・刀剣男士と遊戯
・亀甲貞宗と新しい扉、亀甲紋/手伝い札
・教育番長について
・博多と長谷部と借入金
・博多と長谷部と『得したばい』
・長谷部と主人の宝物
・レア刀について(鶴丸と安定)
・三日月と主
・愛されること
・イベント新刀について
・近侍の才と初期刀の才
・博多と審神者の未来貿易
・主について(設定)
・太鼓鐘と遠征隊(+設定)
・空気に愛が滲む春(五虎退、主、鶴丸国永)
・太鼓鐘貞宗に見えていたもの
・銀の水鏡
・くろのすけ派遣の経緯と裏事情
・静形と映画
・五条国永の刀と古い縁(今剣の話の後日談)
・鶴丸国永と言ふ刀/古刀と腰反り/鎺・鞘走止/鉄滓
・後日談、前田藤四郎曰く。一期一振について
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《刀剣男士と遊戯について》
物吉「あるじさまとは良くチェスを嗜みます。あるじさまいわく、迂闊に運の要素の強い遊戯だと、お相手から『きみと運ゲーはやらない』と言われてしまうんだとか。僕、すごく親近感が湧いてしまいました」
亀甲「僕もご主人様とはチェスをするよ。チェスってね、駒が進むたびに睨み合いになっていって、段々自由に動けなくなっていくんだよね。ご主人様に行動を縛られる……イイ!!」
鶴丸「囲碁だと思ったか?残念、五目並べだぜ!
オレが知る頃は五石と呼んでたが、ところで主が持ってきた『3D五目並べ』がネーミングからして面白い。なんだなんだ、数百年経つと何でも3Dになるんだな!驚きだぜ!
せっかくだ、光坊もちょっと遊んでいかないか?」
薬研「ポーカーでタッグ組んだ大将と物吉に、ブラフと引きだけで何とかして勝てるか、っつー遊びをみんなでしたことがあるんだが。俺は付いていくのが精一杯、唯一競り勝ってみせたのは鶴丸の旦那だけだったよ」
鶴丸「歌仙に主に貰ったごきぶりポーカー見せたら『名前が雅じゃない!』ってぷりぷり怒ってたのに、最終的に本丸でいちばんハマってたぜ。意外だが、歌仙ってダウトの出し方上手いんだよな。光坊は速攻でねずみ押し付けてくるから分かりやすいのに」
光忠「逆に鶴さんは必ず全員からダウト出されてて面白いよ」
加州「千子村正が負けたら勝手に脱ぐ一方的脱衣麻雀するのマジでやめさせたい。何度殴っても言うこと聞かない。助けて」
鶴丸「ははは、そりゃ無理だな!」
加州「主それ何の遊び?」
主「巴ちゃんが〜主を持って歩きたいって言うから〜持って歩かれてる〜」
巴形「うむ、そうだぞ主、自分で歩くことはない、俺が運んでやろうな!」
加州「……この本丸の奇人変人率マジでどうにかなんないかな……」
博多「この本丸は花札の玉集めが楽で助かるとよ。小判が節約できるばい」
後藤「物吉と大将のおかげで、いっつも『五光・五光・五光・五光・花見酒・月見酒・猪鹿蝶・五光』だもんな」
長谷部「おい待て、おかしな状況を受け入れるな。言っておくが、物吉貞宗にそこまでの力はないはずだからな!? あればとっくに物吉は審神者間で血で血を洗う争奪戦になってる!」
加州「感覚が狂う…」
鶴丸「あっはっは! だんだん驚かなくなってきたな!」
燭台切「うっかり当たり前になってきてる自分にびっくりだよ……」
鶴「うん? 大阪城の地下の埋蔵金? 小判が永遠に尽きなかったり、取って行って歴史が変わったりしないのはなぜかって? ありゃ写しだぜ。元になる小判が歴史に存在し、その写しだけを回収してるんだ。刀剣男士がどれだけ鍛刀されても尽きないのと同じ仕組みさ」
主「刀剣男士って小判だったの…!?」
《inお正月》
加州「あ、そっか。キリシタンはおみくじ引かないんだっけ? いいの? 一年の運勢とか気にならない?」
主「きっと大吉だからだいじょーぶ!」
加州「すごく健全な自信だ…」
主「かしゅーもぎゅーしてあげよっか」
加州「え、嬉しいけどなんで?」
主「ぎゅーしたらかしゅーもきっと大吉!」
加州「ふは、すごい自信。んじゃー、ぎゅーしてもらおっかなー」
主「はいどーぞ!」
加州「おわ、マジで大吉出た」
主「でしょー」
加州「ねえこれ大丈夫?あるじの運減らない?」
主「減らない。これはぎゅーされて嬉しいかしゅーのハッピーパワーによる自引き」
加州「笑笑笑🤣」
加州「あるじって妙なとこ自信満々だよね。どっから来るのその自信?」
主「私が白といえば白。私の世界は私が信じたもので出来ている」
加州「だめだ主の語録面白すぎ🤣」
《亀甲と村正》
この本丸、初期に顕現したガチガチの戦闘型打刀三振りが
加州清光、亀甲貞宗、千子村正なので
必然的に三振りで出撃する機会が結構多いのだが
すると右からは村正が脱ぐのをひたすら勧めてきて、左からは亀甲が脱がないで秘密にする方がゾクゾクするだろう!ってひたすら主張してくるので真ん中で加州清光が
「なんでそれを俺を挟んで話すかなあ!?」
って言いながら疲労困憊で「間にしろ間に!!」って頭抱えてたのだが
この本丸はとにかく古参が非常に仲が良いので、最終的に
亀甲は「主の手で脱がされて無力になる、それも一種の束縛と言えるよね!」
村正は「主の前でだけ脱ぐ…という秘め事も良いデスね!」
と明後日の方向で理解し合いやがったので
「悪化した!!!」
って絶望の声をあげて
主に脱がして貰おうとする亀甲も主と二人きりの時に全裸になろうとする村正も事案なので
「もう無理勘弁してほしい禿げそう!!」
って加州清光が死んだ目をしながら今日も教育的指導という名のしばき回しをしている。
《驚きと新しい扉》
この本丸の亀甲貞宗、主より
「鶴るんを驚かせたいけど、何か良い案はないかな」
と訊ねられ、鶴丸国永の部屋の前にワクワクと縄持ってやってきて
「驚きとは新たな刺激だろう! 新しい扉を開けてみないかい!?」
と誘い「いや開けちゃだめだろ」って追い返されたことがある。
鶴丸「刃生は思ったより永いんだ。驚きは必要だが癖になるやつは後が怖い」
亀甲「そこがいいんじゃないか!!!」
加州「うわ、珍し。鶴丸のやつがびっくりするぐらい真顔で引いてる」
鶴丸「見てないで助けてくれ」
加州「やだ」
《亀甲貞宗と亀甲紋》
「亀甲紋?」
「そう、亀の甲と書いて亀甲。まさに亀の甲羅に現れるような六角形を指すよ」
亀甲は自身の刀を手渡すと、にこにこと主人を促し、目釘を抜かせ、拵えから刀身を抜いてみせた。身悶えると「んん! ご主人様の手で無力になるこの感覚! たまらない!」と自分の体を抱いてくねくねと身を捩る。
「ほら、この通り、茎に刻まれた亀甲紋が由来さ」
「ほんとだ、綺麗な六角形だね」
「鶴亀は長寿の象徴だからね、長寿吉兆の証とされているよ」
「へえ、そうなんだ! じゃあ、鶴るんと亀甲がいてくれるわたしは安心だね」
「だそうだよ。共に頑張ろうじゃないか!」
「……なあ、他所でやってくれないか? 手入れでも無いのに拵え外されてるのって気がざわざわするんだが」
「そうなの??」
「僕は一向に構わないよご主人様!!! ぜひ!! いつでも!! 皆の前で!! 脱がせてくれても!!」
「huhuhu…イイですね、ワタシも脱ぎまショウ!!」
「…………きみらがいいならいいよ、もう好きにしてくれ」
「おい鶴丸、諦めんな!」
ちなみに亀甲はこのように、村正と意気投合した結果「拵えを外され無力になる=これも一種の束縛」という明後日の方向に進化してしまったので、衣服はみんなの前では絶対に脱がないが拵えは積極的に外してもらおうとするのである。
《手伝い札について》
この本丸では、蔵番長の物吉貞宗を中心に、手伝い札が厳密に管理されている。
新人と鶴丸国永を除いた全ての刀剣に1枚ずつ配布、教育番長である加州清光が新人用の札を代わりに数枚保有、手入れ部屋と医務室に素早く使えるものが数枚、そして物吉が鍵を持つ蔵。その全ての枚数を物吉が把握し、使えば物吉に申告する体制を敷いている。
軽傷以上の傷は全て手伝い札で直すこの本丸の体制は、少々珍しいかもしれない。
特に手入れ時間の短い短刀は、何度か主に上申したことがある。貴重な手伝い札を使わなくとも、自分たち短刀は中傷も一刻と経たずに癒えます。ですから、毎回手伝い札を使わなくとも良いのでは、と。
そう聞かれた主は、ことりと小首を傾げてこう答えた。
「道具を使えば、一瞬で傷が消えるのに、わざわざ時間をかけて痛みを長引かせる意味があるだろうか。集めてくれる遠征組には悪いが、その札には、痛みを伴うその一刻以上の価値が本当にあるだろうか。その一刻でくつろぎ、英気を養い、仲間と笑い合い、強くなることの方が、余程この本丸には、私には必要なのではないだろうか。少なくともこの本丸にとって、最も足りない資源は『時間』であって札ではない」と。
いつも刀に優しく、穏やかで少し茶目っ気もある主だが
けれど時にとても合理性の高い、思い切った判断をする人だった。
そして、そう言った発言が出ると、必ずその場で勘定番長の博多藤四郎を呼び、「どう? 札は足りない? 今、時間や強さと交換する価値がある?」と訊ねる。
