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coffee break③

全体公開 私たちの太陽郷 1
2025-04-15 19:18:38

とあるカフェのひととき

 カランカラン。
 ドアベルが、優しい音を出しました。
「いらっしゃいませ」
 階段の下から、コーヒー色の髪をして、エプロンを付けた店員、マルタが顔を出しました。
「お好きな席にお座りください。今メニューをお持ちしますね」
「あぁ……ありがとう」
 ドアから入って来た老人は、ゆっくりと階段を降りてくると、隅の席に座りました。
 老人はメニューを受け取り、しばらく眺めた後、ふと顔を上げました。
……ちょっといいかな」
「はい。ご注文でしょうか?」
 メモを持って来ようとするマルタを、老人は「いや……」と言って止めました。
……ここで働いているのは君1人なのかい?」
……いいえ。ですが、今日は僕1人です」
「そうか……。ありがとう」
 老人は少し黙ってから、再び口を開きます。
……昔、まだ私が子供の頃に、母とここに来たことがあるんだ」
 マルタが老人を見ました。老人は、ゆっくりと優しい表情で語ります。
「幼い頃の記憶だから、本当にあったことなのか、それとも夢なのか曖昧だった。それでも私にとって、暖かくて、懐かしい母との大切な思い出だった」
 老人はゆっくりと店内を見回して、呟くように言いました。
……この店は今も、私の記憶の中にあるままだ……
 そして最後に、近くの壁にかかっている日めくりのカレンダーを見ました。そこには、7月9日の文字と、三日月のマークが書いてありました。
……もちろん、少しは変わっているんだろうけれど」
 老人はそう言うと目を閉じて、「すまないね、勝手に1人で話してしまった」と言い、メニューを指で指しました。
「このパンケーキを頂いてもいいかな」
 マルタは再びメモを手に取り、注文を書き記しました。
「もちろんです。お飲み物はいかがなさいますか?」
「では……コーヒーを」
「かしこまりました。少々お待ちください」
 マルタはキッチンの方へ向かいました。キッチンの方向から、パンケーキの焼ける音と、優しい甘い香りが漂ってきます。しばらくすると、マルタがパンケーキを持って戻ってきました。
「お待たせしました」
 老人はお礼を言うと、少しの間パンケーキを見つめ、そして一口分を切って口に入れました。
……母とこの店に来た時も、このパンケーキを食べたんだ……
 老人の話す様子は、思わず言葉が溢れ出してしまったというように見えました。
「あの時の、ままだ……本当は、母ともう一度来たかったんだ。でも、そうでなくても、今……
 老人は目をつむり、そしてどこまでも透き通るような紅茶色の瞳でマルタを見ました。
「何だか……母が、戻ってきたような気がしているよ」
 マルタは微笑み、そして静かに目をつむりました。
 誰も何も言わず、ただ優しい空気だけが、店内を流れていきました。
……この世界で最も大きな力は、時です。誰1人として時の流れには抗えませんからね」
 マルタが静かに口を開き、そして目を開けました。
「でも時が流れるからこそ、人は過去を愛し、今を楽しみ、未来に想いを馳せるんです」
 マルタはそう言うと、老人とパンケーキを見比べて、再び優しく微笑みました。
「だからこそ人は、思い出を、大切な人を、守りたいと思うんです」
 老人は優しく、しかしほんの少し寂しそうに微笑んで、パンケーキをまた一口、口に入れました。
 2人からは見えない死角からその様子を聞いていたソネットは、ため息をついて呟きました。
「それだから、忘れられない思い出なんてものができてしまうんだって」
「貴方に、忘れたくない思い出をご提供できて、良かった」
 静かで、優しくて、特別で。そしていつも通りの時間が、少しずつカフェの店内を流れていきました。


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@taneimosiitake

第六話 太陽郷とドラゴン集落 https://privatter.net/p/11492386
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