@taneimosiitake
道を歩く君の
目に映るこの世界
君が涙を流したのは
若草色の宝石?
雨上がりの虹?
それとも
道端の真っ黒な石ころ?
第五話 太陽郷と石ころの歌
その瞳は、スフラの作業場の窓に掛かっていたサンキャッチャーに似ていた。基調は白で、そこから色が分かれるように、ピンク、紫、青、黄緑、黄色、オレンジ……と淡い色が並んでいる。六種類ある魔法の色と、そこに白を加えて、七色だ。
「…………大賢者様?」
すると、男の人——大賢者ペラニ様はサングラスを戻して、ぶんぶんと大きく手を動かした。
「や、やだなあ!賢者って『かしこいひと』っていう意味でしょ?ぼく別に賢くないし!大魔法使いとかなら100歩譲ってわかるけど賢者なんて誰が言い出したんだろう……」
早口でそう言った後、小さい声で
「ペラニでいいよお」
と呟いた。
「……え、本物? 何で生きてるんですか?」
流石に酷い言い方になってしまったけれど、それも仕方ないだろう。何故なら大賢者ペラニだって、ステュリと同じで100年も昔の人物なのだ。厄災でボロボロになったこの街を今の姿にした人物なのだから。
ペラニ様は小さく苦笑すると、少し困った顔をして、静かな声で言った。
「……大封印魔法って知ってる?」
「……聞いたことはあります」
封印魔法は、何かを、液体の中などで、そのままの状態で何年も保存しておくための魔法。ただそれは無生物に限り、生物を保存したり、より長く保存するために使うのが、より強力な大封印魔法だ。
「……でも、物語の中でしか……え、まさか、封印されていたと?」
ペラニ様は静かに頷いた。
「そう」
「一体、誰に……いや、もしかして自分で?」
大封印魔法は、並の魔法使いが使える魔法ではない。それこそ大賢者並の強力な魔法使いでなければ。
けれどもペラニ様は首を振った。
「ううん。ぼくじゃない……けど……あ……」
何かを喋ろうとして、口を閉じる。
何か、隠した? しかし確認する間もなく、ペラニ様は再び喋り出してしまう。
「……誰かは、わからないんだ。気がついたら水の中に落とされていて、呪文を唱える声が聞こえた。それがぼくの、目が覚める前の最後の記憶だよ」
ふっと、小さく微笑んだ。何だか嘘をついているような気もするけれど……その姿があまりにも小さくて寂しそうに見えたから、きっと大事なところは嘘ではないのだろうと思った。
「……どうして、封印が解けたんですか?」
「ちゃんとはわからないけど、きっと大封印魔法が不完全だったんだと思う。難しい魔法だから……ほんの1ヶ月前くらいだよ、ぼくが目を覚ましたのは」
ペラニ様はそう言うと、「さて!」と僕の方を見た。
「次は、スフラさんのお話を聞かせて。もしかして、旅をしてる? どこかに向かっているところだったの?」
バレている。面倒臭くてペラニ様から目を逸らすが、嘘をついても仕方がないので正直に話す。
「……目的地があるわけではありません。ただ……教会の人から逃げているんです」
「どうして?」
不思議そうなペラニ様の声。
「……僕はスラムで生まれたんです。でも、誰も助けてくれなかった……だから僕が皆を助けなきゃいけない理由がわからなくて。僕のせいで誰かに迷惑をかけるのも嫌だから、ずっと移動し続けているんです」
するとペラニ様はかなり驚いたようだった。
「スラムで生まれた? 聖女なのに?」
「僕が生まれたときは聖女なんて呼ばれてませんでした。後から着せられた役職なんです」
ペラニ様は顎に手を当てて何かを考えているようだ。そんな彼に向かって、僕は言う。
「がっかりしたでしょう。ステュリと違って、逃げているから」
ペラニ様は顎から手を離すと、ふるふると首を振った。
「……そうか、ううん。がっかりなんてしないよ。……急に聖女なんて言われたら、びっくりするよね」
貴方に何がわかるんだ、と思いペラニ様の顔を見て、はっとした。
「わかるよ。他の人よりは、スフラさんの気持ちがわかると思うんだけど……」
優しい顔で微笑んでいる。
もしかして、この人も、同じなのか?