財務と資源の流れを全て把握している博多藤四郎は眼鏡をくいっと上げて「変わらんばってん、今、強さに一番必要な資材は時間とよ。時間と何を交換するかが肝心たい。あ、今ちょっと木炭が増えるとバランスがいいとよ。遠征指揮の燭台切しゃんにはもう伝えてあるばい」と答える。
「そう、ありがとう。任せるね」と博多を下がらせた主は、そうして再び上申した刀に向き直り「特別な希望があるなら聞くよ。そう、たとえば、痛い時間が好き、とか」と小首をかしげる。
するとどこからともなく「呼んだかい!!!!」と古参の亀甲貞宗が飛んできた。
「ご主人様、気が変わったのかい!? 札無しの手入れは!? 痛みをたっぷり味わう時間は!?」
「まだだめ」
「んん! おあずけ!!! 最高!!! 僕に休みなく馬車馬のように働けと言うんだね!? その冷たさ、イイ!!!!」
と嵐のように去っていく。
ぽかんとそれを見送った前田藤四郎は、最終的にじわじわと苦笑し「いえ、このまま励みます」と答える。
これもまた、この本丸ではよく見られる光景だった。
※ちなみに、新人に札を渡さないのは、手伝い札を過信して自身の限界を正しく見極められず、強くなりたくて過剰に怪我をする新人がいることを踏まえ、事故を防ぐ目的です。
※加州清光が新人用の手伝い札を持っていることで、新人はボコボコにトレーニングされた後ですかさず加州に傷を癒してもらえる。主が任せた教育番長の指揮下で、主に保護されているような安心感を得る。
これはこの本丸が主不在でも上手く回るメリットとして機能しています。
※鶴丸国永だけ手伝い札没収されてて草
※この本丸では、鶴丸による手伝い札の盗難が出るので、皆、管理は徹底するようにとお達しが出ています。
※大倶利伽羅編で「苦労してちょろまかしてきた」というのは、この「他の刀に配布された分」を盗んできた、という意味です。
極脇差であり幸運の刀である物吉が管理する蔵のガードは固く、そう簡単に盗み出せないため、比較的新参の刀からちょろまかす方が手が掛からないのです。ただし、盗まれた刀が責を問われるので、鶴丸も余程切羽詰まっていない限りは手を出しません。
※大倶利伽羅編では、本来「ガス抜き」を行うべきタイミングで大倶利伽羅が付いてきてしまって不発に終わったため、普段の「数ヶ月に一度」という頻度のサイクルから外れました。そのため、他の刀たちも若干油断しており、このタイミングで手伝い札を使えば、軽傷だったと一回分誤魔化せると踏んだのです。そのため、比較的責を問われても重大に落ち込んだりしないメンタルの刀を狙ってちょろまかしました。
《教育番長の任命》
加州「はぁ!?鶴丸国永に!?教育番長!?」
主「だめ?楽しい本丸になるよ」
加州「その前に近侍が赤疲労で倒れる未来しか見えないけど!?」
燭台切「ねえ主、うん、確かに鶴さんは良い刀だ。けど、新刃には良くない。とにかく教育に良くない。ね?わかって?」
鶴丸「わはは!二人してひどい言い草だな!」
加州「はいはいはいはい!!!俺!!俺がやるから!!!ねえ主!!!教育番長オレ死ぬほどやりたい!!!ね?ね?あるじ?俺にちょーだい??ね?くれるよね?」
主「う〜ん、わかった、いいよーっ」
加州「っしゃあ!!よくやった俺!!!」
燭台切「ありがとう……加州くんは本丸崩壊を防いだ誉刀だよ」
鶴丸「ははは、きみらオレをなんだと思ってるんだ?」
in宴の場にて
加州「アレほんと寿命が縮んだ…俺が居なかったらこの本丸どうなってたか…」
主「ふふ、いつもありがとーかしゅー」
加州「ねえ、何年も経ってる今だから言うけどさ、主って結構、仕組みは刃選ちゃんと考える方じゃん。なんでトラブルメーカーな鶴丸国永をわざわざ指名しようと思ったの?」
主「鶴るんならここに来てくれた刀に『きみの自由に生きていい』って言ってくれると思ったからだよ」
加州「……あ〜〜」
石切丸「ふふ、鶴丸さん、ほんと信頼されてるね」
鶴丸「ちょ、っっと黙っててくれないか」
燭台切「桜出てるよ鶴さん」
博多「鶴らしくなっとーよ」
長谷部「ちっ、この果報者め」
※これを機に加州清光は教育番長として本丸全般を仕切り、鶴丸国永は近侍として現世警護を担当するようになります
※鶴丸国永はなんだかんだ周囲をよく見てる刀なので、教育番長でも上手くやれてたと思いますが、加州の赤疲労は倍増してたと思うので英断。
◇ ◇ ◇
「かしゅー、いつも教育番長ありがとう」
主はそう言って、加州清光の手を取って微笑んだ。
「教育番長がかしゅーになってから来た刀は、みんなかしゅーが強く鍛えてくれたもんね。現世で誰がそばにいても、かしゅーが護ってくれてるのとおんなじだから、いつも心強いよ。ありがとう」
ぶわっと胸に込み上げるものに、加州は打ち震えた。
主のこの言葉は。教育番長、加州清光の、かけがえのない誉だった。
両腕を広げる主の腕の中に、加州は飛び込んだ。
「うわーん! あるじ〜! 俺、あるじの刀で良かった〜!」
「こっちのセリフだよ。わたしの刀になってくれて、ありがとう、かしゅー。大好きだよ」
《博多と長谷部と借入金》
※黒田組、勘定番長の古参刀博多藤四郎と、総務番長に大抜擢された新人刀の長谷部の話
「おい、博多。この項目、『臨時借入金』とは何だ」
「おお、凄かね、長谷部しゃん、そんな古い書類よく見つけてきたばい。書庫の書類、全部さらったと?」
「当然だ。主に『総務番長』を仰せつかったからには、完璧にこの本丸を運営してみせる。それで? まとまった額だろう。どこから借り入れた。担保や利子はどうなっている。借金など見逃せん」
「それ、主の私財ばい。俺が勘定番長ば拝命した時、主がぽんと出してくれたとよ」
「なんだと?」
「何をするにも先立つものがあった方がよかよか。主ば、そう言ってポケットマネーを丸ごと俺に渡してくれたと。遊興費でも酒代でも、俺が『必要』と思ったら好きに使っていいって。あげるって言うばってん、さすがにそういうわけにいかん。借入金って項目にしていつか返すって扱いにしたと。無担保、無利子、無期限ばい」
「そういうことだったのか……」
「しかも、それ、表の額たい。ほんとは裏の帳簿があると。帳簿に載せない買い物が要るかもしれないって、その十倍の額出してくれとぉよ」
「十倍!? 待て、博多、それは主の時代ではいくらになる!?」
「一般的な成人男性の年収ぐらいばい。家財道具やら古書やら服やら装飾品やら、あれこれ売れるだけ売ってくれたと。一年は働かんくてもよか額たい。主、禄はまた稼げばいいばってん、気にするなって笑ってたとよ。家具なんて無くても、博多たちが居るから何も心配なか、そう言ってたばい」
「主……貴女という人は……」
「長谷部しゃん、一緒に頑張るとよ。主は俺たちに投資してくれたばい、期待に応えたかよ」
「当然だ。だが、より一層、気を引き締めて掛からねばならんな」
長谷部「それはそれとして、その額は多すぎだろう。いったい何をどれだけ売ったんだ……大丈夫なのかそれは」
博多「トレーディングカード引くとシークレットしか出ないからそれを売ったって言っとったばい」
長谷部「そうだった、主は物吉並みの幸運の持ち主だったな…」
燭台切「それはそれとして、炊飯器まで売ったの良くないと思うよ」※正座
主「お料理得意じゃないし買った方が早いしみっちゃんのご飯おいしいから…」※正座
博多「長谷部しゃん長谷部しゃん、耳寄り情報たい〜。この前、兄弟みんなで書類仕事しながら『得したばい〜』って思う時はいつか、って話ば主としてたとよ」
長谷部「お前は本当に商売事が好きだな……まあ良い、それで?」
博多「『あのねー、いつも難しい顔してる長谷部が、博多や号ちゃんにぷりぷり文句付けた後、たまーに、ふっと、すごく優しい顔するの見たとき〜』って嬉しそうに笑ってたばい」
長谷部「……っ」
博多「主はホント長谷部しゃんのことよく見てるとね。ちなみにオレの『得した』は、今ばい〜」
長谷部「……あー、あー、ごほん」
《へし切長谷部と主人の宝物》
俺達は等しくあの方の宝物だ。
故に、俺達の主人は、自らの宝を大切にする者をこそ重宝される。
俺が主の目に止まったのも、能力や忠誠より先にまず、俺の行動が初期刀の益になるものだったからだろう。故に総務番長としていち早く取り立てられた。
あの方は我らをよく見ておられる。
各々の資質を、望みを、心根を、よくよく見定め、祈るように最適な位置へ差配する方だ。
あの方が俺達へ、真に望んでおられるのは、一騎当千の兵ではない。
最強の宝物庫の番人たることだ。
侵されぬよう、奪われぬよう、傷付けられぬよう、護り抜くべき鋼の宝。
主は、我らをそう見ておられる。
本来、オレたちの存在は詰まるところ消耗品だ。本霊さえ無事ならば、オレ達は何度でも使い捨てて再び得ることが可能な複製、修復可能な兵隊。
戦の只中で主命を受けて戦い、時に主人に代わって折れるべき駒。
刀剣男士と政府の仕組みはそう設計されている。その事実に否は無い。
だが、俺たちの主の中では、その定義は当てはまらない。消耗品であるべき俺たちを、決して磨耗したくないと主がそう望むのだ。
ここは要人警護本丸
