@taneimosiitake
心の羽を持つもの
超えるは金の時辰儀
繋ぐは大いなる心
心の羽を持つもの
目指すは木漏れ日の里
帰るは太陽の都
我らが故郷なり
第一話 私の太陽郷
「今日もたくさん買っちゃったなぁ〜」
両手には、買ったものが入った紙袋に、紙のバッグ、バッグ、バッグ。
「楽しかったな〜っ!」
振り返ると、行き交う人々、賑わう市場。潮風の香る、素敵な街。
前に向き直って、私は道の隣にある巨大な水路へと続く階段を降りた。
「またすぐに来よ〜っと!」
ぺしゃぺしゃと、サンダルを水路に流れる水に濡らしながら歩く。すぐに水路には屋根がかかって、左側に等間隔に並んだ柱の隙間から光がこれまた等間隔に差し込む。
そのまま水路を進むと、左側も壁に閉ざされ、段々と暗くなっていく。そして、階段のように下っていくでこぼこな段差を、足元に気をつけながら地下へと進む。ぼんやりとランプの灯る地下水道を通り、脇道に逸れ、そのまま歩いていく。段々と明るくなってくる。
迷わず歩いていた、私の足が止まる。何回も来ているけれど、止めずにはいられない。
目の前のドームのような開けた空間には、水面に横たわる、巨大な黄金のかたまりがある。吹き抜けになっている上から光を受けて、穏やかにキラキラと輝く。その横をゆっくりと通り抜け、壁にある段差を登り振り返って初めて、その黄金の正体がわかる。
それは、時計だった。真ん中に水をたたえた円から12方向に突起が伸びていて、まるで歯車のようにも見える。突起の先は楕円型になっていて、右側に真っ直ぐ伸びている突起の先の楕円の中にだけ、美しくて白くてつやつやな楕円があって、『Ⅲ』という黒い文字が書かれていた。
しばらく眺めて、また前を向く。歩けば、扉がある。丁寧な装飾が施された、古くて、でも朽ちた感じはしない両開きの大きな扉。ほとんどの人には開けない。でも私になら——
「王女様‼︎」
輝く太陽の下、光を反射してつやつや光る青い髪を後ろに1本の三つ編みにし、燕尾服を着た男の子がムッとした顔で立っていた。
「やっぱりここだ……だから何も言わずにいなくならないでくださいといつもいつも……何かあったら首が飛ぶのは僕なんですよ?」
私より背の低いその子は、不機嫌丸出しで自分の首を切る仕草をする。
「ご、ごめんって、セイラ……」
私が謝ると、男の子——執事のセイラは呆れた顔をして、私の両手にある紙袋やら紙バッグやらを見た。
「あと、またこんなに買って……」
「む、無駄遣いはしてないよっ⁈ ちゃんと欲しい物だけ買ったもん!」
「……はいはい……帰ったら見せてもらいますからね」
セイラはそう言うと私の腕から紙バッグを半分ほど奪い取って、私に背を向けた。
「行きますよ、王女様。今度また勝手にいなくなったら火ぃ吹きますからね」
「ふふっ、それ言うの5回目くらいだよ」
「誰のせいだと‼︎」
「すみません……」
勢いよく振り返ったセイラにしょげる私。セイラはため息を吐いて、また前に向き直り、歩き出した。
行き交う人々、賑わう店の並び。潮風の香る、素敵な街。——さっきまで私がいた場所と、全く……いや、ほとんど同じ街並みの中を、歩いていく。
ここは、太陽郷。様々な種族の住む私たちの故郷。人間はおらず、ここで「人」といえば様々な種族の総称を指す。
そして私はこの太陽郷王国の王女、妖精族のフロデリカ。普通は妖精族は羽を持つけれど、私にはそれがない。代わりに、さっきいた場所——人間の住む『木陰郷』とを行き来する力を持っている。人々は私のような存在を『心の羽を持つもの』と呼ぶ。
昔、厄災によって街が再起不能なほどになってしまったときに、大賢者が木陰郷の街をコピーしてこの街を復興したと言われている。そのときは両方の街並みは全く同じだったのかもしれないけれど、もう100年くらい経っているから、細かいところはやっぱり違っている。
