@taneimosiitake
我らドラゴン
誇りの炎宿し
災い爪で断ち切り
全てをその翼の庇護に
我らドラゴン
何時如何なる時も
強くあれ 高潔であれ
仲間を想う心
決して忘るるなかれ
第六話 太陽郷とドラゴン集落
太陽郷王国の王城では、今日も使用人さんたちがあちらこちらでお仕事をしている。
「おはよっ! 今日もお疲れ様です!」
メイドさんの1人に挨拶をする。メイドさんは少し引きつった笑顔で、もうお昼ですが、と言った。
ドドドドドドド‼︎
「えっ、何⁈」
ものすごい足音を立てて、誰かが走ってきた。誰かは私の横を過ぎ去り、少し先の扉を勢いよく開けた。
確か、そこは、騎士団の稽古場だったはず……。
「セイrrrrrrrrrrrrrrrァ‼︎‼︎‼︎‼︎」
けれどその人は急にびっくりした顔になったかと思うと、後ろ側にバランスを崩して尻もちをついた。
扉を開いたところには、銀色のものが、鋭く光っていた。
「不審人物です」
剣を持ったセイラは睨むような呆れたような表情で、尻もちをついた人を見ていた。
「誰が不審人物だよぉ‼︎‼︎ 久しぶりに来てやったのになんて仕打ちだよ、セイラ‼︎」
「廊下は走らないでください。ここは王城です、僕の家じゃないんですよ」
セイラの視線の先のぶーたれている人に向かって、私は声をかけた。
「えっと……オグラ?」
「あっ、王女様! お久しぶりです!」
オグラは急いで立ち上がると、私に向かってお辞儀をした。
オグラはセイラの幼馴染で、ドラゴン族。10代前半くらいの少年に見えるけど、セイラと同い歳だったはずだ。瞳は少し渋い赤紫色。茶色の髪を緩い三つ編みのおさげにして、頭からはくすんだオレンジ色の角が生えている。上着を肩落としで着ていて、手が袖に隠れていた。
セイラはオグラを数秒睨むと、ため息をついた。
「王城にいる時くらいちゃんとした格好しなよ」
「なっ! 違う、これは爪を隠すためにこういう袖にしてるんだ!」
「手袋とかあるでしょ。まぁ……それはいいとして、何の目的で来たの?」
「あ、そうそう!」
オグラが、最初オグラが走ってきた方向を見た。私とセイラも、そちらを見る。
廊下の奥から、女性が歩いて来ていた。背筋を伸ばして、綺麗な歩き方で歩いてくる。お腹も腕も出ていて、露出が多いけど、少しも下品に感じない。綺麗な真っ赤な髪を両耳のところで輪っかにして、後ろで色とりどりの綺麗な玉を通った髪が揺れている。頭からは、黄色い角が生えていた。
その女性は私たちの近くまでくると、長いまつ毛の下の透き通ったオレンジ色の瞳で私たちを見た。
「貴方は……王女様か?」
凛とした声で、私に話しかける。
「え、は、はい!」
「私はドラゴン族が長モナネカ」
モナネカ、さん……。ドラゴン族の長、って……。
私はオグラの方を向いて彼に尋ねた。
「もしかして、この人がオグラが前に話してた、族長さん?」
するとオグラはまるで自分の自慢をするかのように胸を張って、
「そう! このお方こそ高潔で誇り高き我らがドラゴン族の族長様だ!」
と言った。
「いつもオグラが世話になっている」
「いえいえ、そんな……ところで、何のご用で来られたのですか?」
するとモナネカさんは少しだけ目を伏せて、声のトーンもほんの少しだけ落として言った。
「薬を探しているのだ」
「薬? 何の薬ですか?」
私がさらに聞くと、モナネカさんが続ける。
「フレッド風邪の薬だ。前長……我が父者がフレッド風邪に罹ったため、それを治す薬を探している」
モナネカさんはさらに目線を下げて言う。強い威厳の中に、悲しさが隠れていた。
「しかし……私はドラゴン集落からあまり出たことがないため、王都のことに詳しくないのだ。私がドラゴン族長になったのは比較的最近のことだから。そのため、どこに行けばその薬が手に入るのかわからなかった」
すると、モナネカさんは目線を上げ、私の目をじっと見つめた。