主人を護り、同時にその宝を護らねば
そのためには
宝物に一片の欠けも許されない。
戦の只中にあって、なおもそれを主人が望むなら
その主命を果たしてこそ、忠義というものだろう。
あの方は、俺にそれが果たせると、曇りなく信じてくださっているのだから。
鶴丸「主がレア好きかって? 結果的に集まった連中がそうなっちまっただけで、多分あれはレアに興味ないぞ」
安定「そっか、なら良いんだけど……初期刀以外の重宝されてる連中がみんなレア刀だから、ちょっと心配になって」
鶴丸「ははは、本当にレアが好きなら、未顕現未着任の三日月を連結に回したりはしないさ。というわけで、なんと俺には連結で三日月宗近が溶けてる」
安定「嘘でしょ…!?」
鶴丸「あの頃は打刀連中の練度上げと強化が最優先だった時期でな、新しい刀を呼ぶ余裕がなかった。手入れ資材も少なかったから鍛刀も停止して、戦場で拾った刀は無差別に全部連結してたんだ。さすがに三日月を拾った時は主に報告したが、何の未練もなく俺に溶かした。主曰く、新しい刀はまた呼べばいいし、それより鶴るんたちが少しでも怪我しないようにする方が先、とさ」
安定「思い切りが良すぎる…」
鶴丸「ははは、三日月のやつもまさか拾われて秒で溶かされるとは思ってなかっただろうな!さすがに拗ねてるんじゃないか?あれ以来見かけてないな。ふ、まったく、驚かせてくれるぜ!」
鶴丸「なぁに、心配するこたぁない。あれはな、兎角、目の前の相手が大事な性質だ。古参も新人も関係なく、お前さんが主の瞳に映ってる限り、変わらず全部大事だって笑うだろうさ。だから、あんまり疑ってやるな」
安定「ん、そうだね。ありがと、気が晴れた! ちょっと打ち稽古組に混ざってくるよ」
鶴丸「それがいい」
鶴丸国永はぷらぷらと手を振って、大和守安定が走っていくのを見送った。
※この本丸では、夜食食堂&バーを好んでやってる燭台切が、みんなの悩みを穏やかに聞きながら、上手く和が成立するように遠征の編成を組んでる。
※そこ以外で悩んでる刀がいると、どこからともなく鶴丸国永がぷらっとやってきて話を聞いてやる。そういうふうにずっとやってきてる。
※総務番長の長谷部は、自分にその辺の適正がない自覚があるが、「最近大和守安定の任務効率が落ちてる」とかは秒で見つけてくるので、そういうのを燭台切や鶴丸に提供する役目を果たしてる。適材適所。
《三日月と主》
加州「あるじって子供みたいなとこあるから、スキンシップ多めじゃん? 手握ったり繋いだり、ぎゅっと抱きしめたり、そういうの短刀に限らず普通に良くするよね。でも、不思議と三日月宗近には、してるとこ見たことないんだよね。ちょっと気になって」
鶴丸「ああ、あれなぁ。彼女、言ってたぜ。三日月はいっとう綺麗な顔立ちをしてるだろう」
加州「えっ、まさかの特別扱い。やめてよ焦るじゃん。緊張するってこと?」
鶴丸「いんや、逆だ。あんまり綺麗な人だから、きっと誰もが近くに行きたい、だから勝手に触られるのは好きではないかもしれないと。だから向こうから手を繋いでくれるのを楽しみに待ってるんだと言ってた」
加州「……あー、俺、あるじのそーゆーとこ好きだわ……」
鶴丸「同感だな。ま、三日月に教えてやってもいいんだが、ちょっと癪だから言ってないぜ」
加州「大人げなっ」
鶴丸「ははは」
本丸創設初期(まだ加州と鶴丸しか居なかったくらい初期)、負傷した加州清光が
「こんなボロボロで汚れてちゃあ……愛されっこないよな……」
と呟いた所をうっかり主に目撃され、主は加州を手当てした後しばらく考えて、おもむろに畑に出て、なんと堆肥の入った桶を思いっきり頭から引っかぶり
「うわっ、思った百倍臭!!!」って言ってる主を前に、目を白黒させた加州が青い顔で
「ちょ!!!!!馬鹿!!!!病気になったらどうすんの!!!!?」
と慌てて拭ったところ、破顔した主に
「どう? かしゅー、汚れて嫌いになった?」
と花のような笑顔で笑われたので
天を仰いで「大好きだよ!!!馬鹿!!!」と降参宣言をさせられたことがある。
もちろん主からは「わたしもだよ」と返事を貰った。
それからこの本丸の加州清光は、その手の発言はしてない。
後に、大和守安定が本丸に着任した後、加州清光はこう語る。
俺たちの主はさ、なんにも教えてもらえてない状態で、ここに急に放り込まれたから
刀のこと本当に何にも知らなかったんだ。
どれが刃文で、帽子がどこで、目貫がどれで、はばきって何するものなのか、そういうことも全然知らなくて
だから、教えて欲しいって。かしゅーのこと、刀のこともっと知りたい、わかりたい、だからよく見せて欲しい、って笑ったよ。
なにせ、初鍛刀に鶴丸国永がいたからさ
俺みたいな刀で説明するのちょっと気が引けたけど
あるじは、俺のことを知りたいらしいから
まあ
俺はあの日、主が選んでくれた刀だ。
だから、選び続けてもらえるように、努力する。
初鍛刀で鶴丸国永を呼べた俺の主は、望めば天下五剣すらすぐに揃う可能性を示唆している。だから、俺みたいな刀が飽きられないように、努力しないと。
そう思ってた。けど、最終的に、そういう意識は捨てたよ。
やっとわかったんだ。彼女は、俺たち刀剣を、見かけの価値だけで判断したりしない。彼女にとって大事なのは心だけなんだ。
いつだって、俺たちの心に触れようとしてくれる。俺の目を見て、俺の言葉を聞き、俺を知りたいと願い、俺と共に歩むことを望む。
だったら俺は、変わりたい。あるじがこんなに愛してくれた俺を、あるじがもーっと愛する俺に変わっていきたい。あるじの笑顔が増えるように。
俺が泥だらけでも、傷だらけでも、ボロボロでも、あるじの愛情は何一つ変わらないって、あるじの全部で教えてくれたから。
だから、俺は「愛されない自分」ばかり見てた時間を捨てる。その分、たくさん、外に目を向けて、あるじを愛するよ。それが、あるじが俺に教えてくれた愛し方だから。
《イベント新刀について》
「うーん、大将って、なんかあんまり新しい刀に興味ないよな。政府から新しい刀剣男士の着任が告知されたら、どっと湧いて、鍛刀なり季節行事なり、夢中で求める。それに付き合うのも風物詩っつーか、そういうもんだと思ってたんだけどよ」
「まあ、この本丸ではイベントを走れるのは月に一度ですから、そもそも季節行事で新着任の刀を迎えるのは無理ですし」
「あるじさまの才覚なら、鍛刀キャンペーンの時期さえ来れば、それだけで呼べますしね」
「まあ、分かるんだけどよ。ちょっと複雑だな。新刀を欲しがる気持ちっつーのは、そのままオレたちを欲しがった気持ちそのものだろ。それが極端に薄いのを見るとなあ。もうちょっと執着してくれてもいいんだぜ、って気持ちになるっつーか」
「まあ確かにオレっちたち刀剣は生来贈呈品としての性質が強いしな。欲しがられて求められて手を伸ばされてこそ、ってもんではあるな」
「うーん、まあ人の執着は往々にして『望んだ時に手に入らなかった』という体験が強化するものですから」
「そうですね、あるじさまは新しい刀剣を望んで手に入らなかったご経験がほとんどありません」
「けど、僕らが大事じゃないってこととは違うと思うよ! あるじさん、僕らのことはぜーったいに手放したくないって」
「外観より交わす言葉に重きを置かれる方ですから、姿だけ通達される新刀に関心があまり持てないだけだと思います」
「人間ってのは、手に入りにくいもんほど熱を上げて、手に入れたら熱が冷めるもんだと思ってたんだがなあ」
「手にしてもないものより、手にしたものが大事なだけだろ。ちょいと変わっちゃいるが、そこが大将らしいんじゃねえか。オレっちはそんな大将が好きだがな」
「まっ、確かにそうか」
「ドロップ組はあるじさんに鍛刀されてないから、ちょっと物足りなく思うのかもねー」
「あー、そうかも」
「そうだな、鍛刀組は全員、大将のあの祈りに応えて来てる。あれだけ強く呼び求められれば冥利に尽きるってもんさ」
「じゃあドロップ組もあるじさんに習合してもらえばいいよ。鍛刀で呼んでもらって習合してもらえば、どれだけ僕らが欲しがられてたか分かるから」
「えー、いや、そうかもしんねーけど、さすがにちょっと照れくさいだろ。この本丸は鍛刀ほとんどしねーんだから、大事にされてんの実感してーからなんて理由で、番長連中に頼んで資材出してもらって鍛刀ってか?」
「あるじさんなら喜んでしてくれると思うけど」
「わかってるって。だから照れくさいんだろ」
《近侍と初期刀》
近侍の才があるってことと
初期刀の才があるってことは
全くの別物だからな。
近侍は代われても、初期刀は無理だろ
長谷部なあ。確かに近侍としては頼りになる刀だろうが、ありゃ『主の一番』に対する執着が強すぎる。それをあいつ自身が誰よりも自覚してるからこそ自制が効くんだ。
いざその座が『初期刀』という絶対的な形でその手に転がり込んでもみろ。どんなふうに暴走するか想像に難くないだろ。
時の政府と刀剣男士の黎明期、そうやって数多くのへし切長谷部が取り返しのつかない形で『失敗』してきたからこそ、長谷部は思慮深く自分を律せているし、初期刀はおろか初鍛刀からも外されてる。