「ねぇ、もし嫌じゃなかったら、ぼくもスフラさんに付いて行ってもいいかな?」
「えっ⁈」
あまりに突飛で、素っ頓狂な声を出してしまった。僕はぶんぶん首を振る。
「楽しい旅じゃありません。こそこそしなきゃいけないし、さっきみたいに攻撃してくる人も時々いるし。迷惑をかける訳にはいきません。後悔します」
取り乱している僕の前で、ペラニ様も首を振る。
「それなら、尚更1人だと危ないよ。ぼくなら、魔法で守ってあげられるし」
確かに、さっきの消滅魔法はすごかった。あれほどの魔力があるなら、教会の人を巻くのにも使えるかもしれないけれど。
「そういえば、さっき、どうして防御魔法じゃなくてわざわざ消滅魔法を使ったんですか?」
すると、ペラニ様は怯えたような顔をした。
「だ、だって、いきなり攻撃されるなんて今までなかったから‼︎ 思いついたのが消滅魔法が先だったんだもん」
ばたばた手を動かしている。だからって、咄嗟に使える魔法ではない……つくづく変な人だ。
ペラニ様はこほん、と咳払いをすると、「話を戻すけどね、」と言った。
「それにね、迷惑なんかじゃないよ。ぼくが付いて行きたくて付いて行くんだから、スフラさんが責任を感じることはないんだ。ぼくもスフラさんに迷惑をかけないようにするし」
そう言ってサングラスに触れる。
「駄目かな。む、無理にとは言わないけど、でも……スフラさんと一緒なら楽しいかなって思ったんだ」
この人は、ずっと、根拠のないことばかり言う。
「僕はステュリじゃないのに」
「だから、ステュリさんじゃなくて、スフラさんと一緒にいたいんだってば‼︎」
あわあわしている彼の顔を見る。
1人の方が気が楽だけど。でも、ここでこの人を置いて行ったら、この人はどうするんだろう。どうせ人好きする性格だから、すぐに新しい知り合いを作るだろうとは思うけど。
でも。
なんだか、置いて行ったらもったいないような気がした。魔力は強いし、雰囲気は嫌いじゃないし、それに……。
僕はため息をついて、ペラニ様に言った。
「好きにしてください」
すると彼は、ぱぁっと満面の笑顔になった。
「やったぁ‼︎ ありがとう、よろしくね!」
まぁ、迷惑だったら置いて行けばいいし。
小躍りしているペラニ様。それを横目で見ていると、彼はふとこっちを見て言った。
「1つだけいいかな?」
「何ですか?」
「良かったら、敬語をやめてほしいんだ」
僕は眉をひそめた。ペラニ様に、タメ口?
「だって……ペラニ様は伝説の大賢者様ですから」
僕がそう言うや否や、ペラニ様はしょも……という擬態語が似合うような、変な顔をした。
「ペ、ペラニ様……? 何だかむずむずする……。様なんて付けなくていいよ、せめてペラニさんとかにしてほしいな」
今度は僕が変な顔をする番だった。
「ペラニ、さん……?」
ペラニ様は頷く。
「うん。ペラニ様なんて呼ばれたことないし。……スフラさんも、スフラ様なんて呼ばれたら嫌じゃない?」
スフラ様……。僕が顔を顰めると、ペラニ様は笑った。
「でも、様は付けないにしてもペラニ様の方が年上……ですよね? 敬語は使うべきでは?」
そういえば何歳なのだろうかと、ふと思う。サングラスを取ったとき、瞳の虹色にばかり気を取られたけれど、大きめでぱっちりした子供っぽい目だった。サングラスをしているから年齢が上がって見えるけれど、素顔は下手すると女子に間違われてもおかしくないような童顔だ。
「20歳だよ。20歳ぴったり」
20歳……若いような、そうでもないような。けれど、やはり、大賢者のイメージからすると若いかもしれない。
「やっぱり、年上じゃないですか」
「でも、ぼくが年上だとしてもやっぱり敬語じゃなくて良いよ。ぼくは今まで年上の人にも敬語を使ってこなかったからね!」
それはどうなのだろうか、と思う。でも……確かに、失礼だけれど、敬語を使うような性格の人でもないような気もするのだ。
「……わかった」
僕が頷くと、ペラニ様……ペラニさんは、にこっと微笑んだ。
次の日。
宿から出て、僕はペラニさんと並んで歩いていた。
ペラニさんは相変わらず髪の毛は少しボサボサで、にこにこへにゃへにゃしていて、威厳のようなものは全く感じられない。本当に、この人があの大賢者だというのか。まだ心のどこかで信じきれていない。
