミ゛っ!!?」
「もう。せめて椅子だけでも、もう少し楽な姿勢でお仕事ができる物に変えてください。さもなくば、私がライン生命のお二人とケルシー先生の両方に、ドクターの不摂生を言いつけますからね」
「アーミ゛ヤッ!? 頼むそれは、後生だから!」
「ならせめて、もう少しちゃんとした椅子を買ってください。というか、前の背もたれ付きはどうしたんです?」
 ちらり、とアーミヤはドクターのデスクを一瞥した。そこには小さなアルミデスクに、小さな丸椅子。とてもではないが長時間座ってデスクワークをする者の仕事場ではない。
「ああ、あれは売り払った。オペレーター達に支給する作戦記録の費用に充てようと思っホゲェッ!」

 今度は少々怒りを込めて、容赦なく凝り固まった腰の筋肉を蹂躙するアーミヤの指に呻吟の声を上げるドクター。そこにがちゃ、とドアノブを回す音がして、ローズグレイのワンピースにあちこち焼け痕をこさえたキャプリニーの研究者が入室する。

「せんぱーい、ちょっといいですか? 書庫の地理書をいくつか貸していただきたく……て──」



 ぱちり、視線がかみ合う。
 エイヤフィヤトラの視線はまず横たわるドクターに、そしてその背に跨がるアーミヤに。そしてゆっくりと、腰に添えられた両手に注がれた。
 ぱちぱち、と瞬き。
 それは、見ようによってはこうずいぶんと親密に密着していて、年頃の女子が見たなら「こ、これがオフィスでラヴなワンシーン……っ!? えっでもアーミヤさんの歳って確か」と勘ぐってしまいかねないような一幕。

 静寂。こち、こち、と時計の秒針だけがそそくさと時を進めている。

……せ、せんぱい?」

 断ち切る線を一つでも間違えれば大爆発を起こす爆弾解体作業。
 今の空気はまさしくソレだ。ドクターの中では、少なくともそれだけの緊張感をもったオペである。
 目の前の『私はなんて空気の読めないタイミングで入室してしまったんでしょう』と言わんばかりに顔を青ざめさせている後輩の誤解を、安全に解体せねばならない。
 ドクターの全身の骨を賭けた一世一代のミッションが、今始まる。

……エイヤフィヤトラ後輩、落ち着け。今君は、時と場合によってはロドスを崩壊させかねないクリティカルかつフェイタリティな勘違いをしようとしている。だから落ち着け。おちついてその後ろ手にドアノブに掛けた手を戻すんだ。まずは弁明と説明の機会が欲しい。公平にいこう。ね?」

 困ったように下げた眉に、ふるふると首を振るエイヤフィヤトラ。その仕草が示すところなど、このロドスに勤めていれば誰でも知っている。
 ミッションは早々に失敗である。さらばロリコンの全身の骨。さらば後輩の尊敬のまなざし。
 これから先一生『この……汚物!』と下水道のハガネガニを見るような目で後輩の冷たい視線を浴び続けることになるのだ。いやこの例えは外勤のとあるオペレーターが烈火の如く怒るのでオフレコで。
「お、お、お」
「お?」
 がちゃりと回されるノブ。

「お取り込み中のところごめんなさい~~~っ!!」

 顔を真っ赤にしたエイヤフィヤトラはそう叫ぶと、勢いよくドアを開けて走り去っていった。
「まって! 取り込んでない! 全くもって取り込んでないから待つんだエイヤフィヤトラ後輩! その角を右には曲がるな、そっちはケルシー医師のオフィスだからああっ!」

 泡を食って執務室から飛び出し、せめて超弩級の“核爆発”だけは避けようとするドクターの背を目に、アーミヤはそっと立ち上がる。
……それなりに」
 そっと呟く。給湯室に3人分のコーヒーを淹れに向かいながら。誰にも見られないように、そっと頬を膨らませて。ぷくー。
「それなりに、取り込んではいましたが。」



「なんだぁ、先輩が腰を痛めちゃって、それを休憩時間にアーミヤさんがマッサージしてあげていたんですね? そうならそうと言ってくだされば良かったのに……
「説明する前に全力で逃げたじゃないか君は。で、何でまた地理書?」