オレ? 馬鹿言うなよ
ご覧の通り初鍛刀ですらこの有り様だぜ。
初期刀なんざもってのほかだ。
例外ばかりの主だが、初期刀だけは定例通り加州清光を手にしてくれて本当に良かった。
まかり間違ってオレが初期刀だったら? ゾッとするぜ。何の呵責もなく、彼女の才も心も面白半分でぷちっと潰してたに決まってる。
向いてないんだ、鶴丸国永は。人の子がレア刀って呼んでる連中は、多かれ少なかれ、どいつもそうだろう。
人の子が時に非レアと見做す、未熟な内から掛け値なく共に歩める連中の価値ってやつを。
皆が皆、もう少し重く見てくれりゃあ、話は変わってくるんだがなあ。人の子には中々、難しいことらしい。
《博多と審神者の未来貿易》
「あるじー! 今日は俺と経済の勉強するとよ!」
博多が分厚い本を掲げて、ニコニコと笑った。勉強熱心な主は嬉しそうに「はーい!」とお行儀良く席に座った。
「手始めにクイズたい! 本丸で使える通貨を二つ挙げるばい!」
「小判と甲州金だね」
「そう。甲州金は現世の通貨で交換できるばい。けど、逆に甲州金から現世のお金に換金することはできんと。これは知っとーね?」
「うん」
「本丸と現世を行き来する時は、小銭を含めた貴金属の持ち込みと持ち出しが法律で固く固く禁止されとるばい! 理由は知っとーと?」
「え、そういえば知らないや。ちょっと待ってね、考えるから」
「俺の主ならきっと分かると思うとよ!」
「お札は持ち込みOKなんだっけ」
「そうばい。甲州金を買う資金にしていいと」
「ってことは、禁止なのは『通貨』じゃなく『金属』…? 鉄とかは問題ないんだよね、貴金属だけ?」
「そうばい」
「貴金属の持ち出しと持ち込みが、法律で禁止…? 法律って、経済の混乱か犯罪を抑制するものだよね。ってことは、金属の行き来に、何か不都合がある…?」
「良い線行っとるたい」
「本丸と外……過去と未来…? 貴金属の出入りが国を挙げて問題になるような事例って……あっ!」
「おっ、早かったばい。気付いたと?」
「うん、わかった! 金銀貿易だね? 昔、この国の金と銀の交換比率が海外と違ったせいで、外国の人が金と銀の交換をただ繰り返すだけで大儲け、国中の金銀が海外に無意味に大量流出したっていう」
「大正解たい!」
博多が拍手して、眼鏡の縁をくいっと上げた。
「そう、金と銀の交換比率は、時代によって違うとよ。基本的に金は埋蔵量が少なくなればなるほど価値が上がるものばい、理論上、未来に行けば行くほど高く買い取られると。だから、過去で金を買って未来で売って、またそれを過去で金を買う資金にすると……」
「過去から金が大量に消失して、未来でもっと金の価格が上がる無限ループを起こす」
「その通り、歴史は繰り返すばい。それを防ぐために禁止されとると」
「逆に、昔はものすごーく価値が高かったものも色々あるばい。たとえば小物なら?」
「茶器や硝子食器だね」
「またまた大正解ばい。さすが俺の主たい、察しが早かね」
博多は、そろそろ本題とばかりに声を低めた。
「実は、そういうものを主が過去に持ち込ませて換金して、後で大問題になったことも、時の政府ができてから何度もあったと。貴重な品物が過去に残るのは危険とよ。下手をすると歴史改竄ばい、見つかって本丸ごと取り潰しになったことも一度や二度じゃなか」
「わ、大変だ。あっ、そっか、みっちゃんが遠征のお弁当を用意してる時、竹籠や木のフォークや瓢箪は用意するけど、硝子のコップや食器は持っていかないのって」
「そう、うっかり置き忘れたら大変なことになるばい。敵に襲撃されて仕方なく落としたものが後から大問題になることもあると」
「大変だ…わたし、うっかり善意で渡しちゃいそう…」
「もっと問題になったのが薬とよ。現世でも未来でも薬を勝手に売り捌くのは犯罪ばい、けど、こっそり持ち込んで見つかりにくいのも薬とよ。良かれと思って苦しんでる人に解熱薬ひとつ、風邪薬ひとつ…これで、歴史では死ぬはずの人物が助かって、代わりに未来で大量の人間が消滅する結果に…なんてこともあったと。こっちは今でも歴史改竄の罪で終身刑ばい。俺たち刀剣男士は、うっかり大事な主にそんな真似ばさせないためにも、きちんと過去と未来の貿易の危険を理解しとく必要があると」
「そうなんだ…全然知らなかったや…」
「主は審神者の学校も政府の研修も通ってない特例ばい。だから、こーゆーことは俺が教えんばならん! と思ったとよ」
「そっか、ありがとう博多。とってもとってもありがとう。わたし、もっともっと勉強しなきゃいけないね」
「大丈夫とよ、俺らがついとるばい!」
※鶴丸、村正、亀甲が古参刀と、やたら愉快なこの本丸。初期刀の加州清光は苦労人。
主の容姿は少し赤茶を浴びた濡羽の黒髪で、少し赤系が入っている関係でやたら赤が似合う。加州清光と並ぶとよく映える。主が加州清光を初期刀に選んだのも、赤い色が好きだったことが大きい。好きな色は?と訊かれれば、迷いなく「赤」と答える子。
事情あって初鍛刀:鶴丸国永なので、「赤も良いが白も悪くないんじゃないか?」って、からかうつもりでつついた鶴丸、主に「私の赤も私の白も好きだよ」とさらりと返されて逆襲を喰らって撃沈する。
キリシタン文化のどこかで外つ国の血でも入っているのか、瞳の色がかなり薄い茶で、光の加減によっては金眼に見え、人外の証と呼ばれて苦労した経歴を持つ。外国人ハーフに間違われやすい。
初めて鍛刀した刀である鶴丸国永が、鮮やかな金眼だったため、一眼で心を奪われ、まるで家族ができたかのような錯覚を起こした。
故にこの審神者による「大好き」は全て親愛に寄ったもので、恋愛感が一切見られないのはそのため。鶴丸国永を兄のように慕う子供のような振る舞いは、それに付随した副作用のようなもの。
鶴丸は、主のそういった様子を伊達男の余裕で受け止めている、といったバランス。ここの鶴丸国永は、平安刀の顔より伊達男の顔の方が前に出ているようだ。
刀剣男士たちは「戦神の荒御魂、神座の和魂」の両側面を持っており、主がキリシタンで祈る人だったために、皆、「戦をこの上なく好む荒御魂」の側面よりも、「祈りに応えて願いを叶え守護する神座に連なる者」としての穏和な側面が強い刀ばかりが、数ある分霊の中から鍛刀されてここに居る、故に戦の機会が少ないことに不満が無い刀が幸い多い、といった状況にある。
この本丸の主、審神者としての教育をまるで受けていない上に生来キリシタンの系譜ゆえ、刀剣男士たちに対していささかズレている面が目立つ。
日本的な「八百万」の概念が弱いらしく、どうやら刀剣男士たちに対する認識が、「人間ではない優しい人たち」といった辺りになっているようで、要は平たく言えば妖怪か何かのようなイメージでいるようなのだ。
なのでこの主、御神刀だとか御物だとか言われても何がどう尊いのかいまいちピンと来ないらしく、いわゆる「きみが男でも女でも好きになった」とか「きみが子供でも老婆でも愛しただろう」と似たニュアンスで、「顕現したのがたまたま刀だっただけで、現れたのがトンカチでもカッコイイと思ったと思う」といった素直な感想を述べて鶴丸国永に爆笑される。
以来、「ほら、きみのトンカチ(笑)だぞ」などとひたすらネタにされるしいじり倒されている。
本来なら「そこらの有象無象の魑魅魍魎と付喪神を一緒くたに括るなど不敬だ」と憤慨する者がいておかしくない場面だが、この本丸はこの程度のイメージが限界な主が引き寄せて呼んだ刀剣男士の集まりなので、分霊の中でもその辺りが緩いのばかり顕現して現在に至っている。
鶴丸国永曰く、愉快な主の奇行は酒の良い肴だそうだ。ぜひこんな愉快な主のまま、この先も驚かせて欲しいね。
戦場を走る第一部隊の隊長。初期刀、加州清光
現世の警護を指揮する名代刀。初鍛刀、鶴丸国永
遠征を指揮する厨番長。最古参刀、燭台切光忠
最初の三振りが本丸の三柱として、戦場と現世と遠征にそれぞれ目を配る中、次いで呼ばれた四振り目、古参刀、太鼓鐘貞宗に与えられた役目は、遠征部隊を率いる第二部隊の隊長だ。
つまり、燭台切の編成を受け、実際に遠征先で指示を出して情報を持ち帰る、現場監督係だった。
「この本丸では、俺がみっちゃんの右腕ってわけさ」
「なるほど」
胸を張った太鼓鐘に、歌仙が腑に落ちたように頷いた。
太鼓鐘はニカッと太陽のように明るく笑うと、歌仙の背を嬉しそうに叩いた。
「頼むぜ、番長補佐。俺はほとんど遠征に出ずっぱりだからさ、みっちゃんの力になってやってくれよな」
「任されようじゃないか。主の期待には応えてみせるさ」
力強く請け負った歌仙に、太鼓鐘は両手を頭の後ろで組んで嬉しそうに笑った。
「本丸ができたばっかの頃は、とにかく人手が足りなくてさぁ。加州と鶴さんが動けない中、目の行き届きにくい遠征先で事故が起きないようにって、みっちゃんと一番連携が取れる俺に白羽の矢が立ったんだ。そこからずっと俺が遠征隊の隊長をしてる」
「なるほど、さもありなん、といったところかな。彼女はきみたち伊達の刀をひときわ頼りにしているようだ」