私は前を歩くセイラの青い髪と、右側の街の向こうにどこまでも広がって、同じように青く輝く海を見た。
「ん」
突然、青い三つ編みの揺れが止まった。
「ん? セイラ、どうし——」
ちかり。
私の視界の左端を、銀の光が横切った。
カツッ。
何かがその光に当たって、落ちる。
「王女様。お下がりください」
いつの間にか、銀色に輝く剣を持ったセイラが私の左側に立っていた。ぱきり、と音を立てて落ちた矢を踏む。
「はぁっ‼︎」
建物の影から、全身黒い衣装を纏って目だけ出した人が剣を持ち、飛び出してくる。
「……」
ガキン! ガッ‼︎
セイラは剣を剣で受け止めて押し返し、剣の柄でお腹を殴った。
「ぐあっ‼︎」
黒づくめの人が倒れる。
「王女様」
セイラは建物の方を見つめながら、後ろ歩きで私に近づく。
「こいつらは大したことありません。中途半端な志でここにいるようです。平和な国なので、平和ボケしているのか……自分達のしている事の重大さを理解していないように思えます」
私に向かって、小声で話す。
ガチャ。
建物の影で音がした。
「ですが、逃すわけにはいきません。ここで全員捕まえます。一度でケリをつけますので……耳を塞いでください」
そう言って、セイラは燕尾服の裾の下に隠れた鞘に剣を収め、一歩前に出る。
「変身解除」
次の瞬間、私の視界の大半を青い何かが覆う。
私の視界を遮ったのは、太陽の光を反射してキラキラ光る青いウロコを持った一匹のドラゴンだった。
パシパシパシッ‼︎
建物の影から、無数の矢が飛んできて、ドラゴンに当たる。しかし、矢はウロコに弾かれて、呆気なく地面に落ちていく。
「グルル……」
ドラゴンが唸り、そして、
「グァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」
地の底から響くような大音量で、吠えた。皮膚がびりびり震えるのを感じる。
「アアアアアアアア……グル」
ドラゴンが口を閉じ、フシューと口の隙間から黒い煙を出す。周りが一気に静かになって、もう建物の隙間からは、音がしなくなっていた。
「もう大丈夫ですね」
先程の場所にはセイラが呼んだ王国騎士団が集まって、黒づくめの人たちを連れて行ったり、建物の隙間に置かれていた樽のようなものに弓がついた装置を運んで行ったりしている。
私の隣でけろっとした顔をしたセイラが、その様子を見ている。
「これは麻酔矢のようですね。多分、あいつらは王女様を攫おうとしたのでしょう。身代金でも要求しようとしたのでしょうか。執事見習いの『ただのガキ』しか付けていない、とでも思ったのでしょうね」
セイラが自分で踏みつけて折れた矢を拾い上げて言う。
「麻酔矢? セイラ、眠くなったりしない?」
「刺さらなければ大丈夫なはずです。殺すためのものではないので、鋭くありません。僕には刺さってないですよ」
「そっか……良かった!」
セイラは微笑むと、手に持った矢をギュッと握った。
「本当は咆哮だけじゃ物足りないんですけどね。一国の王女殿下がただのガキを護衛につけるわけないでしょうに、舐められたものですね」
ピキ、と矢が音を立て、私はあはは……と力ない笑い声をこぼす。気を取り直して、
「でも、ありがとう、セイラ。守ってくれて」
「いえ……これが僕の仕事ですから。僕は王女様の執事兼護衛ですからね」
私の執事兼護衛でドラゴン族のセイラは、胸を少し張ってそう言うと、微笑んだ。
「ですが……どういたしまして」
再び、王城への道を歩き出す。私はセイラの後ろ姿を見て、それから後ろを見た。まだ、王国騎士団が忙しなく動いていた。
「人気のない道を選んでしまった僕も悪かったですね……すみません。ですが、あいつらが捕まったのでしばらくは大丈夫なはずです」
「ねぇ、セイラ……」
