@taneimosiitake
店が並んで、賑わっている大きな道がありました。その道を少し進んだ所の傍に、足首程の高さの澄んだ水が流れる水路が、少しだけ顔を出していました。階段を降りて水路に立つと、左側には等間隔に柱が並んでいて、柱の隙間からは斜面に造られているこの街と、その先に広がる青い海を覗くことができました。真ん中にも蔦の絡みついている丸い柱が並んでいて、天井を支えていました。そして、右側は灰色の壁でした。しかし、途中から壁はベージュ色になって、扉と、地面から天井まで届く大きな台形型の出窓が付いていました。窓枠がなく、丁寧に磨かれた窓ガラスには、白い文字で「CAFE remember」と書かれていました。
落ち着いた雰囲気のカフェの中には、お客さんはいません。カフェの中にいるのは、カウンターにいる男性と女性の2人だけでした。
「どうぞ」
男性が、女性の前にコーヒーを置きます。男性は20代半ばから後半程で、眼鏡とエプロンをつけて、コーヒー色の長い左前髪をビーズで2箇所留めていました。
「ありがと」
カウンターに両手で頬杖をついていた女性が、男性にお礼を言います。男性よりも少し年上に見えるその女性は、キャラメル色の髪を適当に後ろで縛って、1番目のボタンを開けたシャツを着ていました。女性は左手で頬杖をついたまま、右手でカップを取ります。
その時、大きな出窓の外を、少女が1人走っていきました。白くて長い髪を2束に分けて、お腹の出た服に半透明のカーディガンと露出の多めな格好をしています。少女は水飛沫を上げながら、すぐに見えなくなりました。
「走ってったね」
女性が呟きます。
「走っていきましたね」
男性も呟きます。
女性は窓を見ながら笑って言いました。
「また荷物沢山持ってたねえ、お姫様。執事さんに怒られるぞ」
男性も口に手を当てて、くすりと笑います。そして、自分の分のコーヒーも淹れて、口に運びました。
「そういえばフロデリカ様、以前、ドラゴンの執事さんのお話をされてましたよね」
「そうだねえ。ドラゴンか。どの位大きいのかなぁ」
女性はドラゴンを目の前に見ているかの様に、斜め上を見上げます。
「マルタは見たことある?ドラゴン」
「ないですね……」
マルタと呼ばれた男性は、首を振ります。
「そ。……そうだよね」
女性は視線を前に戻すと、ふっと笑って
「実はそんなに大きくなかったりして。……ああ、めちゃくちゃ大きいのと、小さいのと、色々いたら面白いよね。ドラゴンも身長を気にしてたりするのかなー」
楽しそうに話した後、不意に口を閉じて、窓の外を見ました。先程少女——フロデリカが、走って行った方向を。
「太陽郷、か。太陽の沈まない、伝説の秘境」
ぽつりと呟きます。その目は、窓の外よりもずっと遠くを見ているようにも見えました。まるで、遠い昔を見ているかのような。
「この目で見ないと、信じられないよ——ドラゴンも、太陽郷も」
マルタはカップを置いて、女性を見ました。
「もしも太陽郷に行けるとしたら、ソネットさんは行くんですか?」
ソネットと呼ばれた女性は答えません。しばらく経ってから、ぽつりと呟きました。
「……さぁね」
そして、横目でマルタを見て、
「それが決められないから、あたしはここに居るんだろうからさ」
視線を戻して、くすりと笑います。楽しそうで、しかしほんの少し寂しそうにも見えました。
「なんてね」
水路の柱の隙間から差し込む昼過ぎの光が、カフェの2人を穏やかに照らします。
少し冷めたコーヒーが、その光を優しく受け止めていました。