「ま、本丸に鶴さんとみっちゃんと俺しかいなかった時期が長かったからなあ」
太鼓鐘はそう言って苦笑し、投げ出した片足を交差する姿勢を取った。
「俺もさ、厨仕事は好きだけど、四六時中遠征の連中の面倒見てると、さすがに本丸の中までは手が回らなくて。歌仙が来てくれて助かったぜ。みっちゃんを隣でバチッと支えてくれる奴が居てくれたらって、俺たちみんな思ってたからさ」
「大役を任されて光栄だね」
「本丸で料理できない代わりに、遠征先で調達した食材をみんなに振る舞うのは俺がやってるんだ。歌仙、俺にも今度美味いレシピ教えてくれよな」
「もちろんだとも」
《遠征隊の話》設定
・この本丸では加州清光、鶴丸国永、燭台切光忠の三柱が司令塔で、古参が実際に司令を受けて彼らの指示を実行する体制を取っている。故に、光忠の司令を受けて遠征で動くのが太鼓鐘だ。
・遠征隊は、創設初期には第四部隊まで、現在は第五部隊まで解放されており、本丸側の司令塔が燭台切光忠、それを受け、『現場で陣頭指揮を取る第二部隊隊長』が古参の太鼓鐘貞宗である。燭台切が組んだ編成で、実際に動くのが太鼓鐘という感じ。
・本丸で夜食食堂&バーもやってる光忠が、皆の悩みを細やかに聞きながら編成を組む。そして遠征先で見聞きした様々な問題を光忠にフィードバックするのが貞宗。光忠に「この刀を気にかけてあげて」と言われ、遠征先で実際に話を聞いてやったりと、遠征という場面において太鼓鐘は光忠の理解者かつ代理者であり、ツーカーの相棒として機能している。そのため、太鼓鐘は遠征隊から外れることができない状態が長く続いている。
・太鼓鐘は料理好きなので、本当は光忠と料理するのも好き。本丸創設の初期の初期には一緒に厨に立ってた時期もあるが、今は太鼓鐘が遠征隊の隊長で、光忠と一番連携して陣頭指揮でみんなを見ている、要は実質の『遠征の要』なので、厨まで手が回らないのが実情。
・月一の主帰還の宴の時、早めに遠征から戻れたら光忠を手伝うが、皆が一斉に揃うこの機会は、第三〜第五部隊を点検する時間なので、なかなか時間の猶予が持てないのだ。
・貞宗が陣頭指揮を取っている以上、厨を手伝えない。だから歌仙が来るまで厨は手薄気味だった。
・遠征隊はほぼ二四時間出ずっぱり。なので、基本は遠征先で食事する。みっちゃんが持たせてくれたものを食べ切ると、現地調達で料理するのが太鼓鐘。故に、太鼓鐘の料理が舌に馴染んだ普段食、みっちゃんの料理は、刀たちにとって「本丸に帰ってきたなあ」という休暇&非番の感想を持たせるものである。故にこの本丸の刀たちは、太鼓鐘の料理の味をよく知り、光忠の料理を食べたがる傾向にある。
・この本丸のボトルネックは『ゲートの同時出撃人数の限界』であり、強くなるにはゲートは常に回転させておくのが最適解となるため、遠征隊は常に稼働していて、遠征隊が停止して休むのは月に一度の主人の期間の日だけ。それ以外の日は遠征か、交代で本丸の部隊と入れ替わるかである。交代すると非番で、随時、教育番長の加州が新人を鍛える打ち稽古に呼ばれたり、畑当番や馬当番に回ったりする。
《空気に愛が滲む春》
春うららかな昼下がりのことだった。
陽光がきらきらと降り注ぎ、桜の花弁が柔らかく風に散る。
そんな、絵に描いたような平穏な日のことだ。
畑仕事に精を出していた五虎退は、少し目を離した隙に、五匹の虎が三匹に減っていることに気付いた。
こんなにも穏やかで暖かい日だから、誰かの懐に潜り込んでお昼寝でもしているかもしれない。
きょろきょろと探し歩いた五虎退は、庭に足跡を発見し、縁側から部屋に上がり込んだらしき痕跡を辿った。
空き部屋になっているはずの部屋の中に、誰かの気配がする。
五虎退はそぉっと襖を開けて、中を覗き込んだ。
そこには、小虎を抱いてうたた寝する主がいた。
「ん…」
手頃な座布団を枕代わりにすうすうと眠る彼女の腕の中に小虎、彼女の頬に尻尾を擦り寄せるようにもう一体。
気持ち良さそうに虎の毛並みに埋もれて眠る、そんな彼女を両腕に抱きかかえて、鶴丸国永が幸せそうに目を閉じている。
うたた寝した主を慈しむように抱きしめて、その眠りを腕の中に閉じ込めた鶴丸は、この世の幸福を詰め込んだような顔をしていた。
ぱち、と片目を開けた鶴丸が、彼女を優しく腕に抱いたまま、眠気の欠片も無さそうな目で五虎退にウィンクした。
しっ、と唇に指を置いた鶴丸は、無防備な彼女に掛けられた自らの白い羽織を少しだけ引き上げて、二度三度、ぽんぽん、と寝かしつけるような仕草をすると、とろけるように幸せそうに微笑んで、再び目を閉じて春の陽気に身を任せた。
虎を抱き締めて気持ち良く午睡する主と
そんな主を抱えて幸せそうに目を閉じた鶴丸
春の暖かさの中、完成されたその美しい光景を目にして。
五虎退は、来た時と同じように、静かにそぉっと襖を閉めて、その場を後にした。
幸福そうな空間を、壊してしまわないように。
《空気に愛が滲む春》end.
「俺なー、確かに本丸に呼ばれたのはみっちゃんに次いで古いけどさ。遠征で出ずっぱりの第二部隊の隊長な以上、現世で主の供をする機会はいっとう少ないんだよなー。だからこそ見えるもんもあるっつーか」
太鼓鐘貞宗が、両手を頭の後ろで組みながら、何気ない日常会話の中で不意にそうこぼした。
「鶴さんはさ、自分が主に溺れてるって、自分で嫌になるぐらいちゃんと分かってる。でも、みっちゃんはさー、自分が愛情深すぎるって自覚がどーにも足りねえんだよなぁ。みっちゃんが止めねえから余計に鶴さんの歯止めが効かねえ」
つらつらと語る太鼓鐘の傍で、大倶利伽羅が黙って耳を傾けている。
「あの刀たらしっぷりはマジでやべえよ。まだ俺とみっちゃんと鶴さんと加州ぐらいしか本丸にいなかった頃、ちょっと長い遠征から帰って来るたび、鶴さんもみっちゃんも、みるみる内に主に傾倒してってさ。あっこれやべえんじゃねえのって」
「最初の内は鶴さんも自覚ねえし、みっちゃんはみっちゃんで近すぎてそれが見えてねえし、あっやべ、これ俺がしっかりしねえとみんな共倒れだぞって。急いで主と距離取って、バグりかけてた距離感を軌道修正して、これ以上近付きすぎねえように、素早く頭冷やせるように、本丸から離れる遠征部隊に自分から志願したんだ」
「鶴さんとみっちゃんが溺れるなら、俺が溺れるわけにいかねーじゃんか。伽羅が来てくれてまーじで良かった。俺に『うっかり』があったらいよいよ不味いじゃんか」
「しかもさあ、主と来たら、見ての通り、あの爆弾みてえな求心力にさっぱり自覚がねえんだ。何度か自覚させようとしてみたこともあるんだけど、どーしてもうまくいかなかったんだよ」
「なんて言うかな、こう、……大事にされるっつーことの意味は簡単に理解できても、愛されるって話になると途端に本気で混乱しちまうっていうか。トラウマみてえなモンなんかな。どうしても分かんねーみてえ。愛の重さに区別が付かねえみたいなんだ」
「だから鶴さんの執着の重さをてんで怖がらない。鶴さんだって、主が少しでも怖がったらそこで止まったはずなんだ」
愛に溺れると書いて、溺愛。
溺れ溺れて溺れさせ、溺れながらなお愛を注ぐ。
ずっと引き際を失ったままの鶴が
際限なく溺れていくさまを
自らの愛に喉を絞められ、一層深く沈んでいくさまを
太鼓鐘はずっと、見てきた。
責めることすらなくただ強く見つめ、川辺に立ち続けた。溺れる者の藁であり続けた。
その手が今はまだ、必要とされていないことを知りながら。
「鶴さんは気付いちまってる。主のあの過剰なくらい手放しの愛情の中にある傷に。だから余計に進んで溺れて、自分でそれを埋めようとしてる」
太鼓鐘が視線をふいっと外にやった。
大倶利伽羅もまた、縁側から外へと、ついと視線を投げた。
その視線の先には、夏の陽射しの中、採れたての野菜を掲げる彼女の弾けるような笑顔と、畑仕事に勤しみながら笑う光忠、そして鶴丸。
泥だらけになって笑う彼女と、白絹の裾で躊躇いなく泥を拭ってやる鶴丸。
夏の陽射しより熱い眼差しの焦げついた重さに、光忠はただ微笑ましそうに寄り添っている。
「だからさぁ、伽羅。できればお前だけは、これからも横でしっかり見張っててくれよ。自分から溺れる鶴さんも、溺れてる自覚が無いみっちゃんも」
「…………お前まで溺れたら代わりに止めてもらうために、か?」
「おう」
《銀の水鏡の話》
「動くなよ!? ぜってー動くなよ大将!? 絶対だぞ!?」
「はぁい!」
お行儀よくお返事をした主に、後藤藤四郎が、抜いた刀の切っ先を向け、ゆっくりと傾ける。
「見えたか? 大将」
「もーちょっと」
「こうか?」
「あっ、見えた! 綺麗!」
「え、なにやってるの?」
光忠が広間に足を踏み入れ、疑問の声を上げた。
そこに集まっているのは、この本丸指折りの古参刀たち。正座する主の正面に、抜刀した後藤が、刀の先端を主の視線に合わせて傾けている、要は切っ先を突き付けている状態だった。
主の隣に立つ加州清光が、額に手をやって、いかにも頭が痛そうな顔をしている。
「あっ、みっちゃーん」
「大将マジで動かないで怖ぇから!」