 数分後。
 ケルシー医師の謎召喚生物に勘違い天誅される事態だけは回避したドクターが、改めてキャプリニーの地質研究者、エイヤフィヤトラに問うていた。彼女はそういえば! と自らの本来の目的を思い出し、説明を始める。

「はい。一年前のチェルノボーグ事変での天災なんですけど、地理情報を私の論文データに加えて、統計マテリアルとして活用したいんです。あの地域のリソスフェアがどのような物質を含んでいたのか、どうにかして実地のデータが知りたくて。そういったデータの記載がある記録書とか、文献があればなー、と」

「成る程……そういうことならロドスが各地の地質サンプルを回収しているし、当然あの地域の資料もある。それで良ければ、データが格納されている場所のアドレスをエイヤフィヤトラの端末にメールしておくよ」
 
 腰をさすりさすり粗末なデスクに歩いて戻ったドクターは、アーミヤが出してくれたマグに手を伸ばしてコーヒーをすすり、端末に向かい合ってキーボードを叩き始める。
 その様子を見て取ったロドス・アイランドのCEOは「それではドクター、椅子の件。予算は私の方で下ろしておきますから、ちゃんと購入して下さいね」と言い残し、いくつかの書類を受け取った。すれ違いざま、エイヤフィヤトラにも軽く会釈をしながら微笑みかけ、ふわふわと湯気を立てる白いマグカップを手渡した。
「エイヤフィヤトラさんも。研究熱心なのは素敵なことですが、あまり無理しすぎないで下さいね。それで症状が悪化してしまったら、元も子もありませんから」
「あはは、気をつけますね……
 小さなコータスの背は機械的な駆動音と共に、閉まる執務室の自動ドアの向こうへと見えなくなった。その姿を見送って、エイヤフィヤトラは机で業務と格闘するドクターへと向き直る。

「それであの、先輩」
「ん。ちょっと待ってくれ今メールを送ってるから。適当に寛いでいて。こたつしかないけど」
「あ、はいっ! お待ちしてますね」

▼△


 キャプリニーの女の瞳が、フードを被った男の業務風景をじっと見つめていた。

 ドクターの執務室はいつだって殺風景だ。壁も床もは建材打ちっぱなしの灰色で、ラグや壁紙で装飾などはされていない。寒々しい印象を覚える部屋だった。
 一般的なオペレーターに与えられる個室よりもかなり広いその部屋には、来客用のソファとテーブルがぽつんと置かれる他に目に付くような調度品もなく、あとは今彼が腰掛けている粗末な(なんだか前見たときよりもさらに粗末になっているような?)仕事用のデスクのみ。
 出入り口とは違うドアから繋がる物置は、金属製の本棚がずらりと並ぶ書庫になっている。ともすればそちらの方がものが多いくらいで、この執務室の質素さを余計に際立たせていた。
 最近はとあるオペレーターの要望で、部屋の片隅に小上がりとこたつが備え付けられている。そこだけは色とりどりのクッションや雑誌ラックや、電気ケトルやそのほかの小物が並べられていた。色味のない部屋の中でそこだけが、乾ききった砂漠の中にぽつんとあるオアシスのように色彩を持っている。

「さっきアーミヤも言っていたけれど。体調は常に気に掛けておくようにね、エイヤフィヤトラ。クロージャに連絡して、ロドスのデータベースへの限定的なアクセス権限を君のアカウントに付与してもらった。期間は二週間だが、それで充分かい?」
「あっ、はい! ありがとうございます先輩! ……体調のことは、先輩もですよ?」
「私は良いんだ。何と言ってもドクターなんでね」
「ふふっ、なんですか、それ」