「何ですか?」
セイラが振り返る。私はセイラが話していたことをあまり聞かずに口を開いてしまったことに気づいて、一瞬狼狽える……が、結局話し始めた。
「その……セイラは、騎士団に入らなくていいの?」
セイラの目が見開かれた。
「だって、本当は……騎士団に入りたかったんでしょう? 私、何でセイラが騎士団に入れなかったのか、わからないよ」
10年前、私がまだ7才だったとき。
私の身の回りをお世話してくれる執事として、セイラが連れて来られた。
もともとセイラは、見習い騎士の訓練所にたったひとりだけ居たドラゴン族。ドラゴンは元々の能力が高く、主に口から吐く炎や爪などを使って戦う。武器を扱うのには向いていない種族なのに、あくまでも剣にこだわる変わり者、それがセイラだった。
でも、なかなか正式な騎士団員にはなれなかった。そんなときに執事兼護衛として雇われたと聞いている。選ばれた理由は、私と比較的歳が近いことが1つ。もう1つは、騎士団にはなれずとも剣の腕は十分良いこと、見た目が実年齢よりもずいぶん幼く見えること、変身魔法が非常に上手であること——つまり、強く見えないため油断させられる「切り札」になり得ること。……セイラは怒っていたけれど、相手に舐められることが狙いなのだ。
特に変身魔法においては、ほぼ完全に人型の姿になることができる。ドラゴン族の多くは角が隠せなかったり、耳が尖ってしまったり、瞳孔が細くなってしまったりと細かい部分まで変えることは難しいらしいけれど、セイラはそれができるのだ。
それから10年間、セイラはずっと私の側で、執事をしてきてくれたのだ。
「今のセイラなら騎士団に入れるよ。ずっと、憧れてたんでしょ?」
セイラは青いグラデーションのかかった桃色の瞳を、私に向けている。桃色は、変身魔法に適した魔力を持つ者に多い瞳の色。
「私、セイラに夢を諦めて欲しくない」
セイラは少し困った顔をしたかと思うと、くるりと前に向き直り、歩き出す。
「そうですね。今も、騎士団は僕の憧れです」
こっちを向かずに、セイラは静かに話し出した。
「でも……この仕事でも、大好きな剣は使えますし、それにお茶を上手に淹れられるようにもなりましたし、執事の中で王女様のことを一番わかっているつもりです。10年も一緒にいましたから」
ゆっくりと、いろいろな思い出を思い出しているように話す。表情は見えないけれど、その声は穏やかだ。
「僕は、今の仕事の、ひとつひとつが生きがいなんです。だから……今の仕事を辞めてまで、騎士になりたいとは思いません」
潮風に乗って、セイラの三つ編みが揺れた。
「諦めたんじゃありません。もっと良い道を、見つけたんです」
「セイラ……」
私は思わず、セイラの顔を覗き込もうとした。セイラはふいと横を向いて、結局顔はちゃんと見えなかった。けれど……
「照れてる?」
「いや! 照れて……照れ…………というより何ですか、今更そんな話! もう10年も一緒にいるでしょうに!」
「照れてるね」
セイラはばっ! とこっちを向いて私を指差すと、
「とにかく! もう良い加減凝りましたよね? ひとりは危険ですので次から勝手にいなくならないでくださいね!」
と無理やり話題を変えた。
「えー? どうしようかな」
「火ぃ吹きますよ?」
道端の背の低い木が、影と木漏れ日を地面に落とす。
私たちは笑って、よく整備された、しかし所々ひび割れた古い道を歩いていく。
これが、私の毎日。私の太陽郷での、日々のひとつだ。

おまけ
「じゃあセイラは、私の騎士になればいいよね」
「ええ? 何ですかその言い方。何か嫌なんですけど」
「えぇ……? でも良かった、セイラは私にとっても弟みたいなものだから」
「……お忘れかもしれませんが、僕の方が年上ですからね?」
「あれ? 何才年上だっけ?」
「……3才……」