「あ、ごめんね、見まーす」
にこにこと嬉しそうに視線を正面に戻した主は、突き付けられた後藤の刀を鋒側からじっくりと鑑賞した。
「わーっ綺麗だなあ」
「えっと、なにしてるのか、僕にも分かるように説明してくれる?」
「後藤の刀を見せてもらってる!」
「それは分かるんだけど」
「あのね、あのね、こうね、帽子の先の方から覗き込むとね、刃文も化粧研ぎも見えなくなって、完全に美しい銀色の鏡みたいに見える角度があるよね」
「ああ、なるほど、そういう」
刀剣は一般に、怪我を防ぐために茎を持って左前に傾け、光にかざしながら茎側から鑑賞するものだ。
あるいは、刀掛けに置いて佩き表側から真っ直ぐ全体像を鑑賞し、単眼鏡で近付いて刃文や沸などを鑑賞する形式を取る。
だが、名刀が持つ特有の透明感は、透き通った鋼の鏡面反射によってこそ、美しく浮かび上がることがある。
雨の濡れ刃のように澄んだ刀身は、ある角度で水鏡のようになるのだ。
刀によって角度はそれぞれ異なるが、概ね刀を鋒側か茎側か、水平に近い角度で覗き込む必要がある。
それは、まるで剣が透明な水鏡と化したかのようで、単に美しいだけではなく、完全に闇に紛れる角度でもあり、『消える』と表現されることもある、そんな姿だ。
「えっとね、刀の本で探しても呼び方の名前が載ってなかったから、わたし、勝手に『水鏡の角度』って呼んでるんだ。まるで刀が濡れた水の宝石みたいに見えて、わたしその角度がいちばんすき」
だから、ほんとはいっぱい見たかったんだけど、と言いながら、彼女はまるで両耳をぺたんとする子犬のように、ちょっとだけしゅんとした。
「かしゅーにね、絶対信じられる刀で、隣にかしゅーがいて、最低でも何年も一緒の親しい刀にしか頼んじゃダメって」
だからね、古参のみんなとはもう数年来の付き合いになるから、お願いしてみたの。嬉しいなあ。
と明るく嬉しそうにはしゃいで笑う彼女は、一点の曇りもなく本当に楽しそうだった。
「茎側からはみんないつでも見せてくれるけど、切っ先側は危ないからって。顕現解いてもらうのも悪いし、だから抜いて見せてもらってた!」
「悪い遊びをしているなあ」
光忠が苦笑してそうぼやいた。
「まあ、僕らはきみの刀だからね、きみが見たければ好きに見てくれてもちろん良いけど……」
「全体像や地鉄、刃文を順に鑑賞するのはポピュラーだけど、その鑑賞の仕方はちょっと変わってると思うな」
「そーなの? でもね、わたし、これがいちばんすき!」
にぱっと彼女は嬉しそうに笑った。
「あのね、鶴るんがね、見せてくれてね、とっても綺麗でね、まるで水の宝石みたいだなって」
「ん? え? それって、いつの話?」
「あのね、初めて刀見せてくれたとき! こう、シュパッて一瞬で抜いてカッコよくてね、こう、切っ先をこの角度で」
「アアアアアアアアア!?」
無邪気に彼女が自分の喉に向けて指を突き付けた瞬間、スパーン!と襖を開け放ち、飛び込んできた鶴丸国永が、ダダダダと駆け寄って己の主の両肩を持って叫んだ。
「なあきみ!? 歌仙が甘味を持ってきみを探してたぜ!? 早く行ってやったらいいんじゃないか!?」
「え、でもまだ途中」
「甘味は食べ時ってもんがあるだろう!? せっかく用意した歌仙が哀しむんじゃないか!?!?」
「むう、そっかぁ」
にぱっと笑った主が「おしまい!」と言ったので、後藤はだいぶホッとした顔をして刀を引っ込めた。
「ふはー、変な汗かいた!」
「えへへ、わがまま言ってごめんね?」
「ま、大将のわがままは珍しいからなあ」
「ありがと! 嬉しい! またね!」
ニコニコと無邪気に古参刀たちに手を振った主が、たたたた、と軽やかに駆けていく。
そうして、足音がすっかり遠退いた頃、引き攣った顔で彼女に手を振り返していた鶴丸の背に、そこに居る古参刀全員の視線が痛いほど突き刺さった。
だらだらだら、と冷や汗を流している鶴丸に、光忠があきれ混じりに「……鶴さん」と口にした瞬間、鶴丸がダイナミックに土下座した。
「反省してる!!!! 本当に!!! 反省している!!!」
そう、鶴丸はかつて、本丸に呼ばれて間もない頃。
信頼関係ができる前、刀を見せるという名目で抜き身の刃を向け、主人の反応を試したことがある。
親しげな面して近付きすぎると怪我をするぜと言外に警告された主は、けれど、鶴丸に向けられた刃を嬉しそうに眺めながら受け入れた。
白刃を突きつけられても、手放しの信頼しか差し出さない彼女の在り方を、今ならば彼女らしいと思えるが。
彼女を理解した今は、二度としようとは思わない真似だ。
そんなわけで、今の鶴丸にとっては、そりゃあもう見事な黒歴史なのだ。
だが、そうして突き付けられた切っ先を見た彼女に。
刃の銀鏡を『美しいもの』を見せてもらえて『嬉しかった』と認識されてしまったのは、さすがに盛大な誤算だった。
古参刀たちによって洗いざらい吐かされた鶴丸を前に、皆の反応が胡乱なものから呆れ果てたものへと変わっていく。
「えー、つまり? 大将が? なんにも? 知らない頃に?」
「鋒を? 至近距離で? 突き付けるような? 真似をして?」
「あまつさえ、それを主さまに無邪気に喜ばれた結果こうなった、と?」
「そうだよ彼女に変な癖を植え付けたのはオレだよ!!!!」
鶴丸がやけくそ気味に叫んで自白した。
両手で派手に頭を抱え、絞り出すように鶴丸は呻いた。
「軌道修正しようとはしたんだ…正しい作法も鑑賞の基本もじっくり教えた…!」
「けど、訂正されなかった、と」
「馬鹿じゃない?」
「馬鹿デスね」
「自業自得過ぎねえか」
「鶴さん…」
「大将のあの奇行あんたのせいかよ! 道理でおかしいと思った!」
「なんで鋒側からの鑑賞があんなにお好きなんだろうとは思いましたが…」
「そう、この馬鹿のせい」
加州が深々とため息を吐き出した。
まだ初期刀と初鍛刀しか居なかったあの頃、鶴丸がやらかしたあれこれは、良いものから悪いものまで未だ尾を引いている。
その一つがこれだ。
数年以上の付き合いの刀剣男士にしか頼んではいけない、と加州が定めたのは、頭を抱えた末の時間稼ぎ、要は苦肉の策である。
「審議」
「有罪」
「有罪だね」
「有罪デスね」
「異議無し」
「えー、申し開きは?」
「無いぜ…」
「オイどうする元凶?」
「簀巻きの刑」
「よし来た」
短刀を中心に素早く動いた刀たちに、慣れた手つきで鶴丸が簀巻きにされていく。
大人しく逆さ吊りにされた鶴丸に、千子村正がやれやれと言った様子で首を振って肩をすくめた。
「まったく困ったひとデスね」
「いや村正、お前はノリノリで『いいでショウ、脱ぎまショウ!』っつって見せてたろ」
「それとこれとは話が別デス」
亀甲貞宗が顔を伏せ、くいっと眼鏡を押し上げた。
「まったく、何も知らないご主人様に自分の性癖を教え込むなんて…倒錯的だね!?」
「やめてくれ、そういうんじゃない!! 歌仙に聞かれたら殺される!!」
「あとで後悔するなら試すような真似しなきゃいいのに…」
と光忠があきれ混じりにこぼして
「オレもそう思ってる…今回はマジで…」
と逆さ吊りの刑を食らったまま鶴丸が項垂れた。
ため息を吐いた加州清光が、片眉を跳ね上げて皮肉めいた表情を向けた。
「まあな? お前は? 最初からあるじのこと、だぁぁぁああい好きだったもんなあ??」
「うぐ」
グサグサと言葉の刃が、針山のように突き刺さった。
最初の頃、鶴丸が彼女に寄越したものは、冷たい不信と疑念と無関心だ。
それに何も感じなかったはずはないのに、彼女は嬉しそうに笑うばかりだった。まるで、こんな優しくしてくれた人はいない、と言わんばかりだった。
今の彼女が、鶴丸から与えられた全部が宝物だと笑う度に、頭を抱えて後悔に唸るばかりだ。
あの頃の自分は、本当に彼女のことを何一つわかっちゃいなかった。
「まあまあ、本人も反省してるみたいだし、みんなそのくらいに」
「まーた燭台切そうやって甘やかすー」
取りなした燭台切に、これだからなあ、と言わんばかりに、やれやれという空気が漂う。
この本丸の厨番長で遠征指揮の燭台切には、古参新参問わずどの刀も必ず一度はめちゃくちゃ世話になる。だからどうしても燭台切の取りなしには皆弱くなりがちだ。
「燭台切も燭台切だぜ。そーやって甘やかすからびっくりジジイがつけ上がるんだからな!」
「あはは」
「鶴丸お前ほんと燭台切さんに感謝しろよな!」
「もし居なかったら今頃とっくに打ち首獄門ですからね」
「今まで何をどれだけやらかしてきたのか考えてみろよお前」
逆さ吊りにされたまま言いたい放題であるが、この本丸ではこれが普通だ。
主人が術による制約や拘束ができないので、じゃあ物理的にふん縛ろう、という力技の発想になった結果、こういう形に自然と落ち着いたのである。
毎回亀甲貞宗が「いいなあ」と周りをうろうろして羨ましそうに見るのが地味に嫌である。違う、叱られるのは嫌いじゃないが縛られたい趣味では断じてない。
to be continued
>元々就くはずだったくろのすけはどこに行ったんだろう。担当官の裁量でなんとかなるところなのかな?
