@taneimosiitake
瞳は己を映す玉。
弱き者は石と成り
強き者は宝と成る。
橙は剣。
青は盾。
紫は現。
黄は操。
第二話 あなたの太陽郷
「……僕がいると不満ですか?」
隣にいるセイラが、私の顔を見て言った。
「そんなことないよ! ただ……買い物すると怒るから……」
「違います。王女様は買いすぎなんです。金銭感覚をちゃんとしておかないと、王女様が国王になった時に国の財政がぶっ壊れますよ」
今日も、よく晴れている。太陽郷では、たまにしか雨が降らないのだ。
「えー……嫌なこと言うなぁ……。じゃあセイラが代わりに王様になってよ」
「いや、何でそうなるんですか? 王女様もご存知でしょう? この国の国王は、初代国王リオサ様の直系の子孫しかなれないんですよ」
リオサ•ディ•アコーディロン。この国の初代国王で、約1000年前の争いで皆をまとめこの国を作った、元女剣士。私のご先祖様で、私と同じ、「心の羽を持つもの」だったとか。——まぁ、「心の羽を持つもの」は王族にしか生まれないけれど。
「三大偉人のひとり、だよね」
「そうです。太陽郷の誰もが知る3人の英雄! 大賢者ペラニ様、聖女ステュリ様、そして初代国王リオサ様……王女様はそんなすごい方の末裔なんですからね、自覚を持ってください」
「はぁい……あ、聖女といえば、知ってる? 聖女ステュリの生まれ変わりの話」
聖女ステュリ•ヴァレッタは、100年程前の厄災で街がボロボロになった時に、神から授かった回復の力と天使のような笑顔で、皆の傷ついた心を癒した救世主だ。
セイラが知らなかったら自慢できるぞ、と張り切って聞いてみたものの、セイラは私の期待を裏切り、呆れたような顔で私を見た。
「知ってますよ。それだって太陽郷の誰もが知っていることです。教会が大々的に発表したことなんですから」
セイラがあまりに塩対応なので私は少しムッとして続ける。
「む、じゃあその聖女が逃げ出したっていうのは?」
「逃げ出した?」
セイラは今度は眉をひそめた。
「そう! あちこちで聖女様に会ったって言ってる人がいるんだけど、すぐいなくなっちゃうんだって。教会の人もついてないし、逃げてるんじゃないかって噂があるの」
「逃げるって……何から?」
「うーん、教会? 聖女の教育が嫌だったのかな? 私も勉強は嫌いだし。教会は何も言わないけど、聖女が逃げたっていうのは教会にとっては隠したいことだもんね」
「ふぅん……」
セイラが黙ったので、私は何だか勝った気になって、調子に乗って続けた。
「その聖女様はね、ステュリ様に瓜二つで、本当に綺麗な黄緑色の目をしてるんだって。再生と回復の、黄緑の目だよ。それでね、これもあくまで噂なんだけど、その目が今——」
その時、急にセイラが私の前に腕を出した。
「えっ、何?」
「……何か騒がしいです」
セイラが言った直後、少し前の角から人が数人走り出てきた。
「火事だ‼︎ 怪我人もいる! 治癒魔法が使える者はいないか⁈」
人の1人が叫ぶ。
「大変! 助けに行かないと‼︎」
私は人が出てきた角へと走っていく。
「待ってください王女様! 少ししか治癒魔法使えないでしょ⁈ 危ないので戻ってください‼︎」
後ろからセイラが叫ぶけれど止まらない。人を押し退けて見ると、そこは住宅で、既にかなり燃えてしまっている。周りの被害は少ないけれど、これからどんどん広がってしまうだろう。消防隊が早く着けばいいのだけれど……。
家の前に、親子が寝かされていた。腕や顔の一部が火傷で赤くなっていて、痛々しい。
「どうすれば……えっと、治癒魔法は……」
今この瞬間も、火は広がって、火傷も悪化していくのに……!