「だが王城なら、太陽郷中の情報が集結するだろうと考えたのだ」
「なるほど……そういうことなら。薬屋さんなら場所知ってます! 案内します!」
「あちょ、ちょっと王女様⁈」
外の方に駆けていく私を、セイラが慌てて追いかけてくる。
その後ろから、モナネカさんとオグラも着いてきた。
困っている人がいるなら、助けてあげなきゃ。これも、王女としての仕事だと思う。
街に入り、広場に出ると、ふと広場の端に広げられたシートが目に入る。シートの上には、石やら、壺やら、本やら、とにかく色々なものが並べてあった。
「あ、よろず屋さんがいるよ!」
私が言うと、店主の女の人が顔を上げた。
「いらっしゃ〜い。何かご入用〜?」
店主さんは、ミルクティーみたいな色の長い髪を後ろに縛っていて、蝶ネクタイみたいな大きなリボンのついた特徴的なスカーフを首に巻いて、オーバーオールを着ている。目は笑っているみたいに閉じていて、目の色はわからない。
「フレッド風邪の薬ってあったりしますか?」
私が聞くと、追いついてきたセイラが小さな声で私に話しかける。
「ちょ、ちょっと王女様、こんな怪しい露天商に話しかけちゃ……」
「あるよ〜。……あるけど、何に使うの〜?」
セイラが驚いたような訝しがるような、変な表情でよろず屋さんを見る。よろず屋さんは薬を出そうとしているのか荷物を覗き始め、そこにモナネカさんがゆっくり歩いてきた。
「我がドラゴン族の前長が、フレッド風邪に患ったのだ。彼を治す為の薬を探している」
モナネカさんの言葉を聞いて、よろず屋さんは薬を出そうとしていた手をぴたりと止めて、モナネカさんを見た。
「……前長さんって、その人もドラゴン族でしょ〜?」
「ああ、もちろんだ」
「それ、フレッド風邪じゃないよ」
全く予想外の発言に、モナネカさんも、他の私たちも目を見開いた。
「我が一族の一員が連れてきた医者は、フレッド風邪だと言ったが……」
「ドラゴン族はね、フレッド風邪にはかからないの〜。フレッド風邪の原因になるフレッド菌は、ドラゴン族の高い体温では生きていけないのよ〜。その医者、ドラゴン族もちゃんと診れる医者? 医者になるときにちゃんと全種族について学ぶけど、魔法使いとかばかり診ていると忘れちゃう人もいるのよね〜」
ぺらぺらと喋るよろず屋さんを見て、セイラが怪訝な顔をして言う。
「……何でそんなに知ってるんですか? 貴方は医者じゃないでしょう」
よろず屋さんはそんなセイラを見ると、にまーっと笑った。
「これは生活費を稼ぐための副業〜。あたしカロル〜。こう見えてベテランの医者なの〜。ケガも病気も、あたしにおまかせ〜」
そしてよろず屋さん——カロルさんはそう言うと、モナネカさんの方に向き直る。
「ねぇ、あなたのお父さん、あたしに診させて〜?」
***
「王女様も来てくださるんですね〜!」
オグラが嬉しそうに私を見る。
「もちろん! 前長さんも心配だし、何の病気かわかった上で私に手伝えることがあるなら手伝いたいからね!」
「……ドラゴン集落はそれなりに遠いですよ。どうやって行くつもりなんですか?」
セイラが呆れたように言う。
「え? どうやってって……」
私はセイラを見る。セイラは天を仰ぎ見ると、ため息をついた。
「それじゃあ、出発しますよ〜!」
カロルさんを乗せた真っ赤で綺麗な鱗の美しいドラゴンが飛び立ち、その後を黄土色の鱗に茶色い毛のドラゴンが着いて行く。
「それじゃあ、お願いね!」
「……本当に行くんですか?」
「行くよ! ……私の羽になってくれるんじゃなかったの?」
「何ですかそれ? そんなこと言ってません」
「言ったよ〜! ほら、まだ私が8歳くらいの……」
羽ばたきの音で私の声を遮るように、私を乗せた青いドラゴン──セイラは飛び立った。
私はちょっとだけ頬を膨らませたが、気持ちのいい風と目の前にどんどん広がる太陽郷の街並みにすぐに機嫌を直した。
「わ〜! 気持ちいい〜っ!」
「はしゃぎすぎないでください。落ちても知りませんからね」