彼女に付くはずだったくろのすけは「特殊事例の専属チュートリアル担当」で
チュートリアル期間(半年)だけ赴任することになっていました。
本来、くろのすけが半年付いて、こんのすけに引き継ぐはずだったのですが
実際はくろのすけの派遣が行われていなかったため、空白の半年間となっていました。
そのため半年間こんのすけが派遣されず、外部とまともに連絡を取りようがなかったのです。
(このくろのすけは特殊事例チュートリアル専属なので、今さら後で派遣されることはありませんでした。結果として、くろのすけの役目は全て加州と鶴丸が補った形になります)
担当役人がくろのすけを派遣せず、初鍛刀させ、玉鋼の通例を無視しました。
つまり担当役人がくろのすけに成り代わっていたわけです。
(書類上は、彼女がくろのすけ派遣の同意書にサインしなかったり拒否したり命令違反したりドタキャンしたりボイコットしたりしていることになっています)
時の政府の中に歴史修正主義者の息の掛かった者がおり
新設サーバー長(長義の友)と政治的に対立する者を支援しつつ
その末端の末端に、使い捨ての二代目の担当がいました。
初代の担当が金銭目的&賄賂で二代目に本丸を売り、上役である二代目が資源を歴史修正主義者に流していましたが
二代目の所業がバレそうになった段階で上は二代目を薬漬けにして、単独犯扱いに仕立て上げてトカゲの尻尾切り。鶴丸が斬り捨てました。長義が介入した段階で初代担当も捕まっています。
彼女の状況は三重隠蔽になっており
彼女の実態と
①本丸(刀剣男士)が把握している実態
②担当役人が把握している実態
③政府が把握している実態
が全てズレています。
彼女は発見の時点で、初鍛刀で天下五剣を呼べる可能性が高いという政府の試算が出ていました。
そして本当に天下五剣を呼んでいた場合、彼女は所属を新設サーバーから中央政府に変更し、状況によっては審神者ではなく巫女として赴任させる手筈でした。これが③
しかし
①実際はとある理由で鶴丸を呼んでおり
②なおかつ書類上は短刀を呼んで折ってから、鶴丸を呼んだことになっており
③その不適切な行動によって巫女としての資格を欠格したため、そのまま審神者として赴任を継続させる扱いとなりました。
実はこのように、政治的な思惑や敵の妨害など、様々な理由が重なって、彼女は現在に至っています。
古参の静形薙刀が現世で警護にあたった際のこと。
広い公園へピクニックに出た二人は休日を存分に楽しむが、遠くのビルの大きな街頭広告で映画が告知されていて、静形があまりに未知で興味を持ったので
「じゃあしずちゃん、一緒に行こ!」と主に誘われるが
「いや、映画とはあれだろう、人の子が暗い建物に集まって見る活動写真の…」
静形は少し考えてから首を横に振る。
「興味が無い訳ではないが、俺は暗い場所では目が効かんからな…警備が気になって娯楽を愉しむどころでは無さそうだ」
「そっかあ…」
すると主はその番、夜にかけて交代する短刀に珍しく博多を指名した。
「博多を呼んで欲しいな」
「うむ? それは構わんが」
すると、しばらくして、次の本丸の帰還の日、静形は主に、粟田口の部屋が密集している区画の空き部屋に誘われる。
そこには、遮光カーテンで閉め切って暗くした場所に粟田口の短刀たちが集まっていて、白いスクリーンとプロジェクターで簡易映画室になっていた。
博多と予算を組んで、長谷部と相談して作った娯楽室だった。
粟田口の短刀がごちゃっと主人の周りに集まる中、主が大きくこちらに手を振った。
「しずちゃんしずちゃん! 一緒に見よ!」
「うん? んーん、わたし、映画が観たかったわけじゃないよ。しずちゃんと楽しいことしたかっただけ!」
「だから、しずちゃんがいなきゃ意味ないもん」
「遊ぼ! これなら短刀が一緒にいてくれるし、しずちゃんも楽しめるよね」
静形はその日見た映画をひどく気に入って、機会さえあれば繰り返し観るようになってエンディング。
※今剣編https://privatter.net/p/11660038読了後推奨
「あのねあのね、もしかして、みっちゃんに福ちゃんがいるみたいに、鶴るんにも兄弟がいるの?」
「現存している五条国永の剣、という意味なら、在るぜ。平安の終わりから今日に至るまで、永い永い刻を渡って今なお現存する、オレと同じ国永の銘を切られた刀たちだ」
とはいえ、歴史の表側に存在するのは、片手で足りるほどの数。博物館だったり神社だったり、在処は様々だが──ただ、生憎、揃って今は泡沫の眠りの中だ。
永い永い刹那の眠りから目覚め、こうして付喪神として人の子の前に立つ道を選んだ──つまり、刀剣男士として覚醒した、とびきり変わり者の五条の刀は、知る限りオレ一振りだな。
五条国永について歴史に残った確固たる事実はそう多くない。三日月を打った三条小鍛冶宗近の弟子とも伝わるが詳細は諸説あり、ってやつだ。オレも実のところよく覚えてない。だから五条の刀は、三条の系譜を継ぐとしてざっくり三条派にひとくくりにされることもあるほどだ。
だから、まあ、こうして目覚めてからは、どちらかといえば五条の剣より、なんだかんだと三条の連中の方が身近なぐらいだな。
三日月宗近、小狐丸、石切丸、岩融、今剣──……まあ、出自も立場も成立ちも様々だが、それなりに共にやってきた古い縁ある連中だ。
だから、どいつのことも、できれば嫌わないでやってほしい。
例の今剣の件は、本当に不運な事故だった。あんな形でなきゃ、きっときみと上手くいったはずさ。
……と言っても、難しいよな。
きみは、伽羅坊の件を、本当に、本当に、本当に怒っていたものな……
オレかい?
そうだな、オレぐらい長くあちこちを転々としてると、敵味方なんてのは容易く入れ替わる。
昨日の敵は今日の友、逆もまたしかり。戦で敵に家人が斬られて奪われれば、主人を斬った仇の刀になる。そんなことだって、刀にとっては決して珍しい話じゃない。ま、あまりあって欲しいことじゃあないがな。
オレたちは端からそう生まれ付いている。それを逐一呪ったって仕様が無いだろう?
今日の主が敵と言えば敵、斬れと言えば斬る。それだけだ。
だから刀剣男士は、往々にして互いを恨まない。
恨むべきは己の無力、使われた道具じゃあない。そうだろう。
だから伽羅坊も、たとえこの本丸に再び今剣が降りてきても、きみに害意さえなきゃ何のわだかまりもなく平然としてると思うぜ。
そうだな、オレたちのその在り方は、人間にはいささか、奇妙に見えるかもしれないな──…
伽羅坊はな
何のために抜き、何に刃を向けるのか
自分でしかと決めたそれに、干渉されることをいっとう嫌う。
ああなるって分かってて迷わず鯉口を切ったんだ。
オレはな、あいつのああいう所を高く買ってる。
「折れたら? 何とも思わんな」
使うならもっと上手く使え、と思いはするが
斬れと言われれば斬る、戦って折れろと言われれば抗えるだけ抗って必要なら折れる。それだけだろう。
「なんだ、俺を死地にやる算段でもあるのか」
明日の天気でも尋ねるように、大倶利伽羅はまるで平然とそう聞き返した。
首をふるふると横に振る主人に、大倶利伽羅は訝しげに双眸を細めて眉根を寄せた。
「だったらいったい何の話だ」
彼女はいつになくしょんぼりと肩を落として、しょぼしょぼとしょぼくれた暗い顔でこう言った。
「鶴るんにとってはね、伽羅ちゃんも、あの今剣も、どっちも大事なんだって」
「…………ああ」
何かと思えば、そういう話か、と。
得心がいったような目で、大倶利伽羅は、無愛想で武骨でいて穏やかな、いつもの面差しを向けるだけだった。
意図せず呼んでしまった、あまりにも神格の高い今剣。
主人を護らんと刃向かった大倶利伽羅は、神罰に臓腑をめちゃくちゃに引っ掻き回されてぐちゃぐちゃにされ、目も当てられない被害を受けた。
「言っただろう。あれは俺の自業自得だと」
「でも……」
幼児がぬいぐるみを引っ張るみたいに、無邪気に容易く臓腑を引き裂かれ、大倶利伽羅は想像を絶する苦痛を味わった。
そんな大倶利伽羅を目の当たりにして、虫も殺さぬ穏和な主人はずっと、ずっと怒りに震えていた。己の刀のために何も出来なかった無力感に、固く唇をかみしめて打ちひしがれながら。
似合いもしない、柄にもなく暗い顔。
普段なら能天気に笑ってばかりの主人の項垂れように、はあ、と大きく嘆息した大倶利伽羅は、頭が痛そうに眉間を揉んだ。
「いったい何かと思えば……」
「だって、だって、あのとき、伽羅ちゃんに何かあったら…」
「ばかばかしい。折れるべき場所でないのなら、折れるな、とお前が一言いえばそれで済む話だろうが」
目を丸くして顔を跳ね上げた彼女に、大倶利伽羅は、まるで決まり切った戯言を見るような表情を崩さなかった。
「…………折れないで、って言ったら、伽羅ちゃん、折れないでくれるの?」
「そう言ってる」
端からそのつもりだと告げた大倶利伽羅に。
大倶利伽羅の主人は、今度こそ、ふにゃ、と笑み崩れた。
ようやく馬鹿な杞憂を辞めて能天気ないつもの顔に戻った主人に、大倶利伽羅は嘆息して「他に用が無ければ鍛錬の邪魔だ」と追い払ったが、それでもちょろちょろと懐く小動物のような無邪気な笑みは消えなかった。
伽羅ちゃんね、ぜったい折れないって言ってくれたの
鶴るんのだいじな相手を、傷付けられた伽羅ちゃんがもう恨まないなら
それは、いつまでもわたしが怨んでいるべきじゃない
そう思ったんだ
「だから、向き合うよ。今ならきっと大丈夫。ここに今剣が来たとしても」
そう力強く口にした彼女に。
三日月は、ゆるり、と双眸を細めて微笑んだ。
「そうか、そうか」
三日月は美しい笑みをたたえる口許を裾で隠しながら、優美に微笑んだ。
「して、改めて今剣を呼ぶのか? 俺に今剣の物語を求めるのは、そのためだろう?」
「んーん、今はまだ。うまく言えないけど、呼ぶにはもっと、今より良い時期がある気がするから」
三日月の前にちょこんと正座した主は、ぴんと背筋を張ったまま、柔らかく微笑んだ。
「だから、今はただ知りたいだけ。みかちゃんや鶴るんや石切丸たち、大事なみんなのまぶたの裏で笑っている、素敵な刀の物語を」
主人の意向を確かに聞き届けた宗近は、柔らかく笑みを深め、望まれるままにゆったりと優しく語り口を始めた。