「真空魔法」
突然、女の子の声がした。かと思うと、燃えていた火の勢いがだんだんと弱まってくる。
野次馬の中からフードを深く被った人が出てきて、親子の前にしゃがみ込んだ。
「再生魔法」
その人が呪文を唱えて親子の火傷の方に持っていた短い杖を向けると、傷がみるみるうちに癒えていく。治癒魔法よりも、治りが早い。
「すごい……」
火事も、怪我も、一瞬で解決してしまった。すごい魔法使いだ……。背丈からするにまだ子供だし、声は女の子だった。私はその子のことが気になって、もっとよく見ようとした。
けれど、その子はすぐに振り向くと、走って野次馬の中に突っ込んで行ってしまった。
「あっ」
私はその子を追いかける。
「あっちょっと王女様!」
いつの間にか側にいたセイラがまた叫ぶ。
「今すごい子がいたの! 話してみたい!」
野次馬はそんなに多くはなかったので、すぐにその子の背中を見つけられた。
「待って! 今のすごかったね!」
声をかけるけれどその子は止まらず、フードの付いた茶色いケープの下から流れる長い金髪を揺らしながら走っていく。
「待ってよ! 危害を加えるつもりはなくて! 火を消した魔法、あんなの見たことないよ!」
その子は案外足が速く、いつも色々な所を歩き回ってる私でも、だんだん息が切れてくる。
階段を下ったり、逆に上ったり、角を曲がったり、複雑に街中を走り回る。それでも諦めずに走っていたら、海のよく見える路地裏で、とうとうその子は足を止めた。
「やっと、止まって、くれた……。追い回して、ごめ……」
その子が振り向いた。その瞬間、私は息を飲む。
真っ先に、その瞳が目に入る。建物の影で薄暗い路地裏でも、光輝いているように見える若草色の瞳。右目は髪に隠れて見えないけれど、片目だけでも宝石のように美しく目を引く。
「聖……女……?」
「王女様!」
すぐにセイラが追いついてきて、私に何か言おうとする。けれど、振り向いたその子と、その瞳を見て、その先の言葉をなくした。
「王女?」
その子も小さく呟いて、私を見た。
「紫の目の妖精……」
するとその子は明らかに嫌そうな顔をして、一歩後ろに下がる。
「待って! 危害を加えたりなんてしないから!」
「貴方、名前は?」
隣でセイラが口を開く。その子はまた一歩後ずさって、俯いて、そして諦めたように口を開いた。
「スフラ•ヴァレッタ」
ヴァレッタ……聖女ステュリと同じ姓。やっぱり聖女なんだ……。
「スフラちゃん、さっきの魔法は? 聖女の力? 消防隊みたいだったよ!」
驚きは収まっていなかったけれど、再び逃げられてしまう前に私は聞いた。すると、嫌そうな顔だったスフラちゃんが、急にふっと笑った。あまり良い笑顔ではなかった。
「僕の生まれた所では、消防隊なんて来ません」
「え?」
スフラちゃんは目を細めた。
「消防隊が構ってやるような場所じゃないからです。基本は自分達で火を消します。僕はそうしただけです。それだけです」
どういうこと? 例えものすごく外れの方に住んでいても、消防隊は呼べば来るはず……。私は訳がわからなくて、黙ってしまった。
「やっぱり、考えたこともなかったでしょう?」
スフラちゃんの口は笑っているのに、目には正気がない。こんなに綺麗な瞳なのに。
「毎日、同じ服しか着られなかったことはありますか?」
スフラちゃんの口からゆっくりと言葉が漏れ出す。
「食事ができなかったことは?」
ひとつひとつ、単調に、紡がれる言葉。
「薄暗い街で、雨に濡れながら生活したことは?」
そのとき、建物の間を風が吹き抜けて行った。その風はスフラちゃんのフードを脱がし、金髪を揺らした。
前髪で隠れていた右目が見えた。
「……!」
私は思わず一歩後ずさった。私は、右側にも若草色の宝石があると思っていた。そう思って疑っていなかった。
しかし、そうではなかったのだ。
右目は硬く閉じられていて、糸で縫われてあった。見るからに、痛々しかった。
「何でもいいから、売ってお金にしようと考えたことは?」
スフラちゃんは私を見た。その左目は、「もう構わないで」と言っていた。
「貴方には、僕はわからない」
くるりと振り返り、建物の影に消えてしまった。もう、追いかけることはできなかった。
沈黙の中、セイラが静かに口を開いた。
「……かなり、愛想が悪かったですね」
不機嫌そうに言う。
「…………」
確かに、想像していた、それこそ聖女ステュリのようなイメージとは離れていたかもしれない。
でも、私にとってはそれはあまり印象的ではなくて。
「……さっき……」
「ん?」
「火事のあった所に行く前に、話していたことがあったでしょ……聖女の噂。あの時言いかけていたことなんだけど……」
私は静かに、深く息を吸った。
「……聖女の目が今、どこかに売られているんだって。それを教会の人が血眼になって探しているんだって……」
瞳には、魔力が宿ると言われている。その人に適した魔法が、色となって瞳に現れ、魔力が強いと瞳も輝く。
だから、目はとても大切なものなのだ。……魔力が関係なくたって、大切な体の一部であることに、変わりはない。
「嘘だと……思ってた。信じてなかった……のに」
スフラちゃんは私の知らない世界に生まれたのだ。
「今まで目を逸らしてきたのかもしれない……」
でも、それだって太陽郷なんだ。突き放されても、構うなと言われても、
「知らなくちゃ……」
私が、この大切な太陽郷を作っていくのだから。

そこから随分と降って行った、別の路地裏に、少女が1人壁に寄りかかって立っていた。
少女は片方だけの宝石のような若草色の瞳で空を見上げると、ぽつりと1人呟いた。
「皆は神様が救ってくれる」
誰に言うでもなく、ただ自分の中のものを外へ出すように。
「でも、じゃあ……神様は誰が救ってくれるの?」
真上の建物と建物に挟まれた小さな隙間では、美しい青が流れていた。