「あっ、ねぇ、スフラさん、ここ寄っちゃだめかな?」
ペラニさんが指差したのは、昨日攻撃してきた人達に行くように促した建物だ。
「図書館?」
「そう! ぼくが知ってるのと同じ場所にあって良かったよ……えっ、この本初めて見た‼︎ これも‼︎」
図書館を覗き込んで、サングラスをしていても目を輝かせているのがわかるぐらいはしゃいでいる。
「あっ‼︎ え、すごいよ、見て、これ! 人気すぎて読めなかったんだ、すごく流行ってたよね⁈」
ペラニさんは『リサイクル本』と書いてあるところから本を1冊取ると、僕に見せてきた。
「いや、知らないけど……」
「えっ、知らないの? ものすごく流行ってたのに……あ」
ペラニさんは急にショックを受けた顔になって、僕を見た。
「じぇねれーしょん、ぎゃっぷ……?」
しょもしょもと落ち込むペラニさん。いや、ただ僕が本に詳しくないだけだと思うけど。
でも落ち込みながらもちらちらと図書館の中を見ているので、僕は彼に言った。
「……見てていいよ。僕は食べ物を買ってくるから」
1人になる時間も欲しいし……。すると、ペラニさんはぱあっと笑顔になって僕を見た。
「ほんと? ありがとう! 見てるね‼︎」
そう言って図書館に飛び込んで行った。僕はため息をついて、そして食べ物を探して歩き出した。
***
好きなお話の続きも、ぼくが知っているものよりもっと詳しく載っている図鑑もある。
端っこから全部読んでいきたい……でも、そろそろスフラさんが帰ってくるかな。そう思って、ぼくはリサイクル本を抱えて外に出た。
「あれ?」
何か聞こえてくる。歌? 誰かが歌っているのかな。
歌が聞こえる方に歩いて行ってみると、広場があって、その真ん中にある噴水に男の子が座って、弦楽器を弾きながら歌を歌っていた。
肩くらいの長さの髪は、春の空みたいな綺麗な空色。横髪だけ下の方できゅっと縛っている。長い前髪に隠れて、両目が見えない。襟と袖にフリルのついたシャツに、ベストを着ていた。胸元には確かジャボという名前だったはずの、フリフリも付いている。
聴き心地の良い歌声で、聴き入ってしまう。演奏が終わると、周りに集まって曲を聴いていた人達から拍手が起こった。
ぼくも拍手をして、思わず男の子の方に駆け寄る。
「すごいね! とっても素敵な歌だった!」
男の子はぼくを見上げると、嬉しそうに笑った。
「ありがとう! 大切に書いてる歌だから、褒めて貰えると嬉しいんだ」
「君が書いてるの?」
びっくりして聞き返す。男の子は頷く。
「うん。作詞も作曲も、ボクがやってるよ」
「すごいねえ。音楽家なんだ!」
男の子は照れ臭そうに笑う。
「ボクはアチェレ。アチェレ・クレッツェランド。吟遊詩人をしているんだ。コレを弾きながら歌って、あちこちを回っているんだ」
クレッツェランド……? 聞き覚えのある苗字。アチェレくんを見ると、ぼくが知っている人に似ているような、似ていないような……。
「何?」
「あ、う、ううん。何でもないよ。ねぇ、それって……マンドリン?」
アチェレくんが持っている楽器を指差す。裏が丸く膨らんでいる特徴的な形をしていて、弦は8本。
「そうだよ。よく知ってるね。この優しい音が好きなんだ」
そう言って、ポロロンと軽く音を出す。
「ところで……」
アチェレくんは、ぼくを見た。前髪で目が見えないけれど、ぼくを見ているはずだ。
「君のそのサングラス、素敵だね」
「ありがとう……」
「それっておしゃれのためにしてるの? それとも……」
アチェレくんの口角が、ほんの少しだけ上がった。
「何かを隠すため、だったりする?」
あんまりアチェレくんがぼくを見上げるから、アチェレくんの髪が少し動いて、髪の隙間から目が見えた。
一瞬、ゾワッとした。
瞳の大きめな目だった。……それは良くて、ぼくが言うのも変だけど……かなり珍しい色の瞳だった。
真っ黒、だった。吸い込まれそうな黒。ブラックホールみたいだ、と無意識に思った。
「……ううん、眩しいからだよ〜」
ぼくが言うと、アチェレくんは「そっか」と言って、笑った。