「では、今宵、物語ろうか」
銘は国永、名物鶴丸と謳われし五条国永の古刀、鶴丸国永は。
あらゆる角度から日本刀の専門家に『完全無欠の美』と評されるほど、優美な細身の刀である。
直刃調の刃文に小丁子の豊かな変化、美しい沸に金筋、腰反り高く踏ん張りがあり、千年の時を経ても地鉄が驚くほど健全。美術的宝物として愛蔵された優美な姿に反して、棟には勇ましき三つの誉れ傷。
どれほど見つめても、おおよそ欠点らしきものが見つからない、数多くの人々を魅了してきた優美な刀であり、その姿は時に専門家から絶世の美女に喩えられることもある。
刃と姿だけですらこのように美しく評されるというのに、この太刀は加えて茎の評価まで高い。
鶴丸国永は、雉子股形の茎を持つ刀である。
雉子股とはつまり、筋肉の良く付いた股の肉のように段差のある、雉子に限らず『足の速い鳥』を指す用語である。
これは、平安から鎌倉時代の生ぶ茎の太刀に多い茎で、まるで脚の早い鳥の脚のように、刃区から茎尻にかけてのカーブの途中が、二段になっている形式の茎のこと。古名刀を象徴する形と言える。
俵鋲と呼ばれる目貫が貫通する部分を避けて茎を削ったもので、固定に際した実用性と合理性の下に存在する形だが、鶴丸国永の茎は、何とも無駄なく引き締まった茎であると評される。
この白銀の刀に宿った古き付喪神が
絶世の美女にも見える美しく儚げな容姿を持つ
太刀の中でも指折りに脚の早く軽やかな身のこなしの細身の男性であるというのは興味深く、何とも相関性を感じざるを得ない。
いや。本来、付喪神とはそういうものなのかもしれない。
千年もの間注目の的となった完全無欠の美を体現した彼は
人々が称賛する言葉や想いによって目覚め
彼らが想像する美しさや機能美を全て併せ持つ
あまりに美しい、人と共に生まれたかみさま。
《鶴丸国永と言ふ刀》
完全無欠の美、ねぇ
まあ確かに、鶴丸国永はそう称賛されることが多い刀ではあるがな。
割と身近なところに最も美しい月が居るからなあ。あれを差し置いて美を名乗るのは、いくらオレでも気が引ける。
鶴丸はそう肩をすくめた。
五条国永は、三日月宗近を打った三条小鍛冶宗近の弟子とされ、つまり鶴丸は三日月宗近の系譜を継ぐ名刀である。
最も美しいと謳われる月、完全無欠の美と称される鶴。彼らは平安の世に生まれ落ち、千年に及ぶ刻を渡って今なお現存する、古くから絶えず人々を魅了し続ける、まばゆき鋼の宝石だ。
戦場を踊るように舞う姿は血に濡れてもなお白銀に輝き優美で美しい。それが三条と五条の系譜に息づく命脈だった。
「そっかあ。綺麗なみかちゃんを打った刀鍛冶さんが込めた想いが、鶴るんの中にも流れてるんだね」
彼女はそう感慨深そうに呟いて、花咲くように鮮やかに笑った。
「鶴るん教えてくれたもんね。刀剣男士は込められた想い、寄せられた祈りが人の形を成したもの、って」
「そうだな」
「こんなにキラキラで綺麗なみかちゃんと鶴るんを打った人たちだもん。千年前、みかちゃんと鶴るんを形作った想いは、本当に美しいものだったんだろうなあ」
鶴丸の指にあどけなく手を繋いで、彼女は笑った。
「千年前の人とはお話しできないけど、鶴るんたちがいてくれるから、想いには触れられるね。それって、とっても素敵だなあ」
◇ ◇ ◇
《古刀と腰反り》
「さて、見立ての仕方は前に教えたよな。覚えてるかい?」
「うん。刀をまっすぐ立てた姿を人に見立てるんだったよね。切先が頭で帽子、刃が腹で峰が背中、茎の先が茎尻だったね」
「その通り。打刀に比べ、太刀は峰の反りが深いが、今日は反りの見分けを教えようか」
「見分け方?」
「そう、太刀の茎は打刀と違って湾曲しているわけだが、これを正しく垂直に立て、下から上に順に見上げていくと、反りの始まりの位置がわかる。手元、茎側の位置で反り始まるのが『腰反り』で、大別して非常に古い古刀に多い。さらに上に視線を持っていき、刀身の中央辺りから反り始まるものを『中反り』と呼び、より先端から反り始まるものを『先反り』と呼ぶ。大まかに古刀ほど腰に近く、新しいものほど先で反る傾向にある」
「へえ…! じゃあ、反りを見れば刀の歳がわかるってこと?」
「だな。もちろん刀工によって特徴はあるが、時代を俯瞰して大まかに見ればそういうことだ」
「鶴るんは古くから在る刀なんだよね? ってことは、腰の位置で反ってる?」
「その通り。鶴丸国永は腰反り高く優美な刀と称されるな。確認してみるかい?」
「いいの!? 見たい!」
「ならオレの右隣に。そう、刀はじっくり鑑賞する際、左前に倒して、刃を上にしながら鞘から抜く。左手で鞘を持ちながら、右手で柄を引く。これが最も怪我をしにくい」
良い手本を見せるように、ことさらゆっくりと慎重に。
静かに引きながら、鎺から刀を外して鞘から抜いてみせた鶴丸国永は、己の刀をまっすぐ立てた。
「な? 腰の位置で深く反ってるだろう?」
「ほんとだ…!」
「さて、今日はこんなところにしておこうか。まだまだ出来立ての本丸だ。やることも多いからな」
パチンと鞘に仕舞って、鶴丸はさっと胡座から膝を立てて立ち上がった。
隣に正座した彼女に「そら」と手を差し出す。彼女は少しだけ目をみはって、嬉しげに破顔一笑して鶴丸の手を取った。
「ありがとう、鶴るん」
「たいしたことじゃないさ。それじゃあ、きみの初期刀がブチ切れる前に仕事に戻るとするかな」
「うん。今日もがんばるね」
※加州清光は、かなり最初の頃から鶴丸国永のやらかしを叱る癖がついてるので、鶴丸はよく「加州がキレるな」とか「初期刀殿がご立腹だ」とか、加州清光は怒りっぽい、といった言動をすることがある。これはこの本丸特有。
※まあ、叱られるのが嫌いなら悪戯はしないから、楽しいんだろう
◇ ◇ ◇
<鎺/鞘走留>
刀身の鍔の根元に嵌める、銅作りの覆いを鎺という。
刃を鞘に仕舞う際の接続部であり、ここを鞘に嵌め込むように納刀するため鞘走留ともいう。『鯉口を切る』とは、この鎺を鞘から外すことだ。
刀が鞘と直接触れ合っているのはあくまでこの部分だけであり、刀身そのものは鞘と触れ合わず、摩擦して消耗しないように作られている。
一方、これに反して、本来刀身が触れないはずの鞘に刀身が触れていることを『鞘当たり』といって、代表的な錆の原因だ。
これは刀剣男士間での俗語だが、喧嘩っ早くすぐ抜刀するような者に「おいおい、鎺が緩くなってるんじゃないか?」と声をかけることがある。
鎺が緩いということは不要な時に抜刀して怪我をするという意味であり、そのような行動は刀身を傷つけるから改めた方がいい、といった意味合いになる。鎺緩みは錆を起こす行為であり、転じて粗雑に扱って刀身の価値を下げることを指すからだ。
拵えを万全な状態に保つのは刀剣男士にとって重要で当たり前のことであり、鎺が緩い状態というのは不名誉なことだ。だからこの忠言は若い者ほどよく効く。
まあ、古刀を相手にする場合は、残念ながらこういう「錆びるぞ」の類いの脅し文句はあまり効かないのだが。
長い歴史で一度は錆びたことがあるものがほとんどだからだ。
せいぜい「ジジイなものでな、多少ガタが来ていても仕方が無かろう」などと笑われるのがオチだ。
そもそも「打刀」という形式が成立したのは室町時代だ。馬上戦に代わって市街地での戦闘が多く行われたこの時代、室内戦闘用に鎬作りの短い刀が求められた。それまでは太刀の添差しとして用いられてきた片手で使用する長さのものが主戦武器として用いられるようになり、この時代に「打刀」と言われるものが生まれた。
つまり磨り上げられたものを除けば、打刀は全てこの時代以降のもの。逆に『古刀』と呼ばれる刀剣男士の大半を占めるのが太刀と大太刀なのは、そういった歴史的経緯に基づいた当たり前で自然なことだ。
◇ ◇ ◇
鉄滓(てっさい)/別名ノロ
たまには悪口も教えようか。
血の気の多い刀剣男士の集まりだ。喧嘩は星の数ほど、ってやつだな。
その中で、たとえば馬鹿とか阿呆とか、そのぐらいは朝飯前の挨拶代わりだ。だが、その中で、『鈍間』という悪口にはカチンと来る者が割と多い。
その理由はな、鈍間という言葉が『ノロ』を連想させるからだ。
玉鋼を知ってるよな。膨大な量の砂鉄の中から、刀を打つためにごくわずかな量の玉鋼が精製される。砂鉄十トンから取れる鋼は三トン、そして得られる玉鋼はその内の四割、つまりわずか1.2トンでしかない。
そして、その際に出る、鋼にすらならなかった七割の廃棄物を、鉄の残滓と書いて鉄滓と呼ぶんだ。これが別名ノロ。
つまり、ノロマという悪口は、刀剣男士の文脈では、鋼にすら値しないゴミ、という含みがあるわけだな。
暴言上等、決闘待った無しってわけだ。
刀剣男士の間でしか通じない言葉というのは意外にあるものなんだぜ。
◼︎参考資料
戦国武将足利長尾の武と美──その命脈は永遠に──(2022年.著 足利市立美術館.77p鉄滓.玉鋼)
《後日談、前田藤四郎曰く。一期一振について》
「一体いつ会えるかも分からないのと、会おうと思えばいつでも会えるのとでは、気の持ちようがまるで違います」
前田はそう、きっぱりと声にした。
「主君。主君は、もしも僕らが『いち兄に会いたい』と言えば、すぐさま呼んでくださいますよね」
「もちろん」
「だからこそ、です」
僕らはあの四年間、鶴丸さんに頼りきりでした。鶴丸さんは、いち兄と宮中でも面識がお有りですから…きっと、わかっていて、まるでいち兄のように頼りになる兄貴分として振る舞ってくださっていたのでしょう。僕らのために。
僕らはそれに甘え過ぎていました。きっと今の僕らでは、いち兄を呼んでも同じ過ちを繰り返すことでしょう。
だからみんなで決めたんです。いち兄を迎えに行くのは、僕らがうんと身も心も強くなってから、と。
粟田口は数多く在ります。顕現が可能な粟田口がこの本丸に全て揃い、一振りも欠けず、皆で強くなってからいち兄を迎えるのだと。
この本丸ではそれが叶います。ですから、いち兄を呼ぶのは、時が満ちたその時に。僕ら一振り一振りが、強くなった、と迷わず胸を張れるその日まで。
いいえ、無理をしているわけではありません。鶴丸さんの言葉を借りるなら……僕らは、いち兄をあっと驚かせたいのです。きっと喜んでくれますから。