もし落ちても助けてくれるんだろうなと思いつつ、声には出さないで代わりに小さく笑った。
太陽郷の東側、険しい山々の連なる場所に、ドラゴンの集落はある。まさにドラゴンそのものを表すような、迫力のある山々と、麓に広がる森。私はだんだんと近づいてくるそれらを目にして、心を躍らせた。
ドラゴン族は種族の中の繋がりをとても大切にする種族で、種族の全員が家族のような存在だ。だからドラゴン族はそのほとんどが集落に住んでいて、お互い助け合って暮らしている。苗字がないのも、家族というくくりではあまりくくらないかららしい。
「着陸するので、しっかり捕まっていてくださいね」
セイラはそう言うと高度を落とし始め、集落の入り口に着陸した。
セイラから降りて集落を見ると、左側には木と藁でできた家が点々とし、右側には崖があって、穴がいくつも空いていた。でもその家も穴もどれもがとても大きくて、まるで自分が小さな自然妖精になったかのような気分になる。
「前長は集落の最奥の穴の中にいる。案内しよう」
人の姿に戻ったモナネカさんがそう言い、私たちはその後を着いていく。
「わ〜っ! 久しぶりに来たけど、やっぱりいいところだね!」
「……遊びに来たんじゃないですからね」
「も〜、わかってるよっ」
セイラにとっては里帰りみたいなもののはずなのに、セイラは相変わらずだ。……それとも照れているのかな?
「ここの中だ」
モナネカさんは崖に掘られた通路に入っていく。ドラゴンでも通れるくらい広い通路には階段があって、そこを登っていくと、小さな部屋があった。……あくまで今までのサイズ感に比べたら、だけど。
そしてその真ん中に、1匹のドラゴンが横たわっていた。ドラゴン姿のモナネカさんに似ているけれど、モナネカさんとは違う威厳を感じる。モナネカさんからは思わず背筋を正してしまうような圧を感じるけれど、このドラゴンからは見るからに頼りになりそうな、どっしりとした存在感を感じるような気がするのだ。
「前長、医者上を連れて来た」
モナネカさんが声をかけるが、ドラゴンは反応しない。
「……カロル殿、診て頂けるだろうか」
「は〜い。ちょっと失礼しますね〜」
カロルさんはそう言うと、横たわっているドラゴンの隣に座って、バッグから色々な器具を取り出した。カロルさんはそれらを使って、心臓の音を聞いたり、喉の奥を見たり、血を採ったりと、様々な検査をしていく。
しばらくそれを続けた後、カロルさんは「う〜ん」と言って、ドラゴンから採った血を見た。
「……毒だね。誰かが盛ったのかな〜」
えっ。
皆が驚きの声を上げるのと同時に、バン‼︎とすごい音がした。
「そんな‼︎ 前長はとても偉大な方でドラゴン族の全員が尊敬してるのに、誰が毒なんか盛るって言うんですか‼︎」
半分叫んでいるかのように言うオグラをなだめるように、カロルさんが少し困った顔をして言う。
「ああ……変なこと言ってごめんね〜。誤飲の可能性もあるから、誰かが盛ったって決まった訳じゃないの〜」
少し落ち着きを取り戻して座るオグラと引き換えに、今度はモナネカさんがカロルさんに話しかける。
「……どんな、毒なのだ。危険な……状態なのか?」
「大丈夫、すぐに死ぬような状況じゃないよ。遅効性の毒だから〜」
しかしカロルさんは表情を曇らせて、顎に手を当てた。
「でも、厄介だね」
カロルさんはバッグの中を一瞬見て、困った顔をする。
「ちょっと特殊な毒だと思うのよ、これ〜……だから手持ちじゃすぐに解毒剤を作れなくて……」
「何が必要なんですか?」
私は身を乗り出して聞く。
「日輪草っていう植物の花なんだけど〜……でも、最近どの店でもほとんど売ってないの〜。だから自分で自生しているのを探す必要があると思うんだけど〜……」
困った顔のまま言うカロルさんに、私はさらに身を乗り出して言った。
「だったら! 私が探して持ってきますっ」