「そうだよね、ごめんね、変なこと言って。もしかしたら、忌み子とかなんじゃないかなって思ったんだ」
アチェレくんは下を向いて、マンドリンを撫でる。
「ボクはね、三大偉人のリオサ様に憧れているんだ。リオサ様は剣で皆を導いたけれど、ボクは歌で皆を導くのが夢なんだ。忌み子だとか、目で差別されるのはおかしいから、そういうのがない世界を作りたいんだよね」
「素敵な夢だね!」
ぼくは手を叩いた。嘘じゃない、嘘じゃないけど、ちょっとだけ微妙な気持ちだ。だって、三大偉人って、リオサ様と、ステュリさんと……。
アチェレくんは顔を上げて、微笑んだ。
「うん、ありがとう。……ん?」
アチェレくんが再び下を見る。そこにはいつの間にか小さい女の子がいて、アチェレくんのベストの裾を引っ張っていた。
「さんだいいじんっていった?」
「言ったよ」
「あのね、いつもリオサさまのうたでしょ、ステュリさまとか、ペラニさまのうたもつくって!」
びっくりした。急に名前を呼ばれたから。でも誰もこっちを見ていなかったから、ぼくが動揺したのはバレていないみたい。
でも、アチェレくんは困った顔をして女の子に言った。
「……ごめんね、他の人に頼んで」
「えー、なんで?」
「あ、こら!」
女の子のお母さんらしき人が来て、女の子を連れて行く。手を振っていたアチェレくんに、ぼくは尋ねた。
「リオサ様以外の曲は作らないの?」
アチェレくんがこっちを見る。
「作るよ、三大偉人以外の曲は。でも、聖女と大賢者は……歌にしないんだ」
アチェレくんは目を逸らして、俯く。
そして小さな声で、暗い声音で、吐き出すように呟いた。
「嫌いなんだよ。ボクのエゴだけどね、嫌いなんだよ……」
心に重しが乗ったような、そんな感じがした。
悲しかった。今日初めて会ったばかりなのに、嫌われている。まだ「大賢者」を自分と結びつけきれていないし、今のところアチェレくんはぼくに好意的に接してくれているからショックを抑えられたけど、でも、もし……ぼくの正体を知ってしまったら、嫌われてしまうのかな。
ぼくが悲しい顔をしていることに気がついたのか、アチェレくんははっとした様子で慌てて付け足した。
「もしかして君は好きだった? 聖女様とか。ごめんね、君の好きを否定するつもりはないんだ。これはボクのわがままだから……忘れてよ」
ぼくは頷いた。アチェレくんはいい人だけど……しばらくは、ぼくが大賢者だということは言わないほうがいいかな。
「ペラニさん」
名前を呼ばれて、びっくりして振り返ると、スフラさんが立っていた。昨日とは違うお店のサンドイッチを持っている。
名前を呼ばれたのが聞かれていたらどうしよう、とアチェレくんを見たけれど、小さい声だったから大丈夫みたいだ。
「ねぇ」
アチェレくんがスフラさんの方を向いて声をかけた。スフラさんは少し嫌そうな顔をして狼狽えたけれど、アチェレくんの方を見る。
「……君、綺麗な瞳だね……まるで聖女様みたいだ……」
口角は上がっているけれど何だか怖い。ぼくははっとしてスフラさんを見たけれど、気がつくのが遅かった。
「……さっき音楽が聞こえてきたけれど、あれは貴方が歌っていたんだね。高そうな楽器。だから良い音が出るんだ。服も素敵で、まるで貴族みたい」
嫌そうな顔だったスフラさんも微笑んで言った。でも、目が笑っていない。
聖女が嫌いなアチェレくんと、スラムで生まれたスフラさん。この2人は絶対に、引き合わせちゃいけなかったんだ……‼︎
2人はニコニコ向かい合って、でも静かにバチバチ火花を散らしている。
「ねぇ、君もそう思うよね?」
「見るからにお金持ちでしょう?」
そして2人とも何故かぼくに振ってくる。
「え、え〜っと……」
ぼくは2、3歩後退りする。2人がだんだん大きくなっていくような、もしくはぼくが小さくなるような、そんな錯覚に囚われる。
ど、ど、どうしたらいいの〜〜⁈⁈

2人と別れて、1人になった少年が、マンドリンのケースを背負って歩いていきます。
ふと、小さく歌を口ずさみ始めました。
君の歩く道と
世界を映すその目を
どんなに怖がられたって
「君は、大丈夫だよ」
風に吹かれて、どこまでも青い空のような髪と、その隙間から覗くどこまでも黒い瞳が、揺れていました。