 先ほどまですさまじい早さで叩いていたキーボードから手を離し、吐息を一つ。ドクターは机にあったマグカップを手に持って立ち上がると、エイヤフィヤトラが脚を入れて座っているこたつへと歩み寄った。
 マグだけをこたつの天板に置いて、こたつには入らず小上がりに腰を下ろす。
「それより、今月の“授業”といこう。報告したいことがあって待っていたんだろ?」
……! はいっ、先輩! 是非よろしくお願いします!」
 男の言葉に、研究者の女性は分かりやすくここ数十分で一番の表情を見せる。
 彼女の種族特有の柔らかな耳がぴこぴことはためいて、こたつからいそいそと抜けだしドクターの隣に腰掛けた。その仕草だけでも、エイヤフィヤトラが単に本を借りに来ただけでなく、男からその言葉が掛けられるのを期待して待っていたらしいのは一目瞭然であった。
「えっとですね、テーマは先日もお話ししたとおり“天災の発生と源石鉱脈の活性頻度、またその移動の関連性”なんですが」
「旧チェルノボーグ地域は、あれから長い期間天災の被害に見舞われていない。外勤トランスポーターのレポートには私も目を通している。そこに着目したのか?」
「そうなんです! これをご覧になってください──」

 身を寄せるようにして、エイヤフィヤトラは持っていた端末を取り出し、クラウド上に保存した研究データ群と山のようなメモをドクターに見せはじめた。源石研究の権威も権威である彼の反応はよどみなく正確で、打てば響く、などという表現は彼女にしてみれば烏滸がましいこと。
 彼女が資料を読み解く視点、考察、推論、展望。その全てを彼は一度で理解し、彼女が“成果の発表”を滞りなく行えるよう相づちを打ち、時に知識の補填を行う。
 時折隣から感じる満足げな吐息や頷きは、研究者としての彼女を否応なく高揚させた。


「斬新だね。エイヤフィヤトラ、流石だ」
 そう言って彼女の成果を認めるドクターの表情は、いつもの朗らかでユーモラスなそれとは少しだけ違った真剣そのもの。熱中するように視線が何度もパラグラフを撫で、手遊びに自分の頬に触れながら「なるほど」と「面白い」をしきりに繰り返す。

 認められている。評価されている。
 ……褒められて、いる。

 どきんどきんと心臓が鳴る音がする。この耳は外の音は捉えられないのに、身体の中の音だけはやけにはっきりと捕まえてしまうから。
 エイヤフィヤトラはマグマのように熱くなった頬を、けれど隠す必要は無かった。今ドクターは、彼女の論文に夢中になってくれているから。私の顔が見られる心配はない。

「ところでエイヤフィヤトラ、ちょっと質問をしても?」

 来た。

 一方でエイヤフィヤトラは、ひどく緊張してもいた。この“授業”は彼女が今の生活で最も楽しみにしていると言ってもよい時間であり、同時に最も怖れている時間でもある。
 ドクターは彼女の報告途中には絶対に横槍を入れない。だが報告が終わった後には、エイヤフィヤトラの理論の組み立ての甘さと間違い、誤った理解を衝く質問という名の嵐がやってくる。
 語調は優しく、決して詰めるような語調でもなく真摯なものだ。しかしドクターがその知識と頭脳を持って行う質問は源石剣よりずっと鋭利で、容赦が無い。自分が心血を注いでその足で、頭脳で作り上げた研究がいともあっけなく解体されていくのを、微に入り細に入り見せつけられる。
 故にこの時間は“授業”という名目ではあるものの、実際はエイヤフィヤトラがドクターの胸を借りて挑む研究者同士の戦闘のようなものだった。

 ……濁流のように見出される疑問と指摘の嵐に、若き研究者は賢明に対応したといえるだろう。
 答えられる質問にはきちんと答え、分からないことは分からないと言い、間違っていた部分は素直に謝る。そうすれば、ドクターから失望の気配を感じることは微塵もない。むしろ、よりのめり込むようにしてエイヤフィヤトラに新たな知識を授けてくれた。

 そうした応酬を繰り返すこと、数時間ほど。
「ううっ……すいません。私、もっと頑張ります……
「いや。久々に良い論文を見て、私も熱が入りすぎてしまった。ロドスのスタディホリック共に見せたらさぞ興奮するであろう出来だったよ。あれこれ言ってしまったし、今日はここまでにしておこう。結構長い時間話し込んでいたし」
 自信を持って持ち込んだ理論は半壊……いやさほぼ壊滅したが、感じるのは達成感だった。


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