助けになれると思って嬉々として言ったけれど、カロルさんの表情は変わらなかった。
「う〜ん、気持ちはありがたいけど、でも日輪草って特殊な植物で、生えている場所がコロコロ変わるのよ〜。だから下手すると太陽郷中を歩き回ることになるかもしれなくて〜……」
「そんなことどうってことないです! それに、太陽郷中を歩き回って太陽郷をよく知ることができたら、王女としての勉強にもなると思うの!」
私は譲らない。カロルさんは微妙な表情で「う〜ん」と唸った。
そのとき、そんな私たちを見て、今まで黙っていたセイラがうんざりしたような顔をして口を開いた。
「……こんなことを言うのも何ですが先生、王女様は一度言い出したらなかなか聞きません……」
セイラはそう言うと、何かを諦めたようにため息をついた。
「なので、不本意ではありますが……僕も付いて行きますので、この件は任せてくださいませんか?」
私はびっくりしてセイラを見た。
「えっ、セイラがそんなこと言ってくれるなんて珍しい〜っ! ありがとう!」
セイラに抱きつこうとする私を、セイラはするりと避ける。まぁ、わかっていたけどね。
「う〜ん……まぁ、王女様1人じゃないなら……わかったわ〜。じゃあお願いするけど……いい〜? 途中でケガをしたり体調が悪くなったりしたら、すぐにあたしのところに来るのよ〜」
カロルさんはそう言うと、メモを取り出して何かを書き記すと、セイラに渡した。
「すまない、王女様、セイラ。本来なら私がいくべきところだとは思うのだが……」
モナネカさんが私たちの方を見て、若干目線を下げた。
「いえ、長は長時間集落を離れるべきではありません。カロル先生も他の患者さんがいらっしゃるでしょうし、やはり僕らが行くべきだと思うんです」
セイラは首を振ってそう言った。
ふと、オグラの方に目を向けると、やたらとキョロキョロしていた。
「お、俺は……」
「いや、オグラは着いてこなくていいよ。あんまり人がいても邪魔だから」
「えっ、酷くない⁈」
いつも通り冷たいセイラに、オグラはショックを受けたようだ。すると、モナネカさんもオグラを見て声をかける。
「あぁ。これは私の我儘だが、オグラは私といてくれた方が助かる。いつも色々と助けてもらっているから、いなくなられると困ると思うのだ」
モナネカさんはオグラを見てそう言うと、ふっと微笑んだ。
ぷしゅーっ。
オグラから煙が出て、気がつくと目の前にはもう1体ドラゴンがいた。ドラゴン基準では小さめな部屋が、もっとせまくなっていた。
「お、長がそう仰るなら……」
明らかに動揺を隠せていないオグラが面白くて、私は思わずくすりと笑う。そして、セイラの腕を掴んで引っ張った。
「じゃあ、行くのは私達2人で決まりだね。セイラ、早く行こっ! 一刻も早く前長さんを助けなくちゃ!」
セイラはいきなり引っ張られて少しよろける。
「え、あ、ちょっと、言っておきますけど、急ぎすぎて日輪草を見逃したらそれこそ遅くなるんですからね!」
私に引っ張られ、外に続く階段を降りながら、セイラが言った。そんな私たちを、モナネカさんが階段の上から顔を出して見送る。
「すまない……よろしく頼んだ」
外に出ると、部屋の大きな窓からカロルさんとドラゴン姿のオグラが手を振っていた。
……何だか、宝探しみたいでワクワクする!
私は思いっきり笑顔になって、そしてセイラはそんな私に呆れるようにな顔をして。2人で集落の出口へと走っていくのだった。

森の中を歩きながら、カロルは顎に手を当てて呟く。
「……あの毒、ただの毒じゃなくて複数の毒が混ざっているように感じたのよね〜。毒を盛る時に解毒しずらいようにそうすることがあるけど……毒を摂取したのは前長さんだけだからたまたまとも考えづらいし〜……」
そのまま目線を下げて、数秒何も言わずに歩く。が、しばらくすると再び前を向いた。
「……まぁ、いいわ〜。あたしは探偵じゃないし〜」
森の中には、でこぼこだがまっすぐな道が、どこまでも続いていた。